外殻と崩落
親善大使一行の一員として城の前で待っていると、ルークがヴァン謡将と共に出てきた。ルークを故意に出奔させたと疑われて捕らえられていたのだけど、親善大使を引き受ける代わりに自由の身になったのだ。
故意にルークを出奔させたかはさておき、ボクは個人的にヴァン謡将のことを信用していない。周囲に一定数以上疑いを抱かせているというのもあるし、六神将が動いていた件もそうだ。雑感には違いないが、警戒しておいて損はないだろうと思う。
今後の方針について大佐が口を開く。
「中央大海を神託の盾の船が監視しているようです。大詠師派の妨害工作でしょう」
「海は危険、か。でも船は必須だよね。一旦ケセドニアに出てみる?」
「ええ、それがいいでしょう。ケセドニアから先のローテルロー海はマルクトの制圧下にあるので、船でカイツールへ向かうことは難しくないでしょう」
それから、と大佐は言葉を続けた。
「海へ囮の船を出港させます。余計な妨害は避けたい」
「ならば、私が囮の船に乗ろう。私が同行することは既に発表されているだろう? 私の乗船で信憑性が増す筈だ」
ヴァン謡将が提案し、内心は複雑だ。旅を共にしなくていいという安心と、眼を離してしまう不安がある。杞憂であればいい。
「よろしいでしょう。どのみち、貴方を信じるより他にありません」
大佐の言葉にルークは不満を唱えたが、ヴァン謡将が諌めたのもありその方向で話は落ち着いた。ヴァン謡将と別れ、ボクらも街を出ることにする。
「しかし、アリアも来ることになるんだな」
「優秀な部下を一度に失い、遠い異国の地で頼れる者もいないものですから」
「残業代は請求します」
お涙頂戴が始まりそうなところをバッサリ切る。とはいえ、内心は少し嬉しい。大詠師とのダアト行きを無くせたし、あと少し皆と旅が出来る。
問題は導師に約束した愛称の話くらいで、出発前に少し話す時間が得られればいいのだが。そう思っていると偶然にも、街中でアニスと遭遇した。
「ルーク様ぁ! 逢いたかったですぅ♡ ……でもルーク様はいつもティアと一緒なんですね。ズルいなぁ」
「あ……ご、ごめんなさい。でも安心して、アニス。好きで一緒にいる訳じゃないから」
慌てたように弁明するが、それはそれで酷い。
丁度いいと導師の動向を聞けば、びっくりする話を聞くことになる。朝目覚めるとベッドがもぬけの殻だった───行方不明らしい。思わず「は?」と声が出た。
大詠師派と見られる妨害工作も確認されている中、和平の使者そのものである導師が行方知れずでは困ってしまう。親書は届けたが平和条約が締結された訳ではなく、使者である導師に何かあれば、それが戦争の引き金となることも考えられる。
気になるのは、今回の件に大詠師自身は関係なさそうだということ。導師が拐われて怒っていたらしい。六神将が勝手に動いているのだろうか。
アニスの調べではサーカス団のような人間と一緒だったようで、漆黒の翼が過る。神託の盾兵と何かを企んでいる様子だったが、これがそれだったらしい。たった一晩も無事で居られないのか。
「使者でなかろうと教団の最高指導者だから放っておけない」という声もあり、一旦導師を捜すことになる。その際、アニスから思わぬ名前を聞くことになる。
「街を出てすぐのトコに六神将のシンクがいて、邪魔するんだもん」
「シンクが?」
「……まずいわ。六神将がいたら、私達が陸路を行くことも知られてしまう」
ティアの指摘通り、折角囮の船を出すことにしたのに無駄になる。正面から堂々と街を出る訳にはいかないようだ。
(シンクが動いてるなら、導師を拐ったのはやっぱり六神将……大詠師派なのかな)
妨害にしろ、拐ったところで何をする気なのか。教団の最高指導者を殺してまで戦争を起こしたいなら中々だが、拐ったなら直接危害を加えるつもりではないのかもしれない。導師を連れて向かう場所でもあるのだろうか。
「前の時は確か……セフィロトってトコに連れて行かれてたよな」
「今回もセフィロトだとしたら……六神将はセフィロトで何をしてるんだろうな」
セフィロトは大地のフォンスロットであること以上の知識がない。考えても答えには至れそうになかった。
一先ずはバチカルの街をこっそり出ることが先決で、ボクは心当たりとして廃工場を通り抜けることを提案した。旧市街の工場跡は排水設備のために、外に通じている。
「詳しいんだな」
「一時期バチカルに潜り込んでたからね」
師に置いていかれた数ヵ月間の話だ。貧民街は家主を失った家なんかもあるし、治癒師の役割を果たせば周囲も助けてくれた。
思い出話はともかく、アニスも同行すると言い出して、ボクらは昨日までと代わり映えしない面子で再び旅に出ることになった。
*****
途中ガイたっての願いで民間の道場に寄りつつ、旧市街行きの天空客車を探す。
いざ見付けると普段はいる見張りの姿がなく、通りすがった人曰く兵は城に呼び出されたらしい。若い女性が天空客車に乗っていったなんて話もあって気になるが、今は構う余裕がない。これ幸いと乗り込んだ。廃棄された区画とはいえ、天空客車そのものはきちんと整備されているらしい。
