外殻と崩落


 パッセージリングのメンテナンスを行う譜業人形に皆が同情的で共感出来ない一幕もありながら、リングの起動と指示を済ませる。超振動を操るルークにボクの補助はもう必要ないようだ。

 起動に合わせてティアの血中音素も調べ、本当に原因がパッセージリングの起動なのかも確認する。間違いないようだった。予想通り、ティアの遺伝情報に反応しているらしい。

「ユリアがこの装置に自分の情報を打ち込んでいたのでしょう」

「それがユリア式封咒の正体ってことか……第七音素は、どうして障気に汚染されているんだ?」

「障気は地中で発生しているようですから、或いは地核が汚染されているのかもしれません」

「ってことは星の中心が汚染されてるってことか」

「星の中心が汚染されてるってどうすればいいんだろ」

「地核が発生源なら、活路が見い出せそうですよ」

 流石は大佐で、専門ではないから確約は出来ないが星の引力でどうにか出来るかもしれないと言う。ベルケンドで引力について研究している専門家を当たることになる。

セフィロトの外へ出れば、意外な人物に会う。シェリダン港で死んだと思いこんでいた「め組」のアストンだ。怪我を治療した様子はあっても五体満足そうだった。

「老いぼれ軍団の中でわし一人が生き残ってしまったよ……」

 しょんぼりと肩が落とされる。考えてみればノエルも祖父を失った訳で、しっかり操縦士として働き続けているのは有難い。

「何を仰いますの! 貴方だけでも生きていて下さって……良かった……」

「でも、アストンさんはどうしてここに……」

「何もしないでいると、イエモン達を思い出してしまう。だもんで、アルビオールの二号機を……や、一台壊しとるから三号機か。とにかくそれを作ったんじゃ」

「で、また墜落した?」

「ばかもん! 試験飛行の途中でお前達を見付けたから……」

 話している最中、視界の端をうろつく人影があった。見れば「い組」のスピノザで、こちらに気付くと慌てて去っていく。

「また立ち聞き!? 超キモい!」

「待て!」

「俺達も追いかけよう!」

 ルークの号令でスピノザを追ったアストンを更に追うことになる。魔物もいる場所で無闇に動けないだろうし、相手は老体だ。それ程急がなくても追いつけるだろう。

「全く、こんなところまで盗み聞きに来るとは変な人ですねぇ」

「今度は逃がさないぜ、スピノザ!」

「そうですねぇ。彼には障気の件で協力してもらいたいですからね」

「あれ? お仕置きはなしなんですか?」

「過ぎたことをとやかく言っても仕方ありませんからね。お仕置きの代わりに、彼には存分に働いてもらいます。逃がしませんよ」

 確かにヴァン謡将側についた裏切り者ではあるが、「い組」の一人なら腕は確かだ。ああしてちょろちょろ周囲を嗅ぎ回るのも敵対しているからとは限らない。

 仲間を死なせたことに罪悪感なく、未だにヴァン謡将に従っているなら堂々としていればいい。怯えたように逃げ出す必要なんてない筈だ。

「アンタ達、いつもこういうお人好しみたいなことしてるの?」

「寄り道が多いのは認める」

 呆れながらついてくるシンクに答えつつ、とはいえスピノザの問題は全く無関係とも言えない。高原を途中まで戻ればアストンに追いつき、アルビオール三号機を奪われたと言う。すぐにボクらの二号機で追った。

「どうせ試験飛行用にしか燃料をつんでおらん。すぐ墜落する筈じゃ!」

「結局また墜落するんだ……」

「スピノザは物理学の第一人者です。味方にすれば、障気問題で役に立ってくれるでしょう」

 アルビオールを浮上させ、先に飛んだ三号機の姿を探す。見付けた時には白煙を上げており、間もなく墜落してしまった。アストン曰く三号機は頑丈だから人体に影響はないらしい。

 この辺りの魔物は老体に厳しいということで、街に逃げ込むだろうと当たりを付ける。こちらにとっても都合良く、ベルケンドだろうと降り立つことになった。今のベルケンドは神託の盾も引き上げ、知事を抱き込んでいるのもあって動きやすい。追い詰めるのに苦労は要らないだろう。

