栄光と永劫
グランコクマにあるマルクト軍本部へ向かえば、軍属の偉い人達が揃ってボクらを待っていた。プラネットストームの停止に伴って、キムラスカとマルクトの連合軍は出兵準備に入ったらしい。残るは対空砲火の問題だけだ。
「エルドラントの対空砲火には発射から次の充填まで約十五秒の時間がかかる」
「その時間で砲撃を予測して回避しつつ、接近……兄なら可能だとは思いますが……」
ボクらのパイロットであるノエルは自信がないようだった。大佐はアッシュを捜してギンジに交代して貰うという案を提示する。それを断ったのは、当のノエルだ。
「やらせて下さい。アルビオール二号機の操縦士は私です」
「いいね。そういう矜持は好きだよ───ね、皆。ボクはノエルに任せてみたい」
意志を問えば、異論はないようだった。対空砲火を潜り抜けるのはノエルの役目だ。その対策を話しにマルクト軍本部まで来たが、あっという間に終わってしまった。
「話は決まったな」
「いよいよですのね」
ガイとナタリアの言葉に、長い旅の終わりを感じる。なんだかんだで一年近く皆と旅をしていた。生きても死んでも、もう終わる。ルークが全員に問う。
「なぁ皆。本当にエルドラントへ行っていいのか? ナタリアはキムラスカの王位継承者。ジェイドも本当なら軍属としてマルクトの防衛をするべきだし。それに……」
最初に反応したのはナタリアだ。それからティア、アニス、ガイと続く。
「今更何を言っていますの? ここまで来て抜けられる訳がありませんわ」
「私は兄さんの……ヴァンのしたことに決着をつけなくてはいけないもの」
「イオン様なら、最後まで見届けなさいって仰います」
「姉上のレプリカに出会って思い知らされた。一度消えた命をあんな風に復活させるのは、同じホドの人間として許せない」
ルークが大佐にも答えを求めるように振り返る。大佐はいつものように眼鏡を押さえて答えた。
「私は陛下の命令がありますから。それに一般兵を派遣するとしても隊長は必要ですし」
「ボクは導師代理として行くよ。余計な芽は摘んでおきたい」
「バカの面倒を見る奴が要るだろ」
言いながらシンクはボクを見ないで欲しい。そんなに馬鹿じゃないと反論したいけど、馬鹿みたいに無茶ばっかりしてきたので説得力がない。黙る。
「……うん。分かった。ありがとう、皆」
ルークはそれぞれの立場や気持ちを受け取るように暫く眼を伏せると、そう囁いた。
キムラスカとマルクトの連合軍は、ボクらの突入に合わせて援護射撃をしてくれるとのことだ。ケセドニアで待っているらしいので、エルドラントへ行く前にケセドニアに寄る必要がある。
「よし、後はアッシュを見付けてローレライの鍵を完成させるだけだな」
「アッシュねぇ……すんなりと見付かると有難いんだけど」
「そういや、会いに来るって言ってたな」
そんな会話をしつつ会議室を出ようとすれば、お偉方に引き留められた。何やら皇帝陛下からの贈り物があるらしい。何かと思えば、服だ。
「これが最後の戦いとなるからと、陛下のお心だ」
心機一転、気を引き締めろということらしい。全員分あるので有り難く貰うことにした。それぞれが試しにと袖を通してみれば、ぴったりだ。着心地もよく、動きやすい。特注品な気がする。
「わ。凄い。シンクが真っ白だ」
「喧嘩売ってるの?」
「ううん。似合ってる」
「………………」
黙られてしまった。お世辞じゃないのになぁと思っていれば、逆にボクの服装に触れられる。
「アンタはなんか、露出が増えたね」
「皇帝陛下の趣味なんじゃない?」
「そう思うと気持ち悪いな」
「やめて差し上げて……」
心から不愉快そうに顔を顰めたので宥めておく。ボクとしても思うところがないわけでもないが、服は服だ。デザインも嫌いではないし、折角だから着たい。
「大佐はなんか悪い人っぽい」
「皇帝陛下の趣味でしょう」
「ジェイドの印象じゃねーの……?」
などと最終決戦衣装についてわいわいしてからマルクト軍本部を離れ、グランコクマの街並みを歩く。と、向こうから紅い髪をなびかせて見知った顔が歩いてきた。シンク以上に顰めっ面がお得意のアッシュだ。
「アッシュ!」
「……プラネットストームが止まったようだな」
「よかった! そのことをお前に伝えようと思ってたとこだったんだ!」
「いや、すぐに分かった。だから俺はお前に……」
話を聞いているのか、いないのか。ルークは駆けていくと、アッシュに宝珠を手渡す。アッシュは怪訝そうな顔をした。
「なんだこれは……」
「前に言っただろ。ローレライを解放できるのは被験者のお前だけだって」
「………………」
「俺は皆と一緒に全力でお前を師匠の元へ連れて行く。お前はローレライを……」
「…………ろう」
「……え?」