長く宙を揺られると、やがて広く暗い地下大空洞のような場所に出る。工場というより採掘場のような見た目だが、奥の方へ進めばレーンやらパイプやらが複雑に繋がっていて工場らしさが増す造りになっている。
「魔物がいるから気を付けて」
「街の中に魔物がいんのかよ」
「排水設備がそのままだからな。魔物も入り込み放題なんだ」
「足元も所々油で汚れているみたいね。灯りもないし、慎重に進みましょう」
幸い足場自体はしっかり組まれている。手摺りがなかったりして安全性には欠けるが、注意していれば足を滑らせることもなさそうだ。
ガイとボクとで道案内を買って出れば、突然女性の声が割り込んできた。
「まぁ、詳しいのね」
感心したような声に驚いて一同振り返れば、琥珀色の髪をなびかせた女性がいる。ナタリア姫殿下だ。旅装束のようなものに身を包み、弓も携えていた。
「宿敵同士が和平を結ぶという大事な時に、王女の私が出て行かなくてどうしますの」
堂々と胸を張られるがとんだじゃじゃ馬だ。国王陛下に無断で姫殿下を連れ出したとなれば後が怖い。早々にお帰り頂きたいし、ルークもその方向で説得をするが、姫殿下に引き下がる様子はない。
「お黙りなさい! 私はランバルディア流アーチェリーのマスターランクですわ。それに、治癒師としての学問も修めました! その頭の悪そうな神託の盾や無愛想な神託の盾より、役に立つ筈ですわ」
「……何よ、この高慢女!」
「下品ですわね。浅学が滲んでいてよ」
「呆れたお姫様だわ……」
全く上手くやっていこうという気がなくて笑ってしまう。慰問に参加したことがあるとはいえ、実戦経験ではティアやアニスの方が上だろうに。
最終的にはルークが折れ、姫殿下が同行することになってしまった。何やら弱味を握られているらしく、ティアの瞳が失望を映す。
「……ルーク。見損なったわ」
「う……うるせーなっ! とにかく親善大使は俺だ! 俺の言うことは絶対だ! いいな!」
「今後、私に敬語はやめて下さい。名前も呼び捨てること。そうしないと王女だとバレてしまうかもしれませんから」
その辺を隠したところで隠しきれていない点が多いような気もするが、触れないことにした。ルークが決めたなら仕方がない。
ボクは所詮雇われの身なので、後の事は知らないことにした。
*****
姫殿下───ナタリアの活躍は目覚ましいものがあった。本人も意気込んでいた通り、少なくとも魔物相手なら遅れを取らない。
弓も的確で、判断もいい。治癒師としても優秀だ。対人戦闘でどうなのかは分からないが、その辺りは追々確認していけばいい。
パーティー内には不和を呼び込んでいるが、当人は気付いていないのか堂々としたものだ。
「おい、ナタリア! もう少しゆっくり歩けよ!」
「なんですの? もう疲れましたの? だらしないことですわねぇ」
「そ、そんなんじゃねぇよっ!」
「……うはー。お姫様のくせに何、この体力馬鹿」
「何か仰いました?」
「べっつにー」
アニスとナタリアは変わらずバチバチで、アニスは今まで卒なくやってきたから珍しい。同性だから看過できない、みたいなところもあるのだろうか。
ナタリアの意気込みは止まらない。
「導師イオンが拐かされたのですよ。それに私達は苦しんでいる人々のために、少しでも急がなければなりません。違っていまして?」
「志は高いんだけどなぁ……」
「確かにその通りだけど、この辺りは暗いから少し慎重に進んだ方がいいと思うわ」
ティアの苦言にガイも賛同する。
「そうですよ、ナタリア様。少しゆっくり歩きませんか?」
「ガイ! 私のことは呼び捨てにしなさいと言った筈です」
「おっと、そうでした。失礼……ではなくて、悪かったな」
ガイもやりにくそうで、このお姫様の手綱を握れる人間はいなさそうだ。
我々最後の砦である大佐がようやく口を挟んでくれた。
「ナタリア。この七人で旅する以上、貴女一人に皆が合わせるのは不自然です。少なくともこの場では、貴女は王族という身分を棄てている訳ですからね」
「……確かにそうですわね。ごめんなさい」
流石は大佐だ。それらしいことを言わせたら百万点の男。その言葉はナタリアに届いたようで、彼女も自身の振る舞いを考え直してくれそうだ。
ボク個人としては、余計なことを言って来ない内はどうでも良かった。戦いで足を引っ張られもしないし、文句はない。なんて無関係を装っていると、残念ながら声を掛けられてしまった。
「あの。アリアさん……ですわよね?」
「へ? うん。アリアでいいよ。何か?」
「私、貴女とお話がしてみたかったのです。何でも屋として旅をされているとか。何でも屋って、何をなさるのかしら」
「何でもだよ。出来ることなら何でも。今回みたいに和平の使者を助けたりね」
ボクがこの仕事を依頼されたのは「丁度よかったから」であり、「情報の漏洩を防ぐため」だということは重々承知しているけど、わざわざ言葉にはしない。