 予想通り街に入って比較的すぐ姿を見付け追い詰める。拘束し、知事の館で話を聞くことにした。

「わしらの話を立ち聞きして、どうするつもりだったんじゃ!!」

「またヴァン師匠達に密告でもするつもりか!?」

「ち……違う……」

 体を小さくして震わせる様子に、待ったをかけたのはテセだ。怯えさせるだけでは何も分からないと、代わりに穏やかに尋ねる。

「貴方は何をしに、メジオラ高原へ来たのですか?」

「わ、わしは……皆の墓参りをしたくてシェリダンへ行ったんじゃ。その時アストンがメジオラ高原に行くと聞いて……まずアストンに謝ろうと……」

「それで逃げてちゃ世話ないね。結局謝罪より我が身が可愛かったんでしょ?」

「うっ……」

 ふん、とシンクが鼻で笑う。彼からすればシェリダンで死者が出たことはどうでもいい筈で、単純に嗤いたかっただけだろう。ボクもシェリダンの犠牲に特別な感情はないし、言わないだけで気持ちは概ね同じだ。

「こ、怖かったんじゃ! いざとなると何を言っていいのか……それで……」

「そんなの信じらんないよ! 大体、アンタがチクったから総長にバレたんじゃん!」

「……確かにわしは二度もヘンケン達を裏切った。二人が止めるのを無視して禁忌に手を出し、その上二人をヴァン様に売った……もう取り返しがつかないことは分かっとる。じゃが皆が殺されて、わしは初めて気付いたんじゃ。わしの研究は仲間を殺してまでやる価値のあったものなんじゃろうかと」

 遅れて得た気付き、という訳だ。今更遅いが、無意味という訳でもない。同じように人を死なせてから気付いた、ルークという例もここにいるから。

「……俺、この人の言ってること信じられると思う」

「ルーク……」

「俺、アクゼリュスを消滅させたこと、認めるのが辛かった。認めたら今度は何かしなくちゃ、償わなくちゃって……この人は、あの時の俺なんだよ」

 ぎゅうとルークが自身の拳を握る。アクゼリュス崩落の痛みはまだ鮮明に残っているのだろう。いつかは風化させていいと思うのだが……律儀なことだと思う。

「もしも貴方の決心が本当なら、貴方にやってもらいたいことがあります」

 そう言って大佐が切り出したのは、障気の中和───もとい隔離の提案だった。物理学が必須らしく、人間性はさておき頭脳が必要なのだと言う。一も二もなくスピノザは食い付き、その様子にティアが心配を口にする。

「貴方は兄の───ヴァンの研究者でしょう。そんなことをすれば殺されるかもしれないわ」

「……それでもやるんじゃ。やらせてくれ」

「なぁ、皆。……今一度、この馬鹿を信じてやってくれんか?」

 意志は固く、アストンも口添えする。二十四時間の監視をつけ、情報を漏らす様子がなければ研究に合流させればいい。王女の命令という形で、そこを妥協点にすることになった。

 勿論ボクに異論はない。信じるかどうかの話ではなく、大佐が利用できると思ったなら一度預けて良いと思ったからだ。これで裏切るならそれまでだし、邪魔者に構う必要もない。

「この研究、粉骨砕身で協力する。本当にありがとう……」

「まぁ、ここまで言って裏切ったら、大した役者だな」

「私の障気隔離案については走り書きですが、ここに纏めておきました。検証してみて下さい」

 大佐からメモを受け取り、スピノザは第一音機関施設へ連れて行かれる。アストンは三号機を修理して帰るようだ。それらを見送り、ボクらは次のセフィロトへ向かうことになる。

 ロニール雪山よりはザレッホ火山の方がいいということで、一度ダアトの教会へ行くことになった。内部に入口があるようで、テセも初耳らしい。

「みーんな簡単に信じちゃうんだから」

「アニス、ご機嫌斜め?」

「そういうんじゃないけど……皆甘すぎだよ。裏切り者なのに」

 アルビオールでダアトへ向かう途中、アニスだけはスピノザの処遇に不満が残っているようだった。裏切り者を簡単に信じる甘さ───ボクも不用意だとは思う。

 スピノザが次裏切れば今度はベルケンドで人が死に、障気を隔離する研究は滞る。ボクはどちらも困らないけど、シェリダンでの死を悲しんだ皆は違うだろう。アニスが警戒するのも理解は出来る。

「もう任せちゃったんだし、信じるしかないけどさ」

「そうですね。今は信じてあげて下さい」

 テセが宥めて大人しくなる。裏切り者を信じるか否かで言えば、ボクは基本信じない。何かを裏切れる人物は自分のことだって裏切るに決まっている。

 でも、それならシンクはどうなのだろう。ヴァン謡将を裏切ってこの場にいる存在。ルーク達のように仲間という訳じゃないけど、行動を共にしている人間だ。ボクは彼を信じているのだろうか。

(……そもそも何が目的でこっちにいるのかも知らない。けど……ボクらを罠に嵌めたりはしないって信じてる)

