和平の使者


 カイツールで船の修理を待つ間、ボクはコーラル城で見たものについて一人考えていた。

 仮面の下に隠されていた、導師とそっくり同じ顔。双子と言うには似すぎて、常識の上で語るには違和感が残る。声も、背格好も、瞳の色も。あまりに彼らは近しかった。最早同一人物と表現するのが相応しく、未だに頭は混乱する。でも。

(彼らは……別人だ)

 同一人物である訳がない。あの時導師は皆の所に置いて来たし、ボクはディストの後を追ってシンクの姿を見付けたのだ。セントビナーで二人が別々に存在するところも見ているし、間違いようもない。導師イオンと烈風のシンクは確実に別人だ。

 なら、ボクが見たものはなんだったのか。何故二人は同じ顔、同じ声、同じ姿を持って実在するのか。……答えは彼の残した囁きにあるように思う。

 レプリカ───複製品を意味する言葉。それだけだと意味が分からなくて、目の前にその存在が在って初めて意味が生じる。それでも得られる答えは荒唐無稽で、簡単には信じがたい。そんなことが有り得るのだろうか……人の、複製だなんて。

 否定するにはこの眼で見たもののインパクトが強すぎる。

(シンクは……導師のコピー?)

 仮に人の複製が可能だとして、シンクが導師のレプリカだとして。誰が何の目的で彼を作ったのか。人が自然に生まれ出るのとは経緯が違いすぎる。必ず第三者の意志が介入する筈だ。作ったからには理由がある。目的があって、そのための手段である筈だ。彼が六神将に身を置くのは、彼がレプリカとして生を受けた理由と関わりがあるのだろうか。

「………………」

 シンクについて考えると同時に、ボクはもう一つ別のことを考えさせられる。彼の残したもう一つの囁き───同じだと、彼はボクを嗤った。

 あれはどういう意味だったのか……なんて惚けた思考は出来ない。そもそも彼が「レプリカ」と口にしたのはボクに対してだ。ボクが、ボクの過去を知るらしいシンクに理由を求めて与えられた答えがそれだった。意地悪く、悪意に満ちた声が今も記憶に残っている。

「ボクが……レプリカ」

 ぽつり、と宿のベッドの上で一人呟く。実感なんて湧いてこない。突然言われたって「ああそうだったんだ」と納得できる節などない。ボクは自分を人間だと思って生きてきたし、それが当たり前だった。それが突然作られた命だと───誰かのコピーでしかないなんて言われても、分からない。

 ……でも、全く納得がない訳でもなかった。それは例えば、ボクに二年より前の記憶がないこと。ボクの始まりをシンクが知っていること。それらの理由が「レプリカ」であるなら、答えは簡単に提示できる。即ち、「ボク」が作られたのが二年前である可能性だ。

 二年前に生まれたからそれより過去がない。記憶喪失ではなく、初めからなかった。それは一つの答えとして成り立っているように思う。

「………………、」

 実感はなくとも正直心中は複雑だ。作り物の命なんて考えてもよく分からないし、ボクのこの声も、姿もボクの元となった「誰か」のもので借り物に過ぎないと言われても困る。だって、これが「ボク」なのだから。

 起き上がり備え付けの姿見の前へ移動する。白を基調としたラフな旅装束。高い位置で結わえた亜麻色の長い髪は、毛先が強情な巻き毛で今日もくるんとしている。こちらを眺める瞳は空の色で少し吊り気味で気紛れな猫を思わせる。毎日毎日変わらない「ボク」の姿。それは少なからずアイデンティティに結び付いている。

 だが今眼に映るものが、自己と言えるものが誰かのコピーだと聞かされて、いい気分になる筈もない。「ボク」とは何だろうと少なからず考えてしまう。確立されている筈の自己を疑う声が湧く。

 例えば、ボクがレプリカだとして。ボクの本物はどこにいるのだろう。何故ボクは作られたのか。理由は、目的は。ボクを作ったのは誰なのか。ボクには定められた道があったのか。シンクが六神将に身を置くように、本来なら与えられるものがあったのかもしれない。でも現実はふらふらと彷徨い歩いていて、答えは今の今まで提示されていない。それは何故なのか。

(……アリア)

 鏡の中のボクが眼を伏せる。記憶を失った、もとい生まれたばかりで師に拾われたボクが唯一覚えていた名前。それすら自分のものではないかもしれない。だって、シンクはその名を呼んだのだ。恋しがるように、願うように、切実に。