「馬鹿野郎!! 誰がそんなことを頼んだ!」
聞き返した直後、アッシュが怒鳴る。般若のようになっていて、いつもより怒り増し増しだ。何がそんなに気に障ったのか。ルークにも分からなかったらしい。
「何を怒ってるんだよ。一緒に師匠を止めないって言うのか? 俺がレプリカってことがそんなに……」
「うるせぇっ! 大体いつまでも師匠なんて言ってるんじゃねぇっ!」
「アッシュ……」
「しかもこの期に及んでまだ止めるだぁ? いつまでもそんなことを言ってる奴に、何が出来る! お前は甘過ぎなんだよ!」
アッシュはそこで一度呼吸を落ち着けると、苦々しく言葉を続けた。
「あの人は……本気でレプリカの世界を作ろうとしてるんだ。それが正しいと思ってる。確信犯なんだよ」
それを口にする様子はどことなく苦しそうで、ボクは眉を潜める。そういえばあまり考えたことはなかった。アッシュにとって、ヴァンがどういう存在か、など。
「俺が馬鹿だった。もしかしたら……こんなレプリカ野郎でも、協力すれば奴を倒す力になるかもしれねぇって」
アッシュの態度が軟化して見えていたのは、勘違いではなかったようだ。気はすっかり変わってしまったらしいが。
「お前は俺だ! そのお前が自分自身を劣ってるって認めてどうするんだ! 俺と同じだろう! どうして戦って勝ち取ろうとしない! どうして自分の方が優れているって言えない! どうしてそんなに卑屈なんだ!」
声を荒げるアッシュに、ルークも顔色を変える。今の言葉は聞き逃せないと声を上げた。
「違う! そんなつもりじゃない。第一、俺はお前とは違うだろ」
「……な、何……」
「俺はお前のレプリカだ。でも俺は……ここにいる俺はお前とは違うんだ。考え方も記憶も生き方も」
「……ふざけるな! 劣化レプリカ崩れが! 俺は認めねぇぞ!」
「お前が認めようと認めまいと関係ない。俺はお前の付属品でも、代替え品でもない」
いつの間にか、ここまで言い切れるようになったらしい。旅が彼を変えたのだ、良くも悪くも。そしてその度に、きっと誰かが彼を支えた。一人きりだったアッシュには、きっとそれがない。誰かと関わることで生まれる摩擦は、時に面倒だが時に得難いものを与えてくれる。
アッシュは渡された宝珠をルークへ乱暴に投げ返した。
「アッシュ! 何をする……」
「おもしれぇ! ならばはっきりさせようじゃねぇか! お前が所詮はただの俺のパチモンだってな!」
「アッシュ、俺はお前と戦うつもりはない!」
「うるせぇっ! 偉そうに啖呵を切っておいて逃げるつもりか? お前はお前なんだろう? それを証明して見せろ! でなけりゃ俺はお前を認めない! 認めないからなっ!」
そう叫ぶアッシュの姿はどことなく子供のように映る。なんとなく、シンクがディストに言っていた言葉を思い出した。「目の前の現実を受け入れられないで駄々をこねてるだけのガキ」だ。アッシュは───ルークの成長を受け入れられていない。
「アッシュ! 待ちなさい! 今の貴方は言っていることが滅茶苦茶ですわ!」
「うるせぇ! あいつの───ヴァンの弟子は俺だ! 俺だけだ! てめぇはただの偽者なんだよ」
ルークが息を詰まらせる。偽者と詰られたからではない。きっと、アッシュにとってのヴァンの価値を察してしまったから。
「俺はあいつを尊敬してたんだ。預言を否定したあいつの理想を俺も信じたかった。俺の超振動を利用したいだけだってことは分かっていたが、それでもいいと思ったんだ。あいつが人間全部をレプリカにするなんて、馬鹿なことを言い出さなきゃ……あいつの弟子で、あり続けたいって……」
アッシュは今でもヴァンに従いたかったのだ。彼の居場所をレプリカで差し替えたのはヴァンだけれど、預言によって死を約束されていたアッシュからすれば、憎める話でもなかったのだろう。
(まるで、縋るような話)
利用されるだけで構わない、なんてボクには思えない。互いに利用し合う関係なら大歓迎だ。でも自分だけが利用されるというのは御免被りたい。それを願う時点で、その関係性は破綻している。
シンクが依頼という形でボクに使われることを願ったように、ボクもまた契約を利用して仮宿で在り続けてる。そうでなくては、ボクらも成り立たない。互いに利用し合って等分だ。
「アッシュ、お前……」
「エルドラントに来い! 師匠を倒すのは弟子の役目だ。どちらが本当の弟子なのか、あの場所で決着をつける」
それだけを残して、アッシュは立ち去った。その背中を眺めながら、ルークが少し寂しげに囁く。
「あいつが羨ましいよ。あいつは……いつだって師匠に認められていた。俺だって、認められたかった。弟子でありたいって、思ってたんだから……」
