空音の新生


 気付けば真っ白な世界に放り出されていた。あるのは意識のようなものだけで、体も何も感じない。見えているのかも聞こえているのかも曖昧な世界だ。覚えがある。ダアトの教会で、ユリアの預言を詠んで倒れた時に訪れた場所だ。

(……死んだのかな)

 死んだ、と思う。背中から心臓まで貫かれたし、剣を引き抜かれて出血も酷かった筈だ。状況はよく把握できなかったけど、死ぬんだなと思ったし死んだと思った。だから多分死んでるし、そうでないなら死にかけというところだ。

(ここ、何なんだろう)

 死にかけると来る場所、ということでいいのだろうか。前回の時も恐らく体内音素が枯渇していた筈で、うっかり死んでいたかもしれなかった。予想は当たっているような気がする。

 以前のように「声」が聞こえた。

『あっれー。君、また来たのー?』

 姿は見えない。のんびりとした喋り方で、前にここで会った存在とは違うらしい。とりあえず言葉は通じそうで、コミュニケーションを試みる。

(またって、前に来たのを知ってるの?)

『まぁねー。こんな場所で話題なんてそんなにないしー』

 話題と聞いてそんなにここに誰かいるのか問おうとして、愚問だなと思う。少なくとも前に話した相手とは別人のようなのだから。それより有意義な問いに時間を使おう。

(ここって、プレーローマに通じる道……なんだっけ。何なの、それって)

『我らがアイオンに至る道、さー。アイオンのいる場所をプレーローマって呼んでるの。我々は縁者だから、死んだらアイオンのところへ還るって話ー』

(縁者? アイオン?)

『あー……まぁ、なんだ? 意識集合体みたいなもんだよ。我々の血は契約の証なのさー』

 それから「声」はのんびりと説明してくれた。二千年前から続く契約のこと、ボクが今代の契約者だということ。この空間にいるのは、以前の契約者だということ。途方もない話で他人事にしか聞こえない。

『アイオンの加護「オグドアス」は八つ。その内の四つをテトラクテュスって言うんだけど、今は出払ってるねー。ここに残ってる加護は三つだけ』

 アイオンの加護とやらを受けている魂が八つ存在するらしい。その内の一つが契約者であるボクの魂という話で、その他が誰なのかは「ルール違反だから教えられない」そうだ。誰が決めたルールなのか問えば、アイオンだと言う。

『加護を与えられるのも、アイオンなりに基準があるみたいでねー。ま、我々から言わせれば、気に入っただけだと思うんだけどー』

(加護を与えられると何か特典とかあるの?)

『死ぬような目に遭いやすくなるけど、死にづらくなるよー』

 喜べない特典だった。じゃあ、なんだろう。ボクが何度か死にそうになったり無茶をしてしまうのは、アイオンのせいなのだろうか。……考えたけどそうは思えなかった。無茶をするのも死にかけるのも、ボクの勝手だ。意味があるのか分からない特典だな、と思う。

『後は、そうだねー。お互いに、何かしら縁が生まれる可能性はあるかなー。それくらい』

 ということは、アイオンの縁者と既に知り合っている可能性もあるということか。どうでもいいけど。

 それより滅びの預言が真実味を増したことの方が問題だった。ヴァンの計画を止めても終わりではないと思ってはいたが、頭を抱えたい。未来を変える方法なんて分かる筈もない。

(アイオンとの契約を維持する限り、可能性は生まれ続ける……ってことでいいのかな)

 星の記憶と預言、ローレライとアイオン……何がどう絡まって今があるのか。知りたいが、それよりも早く戻らなければならないと思う。ボクの体が死にかけで済んでいる内に。

『あ。なにー? 戻るー? いいよー、手伝ってあげるー』

(ありがと)

 凄く簡単に戻れそうだった。礼を告げた途端、意識のようなものがぼんやりとする。白い空間が……プレーローマに通じる道とやらが、遠くなる。

 不意に、前回最後に「声」に掛けられた言葉を思い出した。「片割れを愛して」───どういう意味だったのか。問おうとしたけれど、一足遅くタイムアップのようだった。

 その空間から切り離されたと感じたのを最後に、外部からの刺激は一切失われてしまった。










*****










 ゆらり、ゆらりと。体が揺られる感覚がある。その割に不安定さは感じず、体の左側にじんわりとある温かさに、しっかりと支えられていた。

 なんだっけこれ、と思考する。温かくて、揺られていて。なんだか安心感がある。包まれているような……大事に、されているような。

「……ん」

 うっすらと眼を開けば眩しい。久し振りに自分の体を通して世界を感じている気がする。揺れが止まる。自分の体の重たさが、ここが現実だと教えてくれていた。

「漸くお目覚め?」

 声が降ってくる。見上げれば、千歳緑の瞳がボクを見下ろしていた。仮面を着けていないなんて珍しい。

(生きてる……)

 それは自身へ向けられた感想か、彼に向いた感想か。どちらでも同じだ。片方でも欠けていたら、こうして揃うことはなかったのだから。安堵を覚えて、口を開く。

「最初に見たのが、シンクでよかった」

「──────」

 息が飲まれる。驚きに眼が開いて、次いでその場にしゃがみこんだ。抱えていたボクを座らせると、片手で自身の目元を覆う。深い溜め息が吐き出された。困惑するボクに、疲れたようにぼやきが漏らされる。

