外殻と崩落


 夜が明け、ボクらはアブソーブゲートへ向かうことになる。決戦と思うと身が引き締まるような、感慨深いような心地だ。ヴァン謡将は確実にそこで待っているし、止められなければ世界は滅ぶ。

 ボクはテセとダアトへ行くと約束したし、ローレライの器として消費されるのも御免だ。地核で拾った命をみすみすくれてやる気もない。だからそんな身勝手な想いで戦いへ挑むことにした。

 ルークが師を乗り越えようと、ティアが兄と決別しようと、ガイが幼馴染と道を違えようとしているのに。大佐達のような倫理観や道徳心でもなく、ただ自分の都合で対立する。それがとても「ボクらしい」と思った。

「僕もご一緒したいところですが、きっと迷惑が掛かると思います。ですから、僕はここで皆さんの帰りをお待ちしています」

 そう言ってテセはケテルブルクに残ることを選んだ。もう彼の身を脅かす六神将はいないし、一人にしても問題はない筈だ。

 出発の前に、彼はボクとシンクに声を掛ける。

「アリア。必ず無事に戻って下さい」

「うん」

 ダアトへ行く約束のためにも頷く。彼の眼には心配があって、でもそれよりも信じようという意志を感じる。テセの信頼は何よりボクに効く。

 その千歳緑の瞳は、自身とよく似た存在へと向いた。

「……シンク。貴方は貴方です。代わりなんていない。だから……ただ貴方のために、アリアを護ってください」

「お前に願われるまでもない。ヴァンにくれてやる気はさらさらないよ」

「貴方の命もです。きっと、無事に戻ることを待っています」

「……ふん」

 シンクは不愉快そうに鼻を鳴らして、でも彼の考えを嗤うことはしなかった。「導師」であるテセを受け入れることなんて、きっと出来ないと思う。

 でも人は変わる。ボクの言葉が届いて、地核で手が伸ばし返されたように。少しずつ、テセの言葉も届くようになればいいと思う。

「では、いよいよですね。ルーク、準備はいいですか?」

 大佐が問い、ルークが頷く。同じように皆にも問い、肯定が返る。

「ばっちり🖤 イオン様の代わりに総長の計画を食い止めちゃうモンね」

「……そうね。例え命を奪うことになっても」

「ティア。それで本当によろしいんですの?」

「……ええ」

「ティアがそこまで決心したなら、俺達も覚悟を決めるしかないよな」

 アブソーブゲートからの逆流を止め、外殻大地を降下させる。ヴァン謡将と戦うことになっても。

「行こう! アブソーブゲートへ!」

 ルークの瞳は迷わず、固い決意を号令に変える。ボクらは頷いてアルビオールへ乗り込んだ。それぞれに抱く想いは違う。でも、望む結末は同じだ。

「成すべきこと、それを見詰め直す旅でしたわね」

 アルビオールの中でナタリアがそう口にする。ルークは勿論、皆が変わった旅だった。ボクだってそうだ、根無し草が根を生やそうとしているのだから。

 自分の生まれを知って、本当は危険なラインでギリギリ人の形を保っていると知って。ボクの持つ異質な力を、ようやく正しく使えた気がする。この力でシンクを連れ戻したことを後悔していない。

(ボクの成すべきことは何だろう)

 預言に与えられるでも、被験者の代わりでもなく、ボクが選ぶこと。今はまだヴァン謡将を止めることしか思い浮かばない。皆を手伝って、皆の望む結果を掴む。話はそれからのような気がした。

 テセの側にいれば見付かるだろうか。ボクの側で同じように探すことになるだろうシンクを見ていれば、分かるだろうか。

 少し、未来が楽しみだ。










*****










 アブソーブゲートは、雪に混じって音素と記憶粒子がちらつく幻想的な場所だった。巨大なクレーターのような地形に歪な形の山が収まっている。

 どうやら登る必要はないようで、降り立てば地続きの側面に開かれたセフィロトの扉があった。アブソーブとラジエイトは、以前テセが扉を開かされたままらしい。

「凄い音素を感じるですの」

「ここは最大セフィロトの一つ、プラネットストームを生んでいるアブソーブゲートですからね」

 少し緊張したミュウの言葉に大佐が続く。ガイが残していくノエルを気遣うが、彼女は気丈にボクらの帰りを待つと言った。見送られて、内部へと入る。

 中は全体的に暗く、馴染んだ創世暦時代の遺跡に迎えられる。きらきらと光って降るのは記憶粒子で、まるで外に降る雪のようだ。空中通路を渡り、音素を利用した仕掛けを解いて進む。魔物も棲みついてしまっているが、特に労はない。