 ボクが応えて彼はすぐに嗤った。抱いた期待を嘲笑した。それは思ったことと現実が異なっていたからではないか。応えたボクが期待外れだったからではないか。目の前に現れた「ボク」がレプリカだったから───彼が期待したのは、ボクの「本物」だったのではないか。その疑念が想像すればする程深くなる。拭えない。

 タルタロスで再会したアリエッタも、彼女が呼んだのはボクの本物の名前だったのではないか。ボクには彼女と育んだ過去がない。でも彼女は明らかに二年より前の「アリア」を知っている様子だった。なら導き出される答えは単純だ。

 アリエッタがあれだけ慕って呼んだ「アリア」も、シンクが焦がれて呼んだ「アリア」もボクではない。二年前に作られたボクのことなど誰も知らない。知らなかった。

 姿も、声も、名前も。全てが誰かの───本物のコピー。偽物で、紛い物で、一つだってボクのものじゃない。実在しない幻みたいで、途端に足元がぐにゃりと不安定に揺らぐ。ボクは……「誰」なんだろう。

 ───こんこん、とノックの音が転がった。その音に意識を現実へと引き戻される。

「……どーぞ」

 声を掛ければ遠慮がちに扉が開いた。そこから室内へ入って来たのはティアだ。相部屋なのでそんな風に気を遣う必要などないのだけど、きっとボクのためにそうしてくれたのだと思う。コーラル城から戻って以来、ボクの様子が正確にどうであったかは分からないが、恐らく平時ではなかっただろうから。

 起き上がっているボクを見て、ティアが口を開く。

「……もう、起きて大丈夫なの? 顔色が悪いわ」

 自分に向けられる気遣わしげな眼に、咄嗟に何を思っていいか分からない。今はちょっと自分というものを見失い掛けていた。それでもボクの対人機能は優秀で、何も考えずとも苦笑が形作られる。

「いっぱい寝たんだけどね」

「……コーラル城で、何があったの?」

 近くに寄りながら固い声で問われる。緊張がある。踏み込んでいいものか迷いながら、彼女は心配して問うてくれているのだろう。

 ルークは冷血と彼女を詰るけれど、他者への関心と優しさに関してはパーティーで一番だと思う。ルークとは別のベクトルで。

「大したことじゃないよ」

「嘘ね。貴女にとって大きなことだったから、黙っているのでしょう」

「……そうなのかな」

 ボクにとって、シンクが告げた一言は大きなことだったのだろうか。考えてみても実感がない、そんな出来事。

 でも小さな出来事でないことは確かだ。「ボク」というものの根幹が揺らされてしまった。確定した情報なんて何一つないのに、何よりシンクと導師の存在が「レプリカ」という言葉の信憑性を高める。……同じだと嗤った声が偽りだったと思えない。

 ボクは本当に……レプリカなのだろうか。

「……ティアは……」

 気付けば口を開いていて、何かを彼女に問おうとしていた。何を問うというのだろう。レプリカについて話すにはあまりに突拍子もないし、誰かに気軽に話したいことでもない。でも何かを形にしたい。吐き出して……誰かの言葉が欲しい。

「……自分が思ってたのと違う生まれだったらどう思う?」

「……どういう意味?」

 問いは、どうにも曖昧で中途半端なものになってしまった。案の定ティアは不思議そうに首を傾げて、ボクは少しだけ言葉を付け足した。

「例えば生まれた故郷が違うとか……家が違うとか。家族だと思ってた人達が自分と全くの無関係だったと分かったら、どうかなって」

 少し違うけど、今のボクに出来る例えはそれが限界だった。別にアリエッタやシンクに家族みたいな繋がりを感じた訳じゃない。ただ期待があったのは確かだ。ボクの知らないボクを彼らが知ってくれている……教えてくれる。そう期待した。

 でも実際は、ボクを知る人なんて誰もいない。ボクは作られて、なんでか一人で彷徨い出て、師に拾われて旅してきただけだ。ボクの知ってるボクでしかなかった。帰る場所なんてなく、行ける場所もない。文字通り「身寄りがない」……一人きりだと知ってしまった。

(別にそれで寂しいとかもないと思ってたんだけど……ちょっと、孤独感は覚えてしまう)

 師と二人旅の時はそれが当たり前で、過去を求めることもなかった。でも心のどこかでは記憶が戻ることを期待していて、旅をしていればボクを知る人と出会えるかもしれないとも思っていた。自分がどこから来たのかが分かれば、どこかへ行けるようになると感じていた。ただ漠然と。