「なんでアンタってそうなの……」

「シンク?」

「黙ってろ」

 低く唸ると、片手でボクの腕をぐいと引く。頭がシンクの胸に預けられ、視界が固定された。どうやら余程表情を見られたくないらしい。

(……まぁ、いっか)

 特に抵抗はしない。黙ってろと言われたから文句も言わないことにする。触れる温度は温かく、安心があった。これだけ近付けば心音も聞こえてきて、シンクが生きていることも十分に伝わる。よかった。本当に生きてる。

「……何してるの」

「心音聞いてる」

「はぁ? アンタ状況分かってるの?」

 幾分鋭さの増した声に、勿論分かっている。周囲の様子からして、ここはダアトの教会だ。場所は廊下の途中で、恐らく向かう先はボクの私室。シンクは意識の戻らないボクを運んでくれていた。そして、

「分かってるよ。君が死にかけて、ボクが死にかけて。お互いすっごく困らせた直後でしょ?」

「──────、」

 頭の上でシンクが言葉を飲んだのが分かった。顔は見えないけど、何となくどんな顔をしているかは想像がつく。

(きっと、すっごく苦~い顔してる)

 想像にこっそり笑ってしまう。それが分かるくらいには時間を共有した。近い距離にお互いがいた。互いが互いの命を握ってるから、困ったことには間違いがない。

「シンク」

「待て。話の続きは部屋に着いてからにしろ」

「なんで?」

「廊下でされたくないからに決まってるだろ、この無神経女!」

「えぇ?」

 急に罵倒されて困惑する。確かに私的な話を廊下でするのも何だが、罵倒される程ではない気がする。困惑していればシンクが離れて立ち上がる。

「ほら。いつまで座ってるのさ」

「……ありがと」

 黒手袋の手が差し出され、掴んで立ち上がる。歩き出した背中について進んだ。やがて着いたのは、予想の通りボクの部屋。執務室で応対しようと思えば、シンクに寝室で休むよう睨まれる。

「死にかけたんだよ、アンタ」

「体の調子はいいよ」

「だとしてもだ。言う通りにしろ」

 不機嫌そうに要求されて、仕方がなく従う。ベッドで上体を起こし、脇に座ったシンクに眠っている間のことを聞く。正確には死にかけていた間のことで、聞かされる話は寝耳に水だ。

「ボクの被験者が……生きてた?」

 アイオン関連の話はいい。ボクも夢の中で聞いた話だから。問題はボクの被験者の話だ。死んだと思っていた被験者のアリアが生きている───シンクは嘘を吐いていた。

「どうしてそんな嘘……」

「下手に話してヴァンやモースに知れたら面倒だろ。こっちにはただでさえ手の掛かる馬鹿がいるんだからさぁ」

「………………」

 それが不本意ながらボクなのは分かる。でも話して欲しかった。もしくはこれからも知らずにいたかった。だって知ってしまえば、考えずにはいられないから。

 シンクは、被験者のアリアをずっと目覚めさせようとしていた。被験者のイオンに共に死ぬことを願われた命───それを取り戻そうとした。そこに、何の感情もなかったなんて思えない。

 ───コーラル城で、彼が「アリア」の名を口にした時の感情を思い出す。

(……シンクにとって『アリア』は特別だったんだ)

 被験者から奪って、ヴァンの計画を知っても隠し続けた存在。彼にとっての大切な人。「アリア」が大切だったなら、ボクは何だったのだろう。そっくりなボクは───「アリア」の代わりだったのだろうか。

 尋ねるのが、どうしてか怖い。

「……アリア?」

「あ……何でもない」

 怪訝そうに眉が寄せられて、慌てて否定する。自分の感情を笑って誤魔化した。被験者のアリアとシンクがどんな関係だろうが、ボクには関係がない。代わりだったとしたって、今のボクとシンクの関わりが変わる訳じゃない……変わらない、よね?

 芽生えた不安が不用意に口を開かせる。

「じゃあ、シンクは被験者のアリアの様子を見るためにダアトに残る?」

「……は? 何をどう考えたらそうなるんだ」

「だって放っておく訳にもいかないじゃん。教会ではレプリカのボクが『アリア』として認識されてるんだから。一人にしたら心配でしょ」

 間違ったことは言っていない。でもシンクの表情は訝しむものから段々と険を乗せて、最終的には不愉快そうに言った。心底呆れたと言いたげに。

「アンタってホントに馬鹿だよね」

「いたっ」

 額に軽い衝撃があって、デコピンをもらっていた。痛い。ぱちぱちと瞬きをして、シンクは目の前で眉を寄せている。腕を組むと答えた。

「ボクの命を拾ったのはアンタだろ。契約を結んだのもアンタ。ボクが護るのは被験者じゃない」

「……いいの?」

「いいも何もないよ。ボクが一体誰について来たと思ってるの?」

 言いたいことは分かる。でも状況は変わった。それは被験者のアリアが目覚めるまでの話だ。ずっと待ち望んでた人が目覚めて、選択が変わったって驚かない。……ボクが「アリア」の代わりだったなら尚更。

 暗い顔をしてしまっていたのだろう。表情から何かを器用に読み取ったシンクが、丁度そこへ踏み込んだ。

「……まさかアンタ、自分が『アリア』の代わりだったなんて思ってるんじゃないだろうな」

「……違うの?」

 恐る恐る聞いてしまう。途端、不愉快そうに寄っていた眉が離され、息が吐かれる。呆れられて当然だろう。我ながら女々しい感情だとも思う。でも気になってしまったのだから仕方がない。

