空音の新生
公爵邸に一晩泊まり、ナタリアと大佐からプラネットストーム停止に関する合意が取れたと報告がある。これでエルドラントへ突入出来るようになる。後はダアトで協議するだけだ。
国王陛下と皇帝陛下は既に船でダアトへ向かっており、ボクらもアルビオールで向かう。
「漸くですわ。後はこの国際会議に変な横槍が入らないようにしなければ……」
「三勢力の長が顔を揃えるんだ。警備は万全だろう。それに今更、お互いに無理難題を吹っ掛けるとも思えない」
ナタリアの心配をガイが宥める。ティアが警備を手伝うべきではと発言して、預言会議に対してボクらに出来ることを話す。
その間もずっとルークは上の空だった。昨日の話だろうと思う。ローレライの剣を利用した命懸けの障気の中和……思い悩むルークにボクは何も言えない。合理的な答えを出してしまいそうだから。
(ルークに死んで欲しくはないけど……それがルークの選択なら止める気持ちもない)
他に方法があるならまだしも、障気は既に大地の全てから噴き出している。それこそユリアシティのドームを再現するか、地表全てを覆う障気を通さない譜陣を描くかしかない。どちらも現実的ではない。
幾度無茶を重ねたボクだから思う。自分の命の使いどころは自由だ。テセやシンクの選んだような死に方でなければ……ボクは尊重したいと思う。
バチカルを離れる直前、スピノザが街へ飛び込んで来た。行き違いにならなかったことを喜び、慌てながら確認される。
「アッシュに障気の中和を託したのか? 少し前にアッシュが来て、超振動による障気中和の方法を尋ねて来た」
「アッシュが!? どうしてですの!」
「あいつ……何考えてるんだ」
予想される動きは一つ。でも公爵邸でその話をした時、アッシュは「まだ死ぬ訳にはいかない」と話していた筈だ。心変わりする要因があったのか。
大佐が第七音素の不足を指摘し、増幅器になるローレライの剣と一万人の第七音譜術士の命が要るとする。そんなものが簡単に用意出来る筈もない……少し前までは。
「レプリカだよ。奴らは第七音素の塊だ。ざっと一万も消費すれば足りるんじゃない? 死霊使い」
「……ええ。そのつもりでしょう」
シンクの指摘を大佐は否定しない。レプリカは道具になる。障気の中和に消費されれば世界の混乱もある程度落ち着くし、都合の良いことばかりだ。正直、悪くはない。
「あいつ! レプリカ達と心中するつもりなのか!」
「おいおい! 散々死ぬ気はないって言っておきながら何を考えてやがるんだ!」
「ルーク、彼を止めて! こんな無茶、許す訳には参りませんわ!」
ルークもガイも怒りを露にし、ナタリアの訴えも切実だ。止めるため、レプリカ達が集まっているだろうレムの塔へ向かうことになる。レムの塔は南ルグニカ大陸の突端に繋がるキュビ半島にある。
「アホがもう一人いたとはな!」
「本当に、アッシュったら何を考えていますの! 自分が死んで障気を消すだなんて……私は納得出来ませんわ!」
アルビオールの中でガイとナタリアが声を大きくする。大佐も堪えかねるように小言を口にする。
「こう自殺志願者が多いと、イライラしますね。いや、心中志願者かな。どちらにしても馬鹿げています」
「一万人のレプリカと心中……あいつ死にたくないって言ってたのに!」
憤るルークの声を聞きながら思う。皆はアッシュの無謀が許せない。ボクだって、テセやシンクが一万人のレプリカと心中して障気を消すなんて言ったら許さないと思う。皆にとってアッシュはそういう存在の一人。
(何が違うんだろう)
自分自身に首を傾げる。ルークやアッシュで想像しても、ボクは尊重してしまう。でもテセやシンクなら、ボクは絶対に止める。どこに差があってそうなるのか。死を理解出来る相手と出来ない相手。どこに違いを感じているのだろう。
関係性の差、というのが一番分かりやすい。ルークとの縁も浅くないけど、テセやシンクは少し特殊だ。その特異な縁が、ボクの中に一つの尺度を作ったのだろうか。
よく分からないまま、アルビオールはレムの塔へ着く。それは天空へ伸びる長大な白い塔だった。果ては容易には見えない。
中に入れば創世暦時代の設備が迎える。青白い音機関の光に照らされて、大勢のレプリカ達の姿があった。希望を求めてこの地に集まったにしては、生気のない眼をしている。