 でも現実は……ボクは一人きりだった。どこかへ行けるかもと期待した足は、その一歩を止めてしまう。どこにも行けない閉塞感をどこからか感じてしまう。そうして黙り込むボクに、ティアは。

「……アリアの悩みは私には分からない。でも、もしそうだったとしても───私なら旅を続けるわ」

「……え? 旅を?」

 何故、と疑問を込めて瞳を見れば、彼女は応えるように頷いた。迷いのない、意志のこもった瞳が眼を引く。

「私の旅の目的は兄を止めること。話はしたけれど、まだ疑念が全て晴れた訳じゃないわ。自分なりに兄の周辺を調べ直すつもりよ」

 それに当たって、もしボクが仮定したようにヴァン謡将が血縁関係にないと分かったとして───それでもティアは旅を続けると言う。兄と自身に血の繋がりがあろうとなかろうと、二人だけの兄妹だから。

「兄と私の関係性は変わるかもしれない。でも私にとっての兄はきっと変わらないわ。だから止める必要があると分かれば、私はまた兄を追う。生まれが違っても……私が私であることに変わりはない。私がやることは変わらないわ」

「………………」

 私が私であることに変わりはない───その言葉が胸に刺さった。そう……そうだ。ボクがレプリカでも、ボクの本物が別にいて、ボクが誰とも関係してなくとも、ボクはボク。ここにいるボクが別人に変わることなんて起きやしない。レプリカと知ってこの手足が形を失う訳でもない。この声が、瞳が、名が。ボクでなくなる訳ではない。ボクはボクだ。昨日までと何も変わらず───望んだって、変われない。

 突き刺さった胸に、鈍い痛みがあった。それをそっと胸の奥に隠して「そっか」とティアに頷き返す。彼女の話は確かに響いたから。

「……うん。ありがと、ティア。お陰でちょっと分かったかも」

「そう……力になれたなら良かったわ。あまり思い詰めないで。今は……話を聞くことくらいは、出来るから」

「うん。そうする」

 ボクの顔は勝手に笑顔を形作って、ティアの優しさに頷き返す。

 バチカルへ着けば、ボクらの旅は終わりだ。大佐や導師には和平が成るまで付き合うけれど、ルークやティアとはそこまでの話となっている。だからこそ「今は」と口にするティアは、やっぱり優しくボクの眼には映った。










*****










 ティアについて宿を出て、皆に合流する。船の修理が終わったので、カイツール軍港へ移動することになっていた。

「おはよ」

 いつも通りに挨拶をすれば、それぞれに異なる反応を見せてくれる。

 意外だったのはガイが気遣わしげな視線を向けてくれたこと。自分がもっと早く辿り着いていれば、などと責任でも感じてくれているのだろうか。要らない優しさだけど。

「お、おう……もう、大丈夫なのか?」

 ルークが心配を示してくれて、それにティアに向けたのと同じ苦笑を向けて答える。

「大丈夫。心配してくれてありがと」

「心配してねーよ! 足を引っ張られたくねーだけだ」

 ルークの照れ隠しは今日も平常運転だ。

「具合いいならさっさと出発しちゃいましょうよ、大佐ぁ」

「そうですね。イオン様、ルーク。それでよろしいですか?」

「僕は構いませんよ」

 耳に入ってきた声に、自分でも自分の表情が一瞬固くなったことに気付く。

 ボクに思わぬ現実を突きつけた声。でも、導師とは違って、あの声は甘かった。闇へ誘うように、ある意味で優しい響きを持っていた。知りたいと望むボクに、望み通り教えてくれた。

 囁くような声がまだ、耳に残っている。

「アリア?」

「!」

 気付けば目の前に導師がいた。千歳緑の瞳が、気遣わしげにボクを映す。

 彼の顔にシンクの顔が重なる。彼の声にシンクの声が重なる。「アリア」───そう呼んだ、音が重なる。

(でも……導師はシンクじゃない)

 彼がボクに向けてくれる気遣いと、シンクが焦がれるように向けた感情は重ならない。呼ばれた「アリア」はボクではなくて、そんなことは分かってるからシンクは己を嘲った。

 名前を呼ぶ声一つでも、こんなに違う。

「……そっか。そうだね」

「アリア……?」

「ごめん、なんでもないよ」

 笑って応える。導師とシンクは別人だって、頭で分かっていたのに。こうして名前を呼ばれてようやく実感した。レプリカ───コピーだからって何だと言うのだろう。導師は導師で、シンクはシンク。どちらも違って、誰かの代わりになんかなれやしない。