彼らの言葉を胸の内で繰り返す。弟子でありたい……それは、どういう気持ちだろう。きっと関係性の話なのだ。敬愛していたその人と、良好な関係性を続けたかったという哀しさ……悔しさかもしれない。その人との変わらない、誇れる関係を望んでいた。
(ボクも望んでる)
皆との仲間という関係性……契約で繋がったシンクとの関わり。変わらないで欲しい。彼らに胸を張れる自分ではいたい。それから……側に望んでくれたテセにも誇れる自分がいい。
導師代理として出来ることをする。テセが何かを成そうとした道を、どこかへ繋がるそれを、ボクが繋げる。彼の意志を無意味だったと思いたくない。それは彼のためじゃなくボクのためだ。ボクがテセを忘れたくないからそうする。
そうして得た力で、シンクを死なせない。もうあんな思いはしたくない。言葉にならない痛みは欲しくない。要らないものは削除する。ボクが生きる世界に、奪うものは必要ない。
ティアには聞かせられない身勝手な理由で戦いに赴くのだなと、内心で苦笑した。
*****
ケセドニアへ向かうか、一度ダアトへ戻るかを話し合いながら街から出る。アルビオールまで行けば、ノエルが手紙を持ってボクらを待っていた。魔物が届けたというから驚いたが、差出人を確認して納得する。アリエッタだ。
「遂に来たんだね、果たし状」
「連絡がないから怖じ気づいたのかと思ったのに……しつこいんだから、根暗ッタ」
そう呟くアニスの様子は、言葉よりも全然元気がなさそうに見えた。思うところがあるのだろう。決闘の話はテセの死の直後からあった筈だが、今の今まで沙汰がなかったのは何故だろうか。考えても答えは出ないが不思議だった。
アニスが広げた手紙を横から覗く。
「場所はチーグルの森だね」
「ライガの女王を倒した場所ね。アリエッタの……母親代わりだった」
「……ああ」
ティアとルークが表情を暗くする。優しいなぁと思う。ボクにはそんな顔は出来ない。出来るとしたら、精々気まずそうな顔くらいだ。アニスが殊更明るい声で気合いを入れた。
「……よーし。じゃあアリエッタの奴に引導を渡すか」
「アニス、大丈夫か? 無理しているように見えるぜ」
「平気だよ。受けて立つって決めたのは私だもん。今更逃げたり出来ないからね」
いつものように笑って答えるアニスの表情は固かったけれど、瞳は真っ直ぐだった。仕方なく戦うわけではないのだと、その顔で伝わる。それでもナタリアは納得がいかないようだ。
「どうしても決闘という儀式が必要なのでしょうか……」
「少なくとも……アリエッタにとっては必要なんだろうな」
ルークの言葉にティアが続いた。
「決闘を受けずに、恨みを買ってあげることでアリエッタに生きる希望を与えるという選択肢もあるわね」
「まあ。そんな……それではアニスが辛すぎますわ」
「……ホントはね、それも考えた。だけど……あいつは生まれてからずっと、ヴァン総長の掌で踊らされて来たんだもん。だけど今回のことは、ヴァン総長とは関係なくあいつ自身が決めたことだと思うから……受けてやる」
その考えには、ボクは少しだけ反対だ。アリエッタにだってアリエッタの意志がある。状況を作ったのがヴァンだとしても、彼女が何も選択して来なかったとは思わない。
母親の死に怒り、テセを取り戻そうとして、ヴァンに背いてでもボクを助けようとして。過去こそ向いているけれど、確かに生きていた。故郷の復活だって望んでいたのだ。テセやヴァンだけが居ればいいなんて、彼女は思っていなかった。彼女自身の望みを持っていた。それが例えヴァンの掌だとしても変わらない。預言の上にいるボクらに、意志があると信じるように。
(……さて、ボクはどうしようかな)
予定を変更してチーグルの森へ向かいながら、ボクは一人で考える。胸に引っ掛かるものをそのままにしてもいいものか、と。
チーグルの森へ足を踏み入れれば、時間の経過を感じ取る。ここでルーク達との旅が始まったようなものだ。あの頃はもっと身軽で、無責任だった。どちらの方がいいとは言えない。ただ、あの頃は知らなかったのだ。繋いでいたいと思える関わりがあることも……それを奪われる痛みがあることも。
(……テセ)
深い緑の景色の中に、その姿があるような気がしてしまう。分かっている。彼はもういない。この森でチーグルを一緒に追った少年の姿は、二度と見られないのだ。
「皆はここで待ってて」
森の出口近くで、不意にアニスがそう言った。一人で行くつもりらしい。
「これは私の問題だから」
「違う!」
すかさず、声を上げたのはルークだ。
「イオンは俺達の仲間だった。イオンのことなら俺達の問題だ。……それにアニスだって、仲間だろ」
「……ずっと皆を騙してたのに?」
アニスの問う声は、少し震えて聞こえた。安心させるように、皆が応えていく。
「それは、仕方がなかったのでしょう?」
