栄光と永劫


 応接室で、ボクの被験者が簡単に説明をしてくれた。曰く、イオンは教会の奥深くで人知れず眠っていたらしい。ボクの被験者と同じように。それをアリエッタと師も含めて探し出し、眠りから起こして今に至るという話だ。

「呪詛返し……みたいに思うとイメージがつきやすいかもしれないわ。アイオンが私の時を止めた時に、術者であるイオンも一緒に眠りについたのよ」

 言われてみれば、イオンの姿はテセやシンクより少し幼い。二年間アイオンの力で時を止め、生存していた。肝心の病については「治した」としか説明してくれなかった。詳細は語られなかったが、ボクや被験者の体を「戻した」アイオンなら可能な範囲だろう。ただ、アイオンが個人的なことに力を貸したと思うとどうにも違和感はあった。

「ここで目覚めてから、ずっと変な感じがあったの。アイオンの力が私とアリア以外にも流れている感覚……みたいなものね」

 それで教会内をうろうろする内に師と再会し、隠し部屋から自分の私室へと移っていたらしい。どうせなら教えてくれれば良かったのにと思うが、ボクらも忙しくしていたしお互い様か。

「アニス……辛かったら部屋を出ていてもいいのよ」

「……ううん。ここにいる」

 彼女は少し俯きながらも、ティアに答えた。イオンは導師の格好をしているし、話し方も声音も、穏やかな表情もテセに近い。それは彼が本物で、テセが似せたからだろうが……アニスが辛いのも道理だろう。

 ボクは別物と分かったし、手を繋いだままの温もりがあるから問題なかった。イオンがアニスに近付く。

「貴女がアニスですか」

「……は、はい」

 慌てて顔を上げて、その顔を見て。アニスは苦しそうに顔を歪めた。それを表に出すまいと耐える様が少し痛々しい。イオンは気遣わしげに微笑む。

「すみません。この顔を見るのは辛いかと思いますが……どうしても貴女にお礼が言いたくて」

「お礼……?」

「はい。導師守護役として、僕のレプリカ……『導師イオン』の側にいてくれたのは、貴女だと聞きました。ありがとう」

「そんな……イオン、様は……私の……せいで……」

「聞いています。それでも、貴女がいてくれてよかった。きっと、寂しくはなかったと思います」

「……っ」

 アニスの顔が泣きそうに変わる。肩が震え、大きな瞳に涙が溜まる。ボクの被験者が声を掛けた。

「イオン」

「───すみません」

 諌めるような声に苦笑を返す。彼はそのまま被験者のところへ戻っていった。まるでそこが自分の居場所だと言うように。

 隣でシンクが舌打ちをする。どうしたのだろうかと視線を向ければ、彼は不愉快そうに顔を顰めるだけだった。

「貴方がたの話はアリアから聞いていました。お会い出来て嬉しいです。……出来ることならば、ルークにもお会いしたかった」

「………………」

 ティアやナタリアが痛みに耐えるように眼を伏せた。それを気遣うようにガイが話を変える。

「話は大体分かったよ。急がせて悪いが、本題を聞かせてもらえないか? こっちも余裕がないんだ」

「勿論です」

「イオン様」

 今度諌める声を挟んだのは師だった。師はいつでも動けるようにと立ったまま、厳しい眼でイオンを見ていた。こんなに真面目な師の姿なんて珍しくて、詠師エレティクスとしての顔なのだと思う。

「恐れながら。私が施した封印はすぐにも失われます。同じ方法では、貴方様と言えども彼女を封じることは叶いますまい。徒に時を延ばすよりも、ご決断されるべきかと存じます」

「ふふ。弟子が可愛いようですね」

「……戯れはおやめください」

 師が帽子で表情を隠す仕草をして、図星であるのは間違いない。実際ボクが可愛くなければ、こんなに手の込んだことをしてくれている筈もなかった。可愛くなければ、もっと簡単に殺せていたと思う。

「勿論、僕は貴方が短慮で彼女を殺そうとしたとは思っていません。悩んだ上での決断でしょう。ですが、彼女はアリアの妹です。命を奪わずに済むのなら、僕はそうしたい」

「……御心のままに」

 師が引き下がって、イオンがボクらに向き直る。ボクの心は不思議と凪いでいた。思わぬ登場に気が紛れたのか、繋がれた手の温かさが落ち着かせてくれているのか。多分後者だと思う。