 考えたって仕方がない。例えボクが作られた命で、誰かのコピーだとしても───誰かの代用品だったとしても。ここにいるボクは変わらない。……変われないのだと、一つの答えを胸に刻んだ。










*****










 連絡船キャツベルトに乗って、軍港を離れる。数日間は船旅となり、海の上では出来ることも少ない。寝転がるか鍛練するかくらいだ。

 鍛練と言うとルークが嬉しそうにする。

「お! じゃあ今日は俺と手合わせしよーぜ!」

「ヴァン謡将にべったりじゃなくていいの?」

「んなっ! ヴァン師匠は忙しいんだよ。迷惑かける訳にはいかねーだろ!」

 その発想が他の人に対してもあったら良かったのだが、ヴァン謡将は特別扱いなので望むべくもない。

 ルークは屋敷に戻ったらまた軟禁生活になる筈で、そうなれば鍛練の相手も限られてしまうだろう。そう思えば相手をしてあげてもいいかなと思うし、ボクも体を動かしたい。

 これも経験と、積極的に鍛練には付き合っていた。

「お前、ホントに色んな武器が使えるよな。どれか一つを極めようとは思わねーのか?」

「んー、個としての強さを目指したらそうなんだろうけど。いざという時に使い慣れない武器で負けるのが一番嫌かなって」

「ふーん……じゃあ武器が何もなかったらどーすんだよ」

「拳で戦うよ」

「えっ」

「えっ」

 そんな会話もしたりしなかったり。

 ガイとは目の前で人を殺して以来距離があったが、コーラル城の件もあってか少しは話せるようになった。卓上旅行が趣味と言っていたので、観光地のススメを受けてみる。

「ローレライ教団の総本山があるダアトなんかは活火山地帯でな。温泉も盛んなんだ。行ったついでに浸かって旅の疲れを癒すのもいいな」

「ダアトか。お師様との旅では一度も行かなかったんだよね」

「ほう。そりゃまたどうして」

「知らない。行き先は全部お師様が決めてたから。ダアトに興味なかったのかも?」

「始祖ユリアのお膝元ってことで、観光地としては人気が高い街なんだがなぁ。巡礼用の石碑が置かれているんだが、その数と同じだけの地区に分かれているんだ。特に第四石碑からの眺めは壮麗だぞ」