 小さな不安を抱えながら答えを待てば、シンクは組んだ膝の上で片肘を突いて、ちらりとボクを見て言った。

「ボクに『代用品じゃない』って啖呵切った奴の言葉とは思えないね」

「……シンクにとっては、レプリカは代用品でしょ」

「否定はしない」

「なら」

「でもアンタは違う」

「……え」

 ぴしゃり、と言われて言葉を失う。ボクは違う───どうして? 咄嗟に問えないボクに、聞きたいことが分かっているのかシンクは自分から口を開いた。

「……被験者が目覚めて分かったんだよ、皮肉なことにね。アンタとアレは違う。似てるだけで別物だ」

「……シンク……」

 それは、凡そ今までの彼からは想定できない言葉だった。彼のスタンスは「レプリカは被験者の代用品」だ。だからこそ自身をゴミだと詰って、ルークを出来損ないだと見ている。なのにボクは違うと言う。ボクは……代用品じゃない。

 信じられない気持ちで横顔を見詰めれば、彼は説明が足りないと感じたのか言葉を付け足す。少し居心地悪そうに。

「正直に言えば、最初はアンタに被験者を重ねてた。だからアンタを見れば腹が立ったし、レプリカって聞かされた時のアンタの顔には胸がスッとした」

 意図して意地悪をしたのだと告げられる。彼がボクに本当のことを教えてくれたのは親切心でも気紛れでもなく、悪意があった。知ることでボクが傷付くことを期待した。被験者と同じ顔をした存在に───無遠慮に彼の感情を抉ったボクに、痛みを与えたくて。

「ヴァンに捕まったアンタをわざわざ嗤ってやりに行ったのだって、アンタが『アリア』だったからだ」

 シンクは基本的に、自分から人に関わったりしない。それはひと月以上側にいれば分かることで、でもボクとの関わりに関しては彼の方から足を運んだことがある。それはボクが神託の盾の地下牢に入れられている時で……幾度となく足を運んでくれたのは、単純にボクの「関係して」という願いが届いたからではなく、ボクが「アリア」だったからでもあった。

 今更知る事実に少し胸が痛い。でも。

「……でもアンタの手を取ったのは、地核に飛び込んで来たのがアンタだったからだよ」

 眼を逸らしたまま、ぶっきらぼうにシンクは告げる。真っ直ぐ眼を見て言ってくれればいいのに、そうするのはそこに複雑な感情があるからだ。素直に認められない子供っぽさが、逆に彼の言葉の信憑性を高める。信じられない心地だけど、信じていいと思える。

 小さな不安がゆっくりと和らぐ。

「ボクに手を伸ばしたのはアンタで、被験者じゃない。心配しなくても、今のアンタは重ならないよ」

「……うん」

 信じられる。レプリカは代用品だと考える彼が、ボクに関してだけは違うと言った。彼なりに考えて至ってくれた、その結論が嬉しい。いつかその考えがボクに限らず彼自身に向けばいい。

 ほっとすれば、自然と頬が緩んだ。

「よかった。代わりだって言われたら、結構傷付いてたかも」

「アンタにもそんな繊細な感情があったんだね」

「君はボクを何だと思ってるの」

「無神経な奴」

 中々認められない評価で不服に思う。これでも人の感情に対しては敏感なつもりだ。配慮が欠けているのは、ちょっと否定出来ないけど。

 シンクは立ち上がり背を向ける。部屋を出るつもりのようだ。背中越しに言われる。

「馬鹿なこと言ってないでもう休みなよ。ボクもいい加減休みたい」

「うん……あ、シンク」

「なに?」

 振り返った彼に、ボクは短く伝える。死ぬ前に、言わなきゃと思ったことだから。

「死にかけてごめんね」

「……なんでアンタが謝る」

「シンクの命と時間を預かってるから。しっかりしろって言われてたのに、ダメだったなって」

 素直に答えればシンクの表情が歪む。それは痛みのあるような、何かに対する苛立ちを含んだ苦い顔だった。噛み付くように声が返される。

「アンタこそボクを責めなよ。ボクはアンタの護衛役だ。護れなかったんだよ、ボクは」

「責めないよ。捕まったボクが悪い」

「……ホントに、アンタは……」

 何かを口の中で呟いて、彼は頭を振ると大きく息を吐き出した。出口へ向かっていた足がこちらへ向いて、距離が縮まる。

 近い場所から千歳緑の瞳に見詰められる。睨むみたいに鋭い視線だったけど、嫌われてる訳じゃないと思う。何か言いたいのだろうかと待てば、後頭部に手が触れて頭を引き寄せられた。彼の肩口に額が押し付けられる。

「『次』はない。アンタもボクも。いいな」

「……うん」

 頭の上から声が降ってくる。それは決意を示すような、固い意志の込められた声。応えれば手が離されて、シンクの体も離れる。温かさが遠退いた。背を向けると今度こそ部屋を出て行ってしまう。見送って、一人残される。

 視線を下げて、掌を見詰めた。

(……「次」はない)

 眼を瞑れば、雪の中で血を流すシンクの姿を思い出せる。あの時の自分の祈りも思い出せる。仲間を殺して生きて欲しい。切実に、そう願った。

 ───「お前がシンクをここへ連れて来たのだ。お前が手を取ったから、あれは死ぬ」。

 ヴァンが耳元で囁いた声は今も残っている。分かってる。彼が死を選んでルーク達と戦うことになったのも、ボロボロになりながら立ち上がれなくなるまで拳を握ったのも。全部ボクのせい。ボクが、ここまで彼を連れて来た。