 ボクの代わりに全員殺すと言ってくれた甘言は、まだボクを誘惑する。世界なんか見捨てろとガイに言われた時のルークの気持ちは、こんなものだったのだろうか。

「二つ、提案があります。一つは彼女に施す術式を、音素量を均一に保つものだけにする方法です」

「今のアリアは音素の量を制御しつつ、取り込みを阻害する術式を施してるんだったか」

「なんだか、片方だけにしてしまってはいけないように思えますけど……」

 ガイの確認にナタリアが躊躇いがちに声を上げる。イオンは頷いて踏み込んだ説明をしてくれる。

「今の封印を維持できない理由は、彼女の音素を取り込む力が術式に勝っているためです。取り込むことを是とすれば、その点における齟齬は起きません」

「でも、音素を取り込み続けることになるんですよね? それって、アリア大丈夫なんですか……?」

 アニスの疑問に答えたのは被験者だ。辛そうに視線が下げられる。

「人とは……呼べなくなるでしょうね。でも理性は残せる筈だわ」

「体内音素の量が均一だから、か……」

 そう言われてみれば、確かに選択肢としてはアリだ。少なくともただ暴走するよりはずっといい。どこかに隠れ住めば、殺し殺される必要もなくなるだろう。シンクの側にも居られる。でも、

「出来れば人間の形がいいな……化け物になっちゃうと教団には居られなくなっちゃう」

「僕はそれでもいいよ。面倒な立場からも解放される」

「いやいや、一応ね?」

 一度は離反してエルドラントで戦ったシンクからすれば、寧ろその方がいいのかもしれない。でもボクの本来の願いは違うし、他に提案があるならそちらも聞きたい。大抵の場合において後出しされる選択肢の方が良いものだ。とりあえず聞こうとすれば、イオンはそれを教えてくれた。

「もう一つの提案は、彼女が取り込んだ音素をすぐに消費する方法です」

「あまり現実的ではありませんね。所構わず譜術を使用するわけにもいかないでしょう」

「勿論。ですが、例えば過剰に取り込んだ音素を、強制的に体外へと排出する術式を組んではどうでしょうか」

「取り込ませないんじゃなく、あくまで取り込みながら出して音素バランスを保つってことか」

「はい。恐らく今までの術式よりも式を簡略化出来ますし、本人への負担も軽くなる筈です」

 今までのものは「取り込ませない」という作用と「バランスを保つ」という作用の二つがあった。それが「バランスを保つために排出する」という一つの作用にまとまるのだ。確かに、複雑な式は必要なさそうに思える。

「良いのではありませんか? 先程の案よりはずっと、試す価値があると思いますわ」

「私も! アリアには導師様になって貰わないと困るもんね」

「まぁ、人間やめずに済むなら、その方がいいわな」

 ナタリア、アニス、ガイは賛成のようだった。ティアと大佐はまだ懸念があるようで、ティアが不安そうに問う。

「お話は分かりました。ですが、その方法は本当にアリアに負担はないのでしょうか。それに、術者の問題もあります」

「大丈夫ですよ。暴走する危険もありませんし、ただ音素が通過するだけです。術者の問題ならば、僕が解決しましょう。仮にも導師でしたから」

 謙虚に微笑むイオンは、テセやシンクよりも二歳幼い。それなのに、どこか堂々としていて威厳のようなものがある。形だけの導師ではないと、言葉にならない感覚に思わされてしまう。

「貴方がそれをするメリットは?」

「メリット、ですか……大切な婚約者の妹を助けたいと思うのは、おかしいですか?」

「……いえ」

「大佐?」

「何でもありません」

 それきり大佐は黙ってしまって、反対意見が出なくなる。師はイオンに判断を委ねたようで何も言わないし、アリエッタは関与するつもりがない。ボクの被験者がイオンに釘を指すように言った。

「私も二つ目の案に賛成よ。何かあったら、貴方が責任をとってくれるのでしょう?」

「手厳しいですね。僕の婚約者は」

 勿論約束しますよ、とイオンは微笑んで答える。そうして、その視線は自然と残った人物へ向けられた。即ち、ボクとシンクだ。落ち着いた千歳緑の瞳は、やっぱり少しテセを思い出す。

