空音の新生


 目が覚めて、最初に思ったことは「死に損なった」ということだった。死ぬつもりはなかったし、寧ろこの世界を壊してやろうと思っていたのに、思ったのはその言葉だった。

 死んでもいいと、思っていたのかもしれない。

「………………」

 ベッドの上で体を起こす。体はまだ少し重いけど、思ったようには動いてくれる。記憶を遡れば響律符を砕いたことまでは思い出せて、直前の記憶が蘇る。テセが……

「……目が覚めたの?」

「! シンク……」

 耳慣れた声に顔を上げれば、シンクがボクの部屋にいた。殺風景な、最低限必要な物だけを揃えた部屋。寝室に彼がいる風景は珍しくて、ちょっと違和感だ。

 彼はベッドの脇までやって来て、嘴型の仮面からボクを見下ろす。

「体は? 変なところはない?」

「……ないと思う」

 答えながら決まりが悪い。何がどうなって今に繋がるのかは分からないが、ボクは確かに響律符を破壊した筈だ。その結果どんな迷惑を掛けたかなんて、考えるまでもない。

 シンクは息を吐く。

「ならいい。他に言うことは?」

「……ごめんなさい」

「何に対する謝罪? 響律符を壊したこと? 暴れ回ってお仲間共を傷付けたこと? それとも自棄になって化け物になろうとしたこと?」

「……全部」

 引っ括めれば、シンクは「ハッ」と鼻を鳴らした。本気で馬鹿にするように、もしくは哀れむようにその声は届く。

「謝れば全部済むとでも思ってる? アンタ言ったよね。僕の依頼を忘れてないって」

「……うん」

「それで選んだのが響律符を砕くこと? 自分がどうなろうが構わないってことでしょ。無責任が過ぎるんじゃない」

 鋭い声で責められれば言い返せることはない。あの瞬間、ボクはシンクのことを考えてなかった。激情のままに行動した。化け物になった後に戻れるかなんて考えてなかった。彼を……置いて行こうとした。

「……ごめん」

 頭を下げて謝罪を繰り返す。そんなことしかボクには出来ない。やってしまったことの取り返しはつかないから。愚かな選択しか取れないボクに、シンクは溜め息を吐いて。

「アリア」

 ベッドに腰掛けると指先がボクへ触れた。顎を掴んで顔を上げさせる。───仮面越しに眼が合ったと錯覚した。

「アンタは、僕とアンタだけが残る世界を望む?」

「え……」

「いいから答えろ」

 何がなんだか分からない。どういう意図で飛び出した問いなのか。分からないけど頭を回して考える。ボクとシンクしかいない世界。

「……ううん。その世界は凄く狭いと思う。そんな場所にシンクを閉じ込めたくない」

「それがアンタの答えか……」

「シンク?」

 意図を問うけれど、彼は首を左右に振っただけだった。代わりに違う答えをくれる。

「僕は今回のアンタの無茶を許さない。『手離さない』ならアンタがどうなってもいい訳じゃない。僕が従うのは正気のアンタだ」

「……肝に銘じます」

 シンクは化け物になったボクを「ボク」だと認めてない。ボクの意志がそこにないから。言いたいことはとてもよく分かる。

 頷き返せば指先が離れる。シンクは腰を浮かせて、思い出したようにそれを差し出した。「手を出せ」と言われて両手で受け取る。掌に転がり落ちたのは、半透明の涙型の結晶だった。

「これは……?」

「導師を構成していた第七音素からアンタが作り出したんだ。音素結晶の振動数を固定させたもの、っていうのが死霊使いの見解。アンタが持ってなよ」

 思いもよらない話に息を呑む。自分がそんなことをした事実に驚いた。テセから作られた結晶───彼を留めようと手を伸ばして、手に入れたもの。手の中に、彼の存在を感じるように錯覚する。

 ぎゅ、と両手で包めばシンクがぽつりと問う。

「……そんなにあいつが大事だったの?」

 視線を上げてシンクを見るけど、彼は視線を外すように顔を背けていた。仮面の有無に関わらず表情は読めない。少し考えて答える。

「……分からない。でも、嫌だったんだ。あんな風に……」

 死なせてしまうのが、という言葉を呑み込む。多分抱いた想いは地核でシンクを助けた時と変わらない。感情の方向性はあまりにも違ったけれど。

 頭を振って話を変える。

「皆は? ボク、どうやって戻ったの?」

「ルークレプリカ達ならまだ教会内にいる。全員無事だよ」

 それから術式をシンクが編み直してくれたという話を聞き、グランコクマでのことも聞く。無茶を見透かされていて、流石は自分の師だと思う。頭が上がらない。

 まずは目の前に立つ恩人に感謝した。

「ありがと、助けてくれて。シンクがいてくれてよかった」

「……自分のためだよ。アンタは僕の命綱なんだ。勝手に暴れられたら迷惑だ」

「うん。以後気を付けます」

 応えればシンクは背を向けて扉まで歩いて行く。今話すべきことは終わったと言うように。出て行く前に一言だけ掛けられた。

「さっさと起きて来なよ。僕は気が短いからね」

「……うん」

 パタン、と扉が閉じられる。残されて掌の結晶へ視線を落とした。テセから作り出された結晶……実感は湧かない。テセが死んだなんて夢でも見ていたみたいだ。

(人間の死に何かを思ったことなんかなかった)