「アリエッタには魔物の友達がついてる筈だ。アニスには俺達がついて行かないとな」
「イオン様は私の身代わりになって下さった。決闘なら、私も行くべきだわ」
「やれやれ。仲間……という言葉が正しいかどうかは分かりませんが、まぁ腐れ縁であることは認めますよ」
大佐らしい言い方、と思えばアニスの感想と被る。彼女は最後に問うように、ボクを見た。アニスを許さないと言ったボク。ボクの答えは変わらない。
「君の意志を尊重する。でも、ここで一人で行かせるのは出来ないかも。テセは君に生きて欲しかった筈だから」
「……うん。分かった。皆にもついて来てもらう」
アニスの同意を得て、ボクらは森の奥へと向かった。あの時と同じ道を行く。やがて、ライガ・クイーンと戦った場所へ辿り着いた。そこに在るのはアリエッタとその友達である魔物達の姿。
真っ黒だった衣装が、似たデザインの白いものへと変わっている。差し色に桃色の入った制服。恐らくだが導師守護役だった頃の衣装なのではないだろうか。「導師イオンの仇をとるから」───気合いは十分のようだ。
「待ちかねた……です!」
「やるなら、さっさと戦おうよ!」
応えたアニスを、アリエッタは睨み付けながら条件を伝える。
「アリエッタはお友達と一緒に戦う。お前達も四人で戦え」
「アリエッタ。貴女は私達を助けてくれたこともありましたわ。話し合えませんの?」
ナタリアが話しているのは、ボクとテセを追って第七譜石へ向かった時の話だ。リグレットの足止めをアリエッタが引き受けてくれたと聞いている。
「アレはイオン様を助けるため。でもイオン様は死んじゃった……お前達はママの仇。アニスはイオン様の仇! ヴァン総長のためにも、お前達を倒す! です!」
皆がどうかは知らないけれど、ボクはアリエッタの言っていることをおかしいとは言わない。誤解があるとも思わない。大切な存在が奪われて話し合いで解決することはないと、今のボクは思う。
「……自分は虫も殺さないようなこと言わないでよ。ヴァン総長の命令でタルタロスの皆を殺したくせに。私だって、皆の仇討ちだよ!」
そういえばそんなこともあったな、と思う。ボクはよく知らないままタルタロスを侵略されたため、特に何もないがアニスは違うのだろう。お互いに身構える。
「……アニス、覚悟!」
叫ぶように戦いの開始が告げられた。あちらはアリエッタ、フレスベルグ、ライガ。こちらはアニス、ルーク、ティア、大佐だ。ライガクイーンを倒した時の面子になる。ボクも含まれるのだけど、ボクがいてはアリエッタも戦いづらいだろうから遠慮した。大体、ボクはこの決闘に悲観的になれないし、適役ではないだろう。
これでアニスが死んでも、アリエッタが死んでも特に何もない。死ぬ時は死ぬというだけ。死闘を望むなら尚更だ。テセだったらきっと心を痛めるのだろうなと思う。導師代理なんて名乗っても根幹は変わらない。教団では、精々相応しく振る舞うようにしよう。
(……さて、どうしたものかな)
戦いを眺めながら考える。このままにしていいのか迷いがある。ボクは特に構わない。けれど、ボクは知っている。ここにいるボクが偽物だということを。彼女が慕う本物が生きていることを。
知らせなくていいのだろうか。彼女達の想いは分からないけど、なんとなく会わせた方がいいような気はしている。死に別れていないなら、側を望める筈だ。
(でも本物のアリアの話をすれば……テセがレプリカだったことも話さなきゃならなくなる)
アリエッタは耐えられるだろうか。ボクの被験者は、彼女の生きる理由になるだろうか。どうせ死ぬのなら知らないままでもいい。その方が幸福かもしれない。
だから迷っていた。決闘に水を差すべきか否か。そうする内にも戦いは進む。アリエッタの友達が動けなくなり、劣勢に立たされた。
「アリエッタ!」
アニスが名を呼び、その小さな体にトクナガの攻撃が迫る。アレが当たれば無事では済むまい。そう思うのだけど迷いはなくならなくて。
水は───思わぬところから差された。
「あらよっとォ!」
渋さのある声と共に樹が飛んできた。
「えっ」
それは恐ろしい勢いで投げ込まれ、腹に響く轟音を立ててアリエッタとアニスの間に着床した。 尋常でない量の土が舞って前がよく見えない。
「うわっ!?」
「何ですの!?」
驚きの声を聞きながら、第三音素に呼び掛けて舞った土を払ってもらう。あっという間に晴れた景色の向こうにいたのは───ボクの師だ。投げ込まれた樹の向こう側でアリエッタの腕を捻り上げていた。何から突っ込んだらいいのだろう。上手く頭が回らない。代わりにルーク達が聞いてくれる。
「アリアの師匠!?」
「どうしてここに……」
「てか、樹を投げてくるってどーいうこと!? アニスちゃんが潰れたらどうしてくれるつもりだったわけ!」
