和平の使者
タルタロスから離れ、セントビナーへの街道を進む。ふと、導師の歩みが少し遅いことに気付いた。視線をやれば顔色が悪く、体力が追い付いていないらしい。仕方がないとボクが声を上げる。
「ちょっと休憩しよ」
「あ?」
「どうしたの?」
皆の視線を受けてそっと導師の方を見る。誘導されて、皆も導師の体調に気付いたようだった。これ見よがしに休憩をねだる。
「ボク疲れちゃったなぁ。ね、セントビナーまではまだあるし、タルタロスからはそこそこ離れたし。ちょっとくらい休ませてよ」
「依頼主よりも体力のない護衛だなんて、困りますねぇ」
「許して許して。その分後で働くからさ」
大佐と茶番をしながら休憩の総意をとる。反対する人間はいなかった。思い思いに見える範囲へ腰を下ろし、ボクもまた休みやすそうな樹の根元を確保して、ふらふらと揺れる導師を呼び寄せた。
「木陰。日光も疲れるからね」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
導師もボクの意図には気付いているようで、なんだか申し訳なさそうだ。疲労の様子を見るとチーグルの森でのことを思い出して、大佐も同じことを思ったのか、ダアト式譜術を使ったのかと導師に問うた。
答えは肯定で、導師の体は弱く、ダアト式譜術を使えるようには出来ていないらしい。寿命を縮めかねないという見解は大佐とボクとで一致していて、それが分かっていてホイホイ使うのはどういう了見か。命の使い方は人それぞれなので、部外者があまり口を挟める話でもない。
青白い顔で木陰に腰を落ち着け、導師はほっと息を吐く。隣に並んで座ったボクへそっと囁いた。
「……貴女には、助けられてばかりですね」
「そう?」
「はい。チーグルの森でも、今も……ありがとう」
微笑みながら改めて礼を言われれば面映ゆい。導師を助けるのはそれが仕事だからで、勝手にやっていることだ。礼を言われるようなことではない。
ふと、導師が視線を下げる。
「……貴女が無事で、本当に良かった。貴女を巻き込んだのは、僕ですから」
溢された呟きに、やはりボクの自由を「依頼」という形で保ってくれたのは導師らしいと理解する。でなければ導師が巻き込んだという表現になる筈もない。こちらとしては避けられない状況の中で、頼んでもいないのに譲歩してくれたことに感謝したいくらいなのだが。真面目な人だと思う。
「巻き込んだとか、気にしないで。ルーク達と一緒にいた以上、こうなるのは仕方がなかったし」
「ですが……貴女は僕達と違い、紛れもなく民間人です。本来ならタルタロスに乗っている筈もない。ルーク達が拘束されたと聞いた時……僕は貴女の身が無事であることを、ただ祈るしかなかった」
導師の表情に暗い影が差す。それはボクの同行に責任を負っていたからであり、民間人であるボクに「人質」としての価値がないことを深く理解しているからだろう。導師が大人しく六神将に従ったのは、ルーク達を人質に取られたため。彼らにはそれだけの価値があった。でももし、初めに捕まったのがボクだったら。何者でもない旅人など、数多のマルクト兵と同じく斬り捨てられていた筈だ。そう思えばボクを知っているらしいアリエッタに巡り合ったのは幸運だったのだろうと思う。
改めて考えれば死と隣り合わせの状況だった。でも結果的には上手く切り抜けられたし、死んでいないのだから導師がそんな顔をする必要はないと思う。ただでさえ顔色が悪いのに、隣で暗い顔をされれば居心地が悪い。ボクはなんとか空気を変えたくて、苦し紛れにその言葉を引き出した。
「チーグルの森での話、覚えてる?」
「……え?」
「ボクは臨時の守護役って話。丁度アニスもいないし、君さえ良ければそう思ってくれないかな」
ぱちぱち、と導師が千歳緑の瞳で瞬きをする。ボクの提案があまりに明後日の方向からやって来て、理解が滞っているらしい。自分でも過程を幾らか飛ばした自覚はある。つまるところ、
「ボクは君を守るのが仕事。経緯はさておきそれは事実だよ。大佐からの依頼を請けたのはボク。だから、君は巻き込んだとか責任を感じる必要はないんだ。ボクが好きでやってることなんだから」