 それはきっと理屈じゃない。ボクが見てきたシンクがそうだと思えるだけで、根拠なんてそれ以上ない。もっと言えばボクが彼を信じたいだけだ。ボクが彼に投げ掛けた言葉に意味があって、彼が伸ばし返した手に理由があるなら。それが幻でないことを祈りたい。

 ただ、それだけだった。










*****







 ダアトを訪れたのはこれで何度目だろうか。パッセージリングそのものはザレッホ火山にあり、入口は教会にあるという話だ。具体的な位置を聞けば、図書室の奥に隠し通路があるとシンクが教えてくれる。

「図書室に……僕もよく利用していましたが、全く気付きませんでした」

「セフィロトは元々教団の機密だろ? 導師が知らないってのもおかしな話だな」

「ハッ。お飾りの導師にわざわざ教える必要もないだろ」

「やな言い方!」

「いいんです、アニス。僕がモースの道具であったことに間違いはありません」

 頬を膨らませるアニスをテセが宥める。過去形であることに今のテセの意志を感じるからボクは良いと思う。

 街中を抜け教会へ入れば、噂の大詠師と遭遇した。相変わらず好意を抱き辛い空気を纏っている。

「導師イオン。お戻りですか」

「セフィロトを探しに来ました」

「……ああ。ユリアシティから報告は受けています」

 得心がいった様子で、平和条約は導師であるテセと詠師テオドーロの下に締結された。当然大詠師も条約の内容を知っていて、ボクらが外殻大地を降下させているのも知っている。そういう納得だったのだろう。

 その視線が後方に紛れるシンクへ向かい、苦い顔をする。

「謀反人を連れているようですが」

「彼は今、僕が身柄を預かっています。処遇はすべきことを終えてから話しましょう」

「……導師の御心のままに」

 テセが導師として振る舞う程、大詠師には目障りなようだ。表面上は繕っていても腹立たしいと感じていることが声音に滲み出ている。

 ヴァン謡将の動きについて聞けば、監視者としての職務を放棄して行方知れずだと鼻を鳴らす。神託の盾の半数がついていったそうで、大詠師は再編成に忙しいという。

「お前もいい加減戻って来なさい。この父を助けることがお前の役割ではないか!」

「お言葉ですが、モース様。私の役目は導師を助けることです」

「小生意気な……!」

 苛立ちを隠さず要求されるが、当然断る。今更被験者の代わりに大詠師の道具になるつもりもないし、ルーク達との旅を中断する気もない。そのまま別れて図書室へ向かいながら、アニスが眉を吊り上げる。

「何あのえらそーな態度! ホント腹立つんだから」

「全くですわ! 感じの悪い」

「まぁまぁ。平和条約締結で戦争を起こすのが難しくなったから、機嫌が悪いんだろうよ」

「邪魔されないだけマシという考え方もありますよ」

 大詠師の目的は預言の遵守であり、ヴァン謡将の目指すレプリカ大地とは異なる。だから今は邪魔をして来ないし、外殻大地の降下にも反対はしない。今はそれ程警戒しなくても大丈夫そうだ。

 図書館へ着けばシンクが奥の書棚を操作し、道を開いてくれる。本棚の並びに似つかわしくない隠し扉が現れた。

「メジオラ高原でもそうだけど……ホントに協力してくれるんだな」

「これくらいじゃヴァンの計画は乱れない。外殻大地が落ちようが降りようが、どっちでもいいからね」

「……総長達を裏切ってなんとも思わないの?」

「僕は僕の目的のために行動する。裏切り者と詰られる覚えはないよ」

「預言の消滅より優先される目的があるってことか?」

「───さぁね」

 リグレットの問いにそうしたように詮索を躱して、シンクは隠し扉の奥へ進んでしまう。皆の視線が代わりにボクへ向くけど肩を竦めるしかなかった。

 追って入れば譜陣が敷かれており、既に起動している。シンクに続いて光に呑まれれば、全く違う景色の中へ来た。火山の内部のようで暑く、自然の空洞に人工的な設備が並んでいる。机やテント、音機関や譜石のようなものもあって、見てみるが分からない。

「ここは……何かの研究をしてるみたいだな」

「モースの物でしょうか。こんなところで何を……」

 皆が周囲のものに関心を示すと、何故かアニスがわざとらしく声を上げた。それは詮索を拒んでいるようで何とも怪しい。

「そんなことよりパッセージリングはどこなんでしょう!」

「……アニス、何か知ってるの?」

「知らない! 全然知らない! それより早く探しましょ、ね!」

「あまり怪しすぎると、突っ込んで話を聞きたくなりますよ」

「……う……」

 大佐の顔に苦い表情をして、それで十分に大詠師との繋がりは窺える。

 テセも知らされていなかったこの場所を、守護役であるアニスが知っているというのもおかしな話だ。その上この謎の研究の内容も知っているなら、浅い付き合いでもないのかもしれない。話したくないのならわざわざ聞かないけれど。