 でもあの時、ボクは「死なないで」とテセに祈った。彼の生存を望んだ。それはシンクを地核から拾った時とも明確に違う。ボクは「テセの死」を嫌った。

(ボクにも……死を理解出来る相手がいたんだ)

 馬鹿みたいだ。あんなに近くにいたのに気付かなかった。今から死ぬって時になって初めて理解した。それなのに今は……胸が空っぽで何も分からない。感情が湧いてこない。テセが死んだのに涙も出なかった。

 折角死を理解した筈なのに、感情がどこかへお散歩しに行ってしまったようだった。

「……テセ」

 ぽつりと名を呼んで、そっと結晶の表面を撫でる。その行為に意味なんてなく、返事だってありはしない。ただ漠然と、その温度のない結晶が胸の穴を埋めてくれたらいいのにと願った。










*****










「ごめんなさい」

 顔を合わせてまず謝罪した。ボクの今回の行動はあまりに軽率だったから。皆を巻き込んで、死なせてしまうことに構わなかった。後悔はしてないけど、それは良くない選択だったとは思う。

「テセを助けたくて……響律符を壊した」

「アリア……」

「ごめん。助けられなかった」

「……貴女が謝ることじゃないわ」

 ルークはボクを気遣わしげに見て、ティアは寧ろ気まずそうに眼を伏せた。テセが死を選んだ一因が自分にあると責任を感じているのかもしれない。彼女の優しさは変わらない。

「貴女が無事であることが一番です。あのような無茶は二度となさらないで」

「そうですね。今回は何とかなったものの、下手をすれば我々も死んでいた。その辺りを加味して頂きたいものです」

「……反省してます」

「ま。本人が反省してるって言うなら、俺から言うことはないよ」

 ナタリアも真っ直ぐに心配を伝えてくれて、大佐はそれでもボクを見限らないでくれるようだった。ガイもいつも通り、懐の広い対応だ。

 ボクの視線は自然と残された仲間へ向く。

「………………」

 黒髪のツインテールを下げた少女が体を小さくする。視線を恐れるように目は伏せられ、合わない。強く握った拳は痛そうで、でもそれを思い遣る気はなかった。

 名を呼べば、びくりと小さな肩が揺れる。

「アニス。ボクは君を許さない」

「アリア……!」

 ルークが声を上げるが、ボクは退かずに言葉を続けた。アニスがどう思っているかなんて関係ない。ボクが今回のことを納得する日なんて来ない。

 例え預言を詠んだのがテセの意志でも、自ら選んで命を使ったのだとしても。死なせない方法は、確かにあった。

「皆は君を許したと思う。仕方がないって言ったと思う。でも、ボクはそう思わない。君は彼を……死なせたんだ」

「っ……!」

 音に出してしまえば、ボクの心臓もずきりと痛んだ。泣きそうにアニスの顔が歪む。可哀想だなんて思わない。責められるだけの裏切りを彼女はした。その対価は支払ってもらう。

 だって君はテセを選ばなかったけど、ボクはテセを選んでいたから。

「……でも、テセを死なせたのはボクも一緒」

 その一点において、ボクとアニスは変わらない。見ているだけで何も出来なかった。みすみす死なせた。仕方がなかったなんて思わない。ボクとアニスは、テセの死に対して同じだけの責任がある。

「だから……ボクはこれ以上君を責めない。テセは君を守ろうとしたから。これからどうするかは自分で考えて。何を選んでもその意志を尊重するよ」

「……アリア……」

「ボクが君に望むのは一つだよ。……今回の選択を後悔しないで」

「───っ」

 それはきっと、傷を抉る願いだったと思う。アニスが後悔していることは聞かなくても分かったから。

 涙で一杯の茶色い瞳は痛みを抱え、死を悼んでいる。でも同じくらい、両親を見捨てなかったことを後悔できない。どっちつかずの甘さに残酷な要求をする。

 十三歳の少女に叩きつけるには大人気ないと思う。でもボクだって、今年で十六になるばかりの子供だ。全然、大人なんかじゃない。

 息を吸って、そっと吐く。ルーク達へ向き直った。

「迷惑かけてごめん。助けてくれてありがとう」

「……モースを逃がしちまった」

「いいんだよ、そんなの。見付けてボクが殺すから」

「………………」

 皆は何も言わない。ボクが今どんな感情なのか探りあぐねていて、ボクだって分からない。でもやることは決まってる。それを先に、口頭で伝えておくことにした。

「ボク、暫くダアトに留まる。導師の不在をなんとかしなきゃだし、説明も必要だから」

「……分かった」

 ルークが頷き返してくれる。

 今のボクは導師補佐役だ。テセがいないからって簡単に投げ出せない。この場所は彼が守ろうとした場所で、何かを成そうとした場所だ。なら選ばれた補佐役として、出来る仕事をしないといけない。