「ルーク。私、ルークとこの人達が同じなんて思えないよ」
「彼らには個性がないんだわ……」
「何だか気分が悪い……レプリカって……一体何なんだ!」
アニスとティアの囁きに、ルークが顔を歪めて呻く。
ボクは余計なことは言わないように、隣のシンクに人差し指を立ててお願いする。仮面の少年はボクの気遣いに肩を竦めて応えた。ボクらでは無情な答えしか用意出来ない。自身の価値を探すルークに、不用意なことは言いたくない。
そうしていると桃色の髪の女性が長大な階段を下りてくる。アッシュに協力しているらしい漆黒の翼だ。
「坊や達! 丁度いい!」
「お前、漆黒の翼の……!」
「アッシュは障気を消すために、レプリカ達と心中するつもりなんだよ。今、仲間がアッシュを追い掛けてる。坊や達もアッシュを捜して止めとくれ。馬鹿なことはおよしってね」
一方的に利用しているだけかと思っていたが、案外想われているらしい。ルークが請け負い、中央にある昇降機に乗り込もうとする。……が、レプリカ達を乗せてそれは昇って行ってしまった。
残されたのは、漆黒の翼が下りてきた長大な階段という選択肢だけ。
「外から見た時、尋常じゃなく高かったと思うんだけど……」
「ええ。だけど、ここで待っていても仕方がないわ」
「そうですわ。それにもしかしたら、上にも昇降機の乗り込み口があるかもしれませんし」
「……わかったよ。女性陣にそう言われたら、こっちも文句は言ってられないからな」
ティアとナタリアの意志に、ガイは観念したように頭を掻いた。ボクは乗り気じゃないんだけど、気付いて頂けなかった。
「年寄りにはキツいですねぇ」
「軍人だろ、あんた……」
「ねぇ、シンク。疲れて動けなくなったら……」
「置いてくよ」
「はぁい……」
この世は無情だ。アニスが口を開く。
「……にしてもぉ、アッシュってルークの被験者だけあってホント馬鹿なんだね! もう、何考えてるのかさっぱり分かんないよぉ」
「全くだ。急ごうぜ、ルーク」
「ああ。あいつは俺の被験者なんだ。あいつを見殺しには出来ない!」
そのルークの言葉は何か違うと思う。縁があるからという意味なら否定しない。でももし自身より優れていて価値があるからなんて意味なら分からない。被験者だから偉いなんて、ボクは思わない。
ボクには被験者が既にいないからルークの気持ちが分からないのだろうか。小首を傾げながら、永遠に続きそうな階段に足を掛けた。
*****
「あんたらか!」
階段をそれなりに上った辺りで、他の漆黒の翼に会う。痩せ型と太って見える男性二人組だ。
「そうか。あんたらもアッシュの旦那を捜しに来てくれたか」
「この辺りにはいないようでゲス」
となれば、まだ上なのだろう。下手に希望を持つのも嫌になるので、最上階にいるものと思うことにする。ナタリアが胸を痛める。
「アッシュ……どうして自分を犠牲にしてまで……」
「そりゃあ、お姫様。貴女のためでしょう。アッシュの旦那は、貴女と貴女の国が障気にまみれて沈むのを見たくないんですよ」
「だからって自分が死んじまったら、ナタリアが悲しむとは思わないのかねぇ、あの馬鹿は」
ガイが呆れて、ボクはちょっぴり胸が痛かった。テセが死んだ時の感情が僅かに過る。テセは、テセを失ってボクが平気だと思っていたのだろうか。本人に問うことは、もう出来ない。
「それなんでゲスがね。旦那は二言目には、時間がないだのなんだのって。今回も無駄に死ぬくらいなら、障気と一緒に心中するってんですよ」
漆黒の翼の言葉に引っ掛かりを覚える。まるで既に時限爆弾を抱えているみたいだ。死に至る病にでも罹っているのだろうか。
話を終え、彼らと別れて更に上を目指す。譜歌で皆の体を補助しているとはいえ、中々楽ではない。そろそろ昇降機に乗りたいなと思っていると、「あれ!?」とアニスが声を上げた。
「階段ここで終わっちゃってるよぅ」
「どうやら、この塔はまだ建設途中のようですね」
「建設途中で放棄されたって言ってたもんな。こんな時でもなきゃ、色々調べてみたいんだが……」
「リフトがありますわ。作業用の物かしら」
ナタリアの声に従ってそちらを見れば、確かに無愛想な様子で存在する。アレで上へ向かえるかもしれない。一応は一旦階段でなくなるということで、ちょっとホッとしつつ乗り込んだ。その後は作業用の足場や梯子、他のリフトを乗り継いで上を目指す。