「うーん。一応覚えとく」

「こりゃ忘れる奴の台詞だな……」

 なんて会話もあったりなかったり。

 ティアとは些細な話が楽しめて、意外と二人とも花好きということで、花にまつわる話で盛り上がりを見せていた。

 ティアが一番好きな花はセレニアで、ボクが一番好きな花はスノードロップだと結論がつく。

「私の家の庭にはセレニアの花畑があるの」

「セレニアの花は夜にしか咲かないんだっけ」

「そう。でも陽が射さなくても育つという利点もあるのよ」

「いいな。スノードロップと同じで白い花弁が綺麗なんだよね。タタル渓谷で見たことある」

「タタル渓谷に咲くセレニアの花もとても綺麗だったわ」

「ティアの家だったらいつか行ってみたいかも。機会があったら見せてね、花畑」

「……ええ。いつかそう出来る日がくればいいわ」

 そんな約束のような、約束でないような、曖昧なものを交わしてみたりして。

 アニスにはダアトでの暮らしについて聞いてみた。導師守護役という仕事や、ダアトの街、神託の盾に身を置くことについて。

 どうやら彼女は優しい両親の下で育ったらしく、その分苦労を抱え込んでいるらしい。玉の輿を狙ったりお金や権力が好きなのも、それが関係するようだ。

「アリアは第七音譜術士なんだよね」

「一応ね。大したことは出来ないけど」

「いいな~。私にも才能があったら癒しの力でガッポガッポ稼いでたのに……」

「癒しの力ってそういうものだっけ……まぁ、旅の治癒師なんかしてるとお金になるけどね」

「でしょ? あーあ、私にも第七音素が使えたらなぁ」

「教団のお給料じゃ足りないの?」

「ん~。乙女は色々と入り用なのです★」

 ボクには乙女力が足りないのか、ちょっとよく分からなかったけどそういうものらしい。

 大佐とは特に話すことがなくて、大佐の方から声が掛けられる。ボクの師に関心があるようで、師について尋ねられる。会ったこともないのに物好きだ。

「どんな人って言われてもなぁ……傍若無人な自由人?」

「貴女の型破りな様子を見ていれば何となく察します」

「ボクのどこが型破りって」

「逆に自身のどこが型に嵌まっているか、言ってご覧なさい」

「…………協調性はある方だよ?」

「比較対象がおかしいんです」

 などと噛み付いて言い負ける情けない一幕もあったりして。

 師については、ボクも語れることが少ない。気付いた時には当たり前みたいにそこにいたから、色んなことに疑問を抱けなかった。名前すら知らないのがいい証拠だ。

 精々不精で清潔感がないことや、お金の使い方が大雑把なこととか、お気に入りの帽子があるとか、その程度だ。

 そんな風に皆と過ごしていれば、当然導師とも話すことがある。導師にはアリエッタやシンクのことを聞いた。

「アリエッタって導師守護役だったんだよね?」

「はい。二年前に守護役の総入れ替えがあるまでは」

 異例の入れ替えだったらしいが、理由は教えてもらえない。二年という数字に引っ掛かりを覚える。ボクが作られた頃。

(そういえば、ボクの本物がアリエッタと親しかったならダアトに居たことになる。なら導師は「アリア」を知らないのかな……?)

 導師がチーグルの森以前にボクを知っていたような様子はない。実際に間違われているくらいなのだから、ボクの見た目は本物とそっくりの筈だ。なら、導師がボクを知らないのは「アリアを知らないから」ということになる。 

 アリエッタもシンクも知るボクの本物。些細な違和感に、ボクは導師に問う。

「シンクっていつから神託の盾にいるの?」

「シンク、ですか? 確か二年は経っていない筈ですが……それがどうかしたんですか?」

「ちょっとね」

 誤魔化して、また二年だと思う。

 一つの疑念が湧いてしまう。ボクが作られたのが二年前で、それがダアトなら。シンクが作られたのもまた二年前で、作られた場所はダアトなのではないか。

 ボクらを作った人間は一緒で、何かのミスがあってボクだけが行方知れずになってしまった。そう考えるのが自然だと思う。

 そうなると───目の前の導師は、どうなのだろう。

 人間に見える、千歳緑の少年。でも、既にレプリカの実例はこの眼で見ている。シンクとそっくりの彼は、本物なのだろうか。

(……もう、答えは出てる)

 考えないようにしていたことに意識を向ける。脳裏を過るのは、チーグルの森で彼の体を診た時だ。導師の肉体は第七音素で構成されていた。

 第七音素は記憶粒子と他の音素が結合されて、変質して生まれる特異な音素だ。天然で、初めから存在する音素ではない。

 作られた音素と、それによる肉体。その符合を単なる偶然と片付けるには、事実はあまりに異質だった。

 即ち、レプリカ体はその肉体を第七音素で構成している───それが、ボクの出した結論だ。

(代わり、かぁ)

 導師は導師で、シンクはシンク、ボクはボク。そういう一つの答えに至って、でも現実はそんなに簡単じゃない。目の前にいる彼は「本物の代わり」で「イオン」じゃないのに「イオン」を担ってる。

 レプリカは代用品───その現実を突きつけられるようだった。

(……本物の導師はどうなったんだろう)

 代わりがいるというのなら、本物には代わりが必要だったということだ。それはボクの本物にも同じことが言える。

 本物の導師と本物の「アリア」。どちらも導師守護役だったアリエッタと面識があり、同時期に作られたと思われるシンクもその存在を知っている。果たして、彼らにどんな因果があったのか。

(……導師にレプリカだって自覚はあるのかな)

 ちらり、と隣で話す導師の顔を盗み見る。いつも通り穏やかな表情を示す彼から読み取れることはない。

 正面切ってレプリカですかと聞く訳にもいかない。導師に自覚があるのなら、何を思って本物の導師のフリをしているのだろう。ボクは……誰かの代わりなんて嫌だと思う。

 ボクに導師の心中は測れない。今まで呑気に、何も知らずに生きてきたから。誰かの代わりを演じる必要もなく、ずっとボクはボクのままだった。それは導師やシンクの歩んできた人生とは違うものだったと思う。

 シンクはレプリカをどう考えているのだろう。ボクと同じだと嗤った声は、肯定的な感情には思えなかった。レプリカというものを否定的に考えているのなら、彼の生は彼にとって何だと言うのだろう。