 シンクを見れば、彼も異論はないようだ。それに心強さを覚えて、ボクはその先の指針も出す。

「体制を整えたら皆と合流したい。出来ればタイミングの良い時にダアトに寄って欲しいかも」

「……モースを殺すためか?」

 慎重な声音でガイに問われて、ボクは首を横に振る。確かにモースはこの手で消さないと落ち着かない。テセを道具として使い捨てたように、今後も同じようなことを許す訳にはいかない。大詠師職を追われたとはいえ、教団の問題だとも思うし。

 でも皆に協力したいのは、それが理由じゃなかった。

「ヴァンの計画を止めないと。未来を考えるのはそれからだよ」

「イオン様のご遺志を継ぐのね……」

「詠師会が納得してくれるかは分からないけど、そのつもり」

「出来ますわ。貴女は誰よりも……一番近くで導師を支えて来たのですもの」

 ナタリアが励ましてくれて、ボクは少しだけ笑む。彼女が言っているのは、きっとこのひと月だけのことではない。旅の間でも、ボクはテセといる時間が多かったから。その期待にも応えたい。

 大佐が眼鏡のブリッジを押し上げた。

「では、我々は一先ずベルケンドへ行きましょうか」

「イオンが最期に詠んだ預言か。ベルケンドに障気を消すための情報があるっていう……」

「そうですわね。預言に関する話し合いは、今は難しいでしょうし」

「折角、イオンが俺達に残してくれた言葉だもんな」

 ボクが寝ている間に障気は見事に復活したそうで、空気は澱んでいる。健康被害は馬鹿にならず、解決は必要だろう。テセが手掛かりを残したなら、ボクもそれを確認して欲しかった。

「……アニスはどうする? ダアトに残るか?」

 優しい声音でルークが問う。アニスは少し躊躇って、ボクの方をちらりと見た。ボクの回答は変わらない。

「やりたいことを選んで。ボクは君の意志を助ける」

「……どうして? なんで、アリアは優しいの?」

 急に詰め寄られて困惑する。優しくなんかない。傷を抉る酷い要求だってした。皆と違って許さないとも伝えた。大人気ない自覚だってある。でも、アニスの眼には違って映っているらしい。

「アリエッタは、私に決闘を申し込んだよ。……イオン様を殺したって」

「教会に来てたんだ?」

「ああ。俺達がリグレットに足止めされた時、助けてくれたんだ」

 話を聞いて、彼女らしいと思う。アリエッタが教団に入った経緯は調べてあった。

 ホド崩落に伴い故郷を失った彼女は、ライガの女王に拾われて生き延びた。その彼女を拾って来たのがヴァンで、言葉を教えて面倒を見たのが生前の導師イオンだったそうだ。自身の守護役にするべく手間をかけたようで、彼女にとっては恩人だっただろう。

 その導師と急に引き離され、師団長になり、アニスと争って。結果がこれでは、ボク以上に納得する筈がない。

「アニスは決闘を受けたの?」

「受けたよ。だって言えないもん。貴女の導師は二年も前に死んじゃったんだよ、なんて……」

 それで彼女は代わりに憎しみを受け止めることにした。別人を想うアリエッタのために───護るべき人を死なせたのだと責めを受けるために。

 アニスがボクを優しいと表現した理由が、少し分かった。彼女は自分の選択を仕方がなかったと言って欲しくて、それと同じだけ仕方がないと言って欲しくない。だからルーク達の優しさも届いていて、反面でボクを優しいと言う。ボクはアニスを許さないけど、憎んだりもしていないから。

 その理由をボクは優しさだとは思わないけど、そう映るならそれでも良かった。ボクはアニスの問いに答える。

「ボクがアニスを助けるのは……君がテセの、導師守護役だったからだよ」

「でも私……イオン様を……」

「それでも変わらないよ。テセは君を思い遣って、預言を詠むことを自分で選んだ。だからボクも君の選択を尊重する」

「………………」

 アニスはボクの言葉に暫く迷って、それから小さく頷いた。彼女が今何を思っているかなんて分からなくていい。ボクの気持ちだって分かってもらおうとは思わない。どう関わるかは決めてある。

 アニスも、気持ちは決まったようだった。

「皆と一緒に行く。もう少し考えたいの。私がこれからどうしたらいいのか」

「アニス。気をしっかりね」

 ナタリアが言葉を添えて、頷きが返った。皆は一先ずベルケンドで障気の解決法を探ることになり、預言の件はそれからだ。

 ボク達はヴァンの求めた「預言を詠めない世界」を回避した。だからといって、預言を全肯定している訳でもない。

 ヴァンの言葉を信じるなら第七譜石には滅びが詠まれていて、預言には強制力がある。詠まれずとも存在すると、だからローレライを消滅させなくてはならないのだと、ヴァンは言っていた。

 もしそれが事実なら……ボク達は手段を探さなければならない。滅びの未来に向かわないための道筋を、見付けなければならない。

(そのためには、まず預言を必要としない世界にしないと)

