空音の新生
再びレムの塔を訪れる。道中、ルークの顔を見ると思い詰めた表情で、決して明るくはない。死にたくない……と、聞こえてきそうだ。それでも彼は歩みを止めない。
やがて最上階へと辿り着く。大勢のレプリカがボクらを迎え、アッシュの姿はまだない。レプリカマリィが、傷付き倒れたレプリカを抱えている。
「この人は……」
「北の街で人々に追われ、奴隷のように扱われながら漸くこの塔に辿り着いた同士だ」
レプリカマリィの表情は変わらない。だがレプリカが受ける扱いを目の当たりにして何も感じていないなら、そうして膝に抱えはしていないだろう。「個」を周りよりも少し早く手に入れようとしているのかもしれない。
「何故、お前が来たのだ? 我らと共に死に至る道を進むのはお前か」
「では、貴女がたは障気を消すために命を差し出すつもりなんですの?」
「……それしかない。そう悟った。いや、そう決めたのだ」
無表情の筈なのに、その顔は暗く見える。自分達を排斥する被験者のためではなく、まだこの塔へ辿り着いていない多くの仲間のために───そう、レプリカマリィは語る。
無理矢理消費することを、きっとルーク達は望まない。だから彼らが自分達から命を差し出すなら好都合だ。反面で彼らが死を拒めばルークも死なない。どちらがいいのか、ボクには分からない。
「俺がやると言っただろう! 何故ここに来た!?」
怒る声と共にアッシュがやってくる。彼はボクらの姿を見付けて眉を吊り上げた。ルークが前へ進み出る。
「アッシュ! だからそれは俺が……」
「レプリカ共。俺が心中してやる。来い」
アッシュはルークの言葉を無視し、レプリカ達へ呼び掛ける。彼らは静かに周囲へ集まった。道具として消費されるレプリカ。彼らを見てもボクは憤りを覚えない。
ただ黙って障壁を張った。ボクとシンクが障気の中和に巻き込まれないように。ルークには張らない。彼の意志は聞いているから。
「……アッシュ! ローレライの解放はお前がやれ! この場は……俺がやる!」
尚も黙らないルークに、アッシュはうんざりすると言いたげに怒鳴り返す。
「そんなに死にたいのか!?」
「違う! 俺だってお前と同じだ。死にたくない! だけど俺はレプリカで、能力が劣化してる。ローレライを解放するには、宝珠を預かることも出来なかった俺じゃなくて、お前が必要なんだ」
それなら、と。ルークは声を絞り出す。
「それならここで死ぬのは……要らない方の……レプリカの俺で十分だろ!」
その叫びはルークにとっても痛みを伴って、でもアッシュも負けていない。琴線に触れたようだった。
「いい加減にしろ! 要らないだと!? 俺は……要らない奴のために全てを奪われたっていうのか!! 俺を馬鹿にするな!」
アッシュの叫びも痛烈だ。彼はそれ以上構う気はないというようにローレライの剣を掲げる。そこへルークが飛び付いた。
「放せっ!」
「駄目だ! お前を死なせる訳にはいかない!」
そうして揉み合う瞬間、ルークがローレライの剣の柄に触れ、剣が淡い光を放ち出す。驚いたアッシュが零す。
「……これは? 剣が反応している。宝珠がどこかに……?」
「っ!」
アッシュが気を取られた一瞬に、ルークは剣を強奪して彼を押し飛ばす。起き上がったところをすかさず大佐が押さえた。
「放せっ!」
「私はルークの意見に賛成です。……残すならレプリカより被験者だ」
「ルーク! やめて!」
ティアが叫ぶけれど、彼の選択は変わらない。剣を持ち上げ、地面へ振り下ろす前に意志を言葉に変える。
「……皆。俺に命を下さい。俺も……俺も消えるからっ!」
耐えきれずティアが駆け出す。それを止めたのはガイだった。ルークを死なせたくなくても、彼の意志を尊重するためにガイも選んだのだ。
「……ガイ……ありがとう……」
「……馬鹿野郎が」
ゆっくりとルークへ第七音素が集まっていく。空間の音素濃度が増し、息苦しさがある。レプリカ達の体が輝いて音素乖離が始まった。
順調かと思ったその時、ルークの体が一瞬だけ違う輝きに包まれたのが見えた。途端、集束しかけた第七音素が拡散されていく。眉を潜めたのは大佐も同じだった。
「おかしい……集まりかけた第七音素が拡散していきます。このままでは障気は消えない!」
「……宝珠か! 宝珠の拡散機能が邪魔してやがるんだ」
アッシュの声を聞いた瞬間にボクは閃く。あの一瞬の輝きが宝珠によるものならば、彼は宝珠を持っていることになる。手荷物にないことは分かっている。ならば、どこにあるのか。
「……っ」
「アリア!?」
駆け出してルークの体に触れた。考えられるのは些細な可能性だ。ローレライの鍵は第七音素で構成されている。もしそれが、第七音素で作られたルークの体に混じってしまったなら? 彼が宝珠を持つ可能性は───体内にある。
(ルークの体内音素を探る……!)