 シンクもここから先の道案内はしてくれないようで、一先ず奥へ進む。火山内部に道があるというのもおかしな話だが、パッセージリングへ続く道はあるようだった。遥か下方に溶岩の海を眺めながら進む。

「暑いね。久しぶりにアレやろっか」

 第四音素で全員分の保護膜を張る。砂漠やケテルブルクでも実はやっていて、途端に暑さが軽減され、経験のないシンクがボクに問う。

「なにこれ」

「ボクの得意技。暑さで体力消耗したくないし」

「………………」

「シンク?」

「……何でもない。これ、切らさないでよ」

「え、うん。勿論……」

 よく分からない要求に少しぽかんとしつつ頷く。そんなに暑いところが嫌いなのだろうか。

(……あ)

 ふと、嫌いという言葉で思い出す。そういえば、彼はザレッホ火山の火口に捨てられたと言っていた気がする。ならこの場所はあまり良い思い出のない場所だろう。ボクの保護膜が、何か助けになっているのかもしれない。踏み込んで尋ねることでもないので、何も聞かずにおくことにした。

 溶岩の中空に続く道を進めば、やがてセフィロトの扉が見えてくる。テセが解呪し、揺らいだ体を隣から支える。

「イオン様、扉を解放する度に倒れますね」

「すみません……」

「いいんですけど、心配ですぅ……」

「ごめんな、イオン」

「いいえ。お役に立てて嬉しいです」

 血の気の失せた顔でそっと微笑むが、全然大丈夫そうではない。メジオラ高原で解呪してからあまり時間も経っていないし、体は弱る一方だ。休憩を挟めた方がいいだろうが、テセ本人が強行軍を望んでいる。皆もその意志を尊重していた。

(ティアだって身を犠牲にしてる訳だし……ティアが倒れたり、ヴァン謡将が動き出す前にやりきらなきゃいけないのも本当だから)

 創世暦時代の遺跡が広がり、仕掛けを解いて馴染みの空中通路を繋げていく。火山の内部だからか第五音素による仕掛けが多いようだ。全て解くとパッセージリングへの道が繋がり、見慣れた巨大な音機関のある空間へ出る。ティアが起動させ、ルークが指示を書き込む。

「終わったよ」

「次はロニール雪山か?」

「そうですが、その前に一度ベルケンドに戻って、スピノザに頼んだ検証を確認しましょう。それ如何で、障気の処理について答えが出せます」

 大佐の提案に同意し、来た道を戻る。特に問題なく図書館へ戻り、そのまま教会、ダアトの街と抜けアルビオールへ乗る。空を飛べば陸路や海路よりずっと早くベルケンドへ着いた。

「アルビオールってホント速いね。ダアトから港行って船乗って……ってやってたら一週間はかかっちゃうよ」

「この機動力のお蔭で、ヴァンもこちらの動きを追えていないのかもしれません」

「ロニール雪山では待ち伏せされてるだろうけどね」

「どういうことですの?」

 ナタリアが首を傾げ、面倒臭そうにしながらシンクは話を続ける。

「今までは泳がされてたんだよ。外殻大地を安全に降ろされようが計画に支障はない。でもアンタ達がちょろちょろと目障りなのも事実だ」

「今後の計画の邪魔になりそうだから潰しに来るってことか」

「……ヴァン師匠とも会うのかな」

「兄さんと戦わないということはないわ。私達は兄さんの計画を止めるために動いているのだから」

「……ああ。分かってる」

 ルークにとっては師であり、自分を騙していた残酷な親代わりだ。ボクの師がとんでもない悪党でした、と想像すれば近いかもしれない。そもそも信用がないので、ボクが裏切りだと感じるような行いが思い浮かばないが。

 第一音機関施設でスピノザに会えば、好感触だった。ディバイディングラインを利用した隔離方法のようで、外殻大地が全て降下されれば星の引力との均衡によって力場が下方向へ移動するらしい。その力を膜として利用して障気を大地の下───地核へ押し戻す計画だ。