一瞬の内に大人気だ。派手な登場をする方が悪い。相変わらずの小汚ない格好をしている師は、しかし何を言われても構わないようで、いつもの余裕の顔を崩さなかった。にやりと悪い笑みを浮かべる。
「おー。わりぃな。丁度いいところに樹しかなかったんだわ」
「だからって投げるか? 普通……」
ガイが困った大人を見る目で呟き、その通り師は困った大人だ。大佐が改めて問うた。
「何故ここへ?」
「決まってんだろ、コイツに用があるんだよォ」
ぐい、とアリエッタが引っ張られる。彼女は捻り上げられて痛むのか、決闘に水を差されて憤慨しているのか、顔を顰めて師を睨み上げた。
「離して! アリエッタは今大事な戦いの途中なんだから!」
「おっと、そーはいかねェ。オメーに死なれっと予定が狂うんだよ」
「そんなの知らない! 離して!」
アリエッタは逃れようと暴れるけれど、師の巨体はびくともしない。そのまま小脇に抱えて彼女の小さな体が浮く。体術を使えそうにもないし、ああなればもう抜け出せないだろう。
「ちょっとアルビオールに乗せろ」
「ま、待てよ! どういうつもり……」
「いーからいーから! 悪いようにはしねェさ」
いきなりそんなことを言われても、という空気だ。困惑の中で口を開いたのはアニスだった。
「……行こう、皆」
「アニス……」
「こうなったら決闘どころじゃないし、アリエッタに用があるって言うんだもん。死んじゃったら……どうにもならないでしょ?」
「……分かった。行ってみよう」
ルークが頷いて、決闘は中断された。アルビオールへ師とアリエッタも加えて乗り込み、告げられた目的地へと向かう。それはボクが戻ると決めた場所……ダアトだった。
*****
「どういうつもり。アリエッタの邪魔をしないでって言った筈」
教会まで連れてこられて、流石にアリエッタも抵抗をやめた。先導する師を睨み上げながらも一応はついて来る。理由によっては殺すと言わんばかりの眼だ。しかし師はどこ吹く風だ。
「だーから、こっちもずーっと言ってんだろォ? 死なれちゃ困るって」
「その理由を聞いたけど、お前は一度も答えなかった。だからアリエッタも、お前の言うことを無視する」
「不確かなコトは言えねーって話よ」
二人の会話はどことなく違和感があった。まるで、前から顔を知っていたように話す。どういうことかと問えば、思いもよらない事実を告げられる。
「お前よォ、アリエッタがいつまでも決闘しに来ねぇなーって思ってなかったかァ?」
「思ってたけど」
「教会で拘束してたんだよ。オレの権限でなァ」
「……権限?」
眉を潜める。アリエッタはヴァンの味方だ。教団にとっては裏切り者で、拘束することに不思議はない。気になるのは師の権限という言葉。まるで、教団の関係者のようだ。
「まァ。もう少しで分かるぜ」
訝しむボク達の視線を受けて師は口の端を上げる。後ろに続いて歩けば段々と人気のない方へ来ていた。勘違いでなければ詠師以上でないと立ち入り禁止区域のような気がする。
「ちょっと、お師様……」
「オラ、着いたぜェ」
言って、師は無遠慮に突き当たりの扉を開けた。ずかずかと中へ踏み入って、ボクらも続く。そこは……見覚えのある部屋だった。白と水色を基調にした品のいい、でもどこか寂しい女性の部屋───モースに捕まって、ボクが軟禁されていた部屋だ。
その部屋の中に、とても自分と同じ姿とは思えない程絵になる少女が一人、自然に馴染んでこちらを振り返っていた。
「……あら。皆揃ってどうしたの?」
水色の瞳を瞬かせて被験者のアリアが問う。合点がいった。ここは彼女の部屋だったのだ。だからモースはボクをここへ軟禁して……師はアリエッタをここへ連れて来た。
「部屋で大人しくしてろって言ったよね」
「ごめんなさい。気になることがあって」
「気になること?」
「それはまだ秘密」
シンクが珍しく自分から口を開いて、ちょっと変な感じだ。ボクと彼女が別人だということは、ちゃんと本人の口から聞いた。疑ってない。でもそれと、彼女が特別でないかは別だと思う。シンクは被験者のアリアのことを無意識でも気に掛けている。
ちょっと、ちくりと刺さるものがないでもない。
「おい、あんた……まさか」
「そのまさかだよ」
ルークの言葉に師が巨体を退かし、アリエッタの姿が前へ出る。彼女は目の前に立つ被験者のアリアを見て、大きな瞳を更に大きくしていた。問わなくてもその顔に色濃い困惑があるのは伝わる。
「アリアが……二人……?」
「───アリエッタ……!」
被験者のアリアがその名を呼んで駆け寄り、躊躇いなくその体を包む。温かくて優しい行為だと直感的に思った。彼女にとってアリエッタは大切な存在の一人───そう分かる。
「あ……アリア……?」