音素乖離を起こしているからか、容易にそれは見付けられた。自分の体の中にある第七音素を使って、文字通り宝珠を引っ張り出す。その時にはアッシュも目の前まで来ていた。
「邪魔だ!」
慌てて、手の中に収まる音素の塊を抱えて距離を取る。アッシュが剣に触れ、拡散を始めていた第七音素を集め直した。
「どこまでも手のかかるレプリカだっ!」
「アッシュ!?」
「……心配するな。心中する気はない。お前の超振動に少し力を貸してやるだけだ。お前は一人で消えろ!」
「……ありがとう……アッシュ……」
ルークの超振動に呼応して、障気が引き寄せられ薄れていく。紫がかった景色が明るく変化し、やがて久方ぶりに青空が覗いた。
光の波が外へ外へと広がっていく。恐らくはオールドラントを包むのだろう。大気が震えるのを感じながら待てば、やがて光が収まった。その先には……倒れてはいるものの、ルークとアッシュの姿がある。
「……約束だ。生き残ったレプリカ達に生きる場所を与えてくれ。我々の命と引き替えに……」
音素乖離を起こして消える中、レプリカマリィが最後に願う。ナタリアが応じた。
「私が! キムラスカ王女であるこのナタリアが、命をかけて約束しますわ」
「俺もだ。レプリカ達を見殺しにはしない。姉上と同じ貴女の命のために」
「わ……私だって……貴女達とイオン様は同じだもん……」
ガイとアニスが続く。ボクも折角なので導師代理らしいことをしておこうと口を開いた。
「ダアトの代表として約束する。テセは……導師は、レプリカの存在を世の中に受け入れてもらえる活動をしたいって言ってたからね。引き受けるよ」
大変そうだけど、と心の中で付け加える。ボクらの言葉に納得した様子で彼女は消えていった。残ったのは旅の仲間で……肝心のルークとアッシュだ。ルークは身を起こして自身の掌を見詰めている。
「俺、生きてるのか? どうして……」
「よかった……! 私、もう貴方が消えてしまうと思ってた……」
「ティア……」
ルークの生存はめでたいが、こちらの用件がまだ残ってる。ボクは手の中にある音素の塊……宝珠を掲げて尋ねた。
「コレ、どうしよう?」
「それって……」
「ローレライの宝珠だ」
起き上がったアッシュがすぐに答えを提示してくれる。一様に驚いた声が上がった。
「これが!? どうして? どこ探してもなかったんでしょ!?」
「アリア、貴女それを一体どこから……」
アニスとナタリアの言葉に、簡潔に答える。
「ルークの中」
「はぁ?」
「宝珠ってさ、第七音素で出来てるんだ。ルークの体もそうでしょ?」
「後生大事に、宝珠を構成する音素を自分の中に取り込んじまってたのさ。体が分解しかけるまでそのことに気付かなかったとは、とんだ間抜け野郎だぜ」
呆れるガイに、アッシュも加わって解説してくれる。シンクが鼻で笑った。
「アンタの努力も無駄だったってワケだ。出来の悪いレプリカを持つと苦労するね」
「……チッ」
憎々しげに舌打ちをして、アッシュは立ち去ろうとする。ナタリアがその背を引き留めた。
「お待ちになって! どこへ行きますの!? 鍵は揃ったのですわ。一緒に……」
「……一緒にいたら、六神将達に狙われる。ヴァンの居所を突き止めて、ローレライを解放する直前まで別行動を取る」
正しい判断だ。そのままアッシュが去るのを見送った。大佐がルークを呼ぶ。
「ルーク。生き残ったとはいえ、本来なら消滅しかねない程の力を使った。非常に心配です。ベルケンドで検査を受けて下さい」
「……う、うん」
ボクは面識がないけれど、ティアが障気に冒されている時にお世話になった医者がいるらしい。とりあえず宝珠はルークに返し、ボクらは体の調子を診てもらうためにベルケンドへ向かった。