「でもそれだと障気は消えないよな。また発生しないのか?」

「障気が地核で発生しているなら、魔界に障気が溢れるのはセフィロトが開いているからです。外殻の降下後、パッセージリングを全停止すれば……」

「セフィロトが閉じて障気は外に出て来なくなる」

「地核の振動は停止しているから、液状化していた大地は急速に固まり始めていますわ。だからセフィロトを閉じても大陸は飲み込まれないのですね」

「すっげーじゃん、それ!」

 聞けば理屈は分かるが、よく考え付くものだと思う。物理学が専門ではないのに、流石は大佐だ。専門家のスピノザから見てもこの案は称賛され、実行に移せるようだ。以前ボクが提案した「蓋」も、並行して検討されることになった。

 後はロニール雪山のセフィロトへ行くだけだ。

「グランコクマを発ってから満足に休んでいませんでしたし、一晩休んでからに致しましょう」

 ナタリアの指摘の通り、アルビオールでの移動中に休むくらいしかしていない。ロニール雪山では待ち伏せも考えられるし、提案に乗ることにした。テセの体調も気に掛かっていたし丁度いい。

 建物の外に出ればすっかり陽も暮れかけていて、大人しく宿へ向かう。

「じゃあいつも通り二人一部屋で」

「シンクは一人でいいよね?」

「アンタ達の誰かと相部屋なんてお断りだよ」

 念のため確認すれば心底嫌そうに返される。監視を付けなくていいのかという話もあるが、自分から進んでついて来ている人間に監視が必要とも思えない。グランコクマから今までの協力する姿勢を見てもいるし、皆も一先ずはボクの意見を汲んでくれるようだった。

 シンクが先に行ってしまえば、今よとばかりにアニスがボクとシンクについて問う。

「アリアはなんで地核に飛び込んでまで、シンクを助けたの? 元々仲良しって訳でもないんでしょ?」

「うーん、ヴァン謡将に捕まってる間に話す機会が多かったのも無関係じゃないけど……腹が立ったから」

「腹が立ったって……何に?」

「レプリカを理由に自分を使い捨てること。それって、認めたらルークやテセも同じになっちゃう気がして」

 勿論ボクも。だから矜持が許さなかった。そんな風に死を受け入れることが理不尽に見えた。あの瞬間ボクを動かした衝動は、身勝手なものだったと分かってはいる。

「……それだけ? それだけが理由で地核に飛び込んじゃったの?」

 アニスは信じられないと言いたげだ。文字通り命懸けだったし、信じ難く思われるのは分かる。ナタリアやティアも話に加わる。

「情熱的な方でしたのね……」

「それがアリアにとって譲れないものだったのよ。私が兄さんを許せないように……」

「……アリアはレプリカも一人の人だって思ってるんだな」

「勿論。ボク自身も自由だし、ルークやテセも、シンクもそうだよ。レプリカだからって消耗品なんかじゃない」

 ハッキリと返せば、ルークは「そっか……」と小さく呟いた。それから眼を上げて、彼はまっすぐボクを見る。

「アリアの考えは分かった。でも、あんまり無茶しないでくれよ。アリアも大事な仲間なんだからさ」

 念押しされて頷く。仲間と言ってもらえて嬉しいものはある。そうして向けられる親しさを、無下にはしたくないと思った。










*****










 翌朝、まだ陽が昇りきらない内にシンクに起こされる。

「シンク……? こんな朝早くにどうしたの……」

「置いて行かれたくなかったら黙ってついて来い」

 急かされ、訳も分からず宿を抜け出す。その際、見れば同室のティアの姿もなかった。どこへ行ったのだろう。

 先を歩く背を追って港へ着けば、漸くシンクは事情を話してくれる。ヴァン謡将の使う船が来ている───それへ乗り込もうと言うらしい。

「ヴァン謡将の? なんで?」

「確かめたいことがある」

「あ、ちょっと……」

 それだけ言うと堂々と名乗って乗り込んでしまった。戻ってくると思われていたのか、神託の盾に行く手を阻まれることもない。

 皆に言わずに出て来てしまったし、シンクの考えが変わってボクを差し出す可能性もある。でもボクは、今はまだシンクを信じていたい。愚かだろうと本心に従って。

 千歳緑の少年の背を追って、ボクは迷わず黒い船へ踏み込んだ。










*****










 黒い船はタルタロスに似ていて、以前廃工場でテセを拐った時のものだと思う。教団を離れた神託の盾はここへ身を寄せているようで、どこを歩いても神託の盾の兵に出会した。

 敵対する組織の船を堂々と歩けるのはボクの前を歩くシンクのお陰で、六神将様々だ。見慣れない人間がシンクといるからか、言葉にされなくても奇異の目に晒されているのは伝わった。

 船の一室に入ると「大人しくしてろ」と置いてけぼりを食らう。情報収集に動くのだろうし自分がいては足を引っ張る。のんびり待てば、戻って来たシンクは思わぬ人物を連れていた。

