和平の使者


 カイツールはセントビナーから南西にあり、一度フーブラス川を越える必要がある。パダン平原───今いるルグニカ平野と、カイツールのある南ルグニカ平野の中間を横切る川だ。

 増水する時期でなければ急流ではないし、徒歩で渡ることも難しくない。丁度今は川の流れも穏やかなようで、まずはそこを目指すことにした。

 道中、ルークに話し掛けられる。彼の声には昨夜のティアと同じように、どこか躊躇いがあった。

「……なぁ」

「なに?」

 声に恐れがあるような気がして、怖いなら無理に話し掛けることもないのにと思う。口にはせず、彼の言葉の続きを待った。

「……怖く、ねぇのか? 人を殺すことが」

「怖くないよ」

「だって人だぞ? 生きて、話して……家族とか、大事な奴がいたりして。恨まれることだってあるんだろ」

「ボクが知ってるのは、殺す奴は殺されることを承知してろってことだけだよ」

 それはボク自身にも適用される。だからか、ルークは先の質問を重ねた。きっと、逆の意味合いで。

「……怖く、ないのか?」

「全然。死にたくはないけど、怖くもないよ」

 何を問われているか分からない。当たり前のことだ。殺す以上は知っておくべきこと。ボクだって死にたいわけではないけど、死ぬなら仕方がないかなとは思う。

 仮に復讐だとしても、大人しく殺されるつもりはない。ただ殺されても不思議はないだけだ。必要だから殺す。それが正しくないなら、復讐だって正しくない。

 人を殺すことに、本当のところで正しさなんて一つもない。どの死も理不尽だ。平等に理不尽で、平等に正しい。

「……これが、ジェイドが言ってた違いってヤツなのかな……」

「大佐が?」

「俺、お前が人を殺した時、なんでって思った。なんで平気そうで、笑ってられるのか……分からなくて」

 だから、とルークは眼を上げる。真っ直ぐにボクを見て、ああ、彼は彼なりにいつも物事に正面からぶつかっているのだな、と思う。ボクはどうだろう。ぶつかるのは、痛くはないだろうか。

「だから俺、お前に話を聞けたら何か変わるかもって。お前は多分、俺にないものを持ってるんだ」

「そっか。何か変わった?」

「分かんねー……けど、多分、なんか掴めそうだとは思う。……また話を聞いてもいいか?」

「いいよ。ボクはいつでもウェルカムさ」

 仏頂面で頷いて離れていくルークの姿を、ボクは見送る。その背中が何かを、どこかを目指して迷いながら進んでいることを理解して、凄いなぁと思う。

 ボクはどこへも行けない。どこかへ行こうとしていない。自由で、無責任で、旅人で。そう在ろうとしてる。

 ティアがこの旅に重要な意味を持たせているように、ルークも何かを得ようとしてる。ボクとは違う。ボクにとって今は、何かを変えるための旅では決してない。

(頑張るなぁ……)

 自分と違う輝きを眩しく思いつつ、フーブラス川への歩みを再開した。










*****










 フーブラス川への道程は大して険しいものでもなかった。途中までは街道沿いに進めるし、道にも迷わず危険も殆どない。

 野営を何度か挟んで南下して行く。街道沿いの橋を渡れたならもっと楽が出来たのだが、運悪く災害で壊れてしまって使えないらしい。「最短距離を通ることになるので、考え方によっては良かったかもしれません」とは、大佐の言葉だ。

 川の流れは聞いていた通り穏やかで、足を少し濡らすだけで渡ることが出来た。

 そうして無事に渡ったところで、追手が掛かる。正面をライガが塞ぎ、挟み込むように退路を断ったのは、見覚えのある桃髪の少女だ。

「逃がしません……っ」

「アリエッタ! 見逃して下さい。貴女なら分かってくれますよね? 戦争を起こしてはいけないって」

 導師が前へ出て願う。アリエッタは十六年前のホド戦争の戦争孤児だと聞いたことがある。それ故の説得だろうが、彼女は首を横に振った。

「イオン様の言うこと……アリエッタは聞いてあげたい、です。でもその人達、アリエッタの敵!」

「アリエッタ。彼らは悪い人ではないんです」

「ううん……悪い人です。だってアリエッタのママを……殺したもん!」

 眉を寄せる。戦争孤児のアリエッタに母親はいない筈だ。困惑しているのはボクだけでなく、どういうことか聞けば、チーグルの森で倒したライガ・クイーンが母親代わりだったのだとアリエッタは言った。