やがて、開けた場所へ出た。どうやらここより上は昇降機でないと昇れないようで、どんな建設の仕方をしたんだと思わなくもない。
「流石にこれ以上は、マジきっついよぅ」
「くそ! ここまで来たのに……」
こちらを尻目に、大佐がその辺にある装置を眺める。それから一つしっかりと頷くと気軽に言った。
「うん。この装置で昇降機を覆っているガラスを壊しましょうか」
「そんなことをしては昇降機まで壊れてしまうのではありませんか?」
「ですから、覆っているガラスだけを破壊するんです。ガイ、出来ますよね?」
「そう言われたら、出来ないとは言いたくないねぇ……」
そう言ってガイも装置を見て、あっという間に動力をつけると動かしてしまう。ガシャリと、思い切り昇降機のガラスが破られた。落ちていった大量の巨大なガラス片が階下でどうなっているかは、想像しない。
「すげぇ!」
「流石音機関博士」
「あんたに褒められると胡散臭いな……」
なんて会話をしつつ、上がってくる昇降機に乗り込む。そこには当然レプリカの先客達がいて、虚ろな眼が一様にボクらを映す。
「お前達か……」
「あ、姉上!?」
ガイの驚きの通り、そこにはレプリカマリィの姿があった。こうして近くで見るとガイより幼く、死んだ時の年齢なのだろう。顔は似ているような気もする。
「……我はお前の姉ではない。我は8-027だ」
製造番号らしきものを口にする。何故わざわざそんなものを名乗るのか分からない。どうせなら自分で名前を決めればいいのに。それとも、与えられたもの以外はよく分からないのだろうか。ルークがヴァンに生まれてきた意味を問うていたように。
「どうしてここに来たんです? モースの救いの手を待っているんですか!」
「そうだ。地上には我らレプリカの住処はない。街の外に暮らすには我らの仲間は知識を持たず、街の中は被験者達の世界だ」
「我々は恨まれている……この地上には住む場所がない。おまけに、被験者のために消滅しろと言う奴まで出てくる始末だ」
「レムの塔の最上階で待っていれば、モース様が新生ホドへ我らを導いて下さる。そう約束してくれた」
「我々はそこで、我々の国を造るのだ」
純粋と捉えるには、あまりに機械的だった。自分を作り出した存在だからモースを信じている……それはボクやシンクにはない感覚だと思う。
確かに自分がレプリカだと知った時は作られた目的が気になった。与えられる役割に興味があった。でもすぐにどうでもよくなった。それはアクゼリュスが預言を理由に消滅させられたからであり……被験者もレプリカも等しく手段になり得ると知ったから。
他人に自身を委ねることが馬鹿馬鹿しくなった。たったそれだけ。
ボクもモースに作られたレプリカだ。こんな風にモースを信奉する人生なんて……反吐が出そう。
「被験者のために消滅しろって……それは誰が言ったんだ!」
「お前と同じ顔の男だ。我らの命を使って障気を消すことに同意すれば、まだこの塔に辿り着いていない大勢のレプリカ達に、住む場所を与えると取引を持ち掛けてきた」
「そんなに死にたければ一人で死ねばいい。我々にはホドがあるのだ」
「我々はホドを目指す。モース様はきっと受け入れて下さる!」
彼らは未だ目を覚まさない。寧ろ現実を知り、よりその希望に縋るようになったようだ。とことん救えないし救われない。そう思っていると、聞き慣れた高笑いが空に響いた。顔を上げると、空飛ぶ椅子に座す男の姿がある。
「ふははははははっ! 例え何万年待とうと、そのようなことは有り得ませんよ!」
ディストの声と共に巨大な譜業兵器が飛び込んできて、レプリカ達へ光線を放った。レプリカの体が焼かれ、瞬きの間に死体が増えていく。
「やめなさい!」
「そうはいきませんよ。ここの邪魔なレプリカ共を始末しないと、ネビリム先生復活の作戦に着手できませんからねぇ」
ティアとナタリアが庇うけれど、ディストは勿論お構いなしだ。研究者であるディストにとって、レプリカは数ある実験体に過ぎない。命云々は説いても無駄だろう。
大佐が前へ進み出る。
「……監獄から逃げ出したと思えば、まだそんな愚かなことを。もう諦めなさい!」
「そうは行きません! ネビリム先生を甦らせれば、貴方も昔の貴方に戻るでしょう。先生と共に、もう一度あの時代を……!」