「その戦いの技術も、そうして旅の中で覚えましたの?」
「まぁね。物珍しい?」
「あ……ごめんなさい、不躾でしたわね」
「別にいいよ。ただ、キムラスカのモルモットにはしないで欲しいな」
「まぁ! そのような人道に反する行い、我が国は致しませんわ!」
「ホント? キムラスカに誓える?」
「勿論ですわ! この名にかけて、貴女を実験体になどさせないと誓います」
「よかった。宜しくね、ナタリア」
こんなに「正しく」て、将来国を背負えるのだろうかと不安にならなくもない。何気ない会話の中で保険を掛けられても気付かないお姫様には、優秀な支えが欲しいものだ。それは……ルークには出来ないことだとも、思いながら。
そろそろ外へ通じる辺りだろう、というところで大型の魔物に襲われる。巨大なプリンというか、ゼリーというか……そのとても汚いバージョンだ。中身はどうやら蜘蛛の形をしているらしい。
ナタリアが狙われたところをティアが助け、苦労しつつ魔物を倒す。封印術が掛かっているという大佐も、初めに比べれば随分力を取り戻してきていると思う。この調子で、良い方向へと物事が進めばいいのだけど。現在進行形で導師が拐われていることを思いながら、そっと息を吐いた。
*****
非常口を見付けて出ると、外は雨がしとしとと降っていた。暗雲が立ち込め、視界は悪い。それでも、戦艦タルタロスに似た黒い陸艦は見逃すには大きすぎるものだった。
「! イオンを返せ!」
叫んで剣を抜き、ルークが駆ける。向かう先には陸艦に乗せられようとしている導師の姿と神託の盾兵、真紅の長髪を背に流した後ろ姿があった。
相手は鮮血のアッシュで、よく見れば側にシンクの姿もある。それに一瞬反応が遅れながらもボクも駆け出した。ルーク一人には荷が重い。
真紅の髪が揺れ、引き抜かれた剣がルークの刃を受ける。耳障りな音が響いて───その喉から上がった咆哮は、怒りのように燃えた声だった。
「お前かっ!」
「っ!」
剣を弾かれルークが下がる。その間に身を滑らせ背に庇った。
そこで、ボクは初めてアッシュの顔を見た。どこかで聞いたことがあると思っていた声───そのデジャブが解消される。
(血のように紅い髪……宝玉のような碧眼……それは、キムラスカの……)
息を呑む。
キムラスカ王族にしか伝わらない色を持った青年は、まるで同じに見えた。少し上がった眉も、目尻の下がった目元も、不愉快気に曲げられた口元も。ボクが背に庇う「ルーク」とまるで同じに。……違うのは、剣を握る利き手が逆であるということくらいか。
「アッシュ! 今はイオンが優先だ」
向き合う沈黙にシンクの声が割り込んでハッとする。今は導師を助けなければならない。
「……分かってる! いいご身分だな! ちゃらちゃら女を引き連れやがって」
アッシュが吐き捨て陸艦へ乗り込もうとする。ほんの僅かな時間、ボクは思考した。導師の姿も陸艦へ消え、皆が駆け付けるにも時間が掛かる。ルークは放心して見えて、ボク一人で六神将二人に喧嘩を売るのも下策だ。出来ることは何もない。
ならば、とボクは息を吸い込んだ。
「シンク!」
呼び掛ければ、彼はボクを見る。名を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。驚いて見える彼に、ボクは構わず言葉を続ける。
「君に、会いに行くから!」
「……来ないでよ」
それがどんな感情の下に返された答えかは知らない。ただ彼の口元は笑みの形に歪んでいて───それが皮肉を笑っているかのように、ボクには感じられた。
*****
人間というものは、同じ顔を見ると気持ちが悪くなるらしい。蹲り少しばかり戻しているらしいルークの背を擦りながら、そんなことを思う。
「ルーク……」
遅れて合流したティア達から気遣う視線が注がれる。どういうことかと戸惑う声も上がるが、説明することは出来ない。
ここにいるルークは偽物で、本物は今走り去った方だなんて……部外者のボクには口に出来なかった。
(絶対に鮮血のアッシュはレプリカじゃない)
根拠のない確信。直感だった。彼は本物だ。疑いようもなく、人間だと思う。
アッシュがルークの本物なら、彼が執拗にルークを狙った感情も理解出来る。憎しみか、恨みか、羨みか───どれにせよ、良い感情を抱いていないのは明白だ。吼えるような声は、確かに燃えていた。
「ところで、イオン様が連れて行かれましたが」
「あああ! しまったーっ!」
大佐の指摘にアニスが悲鳴のような声を上げる。六神将に遭ってしまった以上囮作戦も失敗で、改めて海を行く選択肢も見えてくる。
だがナタリア曰く、マルクトを信用していない国王陛下は今頃港を封鎖している筈らしい。ナタリアを引き渡して封鎖を解いて貰う選択肢もあるけれど、陸路を行かねば導師を捜せない。
皆がルークに決定を求める。
「責任者は貴方なのでしょう?」