 ある日突然預言を消しても、人類が預言中毒のままでは意味がない。預言を頼らず、自身の意志で未来を選べるようにならないと、簡単に滅びそうだ。

 少し前まではどこか他人事だったけど、今のボクには他人事ではない。テセが成そうとしたことを、その道をボクが続けると決めたから。

 皆を送り出して、ボクはすぐに動き出した。

「シンク。詠師会を招集して」

「本気で導師になる気なの?」

「代理でいいよ。それくらいなら勝算もある」

 答えればシンクは呆れたように息を吐いて、すぐに従ってくれた。

 本来、導師補佐役に詠師会を呼び出すような権限はない。だからこれは彼が詠師としてボクの我儘を聞いてくれた形で、どちらにせよ導師の不在で詠師会は開く必要はあり、事前に通達はされていたようだ。

 ユリアシティに暮らす詠師テオドーロの到着を待って、詠師会の会合は開かれた。










*****










 詠師会に揃ったのはテオドーロ、トリトハイム、シンク、カトレアの四名だ。エレティクスとアッシュは行方が知れない。

 導師が死んだことは既に詠師には伝わっていて、集まった理由も今更問う必要もない。臨時で教団をまとめる存在が必要だった。

「補佐役の立場で、発言を失礼します」

 断りを入れて、ボクは自身の考えを述べる。大詠師もいない今、順当に行けば詠師職が導師の役割を代行することになるだろう。

 だが詠師テオドーロにはユリアシティにいてもらう必要があるし、シンクには統括総長の役割がある。詠師カトレアも参謀官及び第五師団長で自由な身とは言えない。経験と信頼から詠師トリトハイムに一時任せてはどうか、という話だ。

「分かりました。その大役、お引き受けしましょう」

 詠師トリトハイムは神妙に頷き、詠師会も合意した。問題は次代の導師の選出法で、今までは預言に詠まれた導師を据えて来た。だが今の教団は預言の詠み上げを中断しているし、記録の上でも次代は詠まれていない。血筋というものでもないし、どうしたものかと迷うところへボクが立候補する。

 教団にとってはたったひと月いただけの補佐役だ。でも導師が教団に見ていた未来を知っているし、切り札もある。

「私には導師の力があります。二年前までは大詠師の養女として教団に所属していましたし、始祖ユリアも異端だとは思われないでしょう」

「なんと……それは本当か」

 詠師トリトハイムは腰を浮かし、詠師カトレアもこちらへ反応を示す。預言から外れた世界を生きると決めても信仰の下にある人々だ。「導師の資格あり」と示せば目の色を変えると思っていた。

 詠師テオドーロは「有り得ぬ」と首を横に振る。

「資格を持つ者はユリアの預言に選ばれた正統な導師のみ。教団の記録には次代の導師は詠まれていなかった」

「必要ならば礼拝堂でユリアの預言を詠みましょう」

「その必要はない」

 間を置かずシンクが口を挟む。殆ど遮るような勢いで、ボクの提案を拒否する意図が伝わってくるようだった。また倒れられたら敵わないと思われているのかもしれない。

「補佐役は以前にユリアの預言を詠んでいる。それは僕が保証するよ」

「……知っていて秘していたと?」

「『正統な導師』がそうしたんだ。僕は詠師として導師サマのご意志に従っただけさ」

 詠師カトレアが静かに問い、シンクはテセを盾に答える。隠していたのは面倒事に巻き込まれたくないからであり、テセという導師がいるならボクの力など何の意味もなかったからだ。

 でも状況は変わった。テセの不在を埋めるなら、これ程利用価値のある切り札もない。ボクに導師の力があると聞いて、詠師達は揺らいでいる。あとひと押しだと、ボクは息を吸った。

「……ND2002の預言をご存知ですか?」

「……ちょっと」

「詠師シンクは黙っていて下さい」

 声を低くして割り込もうとする声を抑止する。他の三人の詠師は戸惑いながらも各々頷く。流石に教団の幹部ともなればユリアの預言を把握していないこともないだろう。秘預言さえも知る人々なのだから。その彼らへ、ボクは恐らくモースによって秘されていただろう事実を告げる。

「そのユリアの預言は私の……『アリア』の生誕預言だそうです。元大詠師モースはこの預言によって私を見付け、養女に迎えました」

 伝え聞いた経緯を伝え、そのままND2002の預言を諳じる。「星の記憶を綴る者」───その一つの解釈と共に。

「ヴァンは、預言に詠まれた導師でもないのに資格を持つ私を『ユリアの生まれ変わり』と考えていました。それが正しい考えかは分かりません。ですが……今ここにいることは、ユリアの導きではないでしょうか」

「始祖ユリアの……」

「……そのような話、俄には信じ難いですな」

「私自身も信じている訳ではありません。ただ……私という存在を、教団のために役立てたいのです」

 眼を伏せ、献身的に映るように訴えかける。私欲のために教団を利用するのだと思われるよりも、敬虔な信者を装う方がずっと効果的だろう。その訴えに効果があったかは分からないが、詠師会の沈黙を最初に破ったのは詠師カトレアだった。