「うおっとと……!」

 途中揺れがあり、遺跡の一部が崩落する。落ちかけたルークが「危なかった」と安堵するが、外殻大地が限界なのかもしれない。完全な崩落には時間があるだろうし、レプリカ大地だってまだ作られていない。それでも念のため、急いだ方が良さそうだ。

 長く複雑に続く道にルークが零す。

「どこまで降りるんだろうな……」

「プラネットストームがここに収束しているということは、少なくとも外殻大地を抜けるところまでは続いている筈よ」

 パッセージリングがどの位置にあるかは分からないが、深くまで潜ることになりそうだ。先程のように遺跡が崩落すれば、帰り道もなくなってしまうだろう。生き埋めなんてぞっとする。

 遺跡内は広大な空間に通路が浮いているとしか表現の仕様がなく、創世暦時代の建築は何故こうも複雑なのか。見た目はすっきりしてシンプルだが、わざわざ浮かせる理由も分からないし、ワープを何度も挟むとその必要があるのかも疑わしい。

 幾度目かの転移の後、広間のような空間に出ると一際強い地震があった。

「今度はでかいぞ!」

「気を付けろ、地面が……!?」

「きゃあっ!?」

 悲鳴があって、広範囲に床が崩れる。すぐに音素で対処しようとするが、それより先にボクの体が引き寄せられた。

「舌噛むよ」

 短い助言と共に浮遊感を味わう。遺跡内部は空中通路から落ちれば宙へ放り出されるだけだ。加速する感覚に、ボクを抱える腕を信じて身を任せた。

「唸れ烈風───」

 仮面の下で詠唱が行われ、下方に見えた足場に譜陣が浮かぶ。そこから第三音素が巻き起こって落下の勢いを殺した。何事もなかったように着地し、腕から降ろされる。

「怪我は?」

「ない。ありがと」

 答えればシンクはすぐに立ち上がり周囲を確認する。倣えば、一緒に落下した他の仲間の姿はないようだ。

「全然違う場所に来たって感じでもないし、皆も近くに落ちてそう」

「どうせ目指す先はパッセージリングなんだ。勝手に合流する筈だ」

「それもそっか」

 道が崩落で完全に途絶えない限り、繋がっている筈ではある。この空間はパッセージリングのための場所なのだから。

 すぐに歩き始め、ミュウに頼っていた仕掛け部分は譜術やボクの音素操作で解決する。棲みついた魔物も倒しながら進めば、苦言を呈される。

「あんまり不用意に動くなよ。僕一人でアンタのお守りをしなきゃいけないんだから」

「そんなに問題児のつもりはないですぅ」

「何度も無茶しておいてよく言うよ」

 シンクの前ではそんなに無茶した覚えもないのだが、そう映っているらしい。普段の戦い方が音律士なのに前へ飛びこみがちなのも理由かもしれない。ルーク達がいれば前へ出る必要もないのだが、今はシンクと二人だ。治癒が扱える分後衛寄りだが、後ろで大人しくしていないのも事実だった。

「心配してくれてる?」

「当たり前でしょ。アンタがいなきゃ僕がここにいる理由はないんだ」

 呆れたように言葉にされるが、理由に可愛げがなくてシンクらしい。彼がヴァン謡将との別離を選んだのはボクが原因だ。なら、確かにボクに何かがあっては困るのはシンクだろう。頼もしい味方を手に入れたものだ。

「大丈夫だよ。ボクはシンクを死なせないし、シンクはボクを死なせない。完璧な相互補助だ」

「……前者は迷惑なだけだよ」

「そうかもね。でも譲らない。どうしても死にたいならボクの知らないところでそうして」

 冗談交じりに笑えば、シンクは少しだけ黙った。間を置いて問われる。

「……アンタが僕にこだわるのは、僕が『シンク』だから?」

 その問いはシンクから飛び出してくるには少し違和感があって、ボクは首を傾げる。シンクは少し躊躇って、観念したように言葉を続けた。

「導師だよ。あのお人好しに言われたんだ。アンタが僕に関わるのは『僕』だからだって」

「合ってるよ。ボクは君に君でいて欲しい」

「……地核に飛び込んだのも、それが理由?」

 それは少し緊張を孕んだ問いで、シンクにとって意味のある問いなのだと思う。寧ろ今まで問われなかったのが不思議なくらいで、ボクは飛び込んだ理由を口にする。

「それもそうだけど、特別な理由はないよ。腹が立っただけ。君にそんな風に死んで欲しくなかったから」

「同情心? それとも偽善者の皮でも被ったの?」

「もっと身勝手な理由だよ。でも君が手を取ってくれて良かった。そう思うから、後悔してない」

 理由の突き詰めなんて無意味だ。人は常に変動しているし、都合の良い脳味噌は後付けだってする。だから大切なのは実際にどう行動し、どんな結果が残ったのか。ボクについて来たのは予想外だけど、シンクが生きている今に満足してる。だからそれが答えだ。

