空音の新生


 ヴァンとの決着をつけて、変わったことは沢山ある。

 戦争を繰り返していた二大国は平和条約を結んだし、外殻の崩落で生じた様々な問題にも対処が要る。一部の地形が変わってしまったり、採れる作物や育つ植物が変わったり、生息する魔物が変わったり。使えていた街道が使えなくなって整備が必要になったり、それはもう色々だ。

 街の中や人々の胸中だって以前のままという訳ではない。民は当然不安を、貴族は不満を抱える。どちらの国も戦争を望む声もあったし、外殻降下に懐疑的な声だってあっただろう。

 特にキムラスカに関しては王女の身の上も問題になっていたし、国を纏めるのが難しい状況だ。それでも人というのは環境に慣れなければいけなくて、ボクらもそのために邁進していた。

 ボクらがダアトへ来て、最初に起きたことは大詠師モースの拘留だ。導師の意に背き戦争を起こそうとしたことで、職を追われ査問会にかけられることになる。預言の遵守としては正しくとも、人道には反すると。

 次にヴァンを筆頭に去った神託の盾兵の除籍処理を行う。これは元々モースが進めていたからそれ程難しくはなかった。モースの言っていた通り、再編成の方がずっと難しい。

 それもその筈、主席総長含め六神将が皆空席になってしまったのだ。頭数も問題だが概ね組織として機能していない。

 ───そこでシンクの問題である。

「シンクは初めから僕の指示でヴァンの計画を探っていたことにしました」

 テセがそう報告した時にはびっくりしたものだ。それにより彼の謀反を問わないという形に持って行ったようで、しかし流石にそれだけで許されはしない。

 詠師会の要望が強く、主席総長や六神将が空けた穴を一人で埋めなければいけないことになった。勿論師団長は新しく抜擢されるが、モースも拘留した今その仕事量は馬鹿にならない。やったことを考えれば働きで不問としてくれるのだからまだマシではあるが……

「丁度良い。神託の盾は導師とダアトを護る盾でしょ? 使える駒が増えるのは悪くない」

 シンク本人はやる気のようで、その理由はすぐに知れた。根無し草だったボクが、導師の補佐役という形で教団に籍を置くことになったからだ。

 組織に身を置くことに抵抗のあるボクでも、それは断れなかった。というのもモースが既に養女として扱っていたそうで、大詠師派がボクをシンボルにする動きがあるらしい。

 当然個人的にも御免被りたく、継続して教団が二分されても迷惑だ。その状況を避けるための導師補佐役であり、ボクが導師の庇護下であると主張することが狙いだった。

 前例のない扱いに詠師会が割れなかったのかと言えば、大して割れなかった。詠師はテオドーロ・トリトハイム・ヴァン・アッシュ・エレティクス・カトレアの六名だ。

 勿論ヴァンは除籍したし、アッシュはあれ以来教団に戻っていない。詠師テオドーロと詠師トリトハイムは「大詠師派」が残ってこれ以上教団が二分されることを忌避し、詠師エレティクスは任務で戻らず欠席、詠師カトレアも中立派故に導師の決定に反対しない。

 そんな都合の良い形で、ボクは己の身を守る肩書を得たのだった。教団でテセやシンクが大変にしている時に、ダアトにいながら何もしないのは気が引けたので、ボクとしても不満はない。大詠師の不在を埋める程の働きは出来ないが、しっかり導師を支えることにした。

 ダアトが対処しなければならないのは内部の問題だけでもない。この半年間でモースもヴァンも、神託の盾を使って両国に多大な被害を出している。その辺りの賠償やら誠意の示し方やらも大変だ。

 おまけにユリアの預言から世界が外れた今、教団の在り方も問われている。このまま預言を詠む宗教団体のままでは存続できないだろう。ヴァンが遺した第七譜石の滅びの預言とやらも気になるし、まだまだやることは山積みのようだ。

 それでもひと月では時間が足りず、外交問題の処理と神託の盾の再編成や、諸々滞っていた導師の責務に時間は消費されてしまっていた。










*****










 ボクの朝は惰眠を貪りたい欲と戦うところから始まる。

 導師補佐役という前例のない役職に就いたボクは、導師や大詠師の執務室と同じフロアに部屋を貰った。広くて綺麗に整えられた上品な部屋で、物を放っておきがちなボクには勿体ない。

 この階層は一般の教団員も立ち入れないため、守護役がタイミングを見て清掃してくれる。補佐役の身の回りの世話もしてくれるなんて、随分なことだ。

 ベッドから抜け出し、身嗜みを整えて教団の制服に袖を通す。絡まりそうな巻き毛を慣れた手つきで結い上げて、寝室と続き部屋の執務室へ移動する。机の上の書類と暫く睨めっこをして優先順位を決めたら、導師の執務室へゴーだ。

