栄光と永劫


 ケセドニアへ着けば、そこには変わらない街の営みがあった。これから世界が滅ぶか否かが決まろうとしているとは思えない程に見慣れた風景。でも状況を正しくボクらは知っている。空を飛ぶ手段が限られる以上、ボクらが負けたら次はないことも。

「ふんふふーん♪」

 アニスが鼻唄を歌い、ナタリアが「あら」と彼女を見た。何やら武器や手持ちの確認をしているようだ。

「随分入念に身支度していますのね」

「だって。もうすぐ最後の戦いなんでしょ。華麗に! そして美しく!」

 明るく振る舞うアニスはいつも通りだ。隣からティアが問う。

「アニスは緊張していないの?」

「うん」

「嘘仰い。指先が震えてるわよ」

「これは武者震いなのです」

「まあ、アニスといいティアといい、強情ですわねぇ」

「ナタリアだって強がってばっか」

「ふふ……似た者同士というところね」

 アニスの指摘にティアが頬を緩めて笑う。ナタリアも頷いてそれに同意した。

「ええ、そうですわね。最初の頃は貴女達のこと、好きになれませんでしたけれど……」

「むむ。それはこっちの台詞だもんね」

「けれど? 今は?」

 ナタリアの告白にアニスが続いて、ティアが問う。分かっていて聞いている声音で、楽しそうだ。

「大好きですわ」

「むむ。それもこっちの台詞だね☆」

「二人共、頑張りましょう」

 ティアの言葉に二人が頷く。耳を傾けてみればそんな会話が後列では繰り広げられていて、今度は前列に意識を向けてみる。

「エルドラントか……でっかいなぁ……」

「そりゃあ、島一つが丸々浮いてるんだからな」

「巨大なものは内側から攻撃する。まぁ、基本中の基本ではありますがね」

 ルークの呟きに、ガイと大佐が応えていた。

「なんか変な感じだな。まさかガイとジェイドと、三人でこうやって戦うなんて出会った頃からは想像もつかなかった」

「ははは。そりゃそうだな。あの頃はヴァンだって、まだ敵だと思ってなかったし」

「マルクトは敵国だったし……ですか?」

 相変わらずわざわざ挟まれる大佐の余計な言葉に、しかしルークは笑う。もう慣れたのだ。慣れるほど旅を続けてきた。互いが互いを、知らない人間でないと思えるくらいには。

「へへ……ジェイドはただの嫌味な奴だと思ってたけど」

「やっぱり嫌味なだけだった」

「本当にな」

「……ふふ。じゃあこの嫌味な軍人に、もう少しだけお付き合い下さい」

「こっちの台詞だよ。ジェイド、ガイ。頑張ろうぜ」

 こちらはこちらで、気合いを入れているようだった。仲が良さげで何よりだ。間に挟まれて歩くボクとシンクは静かなもので、特に今はどことなく素っ気ない。何かを考えているのだろうとは思う。

(変わったことか……)

 皆の印象は大きく変わっていない。関係性は……親しくなったと思う。仲間だと思うし、友人だと思う。誰の命も平等にどうでもよかったのに、今は選ぶ命と選ばない命がある。皆には出来れば生きていて欲しい。

 でも一番の変化は、ボクも「死」を理解出来るようになったこと。たった二人だけど、命に色がついた。側に望む想いを、手を伸ばすことを学んだ。……それを教えてくれた人はもういない。その事実に胸が痛むのも、旅を始めた頃には考えられなかったことだ。