「ボクのお守り、よろしくねシンク」

「……あんまり手を焼かせないでよね」

 可愛げがなくとも、拒否が返らないのが彼の選択だ。仮面の下で不満げに曲げられた口の端が、せめてもの反抗のようだった。

 そんな調子で言い合いつつ先に進み、やがて崩落した広間に似た場所で仲間と合流する。先に集まっていたのは大佐とアニス、ガイとナタリアだ。ボクとシンクの到着と同時にルークとティアも現れて、全員集合する。特に目立った怪我もなく無事に見える。

 ルークが表情を明るくして駆け寄った。

「皆! 無事だったか!」

「それはこちらの台詞ですわ。あんまり遅いから心配しておりましたのよ」

「ごめんなさい」

「貴方がたをお待ちしていました。大切な話があるのです」

 大佐が改まって話すから何かと思えば、この先にパッセージリングがあるらしい。ヴァン謡将が待つのもその場所で、倒したらすぐにでも外殻を降ろすと言う。ラジエイトゲートまで飛ぶ時間もないということで、少々無理矢理な作戦を取るようだ。

「制御装置に『ラジエイトゲートへの命令をアブソーブゲートに変更する』と書き込みます。パッセージリング同士は繋がっていますから、理論上は可能な筈だ。かなり強引な方法ですがね」

「そうですね。ゲートは起動させていないんですもの」

「その後は? それで終わりか?」

「アブソーブゲートのセフィロトに向けて、第七音素を照射します。これが降下開始の合図です」

 命令者であるルークの放出する第七音素でないと意味がない。外殻大地降下が完了するその時まで、全てルークが担うということだ。ルークも請け負って、ようやく先へ進む時が来た。

「俺なら大丈夫。皆は?」

 ルークの確認に、ティアが最初に頷いた。兄妹で戦うことにもう迷いを持ち込む気配はなさそうだ。

「勿論よ。兄さんは……ヴァンは私が止める」

「これでも一応ヴァンの元主人だからな。部下の不始末にはご主人様がけりをつけるさ」

 ガイも言い方こそ軽いが真剣で、ナタリアとアニスも続く。

「なんとしてもヴァンの企みを押し留めて、世界を救いますわ」

「私がお金持ちと結婚するためにも、ヴァン総長には大人しくしてもらわないと」

 皆の視線が自然と大佐へ向いて、肩を竦めて応えられる。

「やー。皆さん、熱いですねぇ」

「あんたはいつも通りだなー」

「ええ。私に熱いのは似合いませんから」

 それもそうで、納得すれば視線はボクやシンクにも向く。別段改めて語るような決意も熱意もない。でも、強いて言うなら。

「生きて帰ろう。皆で」

「これで最後にしろ。折角僕が手を貸してやってるんだからさぁ」

 頷いて、多分皆の心は一つだ。転送装置を起動させ、光に包まれる。運ばれる先に不安はなかった。










*****










 光が引くと、お誂え向きな広い場所へ出た。半透明な円形の地面には譜陣のような文様が流れており、記憶粒子の輝きもある。階下に見慣れたパッセージリングの影もあり、下ればすぐに操作盤へ辿り着きそうだ。