「貴女を支持しよう」

「……よろしいのですか、詠師カトレア」

「導師の力を持つ始祖ユリアの生まれ変わり……これ以上に見合う指導者の候補がいると? それにこの者は導師イオンが自ら連れて戻った補佐役。先の『国境のない救援』の話は貴方がたも耳にしただろう」

「うぅむ……」

「……預言を詠まぬ以上、教団は変わらねばならぬ。新しい時代には新たな芽が必要、か」

 詠師テオドーロが呟き、視線を詠師トリトハイムと合わせる。少しばかり躊躇って、しかし揃って頷いた。詠師達の視線がボクへ向き、意向が伝えられる。即ち、それはボクを新たな導師に迎える結論であり───ボクの選択が後戻り出来ないところへ一歩踏み出した証明でもあった。










*****








「どういうつもりだ」

 詠師会の会合が終わってすぐ、ボクはシンクに執務室まで連行された。そこでソファに座らされ、苛立ちも露わに詰め寄られる。怒っている理由は不甲斐ないことに分かっていない。

「ええと……?」

「始祖ユリアの生まれ変わりの件だよ。そんな話までする必要あった?」

「した方が有効かなって……」

「信仰を舐めてる。これから始祖ユリアの生まれ変わりとして担ぎ上げられるっていうことが、どういうことか分かってない」

 噛み付くように言われれば、ボクも軽率なことをした気になってくる。確かに深く考えて行動したことではなかった。利用できるから利用する、それだけの判断だ。でも全く何も考えなかった訳でもない。

「どうせ導師の代役になるんだ。教団の立て直しもあるし、求心力はあった方が良い」

「そんなことのためにアンタは自分を差し出したって言うの? この教団にそこまでする価値があるのか」

 シンクの怒りは収まらず、どうしてそんなに怒っているのかが分からない。価値があるかと言われれば、ボクにとってはある。テセが残そうとした場所で、何かを成そうとしていた場所だから。

 それにきっと、ボク達に残してくれた場所でもある。テセがボクを側に望んでくれたのは……行き場のないレプリカに戻る場所をくれるためだったとも思うから。

「ある。君とボクの居場所だよ」

「……っ」

 真っ直ぐに見上げて返せば、シンクは歯を噛んで言葉を呑んだ。仮面越しで表情は見えないけれど、苦い顔をしていると思う。想像通りの苦さを表した声が絞り出される。

「僕とアンタだけなら教団じゃなくてもいい」

「分かってる。でも利用できるものは利用しないと」

「それはアンタの話? 教団の話?」

「どっちも」

 ボクが旗頭に利用できるならしてくれていい。代わりにボクは教団を自分の目的に利用させてもらう。

 力はあればある程いい。責任を伴うことだけが面倒臭いが、戦う力だけでは足りないことがあるとルーク達との旅で学んだ。使われるだけではいつ道具として消費されるか分からない。またヴァンやモースのような存在が現れないとも限らない。その時に、ボクは自分の無力を感じたくない。

 じっと見詰め返していると、シンクはやがて息を吐いた。仮面の上から頭を押さえて呻く。

「……そんなに導師が守ろうとした場所っていうのが大事なの?」

「……うん」

 突き詰めればそれ以上の理由はない。今ここを離れることは、テセがボクを側に望んでくれたことまで忘れるようで嫌だった。彼はいない、実感はなくとも頭で理解はしている。

 だから置いて行きたくない。あの時間にテセを置いて来てしまったと感じている。これ以上、得たものを失いたくない。

「……アンタってホント勝手だよね」

「ごめんね」

「ハッ……思ってもないクセに謝らないでくれる?」

 冷笑を含んで苛立ちも隠さない。流石にボクの勝手に愛想が尽きたかとも思うが、彼は体を離すとボクを自由にする。そして背を向けて扉へと向かった。部屋を出る前にぽつりと零されたのは、冷たい響きのある言葉ではなかった。

「……ひと月ここにいたんだ。付き合ってやるよ」

「……ありがと」

 礼を伝えれば、彼はそのまま部屋を出て行く。どうしてあんなに怒ったのかは分からないけど、最終的にはボクの選択を受け入れてくれた。シンクがボクに付き合ってくれるのはボクが彼の命を拾ったから。それだけでしかない。この調子ではいつか愛想を尽かされてしまいそうだと思いつつ、ポケットの中から固い感触を取り出した。

 掌に透明な光を反射する、涙型の結晶を転がした。テセを留めようとして、ボクが形作った何か。それを部屋の灯りに透かす。

(……春を告げる花だって言われた)

 以前の旅の終わりにテセにもらった言葉を思い出す。こうして結晶を眺めていれば皮肉のようだ。スノードロップの逸話には、死者にその花を供えると肉体が雪の雫に変わってしまったという話がある。