*****
ベルケンドでの検査結果は「血中音素が減っているだけ」だそうだ。どう考えても嘘臭い。ボクの方でも様子を診たかったけれど、彼が一人になる時間が中々見付けられなさそうだった。
「疲れたでしょう。障気に関する報告も兼ねて、バチカルへ行って公爵家のお屋敷で休みなさい。いいですね、ルーク」
「そうね。陛下達も会議を終えて城へ戻られている筈ですものね」
「ええ。それにまだローレライの解放という仕事も残っていますもの。体力を取り戻さなければ」
「わかったよ」
大佐の出した方針にティアとナタリアも賛同する。他の面子も異論はなく、ボクもこの機会に診させてもらえればと狙う。出来ることがあるかもしれないから。
久し振りに見た青空は、テセがいた時の空と変わらなかった。
*****
障気を中和した報告は翌日でいいだろう、ということでボクらはルークの屋敷にお邪魔した。ナタリアは一足先に城に戻り、ルーク以外は屋敷内に部屋を用意してもらうことになる。「少し休む」と言ってルークは自室に戻ったため、これ幸いと一人で訪ねた。
「ルーク、ちょっといい?」
「ああ」
扉越しに返事があり、中へ入る。思っていたよりも広くはないが、別に部屋のチェックに来たわけではないのでどうでもいい。
ベッドに横になっていたのだろう、その上に胡座をかくルークがボクを迎えた。その表情はいつも通りで、何でもなさそうに見える。
「どうした?」
「嘘吐きの話を聞きに」
ボクの返答に彼は目を大きくして驚き、しかし誤魔化すように笑う。あまりにも下手くそだ。
「嘘って何の話だよ」
「ルーク、消えるんでしょ」
「………………」
「大体の予想はつく。深刻な音素乖離が起きてる筈だ。お願い。診させて」
「……わかった」
ルークは観念したように肩の力を抜くと、明るい表情を取り外す。それはレムの塔に向かう時に見た顔に近いものだった。死と対面する顔だ。ルークの体に触れ、体内音素の様子を見る。
「……細胞同士を繋ぐ第七音素が、異様に少ない。乖離も止まってない。これじゃあ第七音素を取り込んでても……」
「……死ぬんだよな、俺」
ボクは頷き返した。大佐の言った通り、消滅しかねない程の力を使ったのだ。今ここにいるだけでも、どれ程の確率の下に存在しているのか。ルークは自分の掌を見詰める。
「レムの塔でさ、俺の体が透けて見えたんだ。俺、消えるのかなって……予想はついてたんだ」
「ベルケンドの医者はなんて?」
「今すぐ入院しろってさ。でも消滅を遅らせることしか出来ない。それなら、俺は師匠を追いたい。この世界のために……出来ることがしたいんだ」
最初から止めるつもりはなかった。説教をするなんて以ての外だし、どうして欲しいという望みもない。勿論、野次馬根性で事実を知りに来たわけでもなかった。目的を果たすために口を開く。
「ルーク。ボクには君を助けられない。でも、延命なら出来ると思う」
「! どういうことだ?」
「音素乖離は止められない。でも、ボクが新しく第七音素を入れて、細胞同士を一時的に繋ぐことは出来る。それも徐々に乖離していくけど……何もしないよりは保てる筈だよ」
要するに定期的にメンテナンスをするのだ。乖離のスピードが速まれば通用しなくなるが、今の調子なら有効だろう。その旨も伝えれば、ルークは少し安心したように頬を緩めた。
「ありがとう、アリア。お陰でちょっと怖くなくなったよ。……いつ消えるのかなって、怖かったんだ。でもお前が俺の様子を定期的に診てくれるなら……少しは怖くない」
「……うん」
「消滅を遅らせるの、お願いしていいか?」
「勿論。任せてよ」
ありがとう、ともう一度ルークは笑った。それは今まで見た彼のどの表情よりも穏やかで、少しだけテセと重なって見えた。
*****
翌日、ルークの屋敷で食事をとっていればキムラスカ兵が慌てた様子で現れた。城に新生ローレライ教団の使者が来たらしい。
