和平の使者
カイツールの街で一晩のんびり過ごし、軍港を目指して旅路を再開する。
ここから南下した先に軍港があり、船に乗ってもう一つの国境線であるケセドニアの街へ入る予定だ。そこで連絡船を乗り換えて首都バチカルを目指す。
カイツールから軍港までの道程は、追手もなく比較的平和なものだった。六神将が諦めたとは思わないが、楽が出来るのは有難い。
幾度か野営を繰り返し、他愛ない話をして進む。この旅が始まってから最も和やかな時間が続いて、ボクらはヴァン謡将が待つカイツール軍港へと入った。
───何やら、騒々しい。
「ああ? 何だぁ?」
「魔物の鳴き声……」
ティアの呟きの通り、魔獣の息遣いがあちらこちらから聞こえてくる。それ以上に悲鳴や怒号が届いて、事態は急を要するものらしい。
空を見上げれば鷲のような魔物も数匹飛んでおり、アニスがアリエッタの魔物だと指摘する。タルタロスの時と同じように魔物の襲撃を受けているようだ。
慌てて港へ進めば、傷付き倒れたキムラスカ兵と、折り重なるように死んでいる魔物の状況が散見された。ちらりと視線をやれば定期船は黒煙を上げて故障を伝えていて、それが狙いなのだろう。
視線を戻せば、ヴァン謡将に追い詰められる形でアリエッタの姿が認められた。
「総長……ごめんなさい……アッシュに頼まれて……」
どうやら大詠師の指示で単純に邪魔している訳ではないらしい。関係性が複雑になってきた。アッシュの目的は何なのだろう。
「船を修理できる整備士さんは、アリエッタが連れて行きます。返して欲しければ、ルークとイオン様がコーラル城へ来い……です。二人が来ないと……あの人達……殺す……です」
それだけを告げると、アリエッタはグリフィンに掴まって飛び去ってしまった。
導師はさておき、ルークを指定するとはどういうことだろう。カイツールで、アッシュの刃がルークへ向いたことと関係あるのだろうか。
船の方は全滅で、訓練船の帰りを待つか要求通りコーラル城に向かうしかない。
コーラル城はここから東にある城で、ファブレ公爵の所有する別荘だ。前の戦争で戦線が迫って放棄したものであり、人が立ち入らなくなって久しい。
ついでに、七年前にルークが誘拐されて発見されたのもその場所らしい。
「そいや、拐われたって言ってたね」
「覚えてねーけどな」
アリエッタのことは何とかするからボクらはバチカルへ向かうように、とヴァン謡将に強く言われる。ルークはその指示に従うつもりのようだ。
だが他の整備士に囲まれて救出を頼まれてしまう。「今年の生誕預言でも大厄は取り除かれると詠まれていたから」という、何だか気持ちの悪い理由だ。ティアは「無視すれば預言に反してしまう」と救出に乗り気で、導師も見過ごせないらしい。
正直、ボクは預言なんてどうでもいい。この二年間で頼ったことはないし、頼りきりの人間を多少気持ちが悪いと感じてしまう。ローレライ教なんて信仰していない。
だから救出を願う理由が預言で良い感情は抱かないし、預言を理由に導師に頼るというのも好感を抱けなかった。
それでもボクはコーラル城行きに賛成する。というのも、
「情報が欲しいんだ。今回の件はちょっと様子が違うし、アッシュの狙いが気になる」
「アッシュの? 狙いって、どうせイオン様でしょ?」
「呼び出しにはルークも含まれてる。気にならない?」
「う~ん」とアニスが悩ましげに唸る。言わんとすることは分かるようだ。
ルークだけは師の言い付けを守りたそうだが、少なくとも導師は行くつもりのようで、そうなれば皆も他人事という訳にはいかない。
最終的にはルークも折れて、コーラル城へ向かうことになった。
*****
コーラル城はボロボロの廃墟と化していた。外壁に蔦が絡まっていたり、建物が一部崩れていたり、表面が色褪せていたり……何かが化けて出そうだ。
しかし長く人が住んでいない筈なのに、人の手が入っている様子が見られる。ガイの話によれば放置されて久しく、世代が違うレベルだという話だが、どういうことだろう。
「ルーク、あんまり離れるなよ」
「っせーなー! 分ーかってるって」
「あ。ルーク」