 二度と奪わせない。それが、ボクが戦う理由。

 やがて国境付近へとやって来る。大佐がマルクト兵と話し、作戦決行は明日だと伝えられた。キムラスカとマルクトの連合軍と合流するためだ。

「今日一日は時間があるってことか」

「ええ。出兵前の兵士には二十四時間の自由行動が与えられますからね。その間は暇があります」

「じゃあ、私達も自由行動しようよー!」

 アニスが元気よく提案した。

「構いませんが、ケセドニア付近からあまり離れないで下さいよ」

「は~い。わかってまーす🖤 ガイ、ナタリア。行こう!」

 呼び掛けに応えると、三人は人混みへ消えていく。残ったルークがティアに問う。

「お前はどこか行かないのか?」

「私は……別に……貴方は?」

「ケセドニアって砂漠の街だからなぁ……それに明日決戦だって言われても、なんかまだ実感がな……」

 なら、と声を上げたのはノエルだ。

「お二人共、私に付き合って頂けませんか?」

「ミュウも行くですの」

「勿論、一緒に行きましょう」

 そのまま三人と一匹で去っていく。ボクは更に残った大佐を見上げた。

「大佐は休めるの?」

「ええ、まぁ。気遣って下さるのは嬉しいですが、もっと周囲に眼を向けた方がいいですよ」

 そう言って大佐が示した方には、人気の少ない方へと向かうシンクの背中があった。

「は!?」

「追わなくていいんですか?」

「いや全然よくない。ありがと、大佐! 行ってくる!」

「はい。気をつけて」

 大佐に見送られて、慌ててシンクの後を追った。あちらは歩きで、駆ければ案外すぐに追い付く。

「シンク!」

 名を呼べば彼は肩越しに振り返って、ボクを確認すると足を止めた。体ごと向き直って待ってくれる。目の前まで来たボクに彼は呆れた声で問う。

「なんでわざわざこっちに来るんだよ」

「えっ」

 問われて気付く。理由がない。

「……どうしてだろう?」

「は?」

 馬鹿を見る眼が向けられたのが分かる。ボクは悪くない。とりあえずそれっぽい理由をどうにか捻り出した。

「えーっと……シンクと居たいから……?」

「………………」

「黙らないでよ。恥ずかしくなってくるじゃん」

「へぇ、恥ずかしいことを言ってる自覚はあったんだ?」

「言ってから気付……可哀想なものを見る眼もやめて」

 仮面越しの視線に注文をつければ、シンクは何かを諦めたように溜め息を吐いて尋ねてくる。

「アンタは自由行動の間にやりたいことでもあるの?」

「え? うーん……折角流通拠点にいるわけだし、装備品とか道具とか見て回りたいかな。何か役立つものがあるかもしれないし」

「ふぅん……まぁ、いいよ。付き合ってやっても」

「わーい。ありがと」

 二人で店の並ぶ大通りまで移動する。両国から物が集まるため、相変わらず多種多様で物が多く、人も多い。その中を進みながら第四音素に呼び掛けた。シンクとボクの体を薄い膜で包むようにする。体感温度が下がり過ごしやすくなった。

「相変わらず便利なものだね」

「ホントにね。音素様々だよー」

 なんて言えば嘴型の仮面はじっとボクを見て来て、その視線にたじろぐ。

「な、なに?」

「今更だけど、アンタのその音素を操る力ってどうなってるのさ」

「え……」

 どう、と尋ねられて答えに困る。感覚的な話で、伝わるように説明するのが難しかった。それでもどうにか言葉にしてみる。

「こう……音素の流れがなんとなく分かるっていうか、声が聞こえる気がするっていうか……呼び掛けると手伝ってくれるんだよ」

「音素が能動的にアンタを助けるってこと? 意思があるって?」

「意識集合体程ハッキリしたものじゃないと思うけどね」

 微弱な意思。耳を傾ける者がいなければ力として消費されるだけの小さな声。そんな風に思っている。シンクは「ふぅん……」と声を漏らして、何かを考えてから言った。

「意識集合体にも呼び掛けられるんだよね?」

「うん。限定解除を使えば安定して力を借りられると思う」

「現代では実現不可能な高等譜術を使えるってこと? とんでもないね、アンタ」

 仮面の下で顔を顰めているのが目に見えるようで、つい茶化して聞いてしまう。

「化け物だと思う?」

「……どっちでもいいよ。アンタの意志が手離されなきゃ」

「へへ……」

 素っ気ない声音だけど、言ってもらえた内容が嬉しくて頬が緩む。自分の本質が化け物だと知っているからこそ、否定されても肯定されても複雑なところはある。頓着されない方が自然でいられていい。

 シンクは話を変える。

「意識集合体は意思が確認されてるんだろ。話したこともあるの?」

 問われて驚く。そういえばその筈だ。地核で皆がローレライと話したように、意思の疎通は可能だろう。試したことはない。

「考えたこともなかったや」

「アンタの脳って通常の三分の一くらいしかなさそうだよね」

「なんでそうボクの脳を軽いって言うの?」

「自分に聞いてみれば?」

 むむむ、と口を噤む。今のところシンクと言い合いをして勝てている気がしない。馬鹿だと思われてるし、その自覚もあるのだから致し方ない気もする。などと思っていると見覚えのある物が店先に並んでいて、思わず足を止めた。