ディストの望みは単に師を蘇らせることではないらしい。彼の執着は大佐にも向いていて、それはどんな時代だったのだろう。少なくとも今より幸せだったのだろうか。ボクはディストを知らないから、よく分からない。
でも「バカだな」と思う。師を蘇らせたところでその時間は戻って来ない。死んだ人間は蘇らない。レプリカは別人だ。大佐の時間は進んでる。過去ばかり見詰めるディストでは……同じ時間は過ごせない。
「……今まで見逃してきた私が甘かったようですね。さようなら、サフィール」
それは大佐が、かつての友人として最後に贈った言葉……だったように思う。ディストを前に眼を伏せる大佐は、本当に残念そうに見えた。
ディストもそれを感じ取ったのか、肩を震わせる。
「……本当に私を見捨てるんですね! ならば……ならば私も本気で行きますよ! レプリカ共と一緒に滅びるがいいっ!!」
号令と共に譜業兵器───カイザーディストXXが襲い掛かってくる。丸い本体に、鋸のような回転式の腕と、三つ指に分かれた回転ドリルの腕がついている。近接戦闘は危険そうだ。
「ボクはディストを落とす!」
「やってごらんなさい!」
皆に宣言すれば、ディスト本人が応えた。そういえば、ディストと顔を合わせて話す機会はヴァンに捕まって以来だ。封印術もどきのこともあるし、殴り掛かる前に声を掛ける。
「ボクの術式、解析したんだって?」
「ええ! 煩わされましたが、天才の私に出来ないことなどありません。ローレライの器はもう必要ありませんが、貴女を別の意識集合体の器に出来ないか実験するのも良さそうですね」
ボクとしては御免被りたい。人権くらい守って欲しい。ローレライの器が必要ないのは、ヴァンが直接その身に宿したからだろう。向こうにとっては不幸中の幸いに違いない。
シンクが前へ進み出る。
「余計なことしないでくれる? こっちは人間に留めるのに苦労してるんだからさぁ」
「シンク。貴方も導師の力を持つ特異な個体。こんなことでもなければ解体してゆっくり調べたいんですがねぇ」
「アンタに弄られると思うと寒気がするよ。変態博士」
「天才! 天才博士です!!」
途端ギャグみたいなやり取りになって気が抜けそうだ。ディストも咳払いをすると話を戻そうとして、思い付いたと声を上げる。
「そうだ! それはそうと、貴女に用があるんです!」
「……と言うと?」
「モースが貴女を作った時の話をしてくれましてね。聞けば、貴女は七属性の音素で肉体を保っていると言うではありませんか! それは特別なことですよ。私の元へ来ればレプリカ研究に大きく寄与するでしょう!」
「嫌だけど」
「貴女の意志は関係ありません。ネビリム先生復活のための貴重なサンプルになって頂ければ十分です!」
繰り返される話に思わず眉が寄る。ネビリム女史の復活───何度語ろうと、そんなことは起き得ない。レプリカは別人だ。確かにボクはちょっと特殊な生まれだろうけど……それがネビリム女史の復活に役立つとは思わなかった。
「ねぇ、ディスト……サフィール・ワイヨン・ネイス」
以前に聞いた名前を呼べば、ぴくりと眉が動いた。六神将のディストではなく、ネビリム女史を慕っていたサフィールに問う。
「レプリカは本人じゃないよ。遺伝子情報とかはそのままだろうけど、蓄積された後天的な要素が失われる。過程を飛ばして結果だけが出来上がるからだ。生まれてくるレプリカは、まっさらだよ」
「馬鹿ですね。そんなことは分かっています。ならば、その蓄積された要素を付与してやればいいんですよ!」
「どこにあるっていうの? ネビリム女史はもう亡くなってる。仮に肉体があっても細胞は機能を失って久しいし、そこからレプリカを生んでも同じことだ」
「星の記憶ですよ」
間髪入れず返ってきた言葉に息を飲む。星の記憶。預言そのものであり、星が記憶するこの世界の過去から未来───その過去を引っ張り出すというのだろうか。どうやって。
「私は星の記憶へのアプローチを考えます。ああ、そうだ! 貴女も導師イオンを蘇らせればいいじゃないですか。レプリカは預言には詠まれませんが、星の記憶まで探れば刻まれているかもしれませんよ」
「……っ」
無神経に掛けられた言葉に神経が撫でられる。その考えに答えはもう出ている。レプリカは別人だ───でも、もし星の記憶へのアプローチが成功したら。本当に……テセが、戻ってくるなら?