「おはようございます、アリア!」

「はよ~」

 扉を開ければ、パァと表情を明るくしてテセに迎えられる。何気ない雑談をしつつ「ところで」と仕事の話を持ち出す。

「新しい師団の話だけど」

「何か問題がありましたか? 師団長も決まったと聞きましたが……」

「ううん。人選は詠師会も交えたし問題ない。ただ、役割の話があって」

 これまでの師団は布教と寄進の受け取り以外、軍隊色の強いことばかりしていた。だが二大国が平和条約を結び、預言の存在意義が問われる今、同じように在る訳にはいかない。

 外殻大地降下に合わせて、教団は「預言を絶対の未来としない」方針へ切り替えた。具体的には預言の詠み上げを禁止した。それは戦争を起こそうとした大詠師の件も踏まえ、各国も揃って民へ公表している。民の多くは未だ秘預言だったと考えて預言を信じているようだが、教団は姿勢を示さなければならない。

 つまり預言という神のお告げによって成り立っていた教団はこれからどうするのか、ということだ。

「ダアトは宗教自治区です。国家でない以上、二大国との関係はより繊細だ」

「そ。だから、何でも屋みたいなことしたらどうかなって」

「何でも屋……ですか?」

 きょとん、とテセが椅子に座ったまま首を傾げて、ボクは首肯する。

 宗教自治区である以上、ローレライ教を掲げることには変わりない。預言を破棄するとしても、信仰というのは簡単に変えてはいけないものだからだ。人心がついてくるようにしなければ、今の状態を維持すら出来ない。

「じゃあどうやって宗教色を失わずに周囲の信頼を得るかだけど……預言士を中心に、癒しの力で人心を掴めないかなって。第七音素は特殊な、いわば選ばれた人間しか扱えない力でしょ? 言い方を変えればローレライの力を借りてる訳で、傷を癒すなんて本来人の力じゃない」

「癒しの力はローレライから授かった力……ですか。確かに教団はその性質上、第七音譜術士を独占しています。神託の盾も少数精鋭を基本にしていますし、戦争がないからと遊ばせておくには勿体ない人材ですね」

「そういうこと。今は二大国共に色々大変だし、主要な都市はフォロー出来ても小さな村までは手が回ってないと思う。そういう所を師団で管区を割り振って、巡礼したら役に立てないかな」

 勿論、ダアトの守備も残す。

 何でも屋として旅をしてきた経験から、治癒士が如何に貴重で、人々が暮らしに助けを求めているかをボクは知っている。屋根のペンキ塗りだろうが、花壇の世話だろうが、迷子の犬捜しだろうが、何でもいい筈だ。苦しむ人々の心に寄り添って救うのが宗教の役目なのだから。

 シンボルとしてテセがいて機能すれば、それでいい。

「特に災害とか魔物の対策とかは、軍の力を借りないといけない場面が多い。そんな時に早馬を飛ばして国の派遣を待たなくても、一時的に対処できる力になれたらお互い良いと思う」

「ですが、軍事権を侵すことにはならないでしょうか」

 テセの心配も尤もだ。キムラスカはキムラスカの、マルクトはマルクトの権利を持つ。他国が気軽に侵害して良いものではない。

 だからこそボクは両国との新たな関係構築になるし、信頼を結べる手段だとも思っている。その問題に関して、ダアトにはアドバンテージがあるから。

「国境のない救援を目指そう。ボク達は国家じゃない」

「!」

 今までだって神託の盾の派遣に両国が目くじらを立てたことはない。セントビナーの封鎖さえ外交問題に発展する前に収められたのだ。預言という無言の圧力を失うとはいえ、助力のための派遣なら文句も付けられないだろう。その上で事前に許可を取り提携しておけば、軍事権を侵すことにはならない筈だ。

 予想していなかった角度からの提案に、テセの瞳に輝きが増す。

「国境のない救援……素敵な考え方です」

「実現は簡単じゃないけど……幸いボクらにはコネもあるしね」

「ふふ、そうですね。ピオニー陛下は導師である僕に、預言よりも和平を望まれた方です。きっと理解して下さると思います」

「キムラスカも、少なくともナタリアは分かってくれると思う。あの国は首都でさえ貧富の差が埋められてない。国の力が及んでない暗部を気にしてる筈だから」

 王女を説得するだけで簡単に話が進むとは思っていないが、コネの有無は重要だ。何よりナタリアの性格を知っているから、前向きに検討されると期待できる。土台から揺らぎかけている教団にとって、これ程頼もしい繋がりもない。

 テセが安心したように柔らかく微笑んだ。

「預言に頼った信仰よりも、人々の暮らしに根付いた救いの手を差し伸べる……アリアらしい発想ですね」

「伊達に旅の何でも屋してないからね。詰めの甘いところはテセや詠師会頼りだけど」

「それでいいんです。僕達も頭を悩ませていた課題でしたから、助かります」

 導師補佐役、と言ってもまだまだ扱いは部外者だ。団員である以上は聖職位も貰っているが、新参として最下位の唱師に過ぎない。導師や詠師に大きな声で意見が言える立場でもなかった。