「何か見付けたの?」

 ボクの様子に気付いたシンクも寄ってきて、それを見る。店先に置かれていたのは貝を使ったブローチで、貝特有の白さが眼を惹く。自分の髪に留まっている髪留めに触れた。テセがくれた物で、同じ種類の貝が使われているように見える。シンクも同じことを思ったらしく指摘された。

「アンタの髪留めと似てるな」

「ね。コレはテセがくれたんだ」

 説明すれば、シンクが閉口した。あれ、と思って隣を見れば、彼は身を返してしまう。さっさと歩いて遠ざかろうとするその背を慌てて追う。

「シンク?」

「………………」

「シンクってば」

「……なに?」

 しつこく呼べば、彼はちらりと横目でボクを見たように思う。止まってくれるつもりはないらしい。怒っている……と思う。何が原因か分からない。

「なんで怒ってるの」

「怒ってない」

「嘘。じゃあ不機嫌」

「関係ない」

 何が関係ないと言うのか。どう考えても彼の変化はボクに関係してるし、きっかけは髪留めだったように思う。この髪留めが気に入らないのだろうか。人気の少ない通りへ入り込んで、ボクはそれを口にした。

「テセに貰った髪留めの何がいけないの」

「………………」

 シンクの足が止まる。ボクも止まって、彼はこっちを振り返った。仮面の奥でどんな顔をしているのか、分からない。口が開かれる。

「……おかしいと思ったんだよ。アンタが髪留めなんか着け始めたのはあいつが死んでからだ」

「……いつから何を着けても自由でしょ」

 責める声に聞こえて思わず声を尖らせる。髪留めを着ける自由を侵害される覚えはない。着け始めた明確な理由はないけど、ボクにとってはお守りのようなものだ。テセを……忘れないための。

 シンクが口の端を歪める。

「そんなもので導師の影でも追ってるの? 自分からいなくなった無責任な奴にそこまでしてやる義理があるワケ?」

「そんな言い方……!」

「したくもなるさ!」

「……っ」

 声が大きくなって思わず黙る。シンクが感情を大きくするのは珍しい。いつだって彼は冷静に他者を嘲笑い続ける。怒りを示すのは世界に憎しみを示す時。こんな風にボクへ怒りを示すのは見た覚えがない。

 困惑がボクを占め、シンクは仮面の上から頭を押さえた。絞り出すように言う。

「……アンタは七番目の影ばかり追う。あいつは死んだんだ。アンタを置いて、満足そうに笑ってさぁ! なのになんでアンタはあいつを捜すの?」

「捜してなんか……」

「ないって言える? 僕が気付いてないとでも思ってた?」

「………………」

 嘲笑に視線を落とす。否定が出来なくて、こんな風に責められて合わせる顔がない。でも……どうしてシンクがボクを責めるのだろう。ボクがテセの死を受け入れられていなくて、彼に何の不利益があるのか。

 言われっ放しという訳にもいかなくて、ぐっと拳を握ると顔を上げた。開き直る。忘れられないからって、責められる謂れはない。

「そうだよ。捜してる。それはダメなこと? 君に迷惑は掛けてない」

「迷惑なら掛けられてる。アンタのお節介のせいで教団を引き継ぐことになったんだ。付き合わされる僕のことを少しでも考えた?」

「考えたに決まってる! 言ったでしょ、君とボクの居場所だって」

「僕の居場所はアンタだ。導師の遺志なんて継がなくていい」

 強固な姿勢に混乱が増す。その話は一度して結論が出た筈だ。分かってくれたと思ってた。どうして今になって蒸し返すのか。そんなに……テセの存在を目障りに思う理由が出来てしまったのだろうか。

 元々シンクとテセの仲は良くない。テセの方は親しくしたいようだったけど、シンクは嫌がっていた。自分と違って選ばれた導師───好む理由なんてないとは思う。それでもダアトで過ごしたひと月を「悪くなかった」と言ったのはシンクで、そこにテセの存在が影響していなかったとも思わない。どうして彼を想う行動を責められるのか。