 魔物に育てられたから、彼女は魔物を従えていた。

「ママは仔供達を……アリエッタの弟と妹達を守ろうとしてただけなのに……! アリエッタは貴女達を許さないから!」

 桃色の眉を吊り上げて怒りを露にする。その眼にあるのは明確な憎しみと殺意だ。

 人を殺せば恨まれることもあると、そう話してまだ日は浅い。早速向けられた憎しみに、ルークがたじろぐ。魔物を殺して人に恨まれるとは思っていなかったのだろう。

 ルークはライガ・クイーンと卵に同情的だった。今、復讐を唱えるアリエッタに糾弾されてどんな思いか。

「地の果てまで追い掛けて……殺しますっ!」

 血を吐くように宣言し、抱き抱えていた不気味な人形を掲げる。他に魔物を呼ぶのか、譜術が唱えられるのか。

 どちらにせよ戦闘は避けられないと判断して身構える。だが、戦闘になることはなかった。

 ───大地が激しく揺れる。

「!」

 立っていることも難しい。咄嗟にしゃがんで様子を見れば、悲鳴を上げてアリエッタの体も転倒する。

「うわぁ!?」

「きゃっ……!」

 揺れは治まらず激しさを増す。短い地震ではないようで、裂けた大地から紫色の煙が上がり始めた。見るからに有害そうで、ティアが障気だと指摘する。

「いけません、障気は猛毒です!」

 障気は音素を汚染する。見るのは初めてだが、大量に取り込めば体に害があるものなのは知っている。早くこの場を離れた方がいい。

 だが激しい地震で大地が断裂し、退路が断たれる。揺れが治まれば越えられる程度の亀裂だが、立つこともままならない中では離脱も難しいだろう。

「どうするんだ! 逃げらんねぇぞ!」

「……っ」

 導師を支えるルークの問いに、ティアが歯噛みする。決断が必要だ。迷う余裕はない。

 目蓋を閉じ、息を吸う。全身の感覚を広げ、フォンスロットから音素を取り込んだ。自身の個としての境界を無くし、全と接続する感覚。全てのものには源があり、流出した一部に過ぎない。

 それは音素もボクも変わりなく、そこに自身を溶け込ませ───音素を流れ込ませた。

「──────!」

 即席の譜歌、否、譜歌とも呼べないただの音だ。それはあくまで音素に向かう先を示す道標に過ぎず、力の在り様を定義する。

 ボクの周囲で音素が躍る。立ち昇る煌めきの中で天に掲げた指先を、揺れる大地へ振り下ろす。まるでこの手に指揮棒があるかのように。

 ボクを包む淡い光は一瞬の後に眩く世界を覆い───瞬きの後、揺れは治まり障気も消えていた。

「な、何が起きたんだ?」

「今のは譜歌……?」

 意識の少し遠いところで、ルークとティアの呟きが聞こえる。頭がくらくらし、嫌な汗をかいて気持ちが悪い。全身が熱い。上がった息を整えながら、ボクは答える。

「ちょっと音素に、無茶させただけ……長くは保たないから、移動しよう……」

「……おい、顔色が悪いぞ」

「アリア?」

 ガイが声音を低くして、導師が名前を呼ぶ。大丈夫だと答えようとして、どこでバランスを崩したのか体が揺れる。支えようと思うのに、手足に力が入らない。

(あ……これ、ダメだ……)

