空音の新生


 ルーク達はすぐに戻って来た。ベルケンド、ロニール雪山、バチカル、ケセドニアとあちこち回って来たらしい。

 旅の預言士やフォミクリーによる突然死は把握済みのようで、アッシュとも直接話したという。彼はローレライの宝珠を探し回っていたそうだ。

「アッシュはローレライから鍵を……剣を受け取ってたんだ。でも俺が宝珠を受け取り損なったから、その尻拭いに動いてくれてたんだよ」

 しゅん、とルークが申し訳なさそうに話す。また「自分が出来損ないだから」みたいに考えていそうだが、安易な励ましも出来ない。

 話を聞けば、ローレライの解放には剣と宝珠どちらも必要なようだ。揃えることで鍵として機能するようで、ローレライはオールドラントの重力を離れ、音譜帯の七番目の層になりたいらしい。

 地核に留まれば星に悪影響を、ヴァンに封じられたままでは利用されるだけだと考えているようだ。因みに封じられた先はヴァンの体内らしい。

「アブソーブゲートでの戦いで深手を負っていましたからね。ローレライを取り込み、その第七音素で傷を癒したのかもしれません」

「でも意識集合体を人体に宿すのって結構無理があるんじゃなかったっけ?」

「本来はそうです。ですがヴァンはユリアの末裔だ。契約が血によって引き継がれるというのなら、或いは……」

 前例がない以上仮定するしかないが、ローレライがヴァンに封じられたと言っていたことは事実だ。その事実を前提に考えるしかない。

 六神将も宝珠を探しているようで、このままローレライが解放されなければプラネットストームは第七音素の不足を補おうと振動を増し、大地は液状化、障気は満ちて星は滅ぶ。

 障気の問題もルークの超振動で中和出来るんじゃないかという話が出たようだが、現実的ではないと一旦保留になっているようだ。

 つまり状況はあまり進んでいない。

「後はモースだけど……ディストに導師の力を注入されて化け物になっちゃった」

「えっ」

「第七音素の適性がなかったからですわ。全身の音素が変異してしまったそうです」

 余程衝撃的な光景だったのか、女性陣の表情は暗い。特に直属の上司だったティアとアニスは思う所がありそうだ。

 今に第七音素との間に拒否反応が起こり、正気を失うらしい。預言に踊らされた道化には似合いの末路だと思う。

 ディストと「エルドラントへ行く」という趣旨の話をしていたようだが、聞き覚えのない地名だ。古代イスパニア語で「栄光の大地」を指す言葉で、もしかすると復活したホドを指す名なのかもしれない。

「教団の方は何とかまとめたよ。皆について行くつもり」

「心強いよ。ただ、俺達もこれからどこへ行けばいいか迷ってて……」

 確かに障気の問題も宝珠の行方も目途が立たず、ヴァンや六神将、モースの居場所も分からない。それなら、とボクはシンクから聞いた話を共有する。

「ヴァンはレプリカでホドを復活させるつもりらしいよ。そこを拠点に動くだろうって」

「ホドを? 本当か」

「ヴァンがホドに固執してたのはアンタも知ってるでしょ。復讐を誓った同志だったんだから」

 ガイが驚いて問えばシンクが肩を竦めて答える。ホド復活と聞けばガイの眼の色が変わるが、ボクがしたいのはその話ではない。

「実は神託の盾から報告が上がってて。先に周辺諸島を作ってるみたいなんだ。第七音素が大量消費されてる報告もあるし、行ってみてもいいかも」

「もうレプリカで大陸が作られているのね」

「第七音素の大量消費、ということはフォミクリー施設があるかもしれません。確認しておいて損はないでしょう」

「モースが従えていたレプリカの兵士達も、そこで作られているのかもしれませんわね。これ以上被害者が増える前に止めるべきですわ」

 全会一致で、周辺諸島───旧フェレス島へ向かうことになる。

 詠師トリトハイムに後を任せ、アルビオールへ乗り込む。こうして皆と旅をするのは久しぶりで、ちょっと嬉しい。機内では皆と別れている間のこちらの動きに関心が寄せられた。

「まぁ! では今後はアリアが教団の最高指導者ということですのね」

「一応ね。未熟者だからお手柔らかにお願い」

 今後、キムラスカの王女であるナタリアとは近しい立場として顔を合わせることになるだろう。王族でも貴族でもないのに変な感じだ。

 ルークが感心したように口を開く。

「アリアの行動力はすげーな。レプリカだとか、被験者だとか全部関係なくて……イオンの遺志もしっかり継いでる。尊敬するよ」

「出来ることをやってるだけだよ。正直まだ実感なくて、わざと忙しくしてるのかも」

「無理するなよ。あんたが倒れたらイオンが悲しむ」

 死者が悲しむことはないけれど、ガイの気持ちが有難いから頷いた。

 ティアはまだシンクの立ち位置が不安なようだった。慎重に問われる。

「シンクはアリアの護衛、ということなのかしら」

「うん。他に適任はいないから」

 次代導師としては護衛なんて選り取り見取りだ。でもボクが一番信用しているのはシンクだから、他に頼むつもりもない。統括総長の仕事は副官でもある詠師カトレアに押し付けてしまったが、文句は言われなかった。