抱いた想いが揺るがされる。
(だって……帰って来て欲しい)
いなくなって欲しくなかった。今だってその姿を探してる。いなくなった景色の中に、いる筈だって思いたくなる。シンクは代わりじゃない。でもその顔に、彼を重ねないことはまだ難しい。ボクにとってテセの死は……まだ過去じゃない。
戸惑うボクに───代わりに応えたのはシンクだった。
「馬鹿馬鹿しい。アンタの妄想には付き合えない」
躊躇いのない声。すっと息が出来るようになる。背に庇われて、その姿を眼に入れて、その声を耳に入れて。彼の存在に、掬い上げられる。
「……なんですって?」
「妄想だって言ってるの。アンタの話に根拠はない。方法だってない。大きな口を叩くだけならガキでも出来る」
「ガキ……!?」
「そうだよ。アンタは目の前の現実を受け入れられないで駄々をこねてるだけのガキだ。そんなことだから、死霊使いにも愛想をつかされたんじゃないのか」
「貴方に何が分かるんです!」
「分からないね! 分かる気もないよ。だから……さっさと消えてよ。目障りだからさぁ」
暗く嗤って、シンクが動く。地を蹴る体は軽く、ボクの補助もないのに高く跳び上がる。しなやかな動きに眼が離せない。
「こ、こちらには障壁が……!」
「関係ないね。それごと蹴り落とせばいい」
「ギャー!?」
宣言の通りディストが蹴り落とされ椅子ごと地面に落ちる。起き上がろうとするがすぐに譜術で追撃された。咄嗟に張られた障壁を雷の剣が破壊し、その身を焼く。
ぷすぷすと煙を上げていて、躊躇いも遠慮もない。
「シンク───」
「余計なことを考えるな」
ぴしゃり、と背を向けられたまま言われる。彼は身を翻すとボクの方へやって来て、顎を掴んで強引に引く。仮面越しでも厳しい視線が向けられているのが分かる。
「導師は死んだ。アンタも分かってるんじゃないの」
「……うん。分かってる」
「ならディストの妄言に流されないでよね。亡霊の姿なんか探されちゃ、こっちも堪ったもんじゃない」
どういう意味か、聞くことは出来なかった。問う前にディストが起き上がり、椅子と共に再び飛び上がったからだ。見ればカイザーディストXXも力尽きていて、仲間が奮闘してくれたようだ。
「……どうせ、モースは永遠に迎えになど来ない……エルドラントの対空迎撃装置が起動すれば……塔ごと消し炭にされる……」
呪詛のように呟くと、カイザーディストXXに寄り内部のボタンを押した。途端、ブザーのような音が鳴る。───自爆機能か。
「ククク……はーっはっはっはっ! ネビリム先生……今そちらに向かいます!」
「させるか!」
ルークが駆け寄り、音素を集めて小爆発を起こさせる。その衝撃でディストとカイザーディストXXは空の彼方へ吹き飛ばされ───遥か上空で、大きな爆発があった。
多分、今回こそ生きてはいないだろう。ちらりと大佐の顔を盗み見るけれど、特に表情は変わらない。ただ、爆発を眺める瞳が少し遠くを見るように思えた。
「……我らに居場所はないのか……」
レプリカマリィが呟く。昇降機は戦いの間も動いていたようで、気付けば最上階だ。その囁きにルークが応える。
「……俺達は……この時代に存在してはいけない生き物なんだ」
「違うわ! だってここにいて息をしているじゃない! 貴方達を受け入れられない世界がおかしいのよ!」
「だが、レプリカが誕生したことで死んだ人もいる。全てを受け入れられる程、人の心は単純じゃない……」
ティアとガイの言葉が通り過ぎていく。ここにいて息をしているから、なんだと言うのか。それだけで居場所なんて手に入らない。
そんなに世界がシンプルなら、シンクは独りになってない。ルークは苦しんでない。テセは自身の意志を問うてない。
ボクだって、師がいなければモースの道具だ。ボクの被験者がそうだったように。人がレプリカを受け入れられるかどうかではない。人が、意志あるものを尊重出来るかだ。
「だから取引だと言っただろう」
声と共に現れたのはアッシュだ。見た目に大きな変化はなく、病に冒されているようにも見えない。彼が死に急ぐ理由は、何だろうか。
「どうする? もうお前達の住む場所はなくなったぞ」
「考えさせて欲しい。我と同じく自我に芽生えた者達と話し合って決めたいのだ」
先程までは取り付く島もなかったレプリカ達の態度が変わる。ようやく自分達の認識の甘さを理解したらしい。彼らが納得して命を捧げてくれるなら、障気の問題は殆ど解決する。後はルークとアッシュのどちらが心中するか、という話だ。
「アッシュ! 馬鹿なことを言うな! 死ぬ気はないって言ったのはお前だぞ!」