(……地核で掴んだ手を、後悔しない)

 それは彼の「生」の否定でもある。あの手を引いたのがボクじゃなかったらと思わなくもないけど、その「もしも」はなかった。選んだのはボクとシンクだ。

 ボクには責任がある。シンクの命と時間を預かっている。ボクの存在が命綱だと言われた。だから簡単に死んだり出来ない。ボクはシンクに「生きて」欲しい。失う痛みは───もう十分だ。

「……テセ」

 響律符に埋め込まれた涙型の結晶に触れて、ぽつりと呟く。ボクの命を繋いでくれたもの。ボクを想う心が込められているとアイオンは話していたらしい。

 彼がどうしてボクを側に望んでくれたのか、今でもボクは分かってない。でも彼の存在は温かくて、失うと痛かった。誰かと関係することを教えてくれたのはテセだ。死を理解させてくれたのもテセ。ボクとシンクの今があるのも……テセのお陰。

 君がいてくれたら完璧だったのに、と。ボクは「欠け」に小さく零した。










*****










 翌日、シンクの私室で待てばルーク達がやってきた。珍しくアッシュもいて驚くけど、それを指摘するよりルーク達の方が早かった。

「アリア!」

「よかった。目を覚ましたのね」

「傷の方はもう何ともないのか?」

「胸にがっつり穴開いちゃって、もうマジヤバだったんだからね!」

「気分が優れなかったり、以前と違うようなことはありませんの?」

 次から次へと詰め寄られる。どれから答えたものか困ってシンクを見るが、彼は我関せずだ。仮面の向こうで澄ました顔をしてるのが見なくても分かる。どうせ「自分の蒔いた種なんだから自分で何とかしろ」と思われているに違いない。望んで死にかけた訳じゃないのだけど。

 何にせよ心配をかけた、ようなので謝罪して今の健康状態をお伝えすることにする。

「元気元気。ごめんね、急に死にかけて」

「いや、そう言われるとアリアが悪いわけじゃないんだけど……」

 ルークが困ったようにそう言ったのに対し、アニスは真逆のことを言って怒った。

「ホントだよ! びっくりしたんだからね! アリアまでイオン様みたいにいなくなっちゃったって……私……」

「アニス……」

「……ま、そういうことだ。あんま心配かけるなよ」

「うん」

 ガイに促され、頷く。アニスが今のボクとの関係をどう思ってるかは分からない。でも「死」を繰り返したくないと思っていることは伝わった。

 「さて」と大佐が場の空気を変えるように口を挟む。

「そろそろ彼女に会いに行きましょうか」

「……ジェイドは何かねーのかよ」

「私が、ですか? そうですね……」

 ルークに呆れ顔で催促されて、珍しく大佐は意外そうな顔をし、少し考えると答えた。

「特にありませんね。伝えるべきは皆さんのお陰で伝わっているでしょうし」

「……大佐」

「睨まないで下さいよ。私はこういう人間なんです」

 ナタリアが咎めるように名を呼べば大佐は肩を竦めた。それから「ただ、そうですね」と付け加える。

「生きていて良かった……とは、思っているかもしれません」

「え……」

「なんですか? その顔は」

「いや……うん。ありがとう」

 釈然としないものを感じつつも頷いて礼を伝える。大佐の過ちの結果として気に掛けられてはきた。けれど「生きていて良かった」は、きっとそれに該当しない。大佐からすればボクは……生きていた方がいい存在、のようだった。びっくりした。

「それじゃ、アリアの被験者に会いに行こう」

 ルークの声で意識がそちらへ戻る。被験者のアリア───被験者のイオンの婚約者で、心中させられそうになってからアイオンの力で二年も眠ってた人。アリエッタが慕い、シンクが目覚めを願っていた。本物は……どんな人なのだろう。

 緊張を抱きながら、隠されていた転送譜陣を踏んだ。

「……あれ? ここ……」

 光が収まって視界が戻れば、見覚えのある部屋だ。以前モースに軟禁された際に、シンクに連れられて来た部屋のような気がする。思わず彼を見れば肯定された。

「アンタの想像通りだ。ここの続き部屋にアンタの被験者は眠ってたんだよ」

「えぇ……」

 どうやらあとちょっとの距離でニアミスしていたらしい。だからどうというわけでもないのだけど、なんとなく悔しい。部屋を調べ尽くしておけばよかった。

 ルークが続き部屋のドアノブの前に立つ。確認するように振り返られ、準備は大丈夫だと伝えるつもりで頷き返した。彼も頷いて、ノックしてから一声掛ける。

「ルークだ。入っていいか?」

「どうぞ」

 返ってきた声は自分と同じものだとは思えなかった。骨振動がない分同じに聞こえないのか。それとも「自分」から発された声以外は自分のものとは思えないように、人間は出来ているのか。そんなことを思う。

 ルークの手で扉が開かれ、中へと入る。内装は手前の部屋と大きく変わらない。中央に据えられた大きなベッドに、起き上がっている少女が一人いた。ボクと同じ亜麻色の長い髪に、少し吊り気味の水色の瞳。鏡を見るようによく似た顔が、しかしボクとは似ても似つかない花のような笑顔でボクらを迎え入れた。

「いらっしゃい! 無事に目が覚めたみたいで良かったわ」

「あ、えっと……うん。助けてくれてありがとう」

「出来ることをしただけよ」

 いきなり親しげに話し掛けられて少し調子が狂う。剣呑としていない被験者なんて、確かに拍子抜けだ。どんな顔をしていていいのだろう。当の被験者はニコニコ笑顔で、ボクに会えたことを喜んでいるようにも見える。