 声が震える。

「シンクは……ボクにテセを忘れて欲しいの?」

「……ああ。忘れて欲しいね。あいつはアンタを裏切ったんだ。自分を置いて行った奴の後なんて追い掛けないでよ」

「………………」

 ハッキリと答えられてどう応じていいか分からない。ここで簡単に頷けるような気持ちなら、初めから引き摺っていない。でもそれがシンクの望みなら無下にも出来ない。今のボクを繋いでくれているのは、目の前の……生きている彼だから。

 葛藤がある。どちらを選んでも正しくはない。違う、本当は答えはもう出てる。その答えがシンクを傷付けるって、分かってるから答えたくないだけだ。

 黙ったボクへシンクが足を向ける。距離が近付いて、手を伸ばせば触れられる場所に立つ。黒手袋の手が差し出された。

「忘れてよ。七番目も、三番目もさぁ。僕がいればいいって言いなよ。僕は言えるよ。アンタが僕の全部だって───伝えてある」

「………………」

 それは以前の旅の終わり、ケテルブルクでの記憶。自身を使うよう依頼して、シンクにとってのボクは何かを聞いた。その時の迷いのない答え───ボクの見付けた「シンク」はそこにしかいない。

(……ああ)

 その手を取ってしまいたい。仮宿だって思ってた。本当に望むことを見付けて欲しい。でも、反面で側にいて欲しい。側にいることが当たり前になってしまった。その感情が……一度失ったから自覚されたものだとも分かっている。

(違うんだよ、シンク)

 ボクが「死」を理解したのはテセのお陰。ボクが君を側に望めるようになったのもテセのお陰。そもそも地核へ飛び込めたのだって、彼の涙を見たからだ。ボクの行動の全ては彼から始まっている。

 始まりを忘れて、君の手を取れる理由がない。義理があるのかと言われればその通りだ。彼の死がボクへの裏切りだとしても、ボクが不義理を選ぶ理由にはならない。ボクはテセを……忘れたくない。

 視界がじわりと滲む。口にするのが怖かった。それでも躊躇いながら口を開く。答えの先送りは無意味だから。

「……ごめん、シンク」

「……っ」

「忘れたくない……!」

 ぎゅっと自身の手を手で包む。この手を伸ばせないと意思表示をする。いつだってその手を繋いでいたい。手離さないって約束した。でも、そんな理由では手を取れない。テセを忘れる代わりに彼を選ぶなんて、間違ってる。

 彼は差し出した手で拳を作ると声を漏らした。それは静かな、決意のある声。

「なら……仕方ないね」

「し……」

 彼が動く。前へ踏み出し、距離がなくなる。右手がボクの目元を覆って、そこに譜陣が描かれる。暗闇に囁く甘い声。

「アンタを自由にするには、これしかない」

「……ぁ」

 暗闇。急激に忍び寄る眠気に、体に力が入らなくなった。ぐらりと揺れて受け止められる。温かい体温。触れるところから安心と不安が平等に与えられる。どうして。

(なんで……)

 声は形にならない。意識は閉ざされて、包まれる感覚に委ねる他ない。抗えない。ボクに触れる指先は労るようで。

「おやすみ……アリア」

 囁かれる声は、優しく零れた。










*****










 ずっと、「アリア」が目覚めるのを待っていた。被験者から奪った価値ある本物。本当の「イオン」に共に死ぬことを望まれる程の命───たった一人選んだ誰か。その価値に惹かれた。

 その瞳が僕だけを映して、僕だけを呼んで。そうすれば価値を与えられる気がした。僕だけの「シンク」の価値。「イオン」は忘れられる。死んだ奴は何も出来ない。ゴミ屑だと嗤った僕に無力に奪われればいい。

 でも「アリア」は目覚めない。時間だけが無為に過ぎ、無力感が募る。縋った頼りない自我は磨耗し、世界が僕を嗤った気がした。

 やがて僕も僕を嗤う。目覚めないものに縋ることを止め、その存在を忘れた。何も与えられない空っぽの僕。生きることにも死ぬことにも意味はない。願うのはただ預言の消滅───憎しみだけが、僕を満たす。