「アリア!?」

「ティア!?」

 そこにいたのは栗色の長い髪に青の瞳を持つ人───ティアだ。宿になかった姿がこんな所にあったとは。ボク達より先に抜け出して、一人で神託の盾の船に潜り込んでいたらしい。協力者は、その後ろに立つ紅髪の青年のようだった。

「まさか本当に連れてやがるとはな……」

 ボクの姿を認めて苦虫を噛み潰したような顔で呟くのはアッシュだ。ティアとアッシュのセットだなんて珍しい。特に接点もなさそうな二人なのに、どうして一緒にいるのだろうか。

「ベッドにいないと思ったら、こんな所にいるなんて」

「アリアこそどうして……」

「ボクはシンクに連れて来られただけ。ティアもアッシュに?」

「違う。この女が勝手について来たんだ」

 アッシュ曰く、ヴァン謡将の動きを追ってベルケンドへ来たらしい。そこでティアと偶然会い、ティアの方からヴァン謡将の動向について聞いた。その際にワイヨン鏡窟にいるかもしれないという話になり、船に乗り込んで今に至る。

「ワイヨン鏡窟って、ヴァン謡将がフォミクリーを研究してた形跡があったんだっけ」

「ええ。教官がメジオラ高原でワイヨン鏡窟の鉱石を落として……そこでなら、話が出来るかもしれないと思ったの」

「行動的だなぁ」

 彼らにとっては兄と師を説得できる最後のチャンス、ということなのかもしれない。ティアにとっては他人事でないし、衝動的に行動するのも理解できる。

 シンクに確認すれば船の向かう先はワイヨン鏡窟で正しいようだ。アッシュが胡乱気な視線をシンクへ向ける。

「……まさかお前がヴァンを裏切るとはな。どういうつもりだ」

「アンタに説明するつもりはないよ。どうだっていいだろ、互いの目的なんて」

「その女はどうする気だ」

「しつこい。人の事情に首突っ込む前に、自分の世話を焼きなよ」

「チッ……」

 アッシュにとって、ヴァン謡将を裏切ったシンクは不確定要素で、警戒の対象なのだろう。予想通り仲は良くないようで、空気は悪い。ボクは特に気にせずシンクに話し掛けた。

「ティアとアッシュが船にいるって気付いてたの?」

「こそこそ会ってるのは知ってたからね。ヴァンの船に乗る気だっていうのは想定出来た」

 二人を追った、というよりこちらも別に用があったから丁度という感じだ。情報収集に接触して、ボクの存在を聞いた二人がついて来たらしい。

 やがて船は目的地に着いたようで動きを止める。降りれば仄暗い洞窟に迎えられ、所々に顔を覗かせる鉱石のお陰で洞窟内はほんのり明るい。潮の香りが入り込んでおり、足元は少し悪かった。ボクが来るのは初めてだ。

「招かれざる客が多いみたいだな」

 そう言って現れたのはリグレットで、敵対の意志はなさそうだ。ティアがすぐに兄の居場所を聞き、奥にいると伝えられる。

「教官の考えは変わらないのですか」

「私の望みは閣下と共に在る。お前の疑問には閣下が答えて下さるだろう」

 その言葉にティアは少し沈黙すると、迷いなく奥へ進んだ。アッシュも追って、その背を見送って青い瞳がこちらを向く。

「シンク。お前は何故ここへ現れた。我々と袂を分かったのではないのか?」

「それはヴァンの答え次第だ。邪魔するなら相手をしてやってもいいけど?」

 シンクが挑発すればリグレットはゆるゆると首を横に振る。それより優先することがあるようで、シンクの答えをヴァン謡将が聞くならそれでいいようだ。特に止められることもなく奥へ向かうよう言われる。

 リグレットの脇を通り過ぎ、シンクに続いて暗い道を進む。ティアとアッシュの姿はもう見えない。

「ワイヨン鏡窟では何を調べてたの?」

「ベルケンドに置いておけない情報だよ。ホドや同位体の研究だ」

「ホドは分かるけど、同位体も?」

「フォミクリーそのものが禁術に指定された代物とはいえ、生物レプリカはその中でも禁忌だからね。ベルケンドで研究する程間抜けじゃないさ」

 同位体の研究と言えば、どうしてもルークとアッシュを思い出す。二人は音素振動数まで同一の完全同位体のようだが、それと関係あるのだろうか。

 シンクに聞いても「ディストの管轄だから」と正確なことは分からなかった。彼の知る限り、計画に直接的に関わることでもなかったらしい。今ここにヴァン謡将達がいるのは、研究の撤収作業のようだった。