 やがてアルビオールが目的の地点へ着く。それは非現実的にも浮島で、巡回ルートを洗ってあった。降り立てば文化的な名残も再生されていて、作り掛けの巨大な街のようだ。ガイが「見覚えがある」と溢す。

「フェレス島だからね。ホド島の対岸にあった島」

 ホド消滅時の津波に呑み込まれた島で、アリエッタの故郷でもある筈だ。ここを初めに作ったのは彼女の願いを叶えるためだろうか。「導師イオン」を死なせて願いを叶えるも何もないように思うけれど。

 道中、街の惨状に皆が胸を痛める。作り掛けの街と表現したが、どういう訳か津波の被害の跡らしい。生き残った人も絶望的だっただろうと話をし、「綺麗な街だった」とガイが残念そうに呟いた。

 棲み着いた魔物を倒しながら奥へ進む。フォミクリー施設を探して巡ると、大きな建物の前に桃色の少女の姿があった。ロニール雪山で死んだ筈の六神将───テセを助けようとダアトに現れていたという、アリエッタだった。

 彼女はボク達の姿を見付けると眉を吊り上げる。

「ここはアリエッタの大切な場所! アニスなんかが来ていい場所じゃないんだから!」

 どういうことか、と問う仲間に「フェレス島はアリエッタの故郷なんだ」とボクが説明する。泣き出しそうな桃色の瞳がボクを向く。

「……アリア……」

 その眼にあるのは導師を失った深い哀しみで、同時にボクを心配する色だった。死んだのはテセで、「イオン」じゃない。ボクだって「アリア」じゃないから彼女の心配は適当じゃない。でも、テセを失って胸に穴が空いてしまったボクには適当で、皮肉のようだった。

 言葉は自然と溢れ落ちる。

「ごめん、アリエッタ。助けられなかった」

「アリアは悪くない! 悪いのはアニス!」

 彼女の視点はとてもクリアで、真実を隠されているからこそ分かりやすい。ルークが真実を口にし掛けて、それをアニスが遮る。ロニール雪山でも彼女はそうやって真実を隠した。アリエッタを、哀れんで。

「アリア……なんでアニスなんかといるの? もうやめよう? アリエッタ、アリアと戦いたくない……」

 必死に懇願されればどう応えていいか難しい。道が違っていてもテセを慕っていたように、何度敵対しても彼女は「アリア」を慕っている。でもボクは「アリア」じゃないから……どう答えるかは決まっていた。

「ボクはそっちには行けない。ここにいるのはテセが……導師が望んだことだから」

「……イオン様……」

 互いに違う人を想って眼を伏せる。馬鹿馬鹿しくて滑稽だ。笑う元気もないけれど。代わりに口を挟んだのはシンクだ。彼は傷心の少女を嘲笑う。

「イオンを殺されてもまだヴァンを信じてるワケ? お気楽な頭だね」

「……総長はアリエッタの街を復活させてくれるって約束してくれた!」

「そのヴァンがイオンを犠牲にしたんだ。現実を見なよ」

「うるさい! 裏切り者のシンクになんか言われたくない!」

 火に油を注ぐようにアリエッタの反応が大きくなる。シンクがそうして自分から言葉にするのは珍しい。彼女を挑発したい、というのとは少し違うように思う。彼女の境遇を哀れんでいるようにも聞こえる。

 アリエッタはぎゅうと不気味な人形を抱き締めた。

「イオン様もアリエッタのこと分かってくれた……ヴァン総長に協力してた」

 視線を下げてぽつりと呟く。

 被験者のイオンが自身のレプリカを作ったのは、預言にない未来を作るため。ヴァンの同志だったと言って差し支えない。今の複雑に絡まった状況を思うと、彼はどこまでの未来を期待していたのだろう。

「イオン様が変わっちゃったのは、アリアがいなくなってから……アリエッタの代わりにアニスが導師守護役になったから……! アリアが戻ってきても元通りにならないのはアニスのせい! アニスはイオン様を裏切った!」

「なに? ここで決闘するって言うの?」

 悲痛な叫びに応えるアニスは喧嘩腰だ。きっとわざとそう振る舞っているのだろう。アリエッタに恨まれるために。アリエッタはアニスを睨むと声を固くした。

「場所は改めて連絡する。……アリエッタはイオン様とヴァン総長のために戦ってた。だけどもうイオン様はいない。仇を取るためにもアリエッタは負けないから!」

 ライガに跨がり、彼女はそう叫ぶ。視線はちらりとボクを向いて、でも振り払うように逸らされた。ボクを説得することは出来ないと漸く理解したのだろうか。そのまま駆けて、いなくなってしまう。

「馬鹿みたい……あの子、騙されてるのに……」

 アニスが零す。可哀想な子だとは思う。でも、それだけとも思わない。アリエッタにはアリエッタの叶えたい願いがあって、そのために自分の意志で行動した筈だ。その全部がヴァンの掌の上でしかなかったとは思わない。でないと、彼女の意志まで嗤うようだから。