 ボクと違う、二人のレプリカの生。いつか二人に話を聞く機会が巡ればいいと、小さな望みを抱いた。










*****










 流通拠点ケセドニアは、砂漠の只中にある街だ。両国の国境を中心に巨大な街が広がっており、交易が盛んである。

 この街は自治区であり、秩序を作るのは商人ギルドだ。両国の兵も常駐しているが物々しさを感じるにはこの街は雑多で、今まで訪れたどの街よりも活気づいている。

 ヴァン謡将とはここで一度別れることになった。拘束したアリエッタをダアトの監査官に引き渡す役目があるからだ。六神将は命令違反で査問会に掛けるという話だが、さてどうなるか。

 一先ず船の手続きを取るために、キムラスカ領事館を目指すことになる。

「はぁ……なんだかごちゃごちゃすげぇ街」

「まぁな。世界中のものが集まるって言われているからな」

 多様な空気に圧倒されたようにルークが呟き、それをガイが拾う。

 マルクトからキムラスカへ輸出される農作物や薬草は、ケセドニアの領事館で監査を受ける。逆も然りで、今のボク達も同じだ。

 観光がてら歩いていれば、ルークが典型的なスリの被害に遭った。

 ティアによってお財布は事なきを得たが、サーカス団のような格好をした男女三人組は「漆黒の翼」を名乗って去って行った。スった人間の近くに、以前タルタロスで盛大な追い駆けっこをした相手がいたと知ったら、彼らはどんな顔をしただろうか。

 領事館で歓迎され、船の準備を待つ間に音譜盤を解析することにする。それはコーラル城でガイがシンクから奪ったものらしく、あの巨大な音機関から得られた情報が記されている筈だ。折角なので興味がある。

 音譜盤の解析機は商人ギルドのアスターという男が持っているそうで、自治区として独立する際に導師が力添えをしたという縁を利用して、音譜盤の解析を依頼する。アスター氏は笑い方が不気味で特徴的な男だった。

 そうして音譜盤と解析内容の記された資料を手に、領事館へ戻る。その道すがら、闖入者があった。

「うわっ!?」

 黒い人影がガイとすれ違う。突っ込んできたそれをガイがギリギリで避け、その代償に音譜盤と資料が地面に散らばった。

「第六!」

 光の槍を幾本か生み出し、音譜盤に手を伸ばす人影に降り注がせる。彼は後ろに飛び退くようにして槍の雨を回避した。特徴的な嘴型の仮面───闖入者は、烈風のシンクだ。

(気配が殆どなかった……ヤバいな)

 資料の方はガイが回収したようだ。音譜盤は取られてしまった。コーラル城で奪われた音譜盤とその中の情報を、取り返しに来たのだろう。

「ここで諍いを起こしては迷惑です。船へ!」

「逃がすか!」

 大佐の言葉に、一斉に身を翻して船へと駆ける。当然シンクが追い掛けてくるため、第一音素で行く手を阻んでしんがりを務める。闇属性は基本的に物理的なダメージはないし、これなら一般人を巻き込んでも多少はいいだろう。

(本当はシンクに話を聞きたい。ボクを作った人と会わせて欲しい)