 ぐにゃりと意識が歪んで、暗闇へと落ちる。それは音も速度もないような、一周回って心地のいい意識の失い方だった。










*****










 次に目を覚ましたのは、フーブラス川から少し離れた場所で野営をしている時だった。夜色の空の下に温かい火の色が滲む。

 元々カイツールまでに野営を挟む予定ではあったが、ボクが倒れたせいで少し早く足を止めさせてしまったかもしれない。

 少し申し訳なく思いながら体を起こせば、ぐらりと揺れる視界に小さく呻くことになる。

「アリア! まだ横になっていて下さい」

「導師……皆は」

「無事よ。貴女のお陰で」

 答えた声はティアのもので、そっと息を吐いてからゆっくりと目蓋を上げた。急な動きをしなければ眼を回さずに済むようで、火を囲んで全員がそこにいると確認できる。

 骨折り損にならずに済んだようだ。

「何をしたのか伺っても?」

 そうどこか冷たい声で問うのは大佐だ。ティアに水筒を手渡され、幾分か回るようになった頭で言葉を選び出す。

「振動に振動をぶつけて……相殺させただけ。障気の消し方は分からなかったから、大地の方を」

「無茶をしますね」

「必要だと思ったから」

「それでも貴女が倒れる程の無茶をする必要はなかった。あの時点でとれる対処は他にもあった筈です」

「結果論だよ。ボクの判断の方が早かった」

「……やれやれ。可愛げがありませんねぇ」

 呆れたように息を吐き、冷たい声が和らぐ。倒れた身に詰問はしんどいので、引き下がってくれるなら何よりだ。

 次に疑問を投げ掛けたのはティアだった。

「さっきの力は、譜歌……?」

「譜歌に似た何か、かな。譜を与えて無理矢理やったから、旋律も何もないけど……」

「倒れる程の負担が掛かるってのも妙な話だな。あんた、普段から譜歌は詠ってるだろ」

「あー……それは」

 ガイの指摘に少し迷って、正直に話すことにした。自分の欠陥を人に晒すのはあまりに格好がつかないが、仕方がない。

「実は、ボクのフォンスロットは不出来でね。大量の音素を取り込むと、今みたいに倒れちゃうんだ」

「フォンスロットが……?」

「そう。だからボクは譜術が使えない」

 譜歌は譜術よりも必要な音素量が少ない。欠陥品のフォンスロットでも扱えるのが譜歌だから、ボクは音律士なのだ。

「でもお前、火を出したり槍を降らせたりするじゃねーか。あれはどーなんだよ」

「……フォンスロットを使っていない。そうですね、アリア?」

「正解」

 大佐の答えが全てだ。フォンスロットを使わない───ボクは直接大気の音素を操って、戦闘行動を行っていた。それが少し珍しい戦い方だということは、一応自覚はある。

 そんな戦い方が可能なのか、と問われれば、実際にそうしているのだから可能だとしか言いようがない。

「その話が本当ならば、一度医者に診せた方がいい。今までのように体外の音素を使用していれば、体にどんな負担がかかっているか分かりませんよ」

「負担はないよ。今回のが特別だっただけで、普段は全然、全く、これっぽっちも辛くはないんだ」

 疑わしい、と大佐の眼が言っていた。依頼主としては捨て置けないものなのかもしれないけれど、信用がなくて残念だ。倒れておいて信用とか難しいのは分かるけど。

 医者にかかる気がないのは、これが先天的な機能的欠陥だからだ。腕や足がないのとも訳が違う。フォンスロットの機能を補う方法は、正直期待できない。

(別に今のままでも困ってないし)

 どこからが無茶か、痛みや失神で教えてくれるから分かりやすい。自分の力量に見合ったレベルで何でも屋の仕事をする内は十分だ。

 今回は少しその域を超えてしまっただけで、そう頻繁にあることでもない。今後も同じように考えていくつもりだった。だが、

「……導師?」

 そっと手を握られる。視線を動かせば彼は千歳緑の瞳を伏せ、暗い面持ちでじっと握った手を見詰めていた。やがて静かな声で、ハッキリと伝えられる。

「……アリア。もっと自分を大切にして下さい」

「へ……」

「チーグルの森でもそうだった。貴女は僕を庇って、自分の危険も省みない……同じ無茶を、して欲しくないんです」

 突然のお願いに眼を白黒させる。なんでそんなことを願われるのか分からない。戸惑って視線を彷徨わせれば、眼が合ったティアが眉を下げて言った。

「皆、貴女を心配してるのよ」

「え」

 心配。思いもしない回答に思考が止まる。ボクはいつだって、自分に出来ることを選んでいるだけだ。出来ないことをやっている訳でもない。そこに心配なんて必要ない筈だ。

 そう思うが、皆の考えは違うらしい。皆を見れば、三者三様の反応がある。

「べ、別に俺は心配なんかしてねーけどな! ちょっとびっくりしただけだ」

「……急に倒れられたら心配くらいするさ。あんたは俺達のために無茶をしたんだ」

「心配したかはさておき、今後同じような無茶をする時はもう少し慎重になって欲しいものですね」

 ルークの照れ隠しは勿論、ボクに一線を引いた態度を取るガイからも心配という言葉が飛び出してきて驚く。大佐のそれも、心配でないにしろ結果を良しとしていないのは伝わった。視線を戻せば、ティアも寂しそうに笑う。