「アリア……」
「責任を感じるなら……寧ろ頼って欲しい。ボクは自分の仕事に誇りを持ってる。だからちゃんと役目を果たさせて。大丈夫。君がバチカルへ辿り着けるよう、最善を尽くすから」
ぽっと出の何でも屋なんて信用も信頼も足りないのは分かっている。それでも遠慮しないで頼って欲しい。役に立つために依頼を請けたのだから。その気持ちを込めて瞳を見れば、彼は少しだけ躊躇って、やがて確かに頷いた。「ありがとう」と何度目かの呟きが落とされた。
こんなことで導師の負ってしまっている責が軽くなるとも思えないが、何も言わないよりはマシだろう。体調が悪い時に、重たい思考をするものでもない。
そうして休憩していると、大佐達の方でガイにこちらの事情を説明していたらしい。彼がルークを迎えに来た人間なら道行きを共にするのは確定事項だ。何も知らずに巻き込むより知ってもらった方がいいだろう。ガイが話を飲み込んだように頷き、疑問を導師へ投げかける。
「……戦争を回避するための使者って訳か。でも、なんだってモースは戦争を起こしたがってるんだ?」
「……それはローレライ教団の機密事項に属します。お話し出来ません」
「なんだよ、ケチくせぇ……」
ルークが鼻を鳴らす。まぁ教団が派閥争いを起こしている話なんて、詳細に部外者にするものでもない。話せないなら仕方がないだろうと理解した。
それから改めてガイが自己紹介をする。彼はファブレ公爵家の使用人で、ルークとは気の置けない仲のようだ。疑似超振動を起こして行方知れずとなったルークを捜して、遠路遙々バチカルからこんな所までやって来たらしい。
それぞれに名乗り、握手を求める。導師と大佐とは普通に握手を交わし、ティアとボクが近付けば大袈裟に飛び退いた。本人曰く、女性恐怖症らしい。
「わ、悪い……キミ達がどうって訳じゃなくて……その……」
「私のことは女だと思わなくていいわ」
ティアが歩み寄ろうとするが、気持ちだけで解決する問題でもない。ガイは更に大きく後ずさって、近付くことは出来そうにない。
結局、ボクもティアも不用意に近付かないということで対処することにした。ガイは見た目が好青年なので、女性に怯える様子がより残念に見える。
彼の話では主席総長───ルークの師でありティアの兄である、ヴァン謡将もルークを捜してくれているらしい。
ガイがケセドニア経由で捜しに来たのに対し、ヴァン謡将はカイツール側から捜しているそうだ。このままセントビナー経由で予定通りカイツールへ向かえれば、やがて合流することになりそうだ。
なんてことを話していれば、足音が慌ただしく近付いてきた。場に緊張が走り、それぞれに構える。
現れたのは神託の盾兵が六名───追手だ。
「やれやれ。ゆっくり話している暇は無くなったようですよ」
「に……人間……」
「ルーク、下がって! 貴方じゃ人は斬れないでしょう!」
ティアが前へ出て、ルークを下がらせようとする。どうやらルークは人を殺せないらしい。思えばタルタロスから逃げる時も神託の盾兵を殺してはいなかった気がする。
それなら、とボクも前へ出た。
「休憩を言い出したのはボクだからね。ちゃんと働くよ」
「お、おい……!」
ルークが何かを言おうとするが、構わず先陣を切った。人を殺すなんて今更だ。タルタロスで何人神託の盾の兵を片付けたか分からない。
「そーれ!」
呼び掛けに応えて、第五音素の炎が上がる。兵を一人丸焼きにして、他の兵が戦く。肉の焼ける臭いと短い断末魔があって、ちょっと障るけど気分はいい。
敵が怯んでる内にやってしまおう、と音素を編もうとして、ふと空気が変だと思う。ボク以外誰も敵を倒そうと動いてない。
くるりと振り返って首を傾げた。
「どうしたの? 今がチャンスだよ」
「……ぁ」
「あんた……」
なんだか、皆が軽い衝撃を受けたような顔をしている。顔色が悪く、ルークなんて怯えて見えて、ガイの視線は親の仇を睨むみたいに険しい。
そんな顔をする理由が、今、何かあっただろうか?