大佐の言葉はその通りで、親善大使は俺だと態度を大きくしているのもルークだ。けれど、彼は今同じ顔を見てダメージを受けているわけで。彼は……十七歳になることを求められた、七歳の子供というわけで。つい、同情的になってしまう。
「ルーク。ボクは陸路をオススメするよ。導師を捜せるのは大きい」
「……分かった。陸路だ! ナタリアを連れていかねーと色々ヤバいしな」
弱味が余程響いているようで、どんなことを握られたのか。陸艦の後を追うことになり、立ち去った方角から東にあるオアシスへ向かうことになる。元々砂漠を越えてケセドニアを目指す予定だったし、丁度いい。
旅の再開がいきなり先行き不安な滑り出しだが、ボクらは出立することにした。
*****
砂漠のオアシスは、その呼び名の通り砂漠にあるオアシスだ。元は遺跡群であり、所々に見ない様式の遺跡が顔を覗かせている。
水場が整えられているのは、その昔巨大な譜石が落下した衝撃で地下にあった水脈が湧き出したかららしい。ちらほらと旅人の姿もある。
ここで少し休んで補給してから導師を捜すことになる。と、急にルークが頭を押さえて苦しみ出した。
「いてぇ……なんだ……!?」
「ルーク! また例の頭痛か?」
ガイによれば、誘拐されてから後遺症なのかたまに頭痛がし、幻聴が聞こえるらしい。全然大丈夫ではない。レプリカとしての異常かとも思うけれど、少なくともボクにはそんな現象は起きていない。ボクとルークで違うものと言えば、音素振動数だが……作成時に何かミスがあったのかもしれないし、なんとも言えない。
「お前……アッシュか……!?」
絞り出すように出てきたルークの言葉に、一度思考が止まる。アッシュ……鮮血のアッシュとコンタクトを取っている? 被験者がレプリカに干渉しているのか、逆も可能なのか。混乱する間にルークは幻聴と話し終えたらしく、地面に膝をついて少し荒い呼吸を繰り返す。
「ルーク様! 大丈夫ですか」
「ご主人様、気分悪いですの?」
「しっかりして」
各々心配の声を上げる。ガイが幻聴かと問えば、本人は懐疑的だ。声がアッシュのものであったなら、疑いが湧くのも理解出来る。
声は、導師がザオ遺跡にいることを伝えてきたらしい。連れ去っておいて居場所を伝えるとはどういうつもりか。まるで、追って来て欲しいと言わんばかりだ。
(ルークにアッシュの声が届くのは、二人が同位体だから……?)
コーラル城でディストが口にしていたことを思い起こす。音素振動数が全く同じ完璧な存在───大佐は有り得ないと言ったけど、あの喜び様を疑う気はない。
レプリカと本物の間で無制限にやり取りが出来るならとっくに軍事利用されている筈で、そんな話は聞かないからには何か特殊な条件があるのだろう。それが特例である、同位体という条件なら。
同調フォンスロットを開いた、なんて言葉もディストは残していたし、それも関係あるのかもしれない。専門家でないから正しいことは分からないが、仮にそうならディストは何のためにそんなことをしたのか。
───アッシュのお願い。それが、同調フォンスロットを開くことだったなら……?
「ザオ遺跡はどこにあるんだ?」
「さあ、残念ながら知りません。責任者の方が探して下さると助かりますが……」
「あ、あんたホントに意地が悪いよな」
「いえいえ。悲しいぐらい善良で真面目です」
「大佐! ルークをからかうのはやめて下さい」
仲間の会話に思考を切り上げる。これ以上は考えても仕方がない。アッシュの目的は直接聞くしかないだろう。
ティアもすっかりルークに優しくなった。大佐のアレも、親しさの一種なのだろうか。ちょっとよく分からない。
一先ず、オアシスの人間にザオ遺跡について聞いて回ることで合意した。
*****
「オアシスの東に、砂に埋もれた遺跡があったなんてねー」
翌朝、オアシスの人間から聞き出してザオ遺跡へと来ていた。遺跡と言っても見える範囲は砂だ。辛うじて入り口らしき遺跡の一部が見えている。
陸艦の痕跡は風に浚われたのか周囲になく、立ち去った後か未だ中にいるのかは判断がつかない。
内部に入り込むと明かりはなく、石造りの暗い空間が地下へ地下へと続いていた。砂の下故に熱せられた空気がこもり、中々に蒸し暑い。
遺跡は、まるで都市の一部のようだった。オアシスにあった遺跡群とも似ている。元は同じものだったのだろうか、と思っていれば大佐が補足した。
「砂漠のオアシスにある遺跡群も、二千年前の都市の外れとされていますからね。こちらが本来の都市だったのでしょう」
「昔は今よりずっと下に大地があって、ザオ遺跡は空中都市だったのかもね」
「空中都市か。ロマンがあるな」
ボクの言葉にガイが共感を示し、興味深そうに視線を動かす。栄えた頃の姿を少し見てみたかった。
途中、第二音素の音素結晶を見掛ける。音素結晶とは一種の音素が集まり濃度が高まると生じる結晶だ。どこにでも生じるものではないが、ここがフォンスロット───セフィロトのある場所なら納得だ。
音素は本来目に見えるものではないが、音素結晶とまでなれば可視化される。きらきらと特有の輝きを散らす結晶は、見ていて中々目を奪われた。