「勿論、私も心配したわ。……障気は私の譜歌で中和できる。だから、もうあんな無茶はしないで」

「う、うん……」

 最後の一言は怒ったように少し冷たい響きを持っていて、思わず頷いてしまう。

 でも本当のところではよく分からない。なんで自分が心配されているのか、無茶をして欲しくないと願われてるのか、分からない。ボクはただの雇われなのに。

(心配……か)

 繋がれた手に視線を落とす。体温を移してじんわりと温かいそれは、ボクと彼の境界を不確かにする。その熱が、ボクに戸惑いを与えていた。

「………………」

 そこから伝わる「心配」に、ボクはどう応えていいのか、よく分からなかった。










*****










 カイツールへ向かう道すがら、ティアがユリアの子孫と言われている話を聞く。彼女の譜歌が譜術並みの効力を持っていたのは、それがユリアの譜歌だったかららしい。

 ユリアの譜歌は始祖ユリアとローレライの契約の証として残されたものとされており、象徴や意味を正しく理解し、詠える人間はいないと言われていた。ティアが詠えるのは、もしかすると本当にユリアの子孫で契約を受け継いでいるからなのかもしれない。

 カイツールへの道行きは少しペースを上げて進んだ。フーブラス川に残してきたアリエッタに追い付かれると面倒だからだ。

 殺さなかったのは甘さだとは思うが、生きててもらわないとボクの過去について聞く機会を失ってしまう。今回はその甘さに感謝することにした。

 そうして数日をかけ、国境の砦カイツールへ辿り着いた。

「やっと着いたな~……」

 ルークが疲れたようにそう溢す。

 カイツールは高い壁に南北を囲まれた国境沿いの街だ。検問所という性質上、兵が常駐しているので平時でもどこか物々しい。

 ボクらは街には寄らず検問所を通り過ぎるだけだが、さてどうやって越えるのか。正規の手続きで国境を越え、旅券を持っているのはガイとボクだけだ。

 導師やルークの身分でごり押すのだろうかと思っていると、聞き覚えのある賑やかな声が耳に届いた。

「証明書も旅券も無くしちゃったんですぅ。通して下さい。お願いしますぅ」

「残念ですがお通し出来ません」

「ふみゅう~………………月夜ばかりと思うなよ」

 マルクト兵にあしらわれ、ぼそりと呟くのが聞こえてしまった。ごねていたのはこちらが捜していたアニスだ。大変な目に遭った割にピンピンとしている。

 「ルークに聞こえちゃいますよ」と導師が声を掛け、そこで彼女はボクらの存在に気付いたらしい。猫を被って明るく振る舞う様子は、別れる前と変わりない。

「ちゃんと親書だけは守りました。ルーク様、褒めて🖤」

「ん、ああ。偉いな」

「きゃわん🖤」

 ルークだってアニスの猫被りは分かっている訳で、それでも律儀に応じてあげるのは好感だ。態度と口は悪いが、ルークのこういうところは良いところだと思う。

 改めて旅券がない問題について話そうとして、しかしそれは妨げられた。

「ここで死ぬ奴に、そんなものは要らねぇよ!」

「! 風よ!」

 声は空から降って来て、人影を認識すると同時に音素を手繰った。第三音素でルークの体を吹き飛ばし、そこへ狙って飛び降りて来た人影から逃がす。

「うわっ!?」

「ふん。使える部下もいるらしいな!」

 ボクがルークの使用人にでも見えているならどうかしていると思う。

 降り立った人影は、血のように紅い長髪を背に流した青年だった。こちらに背を向けているので顔は分からない。分かるのは、その手に抜き身の剣を携えて、ルークを殺そうとしていたこと。

(追手……!)