 なんて思っていれば、その聖職位についてテセが触れる。

「実は、アリアの位を上げたいと詠師会に伝えるつもりなんです」

「えっ……いいよ、ローレライ教徒でもないし」

「いえ。導師の補佐役が唱師のままでは、今後色々と不便が生じると思います。この一ヶ月の働きを詠師会も知っていますし、今回の案も合わせて議題に上げれば理解は得られると思いますよ」

「えぇ……」

 テセの言わんとすることは分かる。詠師以上に届けられないボクの考えを、いつまでも導師の口を借りて意見するのも決まりが悪い。

 ただ権威というのは得ればそれだけ責任を伴う。折角関わっているのだし、教団に関するアレコレをいい加減にするつもりはないが……下手に力を持てば導師の右腕みたいになってしまいそうだ。そこまでボクは、この教団に対して責任を持てるだろうか。

「大丈夫。詠師会にはシンクもいるんです。悪いようにはなりませんよ」

「……まぁね」

 シンクはヴァンの後釜ということで、主席総長に代わる統括総長の座に就いた。同時に、聖職位は自然と詠師へ繰り上げられる。こればかりは神託の盾騎士団が修道会の側面を持つ以上、曖昧には出来なかった。

 本人は預言もローレライ教も嫌いなので不愉快そうだったが、ダアトへ戻って半月程で、正式に導師から位を授けられている。ただヴァンの前例があるため、他の詠師も内情を把握できるようにと、詠師カトレアが参謀官に就いた。

 参謀総長から呼び名が変わったのは、副官を置こうとしないシンクの実質的な副官として選ばれたためだ。どうして副官を置く気がないのかは「面倒だから」以上の理由を教えてはもらえなかった。

「各師団の様子はどうですか?」

「シンクから聞く限り、各師団長の掲げる指針が好評みたい。六神将と違って慕われてる感じがあるって」

「六神将も各師団の団員には慕われていたと思いますが……」

「総数が違うからね……」

 以前の師団の構成員は、第一から順に約六千名、同数、約二十名、約二千名、同数、約八千名、約五十名だった。これに大詠師子飼いの情報部と、導師守護役の約三十名、その他の預言士や雑用係が教団の構成員だ。

 師団によって役割が違うとはいえ、所属人数に大きな開きがあったのは事実。そこに人望が全く影響していなかったとは言えない。

 今は半数を失った上に信仰も揺らいでいるため以前程の規模にはなれないが、士官候補生等を繰り上げたりして三分の二までは回復した。各師団の人数比も、以前程顕著ではない。

「第六師団が手つかずで残っててくれたのが助かったね」

「第六師団はカンタビレ謡士の師団でしたから。彼女は実力主義と聞いていますし、大詠師派ともヴァンとも折が悪かったそうです。モースによって遠方へ追いやられていましたが、人望は厚かったようですね」

「元々は士官学校の実地訓練で教官をしてたんだよね。彼女に育てられた兵も多いってことだから、まぁ当然かも」

 第六師団長カンタビレ謡士───中佐に相当する彼女は、去年の内に飛ばされていた。神託の盾の再編に当たり呼び戻したが、歯に衣着せぬ物言いをする男気ある女性だった。

 ボクはあくまで導師の補佐役なので直接喋ってはいないが、派閥につかなかった頑固さと逞しさ、実力主義という点で嫌いじゃない。向こうがぽっと出の補佐役をどう思うかは知らない。

「やっぱり七つの師団で一番人気は第六師団だね。次が第一師団と第五師団」

「詠師エレティクスの師団と、詠師カトレアの師団ですね。二人は元々信を集めていました」

「詠師カトレアは詠師会で見たことあるから分かるけど……詠師エレティクスって全然教団に戻ってない人だよね? 神託の盾の再編でも戻って来ないまま第一師団長引き受けた変な人の印象なんだけど、なんでそんなに人望あるの?」

「僕も直接会ったことはないので伝え聞いた話ですが……人柄が好まれているようです。面倒見が良いとか」

「ふぅん……」

 ちょくちょく本部に戻ってはいたようだが、年単位で外の任務についているらしい。それで面倒見が良いというのも不思議な話だ。

 聞けば詠師テオドーロや詠師トリトハイムと共に、導師エベノスの時代からの在職らしい。かつては導師エベノスの右腕と目される程で、被験者の導師イオンもよく支えていたとか。二代に渡り導師からの信が厚ければ当然モースとは折が悪く、派閥も導師派と見なされていたそうだ。