 やがて最奥に着いたようで開けた場所へ出る。そこにはティアとアッシュと対峙する、ヴァン謡将の姿があった。

「……ようやく戻ったか」

「妹との話は済んだの?」

「兄さん……!」

 ティアが兄へ訴えかける声を上げるが、兄は首を横に振って応えた。これ以上話すことはないというように。

「お前が裏切ったと聞いた時には驚いたぞ。そのレプリカは手土産か?」

 ティアに似た青い瞳が冷たくボクへ向き、その視線を遮るようにシンクが割り込む。背に庇われるとなんだか不思議な心地だ。

「その前にアンタに聞きたいことがある」

「……言ってみろ」

「『アリア』をどう使うか……結論は出たのか」

 どこか慎重な問いに、ヴァン謡将は小さく笑う。彼の心情を見透かしたように。

「お前も導師イオンのレプリカということか。よもや被験者と同じ道を選ぼうとは」

「同じじゃない。僕は心中なんて御免だね」

 心中、という言葉に眉を潜める。被験者はどちらも病死という話だったが、ボクの知らない話がまだあったのか。詳細を聞きたいが今は堪える。

「だが、『アリア』を差し出さないという選択は同じだろう。そのレプリカは我々の計画に必要だ。失われたと思っていたローレライの御子だからな」

「ローレライの御子だと……?」

 アッシュも初耳のようだ。ヴァン謡将は頷き、そのまま話を続ける。

「我々の計画は最終的にローレライを消滅させる。そのためには依り代のない意識集合体を、一時的に収める器が必要なのだ」

「それがローレライの御子……アリアだっていうの?」

「ああ。───お前達は始祖ユリアをどう考える?」

 唐突に問いが投げ掛けられる。ローレライと契約を結び、山程の大きさの惑星預言を残した唯一の譜術士。それをヴァン謡将はローレライの代理人───力を分け与えられた御子だと考えているようだった。

「導師の力もユリアには及ばぬ。どちらも根を同じくしたローレライの代理人なのだ」

「それとそのレプリカにどんな関係があるって言うんだ?」

「力を継いだのは被験者の方だ。預言に導師として詠まれてもいないのに、導師の力を持って生まれた……まるでユリアのようにな」

 始祖ユリアはローレライと契約し預言を詠んだが、初代導師ではなかった。導師に選ばれユリアの意志を継いだのは、弟子の一人だった筈だ。その上、とヴァン謡将はボクの……「アリア」の預言を引っ張り出す。

「被験者は預言に『星の記憶を綴る者』と詠まれている。人類史で初めて預言を詠み、星の記憶を綴ったユリアと重なるものがあるだろう。……私はこれを、始祖ユリアの再来と考えたのだ」

「そんなの飛躍してるわ! アリアはユリアの子孫でもないのよ」

「だがホドより血が分かたれた民だ」

「え……」

 衝撃の事実に驚いていれば、かつて教団に引き取った際に名前の記載があったという。今はレプリカ研究施設が失われたのもあり記録がないようだが、そこにあったのは「アリア」という短い名ではなく、ヴァン謡将やティアと同じくミドルネームを含む長い名だったそうだ。それはホドの、それもとても限られた血筋にだけ残された慣習だったと語られる。

「フェンデでない以上直系ではないが、傍系に当たる筈だ」

「だからって……」

「ティア。ユリアの生まれ変わりであるかが重要なのではない。器足り得るかが重要なのだ」

「……そいつがローレライの器だって言い張る根拠は?」

「第三音素の意識集合体だ。お前達も見ただろう、天空を自在に飛ぶ風の鳥を」

 ティアもアッシュも息を呑み、そう言われればボクも否定できない。確かにボクはシルフを喚んだ……契約もしていない身で。ボクと音素の間に高い親和性があるのは事実で、喚べばローレライも応じるかもしれない。

 それでもこの身が器足り得ないのは、レプリカ故だ。

「無理だよ。ボクの体は不出来なんだ。意識集合体を直接宿したら……」

「ディストは既にお前の体の術式を解析済みだ。それへ手を加えてやれば魔物へ変異することもなく、完璧な器とすることが出来る。───理論は既に完成しているのだ」

 流石は大佐の幼馴染で譜業の天才、余計なことをしてくれる。少なくともヴァン謡将は出来ると疑っていないし、ボクを捕まえれば試すだろう。試されてからでは色々と遅い。

 自然とボクの視線はボクを庇う背へと向かう。ここへ連れてきた張本人、シンクは一歩も動かずヴァン謡将とボクの間に割り込んでいる。ヴァン謡将の視線もまた、彼へ向く。選択を迫るように。