 こんな場所で騒ぎを起こしたくはないが仕方がない。緊張が走り構えるが、紅髪の青年は再びルークへ駆け出した。

 狙いはあくまでルークなのだろうか。まだ起き上がっていない彼を庇うために、第二音素に呼び掛けて───ルークと青年の間に、剣を構えた誰かが飛び込んだ。

「退け、アッシュ!」

「……ヴァン、どけ!」

 耳障りな音がして、剣がぶつかり合う。庇って飛び出した人物は栗色の髪を高い位置で一括りにし、海のような青い瞳をした成人男性だった。

 その容姿と神託の盾の意匠を施した白い制服、青年の口にした名前から想像は容易い。ルークの師でありティアの兄でもある神託の盾の主席総長、ヴァン・グランツだ。

 同時に襲撃者の素性も知れる。アッシュ───六神将・鮮血のアッシュその人だろう。

「どういうつもりだ。私はお前にこんな命令を下した覚えはない。退け!!」

 重ねた命に、舌打ちをするとアッシュは素早く立ち去った。今のやり取りを見る限り、六神将にボク達を追わせているのは大詠師なのだろうか。

 アッシュの声がなんとなく意識に引っ掛かる。

「師匠!」

「ルーク。今の避け方は無様だったな」

「ちぇっ。会っていきなりそれかよ……」

 上体を起こしたルークは不満そうだが、慕う師との再会に隠す気もない喜びが溢れている。

 師弟のやり取りをよそに、ヴァン謡将の姿を認めたティアが武器を構える。視線は鋭く、今にも斬りかかってしまいそうだ。

 対してヴァン謡将は冷静さを失わない。困った妹を宥める声で、ティアを諌める。

「ティア、武器を収めなさい。お前は誤解しているのだ」

「誤解……?」

「頭を冷やせ。私の話を落ち着いて聞く気になったら、宿まで来るがいい」

 そう残すとあっさりその場を離れてしまって、検問所の宿に入って行ってしまった。落ち着いた大人の余裕といったようで、主席総長という地位に見合う器を感じなくもない。

「ティア。ここはヴァンの話を聞きましょう。分かり合える機会を無視して戦うのは、愚かなことだと僕は思います」

「……イオン様の御心のままに」

 導師の説得に、一先ず話を聞くことでティアも合意する。ヴァン謡将の後を追って宿へ入った。










*****










 ヴァン謡将を改めて見ると立派な髭と貫禄はあるが、見た目は若いようだった。二十代後半のようで、この中ではガイと大佐の中間か。

 髪色と瞳の色が、ティアとの血の繋がりを思わせる。

「頭が冷えたか?」

「……何故、兄さんは戦争を回避しようとなさるイオン様を邪魔するの?」

「やれやれ。まだそんなことを言っているのか」

 困ったように息を吐いて、ヴァン謡将は口を開いた。

 彼の話では、六神将を動かしているのはやはり大詠師らしい。ヴァン謡将は導師が何故こんな所にいるのかも知らないといい、自身は大詠師派でもないと答える。

 こちらの事情は大佐が説明した。

「六神将は貴方の部下なのに、貴方の命令に従ってないってこと?」

 無関係だなんて無能を晒すようなもので、違和感があって尋ねる。青い瞳がボクを映した。───ほんの少し、感情に揺れる。

「……彼女は?」

「私が雇った私兵のようなものです。重宝していますよ」

「そうか……」

 どこか含みのある様子で頷き、それからボクの問いを肯定する。自分の監督不足だと、そうあっさり認められてしまった。

 若くしてその地位に上り詰めたのだからさぞ人望があるのだろうと思ったが、そうでもないのか。

「それよりティア。お前こそ大詠師旗下の情報部に所属している筈。何故ここにいる?」

「モース様の命令である物を捜索しているの。それ以上は言えない」

 ティアの声には変わらず警戒が滲み、突き放すように答える。兄の話を簡単に信じるつもりはないようだ。

 ヴァン謡将はそれに構わず、目的は第七譜石かと言及する。

 二千年前に始祖ユリアが詠んだ未来史の、その七番目。かつて始祖ユリア自身が隠したと言われており、そこにはまだ誰も知らない未来が記されている。

 かつて繁栄の未来を知るために譜石を求め、戦争が起きたこともある。その価値観は現代でも変わらず、第七譜石は両国も教団も喉から手が出る程欲するものだろう。

 ティアの極秘任務はさておき、目下の障害は六神将だ。それについてはヴァン謡将が手を打つとのことで、正直期待は出来ないが一旦信用することにする。

 ヴァン謡将の話は聞けたが、それで主張を全て信じる程お花畑でもない。かといって、ティアのように強い疑いを向けられる程にはヴァン謡将のことを知らなかった。

 一先ずヴァン謡将が持ってきてくれた臨時の旅券を使って国境を越えることにする。ヴァン謡将は先にカイツール軍港で船の手配をしてくれるらしい。

「へへ、やっぱヴァン師匠は悪くねーじゃん」

「信用出来ないわ」

「俺はお前の方が信用出来ねーけどな」

「……結構よ」

 ルークとティアのやり取りは平行線だ。互いにヴァン謡将に関して知っている面が違いすぎるのかもしれない。そう思う程に、ボクもヴァン謡将へ懐疑的になっていく。



 ───ボクを見て、一瞬瞳に揺らいだ感情は何だったのだろうか。それだけが、どうしても意識の端に引っ掛かった。
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