 彼女は「こうして起きていると、本当によく似ているわね」と感心したように呟いて、「でも」と続けた。

「私と同じ顔には見えないわ」

「……そうだね。ボクも同意見」

 これはよく似ているけど、ボクの顔じゃない。ボクと被験者の顔は別物だ。少なくとも、それがボクらの共通見解。ボクと彼女は気が合うかもしれないと思う。

「ねぇアリア。貴女に聞きたいことがいっぱいあるの。後で時間を貰っても構わないかしら」

「勿論。ボクも君に聞きたいことが沢山ある」

 個人的な話は後で二人ですればいい。今は皆で話すべきことを話そう。そう思って皆の方を向けば、呆気にとられたように見える顔がちらほら。

「どうしたの?」

「いや……やっぱ似てるんだなって思って」

「……切り替えの早さがそっくりだよ」

 ルークとガイは苦笑気味にそう言った。










*****










「……と、まぁ。そういうわけだったよ」

 とりあえず、とボクの夢の話を全員に語って聞かせた。表情はそれぞれだが、お世辞にも明るいと言えるものはない。まぁ滅びが殆ど約束されていて、もしかしたら星の記憶から抜け出せるかもと言われれば、喜べはしないだろう。可能性があるだけマシとは言いがたい。

「アリアの話なら、私もプレーローマへの道で『声』から聞いたわ」

 ボクの被験者もずっと死にかけていたわけだし、言われてみれば居てもおかしくはない。どうやらそれで彼女はアイオンのことを知っていたらしい。眠りにつく前は、アイオンのことも自分の血のことも知らなかったという話だ。

「だから、そうね。私が彼女よりも知っていることなんて他にはないと思うわ。後はアイオンに聞きましょう」

 被験者はそう言うと、指先をナイフで軽く傷付け、血液で譜陣を描く。赤い輝きの後に中空へ現れたのは、話に聞いていた通りの白い子供だった。一言で言って、可愛い。

『おはよう、私のアリア達。気分はどうかしら』

「悪くないよ」

「ええ。貴女のお陰よ、アイオン」

 ボクらの返答を受けるとアイオンは柔らかそうな頬を緩めた。話では人間にどことなく厳しいように聞いたのだけど、そうは見えない。契約者であるボクらには甘いのかもしれない、と思う。

「にしても、何度見ても凄いよねー。アイオンって意識集合体みたいなものなんでしょ? それをこんなに簡単に喚んじゃうんだから」

「確かにそうですわね……何か負担などはありませんの?」

 アニスとナタリアに、被験者は首を横に振って答える。

「ちょっと疲れるけど、それくらいね」

「いいなぁ。ボクなんて限定的に封印を解かないと何も喚べないのに」

「え」

「え?」

 軽い気持ちで羨めば被験者に驚かれた。どうしたのかと思えば、彼女はアイオン以外の意識集合体とは繋がりがないらしい。大佐が説明してくれる。

「そもそも、意識集合体と契約を交わしていないのに喚び出せる方がおかしいんです。伺いますが、被験者である貴女はどの程度、音素を操ることが出来ますか?」

「譜術や譜歌ならそれなりに……でも音素を直接操って戦えと言われたら、それは難しいわ」

「どういうことですの? アリアには出来ますのに……」

「彼女が七属性の音素で構成されているからです。被験者より能力が劣化するのは、第七音素のみで作られたレプリカの話。アリアは取り込める音素の量が桁違いであることも含め、寧ろ被験者よりも強化されている。封印術式のお陰であまり目立ちませんがね」

 ただし、と大佐は続ける。

「アイオンに関しては正当に契約を結んでいる分、被験者に軍配が上がるのでしょう。こちらはどうしても術式が邪魔をしますから」

「ほー」

 言われてみれば確かにそうだと思う。被験者より劣化していないと言われても、その殆どを人に擬態するための術式に抑え込まれているので、活かす日は来なさそうだが。

「それで? お前は何が出来るんだ、アイオン」

 アッシュの問いにアイオンは少し眉を動かしたけれど、『上機嫌だから答えてあげるかしら』と口を開いた。

『時を属性に持つ私に出来ないことなんてないのよ』

「なら、過去に戻って歴史を変えることも出来るのか」

「歴史を変える?」

「ヴァンが言っていただろう。レプリカ大地計画以外の選択肢を検討したと。その結果がこのアイオンなら、こいつに出来ることで星の記憶から外れようとしていやがるってことだ」

 過去を変える。例えば預言を詠む前のユリアを殺してしまえば、世界は全く違うものになりそうだ。そうでなくとも創世暦時代の技術や知識があれば、星の記憶から逃れる方法を他に探れるかもしれない。ヴァンはそれらの可能性を考えたのか。

 アイオンが不愉快そうに鼻を鳴らす。

『過去を変えるなんて私が許さないかしら。人の営みを直接操作することは、私もルゥノも望まなかったのよ』

「でも兄さんが貴女を取り込んだなら、過去を変えてしまう可能性はあるわ。星を丸ごとレプリカにしてしまおうと考える人よ」

 ティアの声は固かった。暗い確信めいたものがあり、妹である彼女がそれを口にする重さのようなものを感じる。

 最初に動いたのはアッシュだった。彼は部屋を出ていこうとして、それをルークが呼び止める。

「どこ行くんだよ」

「安心しろ。一人でヴァンを追うつもりはねぇ……お前らがプラネットストームを停止したら、もう一度会いに来てやる。宝珠を奪われるなよ」

 怒鳴ったりせず、静かにそう忠告して部屋を出ていったので少し意外だった。それと同時にプラネットストームの停止作業が途中であることを思い出す。ボクが死にかけたばかりに中断させてしまっていた。