「お前までなんだよ! 分かってるって言ってんだろ!」
「うん。後ろのそれ動くよ」
「は?」
ボクが指差したのは、ルークの後ろにある石像だ。それは彼が振り返るのを待っていたかのように、ゴゴンッと重たい音を立てて動き、襲い掛かる。
それを皆で退治して、ほっと一息。
「お前! あーいうのは早く言えよな!」
「気付いたのがさっきだったんだもん」
「気付くのがおせぇ!」
「気付かなかったルークに言われてもなぁ」
「俺は初めて見たんだっつの! お前は前にも見たことあったんだろ?」
「見たことっていうか……」
そこで少し、正直に話すかどうかを迷い、迷った末に曖昧な言葉を選んでしまった。
「聞いたことがあっただけ。コーラル城の石像は動くんだぞ~って」
「その話が本当なら、その人間はこの城に勝手に出入りしてたってことだな。どんな目的があったのかねぇ」
「………………」
ガイに怪しむような視線を向けられて素知らぬ顔をする。師が怖がるボクを面白がって、肝試し代わりに立ち入ったとはとても言えない。
前に来た時は一年くらい前になるし、ボクも師と一緒だったため内部構造とかはよく覚えていない。痛くもない腹を探られても面倒なだけなので、下手に動くまいと決める。
因みに石像は侵入者撃退用の譜術人形だ。現れる魔物を適当に処理し、カラクリを解いて奥へと進んだ。
やがて、開けた空間に出る。そこには一階から二階部分をぶち抜く形で、天井まである巨大な音機関が置かれていた。
ボクが見るのは二度目で、何の機械かなんて知る良しもない。懐かしいなぁという程度の感想だ。
その巨大で円柱型の装置は、操作盤らしきものが一階部分にあり、二階部分の中央には人が二~三人横になれそうな広さのある円盤が配置されている。寝心地は悪そうだ。
「これは……!」
「大佐、何か知ってるんですか?」
声に大佐を見れば、彼が本当に驚いているのが分かる。大佐の動揺が珍しくて、ついじっと観察してしまった。
「……いえ……確信が持てないと……」
そう呟くように返したところで、ちらりと彼の視線がルークへと向く。まるで、この機械が何であるか暴くことは、彼の何かを暴くことになるとでも言うように。
「いや、確信出来たとしても……」
「な、なんだよ……俺に関係あるのか?」
「……まだ結論は出せません。もう少し考えさせて下さい」
何の話なのかはさっぱりだが、適当に誤魔化そうとしないのは彼が案外律儀だからか、そうせざるを得ない程に話が真剣なものなのか。
どちらにせよ、大佐が話さないならどうにもならないし、ボクには関係ない話だ。そんな風に思っていたら、当の大佐から声が掛かった。
「アリア。貴女がコーラル城について話を聞いたという人物は、この装置について何かを言っていませんでしたか?」
「ふぇ」
声の調子はいつも通り。言葉も荒さはない。けれど、そこに刺すような厳しい響きを感じ、少し驚く。
ボクが話を聞いた相手が師であることに、大佐が気付いているかは分からない。彼が懸念しているのは、師がこの音機関に関わっている人間かどうか、だろうか。もしくは、その情報がどこまでボクに漏洩しているか、を心配している。
雇い主に下手に睨まれるのも嫌なので、正直に伝えることにした。
「なーんにも。何の機械か聞いたけど適当にあしらわれちゃった」
「そうですか……その時、この装置は動いていましたか?」
「動いてはいなかったけど、動かせたって。いつでも動かせるようには、整備されてた程度」
「……そうですか」
息を吐くように彼は言葉を溢した。頭が痛い、という表現では生ぬるそうな様子だ。この機械と大佐、さてどんな関係があるのか。
「なになに? 二人で秘密の話? ずるーい!」
文句を言いながら、アニスはしゃがんで機械を見ていたガイの背中から身を乗り出す。
「そういうわけじゃ……」
「───う、うわぁっ!! やめろっ!!」
ないよ、と続ける前にガイの悲鳴と怒鳴り声が響いた。
大佐が動揺した顔を見せた以上にインパクトがあり、あまりの驚きに呼吸まで止めてしまったくらいだ。それ程までに、ガイは狼狽を表に出した。
「な、何……?」