「ば、化け物が!」
兵の一人が剣を振り上げて向かってくる。化け物だなんて心外だ。体を反転させて向き直り、躱すと同時に第一音素で拘束する。闇の腕に縫い止められる体に光の槍を降り注がせた。
悲鳴が上がって二人目が動かなくなる。
敵が怯えた声を上げ、連鎖するように襲ってくる。流石に一度に来られると面倒だな、と思っていれば、譜術が彼らを焼いた。
「終わりの安らぎを与えよ───フレイムバースト!」
大佐の詠唱と共に上がった火柱が兵を巻き込む。ナイスカバーだ。続いて厳しい声が飛ぶ。
「ガイ、ティア! 戦闘中ですよ」
「っ……失礼しました、大佐」
「……チッ」
ぎゅっと杖を握って、ティアが構える。ガイも顔をしかめて、何か言いたげにしながらも剣を抜く。
何かあったのか分からないけど、戦ってくれるならそれでいい。まだ動く敵は二人だけだ。その内の一人にガイが刃を振るい、もう一人はルークへ向かった。
「う……!」
顔をしかめ、腰から剣を引き抜く。兵の刃を受け止めて、何かを堪えるようにしながら押し返した。勢いのまま、相手の体勢が崩れる。
「ルーク、とどめを!」
大佐が指示を飛ばす。ガイの方は処理したし、残るはルークが相手する兵だけだ。剣を振り上げ、兵へ下ろそうとする。だがその剣先は震え、動きは鈍い。
「───ッ!」
ルークの手から剣が弾かれた。咄嗟に動けない彼に、神託の盾兵の剣が迫る。
「ボーッとすんな、ルーク!」
ガイが檄を飛ばして走る。同時にティアが駆け出して、ルークと兵の間へ飛び込んだ。
───鮮血が舞い、ティアの体がくずおれる。
「……ぁ……」
ルークが震えた息を吐き、ティアを斬りつけた兵はガイが斬り伏せる。そのまま動かなくなったのを確認すると、ボクは倒れたティアへと駆け寄った。傷は浅くなく、出血は多いが致命傷ではない。
掠れた声で、ティアがルークへ囁く。
「……ばか……」
それはルークを謗る言葉ではなく、彼の弱さを受け入れる声音に、ボクは聞こえた。
*****
その日はそれ以上動くには無理があると判断し、一旦野営をすることになる。各々に焚き火に当たる中、空気がなんか変だ。こう……よそよそしい感じがする。
居心地が悪くて、ボクは一つ息を吐くと大佐の方へ足を向けた。近付くボクに赤い瞳が向く。そこには特に感情は見えなくて、今まで通りに思えてほっとした。
「隣、いい?」
「ええ。何か話でも?」
「話っていうか……なんか、皆変だなって」
素直に口にすれば、赤い瞳が細まる。ボクの言いたいことが伝わったのか、伝わっていないのか、問いが返された。
「変とは?」
「うーん、腫れ物に触るまいとしてる感じ? ボク、何かまずかったのかな」
この空気になった原因は、恐らくボクが追手を撃退した時だ。だがあの行為の何が悪かったのかが分からない。追手は倒すものだ。大佐は眼鏡を押し上げた。
「そうですねぇ……アリア。人を殺した経験は?」
「沢山あるよ」
「躊躇いなどを覚えたことは?」
「特にないけど」
無用な殺生をしてきた訳ではない。商隊の護衛であったり、賊の討伐で依頼を受けてこなしてきたことだ。躊躇う理由なんて毎度なかった。
「では、人を殺した気分はどうですか?」
「ちょっとスッキリするけど……それが何?」
首を傾げれば、大佐は少し考えるみたいに口を閉じた。こんな質問で何かが分かるのだろうか。今問われていることと、この妙な空気に関係はあるのか。大佐の言葉を待てば、彼は思いもしない話題をボクに振った。
「少し、貴女の過去を伺っても?」
「え。面白い話なんてないよ」
「構いません。面白い話を期待してはいませんから」
なら何を期待して聞くというのか。今ボクが持ち込んだ話と関係があるのかも分からないまま、とりあえず話をする。