「……だったら障気はどう解決するつもりなんだ! 俺の代わりにお前が死んで、障気を消してくれるとでも言うのか?」
「そ……それは……」
アッシュの剣幕にルークが口ごもる。死にたくないと言っていたのだ。簡単に答えが出る問いではない。なら、答えを出したアッシュは簡単だったのだろうか。……そんなことはないように思う。
「俺には行かなけりゃならない場所がある。俺がここに戻るまでに、お前達の総意をまとめておけ」
レプリカ達に一声掛け、彼は立ち去ろうとする。その背をナタリアが引き留めた。
「お待ちになって! どこへ行きますの!」
「………………」
アッシュは答えず立ち去った。ボクらはアッシュのことをよく知らない。話してくれなきゃ分からない。昇降機で降りて行った背中を追って階段を駆け下りる。だが塔の中にアッシュの姿はもうなかった。
外に出れば漆黒の翼が待ち構えていて、アッシュはダアトへ向かうと伝えられる。止められないから説得して欲しいと願いを重ねられた。
「障気を消したって、俺達はローレライを解放しなくちゃならない。それには被験者であるアッシュの力が必要だと思うんだ」
ルークの言葉は間違っていない。残すならより能力の高い方───間違っていないから何も言えない。答えを簡単に押し付けてしまいたくない。
大佐が「本当にそう思っているか」と尋ねる。ルークが肯定して、何かを思うように眉が寄せられた。その顔に迷いがあるように思えて、ボクは少し不思議になる。大佐はまるで、その考えに疑問があるかのようだ。
預言会議に備えて、そろそろ陛下達も着いているだろう。具合がいいということで、アッシュを追ってダアトへ向かうことにした。
*****
預言会議の件は事前に鳩を飛ばして詠師に報せてあった。お陰で陛下達の受け入れはスムーズに済んだようで、トラブルはない。レプリカの問題も冷静に対処出来ているそうだ。
詠師トリトハイムから報告を聞き、状況を確認する。そうしていると陛下達もやって来て、アッシュの手紙があると言い出した。
「アッシュからの手紙!? アッシュ本人はどこに行ったんですか?」
「ローレライの宝珠を探すとかで、この教会からセフィロトへ向かった」
彼の目的を考えれば道理だ。無理に追わずともその内出てくるだろう。陛下達の許可を得て手紙の内容を確認する。
そこには障気の中和をする代わりにレプリカ達の保護を求める内容が書かれていた。約束を守るつもりらしい。実行者が死ぬことは書かれておらず、それを共有する。
「当然、許可しませんよね? そんなの駄目ですよね?」
「レプリカとはいえ、それだけの命を容易く消費する訳にはいかん……しかし……」
「お父様! しかしではありませんわ!」
国王陛下の言葉にナタリアが眉を吊り上げる。彼女にとってはレプリカも尊い命だ。勿論アッシュのことも。
「……ジェイド。お前は何も言わないのか?」
皇帝陛下の問いに、大佐は眼鏡を押し上げる。それから、少し困ったように聞こえる声で答えた。
「私は……もっと残酷な答えしか言えませんから」
「……大佐。まさか!」
「……俺か? ジェイド」
ティアが気付き、ルークが残酷な答えの中身を口にする。予想はしていた。レプリカは劣化する。ローレライの解放を控えているのだから、残すなら被験者だ。
「てめぇっ! アッシュの代わりにルークに死ねって言うのか! ふざけるな!」
「駄目ですわ! そのようなことは認めません! 私はルークにもアッシュにも生きていてもらいたいのです」
「私だってそうです」
ガイに胸ぐらを掴まれたまま、大佐は静かに言葉を続けた。感情だけで話すことは出来ないのだというように。
「ただ、障気をどうするのかと考えた時、もはや手の施しようもないことは事実ですから」
「俺は……」
「皆やめて! そうやってルークを追い詰めないで! ルークが自分自身に価値を求めていることを知っているでしょう!」
ティアが悲鳴のように声を上げる。泣き出しそうにみえて、ボクの胸も痛んだ。大切な人の死は痛いものだ。ボクだって、この身を持って学んでいる。
「安易な選択をさせないで……」
か細い声で、彼女が囁く。大佐はガイの手から解放されると、襟を正して頷いた。
「失礼。確かにティアの言う通りですね」
「……少し、考えさせてくれ」
ルークが重く呟く。眼を伏せる。彼は自身の命の使いどころを、考えるつもりがあるようだった。