「アリエッタがいたことからも、ここはヴァンの使う施設の一つなのでしょう」

「そうですわね。第七音素の大量消費の件もあります。もう少し調べてみましょう。ねぇ、アニス?」

「……うん」

 頷いて歩みが再開される。ボクはシンクの隣に並んで尋ねた。

「どうしてあんなこと言ったの?」

「アンタとアリエッタのやり取りが滑稽だったからだよ。嗤ってやりたくもなる」

 そう言われればその通りで、でも少し思うところはある。シンクはヴァンを裏切って「烈風のシンク」とは違う道を選んだ。その彼だから見えるものもあるのではないか。それ故にアリエッタに言葉を掛けたなら……なんて、想像してみても仕方はない。浮かんだ考えを振り払った。

 大きな建物へ入れば、内部にコーラル城で見た装置と似たものがある。より規模が大きく稼働中で、フォミクリー装置のようだ。予想の通り、ここでレプリカを作っていたらしい。

「イエモンおじーちゃん達もここで作られたのかもしれないんだね」

 アニスがそう言って、ボクとシンクがいない間にルーク達はレプリカの集団と接触していた。中にはシェリダンで犠牲になった人間の姿や、ホド崩落で犠牲になった人間の姿があったらしい。ガイの姉のレプリカもあったそうだ。

 皆の表情は明るくなく、ボクにもその気持ちは少し理解出来る。と言っても胸を痛める方向では分からない。ボクはテセのレプリカを作られたら怒ってしまいそうだから。

「止めましょう。第七音素の減少が少しはマシになるかもしれません」

「ああ。これ以上レプリカを増やしちゃ駄目だと思う」

 ルークが同意し、大佐が操作盤を操作する。稼働を示す光が消え、装置が静かになる。そこへ割り込む声があった。淡々とした、聞き慣れない女性の声。

「やめろ。どうしてそんなことをする?」

 振り返れば建物の奥から人影が現れる。肩までの金髪の女性を先頭に、ぞろぞろと。一様に同じ服を纏っていて、その様が囚人や実験体のようだ。表情のない顔に、一瞬同じ人間が並んでいるのかと思う。

 それはルーク達から聞いていたレプリカの集団のようだった。

「我々の仲間が誕生するのをどうして拒む?」

「我々はやがて天の大地に新しい住処を与えられる」

「我々の邪魔をするな」

 口々にレプリカ体が唱える。そこにルークやシンクにあるような「個」は感じない。まるで一種の共同体のようだ。全員で一つの生命のように感じる。

 彼らは誕生の際に最低限の刷り込みをされて生まれてくる。そのためにこうなってしまうようで、かつてはテセやシンク、ボクもこうだったのだろう。そう思うと少なからず気分が悪い。

 同じことを感じたのか、隣でシンクが「気持ちが悪い」と吐き捨てた。

「貴女達はそれでいいんですか。望まれて誕生した訳じゃないんですよ」

 ルークの問い掛けは、彼自身が望まれて誕生したのではないと感じるからか。そう思って首を振る。彼らの場合はボクらが作られた理由より酷い。何かに利用するためではなく、ただ「人類」の穴埋めとして無作為に作られただけなのだから。

 金髪の女性───ガイの姉マリィのレプリカはルークの言葉を否定した。

「我々はモース様に求められて誕生した」

「……姉上。貴女がそう仰るならそうなのかもしれません。でも貴女がたが住むという天の大地が完成したら、被験者は殺される」

「我々を望まぬものが殺されようと、我々は知らぬ」

「馬鹿なこと言うな! 被験者がいなければ、俺達は……レプリカは生まれないんだぞ!」

「だからどうだと言うのだ。生まれた以上、被験者に遠慮することなどない」

 これに関しては、ボクはレプリカ達が正しいと思う。被験者だから偉いなんてボクも思わない。自身の生を妨げるなら、それが誰であれ敵だ。でもその反面で、その理屈だけでは争いになるということも分かっている。

 ボクの隣で堪えきれないようにシンクが嗤った。

「ハッ! 呆れるくらいの選民思想だね。モースに選ばれたからって、天上人にでもなったつもり?」

「事実だ。我々は天の大地に住む。新たな世界へ導かれるのだ」

 不意に、ティアが「彼らを見習うべき」とルークに対して口にする。自信のなさがルークの首を絞めていると。アッシュがルークに苛つくのも、ルークが皇帝陛下を苦手に思うのも、自信が欠けているからだ。

「傲慢なまでの生存本能……と言ってもいいわね」

「傲慢さならアンタは十分だね」

「生存本能の話だから」

 シンクに茶化される。

 自身の在り方が傲慢だと言われれば否定は出来ない。ボクはレプリカ達の言い分の方が正しいと思う人間性だから。ボクの自由が何者かによって脅かされるなら、きっとボクは大人しくしていない。

「我々を傲慢だと言うのか」

「ええ、そうよ。貴女達の言葉、いつか貴女達自身に跳ね返るかもしれないわ。その時も同じことが言えるのかしら」

 強硬な姿勢は反発を生む。自分達以外は知らないと切って捨ててしまえば、いつか自分達も切り捨てられる。争いになる、というのはそういうことだ。不本意でも歩み寄りが必要になる。

 レプリカマリィが何かを言おうとして───大きな地震が島を襲った。直後、外に出ていたらしいレプリカが建物の中へ飛び込んでくる。

「大変だ……! モース様が我々を残したまま、計画を……!」

 慌ててボクらは外へ出る。他のレプリカ達が見上げる方へ視線をやれば、遥か彼方の海洋を突き破るように何かが浮かび上がった。それは巨大な要塞を思わせる、空に浮かぶ大地。