ほんの数ヵ月前まで師と旅をしていたこと。師との二人旅は一年には及んだ。始まりは、師がボクを拾ったこと。ボクには二年より前の記憶がない。
特に機会もなくて誰にも話していなかったことを大佐に告げる。大佐は黙って聞いていて、手短な説明に「なるほど」と一つ頷いた。
「何か参考になった?」
「ええ。ありがとうございます」
礼を返されて、何が参考になったかは教えてくれない様子だ。それで、ボクの疑問に答えをくれるのかと思っていれば、大佐はそこへ話を戻した。
「皆さんが貴女と距離を置いているのは、貴女が人を殺したからでしょう」
「やっぱり? でも、必要なことだったよね?」
「そうですね」
「なら、何が間違ってたの?」
「………………」
大佐は答えない。それが答えを知らないからなのか、答える気がないからなのか、ボクには判断がつかない。ただ大佐は、代わりに不思議な要求をボクへした。
「アリア。私が依頼主である間、人を殺さないと約束して下さい」
「え。凄く戦い難くなるけど……なんで?」
「その理由を、自分で考えて欲しいからですよ」
よく分からない。人を殺してはいけない理由を考えろ───考えて、何か意味があるのだろうか。
否、きっと意味はあるのだろう。でないと大佐がわざわざ要求してきたことに説明がつかない。
人を殺してはいけない理由なんて存在しないように思うのに、大佐の瞳は明確な答えがあると言っているようだった。訳が分からない。
「……分かった。それが依頼主の希望なら」
妙なお願いだが、雇われの身で断固拒否する類いのものでもないと思う。頷いて要求を飲むと、大佐は「では」と話を終えて、今晩はもう休むようにと促した。
その指示に従い、そのまま焚き火の側で休む。明日には、パーティー内にあるこの妙な空気が軽減されていることを、ひっそりと願った。
*****
翌朝、ティアが動けるくらいに回復し、セントビナーへの移動を再開することにする。
「おはよ、ティア。怪我はどう?」
「──────、」
傷を診た者として声を掛ければ、ティアは少し言葉が遅れる。青い瞳には躊躇いがあった。
まだ昨日の空気のままなのだろうかと思っていれば、気を落ち着かせるみたいに息を吐いて、ティアは答えてくれた。
「……大丈夫よ。迷惑を掛けてごめんなさい」
「気にしないで」
軽く言葉を掛ければ、ティアは戸惑いを表情に浮かべながらそっと頷いた。その表情の意味は、やっぱりボクには分からない。何か気まずいことがあるということしか。
ガイの態度はティアよりもっと明確に距離がある。警戒されている、と言ってもいい程で、なんとも言えない。余程、昨日の行為がガイの気に障ってしまったらしい。
困ったなと思っていれば、導師がボクへ近付いた。少し意外で、気遣わしげな視線と共に朝の挨拶が成される。
「おはようございます、アリア」
「おはよう」
どうやら導師は積極的にボクを避けるつもりはないらしい。皆みたいに何か思うところはありそうだが、距離を置かれないなら有難い。皆に距離を置かれると、やっぱり多少は寂しい。
ルークが起きて来るのを待って、大佐が今後の方針を口にした。ルークと導師を中心に庇う形で陣形を組む。早い話が「ルークは戦わなくていい」ということだ。人を殺したくないルークには是非もない話だろう。
そう思っていたのだが、異議を唱えたのはルークだった。
「ま、待ってくれ……俺も、戦う」
昨日のことで、彼も色々と考えたらしい。人を殺せない自分の甘さがティアの怪我に繋がったと、ルークも分かっていた。だからこそ、戦うことを選んだようだ。
「戦わなきゃ身を守れないなら、戦うしかねぇだろ。俺だけ隠れてなんていられるか!」
「ご主人様、偉いですの」
「お前は黙ってろ! とにかく、もう決めたんだ。これからは躊躇しねぇで戦う」
立派な決意、かもしれない。