 これは悠長に被験者と話している場合ではない気がしてきて、ボクは彼女に向き直る。

「ごめん。君にかけられてる呪いを解いたら、すぐに発たないと。積もる話はまた今度でもいいかな」

「ええ、勿論。楽しみにしているわ」

 彼女は賢く微笑んで頷いた。代わりにアイオンがボクの側へやって来て、指示を出す。

『やっとこの子を助けられるのね。さあ、アリア。互いに互いの手をとるのよ』

 ボクは響律符に触れて封印を緩め、指示に従って眼を閉じて祈る。それは意識集合体に呼び掛ける時と同じ感覚だった。

 アイオンの力が空間に満ち、震えるのが分かる。これは音素なのだろうか。それとも彼女のいた別の星から持ち出されている、未知の物質なのか。子細不明だが、それが意志あるように動くのが伝わってきた。

 それで被験者の体を満たし、状態を「戻す」。彼女が呪われていない時間を繋ぎ、遡行を終える。被験者を包む淡い光が霧散した。

「終わったのか?」

 ルークに問われて頷く。響律符の封印が戻れば軽い疲れが襲ってきたが、今は些事だ。ここで倒れていては、彼らの旅に同行できなくなってしまう。それは困る。

『完治よ。当たり前かしら』

 ふふん、とアイオンは得意気だ。因みに、本来アイオンはこの星の時間を戻すために力を蓄えているのであって、こうして個人を助けることは主義に反するらしい。今回はどちらも契約者の命に関わることだから、特例措置というものだそうだ。

『じゃあ、暫く寝るから起こさないで頂戴。星の時を戻せなくなったら笑い種なのよ』

 アイオンはそう言うと消えてしまった。ボクらもプラネットストームを止めるためにラジエイトゲートへ向かうことになる。被験者のアリアには勝手に出回らないよう言い含め、必要なものは部屋に用意した。

 部屋を出る直前、ボクだけが被験者に呼び止められる。何事かと彼女を振り返れば、耳元で囁かれた。

「ちゃんと掴んでおきなさいね」

「え……」

 唐突な言葉に頭が追い付かない。水色の瞳が悪戯っぽくウィンクした。どういう意味か問おうとして、しかし部屋の外からルークに呼ばれる。

「アリアー?」

「あ、うん! すぐ行く」

 返事をして慌てて後を追う。最後にと被験者を振り返れば、彼女は楽しげに微笑みながら、ひらひらと手を振っていた。










*****










「フローリアンかぁ」

 アルビオールで移動しながら、その名前を転がしてみる。モースが連れていた「導師イオンのレプリカ」に、アニスがつけた名前らしい。意味は古代イスパニア語で「無垢な者」だ。

 ティアがボクを見て首を傾げる。

「どうしたの、アリア?」

「ちゃんと話してみたかったなって」

「いい子だよ。ちょっと幼い感じはあるけど……」

「モースは彼を殆ど放置していたのでしょう。導師イオンのレプリカは、基本的な刷り込みはされていますから」

 「まぁその分伸び伸びと育ちそうですよ」と大佐が付け加えて冗談なのか真面目な話なのか判断に迷う。

「フローリアンは何番目なの?」

「三番目って本人は言ってたな」

「じゃあお兄ちゃんだ」

「ぞっとするからやめて」

 シンク本人から苦情があった。自分より幼く見えるなら、心理的な抵抗はあるかもしれない。ボクには関係ないのでスルーするけど。

「そういや、お師様に会った?」

「いや……ダアトに来てたんだっけか」

 ルークの言葉に頷く。ボクの術式が壊れかけたことに気付いて訪ねて来て、響律符を作ってくれた。暫くダアトにいると言っていたけど、会っていないならもう離れてしまったのだろうか。ちょっと気になる。

 そんなことを話していればラジエイトゲートが見えて来た。初めて来る場所だ。

「おー、アレが……アレが…………なんか元気よくない?」

 ボクの指差す先で、竜巻のようなものが発生している。ラジエイトゲートがあると思われる大陸を包むように噴き上げていて、恐らくは音素やら記憶粒子やらだろう。量も勢いも尋常じゃない。アレに突っ込むとか自殺行為では?という気分だ。

「ヴァン達の妨害か?」

「ゲートを閉じさせないつもりか!」

「強行着陸します!」

「頼む!」

 なんて会話の後、アルビオールがゲートへ突っ込んでいく。激しい揺れが襲うが、もうこうなればなるようにしかならない。コレで死んだら面白すぎるなと耐えていると、振動が止んだ。眼を開ければ全員無事のようだ。

 無理をしてくれたノエルとアルビオールに礼を言って、ぽっかりと開いたセフィロトの扉から奥へ進む。内部は幾度見てきたように創世暦時代の様式で作られていた。

 やがて開けた場所へ出る。見慣れた巨大な音叉───パッセージリングだ。

「やっぱりここにもあるんだね」

「まぁ、当然ですね。本来はここにも来る筈でしたし」

「ここでアッシュが助けてくれましたのね……」

 ナタリアが感慨深そうにパッセージリングを見上げる。外殻大地を降下させた時の話、前回の旅の終わりだ。

 あの時ルーク一人では力が足りず、ここからアッシュも超振動を使って助けてくれたらしい。パッセージリングを動かせるのは命令者であるルークだけという話だったが、完全同位体ということでアッシュも認識されたのだろうか。