 ぐ、とシンクが奥歯を噛む。

「エルドラント……ホドだ!」

「あれが……ホドだって!?」

「モース様……! 我らも新生ホドに迎えて下さる約束では……」

 シンクの言葉をレプリカの嘆きが肯定する。ヴァンの計画は順調に進んでいる。モースがあの場所にいると思うと目標がハッキリして有難い。目に見えるか否かは大きな違いだ。

 空に浮かぶ大地に、レプリカ達が動揺する。その内の一体が口を開いた。

「レムの塔へ向かおう。そこがモース様との約束の場所だ。必ず迎えに来て下さる」

 島の航行装置はフォミクリーと共に大佐が止めたが、海流に乗って陸に上がり歩いて向かうつもりのようだ。楽な道程ではないだろうが、そうしなければ彼らの希望もない。

 レプリカ達は建物の中へ戻って行く。それを複雑な心地で見届けて、ガイが口を開いた。

「……行っちまったぞ。どうする? あの人達をこのままにしておくのか?」

「教団はレプリカの受け入れを想定して準備してるけど……無理矢理アルビオールに乗せる訳にもって感じだよね」

「モースがあの人達を受け入れるとも思えないけど……」

 暗い表情でルークが呟き大佐も頷く。

「まぁ、私なら見捨てますね。レプリカ情報さえ残っていれば、わざわざ彼らを搬送しなくても無限にレプリカを作れる」

「では、彼らは行き場がなくなるのでは……!」

「そうですね。ですが、彼らがその事実に気付くのはまだ先のことでしょう」

「あの人達はモースを信じてるからな……」

 その上、自分達は選ばれたと思っている。替えの利く代替品だと気付いていない。使い捨てられないための「個」と力を身に付けていない。結果は火を見るより明らかだ。

 相談し、一旦アルビオールで新生ホドへ向かうことになる。上陸して本当にホドなのかを確認したいそうだ。

 アルビオールに乗り込み空へ上がれば、要塞のような空中都市が近付く。周囲をプラネットストームを利用した防御壁が覆っているようで、不用意には乗り込めない。

 プラネットストームがある限り上陸は出来ないということで、まずはプラネットストームを止める必要があるようだ。

「仕方ありません。グランコクマへ行きましょう。軍本部にホドの情報が保管されています」

 大佐の提案でアルビオールは水上の都グランコクマを目指す。事態は少しずつ進展を見せ、目標へ近付いていっているようだった。










*****










 障気に包まれたグランコクマを見ると、折角の美しい街並みが勿体無いと感じる。障気の問題も解決しなくてはならない。

 マルクト軍本部へ向かいながら新生ホドについて話す。爪のような対空装置が付いていた様子から製造されたのはかなり前なのではないか、という話だ。長く海の中で温めていたならご苦労なことだ。

 海中で防御装置を施し、セフィロトを利用して上空に押し上げた。それを可能にしたのが主にディストの知能と技術力だというのだから侮れない。

 セフィロトすらレプリカという話で、他の場所もセフィロトから作るのなら大変なことになる。近しいものを用意すれば疑似超振動が起きる───ルークとティアの間に起きたそれよりも、大地同士の干渉は悲惨なことになるだろう。人類の死が現実に近付いて来たということだ。

 軍本部へ着けばノルドハイム将軍に遭遇する。銀髪の初老男性で、新生ホドについて皇帝陛下に報告するところだったようだ。

「ゼーゼマン参謀総長が奥の会議室で情報を纏めておられる。貴公の智慧を貸して差し上げろ」

 指示に従い、大佐について会議室へ向かう。ゼーゼマン参謀総長は大佐の師だ。合流し話を聞く。

「あの島はプラネットストームを利用した防御壁に包まれていての。観測が不能なんじゃ」

 浮かぶ場所が外殻大地時代のホドと同じであるためホドだと推測はしているようだが、持っている情報はあまりボクらと変わらないようだ。超振動によるホド島消滅作戦の前に実験と称してホドのレプリカ情報を抜き取っていたそうで、それを持ち出されたと考えている。

「計画を動かしてるのはヴァンなのか、モースなのか……」

「根っこはヴァンさ。モースは都合のいい傀儡。表で利用してるだけだ」

 シンクの言葉は事実だろう。ボク自身も同じように考える。

 話していればマルクト兵が飛び込んで来て、ホド諸島の一部が消滅したと報告した。危惧していた大地の音素同士の干渉が早速起きたようだった。

 報告するため謁見の間へ移動する途中、空から声が降ってきた。それは拡声器を通したような響く声で、聞き苦しくもモースの声だった。




<聞け! 預言を忘れし愚かな人類よ。我が名は新生ローレライ教団の導師モースである。ひゃは、ひゃははははっ!>

<今や世界は魔界に飲まれ、障気に包まれ滅亡を迎えようとしている。それは何故か! キムラスカとマルクトの両国が、始祖ユリアの預言を蔑ろにしたためだ>

<両国は偽りのユリアの使徒に騙され、預言を無視するという暴挙に出た。そこで私は預言を守るため、新たな教団を設立した。それが新生ローレライ教団である>

<我々新生ローレライ教団は、中央大海にかつてのホド島───栄光の大地エルドラントを建造した。ここを中心に、今一度世界を預言通りに進めるのだ。ひゃははははっ!>

<そして我々は、預言を蔑ろにするキムラスカ・マルクト両国に対し、謝罪と降伏を要求する。これが……う、う、受け入れられぬ場合は、ひゃは……げふっ、武力行使も……やむを得ない……!>