ヴァンやモース側に残っている元六神将はリグレットとラルゴ、それからアリエッタだ。誰だろうかと思いながら登城すれば、黒い巨体が謁見の間にあった。ラルゴだ。
「新生ローレライ教団の使者として参った。導師モースへの返答は如何に?」
「我がキムラスカ・ランバルディア王国は預言を廃することで合意した。よって新生ローレライ教団の申し入れはお断りする」
大臣の返答に、ラルゴは確認するように問いを重ねる。
「それは即ち、新生ローレライ教団に対する宣戦布告と取ってよろしいのか?」
「我々に戦う意志はない。しかし我が国の領土と民が侵されるのであれば、直ちに報復行動に出ると心得られよ」
ラルゴは国王陛下の言葉を聞くと、ルークを振り返った。
「……分かったか。ローレライの力を継ぐ坊主。お前がレムの塔でレプリカを消したことで、新たな戦いが始まろうとしている。預言とは恐ろしいものだ」
正直、モースをけしかけておいて何を言うかという気持ちだ。元六神将達が何もしなければ、モースに何かが出来たとは思えない。テセが死ぬことだって、きっとなかった。ファブレ公爵の声で現実に意識が戻される。
「それは詭弁だ。第一我が息子は二人共生きている」
「……父上……」
「どうかな。お前達も知っているだろう。第七譜石には滅亡の預言が詠まれていることを」
「俺達は生き残る未来を選び取ってみせる。世界を滅ぼさせたりしない」
「それはこちらとて同じだ」
「同じではありませんわ! 貴方は預言に固執するモースに味方しているではありませんか! それは貴方がたの理屈で言えば、滅亡に向かって歩いているのではないのですか!」
「私にとって剣を捧げた主はただ一人。それを忘れるな」
ひと睨みすれば、ラルゴはそのまま謁見の間から出て行こうとする。直前で立ち止まり、肩越しにシンクを振り返った。
「……あの方は生きている。戻る気はないのか、シンクよ」
「アンタもしつこいね。僕の答えは変わらないよ」
「そうか……」
残念そうに囁くとラルゴは再び歩き出し、謁見の間を出て行った。その背を見送りながらガイとティアが口を開く。
「ヴァンか……」
「兄さんはどこかで力を蓄えているのね。でも一体どこに……」
それから、ボクらは障気を中和したことを改めて国王陛下に報告する。国王陛下はルークに謝罪した。そしてその心意気に胸を打たれたと話し、新生ローレライ教団との戦いは避けられないと語る。故に、話すべきことがあると。ボクらは謁見を終えると国王陛下の私室へお邪魔する。
「お父様、どうしましたの?」
ナタリアが首を傾げ、ボクらは用件に心当たりがある。国王陛下はラルゴの……ナタリアの実父の話をするつもりになったようだ。
「お前に話があるのだ。お前の実の両親のことでな」
「……確か私の本当の母はばあやの娘なのでしたわね」
「そう、シルヴィアだ。しかし父親のことは知るまい?」
「ええ。詳しい話を聞く前に、ばあやは城を出て行ってしまいましたもの」
ナタリアが本当の王女ではないと判明した後、どうなったのかよくは知らなかったが、そうなっていたらしい。まぁ、死んだ王女と自分の孫を入れ替えたのだから、城には居られないだろう。
「お前の父はバダックという名の傭兵だったようだ」
「……傭兵……そうですの。でも何故今になって……」
「バダックの行方が判明したのだ」
「生きていらっしゃいますの?」
ナタリアの声が数段明るくなる。驚きの中に、少なからず期待のようなものを感じた。父親は目の前の国王陛下だと思っていても、実父となると関心がないとは言えないのだろう。
そういえば、ボクもレプリカとはいえ被験者には両親がいた筈だ。不意に、どんな人物だったのか気になってきた。
「そうだ。ナタリア。気を強く持って聞いて欲しい。この事態だからこそ、お前には父のことを話さねばならぬと思ったのだ」