「ボクは後者が最良だと思う。聞く限り面倒は少なそうだし」

 シンクが先に結論を出すわけもないと思い、先に希望を述べる。ボクが望んでしまえば彼も否は唱えにくい筈だ。少なくとも生きるつもりはあると意思表示出来るし、生きると言えと催促したシンクの意向にも沿っている。

 握っている手に少し力を増して、横顔に言葉を促す。

「シンク」

「……あんな奴を信用しろって?」

 苦々しそうに声が返ってくる。視線はイオンから逸らされない。嫌悪と憎悪に警戒まで加わって、厳しい眼がイオンへ向いていた。殺したい欲求を堪えているみたいに、瞳にある光は獰猛だ。ボクのために我慢してくれている。だからこそ、ボクは選びたい選択肢を伝えた。

「ボクは君とここにいたい」

 ギリ、とシンクが奥歯を噛んだ音がした。手を掴む力が強くなり、それが彼の気持ちを語っている気がする。イオンを信用できない気持ち、頼りたくない気持ち……それでも、頼るしかない現実に対する気持ちだ。飲み下し切れない感情がそこにはあって、シンクは唸るようにイオンに要求した。

「僕はお前を信じない。だからお前の婚約者に誓ってみせろ。───『アリア』に誓え」

「……いいでしょう。『アリア』に誓います」

 二対のよく似た瞳が、全く逆の表情を作りながら合意を得る。そうしてようやく、ボクは人として在る可能性を手にすることが出来た。










*****










 術を施すのは案外簡単で、数分で終わってしまった。二人きりの部屋でイオンに問われる。

「調子はどうですか? 気になることや、何か違和感などはありませんか」

「ないと思う。ありがと、イオン」

「いえ。アリアが哀しむところを見たくはないですから」

 微笑む彼を改めて見詰めてみる。やはり、もうテセには見えない。声、喋り方、顔、表情……本当によく似てはいる。だが同じではない。目の前の彼が見せる微笑みはどこか完成され過ぎていて、その声が呼ぶアリアはボクではない。偽物なのは、ボクとテセの方だけど。

「貴女に聞いてみたいことがあるんです」

「なぁに?」

「僕のレプリカ達は……貴女の眼にはどう映りましたか?」

 急に難しい問いを投げ掛けられた。何を知りたいのか分からないが、秘さなければならない情報でもない。イオンの場合は自身のレプリカを生み出す決定をした当人なのだし、彼らの様子が気になるのかもしれなかった。当たり障りない範囲で答えることにする。

「三番目のフローリアンは……元気で、素直で……あと、賢い子。趣味が合いそうだし、一緒に遊ぶ約束をしたよ」

「彼はモースに、道具として管理されていたと聞きましたが……」

「そうだね。でも、本人が悲観してないから別にいいんじゃないかな」

「……そうですね」

 ボクの回答にイオンはゆっくりと頷いて、続きを促した。順番的には、次はシンクだなとボクは頭を悩ませる。

「六番目のシンクは……皮肉屋で、素直じゃないし……でも優しくて。不器用だけど、隣にいてってお願いしたら、隣にいてくれる人」

「随分、貴女を想っているようでしたね」

「嬉しいことにね」

 なんと言っていいのか分からず、照れ隠しに小さく笑う。他者に指摘されれば流石に恥ずかしい。次にテセについて問われた。

「七番目のテセは……」

「テセ?」

「あ。ボクがつけた愛称なんだ。テセレマ」

「古代イスパニア語で、『汝の意志することを行え』……ですね。素敵な名です」

 ネーミングセンスがないと思っていたが、お世辞でも褒められてちょっと嬉しい。本人も気に入ってくれていたのでよかった。……もう、その名を呼んで返る笑顔はないけれど。

「テセは優しくてね。穏やかで、貴方みたいにいつも微笑んでる人だった。でも、多分心からの微笑みではなくて、『導師イオン』としての顔だったんだと思う」

 彼はきっと、色々なものを知らなかった。人というものを知らぬまま人のフリをして、導師イオンを知らぬまま導師イオンのフリをした。自分の感情や欲求を知らずに、表情だけを張り付けていた。