<いずれ改めで新生ローレライ教団がら使者を送る。両国の誠意ある返答を期待する。ぞ、ぞじで両国民よ。そなたらの王が預言を否定しだ時には、反旗を翻すのだ! 正義わ、ユリアの預言ど共にある! ひゃはははははっ!>




 聞き取り辛い演説は終わる。何だか随分ご機嫌な様子になっていることを指摘すると、大佐は精神汚染だと答えた。

「第七音素の素養がないのに無理に体内へ取り込めば、拒絶反応が起きます。簡単に言うと、理性が失われつつあるんですよ」

「そこまでして、導師の力が欲しいのか……」

 ボクもシンクも、別に望んでないのに持たされているものだ。テセだって望んで手に入れたものではない。……被験者のイオンや、アリアもそうだっただろう。力は使うためにあるもので、力に振り回されてはあべこべだ。

「あの男が新生ローレライ教団などという馬鹿げたものを創ったのは、あの男自身の意志ですわ。預言への妄執も度が過ぎています」

「イオン様が再生しようとしていたローレライ教団が、あんな奴に潰されるなんて許せない!」

「陛下達に謁見しよう。ピオニー陛下もインゴベルト陛下も、モースに下るような人じゃない筈だ」

「ええ、そうです。善後策を詰めましょう」

 ボクらのすることは大きくは変わらない。問題はこの演説を聞いた民衆がどうするかだ。預言を求める声は今も止まず、預言を禁じた世界に不満の声は多い。新生ローレライ教団というまやかしに縋る人々も少なくはないだろう。世界中に混乱が起きる筈だ。

(ダアトも大変だろうけど……詠師達に何とかしてもらうしかないかな)

 ボクとシンクはまだダアトへ戻れないから。面倒を押し付けてしまったようだが、彼らにとっても他人事ではない。詠師の地位も伊達ではないし、ボクより上手くやってくれるだろう。

 一先ずルーク達と一緒に皇帝陛下に謁見する。大地同士の疑似超振動の話をし、レプリカ大地が作られるのを止めなくてはならないと話す。大地を作るフォミクリー装置は新生ホド───エルドラントにあると推測される。

「大地の情報を抜き取るには相当の時間が掛かります。今ならまだ食い止められる」

「貴公らに任せていいか? 我々には空を飛ぶ術がない」

「勿論、やれるだけのことを致しますわ」

 皇帝陛下の言葉にナタリアが頷く。地上の警戒はマルクト軍が行うようで、キムラスカも協力すると口にする。「それなら」とティアが口を開いた。

「預言会議について今提案してみたらどうかしら」

「預言会議?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げればルークが答えてくれる。

「今後預言をどう扱うかって話だよ。キムラスカとマルクト、ローレライ教団で足並みを揃えたいって思うんだ」

「なるほどね……うん。いいと思う。教団は席に着くよ。どうせ預言は廃止するつもりだったし」

「助かる! これで新生ローレライ教団に対抗出来るな」

「そうですわね。今こそ、その時かもしれませんわ」

「陛下達が話し合いの席を持って下されば、エルドラント攻略のための話も出来ますね」

 大佐の後押しもあり、皇帝陛下にも詳しく事情を話す。すぐに了承され、会議の場所はダアトになる。国王陛下は既に承知しているようで、教団もボクが頷けば実質問題ない。まだ導師でも代役でもないが、次代の導師としては認められているのだから。

 次は国王陛下に預言会議の実現を報告するターンだ。ボクらは準備を整え、グランコクマを発った。










*****










 光の王都バチカルもまた、障気のために淀んで見える。街中にはレプリカの姿も多く見え、フェレス島を離れたレプリカ達が各所の街へ出没しているようだった。

 街の様子を見て回ればトラブルが絶えない。レプリカを化け物と呼び、突き飛ばす人もいる。死んだ筈の知人が現れたり、自分と同じ顔の人間が現れれば、誰だって冷静ではいられないだろう。レプリカの存在はよくない形で認知され始めているようだ。

「マズいな……懸念してた差別が起きてる。しょうがないっちゃしょうがないんだけど」

「中にはレプリカが作られたせいで被験者が死んだと思う人もいるでしょう。……事実ではないと言えないのが、気が重いですね」

「……レプリカは生まれたばかりで生きる術を知らない。安全な街を目指すのは当然さ」

 ガイは少し怒った表情で、やるせなさを感じているようだ。皆の表情も概ね近い。

 この事態を予想して教団はいち早く備えていた。他の街よりはマシな状態だと思いたいが、衣食住の問題は出て来るだろう。問題がまた山積みされる気分だ。

「……れむ……れむのとう……」

 迫害されるレプリカ体は決まってそれを口にして去って行く。何かとガイに問われて、補佐役として知識を入れたボクが答えた。

「魔界に創世暦時代からある塔だよ。外殻大地計画が失敗した時に、別の星に向かうために作ったらしい。建設途中に放棄されて久しいけどね」

「ほ、他の星!? そんなこと出来るのか!?」

「当時としてもかなり無謀な計画だったと聞いているわ」

 魔界出身のティアが補足する。創世暦時代で難しかったレベルで、空もロクに飛べない現代では夢のまた夢だ。モースに作られたレプリカ達は初めの刷り込みでレムの塔を刻まれているようで、一様にそこを目指して外殻大地に上がろうとしているようだ。