「……な、なんですの?」
「バダックは今、新生ローレライ教団にいる」
「そんな!? 何故!? 何かの間違いでは!?」
「……いや間違いない。ルークが調べてくれた。現在では……黒獅子ラルゴと名乗っている」
その言葉を聞いた瞬間、ナタリアの表情が崩れた。思ってもいなかっただろう答えにショックを受けている。呆然と呟きが漏れた。
「う……嘘……」
「ナタリア……」
「ルーク! 何かの間違いでしょう!? そうですわよね!?」
「ナタリア……本当なんだ。本人にも確認した」
ルークの肯定にナタリアは苦しげに胸の前で手を重ね、堪らず駆け出した。ティアが呼び止めれば、ラルゴに確かめると言って止まらない。慌てて全員で追い掛ける。
港へ向かえば二人の姿があった。ナタリアは弓を構え、その先をラルゴへと向けている。ラルゴは……ただそれを静かに見詰めていた。
「お仲間が来たようだぞ、姫」
「……お前は……! お前は……何故、六神将に入ったのです」
「そんなことを俺に聞いてどうする」
「答えなさい! バダック!!」
彼女がラルゴをそう呼んだことで、ラルゴも事態を察知する。彼は少しだけ目を伏せると重い口を開いた。
「……昔、妻は……シルヴィアは、ここから見る夕陽が好きだった。あの日、俺は砂漠越えのキャラバン隊の護衛を終えて帰宅したところだった」
語り出した彼にナタリアも弓を下ろす。ラルゴは背を向けると、まるで港から夕陽を眺めるように遠くを見詰めた。
「家に帰ると、シルヴィアも数日前に生まれたばかりの赤ん坊もいない。嫌な予感ってのは……本当にあるんだなぁ。家ン中に夕陽が差し込んで、そりゃあ赤くてな。俺は必死になって街中を探したよ。だがシルヴィアは見付からなかった」
「……シルヴィアさんは、どうしましたの?」
「数日後、この港に浮かんでるのを発見された。シルヴィアは生まれたばかりの赤ん坊を奪われ、錯乱して自害したのだ」
「……そんな……」
「シルヴィアは体が弱かった。だが預言士が二人の間に必ず子供が生まれる、いや生まねばならぬと言ってな。それがこの結果を導くためだったと知って、俺はバチカルを捨てた。そして各地を放浪している時に、ヴァン総長に拾われたのだ」
捨てる神あれば拾う神あり、ということか。その預言士にはどこまでの預言が分かっていたのだろうか。預言によって王女になり、王女を騙る偽物と詰られ……人間はつくづく勝手だ。
「ヴァンは俺にこう言った。『預言は星の記憶だ』と。星は消滅するまでのあらゆる記憶を内包していて、全ての命は定められた記憶通りに動いている。預言はその一端を、人の言葉に訳しているだけなのだと」
それが正しい知識であるとは限らない。あくまでヴァンの解釈であり、でもボクも同じように思っている。違うのはそこに意志がどれだけ作用出来るかということ。ボクの考えは変わらない。
「ならば、シルヴィアの酷い死も定められていたと? 俺は預言を───いや、星の記憶を憎んだよ」
「確かに酷い話ですわ。でも預言は絶対ではない筈です。あれは未来の選択肢の一つに過ぎないのではありませんか?」
「しかしそうして選んだ道も、選ばなかった道も、結局は同じ場所に辿り着くようにできているのなら、そこに人の意志が働く意味はあるのか?」
ラルゴの問いは分からないでもない。もし預言の強制力が働くなら、もがくだけ苦しむかもしれない。その「もしも」をボクらは証明することは出来ない。
「お前達が預言を禁じようとも、この星は自ら未来の記憶を保持し、その通りに進んでいる。ヴァンが目指す預言の消滅とは、即ちローレライ───星の記憶そのものを消し去ること。あらゆる命が自由な未来を生み出す権利を得ることなのだ」