 戻ったら顔を見てみたいと思いながら、午前中の仕事を終わらせてしまうことにした。










*****










 昼過ぎの休憩時間になると、シンクが訪ねて来た。

 詠師になったのでそれらしい制服には変わっているが、アッシュのようにわざわざ黒を着ているのは好みだろう。裾の長い法衣を羽織るような形で、少し導師のそれに近い。

 彼は入室すると早速嫌味を言ってくる。

「導師サマと補佐役サマにおかれましては、本日もお暇なようで」

「真面目に働いてました」

「ご苦労様です。シンクも休憩して下さい。働き詰めでは効率も落ちますよ」

「余計なお世話だ」

 不愉快気に鼻を鳴らしながらも応接スペースのソファに腰を下ろす。ボクも自然とシンクの分のお茶を淹れているし、休憩して行ってくれるだろう。

 こうして三人、もしくはアニスも交えて四人で休憩することはそれなりにある。こういう時は決まって、シンクがボクらに用がある時だ。今日は何があったのだろうか。

 テセは変わらず執務机に、ボクはシンクの向かいのソファに座れば、本題が切り出される。

「プラネットストームが急激に活性化してる件だけど、報告は確かみたいだよ。キムラスカ・マルクト両国から調査隊が派遣されてる」

 それは少し前にティアの所属する情報部から上がった報告だった。

 情報部は今は詠師トリトハイムの預かりとなっているのだが、ユリアシティに支部を置いて活動している。そこからプラネットストームの活性化と、アブソーブゲートに何者かが侵入した痕跡、突き立てたままのヴァンの剣が失われているという報告が上がっていた。詳しい報告を待っている段階だが、現状でも不安要素は幾つか考えられる。

 テセが表情を落とす。

「プラネットストームが活性化されれば、障気の問題が再び表面化するかもしれません。タルタロスも保たないでしょう」

「障気が戻って来るのは困るなぁ……ユリアシティのドームの再現もまだ出来ないし」

 創世暦時代の技術が分かればいいと、キムラスカの技師とも提携して調査しているのだが難航している。合わせてボクの作る保護膜を譜業で再現する研究も始めているが、まだまだだ。ひと月で飛躍的な進歩は望めない。

「アブソーブゲートの侵入者も気になる話だよね。わざわざヴァンの剣を持って行ったってところが特に」

「……六神将に生き残りがいるのでしょうか」

「さぁね。執念深い奴らだから、生きていても不思議はない」

 不安そうなテセにシンクが投げやりに答える。六神将はここにいるシンクとグランコクマの収容所にいるディスト以外、消息が知れない。ロニール雪山で捜索もさせたが遺体は上がっていない。

 アッシュに関しては各地で出没報告はあるものの、本人からの報告はなかった。アルビオール三号機を借りて移動しているらしい、ということしか分からない。

「何にせよ、情報部からの報告待ちかなぁ」

「活性化の原因が分かれば対策も見付かる筈です。一つずつ対処していきましょう」

 テセの言葉に頷く。それから少しばかり雑談していれば、アニスがやって来た。ひょこりと黒髪のツインテールが部屋を覗く。

「あれ? アリアとシンクも来てたんだ」

「お茶してた。アニスも休憩する?」

「した~い! でも今はお客さんだよぅ」

 扉が目一杯開けられ、訪問者の姿が明らかになる。

 最初に目を引いたのは目立つ赤髪で、二人並んでいる光景はひと月ぶりだ。そこにあったのは変わり映えのない、ルークとティアの姿だった。

「ルーク、ティア! お久しぶりです」

 テセが椅子から立ち上がって二人を迎える。中へ入るとアニスが扉を閉め、ルークは懐かしそうにテセに近付いた。

「良かった。元気そうだな」

「ええ。あの旅以来、ダアト式譜術を使う機会がないので体調が良いんです」

 「貴方はどうか」とテセが問えばルークの表情は曇る。あまり前向きにこのひと月を過ごせずにいたようだ。

「イオンは、もし被験者が生きていたらどうしてると思う?」

「アッシュのことが気になりますか?」

「……気にならない訳ないだろ」

 答えたルークの表情は塞いでいて、自身の屋敷を居場所に感じていないのかもしれない。国王と父親は自分を死なせるつもりでアクゼリュスへ送ったし、何よりルークはレプリカだ。被験者の居場所を借りているだけ、という意識が強いのだろう。

 テセの場合は被験者が死んでいるから気兼ねする相手がいない。ボクの場合も同じだし、モースの養女として時折扱われる以外は不便もなかった。

「そうですね。僕は……無論仮定の話になりますが、レプリカという存在を世界に知らせるための活動をしたいですね」

「イオンらしいな……」

「あの旅で、僕は誰かの代わりではありたくない……と気付いたんです。漸くですけどね」

 ふわり、と少し恥ずかしそうにテセが微笑む。ルークの視線が迷うようにボクとシンクにも向いて、応える。

「こっちに聞いても無意味かも。ボクらは被験者の代わりじゃないし」

「そっか……でも、アリアの被験者は教団にいたんだろ? 息苦しく感じたりはしないのか?」

「んー……確かにモースの養女って扱いを受けるのは面倒だけど、息苦しくはないかな」

「どうして?」

 問われて少し考える。答えはすぐに浮かんだけど、口にするには少し気恥ずかしいものだった。ちょっとだけ答えを濁してしまう。

「自分を自分だって認めてくれる誰かが、側にいてくれるからかな」

 勿論、テセとシンクのことだ。テセは被験者と関係なくボクを側に望んでくれたし、シンクも望んでボクの側にいてくれている。二人が本心でボクをどう思っているかは分からない。でもこのひと月は、彼らを信じるに十分な時間ではあった。それ程穏やかで、嘘を感じない時間だった。