 けれど、今の優先順位はそれではない。ボクは仕事を請け負ってここにいる。途中で放り出せば、何でも屋としての矜持に自分で傷を付けてしまう。

 「船を出せ」とルークが声を上げ、キムラスカ兵が戸惑いながらも慌てて準備する。船はいつでも動かせるようにしてくれていたようで、すぐに動き出した。

 出港するところに、ルークと二人で飛び付く。割りとギリギリで、そのお陰もあって追手を撒くことは出来たようだった。

 小さくなる影を見ながら、ボクの胸中は複雑だった。










*****










 難を逃れ、船内で資料を確認する。襲撃のせいで一部紛失してしまったようだが、概ねの情報は浚えるようだ。

「同位体の研究のようですね。……これはローレライの音素振動数か」

「ローレライ? 同位体? 音素振動数? 訳分かんねー」

 恒例の、ルークのお勉強タイムだ。彼に一般知識がないことには、もう皆慣れてきている。特にティアの態度の軟化具合は分かりやすい。

 ローレライは始祖ユリアが契約した存在であり、第七音素の意識集合体だ。

 意識集合体とは、音素を特定の条件下で一定数以上集めると生じる自我を指す。それを扱えると高等譜術を使えるそうだが、実例は聞かない。

 第一音素から順に、シャドウ、ノーム、シルフ、ウンディーネ、イフリート、レム、ローレライの名が与えられている。ローレライは未だ観測されておらず、仮説の段階だ。

 音素振動数は全ての物質が発しているもので、一致する個体は存在しない。指紋のようなものだ。

 同位体研究というのは、その音素振動数が一致する個体───同位体を作り出す研究らしい。

 それを聞いて、嫌な閃きを得てしまう。同じものを作り出す研究と、よく似た人間を作り出すレプリカ。……無関係だろうか。

「同位体がそこらに存在していたら、あちこちで超振動が起きていい迷惑ですよ。同位体研究は兵器に転用できるので、軍部は注目してますねぇ」

「……同位体って、人間でも作れるの?」

 少々の緊張を孕んで大佐に問う。ボクの疑問を単なる好奇心と受け取ってか、ガイとアニスが脇から言葉を挟む。

「人間って……突拍子もない話が出てきたな」

「昔研究されてたっていうフォミクリーって技術なら、同位体が作れるんですよね?」

「フォミクリーって複写機みたいなもんだろ? 人間を複写するってのか?」

 正しく、ボクが抱いた疑いをガイが口にする。どうやらボクが知らなかっただけで、フォミクリーという技術は既に存在しているらしい。

 詳細が気になっていると、大佐はようやく口を開く。眼鏡の奥の瞳に、特に変わった様子はない。

「フォミクリーで作られるものは、所詮ただの模造品です。見た目はそっくりですが、音素振動数は変わってしまいます。同位体は出来ませんよ」

 それに、と大佐は言葉を続けて、その続きに、ボクは疑念の答えを得た。

「生物レプリカは国で禁止されています。人間のレプリカなんて非現実的な想像です」

「……レプリカ」

「アリア……?」

 大佐の言葉を繰り返せば、ティアが様子を窺うように名を呼ぶ。それに頭を振って応えるけど、何でもないなんて嘘だ。

 大佐の口から飛び出したその言葉は、シンクの提示した可能性を肯定していた。

 レプリカは実在する。生物レプリカは禁止されている。禁止されているだけで───作れないとは、言わなかった。

「あーもー! 訳分かんねっ! 難しい話はやめようぜ」

 頭がパンクしたらしいルークが癇癪を起こして、そこでふと気付く。同位体研究の資料は、コーラル城の音機関から見付かった。あの機械がフォミクリーに関わるものなのは間違いないのだろう。なら……データを取った時に、ルークがそこに寝かされていたのは何故だろう。

(……まさか)

 死神ディストの言葉が蘇る。「音素振動数まで同じ、完璧な存在」───確かにそう言っていた。それがもし、ルークを指した言葉だったなら。

(ルークは七年前に拐われて……コーラル城で見付かった時、それまでの記憶を失っていて……)

 その理由が、もしボクに記憶がない理由と同じなら。

 ルークが同位体研究の、特例なら───

「!」

 思考が先へ至る前に、それは邪魔される。船を大きな衝撃が襲い、直後キムラスカ兵が船室へ慌てて飛び込んできた。

「た、大変です! ケセドニア方面から多数の魔物と……正体不明の譜業反応が!」

 報告すると同時に、キムラスカ兵が背後から斬られて倒れる。代わりに現れたのは、白い教団服の兵───神託の盾兵だ。

「いけない! 敵だわ!」

「第六!」

 ティアの鋭い声と同時に呼び掛け、眩い光で視界を奪う。怯んだ隙にガイが剣を引き抜いて斬り伏せた。

 ほっと息を吐きたいが、報告の通りなら襲われているのは船そのものだ。対処しなければならない。

「やっぱりイオン様と親書をキムラスカに届けさせまいと……?」

「どうだろうね。ケセドニアでの様子を考えると、音譜盤から得た資料が目的のような気もするけど」

「船ごと沈められたりするんじゃねぇか?」

「ご主人様、大変ですの! ミュウは泳げないですの」

「うるせぇ、勝手に溺れ死ね」

 ミュウとルークのやり取りを横目に、ガイの懸念に大佐が応える。

「しかし、水没させるつもりなら突入して来ないでしょう」

「じゃあ船を乗っ取るつもりだ!」

 アニスの閃きが恐らく正しい。ボクらのすべきことは、制圧される前に船橋を確保すること。のんびり話している余裕はないようだ。

 余計な思考は追い出して、ボクらはすぐに行動を開始した。










*****










「ハーッハッハッハッ! ハーッハッハッハッ!」
 甲板へ出ると高笑いが頭上から降ってきた。この特徴的な笑い方と声には覚えがある。そちらを見れば予想通り、趣味の悪い椅子の上で足腰を弱らせる活動に勤しんでいる六神将のディストがいた。