そこまで語ればラルゴはちらりとボクらを一瞥し、背を向けて最後に述べる。
「俺はその理想を信じ、ヴァンと共に行動することに決めた。忘れるな。お前達のやり方は手ぬるいのだよ」
「お待ちなさい! 貴方は……私の……」
「ナタリア姫。私の最愛の娘は、もうこの世にはいないのだ。十八年前に奪われてな」
それきり、ラルゴは船へと乗り込んでしまう。残されたボクらはと言えば、些細な混乱がある。
「今の話が本当なら、星の記憶がある限り俺達の選ぶ未来は、どれもたった一つの結末にしか辿り着かないってのか……」
「だから兄さんは被験者を消そうとしている? 星の記憶を持たない新しい『レプリカ』という人類に未来を託すために……」
「……だとしても! だとしても、結局被験者は消滅するんだよ? 総長の計画じゃ、この世界の人は救われない!」
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。今一番混乱しているのは彼女の筈ですよ」
皆の会話を聞きながら考える。果たして、レプリカに全てをすげ替えればいい話なのだろうか。星そのものが消滅までを記憶しているなら、それは寿命と同じにも聞こえる。
レプリカは預言に詠まれない───反面で預言にとっては「どちらでもいい」可能性がある。ルークがアッシュの代わりに消えるのも、テセが生まれて二年で消えてしまったのも……預言の強制力なら「レプリカは預言から解放されている」とも言えない。
ローレライを消すことが星の記憶を消すことに繋がるのかも分からない。ローレライが星の記憶を預言という形に「変えて」いるだけなら……ローレライを消したところで星の記憶は残るのではないだろうか。
ヴァンの方法で必ずしも世界が自由になるとは限らない。
「ナタリア……一度城に帰ろうぜ。陛下が心配してるよ」
実父の背を追うように港を眺め続ける彼女に、ルークが優しく促す。ナタリアは頷いて、国王陛下の私室へと戻った。
「ナタリア! 心配したぞ!」
そう言って迎えた国王陛下の表情は親のもので、もう二人の間に溝はないのだと改めて思う。
国王陛下は「新生ローレライ教団との戦いにおいて最前線に立つ必要はない」とナタリアに告げる。それはナタリアを想っての言葉だった。実の父親と戦うものではないと。
しかし、ナタリアはその心遣いを断る。
「血を分けた……親子だからこそ、越えねばならぬこともあると思います」
そう言ってから、「いえ」とナタリアの瞳が揺れる。
「……本当は分からないのです。お父様の言う通り戦わない方がいいのかもしれません。ですが……みんなもラルゴが私の父親だと知っています。戦いづらいのは同じでしょう。……私には……どうしたらいいのか……」
混乱する彼女に言葉を掛けたのはティアだった。彼女はヴァンの妹だ。肉親と戦う痛みは、この中で一番理解出来る立場にいるだろう。
「ナタリア。急いで結論を出さなくてもいいと思うわ。新生ローレライ教団が戦いの準備をするのにも、時間がかかるのよ」
「ああ。今、アッシュがヴァン師匠の潜伏場所を探している筈だ。俺達にも、プラネットストームの停止作業がある。その間に、ナタリアは結論を出せばいい」
「残ってもいい、ついてきて考えるのでもいい。どうする?」
ルークとガイの問い掛けに彼女は少しだけ迷うと、同行を希望した。何もせずに考えるだけなど出来ないのだろう。一人きりで考えることが必ずしも良いとも言えない。
国王陛下に改めて送り出されて、ボクらは出立した。次に行うべきはプラネットストームの停止であり、向かう先はユリアシティだ。
*****
「ナタリア。顔色悪いよ」
機内でアニスがナタリアを心配する。
「……ごめんなさい。私のせいであの人は六神将になったと考えてしまって……」