*****
いよいよ預言会議を始めることになった。それに当たって少し早くボクは導師代理に任命される。旅が終わってからと思っていたが、預言会議と聞いて詠師会が準備していたらしい。儀礼等は略し、書類上だがあっという間になってしまった。実感がない。
教団の代表はボクになり、サポートとして詠師がついてくれることになった。誰がつくのかと思えば詠師テオドーロと……見たことのない男性だった。
大柄で、夜のような黒髪を綺麗に撫で付けて額を出している。年齢は四十代程でしっかり体を鍛えた美丈夫だ。黒い法衣を纏っていて、少し垂れた鋭い紅眼が眼を惹く。
「貴方が……詠師エレティクス?」
ボクが顔を知らない詠師はエレティクスだけだ。当たりをつけて尋ねると、男は品良く口角を上げる。
「お初に御目に掛かります。補佐役殿……いえ、導師代理」
片手を取り、恭しく礼を取られる。貴族か何かでも通じそうな様子で、やってることは軟派なのに見た目の与える印象が硬派だ。手を離され、人の良い笑みで応じられる。
「長く教会を空けてしまい申し訳ございません。導師イオンがお隠れになった際もすぐに戻ることが出来ず……私の不徳の致すところです」
「……構いません。ただ、先に伺います。貴方はボクの……私の導師代理就任に賛同してくれますか」
「勿論です。貴女を次代導師と認め、心より仕えさせて頂きます」
「……ありがとう」
詠師エレティクスは大人の笑みを崩さない。初対面の小娘にどうしてこんなに好意的なのか分からないが、反対されないならそれでいい。詠師テオドーロに促され、ボクは一つ頷くと二人を連れて会議室へ足を踏み入れた。
隣にシンクがいないのは少し心許ないが、これはボクが選んだ道だ。テセならどうしただろうか───それを考えて、物怖じせず進む。
会議は順調に進んだ。キムラスカ、マルクト、教団で三国同盟が結ばれ、プラネットストームの停止とエルドラントへの共同進軍、またレプリカの受け入れに関する協力が取り結ばれる。
難しくとも理解出来ない話はなく、複雑になるところは二人の詠師がフォローしてくれる。流石先代……先々代導師エベノスの時代から務める詠師だ。頼もしさが違う。陛下達の前で気後れする訳にもいかず、お陰で無事に乗り切れた。
そうして長い時間を掛け、三勢力は全ての要件を合意に達することが出来た。
*****
疲労を覚えながら会議室を出て、早々にルークに捕まる。会議の結果を聞く前に、ボクの意見を聞きたいと言われた。ボクの執務室に移動して話をする。
「ごめん、アリア。疲れてるところに……」
「いいよいいよ。それより何の話?」
「えっと……」
促すと、少し躊躇ってからルークは問いを口にする。正直に言えば、何を問われるかは分かっていた。それでも手順を踏むのは、彼にゆっくり話して欲しいからだろう。
「障気を消す話……アリアはどう思う?」
「……理に適ってると思う」
「そうだよな……」
答えれば、ルークの表情が一段と重くなる。死を宣告されれば、誰だって明るくはいられないだろう。言葉を付け加えた。
「別に、死んで欲しいわけじゃないよ。ルークのことは好きだし、仲間だと思ってる。生きてて欲しい。……ただ、障気の問題は早く何とかしなきゃいけない」
人々の不安は高まっている。バチカルで見聞きした通りだ。彼らの不安の大きな要因は障気で、誰だって大気汚染の環境下に置かれ続けるのはストレスだ。
「ごめんね。ボクが何とか出来たらよかったんだけど」
「はは。やめとけよ。シンクが怖い顔するぞ」
「うぐ……」
この場にはシンクも同席している。表情を盗み見たって仮面越しでは何も分からない。でもルークの指摘は間違っていない気がした。ボクの無茶はきっと許可されない。
「シンクは?」
ルークに問われると、彼は不愉快そうに鼻を鳴らす。
「ボクはアンタ達の仲間になった覚えはないし、仲良しごっこをするつもりもない。アンタやアッシュが死のうが生きようが、どっちでもいいよ」
「変わらないな、シンクは」
「……変わったよ」
ぼそりと溢された言葉が引っ掛かるけれど、問うより先に彼は再び口を開いた。
「とにかく。障気を消すならちゃんと消してよね。……死に損なんて笑えないからさ」
「……ああ」
それが何を指す言葉だったのかは、残念ながら分かってしまった。……テセだ。その死が無駄だったとは言わない。でも必要だったとも思わない。その複雑な感情がその場に共有される。
ルークは「ありがとう」と口にして部屋から出ていく。その背を見送りながら考えた。
(ボクに障気を消すことは出来ない。でも、封じることは出来る)