「シンク。何を躊躇う。レプリカが道具であることなどとっくに理解していたのではないのか。そのレプリカも、お前も同じだ。預言を消すための道具───惜しむものではない」

「……確かに僕の命は惜しくないよ。こんなもので預言を消してやれるなら差し出せる」

「ならば……」

「でもこいつは駄目だ」

 ハッキリと、シンクは否を突きつける。彼が何を考えてそう結論を置いたのか、ボクには分からない。言われたのは「責任を取れ」という言葉だけ。どうして彼は、ボクをヴァン謡将へ差し出さないのか。

 ヴァン謡将の視線が険しいものへと変わる。

「レプリカであってもか」

「僕は身勝手な性質でね。これ以上アンタにも預言にもくれてやれるものはない」

「……道具が随分と驕った考えを持つようになったようだ」

 鋭い視線がボクへ向いて、しかし非難される覚えはない。レプリカだって意志を持つ個だ。平気でシンクを捨て駒にしようとしたことを、ボクは根に持っている。その感情がつい口を突いた。

「睨まれる筋合いはないよ。先に使い捨てたのは貴方だ、ヴァン謡将。それを使い道があるからって呼び戻そうとする方がどうかしてる」

「ふっ……ならばお前が新たな主となるか」

「そんなつもりはないけど、責任はある。だから手離さない。貴方と違ってね」

「レプリカ同士、傷を舐め合うか。下らぬな」

 せせら笑い、それが少なからず不快だ。レプリカがどうのと、口を開けばそればかり。ボクらがレプリカなのは事実でも、レプリカであることだけが全てじゃない。それを押し付ける考えに辟易とする。

「ティア! アリア!」

 名を呼ばれ、振り返るとルーク達が駆けて来る。遅れてアルビオールで着いたようだ。どうして居場所が知れたのかは分からないが、スムーズな合流になって有難い。

 ヴァン謡将は事を構えるつもりはないようで、息を吐くようにティアに告げる。

「……迎えが来たようだ。もう行きなさい」

「兄さん! このまま続ければ、兄さんの体だって障気でボロボロになってしまうのよ!」

「それは些細なことだ。私は人類がユリアの預言から解放され、生き残る道筋がつくならそれでいい」

 ボク達が来る前に、ティアはそんな話をしていたようだ。ヴァン謡将の言葉は自己犠牲か、それとも破滅願望か。

 その言葉の通りなら世界は預言に従う程滅びへ向かっているようで、ヴァン謡将のいう解放が行われれば今生きている人類は全て滅びる。生き残る道筋とは何を指しているのだろう。

「師匠! どうしてレプリカ世界にこだわるんだ」

「フォミクリーは大量の第七音素を消費する。この星全体をレプリカ化するには、世界中の第七音素をかき集めても足りませんよ」

 大佐の言葉に否を唱えたのはアッシュだ。ボクらが合流する前に聞いていたようで、その大量の第七音素のためにローレライを利用するつもりだという。

 ローレライは地核に眠っており、地核の振動が激しくなればプラネットストームが強まって供給される第七音素の量も増す。だから地核の静止を嫌がっていたのだ。

「フォミクリーは不完全です。しくじれば、すぐに消滅するようなレプリカが誕生する」

「それは第七音素がレプリカから乖離するために起きる現象だ。乖離を止めればレプリカは消えぬ」

 音素が乖離する理由は、音素が同属性で引き合う性質を持つから。物質から乖離しやがてプラネットストームへ戻る……そう循環するように出来ている。

 だが、ローレライが消滅したならどうか。余剰第七音素が消え、引き合う第七音素は存在しなくなる。それがヴァン謡将の掲げるレプリカ世界の成立のようだった。

「預言は第七音素がなければ詠めない。世界から預言は消え、レプリカも消滅しなくなる。一石二鳥だ」

「兄さんはそのために、ルークを利用するつもりなのよ」

「これは出来損ないでは無理だ。アッシュでなければな」

「………………」

 ヴァン謡将の言葉にアッシュは答えない。

 そこへ神託の盾の兵が現れ、資料の積み込みが終わったと報告する。ヴァン謡将はボクらに背を向け、アッシュとシンクに言葉を残す。

「私にはお前達が必要だ。アブソーブゲートで待つ」

「兄さん、待って!」

「……お前とは戦いたくはなかった。残念だよ、メシュティアリカ」

 兄妹の情があって尚、優先されるのは思想のようだ。その背は止まらず歩み去る。すぐにアッシュも後を追っていなくなってしまい、ボクらも街へ戻ることになった。
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