「野蛮な猿ども、とくと聞くがいい。美しき我が名を。我こそは神託の盾六神将、薔薇の……」

「おや、鼻垂れディストじゃないですか」

「薔薇! バ・ラ! 薔薇のディスト様だ!」

「死神ディストでしょ」

「黙らっしゃい! そんな二つ名、認めるかぁ! 薔薇だ、薔薇だぁっ!」

 大佐とアニスの言葉に、椅子に座ったまま中空で地団駄を踏む。器用だ。

 聞けば、アニスは神託の盾として面識があり、大佐はディスト曰くかつての友らしい。アレと大佐が友人と思うと奇妙なものだけど、確かに年齢は釣り合っているかもしれない。

「……まぁいいでしょう。さぁ音譜盤のデータを出しなさい!」

「これですか?」

 大佐が資料を取り出して見せると、ディストが掻っ払う。あの椅子、急に加速するけどどういう仕組みになっているのだろう。

「ハハハッ! 油断しましたねぇ、ジェイド!」

「差し上げますよ。その書類の内容は全て覚えましたから」

「ムキーーー! 猿が私を小馬鹿にして!」

 大佐とディストのやり取りはなかなかにリズムがいい。かつての友ということだけれど、関係性が覗き見えるようだ。

「この私のスーパーウルトラゴージャスな技を食らって後悔するがいい!」

 滅茶苦茶頭が悪そうな技がやって来るらしい。身構えると巨大な譜業兵器がどこからか降って現れた。

 ドシン、と重厚な音と振動が船を揺らす。それは自律するようで、鋭い爪のついたドリルの腕が見るからに脅威だ。

「ご覧なさい! これが私のカイザーディストRです!」

「ネーミングセンス無っ!」

「ムキーーーーー!!!」

 思わず突っ込んでしまいつつ戦闘準備に入る。

 ティアとボクが援護で、火力が大佐だ。巨体を止めるために、アニスが普段背負っている譜業人形のトクナガを巨大化させ、動きを封じる。ルークやガイの剣は堅い装甲にはあまり効かないようで、今回は譜術が攻撃の要になりそうだ。

 譜術が効くならボクの攻撃も効く筈で、前へ出て音素をぶつける。光の槍を脇から一斉照射し、堅い装甲が局所的に焦がされる。穴を開けながら押し込むように巨体を仰け反らせた。

「ナイスアリアっ!」

 トクナガが跳ね、怯んだ巨体を殴り飛ばす。重い体が重心を失い、更に大きくバランスを崩す。ティアと大佐の詠唱が終わり、譜術がそこへ連続した。

 ぷすぷすと煙が連結部から上り始める。

「効いてるぞ!」

「ああ! 私の可愛いカイザーディストRになんてことを!」

「こっちにも効いてるな……」

 嬉しそうなルークにディストがわなわなと肩を震わせ、ガイが苦笑する。

 効果があると分かれば後は難しくはない。譜業兵器の鋭利な爪と回転するドリルさえ受けなければいい。

 海から水泡を作り出し、無限にぶつける作業を始める。機械であるなら水に弱い筈で、装甲でなく回路を壊すことが目的だ。

 ぺちぺちぺちぺち。

「アリアってば遊んでない!?」

「えへへ。水遊び楽しい」

「遊んでんじゃねーか!」

 巨体を殴るアニスに問われ、はにかみながら答えてルークにどやされた。

 初めは危険度の高い相手だったが、対処に慣れればそれ程でもない。地道に攻撃を重ねて壊し、カイザーディストRを沈黙させた。

 仕上げにボクが譜業兵器を、アニスがディストを海に放棄して終わりだ。

「なんかすげー飛んでったけど大丈夫か……?」

「殺して死ぬような男ではありませんよ。ゴキブリ並みの生命力ですから。それより艦橋を見てきます」

 大佐は変わらず冷たくて、自称友のディストは一生報われなさそうだ。

 襲撃の指揮を取っていただろうディストは追い返したが、船内に入り込んだ神託の盾兵や魔物がまだいるかもしれない。怪我人の確認も兼ねて、手分けして船内を見て回ることした。

 レプリカに、フォミクリーに、同位体研究なんて話も出てきて。それがどうやら他人事でなく、ボクや六神将、導師やルークにも関わりがあると分かってくる。

 もしボクの推測が正しくて、ボクらを作った誰かがいるのなら……その目的を知らないといけないような気がする。目に見えない悪意が、すぐそこにあるように感じるから。







 船は、ようやく旅の終着点へ辿り着こうとしていた。
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