その音素結晶をソーサラーリングに染み込ませ、新たな譜が刻まれる。ミュウに出来ることが増えたようで、巨大な岩を体当たりで壊せるようになったらしい。人一人砕くのも訳ないなと感想を抱く。
「アクゼリュスは大丈夫かな?」
「……救助活動が必要なぐらいですもの」
「今暫くは保つでしょう。救援物資は届いている筈です」
ルークが心配を口にし、ナタリアも表情は硬い。障気による健康被害がどの程度のものかは分からないが、ジリ貧なのは確かだろう。
「まぁ、安全なところまで避難しないと根本の解決にはなりませんが」
「ちっと急ぐか。これ以上師匠を待たせる訳にはいかないからな」
その物言いに思わず眉を寄せる。それはアクゼリュスの救援よりもヴァン謡将に軸を置いた発言のようで、同じ違和感を覚えたらしい大佐も念を押すように言葉にする。
「私達はアクゼリュス救援のための使節団なのですよ?」
「……いちいち口出しするな。俺が親善大使なんだぞ」
「これはこれは失礼しました。親善大使殿」
「フン!」
鼻を鳴らし、ルークが先を歩いて行く。
親善大使という言葉を使えば周囲を黙らせられると学んでしまったのか、良くない傾向だと思う。このまま増長していきそうで心配はあるが、ボクに言えることもない。人に何かを説ける程、ボクは人間が出来ていないから。
それから暫く進み、話題はザオ遺跡の由来へと及ぶ。歴史は大佐の専門外らしく、「ジェイドでも知らないことがあるんだな」とルークが零す。
確かに大佐は聞いたらなんでも答えてくれそうだ。実際は知っていることだけなのだが、安定感が違う。これが年の功か。
「私も若輩者ですから、知らないことの方が多いと思いますよ」
「年齢だけ重ねて何も学ばない人の方が圧倒的多数だと思う。知識って入れようとしないと入らないし」
「それもそうですね。人間性に磨きをかけ、円熟味が出るのは……そう、早くて四十以降でしょうか。よい歳の取り方をして、名のある遺跡のように風格が出ればと考えていますよ」
「まぁ、よい心掛けですわ」
「ま、その為に若い者をいびり倒そうかと」
「……呆れた心掛けですのね」
たまに褒めたらこれだ。信頼も尊敬も出来る人なのに、どうしてこう意地が悪いのか。いびり倒される側なのでロックオンされないようステルスしていきたい。大佐にいびられれば大分精神が図太くなれそうではあるが、望むところではなかった。
*****
やがて最深部へ辿り着く。
そこには祭壇にも見える宗教的な建物と、捜し人の姿があった。特殊な封をされているらしい扉と、その前に立つ導師。その更に手前に立つ三人の姿───鮮血のアッシュ、黒獅子ラルゴ、烈風のシンクだ。
重々しく口を開いたのは、青みがかった灰色の髪を獅子のように広げた大男───ラルゴだった。
「導師イオンは儀式の真っ最中だ。大人しくしていてもらおう」
「なんです、お前達は! 仕えるべき方を拐かしておきながら、ふてぶてしい!」
ナタリアの着眼点はボクと大分違うので、そこが気になるんだとちょっと感心させられる。生き方の違いがよく滲み出ていた。
「シンク、ラルゴ! イオン様を返してっ!」
「そうはいかない。奴にはまだ働いてもらう」
「なら力づくでも……!」
ルークの言葉を合図に皆武器を構える。ラルゴが鼻を鳴らし、獰猛に笑う。
「こいつは面白い。タルタロスでのへっぴり腰からどう成長したか、見せてもらおうか」
「はん……ジェイドに負けて死にかけた奴が、でかい口叩くな」
「わははははっ、違いない! だが今回はそう簡単には負けぬぞ小僧」
「六神将烈風のシンク。……本気で行くよ」
「同じく黒獅子ラルゴ。いざ、尋常に勝負!」
丁寧に名乗りを上げて、最初に動いたのはシンクだ。拳を構え、こちらの治癒師を的確に潰しに来る。
「第二っ!」
即座に音素に呼び掛けナタリアの前に土壁を作る。舌打ちをしてそれを砕く隙にナタリアは後ろへ下がり、代わりにガイが前へ出た。
その間にラルゴも動く。
「背中が空いているぞ!」
声と共にボクの背に巨大な鎌が振り下ろされるが、鈍い音がして剣がそれを受けたのが分かる。ルークだ。
「わざと空けてんの! ボクらは一人で戦ってるわけじゃないからね───ありがと、ルーク!」
「いいからさっさと下がれ、バカ!」
「ふっ……なるほどな」
ラルゴが笑い、ルークが鎌を横に弾く。上体が僅かに揺らいだ瞬間を狙って、アニスのトクナガが飛び込んできた。ラルゴは鎌を引き戻し防ぐが、ルークの追撃に体勢が崩れる。
「ぬぅ!」
「今の内♪」
ラルゴの側を離れる。巨体に見合った力任せの戦い方のようで、ボクとの相性が悪い。こちらはルークとアニスに任せた方がいいだろう。
対シンクに動いていたナタリアと入れ替わる。彼の戦い方は格闘術による近接戦闘のようで、素早い身のこなしは弓と相性が悪い。こっちにこそガイとボクが適切そうだ。
ティアは全体の補助と回復を、大佐は譜術による援護を行う。
(第二、第三……第七っ!)