ルークが人を殺せないことについて、ボクはとやかく言うつもりはなかった。足手纏いだとは思うが、命のやり取りと縁遠い生活を送ってきた民間人が、簡単に人を殺せるようになるとは思っていないからだ。だから、そのルークの決意は意外なものではあった。
彼の回答を聞き、ティアがゆっくりと近付く。決意を確認するようにすぐ側で告げた。
「……人を殺すということは、相手の可能性を奪うことよ。それが身を守るためでも」
「……恨みを買うことだってある」
苦い顔でガイも言葉を足して、なんだか実感がこもって聞こえた。特別、そういう経験でもあったのだろうかと思う。
ティアは問う。受け止めることが出来るかと。逃げ出さず、言い訳せず、自分の責任を見詰めることが出来るかと。
ルークはそれに「皆に迷惑は掛けられないし、ちゃんと自分も責任を背負う」と答えた。強がって見えるが、決心は固いようだ。
皆のやり取りを見ながら、ふと思う。
(責任って何だろう)
人の命を奪う責任。そんなもの、負える筈がない。人が死ぬのは自業自得だ。人を殺すと決めたなら、殺されることも承知しなくてはならない。その覚悟もなしに戦う方が悪い。
戦場で死ぬ人間は、己の能力不足で死ぬだけだ。生き残る方は、ただ生きるために殺すだけ。他人の死にいちいち責任を感じていては体が重くなる。
(責任を負ってるって言いながら殺し続ける方が、よっぽど無責任じゃないのかな)
人の死なんて背負えない。ボクの死だって誰も背負いやしない。背負って欲しいとも思わない。そう思うのは自然なことではないのだろうか。
そう思ってしまうから、大佐に宿題を出されてしまったのだろうか。ボクには……皆の話がよく分からなかった。
*****
セントビナーは城砦都市で、高い壁に囲まれた砦の街だ。その入り口に神託の盾兵が先回りしている。
一筋縄では中へと入れず困っていると、丁度エンゲーブから食料を積んだ荷馬車が来ているようだった。馭者台にはローズ夫人の姿があり、交渉してこっそり乗せてもらう。
それでどうにかセントビナーへと潜り込み、ついでに食料泥棒に関する報告を済ませて懐も潤った。思わぬ天の采配もあったものだ。
アニスの安否を確認すべく、合流場所となっているマルクト軍の基地へと向かう。
そうしてセントビナー駐屯軍を指揮するマクガヴァン将軍に話を聞けば、差し出されたのは一通の手紙。どうやらアニスは無事ではあったが、既にセントビナーにはいないらしい。
「眼が滑る……」
アニスが残した手紙を読みながら、ルークが漏らす。手紙によれば、神託の盾によるセントビナーの封鎖が始まったために、次の合流地点へ向かったということだ。第二地点はカイツールらしく、元々の目的地で都合はいい。
ボクらも後を追うことにして、問題はどうやって街から出るかだ。神託の盾による封鎖があっては、入る時と同様出て行くのも簡単ではない。
頭を悩ませながら門の様子を伺えば、思わぬ集団に出会した。神託の盾の所属らしき五人の人影───中にはリグレットとアリエッタの姿があり、六神将だと思い至るのは難しくない。
門の陰に身を隠し、耳を側立てる。
「導師イオンは見付かったか?」
「セントビナーには訪れていないようです」
リグレットの確認に、神託の盾兵が報告する。ボクらが街の中に潜り込んだことは気付かれていない。
続いたのは、少し幼いアリエッタの声だ。
「イオン様の周りにいる人達、ママの仇……この子達が教えてくれたの。アリエッタはあの人達のこと絶対許さない……」
「導師守護役がうろついてたってのはどうなったのさ」
新しい声が割り込んで、ボクは眉を潜める。声は少し高く、少年のものだ。初めて聞く声で、六神将が揃い踏みしているならまだ会ったことのない人物なのだろう。
───だが、どこか聞き覚えがあるような気がする。
「マルクト軍と接触していたようです。もっともマルクトの奴らめ、機密事項と称して情報開示に消極的でして」