 その道を塞ぐように、一人の男が背を向けて座している。聖帯を思わせる白い上着に、神託の盾の意匠がされた装備。腰に下げた一振りの剣の鞘が、黒く光を反射した。

「……何故お前がここにいる? ここに来るのは私と共に秩序を生み出すべきアッシュ……」

 静かに囁き、その背は立ち上がる。固く結い上げた栗色の髪を振り、ティアと同色の青い瞳がルークを映す。───その視線を鋭くして。

「ルーク・被験者だ。私の邪魔をするな、レプリカ風情が」

「……っ! だったら……だったらなんで俺を作った! 俺は誰で、何のために生まれたって言うんだ!」

「何かのために生まれなければ生きられないというのか? だからお前はただのレプリカでしかないのだ」

 ルークの叫びにヴァン謡将は吐き捨てるように応える。生まれた意味を知ろうとする作り物の命をせせら笑うように。

「哀れなレプリカに教えてやろう。お前はユリアの預言を覆す捨て駒として生まれた代用品。ただ、それだけだ」

「……師匠。本当に俺はそれだけの存在なんですか? 俺という存在のせいで預言は狂い始めてるんでしょう?」

「お前如き歪みなど、ユリアの預言はものともせぬよ。枝葉が変わろうと、樹の本質は変わらぬ」

 ───預言は麻薬だ、と彼は囁く。預言に従い結果を得れば、次も預言に頼りたくなる。それがどれ程馬鹿げた内容であっても。

「ユリアは二千年をかけて、人類を預言中毒にしてしまった。二千年にも及ぶ歪みを矯正するには、劇薬が必要だ」

「レプリカ世界が劇薬ですか……大した妄想力だ」

「ふ……妄想。それもよかろう」

 大佐の揶揄も笑って済ませ、ガイ達が言葉を続ける。

「確かに預言の言いなりに生きているこの世界は歪んでいるさ。だがレプリカの世界ってのも相当歪んでるぜ?」

「その通りですわ。貴方がその軽挙妄動を慎まねば、ティアが苦しみます」

「総長の妹でしょ! 妹と戦うなんて……総長、本気なの!?」

 アニスの問いに目を伏せ、残念そうに声を漏らす。それでも道は違えたままなのだと、在り方は譲らずに。

「メシュティアリカ。私も残念なのだ。お前がユリアシティで大人しくしていれば……そうすれば、お前だけは助けてやれたものを」

「兄さんはレプリカの世界を作ろうとしているんでしょう? なら私を殺して、私のレプリカを作ればいいわ」

 それが無意味なことと分かった上で、ティアは強くそう言い捨てる。兄が被験者の世界よりも価値があるとするレプリカの世界に、ティアはいない。作り物の妹しかいない世界に、本当に価値があるというのか。

「……では、どうあっても私と戦うか」

「……ええ。元々私は、そのために外殻へ来たんだもの」

 ティアが杖を構え、ボクらもそれに倣う。ヴァン謡将の視線はシンクへ向かい、最後の確認というように問い掛けた。

「お前の選択も変わらぬか。お前を火口から引き上げ、今日まで生かしてやったのは今日この時のためだ」

「互いに都合が良かっただけだ。アンタが捨てた命を拾ったのはアリアだよ」

「……アリア、か」

 鋭く青い瞳がボクを見る。そこに勝手な憎悪を抱くように、宿る光は強い。

「ユリアの再来よ。そうまでして世界を滅びへ向かわせたいか」

「勝手に呼ばないで。そんなものになった覚えもないし、預言だって好きじゃない。消えてくれるならその方がいい」

「ならば」

「でも、そのために自分を犠牲にするつもりはない。レプリカ世界に置き換えたってこの星は救われない───貴方の独り善がりなんだ、ヴァン・グランツ」

 向き合うために名で呼んだ。彼は───ヴァンは口角を上げ、憎しみのこもった瞳でボクを笑う。

「独善であろうとなさねばならぬ。……よい、所詮はレプリカの戯言。物言わぬ傀儡として、ローレライを宿せばお前など用済みだ」

 その眼には狂気があって、何が彼をそこまで駆り立てたのか。故郷を滅ぼした罪か、預言に従う世界への絶望か、それとも星の記憶の強制力か。今から言葉を交わしても、きっと分かり合うことはない。