実行に移すための譜陣はあるのだ。問題は規模が地表全体だということ。譜術士で分担して、という方法では全体を覆えない。かと言って一人で行うには、どう考えても無理があった。
一つ、可能性はある。響律符を利用した限定解除───今のままでは力が及ばないが、今以上に力を引き出せるように調節してはどうか。ボクは街を一つ滅ぼせる程の化け物らしいし、意識集合体にも呼び掛けられる。一概に不可能とは言えないのではないか。
考えていれば、シンクから不機嫌そうな声が飛んで来た。
「ちょっと。まさか障気を何とかしようなんて考えてないよね」
「……可能性はある」
「馬鹿なの? 何度無謀を繰り返せば気が済むのさ。音素を取り込み過ぎればアンタの体に害になるんだよ」
それは初めて聞く話で、どういうことかと詳細を聞く。曰く、ボクの体は音素を常人の数百倍取り込めるらしい。それを術式で常人以下まで抑えている。そうしなければ、無尽蔵に音素を取り込む体は「化け物」へと近付いてしまうから。
「限定解除は一時的に術式を緩める方法だ。その瞬間アンタは膨大な音素を取り込める。……分からない? 繰り返せば、体が音素量に順応して今の術式じゃ抑え込めなくなるんだよ」
「そんなリスクのあることだったんだ……なんでお師様、言ってくれなかったんだろ」
「よっぽどのことをしなければ微々たる悪影響だからだよ。それこそ、オールドラント全体に譜陣を敷くような無茶でもしない限りはね」
「うっ……」
完全に見透かされていて言えることがない。図星の顔をすれば溜め息が吐かれ、シンクはボクの方へやって来る。触れられる距離に寄ると眉間を人差し指で突かれた。
「前回は運が良かっただけだ。『次』なんて賭けをボクは許さない。それとも、ボクと心中したいの?」
「……したくないです」
「なら大人しくしてるんだ。アンタの命がボクに直結してるってこと、忘れないでよね」
「うん……」
頷いて解放される。自分の選択がシンクを巻き込むことは分かってる。明確な危険を示されれば強硬な姿勢を取る訳にもいかない。ルークが死ぬくらいなら一度くらい……と考えなくもないが、その一度が命取りになるとシンクは考えている。なら、やっぱり無理は出来ない。
障気の問題にボクが出来ることはない。
(……ごめんね、ルーク)
もう一度心の中で謝罪する。ルークが命懸けで無茶をすると言うのに、ボクは命懸けで無茶が出来ない。障気の問題は解決したいが、自分とシンクの命を懸けてまでは考えられない。顔も知らない数多の民衆のために……自己犠牲なんて気持ちが悪い。
導師代理なんて名ばかりだと、自分で笑ってしまった。
*****
改めて陛下達と仲間が揃った状況で、ルークが「やります」と答えを出した。生き残る可能性は殆どない。
「我々は死ねと告げねばならぬのか……」
「恨んでくれてもいい。人でなしと思われても結構。だが俺達は、俺達の国民を守らなきゃならない」
「わしは……正直なところ今でも反対なのだ。しかし他に方法が見付からない。頼んでもいいだろうか……ルークよ」
国を治める者として言葉が掛けられる。無情と言うには情に溢れた言葉だった。それにルークが応じ、詠師テオドーロが「皮肉なものだ」と口を開く。
「レムの塔はかつてキュビ半島にあった鉱山都市の中心に立てられたもの。もしもルークが成功すれば、ユリアの預言は成就するのかもしれぬ……」
「!」
ND2018のルークの預言───アクゼリュス崩落を詠んだと思われた預言の話だ。ボクの立てた仮説が思わぬところで巡り巡って来て何とも言えない。本当にあの預言は終わってなかったということなのか……それとも、これが預言の強制力なのか。
「ヴァンは言っていたよな。ユリアの預言は歪みを物ともしないって……」
「……やめて!」
ガイの呟きにティアが耳を塞ぐ。預言から離れて生きようとしているのに、ルークは自身で選択をしたのに、それが全て預言によるものだと思いたくないのだろう。ボクだって人の意志を嗤うような結果は気に入らない。
「お前が障気を消してくれれば、我々の会議は全ての議題に結論を出したことになる。三国同盟締結、プラネットストームの停止、エルドラントへの共同進軍の三点は、全て合意に達した」
「そう。これで……会議は終了だ」
「しかし、それだからといって急ぐことはないぞ。やり残したことがあるなら、それをやるのもいい」
或いは、と国王陛下は続ける。
「お前が逃げたところで、我らはお前を捜したりはせぬ」
「……すまない」
沈鬱な表情をし、陛下達はルークの選択に胸を痛める。それは非情な決断を下した為政者と言うには、あまりに心のある言葉だった。