「俺があの死霊使いに遅れをとらなければ、アニスを取り逃がすこともなかった。面目ない」
少々渋い成人男性の声がして、話の内容から黒獅子ラルゴだろうと当たりをつける。戦艦タルタロスで、大佐がラルゴを撃退した話は聞いていた。負傷させたという話だったが、もう復帰しているようだ。大佐が手加減をした筈もなく、中々タフなのだろう。
ボクの思考を妨げるように、高飛車な男性の笑い声が差し挟まる。
「ハーッハッハッハッハッ! だーかーらー言ったのです! あの性悪ジェイドを倒せるのはこの華麗なる神の使者、神託の盾六神将、薔薇のディスト様だけだと!」
「薔薇じゃなくて死神でしょ」
「この美し~い私がどうして薔薇でなく死神なんですかっ!」
ご機嫌だった声が少年の辛辣な言葉で腹立たしそうに変化する。性悪ジェイドなんて言葉も聞こえてきたが、顔見知りなのだろうか。側で同じように会話を盗み聞いている大佐の表情に変化はない。
「過ぎたことを言っても始まらない。どうする、シンク」
「エンゲーブとセントビナーの兵は撤退させるよ」
「しかし!」
「アンタはまだ怪我が癒えてない。死霊使いに殺されかけたんだ。暫く大人しくしてたら?」
否を唱え掛けたラルゴに、少年───烈風のシンクがその意気を鼻で笑う。シンクと言えば神託の盾の参謀総長も兼任する人物だ。セントビナーを封鎖するなんて傍迷惑なことをしてくれたのも彼だろう。
シンクは話を続ける。
「それに、奴らはカイツールから国境を越えるしかない。このまま駐留してマルクト軍を刺激すると、外交問題に発展する」
「カイツールでどう待ち受けるか、ね。一度タルタロスに戻って検討しましょう」
リグレットが同意を示し、ラルゴが伝令で第一師団に撤退を命じる。セントビナーを封鎖していたのは第一師団だったようで、お陰で街を出るのが簡単になったようだった。
兵の撤退に先行して六神将も立ち去る。
「きぃぃぃっ! 私が美と英知に優れているから嫉妬しているんですねーーっ!! 」
ディストが一人何かを騒いでいたが、それは重要ではなさそうだったので気にしないことにした。
門の外の気配がなくなると、大佐が眼鏡のブリッジを押し上げる。
「しまった……ラルゴを殺り損ねましたか」
「黒獅子ラルゴ、死神ディスト、烈風のシンク、幼獣のアリエッタ、魔弾のリグレット……いなかったのは鮮血のアッシュだな」
その辺の知識はルーク以外あるようで、いつものようにルークに共有する。
六神将は主席総長直属の部下で、大詠師派らしい。なら彼らに命令を下しているのはヴァン謡将か、大詠師モースか。
ティアの考えでは戦争を起こそうとしているのはヴァン謡将であり、大詠師モースではないらしい。師を慕うルークの主張は正反対だ。
「大詠師閣下が、そのようなことをなさる筈がありません」
「ティアは実の兄より大詠師を信じてるんだ?」
「……極秘任務だから詳細は話せないけど、あの方は平和のための任務を私に任せて下さったわ」
だから信じているのだとティアは答える。平和のための任務とやらが何かは分からないが、彼女がそう信じるのならそれもいい。
ティアが兄の命を狙っているという話は聞いているし、もしかしてその辺りの話とも関係のあることなのだろうか。ボクはヴァン謡将と面識がないので何とも言えない。
「───終わったみたいですねぇ。それではカイツールへ向かいましょうか」
ルークとティアが一頻り揉めた後、涼しい顔で大佐が場を締めた。相変わらずいい性格をしている。
と、申し訳なさそうに導師が口を開いた。
「我儘を言ってすみませんが、少し休ませてもらえませんか」
そう言った導師の顔色は悪い。どうやらここまで疲労を堪えていたようで、限界のようだ。体の弱い導師が移動と野営を続けたのだから、休まらなくても仕方がない。