「師匠───いや……ヴァン! 貴方が俺を認めなくても、俺は……俺だ!」

「戯言を……消えろ!」

 ヴァンが鈍く光る刃を抜き、ルークが駆ける。ボクも譜歌を詠い、皆の補助を行う。数度切り結び、ルークの体が弾かれる。

「くっ……!」

「兄さん! 他にやり方はなかったの!?」

「お前のやっていることは無茶苦茶だ!」

 ガイが飛び込み、ルークのフォローをする。その剣を受けながらヴァンは揺るがない。

「愚か者め! この星はユリアの預言の支配下にある。預言から解放された新しい世界を創らねば、人類は死滅するのだ!」

「それなら、俺のことはどう説明するんですか! 俺はユリアに詠まれていない!」

「預言は絶対の未来ではないわ!」

 ティアの言葉を背に、ルークが再び駆ける。ガイが下がり、ヴァンの放った音素をナタリアの矢が散らした。

「預言は無数の選択肢の一つに過ぎませんわ!」

「ルークという存在がある以上、預言にも歪みが生じているのです!」

「違うな! お前達は預言の本質を知らない。預言は詠まれずとも存在し、我々を定められた滅亡へと導く!」

 大佐の譜術を相殺し、ヴァンはルークの剣も捌く。背後に迫ったシンクの拳まで音素で払って、ヴァンは不遜に笑う。

「お前はその全てを知っている筈だ。尚も被験者の世界を生かすと言うか!」

「違うね。僕は世界がどうなろうが知ったことじゃない。預言に従って滅ぶならさっさと滅べばいいさ!」

「人はそこまで愚かじゃない! 人には滅亡を回避する意志の力があるんだ!」

 シンクへ意識が逸れた瞬間へルークが斬り込む。ボクは譜歌でそれをサポートして、心の中で同意する。

 第七譜石に何が詠まれていたか、正確なことは分からない。でも従えばいずれ滅びが来るというなら、人は預言を手離せる筈だ。───ボクは人の意志を信じてる。

「総長ったら相当頑固者ぉ! だったらもう、ぶっ潰すしかないじゃんねっ!」

「潰れるのはお前達だ! 滅せよ、預言に支配された……人類よ!」

 アニスの譜術を躱して、ヴァンが駆ける。間合いに入ったガイを先手で押さえ、第二音素が煌めく。

「防御を!」

 ティアと同時にガイへ障壁を付与するが、割られてその身が飛んだ。受け身を取って着地するが、ダメージがないとは言えない。

「小賢しい!」

 ヴァンは剣を引き、第六音素を集める。突き出す動きと共に光の螺旋が照射され、戦場を焼いた。

「ぐっ!」

「きゃあ!」

 止めようと飛び込んだルークと直線上にいたアニスが巻き込まれる。剣技で散らせなかった音素が皮膚を焼き、陣形が崩れる。ナタリアの周囲で第七音素が揺らぐのを察知し、ボクはすぐに光のFOFを敷く。

「優しき癒しの風よ───ヒールウィンド!」

 変化した癒しの力が範囲に降り注ぎ、三人の傷を徐々に癒す。起き上がる前にヴァンは譜術を唱え切る。

「耐えてみせよ───ネガティブゲイト!」

「出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊───セイントバブル!」

 大佐の湧かせた水泡が炸裂し、闇の腕を弾き落とす。瞬間、先手を取って動いたのはシンクだ。間合いを詰めその懐へ連撃を放った。

「───疾風雷閃舞!」

「───守護氷槍陣!」

 ヴァンの足元に譜陣が浮かび、第四音素が攻守を担う。連撃を止めないシンクの身を氷の飛礫が裂くが、その分打撃は音素の守りを破りヴァンへ届く。鳩尾を抉る一撃でヴァンの体が浮き、身を捻っての鋭い蹴りがその身を飛ばす。その隙にティアが治癒術をシンクへ掛けた。

「今だ!」

 ルークが駆け、受け身を取ったばかりのヴァンへ斬りかかる。躊躇いはない───だがその剣は届かない。

「侮るな!」

「!」

 フォンスロットを開いたのか、瞬間的に音素が集まる。その余波でルークの体が押し返された。───ヴァンの剣が音素を纏って輝く。

「守って!」

 ボクも響律符の力を借り、フォンスロットを開いて直感に従って障壁を全員へ張った。直後青白い光が昇り、周囲を巻き込む。この場の音素が凄い勢いで消費されていく。

「───はっ……」

「アリア!」

 音素の嵐が去って膝をつく。雪崩の時くらい消耗させられたが、それで油断の出来る相手でもない。眩暈を堪えてヴァンを見据える。

「所詮は出来損ないのレプリカよ。身の程を弁えるがいい!」

「させませんよ!」

 大佐の声と共に第二音素が地を割き、行動に移ろうとしたヴァンの足を止める。ルークとガイもすぐに動き出す。見事な身のこなしで二人分の剣を捌くが、完全に避けられる訳もない。