 まるで、テセを構成していた第七音素をこうして結晶へ変えてしまったように。これもひょっとして、預言に詠まれたボクの役割なのだろうか。

「ND2002、星の記憶を綴る者……」

 ヴァンの言葉の通り、ボクの被験者が始祖ユリアの再来かどうかはどうでもいい。預言だって信じてない。

 でもそこに意味が与えられて、強制力があることは認めている。もしボクがテセを留めたことに意味があるのなら、それはどんな意味だろう。

 ───答えはいつか、目の前に呈示される気がした。










*****










 次代導師として支持を得はしたが、実際に継ぐのはヴァンやモースの後始末をしてからの話になる。暫くは詠師トリトハイムに取りまとめをお願いする方向でまとめ、ボクとシンクは教団を離れるための準備を進めていた。

 皆が戻って来るのを待つ間、時間はゆっくりと過ぎる気がした。どれだけ忙しく過ごしても、時間はどうしてか早く過ぎて行ってはくれない。




 前回、ルーク達が残していってくれた情報を精査する。

 一つ目はレプリカ体の報告だ。曰くキムラスカ軍に扮したおかしな集団が、マルクト軍に自爆特攻をしたらしい。明らかに正常な人間の判断ではないし、ナタリアもキムラスカの軍ではないと言っていた。目撃証言なども合わせるとレプリカで軍隊を作った可能性が高く、戦争を起こしたがっていたモースの差し金だろうというのが結論だ。

 二つ目はヴァンの生存だ。確認された訳ではないが、可能性が高い。以前の旅の終わりに、ローレライからルークにメッセージが届いていたらしい。曰く「栄光を掴む者」がローレライを捕える……古代イスパニア語でヴァンデスデルカを意味する言葉だ。プラネットストームに呑み込まれたヴァンが地核へ至り、ローレライをどこかへ閉じ込め生き延びた。それが今考えられる可能性だった。

 三つ目はローレライの鍵について。ルークが受け取ったメッセージによれば、ローレライを解放するために必要らしい。ルークとアッシュそれぞれに鍵が送られたそうだが、ルークの方だけ紛失してしまっているという。その行方を探す必要もありそうだ。




 また、教団にも幾つか新たな報告が寄せられている。

 一つはアッシュの目撃情報で、各パッセージリングを巡っているらしい。ルーク達が彼に会ったのもシュレーの丘だったらしく、何か意味があるのだろう。リングを操作するでもないようで、現時点での目的は不明だ。

 他の報告は「預言を詠む旅の預言士」と「新生ローレライ教団の噂」、「原因不明の突然死」だった。どうやら各地で新生ローレライ教団を名乗る預言士が巡礼し、民衆に預言を詠んで回っているらしい。それと時期を同じくして、障気による健康被害とも思えない突然死が増えていた。

 シンク曰く、これはヴァンの計画の一部なのだそうだ。ヴァンについて離反した教団員が人々のフォミクリー情報を抜き取り、副作用で被験者が死んでしまっている。

 レプリカで人類を作るために以前から計画していたことであり、預言士という形を取ったのは教団が預言を詠まなくなったことを利用してのようだ。新生ローレライ教団も、馬鹿馬鹿しいことにモースを導師に据えたハリボテだろうと予想される。

 ヴァンの計画は着実に進んでいる。レプリカ大地の方もそれらしい報告が上がっていて、ホド崩落の際に消えた筈の島々が発見されている。シンクによれば、ヴァンは初めにホドを復活させるつもりらしい。そこを拠点として世界の創造をするそうで、周辺諸島の作成は手始めだ。

 つまりホドが作られれば、ヴァンも六神将も、ついでにモースもそこに現れる。一気に片付けて新生ローレライ教団を解体し、ヴァンが封じたローレライを解放すればいい。ボク達はそれまで障気の解決とローレライの鍵を探すことに注力すればいいようだった。




 シンクのお蔭でこちらは随分動きやすくて、混乱も少ない。教団はこれから増えるだろうレプリカの受け入れ体制を整えることにまで着手し始めた。

 ヴァンの予定では教団はここまで立て直されておらず、もっと後手に回る筈だった。ボクやテセ、シンクがひと月頑張った甲斐があったようだ。

「レプリカなんて死なせておけばいい。どうせ作り物の命なんだ」

 というのがシンクの意見だけど、教団としてはそうもいかない。放っておけば、預言のない世界への不安の捌け口として消費される。そうして差別が酷くなれば余波は思わぬところにまで現れるだろう。いつかボクやシンクがレプリカと知れた時のためにも、下地を作る必要はあった。

 テセは以前「レプリカという存在を知らせる活動をしたい」と話していたし、奇しくもこれからそういう活動をすることになりそうだ。

 そうして慌ただしく備える中、思わぬ客が訪れた。ボクの術式が乱れたことを察知した師が、わざわざ様子を見に来てくれたのだ。










*****








 あれだけ捜したのに捜していない時には現れるなんて理不尽だ。不満を訴えつつ、執務室で師に術式の調子を見てもらう。

 師は相変わらず清潔感の欠片もない様子で、ボロ布の厚着状態だ。ボサボサの黒髪を無造作に一つに纏めていて、不釣合いな帽子を深く被っている。その下に覗く紅い譜眼が、ボクのために冒した危険だと思うと少し落ち着かない。