 一先ず今出来ることはなく、王城への道を進む。王城前の広場には、民衆が詰め掛けていた。

「新生ローレライ教団に救いを求めろ!」

「預言を遵守しろ! このまま障気にまみれて死ぬのは御免だ!」

「ケセドニアに住んでた親父は今度の障気のせいで死んじまったんだぞ!」

「魔界なんて御免だよ! 元の外殻大地に戻しとくれよ!」

 大騒動だ。こちらもまた、予見していた事態が起きている。

「あーあ。これはまた……」

「醜いね。ご立派な預言の奴隷ってやつだ」

 ボクとシンクの感情は概ねリンクしている。以前の旅では預言を信じたい者は信じればいいと思っていた。でも今は、明確な反預言派だ。テセの件で私情が多く含まれている自覚はあるが、次代導師としても教団が変わるのに民衆がついて来てくれないと困る。

「静かになさい! 私はナタリア───ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアです! 私の愛するキムラスカの民よ、どうか落ち着いて。私の話を聞いて下さい」

 場を収めるべく、もしくは見ていられなくなってか、ナタリアが飛び出して行く。鉄砲玉のようだが、そうして民に寄り添う姿勢が愛されているのだろう。ボクには出来そうにない。

 民衆が静まり、ナタリアへ訴え掛ける。それにナタリアも真摯に応えた。障気をなくす方法を探していると、外殻大地は今ある大地を失うものだと。ルークも訴える。

「もう皆だって分かってるだろ。今更預言に頼ってどうするんだ! ユリアは外殻が魔界に落ちるなんて預言は詠まなかった」

「それは預言を守らなかったからだろ」

「預言って守るものなのか? 守らなければ外れるようなものが預言なんて、おかしいじゃないか!」

「ローレライ教団、導師補佐役のアリアです」

 叫ぶルークの隣にボクも踏み出す。民衆の眼がボクを向く。預言の問題はもう他人事じゃない。新生ローレライ教団に救いを求めようとする彼らに、ボクらだって姿勢を示す必要がある。胸に手を当て、堂々と立つ。

「教団は預言の詠み上げを中止しました。それは預言にない未来が訪れたから……その危機を人々の協力で乗り越えたから」

 一度息を吐き、言葉を選ぶ。民衆は不思議なことに静かに耳を傾けた。彼らの眼に今のボクはどう映っているのか。それらしく話すのは得意分野だ。

「皆さんの不安は分かります。でも、信じて欲しい。教団は預言を信じる人々を見捨てた訳じゃない。ただ預言だけでは生きていけない状況になったんです。……預言は絶対の未来じゃない。人の意志で選択可能な、未来の可能性の一つなんです」

「アリア様……」

「預言が……選択肢……?」

 ざわざわと小さな声が上がる。少なからず効果はあって、ナタリアが再び口を開く。

「お願いです。もう少し私達に時間を下さい。もしも───そう、もしも何の解決方法も見出だせなかった時は、新生ローレライ教団に助けを求めましょう」

 民衆は戸惑いと躊躇いを見せ、互いに視線を交わし合う。やがて迷いながらも彼らは頷いた。

「……ナタリア様。信じていますよ」

「障気さえ消えれば、俺達だって王様達の政治に口を挟んだりしないんだ」

「障気で何人も倒れてるんですよ。その上レプリカってんですか? 得体の知れない人間もどきがうようよして、俺達の住処を荒らしやがる」

「あたし達は、ただ普通に暮らしたいだけなんですよ」

 それが民の当たり前の感情だ。彼らからすれば預言から外れたのも知らない話だし、現状に対する責は何もない。責任を負うのは実際に行動したボクらと、それを決めた国だ。

「レプリカの受け入れは教団も動いています。すぐに全てを解決することは出来ませんが……お願いします。時間を下さい」

 テセならそうしただろうと考えて、ナタリアのように真摯に訴える。我ながら演技が下手じゃない。やがて、小さなざわめきを抜け、一人また一人と王城の前から離れた。

 ふぅと息を吐けばシンクに怒られる。

「急に名乗り出て。奴らの教団へのヘイトが高いのは見れば分かるだろ。何かあったらどうするつもりだったんだ」

「ごめんって」

 何かあっても死ぬようなことはないから問題視していなかったのだが、それを言うと火に油を注ぎそうで口を噤む。一先ず場が収まっただけ良しとした。

 ルークが傷付いたように呟く。

「人間もどき……か」

「ルーク。彼らは気が立っているだけよ。落ち着いて事態が分かれば……」

「いいんだ! ……いいんだ」

 ティアの言葉を遮って繰り返された声は、力なく聞こえた。










*****










 国王陛下と話せば、モースに従うつもりはないが撥ね付けても暴動が考えられると話される。レプリカの件も頭を悩ませており、死傷者が出るような事故にも繋がっているようだ。衣食住の問題もある。