土で体を強化し、風で身のこなしを軽くする。それから音の属性を付与して、準備は出来た。そのままシンクに殴り掛かる。
「!!」
ガイの攻撃を避けたばかりのところに、まさかボクから拳が飛んでくると思っていなかったのか、動揺しつつもシンクが応じる。この短い間に体勢を整えて迎撃しようというのは流石というところなのだけど、認識が甘い。ボクの拳を腕で防御する、が。
「っ……!?」
瞬間、シンクの体が大袈裟に揺れた。ふらついたところにもう一撃入れようとするが、彼の判断の方が早い。地面を転がって避けられる。そのまま間を置かず立ち上がった彼に、素直に感服した。
「凄いね。今のを食らって動けるのは、中々ないよ」
「ふん……アンタも案外やるね。どんな小細工?」
「敵じゃあ教えられないよ!」
踏み込み、再び距離を詰める。
やっていることは簡単だ。第七音素、音の属性で生まれた振動を故意に大きくし、骨を通じて体内に響かせている……らしい。適当にやっているので詳しくは知らないのだけど、元々骨振動というもので体内には音が響く仕組みらしく、それでボクらは自身の声を聞いていたりするという。それを利用した悪趣味な技、と師には言われた。癒しの力と言われる第七音素をそんな風に悪用するのはお前だけだ、とも。
やられた側は「脳が揺れたみたいでとにかく気持ちが悪い」らしい。ボクは絶対にやられたくない。
「ふっ───」
もう一撃、今度は避けようとするシンクに繰り出しフェイントを当てようとする。読まれて避けられるが問題ない。生まれた隙にガイが斬り込んだ。
「弧月閃───魔神月詠華!」
「フレイムバースト!」
「───アブソリュート!」
ガイの剣技を器用に避け、大佐の追撃に無詠唱の譜術で応じる。業火の柱を、大地から湧き上がる冷気の渦が押し返す。音素をぶつけることで無理矢理に相殺し、難を逃れて見せたのだ。
アブソリュートといえば上級譜術で、無詠唱で発動させるなんてとんでもない化け物だ。驚くことはそれだけに留まらない。
「はぁ!」
「!」
術後の硬直もなく、シンクがすぐに動いたのだ。拳はより近くにいたガイへ向かい、懐へ潜り込む。
応じる間もなくガイの体が殴り飛ばされ、追撃に駆ける間に慌ててボクが飛び込む。直前で動きを変えた回し蹴りに、肘と膝で挟み込む形で直接の打撃を避けた。
舌打ちをして再びシンクが距離を取る。
「そのナリでそこまで動けるとはね。お転婆も程々にしたら?」
「お転婆に育てた人に文句言ってよ」
「知らないよ、そんなの!」
シンクが地を蹴る。組手の要領で攻撃を捌くがギリギリだ。格闘術の実力ではボクの方が劣っている。ガイや大佐が適度に攻撃を挟んでくれるから、どうにか渡り合えていた。
「脇が空いてるよ!」
「っ!」
しまった、と気付くも遅い。音素を総動員させる形で防御を固め、衝撃に備える。痛みよりも息が止まった。思い切り体が飛び、どうにか受け身を取るが尋常じゃなく痛い。血を吐かなかっただけ御の字か。
「器用な真似するね」
「……どーも」
応えるが余裕がない。第七音素を取り込んで治癒を始めているが、さっきまでと同じようには動けない。万事休すだ。
「ここまでみたいだね」
笑って、シンクがこちらへ歩みを進める。とどめを刺しに近付くのか。その足を祈るように見詰めて───不意に、シンクが膝を突いた。まるで急に体に力が入らなくなったように。
「!? なに……?」
「……やっと効いてきたみたい」
「……何をした」
「さぁ? でも、ボクと『仕合った』でしょ……それが答えかもね」
ギリ、と仮面の向こうで奥歯が噛まれる。
第七音素で反響させられるのはこちらの攻撃だけではない。ボクが受けた攻撃を返すことも出来る。蓄積ダメージになるので効果が表れるまでに時間は掛かるが、ボクとやり取りをした回数だけそれは増幅される。
暫くは平衡感覚がなくて動けない筈だ。ちらりと視線をやれば、ラルゴの方も片が付いている。ルーク達の前に巨体が膝を突いており、皆無事のようだ。六神将相手に善戦したと思う。
「二人がかりで何やってんだ! 屑!」
導師の側に着いていたアッシュが吼え、駆ける。ルークがその剣を受けた。二人が繰り出す技も、剣筋も───よく、似ていた。
「今のはヴァン師匠の技だ! どうしてそれをお前が使えるんだ!」
「決まってるだろうが! 同じ流派だからだよ、ボケがっ! 俺は……!」
「アッシュ、やめろ!」
シンクから制止の声が飛び、アッシュは苦虫を噛み潰したような顔で口を噤む。ふらつきながらも立ち上がって、シンクはアッシュの肩に手を置く。
「ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ。さぁ!」
強い語調で迫るのは、アッシュとルークの間で超振動が起きる可能性を知っているからか。同位体がそこら中にいたらあちこちで超振動が起きてしまう───二人の間ではそれが成立する。今この場で兵器並みの力が暴発すれば、ザオ遺跡ごと吹き飛んでしまいそうだ。
アッシュは眉を寄せると何も言わずに剣を鞘へ戻した。ラルゴも身を起こして彼らの方へ下がり、シンクが改めてこちらへ向き直った。
「取引だ。こちらは導師を引き渡す。その代わりここでの戦いは打ち切りたい」
「このままお前らをぶっ潰せば、そんな取引成り立たないな」
「ここが砂漠の下だってこと、忘れないでよね。アンタ達を生き埋めにすることも出来るんだよ」