「やっぱ新しい響律符が要るなァ」

 ボクの背から手を離し、師は分かっていた結論を告げた。術式を補助する響律符がないと機能が安定しないらしい。今は取り込む音素量が増えてしまっているようで、人体への悪影響が想定される。

 譜石に譜を刻むことはすぐにでも出来るそうだが、体内を循環する音素量が増えて順応してしまったため、術式上で音素の循環を助ける媒介が必要なのだそうだ。抑えるべき力が増えたから、抑える力そのものも増す必要があると考えれば大体合っている。

 同席していたシンクが問う。

「どういうものがあればいいの?」

「音素を宿せるモンだ。譜石よりも純粋な、それこそ音素結晶みたいなモンがありゃあ完璧なんだが……」

「なら丁度良いものがある」

 何かと思って首を傾げれば、ボクが作り出した涙型の結晶の話だった。大佐の話では音素結晶の振動を固定したような物と言っていたし、あながち間違っていない。音素を通わすことが出来るなら適当かもしれない。

 試しに師に渡してみれば、希望に適ったようだった。

「なんだか分からんが音素を流せば反応があるなァ。純度も高そうだ」

「でも、いいのかな。それ一応……」

 テセだった、とは部外者の師の前では言えない。導師の死は暫く伏せられることになっているからだ。シンクは意を汲んでくれて、「いいんじゃない?」と軽く返される。

「持ってるだけじゃ意味ないし、使えるなら使うべきだ。それにアンタも新しい響律符にそれが使われたら、簡単には壊さないでしょ」

「……ご尤も」

 反論の仕様もないし、完璧な抑止力だ。響律符に埋め込むだけで結晶を傷付ける訳でもないし、お願いすることにした。

 わざわざダアトまで来てくれたことに礼を述べれば、師はニヒルに笑う。

「別にオメーのためだけに来たんじゃねェよ。こっちも仕事だ」

「仕事って、ボクを置いて旅に出た理由?」

「そうだ。ちょいとばかし捜し物があってなァ。ずっとダアトは避けて来たんだが、もうここにしか無さそうだ」

 そう言われれば、師はボクとの旅でも一度もダアトを訪れなかった。ボクを拾ったのはダアトの筈で、それから二年避け続けて来たのなら何か理由があるのだろう。理由の一つはボクの安全だと今なら分かるが、一人旅でも避けたなら他にある筈だ。

 問えば、師は肩を竦める。

「ちょっと馴染みの顔があってな。会うとメンドクセーんだわ」

「え、お師様ダアトに知り合いいたの?」

「友達いたの? みてェに聞くな馬鹿弟子」

 ニュアンスが伝わって頭を小突かれるが、それくらいボクにはイメージがつかない。ボクは師の名前すら知らないのに、知り合いだなんて。

「まァそんなワケで、暫くはダアトにいる。しっかりやれよォ、補佐役殿」

「わっ」

 わしわしと乱暴に頭を撫でられ、大きな手が離れて行った。さっさと部屋から出て行ってしまい、用件が済んだからとシンクも退室する。

 結局色んなことが分からず仕舞いだ。師の正体も、捜し物の件も、どこで補佐役になったと聞いたのかも、譜眼やボクを助けてくれた理由も。元々秘密主義で慣れてしまっているから、聞くことをついつい忘れてしまう。

(別にお師様が誰でも変わらないし)

 誰の依頼で何をしていても気にならない。耳が早くてもお師様だしなぁという感じだし、昔話なんてする性質でもない。

 それにボクの方も変わった。一人旅に出た当初は師を捜すしかなかったけど、今はその必要も感じない。多分、仲間や居場所が出来たから。

 少しは親離れ出来たようだと実感しながら、執務へ戻った。










*****










 ダアトの状況を形だけでも落ち着かせ、響律符の問題も解決した。ルーク達が戻るのを待っているある日、シンクがボクの部屋を訪ねた。

 暫くはお互い忙しくて、あまりゆっくりした時間は取れていなかった。珍しい客人を部屋に迎え入れる。

「どうしたの?」

「別に」

 急ぎの用でもあるのかと思えばそうでもない様子で、彼はぶっきらぼうに部屋に入り込む。慣れたようにソファに座って、ボクはお茶を淹れる。

「ここ暫くバタバタしちゃってるよね。ごめんね、付き合わせて」

「いちいち細かいことを気にしないでくれる? メンドクサイ」

「はーい」

 可愛げはないが、そう言ってくれるのは優しさだと思う。本心から煩わしくは思ってそうだけど、だからこそ本当に些事だと思ってくれてるのが伝わる。

「そっちはどうなの?」

「落ち着いて来たところ。詠師トリトハイムが引き継いでくれるから、統括総長の仕事を片付けるよりは楽かも」

 向かいのソファに腰を下ろしながら答える。

 ボクがやってるのは補佐役の立場で分かる範囲を共有している程度だ。対してシンクは統括総長でありながらボクにくっついてダアトを空ける準備をしている。参謀官がいるとはいえ楽ではない筈だ。