腕の中に収まりながらアリエッタが名を呼ぶ。少し苦しそうだ。困ったように視線がボクと被験者を行き来して、抱き締め返すかを迷っている。ボクは先んじて口を開いた。
「アリエッタ。君の知ってる『アリア』はあっち。ボクはレプリカなんだ」
「え……」
「ごめんね、今まで」
言えなくて、だろうか。それとも言わなくて、だろうか。自分でもよく分からない。言えなかったのは、彼女があまりにも「アリア」を慕うから。言わなかったのは、その好意を利用出来ると思ったからだ。だからどちらとも言えなかった。どちらを謝るつもりなのか、自分でも判断がつかなかった。
「アリアの……レプリカ……?」
「ボクを作ったのはモース。ヴァンも知ってたけどね。被験者はつい最近まで寝てたんだよ。それをボクらが起こした」
「………………」
アリエッタは言葉が出ないようだった。被験者のアリアが体を離す。困惑と驚きを混ぜた顔で両者を見た。理解が追い付いていないのだろう。しかしやがて俯くと、ぽつりと問う。
「総長は……アリエッタを騙してたの……?」
「ヴァンは君になんて?」
「……アリエッタは、レプリカの世界にしてもイオン様とアリアはレプリカにしないでってお願いしてたの。総長、勿論って言ってくれた……」
ヴァンがテセやボクがレプリカであることを彼女に告げなかったのは、彼女を利用するためか。それとも、真実を知って耐えられると思わなかった故の優しさからか。お陰でボクらは彼女を苦しめなければならない。もう一つの真実を伏せたまま、被験者のアリアの話をすることは出来ないのだから。
「そのことなんだけど……」
「アリア」
不意に被験者に名を呼ばれ、遮られる。黙っているつもりかと彼女を見れば、ゆっくりと首を横に振った。
「それは私から伝えるわ」
「……そう。うん、分かった。よろしく」
彼女はボクよりもアリエッタとの付き合いが長い。少しは上手く伝えてくれるかもしれなかった。彼女は師を仰ぎ見ると、静々と頭を下げる。
「ありがとうございます、先生。アリエッタを連れて来て下さって」
「おう」
「……先生!?」
混乱が増す。被験者のアリアはモースに引き取られてからずっと、存在を秘されて教会で育てられたと聞いている。その彼女が師と呼ぶ相手ということは、彼女の存在を秘されてなかった数少ない高位の人物ということになり───自然、候補は一人しかいない。
「先生は私に譜術と体の動かし方を教えて下さったの」
「黒髪に紅眼……もしかしてお師様……」
「今更気付いたか、バァカ」
品のいい帽子の下から弟子を馬鹿にする笑みが向けられる。長く教会を空けていて、導師代理就任と同時に初めて顔を合わせた男がいた。巨体に黒髪紅眼、普段とは程遠い清潔感のある品のいい男───それがこの師だと誰が思うものか。
「改めて名乗らせて頂きましょう」と芝居がかった所作で言って、師は綺麗な礼をする。
「───詠師エレティクスにございます。以後お見知りおきを。導師代理」
赤い舌が、笑うように覗いた。
*****
「どういうこと、お師様。聞いてない」
被験者のアリアの部屋に彼女とアリエッタを置いて、ボクらは離れた。積もる話の邪魔は出来ない。
玄関口まで戻るとボクは師をジト目で見上げる。向こうは耳をほじって構う様子もない。
「言ってねぇからなァ」
「そりゃそうだけど……」
「まさか詠師エレティクスだったなんて……」
「人は見掛けによらないよね……」
ティアは少なからずショックを受けているようで、アニスも衝撃的ではあったようだ。他の面子より思うところがあるのは彼女達が教団の構成員だからだろう。二代に渡って導師の信が厚かった右腕が、こんな男だなんて思っていた訳がない。
「導師代理就任の時のアレは何だったのさ!」
「それらしく見えただろォ? オメーも大人しくしていやがっただろーが」
「そういうレベルの差じゃなかったと思うけど!?」
「あーあー! うるせぇうるせぇ! なんだオメー、オレが詠師でなんか困んのかァ?」
「……そんなことはないけど」
「ならいーだろォが」
完全に気持ちの問題である。ちゃんと出来るなら普段からちゃんとして欲しい。何故わざわざ浮浪者の体を取っているのか。尋ねれば、「それが役目の一つだから」と答えられた。
「詠師エレティクスの役目は監査官だ。外を見回って、神託の盾がちゃあんと仕事してるか見るっつー。バレねぇように変装してんだよ」
「もうちょっとやりようがあったような……」
「ただ面倒臭がりなだけなんじゃねーの……?」
ガイが苦笑し、ルークも疑いの眼を向ける。全く同じ意見だ。とはいえ師の自由といえば自由で、それ以上は言えない。代わりに尋ねる。
「ボクを置いてやってた仕事っていうのは教団の仕事?」