 そうしてレプリカが疎まれる状況を聞く度、ルークの顔が曇る。ボクやシンクみたいに図太く生きればいいのに、真面目だと思う。同じ立場だから考えることはあっても、ボクらと彼らは「同じ」ではない。正しく距離を取る必要はある。

「陛下。私は早速マルクト大使に面会し、あちらとの連携を計ろうと思います」

 ゴールドバーグ将軍の進言に、国王陛下も頷き任せる。平和条約を結んだとはいえ、敵対していた国が協力するのは前進だ。国同士の関係も僅かだが良い方向へ進んで欲しい。

 ナタリアが預言会議の話をし、新生ローレライ教団への進軍提案も話題になる。放っておいても今ある大地がレプリカ大地に消されるだけだ。両国と教団が従うことはない。

「しかしエルドラントを攻撃するとなると、プラネットストームが邪魔します」

「そう。それも頭の痛い問題だ。レプリカ問題についても考えなければいかんしな」

 レプリカの増加は一時期よりマシらしい。というのも、レムの塔を目指して街を離れる個体が多いそうだ。図らずもモースの甘言が功を奏していた。

「一つの国が作れる程の数だ。言葉もロクに通じぬ者も多い……レプリカを捕らえて色々良からぬことに使おうとしている奴らもおってな……」

 作り物だが人体であり、利用方法は数多ある。人身売買は勿論、組織的な犯罪を助長してしまうだろう。残念ながら予想された範囲だ。ルークが顔を俯ける。

「……やっぱりレプリカには行き場がないのかな」

「それは今、何の法整備も出来ていないからですわ」

「感情的な問題もありますぞ。……レプリカは限りなく本物に近い偽物なのですから」

 アルバイン大臣の言葉もその通りだ。感情的な問題に対して、国が取れる方策などあるだろうか。レプリカの人権を保障し、権利と義務を与えるくらいしか思い浮かばない。

 キムラスカは統一見解を纏めるべく、側近を集めた会議を開く。話が纏まるまで、ボクらはファブレ公爵家で待つことになった。










*****










 ファブレ公爵家へ向かう前に、大切な話があるからと国王陛下の私室へ足が向けられた。ナタリアは会議に参加するからと別れており、それ以外のメンバーで向かう。

 以前平和条約の締結を訴えるために足を踏み入れたその部屋で、驚くべき話を聞く。曰く、黒獅子ラルゴがナタリアの実父だという話だ。

 いつの間にそんな話になったのかと思えば、ボクの居ぬ間にラルゴがロケットペンダントを落とすアクシデントがあったらしい。そこにメリルの名と生誕日が記されており、ラルゴには事実確認が済んでいる。国王陛下にも相談済みだったそうだ。

「マジ?」

「残念ながらね」

 一番事実を知ってそうなシンクに問えば、仮面の少年は簡単に肯定した。あまりにも似て……いや、猪突猛進な気性は似てるかもしれない。

「どうしたらいいのだ……もしも新生ローレライ教団と全面衝突ということになれば、あの子は実の父親と戦わねばならぬ」

「まだナタリアはこのことを知りません。このまま知らせないという方法もあります」

「本当のことを知るだけが幸せとは限らないもんね……」

 大佐の提案にアニスは同情的だ。アリエッタのことを考えているのだろう。国王陛下に意見を求められたルークは否を答えとした。

「俺は……自分がレプリカだって知った時、そんなこと知りたくなかったって……悲しかった。だけど……薄々自分が自分でないことにも気付いていたから、何も知らされないままだと、自暴自棄になってたかもしれない」

 「自分とは状況は違うが知っていた方がいいんじゃないか」───ルークの意見にボクも心の中で同意する。思い悩む時間は苦痛かもしれない。それでも、いつか知った時に手遅れになる方が嫌だから。

 ガイも「自分達が知っていて本人が知らない状況は歪んでいる」と提言する。ティアも真実を知った時の辛さを思うようで、伝えることに賛成のようだった。

 今暫く考えたいと、国王陛下は親の苦悩を口にした。










*****










 大佐はこの時間を利用してマルクトの総意を纏めるよう、皇帝陛下に進言しに旅立った。アルビオールを使えばそれ程かからない。

 屋敷の前でルークが頭痛を訴える。どうやらアッシュからのコンタクトのようで、会いに来るらしい。「屋敷で待ち合わせした」と言ったルークの表情は固い。本物を自分の居場所に招き入れる怖さと、それが本来あるべき景色なのだという思いがない交ぜに見えた。

 屋敷にお邪魔し、玄関口で待つとアッシュが現れる。血のような紅い髪が眼を引く。その視線は最初に、ボクの隣で暇そうにするシンクへ向く。

「……未だに出来損ないと絡んでやがるとはな。意外な結果だ」

「誤解しないでよ。僕が協力してるのはアリアだ。それともアリアを出来損ないって呼んだの? なら、一度分からせてやってもいいけど」

「願い下げだ。お前とやりあっても良いことなんか一つもねぇ」

「そう思うなら口には気を付けな」

 会うや否や喧嘩腰で、なんならルークよりも仲が悪そうだ。ある程度互いを知っているからなのかもしれないが。

 ファブレ公爵邸にアッシュの姿がある光景に、ガイが感慨深げに呟く。

「お前がここに足を踏み入れるとはな……」

「……二度とここに戻ることはないと思っていた」

 アッシュの方も感慨深そうだ。ヴァンに拐われて偽物を用意されてから、屋敷に戻らなかったのは本人の意志だと聞いている。ヴァンに唆されたのだとは思うが、自分の意志で離別した場所に戻るのは思うところもあるだろう。