「認めてくれる誰かが……」

「ルークもそういう環境にいられれば変わるかも。そんなに嫌ならダアトに亡命しちゃえばいいし」

「アリア!」

 ティアに眉を上げられるが、冗談のつもりはない。

 ルークはキムラスカの公爵家唯一の跡取り且つ、王位継承権を持つナタリア王女の婚約者だ。気軽に亡命していい立場ではないし、誘うのも問題だ。

 でもかつて旅を共にした仲間としてはそう思う。同じレプリカとしても。

「ボクはルークがやりたいことをやればいいと思うよ。……ううん。そう在って欲しいかな。レプリカだからって、自分を卑下して道具になんてならなくていい」

「……ありがとう、アリア」

 ルークは少し遠いものを見るように礼を口にして、ボクの言葉が届くのはまだ先のようだ。もう暫く迷える青年を続けるのだろう。

 ティアが頭が痛そうに息を吐く。

「相変わらずね、アリアは」

「元気そう?」

「突拍子もないって言ってるのよ」

 呆れてはいるが表情は緩められているし、再会を喜んではくれていそうだ。

 ティアとボクは手紙のやり取りもしていたし、それ程久しぶりという感じでもない。ティアの手紙は報告書のようだからちょっとアレだけど。

 本物の報告書を取り出して、彼女はテセへと向かう。

「導師イオン。プラネットストームの活性化に関する報告書を、お届けに上がりました」

 受け取って開くのを、ソファから立ち上がり後ろから覗きこむ。

 活性化の原因は第七音素の大量消費のようで、消費される原因はまだ不明だ。ただプラネットストームの活性化はヴァンの計画の一つだったし、ティアも同じ不安を抱えていた。即ちヴァン、もしくはヴァンの計画がまだ生きているのではないかと。

「シンクはどう思う?」

 彼はヴァンの計画を知っている。だからソファの方を振り向けば、仮面の下で沈黙していた。なんとなく、難しい顔をしているような気がする。

「……地核にはローレライがいた筈だ。第七音素の大量消費と関係があるかもしれない」

「ローレライに何かあったって言うのか?」

「憶測だよ。それと、どっかにレプリカ大地が増えてないか調べた方がいいかもね」

「第七音素を大量に使う目的はそれくらい、か……」

 もしくは、既にレプリカの人類を作り始めているか。「すぐに神託の盾を動かして調べさせる」とシンクは部屋を出て行ってしまった。

 その背を見送って、ティアは複雑そうだ。もしかしたらシンクを疑っているのかもしれない。六神将の生き残りの中で最も自由で動機がありそうなのはシンクだ。ボクは疑う気はないけれど、その根拠を理屈で述べるには難しそうだった。

「はうっ! イオン様、そろそろ詠師会の会合が始まりますよっ」

 思い出したようにアニスがそう言い、ボクも時間を確認する。シンクがさっさと部屋を出て行ったのも、会合の前に神託の盾を動かすためか。プラネットストーム活性化の報告書も上がったし、話すことは多そうだ。

 時間が無くなってしまったからと、テセが二人を見送りたいと言い出す。ボクも異論はなく、表までついていくことにした。

 そうして教会の外で、更に懐かしい人物と出会す。

「ガイ!?」

「ルーク!? なんだってお前がここに!?」

 驚いた様子のガイは旅をしていた頃と変わらない装束でそこにいた。ファブレ公爵に暇を出されてマルクトに移り、貴族院に出入りするようになった筈だが、あまり変わってはいなさそうだ。

 ダアトに来たということは、導師であるテセに用だろうか。ルークが問えばガイはボクの推測を肯定する。

「マルクト貴族院を代表して参りました。お耳に入れたいことがあるのですが、正式な手続きを踏んだ方がよろしいですか」

「時間もないことですし、この場で結構です。第一、そのために僕の友人である貴方が遣わされたのでしょう?」

「ご明察です。ご報告は二点あります」

 一つ目は、ディストがグランコクマの収容所から脱獄したということ。二つ目は、そのディストがモースを査問会へ護送する船を強襲したということ。モースの遺体は上がっておらず、連れ出されたと考えた方が良さそうだ。

「ディストがモースを助け出したってことかしら」

「そうなるな。とにかく、以上の経緯を踏まえ、くれぐれもご注意下さるようにとのことです」

「今更出て来たって教団に居場所なんてないのになぁ……余計なことされそう」

 モースが復権のために動くのか、預言のためにまた戦争を起こそうとするのかは分からない。どちらにせよ今の神託の盾はボクらが管理しているし、以前離反した残党と合流するのだろうか。

 残党狩りは済んでいないし、手駒があるというのは面倒臭い。アブソーブゲート活性化の件もあるし、タイミングがきな臭かった。

「なんだか嫌な感じだな。アッシュはアッシュでローレライのこととか調べてるみたいだし」

「アッシュか……そういえばあいつ、結局バチカルに戻ってないんだな」

「なんで知ってるんだ?」

「この間、グランコクマで奴に会ったんだよ。その時に六神将から目を離すなって忠告を受けたお蔭で、ディストの脱獄にいち早く気付いたって訳さ」

「あいつ、他に何か言ってなかったか?」

「そういや、セントビナーに行くって言ってたな。ローレライの解放がどうとかって……」

 ローレライと言われるとシンクも気にしていたし、無視できない。ヴァンの計画においてはレプリカ大地や人類の作成に利用し、消滅させられる予定にあった筈だ。解放ということは、地核から出す必要でもあるのだろうか。