「でも旅を通して、彼は自分の感情や欲求を知った。テセ自身の想いを教えてくれるようになったんだ。ボクに……人を想うことを教えてくれたのは、テセなんじゃないかな」

「……特別な存在だったんですね」

 特別だった。誰だって一人しかいなくて、そういう意味では等しく特別だ。それとは別に、ボクにとっては特別な価値を持つ人。シンクともまた別に、彼がボクにくれたものはかけがえのないものだ。

「もう一人のアリア」

 ボクを呼んで、イオンが座るボクの前へ立つ。頬へ手が伸ばされ、首筋へ下り、親指の腹が喉を撫でた。何故かおかしな緊張が背を上る。

 ボクを見下ろすのは優しい微笑みで、一瞬前と何も変わらない。だが、命を握られていると錯覚する。その手がボクの命を奪うもののように感じられる。そんなことは起こり得ない。起きたとしても、抵抗すれば簡単に振り払える手の筈だ。───本能が何かを訴える。

「初め、貴女の存在を耳にした時。正直に言ってしまえば、僕は貴女の存在を喜べませんでした。僕にとってのアリアはただ一人です。だから同じ姿と同じ名を持つ貴女を、僕は複雑に思ってしまいました」

 ですが、と柔らかい笑みのまま彼は眼を伏せる。優しい、穏やかな筈の眼。

「会ってみれば、貴女は僕のアリアとは全く違った。レプリカ……代替品として生み出された筈なのに、僕には貴女と彼女が同じ存在には見えなかったんです」

 おかしな話ですよね、と笑う彼が何を思っているのか、ボクには分からない。彼にとってのレプリカは道具でしかない筈だ。それは「導師イオンのレプリカ」が生み出された経緯から推測できる。その彼が、ボクをレプリカと思えなかったと語っている。

「預言は騙せても、偽物は決して本物にはなれない。レプリカは代替品ではなかった───僕が間違っていたようです。貴女は、どうか貴女の生を全うして下さい」

「う、うん……」

 なんだろう。うっすらとした違和感がある。話している言葉の全てが薄氷のような。そのまま舐めたのでは氷の味しかせず、滑らかで。その向こうに何かが霞んで見える。割ってしまえば分かるのに、小さなヒビで全てが瓦解してしまいそうで、それも出来ない。……知ってはならない、ような。

「シンクのことですが」

 柔らかい親指の腹が、するりともう一度だけボクの喉を撫でて離れていく。呼吸は止めていなかったのに、息苦しさを感じていた気がする。呼吸をしながら窒息するところだった、と意味の分からない感想を持った。

「彼が僕を嫌っているのは分かっています。僕が彼を生み出した被験者だから、ということも。なので、このようなことをお願いできる立場ではないのですが……」

 イオンは少し躊躇うと、それでもというようにボクに願った。

「どうか、シンクのことをお願いします。貴女に、彼を見ていてやって欲しい」

「……分かった」

 本当はよく分からない。頼まれている内容は分かるし、極端な違和感もない。ただ、彼がどういう想いでその願いを口にしているのかが分からない。分かりたい気持ちにもならなかった。さっさと頷いて、とにかくこの場を離れたい。なんとなく戻りたい。温かい場所が恋しい。ここは、なんだか寒気がする。