「無論こちらも巻き添えとなるが、我々はそれで問題ない」
それは正直嘘だと思った。
六神将の目的は知らないが、導師を連れ回して何かを画策しているのは間違いない。ならば本懐を遂げぬまま自滅など選びようもないだろうし、何よりこのままでは導師も生き埋めになる。流石に今の段階でボクらと心中しようとするとは思えない。
だが万が一にも心中を選ばれたくないのはこちらも同じだ。
「ルーク。取引に応じましょう。今は早くイオン様を奪還して、アクゼリュスへ急いだ方がいいわ」
「陸路を進んでいる分、遅れていますからね」
「……分かった」
ティアと大佐の言葉に、ルークは頷く。
取引が成立し導師がこちらへ引き渡される。見る限り怪我等はない。
「イオン様! 心配しました……」
「……迷惑を掛けてしまいましたね」
顔色が悪く、また力を使ったのだろう。シュレーの丘でもそうだったし、セフィロトには導師の力を消耗させる何かがあるらしい。それが六神将の言っていた儀式とやらなのだろうか。
シンクが背を向け、肩越しにこちらへ告げる。
「そのまま先に外へ出ろ。もしも引き返してきたら、その時は本当に生き埋めにするよ」
脅しに違いないが、声には本当にそうすると思わせる響きがあって、こちらは撤退する他ない。
皆が下がる中、ボクは少しだけ残ってその背に掛ける言葉を探した。
「シンク……」
「……いちいち名前を呼ばないでくれる? 気に障るんだよ」
背中を向けたままそんなことを言われるが、それが彼の名前なのだから呼ぶしかない。短い時間に言葉を選んだ。
「ボクはボクのことが知りたい。全部終わったら聞かせてもらうから、覚えてて」
「………………」
返事はない。でも答えを望むのは欲張りだと思って、言うだけ言うとその場を離れた。六神将を残し、仲間の後を追って合流する。
体調の悪そうな導師を気遣いながら、砂に埋もれた遺跡を戻った。
*****
「ふー。やっぱり暑くても砂だらけで埃っぽくても外の方がいいっ」
砂漠に出て開口一番、アニスがそう漏らす。どっちもどっちだとは思うけど、わざわざ言わない。
「皆さん、ご迷惑をお掛けしました。僕が油断したばかりに……」
「そうですよ、イオン様! ホント大変だったんですから!」
「ところで、イオン様。彼らはあなたに何をさせていたのです? ここもセフィロトなんですね?」
大佐に問われ、繰り返されるこの事態に導師も観念したのか、機密だとはね除けはしなかった。
「……はい。ローレライ教団ではセフィロトを護るため、ダアト式封咒という封印を施しています。これは歴代導師にしか解呪できないのですが、彼らはそれを開けるようにと……」
「なんでセフィロトを護ってるんだ?」
「それは……教団の最高機密です。でも封印を開いたところで何も出来ない筈なのですが……」
となると、黒幕は教団の最高機密を知っているということか。セフィロトがダアト式封咒で護られていることも、導師でないと解けないということも、知っていないと現状には繋がらない。セフィロトの利用方法も。
導師が口を割らない限りこれ以上彼らの目的について考えることは出来ない。炎天下、砂漠の只中で長話を続けるものでもないし、今は役目のために先を急がなければならない。
話を切り上げ、ケセドニアへ移動することにした。
*****
砂漠越えで元気に喋る訳もなく、最低限の会話に留めてケセドニアへ到着する。
着いた途端再びルークが頭痛に苦しみ、念のため一度宿で休むことにした。導師をアクゼリュスへ同行させるのかという問題もあるし、丁度よかった。
宿へ向かうと、三度ルークが頭を抱えて苦しむ。
「う……るさ……!」
会話をしているように見えるので、またアッシュが干渉してきているのだろう。何事かとティアが近付いた途端、ルークが剣を抜いてティアへと向けた。
「ルーク! どうしたの!?」
「ち……ちが、う……! 体が勝手に……! や、やめろっ!」
そう叫んだ途端、ルークの体が震え、大きく傾いで倒れた。近付くと、意識はなく顔色は悪い。かいている汗はこの暑さのせいだけではないだろう。
「宿屋に運ぼう」
ガイがルークを運ぶ。手早く借りた部屋でルークを休ませながら考える。先程のルークの状態は体を操られているように見えた。同位体に限られるにしろ、怖いことだと思う。ボクは、何者とも知れない赤の他人に体を好きにされたくはない。
「ルークの奴、どうなっちまったんだ?」
「診てみる」
投げ出されたルークの腕を取り、体内音素を確認する。ルークにそうするのは初めてで、どんな結果が表れるか予期していたボクは表情に出さないよう努める。
───彼の体は、導師と同じく第七音素だけで構成されていた。
(やっぱり……ルークはレプリカなんだ)
フォミクリーという技術がどのようにしてレプリカを生み出すのかは知らない。だがボクはレプリカ体は第七音素で肉体を構成していると仮説しているし、導師とも共通している。正直、もう自分の仮説を疑ってもいなかった。
「……異常はないよ。音素暴走とかじゃないみたい」
「健康に難ありかぁ。介護するぐらいなら、ぽっくり逝きそうなお金持ちの爺さんの方が……」
「何か言いまして? アニス」
「……えへ♡ なんでもない♡」
アニスはある意味いつも通りで、形だけでも心配をしてもらえないのはその言動が目に余り始めたからか。導師救出を寄り道なんて表現すれば、アニスの反感は買って当然だ。