勢いよく振り払われたアニスも、驚きに少々の怯えが交じっている。
振り払ったガイはというと、頭を抱えて身を小さくし地面に伏している。その体が小刻みに震える。思い当たる節は女性恐怖症。それにしても、この反応は少し過剰ではないだろうか。
「……ぁ……俺……」
不意に状況に気付いたらしく、ガイが呟きながらゆっくりと身を起こした。ばつの悪そうなその顔は、この短時間に疲労を見せており彼が消耗したのがよく分かる。
「……今の驚き方は尋常ではありませんね。どうしたんです」
誰もが反応出来ずにいる中、大佐が問う。流石は大人代表。機械と向き合っていた時と違い、いつも通りの大佐だ。
「……すまない。体が勝手に反応して……悪かったな、アニス。怪我はないか?」
「……う、うん」
戸惑いながらも頷いて、アニスも立ち上がった。導師が「何があってそうなったのか」を問えば、ガイの回答は「分からない」だった。少なくとも子供の頃は女性に怯えたりはしていなかったらしい。ただ、一部記憶が失われているらしく、それが原因なのかもしれないと語る。
「一瞬だけなんだ、抜けてんのは……」
「どうして一瞬だと分かるの?」
「分かるさ。抜けてんのは……俺の家族が死んだ時の記憶だけだからな」
家族が死んでいると聞いても、特に思うことはない。それくらいはこの世界では特別なことでもないからだ。
ふと、死ぬ人達は皆、預言に死を詠まれているのだろうかと考える。だとすれば預言も律儀だ。もしくは神経質なのかもしれない。そんなことをぼんやりと思う。
「俺の話はもういいよ。それよりあんたの話を……」
「貴方が自分の過去について語りたがらないように、私にも語りたくないことはあるんですよ」
催促するガイと拒絶する大佐の会話を聞き、ご尤もと思う。反面で、やはり律儀だ。それでは、この音機関が自分個人と関わりあるものだと言っているのと同じだ。いつかは話す、という言い方だったし、そのために少しでも誠実であろうとしているのだろうか。
なら───彼は、何かをルークに言わなければならないのだろう。言葉にすることが難しいらしい、何かを。
誰もがそれ以上の詮索をすることはなく、ボクらは更に上の階を目指すことにした。
*****
屋上へ続くだろう階段を上りながら、大佐とガイのことを考える。けれどどちらも、考えても想像の域を出ない。
誰かと話してみても良かったけれど、話したところでやはり想像するしかない。二人が話したがらない以上、それ以上の進展はないのだ。
そう分かってはいるのだけど……
「話したくないこと、か……」
「どうした?」
ぽつりと呟くと、近くにいたルークが気付いたらしく声を掛けてくる。
「話したくないことってなんだろうって思って」
「そりゃ、失敗とか恥ずかしーこととかじゃねーの? 俺だってそーいうのは話したくねーし」
「んー、言われてみれば確かにね」
ボクだって自分の過去の失敗は出来れば話したくない。でも、頑なに隠す程のことでもない。過去の失敗や間違い……もしくは、
「……人に話したくない程、大事なこと」
「なんだそりゃ。よく分かんねーな」
そう言うルークの顔はけろっとしていて、裏側に何もないことが伝わる。
ルークとボクには過去がない。そういう意味では、この厚みの無さが似ているのかもしれなかった。
*****
屋上に着くと同時に、青い体躯の鳥型の魔物───フレスベルグにルークが拐われる。使役しているのは当然アリエッタだ。
屋上にはアリエッタと、背に整備士らしき人間を乗せたライガ、ルークを掴んで飛んでいるフレスベルグがいた。
「もう……ドジね……!」
ティアのぼやき通りである。救出を考えた矢先フレスベルグがルークを離し、何かが彼を抱き止めて飛び去っていった。
一瞬だったけれど、セントビナーで姿を見た覚えがある。何故かずっと椅子に座っている、死神ディストだ。椅子は譜業の一種のようで、空を飛ぶ仕組みらしい。足腰が弱くなりそうだ。
「大佐! こっちはボクに任せて!」
蛇の道は蛇。道がないなら道を作れる人間が動けばいい。大佐が何かを言うより先に、屋上から飛び降りてディストの後を追う。