「でっかいトンカチ、当たって砕けろ───ミラクルハンマー!」

 アニスの詠唱で中空に玩具のようなハンマーが現れ、音素の力で殴りかかる。それを剣技で纏った音素で相殺すると同時に、ルークの刃が脇腹を裂いた。鮮血が飛ぶ。

「───ぬうっ」

「俺のことも忘れてもらっちゃ困るな!」

 ガイが第三音素を纏った刃で連撃を繰り出す。剣を引き戻して対処するが、防ぎきれずに風の刃が肩口や頬を裂く。そこへティアの譜術が落ちた。

「聖なる槍よ、敵を貫け───ホーリーランス!」

 ボクが扱う光の槍より数倍大きなものが降り注ぐ。音素で身を守っても消耗は避けられない。眩しさにルークやガイが下がり、ナタリアが矢を定める。

「来ますわ!」

「させるかよ!」

 光を散らして、ヴァンが剣を手に飛び出してくる。ルークが技で受けて、少しの間拮抗した。

「確かに随分と強くはなったようだ。だが力任せに振るう力では私は倒せんぞ!」

 ギン、と鈍い音がして思いきりルークの剣が弾かれる。手離しこそしなかったが体勢は大きく崩れ、脇が空いてしまった。

「しまっ───」

「ルーク!」

 すぐにガイが飛び込むが、刃先を逸らしただけだった。横薙ぎの一閃でガイが腕に裂傷を負い、ルークと共に後方へ飛ばされる。

 ティアとナタリアが回復へ回り、ボクも再度補助の譜歌を詠う。アニスがトクナガで前衛を代わるが抑えきれない。再び距離を詰められかけたところで、大佐とシンクが同時に雷の刃を見舞った。

「───ぐっ!」

 広範囲の上級譜術の重ね掛けに、ヴァンも相殺しきれず剣を突き立て耐えた。服も皮膚も所々焼け焦げ、無事でないことだけは伝わる。それでも瞳にある意志は揺らがない。

「どうして……兄さん!」

「我が意志はこの程度で折れはせぬ───」

 ゆらりと片足を下げ、剣を水平に引く。その構えを見るのは二度目で、次に来るものは予想出来た。

「ナタリア!」

 負傷もそのままにガイが間へ割り込み、放たれた第六音素を受ける。後ろを巻き込まないために光の先を逸らしてみせるが、代わりに光はガイの脇を貫いた。派手な流血と共にガイの体が崩れる。

「ガイ!」

「ナタリアはガイを!」

「くそっ!」

 青い顔で叫ぶナタリアにティアが指示を飛ばす。次いでルークが駆け出すが、こちらも傷が癒えきってはいない。数度切り結べば剣を弾かれ、胴に刃がはしる。

「ぐっ……!」

「邪魔だよ!」

 即座に押し退けるようにシンクが割り込み、ルークを突き飛ばす。不安定な体勢から一歩踏み込むだけで整えると、懐へ掌底を繰り出した。それへヴァンも掌底で応え、第二音素と第四音素が勢いを相殺し合う。

「預言への憎しみを思い出せ、シンク!」

「忘れちゃいないさ! ローレライをアンタが宿して消えてくれるっていうなら協力してもいい」

「それ程までにあのレプリカにこだわるか。私に使われずとも、いずれは預言に消費される命だぞ!」

「今すぐアンタに消されるよりはマシだね! 僕にはまだ、時間が必要なんだ」

「今更預言に時間を願うか───愚かな!」

「僕が願うのは預言じゃない───!」

 音素がぶつかり合う場所へ、大佐が譜術を起こす。それを合図のようにシンクが下がり、アニスも譜術を唱える。

 ルークとガイの怪我はティアとナタリアが診ているが、すぐには戦線へ復帰できない。譜術から飛び出したヴァンの刃は大佐へ向かう。

「見くびられたものです」

 腕を振り、槍が出現する。それを片腕で器用に扱うとヴァンの剣先を柄に這わせ、自身から逸らす。その間にアニスの譜術も完成し、光の柱が頭上から降りる。ヴァンが笑んだ。

「───見くびってなどおらぬよ」

「ダメ!」

 慌てて音素に呼び掛けるが障壁の強度が足りない。ヴァンを爆心地のようにして膨大な音素が放たれる。フォンスロットを全開放した大技だろう。最も接敵していた大佐を筆頭に、音素で身を守るが傷を負う。

 それは内臓にダメージを与えたようで、遠い程負傷も軽い。大佐が血を吐くところを見るとは思わなかった。

「死霊使いもここまでのようだな」

「……ご冗談を」

 大佐とヴァンが睨み合う側で、ボクも無事ではない。二度目の無茶は確かにボクのフォンスロットを焼き、全身を重くする。目の前がぐらぐらと揺れ、定まらない。次何かの大技を防いだら意識が飛んでしまいそうだ。