「いや。ずっと被験者のアリアを捜してたんだ。生きてるのは気付いてたからなァ」
「貴方は二人のアリアの師……ということになりますものね。でも、どうしてですの?」
何故被験者のアリアの生存を知っていたのか。その問いに師は───詠師エレティクスはボクを指す。お行儀が悪い。
「オメーだよ」
「ボク?」
「いつだったかに第六音素の意識集合体、レムを喚び出して島を一つ消しやがった時があっただろ」
懐かしい話が持ち出された。ボクが意識集合体に喚び掛けられると初めて気付いた時のこと。初めて聞く話に皆の顔が驚きに彩られる。
「レムを!?」
「無茶は昔からか」
「暴発したの! ちょっと上手く力が扱えなくて」
「当時からアリアの体には術式があった筈。グランコクマの時のように貴方が対処したんですね?」
大佐の確認に師は頷いた。地核でシルフを喚んだ時と違って、ボクは力を暴走させた。その反動で魘されている時に「夢を見た」と言ったらしい。覚えがない。
「お前は『アリアを助けなきゃ』『生きてる』って言ってたよ。夢の中で誰かにそう言われたってな」
「誰かって……誰だ?」
「夢……というとアイオンかしら」
「そうかもしれませんわね。アイオンは二人のアリアを可愛がっていましたもの」
「……起こしてあげたかったんだね」
皆それぞれに寄り添う表情をするけれど、ボクには覚えがなさすぎて他人事だ。翌日にはすっかり忘れていてケロリとしていたらしい。
兎角、師はボクの妄言を根拠に動き出したらしい。どこかへ逃れた被験者のアリアを見つけ出すために。
「教会にいねェのはモースの動きを見てりゃすぐに分かる。だから馬鹿弟子みてェにどっかに行ったんだと思ってたんだが……想定外の結果だ」
「……ふん」
師の視線はシンクを向いて、彼は鼻を鳴らす。確かに被験者のアリアをモースから匿う存在がいるなんて思っていなかっただろう。シンクの存在が盲点となった。
「じゃあお師様がテセやシンクがレプリカだって気付いてたのは……」
「見りゃ分かんだろ。どっちもオレの知る導師様にゃあ程遠い」
「レプリカ計画を知っていた訳じゃないのか?」
「バァカ。馬鹿弟子が作られてる時点でモースが何かやってんのは気付いてたよォ。そっくりな顔がありゃあレプリカだって気付くだろーが」
それはそうだ。ボクという実例があって、グランコクマで二人は顔を隠してもいなかった。テセが本物でないと気付いたのは中々だけど、シンクの正体に思い至るのは難しくなかっただろう。
そうなると……気になるのは師にとってのボクだ。最近、こんな話ばかりしている気がする。尋ねれば、拾ったのは確かに被験者を知っていたからだと告げられる。
「けど、オメーと愛弟子を間違えたりはしてねーよ。レプリカなのはすぐに気付いたからなァ」
「譜眼を刻むリスクを冒してまで助けてくれたのは……被験者のため?」
「いいや? オレの都合だ。ガキが下らねェ心配すんな。可愛くなきゃとっとと捨ててたってェの」
「……そっか」
師は面倒を嫌がる。確かにそうしただろうと思うと考えるのも馬鹿らしくなった。師にとってのボクはボク……詠師エレティクスでも、それは変わらない。
色々と謎が解けてすっきりした気分だ。
「アリエッタは……耐えられるかな?」
アニスが顔を俯けて呟く。その眼にあるのは残して来た彼女に対する心配だ。
師はボクらの居ぬ間に部屋を抜け出した被験者のアリアと再会し、頼まれてアリエッタを迎えに来た。部屋でどんな話がされているかは想像出来る。慕う導師が二年も前に死んでいたと聞いて……彼女はどうするだろう。
ナタリアがそっと寄り添う。
「アニス……きっと大丈夫ですわ」
「……今は被験者のアリアを信じましょう」
ティアも声を掛けて、アニスは小さく頷く。決闘を邪魔されたことにアニスが憤る様子はない。死んでしまったらそれで終わり……アニスだってアリエッタの死を望んでいた訳ではない。今は、被験者のアリアが彼女の新たな生きる理由になれればいいと思う。
「アリエッタのことは、アリアの被験者に任せよう。俺達は俺達にしか出来ないことをしようぜ」
「……うん。エルドラントに乗り込んで、総長をぶっ飛ばさなきゃだもんね!」
アニスがわざと元気に振る舞って、皆でケセドニアへ向かうことになる。その前にボクは一つだけ済ませておきたいことがあって、皆の足を止める。
ヴァンを倒してからでもいいけれど……なんとなく、今会っておきたいと思ったから。
「ごめん、皆。ちょっとだけフローリアンに会ってきてもいいかな」
*****
詠師トリトハイムにフローリアンの居場所を教えてもらい、一人で訪ねた。アニスに懐いているからと彼女も来ようとしたのだけれど、ボクが断った。一人で会ってみたかったのだ。それで何が分かるわけでもないだろうけど、なんとなく。