 眉を寄せていればルークだけが何か合点がいったように声を上げる。

「あいつもローレライの声を聞いてたんだ! あいつには意味が分かったってのか!?」

「何? どうしたの、ルーク」

「俺、セントビナーへ行く! アッシュを追い駆ける!」

 ティアの疑問に答える余裕もないようで、急ぎの用事のようだ。ボクも仔細を聞きたいが、こちらも詠師会の会合前であまりのんびりは出来ない。

 ガイが皇帝からアッシュを捜すよう命じられているようで、ルークに同行すると言った。それに便乗するようにアニスが手を上げる。

「……あ、あのぅ、イオン様。私も一緒に行っていいですか?」

「一人で行くんですか? 珍しいですね」

 テセの言葉の通り、守護役の中でもアニスは唯一導師に付きっきりだ。単独行動を申し出たことはない。

 意外そうな顔はしたものの、テセは反対しなかった。

「勿論構いませんよ。僕もちょっと気になりますから。アッシュの言葉……」

「そうですね。ディストから目を離すな……ではなくて、六神将から目を離すな……彼は何か知っているのかもしれません」

 ティアの疑いに同調する。六神将の生存を怪しんだばかりだし、もしかしたら現実になるかもしれない。

 ひと月前にヴァンの計画を阻止した側だし、また動き出すというのなら他人事ではない。何か分かれば報告して欲しいとお願いして、ルーク達を送り出すことにした。

 教会に戻り、詠師会の会合に向かいながらテセに問われる。

「本当はついて行きたかったのではありませんか?」

「ううん。気にはなるけどここで待つよ。今は導師の補佐役だしね」

「………………」

「テセ?」

「……いえ。急ぎましょう」

 冗談交じりに答えれば、テセは少し迷う顔をしてから頭を振った。何か思うところがあったようだが、ボクには分からない。

 先の報告も合わせ詠師会で話すことは山盛りで、一先ずそこへ意識を切り替えることにした。










*****










 夜、自分の執務室にいれば戸が叩かれる。応えれば入り込んできたのはシンクで、変わらず仮面を着けたままソファへ腰を下ろした。ボクは音素でお茶を淹れ、向かいに座る。

「どうしたの、こんな時間に」

「昼間の件。どう思ってるかと思ってね」

 昼間の件と言われれば、ルーク達が訪ねて来た辺りの話だろう。ディストの脱獄と、連れ出された様子のモース、離反した神託の盾の残党に、プラネットストームの活性化。

 活性化の原因は第七音素の大量消費で、考えられるのはローレライに何かが起きたか、レプリカ大地や人類が作られているかだ。おまけにこのまま活性化し続ければいずれは障気が復活する。頭の中で並べてみても、問題が多すぎる。

 慌てることをやめ、ゆっくりとお茶を飲んだ。

「ダアトにいる以上、確定情報が上がってくるまでは様子見かなって。必要なことは詠師会で決まったし」

 補佐役なので口は挟めないが、同席は許されている。一先ず教団は、神託の盾を動かすことにした。

 師団長不在の第一師団にダアトの護りを、第二師団は引き続きロニール雪山で六神将の遺体を捜す。第三師団と第四師団は協力して離反した神託の盾の残党を捜しつつ、詠師アッシュの捜索も指示されている。

 第五師団はディストとモースの捜索及び両国との連携で、第六師団はレプリカ大地やレプリカ体の確認だ。特務師団は情報部と協力し、プラネットストームの活性化と障気の問題について調査を進める。

 これから暫くはそれぞれの報告待ちだ。

「ルーク達が都合良く情報を持ち帰ってくれれば早いんだけど」

「アンタはルークレプリカ達と出る気はないの?」

「ボク? テセもそんなようなこと聞いたけど、そのつもりはないよ」

「……導師が?」

 瞬きをして返事をすれば、シンクは訝しむ声を上げる。もしくは奇しくも同じことを聞いてしまったことが不快だったのかもしれない。息を吐いてお茶を飲むと、彼は「とにかく」と続けた。

「ついて行く気はないんだな」

「気にはなるけど、頼まれない限りはないよ。ボクのやることはダアトにあるし」

 テセに答えたのと同じ内容だ。どうしてそんなことが気になるのかと問えば、シンクはけろっと答える。

「アンタが行くところに僕も行くからだよ。ダアトを離れるなら早めに言ってくれなきゃ、色々と面倒だからね」

「えっ、統括総長の仕事とか、詠師の役割とか色々あるんじゃ……」

「そんなものダアトに留まるための口実だよ。忘れたの? アンタが行くって言うから僕はダアトに戻ったんだ。じゃなきゃ、誰が好き好んでこんな場所に居座るのさ」

 言われてみればその通りで、このひと月が平和すぎてちょっと忘れてしまっていたかもしれない。たったひと月なのに、ダアトにテセやシンクといることが当たり前になり過ぎている。