「ナタリアらしくないなぁ……大体さー。赤ちゃんの時、ナタリアが自分の意志で城に行った訳じゃないしねー。第一、結局新生ローレライ教団に入って、娘も生きてるオリジナルの世界を消そうと決めたのはラルゴな訳じゃん。ナタリア関係ないじゃん」
「……そうですけれど……」
「あいつ、自分のしてきたことを誰かのせいにするような、卑怯な奴じゃないよ。ナタリアにそっくり。ガチガチに自分の責任を知ってる奴。気にすることないない。ナタリアは良いとか悪いじゃなくて、どうしたいかを見詰め直せばいいんじゃない?」
「……アニスは、時々大人ですわね」
聞こえてくる二人の会話をこっそり耳に挟みながら、アルビオールから青空を眺めた。
*****
ユリアシティに着き、詠師テオドーロと話す。プラネットストームは巨大な譜陣で制御されているらしく、ユリアはローレライの剣で大地を斬って譜陣を描いたと言われているそうだ。それが音素を集束させている。なら逆に宝珠の拡散作用で譜陣を無効化出来ないか、という話になった。
しかし肝心の宝珠の使い方が分からず、当時の資料を元に詠師テオドーロが宝珠を解析すると申し出てくれる。ボクらはその間、自由行動をすることになった。
「きちんと前を見て歩かないと、危ないですよ」
建物の物珍しさから一人で見て歩いていれば、大佐に行き合った。こちらも一人だが、あちらも一人らしい。「おや」と思えば、彼も「おや」と思ったようだった。
「一人ですか? シンクは?」
「だから人をセットみたいに言わないでったら」
「セットでしょう。シンクが貴女から離れているところなんて、あまり見ませんよ」
「それはボクがすぐ無茶するから監視してるだけだよ。術式を知ってるのはシンクだけだからね」
「……なるほど。そう来ますか」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
眼鏡を押さえながら意味深なことを呟かれてしまう。気になるから誤魔化さないで欲しいのだけど、そんな希望が叶うわけもない。
「イオン様の件は、落ち着きましたか?」
「うん、まぁね。納得はしないけど……」
「導師代理、ですからね。貴女は心のどこかで、イオン様が戻られることを願っているのでは?」
痛いところを突かれた。顔を顰めてしまい、肯定を示す。大佐は呆れたように息を吐いた。
「イオン様は亡くなられたんですよ。貴女はそれを受け入れなければならない。どんなに理不尽であろうと、ね」
「……分かってる。大佐こそ……」
ディストは、と言いかけてやめた。それこそ余計なお世話だ。代わりに違うことを口にする。
「ね。大佐は前にボクを『化け物に見えない』って言ってくれたよね」
「……ええ」
「それってまだ変わってない?」
ボクの問いに大佐は赤い瞳を細くする。その話をしたのは以前の旅でケテルブルクにいた時だ。宿題の答えを出したボクに、大佐が伝えてくれたこと。
慎重に問われる。
「何故そのようなことを聞くのです?」
「好奇心。自分で自分が変わったなって思うから」
死に対する考え方。それが変わったのが、テセの死をきっかけとするのか、一度術式を飛ばしかけたせいなのか、ボクには分からない。以前は何が生きようが死のうがどうでもよかった。でも、今は。
「ねぇ大佐。今のボク、人間に見えてる?」
「───ええ」
その答えは、ボクの望んだ音で響いて。優しいなぁと、小さく笑った。
*****
引き続き街を歩いていればガイを見掛けた。シンクと一緒にいるようで、少し驚く。二人がどんな話をするのか全然想像がつかないので、第七音素を使って盗み聞くことにした。
「シンク。お前、本当にヴァンの側には戻らないのか?」
「アンタはどうなんだ。ホドの生き残り」
「俺は……ヴァンの理想にはついていけない。レプリカは被験者とは別の人間だ。例え星の記憶が支配しているとしても、全部消してやり直すなんて極端が過ぎる」