 そうして道を選んだ先に、それは僕の前に現れた。こちらの都合も想いも関係なく、無遠慮に……暴力的に。

 今更どうして、としか言い様はない。望んだ声で、望んだ瞳で、レプリカは僕を見付ける。感情のままに噛み付いて、掴んだ手を離さなくて。掛けられた問いが致命的だった。

 ───「代用品ねぇ……シンクはなりたかったの?」。

 ずっと眼を背け続けた問い。気付きたくなんかなかった。その問いに答えを出せば、自分の弱さを突き付けられる。本当は預言への憎しみなんて二の次だ。僕が本当に欲しかったのは。

 ───「ボクはシンクが『シンク』でよかったよ。導師の代わりなんかじゃなく、君でよかった」。

 ───「関係してよ、ボクと。少なくとも、ボクにとってはもう無関係じゃないよ。君がどうでもよかったりは、しない」。

 無神経に放り込まれた言葉。待ち望んだ答え。縋った本物にも与えられなかったそれを、唐突に現れたレプリカが渡してくる。悪夢のようだった。有り得る筈のない、非現実。

 でもその手は僕を裏切らない。地核にまで追って来て伸ばされた。僕だけを掴む意志。引き上げられて、戻れない。預言への憎しみだけで生きていた筈の僕は……与えられることを知ってしまった。

 時間は巡る。ヴァンを殺して、預言を残して。好きでもない教団で、自分と同じ顔を毎日見るハメになって。それでもよかった。見れば不快になる導師が「イオン」でなく「テセレマ」の名を抱くなら……存在の許容くらいはしてやってもいい。そう思い始めたのに。

 ───「……アリアを、頼みます」。

 満足そうに笑って消えて行く。苦々しかった。早く消えればいいと願った。目障りだ。途中でいなくなる奴のことなど考えてやる義理もない。あいつは無責任に、アリアを置いて行く。

 清々した。漸く自由だ。ダアトに縛られる理由はない。アリアも自由になる。その予想と真逆に、アリアはダアトに残ることを決めた。導師の遺志を継ぐなんて言い出す。導師の影を───七番目の遺した痕を追い始める。

 レプリカは別人だと分かっていて、ディストの言葉に動揺を示す。構う必要もない三番目を気に掛ける。導師代理なんて名乗って、贈られた髪留めを欠かさず着けて。その眼は僕に似た別人の姿を捜す。生きてるのは僕なのに。

 だから選んだ。繋がれたアリアを自由にする方法。七番目の呪縛から解き放って、その瞳が僕だけを映すように。僕の名を呼んで、いつものように勝手に嬉しそうにしていればいい。僕の顔にあいつを重ねるな。僕は「イオン」じゃない。

「……漸く来たか。待ちかねたぞ、シンク」

 そう言って僕の前に立つのは、一度は殺した筈の男。世界を救うために世界を壊す、狂った計画の発案者。

 その考えが破綻してることくらい気付いてた。僕は馬鹿じゃない。ただ預言を消してくれるなら誰でもよかった。世界が滅ぼうが構わない。そのためだけに利用していた。

「ここに来たのはアンタと取引するためだ」

「取引、か。こちらに応じる利があると?」

「アンタの駒として戦ってやる。六神将も半壊だ。アンタとリグレットだけになるよりいいと思うけど?」

 嗤ってやればヴァンは黙る。僕の言葉に価値があると思ってる。利用価値を探ってる。腹の中は見せてやった方が早い。

「僕は預言を消して、今ある世界を壊したい」

「ルーク達と武器を交えると? 一度は無様に膝をついたではないか」

「……ずっと目障りだったさ。けど、我慢してたんだよ。もうその必要もない」

 視線は僕の腕の中で眠る女へ注がれる。さらりと触れる亜麻色の髪。目蓋が閉じられ今は瞳が見れない。その眼が次に世界を映す時、それはどんな景色だろうか。

「アンタに望むのはアイオンを諦めること。元々計画にない存在だ。ローレライの器も必要ない今、手を出さなくたっていいだろ」

「フッ……なるほどな」

「答えは?」

 促せば、ヴァンは頷く。「いいだろう」と口にして、僕を再び迎え入れる。互いに利用し合う関係───望むところだ。ヴァンは僕を駒にして世界を再生する。僕はヴァンの計画を利用して世界を壊す。新しい世界にアリアを連れて行く。ルーク達も七番目もいない世界。



 全てが偽物になれば───アンタにとっての「本物」は僕だけになる筈でしょ?
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