 そもそもボクとシンクは何でも屋と依頼主の関係で、依頼は破棄されていない。シンクは、ボクを理由にダアトにいるのだった。

「ボクがダアトを離れたら、また神託の盾が混乱しちゃうじゃん」

「させておけばいい……けど、その心配は要らないよ。いつでも出られるようにはしてある。そのために参謀官を優秀な奴にしたんだ」

「めっちゃ私利私欲に利用してるなぁ」

「役に立つなら利用してやるけど、足枷になるなら要らない。教団に心残りはないよ」

 何でもなさそうに言ってしまうところがシンクらしくて、でも心残りと聞くと思い浮かぶものがある。それに触れておくことにする。

「シンクこそ心変わりしなかった? ヴァンの計画が生きてるかもって聞いて」

「アンタはどう思う?」

「今の話を聞く限りはしてなさそう」

「───正解だよ」

 口の端をにやりと上げて、ボクの回答に満足そうだ。シンクがヴァンから離反したのは、ヴァンがボクをローレライの器にしようとしていたから。それさえなければ、預言を消すことには今でも乗り気だろう。

 それとも、もしかしたら考えが変わったのかもしれない。このひと月がボクにとって穏やかであったように、シンクにも意味があったなら……それは嬉しいように思う。

「ね。シンクにとってこの一ヶ月ってどうだった?」

「……なに? 急に」

「聞いておきたくて」

 それ以上に理由はなくて、軽い気持ちで答えを待つ。シンクは面倒臭そうに仮面の奥で溜め息を吐くと、ちゃんと答えてくれる。

「馬鹿みたいに忙しくて休まらなかったよ。仕事量が正気じゃない」

「あはは……」

「でも、まぁ……悪くなかったかもね」

 ぽつりと溢されたのは、シンクにしては珍しい感想だ。シンクは預言が嫌いだし、ローレライ教が嫌いだ。教団も嫌ってて、当然テセのことも好んでない。でも「悪くなかった」。その評価がボク一人の有無で下されたとは思わない。

 思わず表情が緩む。

「ボクも。初めは組織に入るって抵抗あったけど、すっかり慣れちゃった。テセやシンクがいる日常が普通になった」

「……アンタは本当にお気楽だよね。こっちはまだ夢でも見てるみたいなのにさ」

「夢?」

「何でもない」

 肩を竦めて誤魔化されるけど、聞こえた呟きはちゃんと届いてる。夢───シンクにとって、今は夢のような光景なのだろうか。

(……それもそっか。預言への憎しみだけで生きてた時と、何もかもが違うだろうし)

 全てが大きく変わったのはボクも一緒。誰かに側を望まれて、誰かを拾ってしまうことなんて考えていなかった。無責任に旅人をしていた頃と、あまりに違う。

(夢、か)

 ソファの背もたれに背を預け、僅かばかり視線を上げる。空の代わりに見える天井を見上げながらぼんやりと思う。

 夢なら醒めないで欲しい───ボクは、今が気に入っている。

 朝起きて、制服に袖を通して、自分の仕事を確認し、テセと話す。ボクの仕事はテセを助けることで、ボクの頑張りがテセの力になるなら嬉しい。再編中の今の教団で心からテセに味方してくれる人が何人いるか分からないから。ボクは少なくとも味方でいたい。

 午後になれば休憩になってシンクも来る。仕事の話も雑談もして、彼の仕事はテセやボクを助けること。依頼で繋がった関係は疑うこともない。教団を良くするための共同体として、ボクらはとてもバランスが取れていた。

 詠師会や師団長、ユリアシティや両国との関係など、気の抜けないこともある。でもそれも遣り甲斐と呼べなくはなかった。忙しい日々は、自由でない代わりに居場所がある。

「何考えてるの?」

「ここに来て良かったなって」

 実感を得ていればシンクに問われる。「は?」と彼は怪訝そうな声を上げ、ボクは視線を戻すと苦笑した。感慨深く思うにはひと月はまだ短いかもしれない。

「何でもないよ。久し振りにルーク達の顔を見たから、時間の流れを意識しちゃっただけ」

「年寄りみたいなこと言うね。そのままボケないでよ。面倒見れないから」

「気を付けますぅ」

 いつものように軽口を叩いて、シンクはお茶を飲み終える。腰を浮かすと部屋を出る前に立ち止まり、肩越しに視線をこちらへ向ける。

 少し鋭い声が掛けられた。

「僕の依頼、忘れないでよ」

「勿論。君の命と時間は預かってる。手離さない」

 答えれば「それでいい」と口元に笑みを浮かべて歩き去る。彼の望みは変わらない。ボクなんかの何がいいのか分からないけど、望まれるのは側にいること。もしくは、側にいることを許すこと。