(……しっかりしないと)

 こちらが圧されている状況に見えるが、そんなことはない。八人を同時に相手取ってあれだけ立ち回り、大技を二回放っているのだ。ヴァンの消耗も相当なものだろう。今攻撃の手が止まっているのもいい証拠だ。

 対してこちらは、今の音素の爆発でアニスとシンクもダメージを負ったが、後方は無事だ。ルークとガイも起き上がったし、ティアとナタリアも回復以外に回れる。───やっと五分、というところだろう。

 これ以上戦闘を長引かせる訳にもいかない。

「──────、」

 すぅ、と息を吸い音素を取り込む。意識を飛ばさない程度の三度目の無茶だ。目に見える範囲全て───仲間全員の傷を譜歌で癒す。第七音素はボクの意に応えて煌めく。

「小癪な!」

「貴方の相手は俺だ!」

 大佐との睨み合いから眼を離し、ヴァンがボクへ向かおうとする。そこへルークが割り込み剣を受けた。背へガイが回り込み、剣技を放つ。

「ぐぅっ!」

 避けられた筈のそれを避けられないのは、消耗している証だ。血が舞い、ヴァンは剣を凪いで二人を遠ざけようとする。

「避けられませんわよ!」

「アリアがくれたチャンスだもんね───!」

 そうして出来た間合いへ音素を纏った矢が放たれ、正確にヴァンの肩を貫いた。体勢が崩れたところへアニスの譜術が降り注ぐ。

「ぬああっ!」

「───死霊使いの名の下に具現せよ」

「これでトドメだ───!」

 大佐の生んだ譜力の檻がヴァンを捕え、その足元へシンクが広域の譜陣を広げる。それは異様に高い音素の煌めきで、ダアト式譜術だとすぐに理解した。

 劣化していても導師の力は脅威である。すぐにヴァンも音素で身を守るが、呆気なく砕かれた。立ち昇る音素に身を呑まれ、解放された時には満身創痍で現れる。

 部位こそ飛んでいないが全身に傷を負い、出血が酷い。特にガイに受けた背の傷が酷く、足元に血溜まりを作ろうとしていた。

 音素を使い過ぎたのか纏う気配はなく、足元も覚束ない。荒々しく息をし、剣をその場に突き立てた。

「……失敗作に……倒されるとはな……」

 肩を揺らし、ヴァンは笑う。己の理想が利用するために作ったものに散らされると理解して。高く、狂喜のように。

「───面白いではないか!」

 壮絶な笑みで吐き捨て、その身を投げる。崩れた足場の向こう───果ての見えないセフィロトの輝きの奥底へ。

 あっという間に消えた姿は地核でのシンクの行動に重なって、ヴァンはそれで何を証明したのだろう。突き立てられ、残された剣が墓標のようだった。

「………………」

 誰も何も言わない。

 ルークが初めに背を向けた。成すべきことが残っているから。それに倣うように、一人また一人とその場を離れる。

 ───最後までその場に留まったティアの顔を、ボクは見ていない。










*****










 遅れて追ってきたティアがパッセージリングの前に立ち、譜石を開く。顔色が優れないのは、障気のせいか、兄の死を見たからか。

 ルークが両腕を掲げ、超振動で命令式を書きこんでいく。ボクはそれをぼんやり見上げていた。

(立ってるの、しんど……)

 頭が揺れ、瞬きをするように視界が明滅する。術式の方は壊れてはいないと思う。気持ち悪さと急激な眠気に襲われているだけで、知っている感覚だ。

 体が揺らげば、誰かの肩に受け止められる。直感的にその体温の主に思い至って、降ってきた声は予想通りに不機嫌そうだった。

「無茶するしか能がないの?」

「……へへ」

「バカにしてるんだよ」

 肩を貸す以上の何でもないけど、その距離感が温かい。厚意に甘えてゆっくり体調を戻していれば、ルークの作業も終わったようだ。障気もディバイディングラインに吸着しているようで、このまま閉じ込められそうだった。