 そう思って答えを返せばシンクの反応はない。じっと仮面の向こうから見られる。

「なに?」

「アンタ、泣かないんだね」

「え……」

 急に掛けられた言葉に戸惑う。それには責める響きはなく、ただ淡々と感想として語られた。肩を竦められる。

「別に泣いて欲しい訳じゃないよ。あいつを思って泣かれても不愉快だ。ただ……妙だと思ってね」

「妙って……」

「そんなとこから論じなきゃいけないの? 馬鹿なフリはやめてくれる」

「………………」

 鋭い声で制されて口を閉じる。言われなくても分かってる。衝動的に響律符を壊すくらい、ボクはテセの死に動揺した。起きてからだって平気じゃなくて、ただ感覚が麻痺してるだけだ。死んだという、実感がない。

「……よく分からなくて。哀しみも上がってこない」

 胸の前で拳を作る。そこに空いた穴を塞ぎたい。ぽっかりと空いた穴。でもどうやってそれに触れていいかも分からなくて、ただ空きっぱなしになっている。

 シンクは溜め息を吐くと、徐に仮面を外した。下から現れた素顔にボクは息を呑む。シンクの顔を見るのは初めてじゃないし、驚くようなことでもない。でも今は、失ったばかりの顔を思い出して───そうして重ねてしまう事実に、胸が痛む。

 穏やかに笑わない顔は、ボクを嗤う。

「導師と重ねた?」

「……シンク」

「いいよ。こっちもわざとやってるからね」

 そう言って立ち上がると回り込んで側へ寄る。追い詰めるみたいにソファに片膝を乗り上げて、距離を縮める。触れられる距離に、どうしても重ねてしまう顔がある。

 自然とボクも声を尖らす。

「どうして意地悪するの」

「アンタが素直じゃないから」

「どういう……」

 意味、と続けることは出来なかった。腕を引かれてシンクの胸に頭を預ける形になる。突然のことに思考が追い付かない。

「シンク……?」

「僕の顔を見て傷付いた顔するクセに。平気な顔なんて作らないでよ。見てて苛々する」

 頭の上から苦情が降って来るが訳が分からない。平気な顔を作った覚えもない。でも、傷付いた顔はしたと思う。彼の顔が思い出されるから。

「何の話……?」

「本気で分からないなら重症だよ」

 呆れられるが本気で分からない。ただそうして抱き留められていると安心があって、自然と体から力が抜ける。触れる体温が温かい。

(……生きてる)

 心音が聞こえて、胸の奥が痛い。ぽっかりと空く穴に感情が湧く。シンクが生きている実感───もうテセが、いないという実感。それが急に、湧いてきて。

「……ズルい」

 思い出させる顔を使ってくるのも、体温を分けるのも。普段はこんな距離にボクを入れたりなんかしない。重ねられるのを何より嫌がる。なのに今は、全部がわざとで。

 わざと……ボクのためにやってくれてる。こんなのズルいともう一度呟いた。

「好きに言いなよ。今のアンタが何言っても遠吠えか泣き言にしかならないから」

「うぅ……」

 その通りで、立場が弱い。慰められながら言う文句は力がない。どうして慰めてくれるのか分からないけど、よっぽど酷い顔でもしてたのだろうか。

(……まぁ、いいや)

 考えることを放棄する。目蓋を閉じて、温度に意識を委ねた。考えないようにしていたことが浮かんでくる。それは口にしても仕方がなくて、でも問わずにはいられない、そんな問い。

「……なんで、死んじゃったのかな」

「………………」

「テセが死ななきゃいけない理由なんてあったのかな……彼を死なせて……この世界が残るなんて」

 シンクは何も言わない。皮肉屋の彼には言葉の持ち合わせがないのかもしれないし、最初から返事をする気なんてないのかもしれない。ボクも答えなんて期待していなかった。どんな理屈も、テセの死の前では正しくない。納得なんて出来ない。

「レプリカは代替品……でも、ボクはテセのレプリカを作りたいとは思わない。代わりなんかいない。作ったって、別人なんだ」

「……そう」

 シンクは静かに相槌を打った。ボクの考えを肯定も否定もしない声。尊重してくれる。その優しさに、甘えてしまう。

「シンクは……死なないでね」

「……死なせたくないならアンタがしっかりすればいい」

「うん……ちゃんと覚えとく」

 ボクの側にテセはいない。その空白をシンクが埋めようとしてくれてる。代わりになんかならないのに……なりたくもないだろうに。その不器用な優しさが、寧ろボクの胸の穴を埋めてくれるようで。

 ボクは次に失ったら耐えられないかもしれない。もう一度取り零したらと、考えるだけでも苦しい。同じ思いはしたくない。テセの次に、目の前の少年までいなくなるようなことがあれば……ぞっとする。

(……失いたくない)

 ボクが死を理解出来る、二人目の人。その事実に今度は早い段階で気付けたから、繰り返さない。シンクを死なせる要因は、ボクが排除する。彼にとってボクが命綱であるように……ボクにとっては彼が命綱だ。

 テセのいない世界に、ボクを繋ぎ止めてくれた人。その価値を、改めて胸に刻んで。



 気付けば柔らかい雨音が、窓を静かに叩いていた。
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