「でも、そこまでしないと人間は自由にならない……ま、僕は人間の自由とか、意志とかどうでもいいんだけどね」
そう答えるシンクはボクの前にいる時と変わらない。彼の世界へのスタンスは変わってない。ガイは少しだけ迷って、慎重に言葉を選んだ。
「……本当のところ、もうお前を疑っちゃいないさ。お前が俺達を裏切るならもっと早く行動に移してると思う」
「ただ納得がいかない」と続ける。
「お前はアリアに協力してる。一体何のためだ? お前がアリアを助けてどんな利益があるっていうんだ」
「利益ねぇ……余計なお世話だよ。僕とアリアの関係だ。他人が口出しすることじゃない」
「……仲間だ。他人じゃない」
「ハッ。虫酸が走るよ。なら、勝手に心配してなよ。いちいち僕が構ってやる道理もない」
「じゃあね」と手をひらひらさせてシンクは立ち去ってしまう。何だか妙な会話を聞いてしまった。旅の初めはガイには警戒されていたくらいなのに、こんな風に心配してもらえるようになったんだなと改めて思う。
「あ……アリアじゃん。何してんの?」
「アニス」
ぼんやりと考えていればアニスに捕まった。彼女も街の中をうろちょろしているようだ。
テセが死んだ直後は距離のあった関係も、一緒に旅をしていれば自然になってくる。というより、多分わざと以前みたいに振る舞おうとしている節がある。ぎこちなくなりたくないのだろうと、ボクはそれに乗っかった。
「この際だから聞いちゃおっと。アリアはさ、シンクのことどう思ってるの?」
「どうって……」
一言では説明できなくてまごつけば、アニスがにやりと笑う。悪い顔だ。
「お。そういう感じ?」
「え?」
「でもさ~。シンクって自分のこと全然話さないし、喋ったかと思えば皮肉ばっかりだしで、どうなの?ってアニスちゃんは思うんだけどぉ」
「でも優しいよ。気に掛けてくれるし……ボクが死んだら困るんだって」
「最後のそれはちょーっと違うかなって思うけど……でも、そうなんだ。シンクはシンクなりに、アリアのことちゃんと見てくれてるんだね」
「うん」
「で、アリアもそんなシンクが気になる、と」
「うん?」
「はわ~ん🖤 アニスは未来の導師様達を応援してま~す」
なんか違う気がすると思って呼び止めようとするけれど、それより先にいなくなられてしまった。アニスは一体何を聞きたかったのだろう。首を捻っていれば、別の場所から声が掛かる。
「脳味噌軽いんだから、あんまり曲げてたら取れるんじゃない?」
「取れません」
反射的に言い返しながらそちらを向けば、シンクがいる。何か用か尋ねる前に、彼は用件を伝えてきた。
「宝珠の解析が終わったってさ。お仲間共が呼んでる」
「……付け足すと口は悪い」
「は?」
「何でもない」
シンクと軽いやり取りをしながら会議室へと向かう。いつの間にか、隣にシンクがいると落ち着くようになってしまった。これはやはり、大佐の言うようにセットということなのだろうか。何となく複雑になりながら、皆と合流した。
*****
結論から言えば、推測通りらしい。宝珠に譜術が刻まれており、そこに第七音素を流し込めば音素の拡散と同時に譜術が起動し、プラネットストームの譜陣を停止させられるそうだ。
停止はプラネットストームが帰結するアブソーブゲートから行う方がいいという話で、ヴァンと最後に戦った場所へ向かうことになる。
「みんな、準備はいいか」
「「「「「はーい🖤」」」」」
「よし、アブソーブゲートへ……ん? 今、変なの混じってなかったか?」
「まぁまぁ。細かいことは気にせず行きましょう」
アニスとミュウの返事に、ちゃっかり大佐とガイと共に乗る。アルビオールを動かしてもらって、人生二度目のアブソーブゲートへと向かった。