音機関を利用せずに単一の音素だけで浮遊することは難しい。精々出来るのは、第三音素を付与して落下速度を操作し、多少の位置修正をかける程度だ。しかし、今回はそれで十分。
ディストの姿がすい、と消えた階の窓から侵入する。あとはこの階を調べるだけ……だが、調べなくとも心当たりがあった。
ルークをわざわざコーラル城に呼び出し、拐って屋上から再び建物内へと戻ったのだ。建物の中には、大佐がルークとの関連性を示したあの音機関がある。
ディストを追って入った階が件の音機関がある階で、確信に変わる。六神将は、あの音機関が何なのか知っている。そしてそれが、ルークにどう関わっているのかも。
予感に従って来た道を戻れば、やがて音機関のある部屋から話し声が聞こえてきた。
「……な~るほど。音素振動数まで同じとはねぇ。これは完璧な存在ですよ」
「そんなことはどうでもいいよ。奴らがここに戻ってくる前に情報を消さなきゃいけないんだ」
聞こえてきたのは二人分の声だ。一方は死神ディスト、もう一方は……烈風のシンクだ。再び聞く声は、やはりどこか覚えがあるような気がした。
「そんなにここの情報が大事なら、アッシュにこのコーラル城を使わせなければよかったんですよ」
「あの馬鹿が無断で使ったんだ。後で閣下にお仕置きしてもらわないとね」
そっと陰から彼らの様子を覗く。
紫がかった銀髪眼鏡の男性が、趣味の悪い服を着て趣味の悪い椅子に座り、一階部分で操作盤を弄っている。死神ディストだ。
対して、二階部分で中央の円盤に寝かされたルークを見ているのは、緑髪を立てて黒い服に身を包んだ少年だ。嘴のような仮面を着けているため風貌は不明だが、少年で合ってる筈だ。
イマイチ話は分からない。アリエッタの言葉の通りなら彼らはアッシュの「お願い」を聞いてコーラル城にいる筈で、でもその「お願い」の中身は不明なままだ。
確かなのは、彼らが今ルークから何らかの情報をとっているらしいことと、ボクらに見られたくないらしいその情報が持って行かれようとしている、ということだ。その見られたくない情報の方は、どうやら鮮血のアッシュが関わっている。
「同調フォンスロットは開きました。もうそいつに用はありません。私は失礼します。早くこの情報を解析したいのでね。ふふふふ」
ディストが嬉しそうに笑い、飛び去ろうとする。それをボクは堪えて見送った。
ディストが持ち帰る情報にも興味はあったが、今出て行けば二対一で流石に分が悪い。得られる情報が半分になったとしても、一人になるのを待つのが正解だ。
息を殺してタイミングを図る。シンクが一人になったところで音素に呼び掛け、素早く動く。
(第二、第三───第六音素!)
体を補助し、一足飛びに駆け出す。狙うは烈風のシンクただ一人。
「!」
流石の反応速度でこちらを振り返るが、加速したボクが接敵する方が速かった。
目の前で第六音素を眩かせ、視界を奪う。その一瞬の怯みで肩を押さえ、背中から圧し掛かる形で地面へ押し倒した。
「ぐっ……!」
起き上がれないよう体重の掛け方に注意し、第一音素に呼び掛ける。彼の影から闇の腕を作り出し、その体を地面に縫い止めた。
ここまでやって、ようやく一段落だ。
「……この音機関は、何?」
体の下で、シンクが嗤った気配がした。
「随分手際がいいね。譜術って感じでもないけど、どういうカラクリなわけ?」
「答えて」
「答える義理はないよ」
言葉を交わしながら、ボクの意識は会話の内容よりその声へ向いていた。近くで聞いて、耳を傾けて、やはりと思う。
(やっぱり、聞き覚えがある)
彼の声を知っている。皮肉屋な響きも何もかもが異なるけれど、この声は。少し迷って、しかし知りたくて。
彼の背から下りて、彼の仮面へと手を伸ばす。
「やめっ……」
抵抗かなわず言葉で意思を示そうとするのも無視し、ボクはその嘴型の仮面を剥いだ。
そうして現れたのは、見覚えのある顔だ。
「──────、」
言葉にならない。頭の中で合致する。
知らない筈なのに聞き覚えのある声と、彩度の低い緑髪。仮面の下に覗いた瞳も同じ色をしていて───親しみのある、千歳緑だ。