「……ああ。俺、ホントあいつに助けられっぱなしだな」

「当然だわ。大地を降ろしたのよ。二人でやれただけでも大変なことだわ」

「アッシュ一人でも無理だったかもよ」

 ティアの言葉にアニス達も続く。

「ああ。実は一人の人間には大した力はないんだろうな」

「ですが、一人の人間が簡単に国を滅ぼすことも出来ます」

「大佐~!」

 水を差す言葉にアニスが膨れる。大佐は飄々とした顔で肩を竦めて応えた。

「どちらも真実です。人間の力には常に二つの側面がある。どちらの認識が欠けても力は使いこなせないのでしょうねぇ」

「……うん。俺にはよく分かる。俺の力は本当にそうだから……」

 ルークは超振動で誰かを助けたことも、街を一つ滅ぼしたこともある。対して超振動だけではどうにもならなかったこともあった。大きな力があるからといって、それが人を完璧にすることはない。ここにいる誰もが、一人では全てを成し得ない。その気になれば街くらいは滅ぼせるとしても。

「今の貴方は力の怖さも大切さも分かっている筈よ。恐れないで、そして驕らないで」

 ティアの言葉にルークが頷くのを見ながら思う。力の怖さと大切さ───ボクはよく分からない。知識としては知っている。でも実感はない。

 超振動を怖いと思ったことはないし、意識集合体を喚ぶことを危険なことだとも認識していない。何なら暴走することも怖くはなかった。

 大切さの方はよく分かっているつもりだ。力がなければ大事なものを失う。それが答えだ。だから力は要る。

(それじゃダメなのかな……)

 皆の話は、少しボクには難しい。ひょっとすると、これもボクに欠けているという倫理観や道徳観に関係するのだろうか。そんなことを思いながら、アブソーブゲートの時のように最下層を目指す。辿り着いたその場所は、そっくり同じに巨大な譜陣が描かれていた。

(……終わらなければいいのにな)

 ルークが宝珠を使ってプラネットストームの譜陣を停止させる。その様を眺めながらこっそり思った。

 この旅が終わらなければいい。皆と一緒の旅は楽しくて、やり甲斐があって、自由があった。導師代理の立場を投げ出すつもりはないが、今が大事だと感じるのも間違ってないと思う。

 時が進めば、いつかはシンクも本当に望むことを見付ける筈だ。そうなればボクがどれだけ望んでも側にはいてくれない。仕方がないけれど、穏やかだったひと月の記憶がボクに寂しさを抱かせる。

(ボクはシンクが生きててくれたら……それでいいんだけどね)

 手離し難く思ってるのは本当。生きる理由がボク以外に見付かればいいと思ってるのも本当。人間というのは複雑で難しい生き物だなと改めて思う。

「……?」

 ふと、何かが感覚に触れた。頭上を仰ぎ見れば、巨大な影が降ってくる。

「皆離れて!」

「!?」

 ボクの指示に散開する。直後そこへ勢いよく何かが着床した。避けてなかったら押し潰されていただろう。その巨大で丸々としたシルエットは、汚い達磨と成り果てたモースだった。不気味に体が震える。

「すこあを……! ひゃははははっ!? すこあをまもるために……! おまえたちぃ……!」

「まだ意識があるのね……」

「ひゃはーっはっはっ。ぐぉっ!? 私はこの監視者として……世界をはんえいに……ひゃはっ!?」

 精神汚染が中々進んでいるようだった。アニスがその様子を見て「可哀想」と口にするけれど、ボクには分からなかった。これは過ぎた力を求めた結果だ。自業自得で、己の行動の責任を負っているに過ぎない。同情の余地なんて一つもない。テセを死なせたことだって……モースの正しさをボクが認めることはない。

「導師……いえ、大詠師モース! お願いです! 正気に返って……」

 ティアは大詠師直属の部下だったし、モースを敬ってもいた。出来ることならば切り捨てたくはないのだろう。しかしティアの声がモースに届いている様子はない。アイオンならば助けられるかもしれないが、本人も嫌がるだろうしボクもお断りだ。モースにはこのまま死んでもらって構わない。というか、ボクが殺す。そう宣言してあった。