「ルーク? どうしました?」

 大佐の訝しむ声に顔を上げれば、ルークが片膝をついている。降下は問題なく進んでいるようなのに、何かあったのだろうか。頭を振ってルークが立ち上がる。

「ローレライが……いや、今はいい。それより成功したことを皆に知らせないと」

「ええ。イオンもノエルもお父様達も……きっと心配していますわ」

 兄さん、とぽつりとティアが零す。それに気遣うようにルークが名を呼び、彼女は謝罪を静かに口にする。

「これで……良かったのよ」

「分かった。……皆、帰ろう。俺達の大地へ!」

 ルークの掛け声でボクらは地上へ帰る。

 外殻が魔界へ落ちて、キムラスカとマルクトが戦争を経て平和条約を結んで、教団はヴァンと大詠師に散々振り回されて……色々と変わってしまったけれど。

 ヴァンの言葉の通り星が滅ぶのだとしても、それは今日や明日のことではない。ボクらの今はまだ続く───新しいスタートさえ切って。










*****








 外に出て、ボクらはまず障気のない魔界を実感した。大佐の理論は成功したようで何よりだ。

 それからアルビオールでケテルブルクへ行き、テセに事の次第を伝える。彼はヴァンの最期に寂しそうに「そうですか」と呟いて、それ以上は問わなかった。

 それから少しだけ皆傷を癒して、全てのパッセージリングに譜陣を敷いて回った。それはボクが発案した障気を通さない「蓋」で、響律符による補助を受けられるようになって実現した手段だ。

 譜術や譜業での再現は時間が掛かるが、譜陣を敷いてボクが起動させる分には難しくない。これで世界は音素の恩恵を受けながら大地を維持し、障気からも逃れられる。

 全てを終え、両国へ報告に向かう。

「皆……本当にありがとう。忘れない」

「私は王女として、私に出来ることを致しますわ」

 キムラスカでルークとナタリアと別れる。ガイは伯爵家の後継者としてマルクトへ戻るようで、二人とは手紙のやり取りをするようだった。

 マルクトへ着けば、依頼の褒美ということで皇帝がグランコクマの市民権をくれる。屋敷まで用意してくれたようで、手入れは全てやっといてくれるらしい。

「世話になったな。元気でやれよ」

「今後は今より大人しく過ごしてくれればいいのですが」

 ガイと大佐と別れ、アルビオールはユリアシティへ向かう。ここで降りるのは勿論ティアだ。

 彼女を冒す障気の問題は解決していないし、何より兄を討って元気な筈もない。寂しそうに微笑む彼女と手紙のやり取りを約束する。

「楽しみにしているわ。無茶しちゃ駄目よ」

 ユリアシティを離れた機体は、最後にダアトへ向かう。そこで降りるのは導師であるテセと、守護役であるアニス。───そして。

「スノードロップの逸話を知っていますか」

 機内でテセがボクに問う。それはボクの好きな花で、当然知っている。純潔を意味するから教会で育てられたり、清めに使うという話もある。死者に手向ける花だとも。

 でもそれより有名で分かりやすい話がある。それをテセは口にした。

「春を告げる花……待雪草や雪の花という呼び方もありますが、僕はそう表現する方が好きです。厳しい寒さの中、やがて訪れる春を告げる希望の花……雪が白いのは、その花の優しさから色を分けてもらったからという話もあります」

 春を告げる希望の花───まるで「アリア」の預言のようで、奇妙な繋がりを感じる。

 テセは言う。導師のレプリカである自分は、代わりの利く存在だと思っていたことを。だからチーグルの森で庇われた時、戸惑いがあった。

「僕は導師の代わりであって、他の何でもなかった。だからずっと感情を殺して生きてきました。……それでいいと思っていた」

 でもボクと出会って……関わって。様々な感情を知った。雪がその色を花から分けてもらったように、自身の中に感情が芽生えた。

 だからテセは、ボクをスノードロップのようだと言う。殺した感情が───凍り付いた冬が、春に至るように色付いたから。

「行きましょう。アリア」

「うん」

 温かい微笑みに頷き返して、ボクはタラップを踏む。二大国にも負けない大きな街が目の前で待っていた。

 約束をしたからここへ来た。ここでの日々がどんな実りになるかは分からないけど、何かは得ようとは思う。

 中々降りて来ない背後を振り返って、手を差し伸べる。

「───シンク」

「……アンタ、とんでもない場所に連れて来てくれたね」

「あれ、じゃあやめる?」

「……まさか」

 仮面の奥で呆れた少年は、挑発に笑んで手を伸ばす。手離すなと、望んだ声が耳元で囁いた。

「アンタのいる場所が僕のいる場所だ。連れてってよ───アリア」

「───どこへでも」

 地核で引いたその手を再び引いて、ボクは歩き出す。流されるだけの旅人ではなく、望まれて留まる日々に。望んで、この手を引く明日に。



 それはND2018、イフリートリデーカンの中頃のことだった。
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