 改めて胸に刻みながら、ボクももうシンクを手離せないと───テセに手離されたくないと感じていることに、気付き始めていた。










*****










 数日後、再びルーク達が訪ねて来る。ティアが倒れたとアニスが慌てて呼びに来て、教会の入口でルーク達と再会した。見れば大佐とナタリアも増えていて揃い踏みだ。懐かしいが、話をしている場合でもない。

 ティアの顔からは血の気が失せ、眩暈が酷いのかまともに立つことも出来ないようだ。ルークが支えている。

「あれ? アニスは?」

「ん? イオン達を呼びに行くって、それっきりだぞ?」

「あれ、先にルークの所へ戻ると言っていましたが……」

 テセの言葉の通りだ。こんな時にどこへ寄り道しているのだろう。放っておいてもすぐに戻るだろうということで、先にテセの私室へ移動する。ティアを横にし、テセと二人でティアの様子を見る。

「おかしいですね。新たに障気を吸わない限りは、ここまで消耗するとは思えません」

「プラネットストームには障気が混在している恐れもありますが、その程度なら音譜帯を抜けた後大気圏外に離脱してしまいます。影響はないと思うのですが……」

 テセと大佐の会話を聞きながらティアの体内音素を探る。体内に蓄積している障気というのは、厳密には第七音素だ。医者でないボクでもよくないモノが混ざっていることは分かる。

「……やっぱり前より悪化してる」

「まさかプラネットストームの活性化で、また障気が発生してるとか……」

「やはりティアの体に蓄積した、障気の除去を考えた方がいいのではなくて?」

 ナタリアが心配そうに眉を下げるが、当のティアが彼女を宥めた。

「それは無理だって、ベルケンドで言われたじゃない。それよりナタリア、預言についての会議を導師に提案するんじゃなかったの」

「それはそうですけれど……」

 何か大事な話があって訪ねて来たらしい。しかしナタリアはティアの様子が気になるようで、歯切れが悪い。と、テセが思わぬことを口にする。

「……あの実は、僕ティアの障気を無くす方法に心当たりがあるんです」

 これには皆だけでなく、ボクも驚いた。そんな方法があるとは思っていなかったし、テセが考えていたことも知らない。どういうことかと彼の顔を見れば、少なからず緊張が窺えて、それが少し引っ掛かった。

「ただ、それを行うには、僕の……」

 言葉にする最中、慌ただしく扉が開け放たれてアニスが飛び込んできた。騒がしいことこの上ない。

「イオン様! 大変です!」

「アニス。どこへ行っていたんです」

「それが、外が大変なんです!」

「外がどうしたんだ?」

「障気がばーんと出てきてマジヤバですよぅ! イオン様! 来て下さい!」

 ルークの問いにさっくりと答えれば、アニスはテセの手を引いて駆け出していった。……何か、引っ掛かる。その直感を信じて、閉まりかけた扉にボクも体を滑り込ませた。譜陣で階下に戻ろうとするテセとアニスに追い付く。

「アリア……!」

 光に包まれる直前に見たアニスの表情は、驚きと苦さで歪んで見えた。やっぱり変だと思いながら、階下へ転送される。

 そうして光が引いた時には、神託の盾の兵に囲まれていた。その中に死んだ筈のリグレットの姿を見付けて、大体のことを把握する。ボクらを囲む神託の盾は、離反した者達だ。

「ほう。鼠が紛れ込んだようだな」

「……どういうこと、アニス」

「……アリアが悪いんだよ。追い付いたりするから」

 その言葉だけで十分だった。彼女は味方ではない。今この時だけは、少なくとも。

 六人はいる神託の盾の兵に、リグレット、それからアニスを相手に、テセを庇って戦うことは出来ない。尤も彼らの目的はテセなのだろうし、庇わなくても大丈夫なのかもしれない。

 その思考を覆す声が届いた。

「何を手間取っているかと思えば、お前か」

 声の方を見ればモースがいる。服装は大詠師であった時と変わらず、それがこの男の在り方なのだろう。下卑た笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「丁度いい。お前も来なさい」

「従うと思う?」

「ふん。よく考えろ、小娘。私はどちらでもいいんだぞ? 導師イオンでも、お前でも」

 言葉の直後、リグレットの銃口がテセを向く。そういうことかと合点がいった。彼らに必要なのは導師の力なのだ。抵抗すればテセを殺す、という脅し。

 裏を返せば、抵抗しなければテセを生かすということだ。こんなにボクに効果のある脅しも、そうはないだろう。

「……オーケイ。従うよ」

「アリア……」

 テセが辛そうにボクの名前を呼ぶ。これはテセのせいではなく、罠にハマっただけだ。モースやアニス、六神将の方が先手を打っただけ。どうにもしようがなかった。

 リグレットが寄り、首に装置をつけられる。懐かしい、以前ヴァンにつけられた音素を拡散させる装置だ。囚人用の首枷は簡単にボクを無力化する。

「では、参りましょう」

 モースが嗤い、アニスは視線を落とす。テセとボクは、事情も分からずにただ彼らに従う他なかった。
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