「よかった」

 テセとよく似た微笑みをする少年に、会えたらボクは何かを聞きたかったような気もする。それなのに何も尋ねる気にならなくて。

 ボクは凍死する前に、皆の所へ戻ることにした。










*****










「ただいま~」

 応接間に戻り皆の顔を見れば、ようやく温度を感じられた。ほっとする。

「アリア! 調子はどう?」

「おかしな感覚などはございませんの?」

「無性にむしゃくしゃするとか……」

「暴れまわりたいーとか!」

「ないない。というか君達はボクの破壊衝動をなんだと思ってるの」

 そんな八つ当たりみたいな真似は今のところ一度もしたことはない筈だ。……以前戦場を駆け抜けながら八つ当たりをしたような気もするが、思い出さなかったことにした。

 すすす、とシンクに寄る。

「……なに?」

「なんか寒くて」

「僕は暖炉じゃない」

「湯たんぽ?」

「抱き着いたら暖炉にくべてやるよ」

「さっき抱き着いたよ?」

「……じゃあ今からでもくべてやる」

「へへ」

 くべられないと分かっていて頬を緩めるボクに、シンクは舌打ちで応えた。小気味のよい会話でようやく調子が戻ってくる。エンジンがかかって温まり始めたようだ。

「問題が解決したなら、オレはお払い箱だなァ」

 そう笑うと、師は壁に預けていた背を離した。部屋を出ていこうとする背に慌てて声をかけた。

「お師様! ありがと」

 振り返った紅い瞳に礼を伝える。それはあらゆるものを含めた礼だった。ボクと旅をしてくれて。ボクに戦い方を教えてくれて。ボクに封印術もどきを施してくれて。ボクに生き方をくれて。

「お師様がいなかったら、何も始まらなかった。ボクは何も出来なかったし、きっとここにいない」

 ボクに時間をくれたのは師だし、ボクに可能性を残したのも師だ。殺すつもりで面倒を見てくれた、なんて誰にでも有り得る話ではない。面倒臭がりなクセに、ボクの面倒見はよかったのだから面白い話だ。───それとも、面倒見がいいからこそ、面倒臭がりのフリをしているのだろうか。

「次は殺してやんよ」

「次も殺されてあげないから」

 冗談のような本気を交わして、師は満足そうに笑うと扉から出ていった。ボクは本当に師のことを何も知らない。……知りたいと、少しずつ思い始めていた。

「さて、アリアの件も落ち着いたし」

「私達も居るべき場所に戻りましょう」

 話を切り出したガイに、ティアが頷く。アニスとナタリアも頷き、大佐がボクを見た。

「アリア。貴女は無謀な行いをしがちです。何か大それたことをする際には、事前に周囲へ相談なさい」

「大佐にしてもいい?」

 冗談と本気の半分こで問えば、大佐は少し驚いた顔をしてから、そっと頬を緩ませて答えた。

「ええ。面白い話を期待しています」

「ハードル高いなぁ」

 なんて言っていれば、ナタリアが進み出る。

「勿論、私も力になります。どうか一人で戦おうとはなさらないで」

「うん。ナタリア」

「ま。暇があったらグランコクマにも顔出せよ。あんたの屋敷も使われなきゃ可哀想だ」

「ガイ。覚えとく」

 二人ともやり取りを済ませれば、ティアと目が合った。ティアとは不思議なもので、なんとなく丁度いい距離に互いがいる感覚があった。お姉さんという感じだ。血がそうさせるのかもしれないし、単なる性格の合致かもしれない。彼女はボクの手を取る。

「落ち着いたら連絡をするわ」

「うん。それより先に問題を起こさないよう、努力する」

「絶対よ」

 皆はアニスとも別れの言葉を交わす。と言っても湿っぽいのは望まないので、同じような軽さだ。全員が揃って旅をすることはもうなくとも、きっと会うことはあるだろうから。

 やがて、仲間達が乗り込んだアルビオールが飛び立つ。あっという間に小さくなる影に、ボクは気持ちを切り替えて背を向けた。

(ローレライ教団の在り方や、神託の盾の再編成……導師代理の件もなんとかしなきゃだし、やることはいっぱいだ)

 モースが残した大量のレプリカ難民の問題もある。それに際して、イオンやテセ、シンク、フローリアンの話も教会内では隠さない方がいいかもしれない。マイナスの反応が怖くて黙っていたが、教団の在り方にも関わってくる話だ。師にもきちんと働いてもらわねば。

「……まぁ、とりあえず行けるところまで」

 未来が決まってるだとか、滅ぶしかないだとか。歴史をやり直すなんて話もあって。でもどれも、目の前にあってすぐに解決が出来る話ではない。先のことを考えて早めに行動するのも大切だが、目の前のことを着実に片付けるのも大切なことだろう。

(後片付けをしよう)

 ボクらの旅で散らかった世界を。ヴァンの理想で揺らいだ世界を。ボクらの夢が描いた世界を。片付けて、整える。道を作ろう。未来を繋ぐ道を。



 後片付けが終わったら。
 未来の話をしよう。
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