顔付きも、声の使い方も違う。けれどその顔は、見知った人物にそっくりだった。兄弟というにはよく似ていて、双子という言葉でもその感覚には足りない。
同一人物と呼ぶに相応しい姿で、彼はそこに在った。
(導師イオンと、同じ……)
混乱する頭で考えようとして、ふと気付く。
シンクの瞳がボクを映して、驚きを表していた。驚愕といって過言でなく、目の前の現実が理解出来ないとでもいうような、衝撃を受けた顔。
有り得ないものを見ているというようで、やがて、彼の唇が小さく震える。ぽつりと、まるで無意識に零れ落ちるように、その声は届いた。
「───アリア」
呼ばれた瞬間、ボクも息を呑んだ。その声の響きに、乗せられた感情に不意を突かれる。
それは切実な響きがあった。
目の前の光景が信じられないと言うような、信じられない光景を願うような───恋しがるような、呼び声。
その感情に触れて、気付けばボクも不用意な問いを掛けてしまう。
「君は───ボクと、どんな関係だったの?」
アリエッタにも問えなかったそれを、うっかりシンクに尋ねてしまう。
彼はボクの過去を知っている。恋しがる響きには、特別な感情があった。それを知りたいと思ってしまった。
彼は───嗤った。
「ハッ……そういうこと」
先に見えた感情は消えてしまう。代わりに表れたのは嘲る感情で、それはどこか痛々しく映る。まるで、何かを期待した自身を嗤うように。
見知った顔が、口元を歪んだ笑みへと変える。
「ボクとアンタに関係性なんかないよ。全くの赤の他人さ」
「でも……ボクを知ってるんでしょ?」
「知ってるよ。アンタのハジマリを知ってる。アンタ、二年より前の記憶がないんだろ?」
「──────、」
正確に言い当てられて黙ってしまう。何故、彼がボクの記憶喪失を知っているのか。
どくり、と心臓が音を立てる。嫌な感覚があった。それは根拠もない、悪い予感。聞きたくない、聞くべきでない……そんな、恐れ。
(でも、ボクは知りたい)
自分の過去を、どこから来た何者なのかを。そんなことに意味なんてないかもしれない。それでも、どこから来たのかが分かれば、どこかへ行けるようになる気がしたから。
シンクが、囁く。
「教えてやるよ───レプリカ」
金属を打ったように、その言葉が硬く響く。
レプリカ。偽物、代替品、複製品を意味する言葉。
それが、ボクに必要な答え。
(ボクが……レプリカ?)
どういう、意味だろう。言葉の通りに受け取ってしまいそうになる脳が、正解を探す。そのままの意味である筈がない。
偽物、代替品、複製品───人の、模造品。
常識的に考えて、そんなことがあるとは思えない。
でも、それなら───目の前に在るモノは何だ?
見知った人物と全く同じ顔と声を持つ少年。双子というには似すぎている存在。常識的には語れない。
まるで……人を、複製したような。
「アリア!」
「!」
誰かに名を呼ばれ、ハッと気付いた時には遅かった。ボクの気が逸れて拘束が緩まり、シンクが影から抜け出している。
黒手袋を嵌めた手がボクの両眼を覆い、暗闇で耳元に息が触れる。意地悪く、絡み付く蛇のように声が囁いた。
「同じさ。アンタも、ボクも」
そっと手が離れ、気配が退く。入れ替わりで眼前に閃いたのは剣閃だ。シンクを追い払って現れたのはガイで、彼はボクの後ろを鋭く睨んで吼える。
「逃がすか!」
「ボクと追い駆けっこしてる場合じゃないんじゃないの?」
「……っ」
ガイがたたらを踏む。ボクの眼は自然と彼を追った。黒い服に身を包んだ、細身の少年。導師と同じ千歳緑───彼にはない、悪意の声。シンクは嘴型の仮面を着け直していて、仮面の奥の瞳と眼が合った気がする。
彼が嗤った、気配がした。
後の記憶は曖昧だ。
シンクは立ち去って、ガイは彼から音譜盤を奪ったらしい。ルークも救出されて、体に異変はないようだった。アリエッタはボクがシンクと話している間に拘束したらしく、整備士を連れ帰ることも出来た。けれどそれらは、どこか遠くの出来事のように感じられて。
ボクの頭の中には、彼の残した囁きがこびりついていた。