「ごめんね、皆。これは譲らない」

「アリア……」

「皆がアレを『人』だと思うのか、ボクには分からない。ボクはどっちでも殺すよ。生かしておけないから」

「……イオンの復讐か?」

 問うのはガイだ。彼は復讐に関して一家言を持っている。だからボクの気持ちがそれなのかを気にするようで、ボクは首を横に振って答える。

「許せないからだよ。復讐とか義憤とか、そういうのじゃない。存在が許せないんだ。アレを許したら、またボクらは奪われる」

「アリア……」

「皆が戦いたくないなら一人でやる」

 それでもいいよ、と語り掛けると皆は少しの沈黙を挟んでから戦うと答えた。彼らの答えは「このままに出来ないから」───それでもいい。戦う理由なんて、人によって違う。

「……戦おう!」

 ルークの声に武器を構える。直後モースは宙で一つ回転すると、こちらへ突っ込んできた。押し潰さんばかりに腕が振るわれる。

「しねぇー!? ひゃーははははははっ」

「ご機嫌だよねぇ!」

 障壁を張り、一撃目を防ぐ。前衛が駆け、後衛は下がった。そのまま各々の役目を果たす。

 モースだからとなめていては笑えないことになる。奴が取り込んだ力は紛い物とはいえ、導師の力なのだから。早速モースは譜術を唱え始めた。

「させるかっ!」

 ルークが妨害しようとする……が、それよりも術の発動の方が速い。フレイムバーストが発動し、狙われたティアが避ける。

「詠唱が速いぞ!」

「厄介ですわね」

「おまけに攻撃が通じにくいよ~!」

 音素暴走で変異した体は痛覚もなく狂ってしまっているらしい。ガイ達の声を聞きながら考える。問題解決の優先順位をつけた。ボクはボクの仕事をしよう。

「ナタリア、モースの防御力を下げて! ティアは弱点を! 譜術はボクが止める!」

「わかりましたわ!」

「了解!」

 返事を聞いて、ボクは響律符に触れる。限定的に封印を緩めると、譜を歌にして紡いだ。

 本来の譜歌は威力が弱く、譜術には到底叶わない。けれどユリアの譜歌のように力のあるものは違う。ボクは特別な譜歌なんて持たないけれど、ユリアと違うのはボク自身が化け物だということ。今のボクが詠う譜歌は、音素の暴力だ。

「ぐ、ぎぎ!? ごれば……どうじだごどがっ!」

 モースの譜に集まっていた音素が霧散する。驚きながらも懲りずに譜術を唱えようとするが、結果は同じだ。ボクがこの譜歌を詠う限り、モースが譜術を発動させることは出来ない。

「なになに、どーなってるの!?」

「アリアの譜歌がモースの譜を乱しているのですわ」

「譜歌も譜術も元を辿れば譜です。譜が成り立たなければ結果は現れない。とはいえ、他人の譜に自身の譜を紛れ込ませて術を打ち消すなんて、野蛮ですねぇ」

「アリアの譜歌だから出来ることね」

「なら、あの馬鹿が倒れる前に決着をつけるよ!」

 正直に言って是非そうして欲しかった。実戦で試すのはこれが初めてだし、それなりに強引な方法でもある。もし響律符に限界が来たりしたら困ってしまう。

「おのれ……おのれぇ……!」

 譜術を封じたことで導師の力は殆ど脅威ではなくなった。体当たりなどを繰り出すが、その程度でルーク達が遅れをとる筈もない。見る間にモースが弱っていく。追い詰められたらしいモースは怒りに体を震わせ、フォンスロットを解放する。

「意思が何故わがらぬがぁっ!」

「させませんよ───ミスティック・ケージ!」

「レイディアント・ハウル!」

 大佐がモースを怯ませ、大技を妨害する。直後ルークの超振動が放たれた。凶悪な音素の爆発にモースの体が吹き飛ばされ、地面へ落ちる。

「ぐ、ぁあ、わだじの全てが、崩れるぅぅぅ!」

「───喚くな」

 尚も起き上がろうともがくモースの体に、第六音素から作った光の槍を降らせる。溶けかける体を地面へ縫い止めた。

「す……こあ……が……ユリア……よ……!」

 煩いな、と思う。もう死んでいいのに、役目を終えたのに、舞台にすがりつかないで欲しい。掃除も楽じゃないんだからさ。

 第六音素を編み、巨大な槍を一本中空へ生み出す。指揮棒を持つように腕を振り上げ、そこへ制止が飛ぶ。

「待って!」

「アリア!」

 ティアとルークの声。ちらりと振り返って、でも言葉は続かない。ただ迷う顔があるだけだ。

「ボクを止めても意味ないよ。どうせコレは助からない」

「でも……モースは人間なんだぞ!」

「人間だった、だよ。もうコレは化け物だ。音素暴走を起こした時のボクと同じ」

「……っ」

 ルークの表情が引き吊る。そんな言葉をボク本人の口から聞きたくなかったのかもしれない。化け物になったなら人間じゃない───殺されて当然だ。

 皆はそれ以上何も言わない。モースを元に戻す方法なんかなくて、僅かばかり残った意識が消えれば魔物と変わらない。放置すれば危険だと分かってる。救えない化け物は殺すしかない。その論に否はない。

 ルークだけが言葉を重ねる。

「……俺は、アリアに人を殺して欲しくない。こんなの、イオンだって望まないだろ!」

「分かんないよ。死者は何も望まないから」

「アリア……」

「ごめんね」

 アニスが泣きそうな声でボクの名前を呼んで、ボクが謝ったのは形だけだ。悪いなんて思っちゃいない。ルークの思い遣りだって受け取れてない。人を殺すなんて今更だ。

 ただ、前より命の色がハッキリ見える。

 指を振り下ろす。光の槍はモースの巨体を貫いた。悲鳴が上がり、内側から音素が体を食い潰す。最期までモースは喚いていた。

「世界を繁栄にぃー!?」

 その叫びを最後に体は音素に食い潰されて消える。跡形も残らなかった。その様を確認して、ボクは振り返る。「仲間」の方へ向き直って笑いかけた。

「さて。帰ろっか」

 皆の顔は───痛みを抱えるように歪んで見えた。










 プラネットストームを停止させたことで、記憶粒子の噴き上げによる防御壁はなくなった。エルドラントへ突入することが可能になったのだ。しかしまだ対空砲火の課題が残っている。その相談に一度、グランコクマへ寄ることになった。







 まずは一つ。ボクから大事なものを奪う人間を、消していく。
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