 ローレライとの交信は出来ないそうで、ヴァンに封じられていると予測される。宝珠も見付かっておらず、セフィロトも軒並み確認したと言う。アッシュが受け取った剣と宝珠は反応し合う筈で、見付からないのは不可思議だ。

「宝珠が見付からなきゃ師匠達の思うつぼなんだよな」

「ちっ……八方塞がりか。障気のせいで街の奴らも新生ローレライ教団寄りだしな……」

「障気か……」

 ルークは何かを思い悩む顔をすると、少し黙ってからアッシュへ慎重に問い掛けた。

「アッシュ……超振動で障気を中和出来るって言ったらどうする?」

「……何を言っている? そんなことが出来る訳がないだろう」

「出来るんだよ! ローレライの剣があれば! 命と引き換えになるけど……」

「え」

「ルーク。それはどういうこと?」

「そんなの初めて聞いたよぅ」

 初めて聞く話に思わず声を上げれば、ティアもアニスも問い詰める。知らないのはボクだけではないらしい。超振動で消すのは現実的ではないとは聞いていたが、方法があったのか。

 少しの間沈黙して、アッシュが静かに問う。

「……それで? お前が死んでくれるのか?」

「お……俺は……」

「レプリカはいいな。簡単に死ぬって言えて」

 アッシュの鋭い言葉にルークが眼を瞠る。次いで拳を握り視線を下げる。絞り出すように答えた。

「……俺だって死にたくない」

「……ふん。当然だな。俺も……まだ死ぬのは御免だ」

 それ以上刺激するようなことは言わず、アッシュは背を向ける。立ち去ろうとする彼をルークが慌てて引き留める。

「後十分、いや五分付き合え!」

「は、放せっ!」

「付き合ってやれよ、アッシュ」

 宥めたのはガイだ。幼馴染みの言葉に分かりやすく躊躇って、アッシュは息を吐くように了承を返した。

「……アホらし」

 その光景を見てか、これから来る未来を想像してか。ボクの隣でシンクが小さく零した。










*****










 アッシュを両親に会わせる気である───そんなことは結果を見なくても簡単に分かった。そんなことまで付き合うのは野暮に思えて、ボクは別行動を申し出る。

 当然シンクもついて来て、いつかにそうしたように中庭のベンチに並んで座った。あの時は、隣にいたのはテセだったけれど。

「シンク、退屈そうだね」

「当たり前でしょ。アンタ達のお仲間ごっこに付き合ってられる程情はないよ」

 そりゃそうだと思う。シンクがここにいるのはルーク達に同情したからじゃない。ボクの目的について来ただけ。ボクがいる場所が、シンクのいる場所だから。

「……導師になる件、やっぱり考えは変わらないの?」

「変えて欲しい?」

「決まってる。教団の面倒を見るなんてメンドクサイ。アンタと二人旅の方がずっと楽だよ」

「それは同感」

 元々ボクは旅人で、自由が好きだ。楽な方へ楽な方へ流れるし、人々のためなんて考え方もない。大役を背負うより、端役の方が安心する。でも、

「変わらないよ。やっと自分の望みが見付かったんだ」

「望み?」

 問う声に頷く。以前の旅で変わっていく皆を見て思ったこと。自分の行動の理由を他人に求め続けて思ったこと。ボクは自分の望みを知らなかった。

「本当は旅の終わりに一個見付けてたんだけど……」

 伸ばされた手に、伸ばし返した。側に望むことを間違いだと思っても、ボクがどうしたいかは別だと思ってた。だからあの時、ボクは自分で側を望んだのだ。……テセの側を。

 掌を太陽に透かす。手を伸ばすように、手を見詰めるように、その先の光を見るように。もうこの手は届かない。導いてくれた手はない。

(でも、今も繋いでる手はある)

 ちらりと隣を見る。仮面の少年はボクの言葉の続きを待っていて、一瞬眼が合ったかもしれない。小さく笑って視線を戻す。

 代わりなんかじゃない。テセはテセで、シンクはシンク。テセに引かれたのが左手だったなら、シンクを引いたのは右手だ。それとこれとは絶対的に違う。話の続きを口にした。

「今のボクはテセの遺志を継ぎたい。シンクとの契約も忘れたくない。その両方を叶えられるのはダアトだけなんだ」

「……欲張りなんじゃないの」

「そうかもね。でも折角見付けた大事なことだから」

 出来るだけのことがしたい。無責任に、逃げて、自由を気取って。そんな自分にまだ戻らなくていい。ボクをこの世界に繋いでくれた手があるから。

「いっぱい助けてね。シンク」

「手間が掛かるよ、ホント」

 ボクの身勝手な願いに、代わりでない千歳緑の少年は疲れたように息を吐いた。



 「汝の意志することを行え」───捧げた祈りが、ボクの背中を押してくれる。
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