少しずつ、不和が蓄積を始めているような気がする。
「……大佐。ルークのこと、何か思い当たる節があるんじゃないですか」
「……そうですねぇ」
「アッシュという、あのルークにそっくりの男に関係あるのでは?」
ナタリアがボクの想定する正解を引き当てる。
大佐は同位体研究の資料を読んだ時に内容を理解していたようだったし、フォミクリー技術についても知識があるようだった。何よりコーラル城でルークが寝かされていた装置に覚えがある言動をしていた。
ボクと同じ仮説に至っている可能性が高い。答えを呈示することを避け、ただ静かに眼鏡のブリッジを押し上げる。
「……今は言及を避けましょう」
「ジェイド! もったいぶるな」
「もったいぶってなどいませんよ。ルークのことはルークが一番に知るべきだと思っているだけです」
大佐がどんな結論に至っているにしろ、その考えにはボクも賛成だ。ルークの知らないところでルークも知らないことを、他人が共有するというのはおかしな話になる。
大佐やボクから本人に伝えるというのも正しいとは限らない。少なくともボクは専門家ではないし、この世には知らない方が幸せなこともある。どんな責を負って伝えればいいのか。
ルークの存在の根底を揺るがしかねない痛みを与える責など───ボクにはない。
「ご主人様が目を覚ましたですの」
「……俺がどうしたって?」
起き上がって、険しい顔をする。気分が良くないのは確かだろう。それは体を操られたからか、倒れてしまったからか───眠っている間に自分の話をされていたからか。
「いえ、何でもありません。どうです? まだ誰かに操られている感じはありますか?」
「いや……今は別に」
「多分、コーラル城でディストが何かしたのでしょう。あの馬鹿者を捕まえたら術を解かせます。それまで辛抱して下さい」
大佐はまだアッシュとルークが同位体ではないという前提で考えているのか、それとも思い至っていてあえてそう言葉にしているのか。
ボクではその赤い瞳が奥に隠す考えまでは読めない。
「……頼むぜ、全く」
ルークが怠そうに応え、今後の話になる。主に導師をどうするかという話で、ここで別れても二の舞になりそうだ。本人も和平の使者としてアクゼリュス救援へ向かいたいと言い、その方向で話は纏まった。
「ああっと。決めるのはルークでしたね」
「……勝手にしろ!」
大佐はルークに意地悪をしない関わり方を考えてはくれないものかと、少しだけ溜め息を吐きたい心地になった。
*****
「すみません。本当にご迷惑をお掛けしました」
導師を連れて宿のバルコニーへ出て、並んで話をする。数日ぶりに見た彼の顔は懐かしいと言う程にはまだ遠くにないようだった。
「ホントにね。注意してって言ったのに、たった一日も待てないで拐われるんだから」
「すみません……」
申し訳なさそうに謝る彼に、もういいよと返してやる。
「拐われたらまた捜し出すから、いいよ」
「アリア……ありがとう」
「どういたしまして。それで、例の件なんだけど」
「愛称……の、話ですか?」
問い返す導師の瞳に、期待が滲んでいるのが分かる。それに少し言い出しづらい心地になりながら、前置きをする。
「あんまりネーミングセンスには期待しないで欲しいんだけど……」
「はい」
相槌を打つが、その言葉とは裏腹に彼の瞳から期待は消えない。寧ろ増したように見えて、ボクはいい加減腹を括った。
「テセ……は、どうかな」
「……テセ、ですか?」
「そう。正しくはテセレマ。そのままじゃイオンより長くなっちゃうから、ボクはテセって呼ぼうかなって」
由来を聞いて、彼は目を丸くした。
「テセレマ───古代イスパニア語で『汝の意志することを行え』……ですね」
「うん。嫌?」
「……いいえ」
眼を伏せ、その響きを何度も確かめるように彼は小さく呟く。心に刻むように、体に染み込ませるように、何度も。
「……僕は、テセレマ」
「うん。導師イオンでありながら、それと一緒に……君に、君でいて欲しい」
そうささやかな祈りを伝えると、彼はゆっくりと目蓋を上げた。千歳緑の穏やかな瞳が、ボクを見る。真っ直ぐに、強く。
「ありがとう、アリア。僕がどう在りたいか、今ようやく見えてきたような気がします」
そう言って柔らかく笑む。瞳に、確かに希望を宿した色を浮かべて。彼にしか見えない景色を、そこに映して。そこに芽生えた感情が何か、ボクは知らない。
「僕は───僕の意志することを行います」
翌日マルクト領事館で話をし、船の用意を確認する。ヴァン謡将からは伝書鳩が届いており、先に先遣隊とアクゼリュスへ向かっているという話だった。廃工場やザオ遺跡に寄ったとはいえ、囮にした船より遅れているというのは中々に申し訳ない。
話の最中、今度はガイが体調を崩す。あっちもこっちも頭痛かと思えば、ガイの方には何か術がかけられているらしい。紋章のような形の痣が出来ているという大佐の言葉に、『カースロット』という単語が飛び出す。
導師───テセによれば、ダアト式譜術の一種で人の記憶にアクセスし人を操る術らしい。術者から離れれば効果は薄まるという話で、ボクらはいそいそと船に乗り込むことにした。
ダアト式譜術は導師にしか使えない譜術───ガイにそれをかけたのが誰なのかは、ボクには簡単な問いだった。
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