部屋をノックすれば控え目な返事がある。扉を開けて入れば、一瞬テセがそこに立っているのかと思う程、彼によく似た少年の姿があった。当然、導師の法衣などは着ておらず簡素な服装だったけれど、髪型はテセと同じで「導師イオン」のものだ。
彼は眉を下げ、不安げな表情で身を固くした。
「……誰?」
ルーク達の話ではフローリアンはモースに預言を詠むための道具としての扱いを受けていたらしく、預言を詠むことを強要されることに怯えているらしい。テセとは違い、その顔には素直な感情が表現されている。「導師イオンのレプリカ」は刷り込みがされているし、教育らしいものを受けずに放置されていたのだろう。
ボクはその場で立ち止まり、手を振って笑い掛けた。
「ボクはアリア。アニス達の仲間だよ」
「アニスの……?」
彼の警戒が少し緩む。アニスの名前は効果があるようだ。伊達に懐いていないらしい。尋ねる。
「そっちへ行ってもいいかな」
「……うん」
フローリアンは迷いながらも頷いた。ボクはゆっくりと近付き、やがて目の前に立った。近くで見れば見る程、顔のパーツそのものはテセやシンクによく似ている。それでも同じじゃない。ボクにとってのテセは一人だし、シンクも一人だ。
「フローリアン。君は何が好き?」
「え……?」
「何でもいい。君の好きなものを教えて」
彼は眼を白黒させて戸惑いながら、辿々しく答えてくれる。
「えっと……一人で遊ぶのは、得意だよ? 歌ったり、踊ったり……体を動かすのは好き。あとは、お花とか」
「それはいいな。ボクと趣味が合いそうだ」
「そうなの? じゃあ、アリアは一緒に遊んでくれる?」
途端に表情が明るくなって、期待がボクへ向く。生きて帰れたらね、と心の中で付け足しながら首を縦に振った。
「わあ、嬉しいな。友達が出来るのは初めてだ」
友達、という言葉に自然とテセを思い出す。ボクの人生初の友人。あの時ボクは彼に愛称を贈った。導師イオンという役割に準じて欲しくなくて。フローリアンに必要なものはなんだろう。今のボクには、まだ分からない。当面は遊び相手になりながら、世界を知る手助けでもしようか。彼が、彼の望みを持てるように。
「フローリアン。また暫くボク達は出掛ける。戻ってきたら、一緒に色んなことをしよう」
「……出掛けちゃうの?」
「うん。大事なお仕事があるんだ」
寂しげな顔に不満を混ぜて、しかしやがて渋々と頷いた。幼くはあるものの、賢いらしい。物分かりがいいのは心配だなぁと思いながら、彼の手を引く。
「またね、フローリアン」
「……うん。またね、アリア」
ボクらは次に会う約束をして、別れた。
*****
ルーク達の所へ戻れば、どうだったかを尋ねられる。「今度一緒に遊ぶ約束をした」と答えれば、「それはいいな」とルークが眼を細めて微笑んだ。シンクだけはどことなく不機嫌そうで、アルビオールに向かいながら問われる。
「アンタは『導師イオンのレプリカ』がいいの?」
「え」
「七番目にも僕にもしつこいくらい構っただろ。今度は三番目にも構うワケ?」
いつもより苛つきの感じられる声に少し違和感を覚えて立ち止まる。シンクも立ち止まって、嘴型の仮面がボクを向く。表情は見えないけどご機嫌斜めそうだ。何を聞きたいのかよく分からないけれど、とりあえず誤解のないように話をしたいと思って、言葉を選ぶ。
「フローリアンのことは、放っておかないよ。教会に居る以上は導師代理であるボクの庇護下ということになるし、テセも彼に出来る限りをしただろうから」
特におかしなことは言っていない筈だ。死者が何かを祈ったり願ったりはしない。でも生前シンクと仲良くしたいと言っていたのだから、想像は容易かった。今の彼が願うことは無くとも、過去の彼の願いだから叶えられる。けれどシンクの機嫌は傾いたまま。小さな声で呟きが漏らされる。
「……アンタの理由は、いつも……」
「シンク……?」
名前を呼べば、彼はくるりと背を向けた。そのまま何もなかったかのように再び歩き始める。
「し……」
「置いて行くよ」
明確に遮られて言葉を飲む。聞きたくない、ということか。聞いても意味がない、ということか。分からないままボクは言葉を封じられた。
向こうに聞く意志がないならボクから話すことは特にない。そう思うのになんだが胸がもやもやする。彼の問いがどんな意図で向けられたものなのかが気に掛かってしまっていた。
頭を振って歩みを再開する。もやもやしたものはあるが、今は打倒ヴァンへと集中しなくてはならない。個人的な感情は一旦脇に置くべきだろう。そう結論付ける。
次の目的地はケセドニアだ。キムラスカ・マルクト連合軍と連携をとるため、アルビオールは飛び立つ。ヴァンの目的を打破するために。
最終決戦は、すぐそこだ。