休息を受け入れ、宿を借りる。一室に集まっていると、そういえばと大佐が導師に尋ねた。
「タルタロスから連れ出されていましたが、どちらへ?」
「セフィロトです」
セフィロトは大地のフォンスロットだ。強力な場所は十ヵ所あるとされており、シュレーの丘がその一つだったらしい。
セフィロトは教団が封じて管理しているらしいが、詳しいことは知らない。導師も機密事項に関わるからとそれ以上は教えてくれなかった。
「そればっかだな……そうだ。ジェイド、お前は? 封印術って体に影響はないのか」
「多少は身体能力も低下します。体内のフォンスロットを閉じられた訳ですから」
「ご主人様優しいですの」
「ち、ちげーよ! このおっさんに倒れられると迷惑だから……」
「照れるな照れるな」
「照れてねー!」
ガイがパーティーに加わって、全体のバランスが取りやすくなった気がする。ルークも以前より気が楽なようで、態度が軟化して見えた。ティアからルークへの態度も幾分か柔らかくなったし、いい変化だろう。
それから、明日に備えてそれぞれに休息を取るということで、導師は大佐に任せて、暫し自由行動をすることにした。
*****
観光を兼ねて師の情報がないか街を歩き回ってみる。
封鎖もあったし期待はしていなかったが、やはり足跡は見付からないようだった。特に落胆もせず宿へ戻る。
宿は二人一部屋で、ルークはガイと、導師は大佐と、ボクはティアと相部屋だ。宿で用意される夕食を貰って戻ると、ティアが部屋でボクを待っていた。
彼女は改まった表情で謝罪を口にする。
「ごめんなさい……嫌な態度を取ったわ」
「へ?」
唐突すぎて何の話かと思ったら、街道でボクが追手を殺してからの話らしい。気まずそうにしながらも必要であればコミュニケーションを取ってくれるので、既にそこまで気にしていなかった。
嫌な態度だとも思っていなかったから、合致させるのが遅れてしまった。謝られても、どうしていいか分からない。
「いや……いいよ。なんか、ボクが悪かったみたいだし」
「悪くなんて……ただ少し、驚いてしまったの。貴女があまりに……その、躊躇いがなかったから」
何故そんなに慎重に言葉を選んでいるのかが分からないが、大佐が言う通りやはり人を殺したことが問題だったらしい。
人を殺すことに躊躇いがなかったから驚いた……それが、彼女がボクを避けた理由らしい。聞いても、よく分からない。
ティアの視線は下げられていて、躊躇いがちに問われる。
「野営の時、大佐と話していたわよね。大佐は何て?」
「契約中、人を殺すなって。なんでダメなのか、自分で考えるように言われちゃった」
「そう……」
頷くと、ティアはまた少し沈黙してから問うた。声にはやはり躊躇いがあって、何がそんなに難しいのか分からない。
「アリア。貴女にとって……人の命は何?」
「……特別な回答を期待してるのかな。尊いとか、そういう。だったら期待外れだよ。ボクにとって人の命は、ココにある物と同じ」
部屋中を見回す。ベッドが並び、ベッドサイドに引き出し付きの机や棚があって、花や細々とした物が置かれ、飾られている。人の命はコレらと同じ。
「生きてる、そして生きてたモノ。魔物や他の動物、植物と変わらない。必要とあれば平等に狩られるもの」
「……分かったわ。納得はしないけど、そういう考え方もあるのだと……覚えておく」
今の話でティアの中で何かが変わったのだろうか。分からないけど、彼女は一つ区切りが付けられたような表情をしていた。それで妙な空気がなくなるなら、とりあえずはいいと思う。避けられていてはやりづらい。
その日はそれで話を終え、互いに休むことにする。明日にはカイツールに向けて出発するし、当分は野営が続くだろう。ベッドで休める内にちゃんと休むべきだ。
久しぶりの布団は、ぬくぬくと温かかった。