和平の使者
朝一番に一人でローズ夫人の元を訪れ、「チーグルの森を調べてくるから報酬頂戴♡ ついでに解決したら報酬増やして♡」という約束を取り付けたところで、ルーク達に合流した。
「どこへ行っていたの?」
「昨日の導師とか守護役とか大佐とか、いないかなーて」
「いたのか?」
首を振って答えると、ルークは不満そうに舌打ちをした。用事を済まさないともやもやするタイプの人間らしい。
三人を捜していたかと言えばまぁ捜していなくもなかったので、嘘ではない。野次馬根性だ。残念ながら彼らの姿はなかったので、今は二人を促してチーグルの森へ向かうことにした。
*****
「頑張れー♡」
「てめぇ! 戦うって言ってただろーが! 何サボってんだよ!」
「戦えるって話をしただけだよ。だいじょーぶ、必要なら戦うから」
「今戦え!」
「ルーク! 戦いに集中して!」
「俺が悪いってのかよ!?」
チーグルの森までの道で魔物を倒しながら、馬鹿みたいな会話をする。様子を見るに、ルークはやはり剣を、ティアは術を使うようだった。
ティアは単なる譜術士という訳でもなく、譜歌を用いた癒しの力が使えるようだった。第七音譜術士であり、音律士でもある。基本の武器は杖を構えているが、補助的に投擲ナイフも扱うようだ。
(譜歌を扱えるってことはやっぱり神託の盾の一員なのかな)
譜歌は音律士にしか扱えないものであり、音律士は神託の盾に所属している。神託の盾で学んで音律士になるのだ。
ただ、彼女の譜歌は少し様子が違う。譜歌は消費する音素量が少なく術者の負担が軽い反面、威力が譜術に劣るのが特徴だ。だが彼女の譜歌は譜術に劣らない。どういう理屈があるのだろうか。
考えていると魔物を倒し終わり、ルークが詰め寄ってくる。
「お前! 戦えよな!!」
「か弱い乙女に強要するの?」
「誰がか弱い乙女だ!? 旅慣れてるって散々言ってたじゃねーか!」
「でも二人で手は足りてるじゃん。ボクが参戦する程の敵じゃないと思うなぁ」
「そういう問題じゃねぇ!」
賑やかな旅路で何よりだ。実際ただサボっていた訳ではなく、二人の戦い方と力量を見たかったところが大きい。
ティアの方は訓練された軍人のように正確な戦い方をするのに対し、ルークは剣術以外は素人の動きだ。それでも魔物相手に怯むことなく向かっていくのは評価できる。彼がボクの予想する「ルーク」なら長く軟禁されて育った筈だし、魔物と相対する機会などなかっただろう。
そこでふと、気になっていたことを問う。
「ところで、二人はどういう関係なの?」
「偶然一緒にいるだけよ。互いに望んでのことではないわ」
「当たり前だろ。誰がこんな冷徹女と」
「貴方はその口の悪さを直した方がいいわ」
「余計なお世話だっつーの!」
言い合う様は自然で演じているようには思えない。本気で仲があまり良くないようだ。この様子では、ティアはルークの護衛……という訳でもないらしい。それでも二人の目的地は同じで、ティアはルークの我儘に付き合ってチーグルの森への寄り道も許している。余計に二人の関係が分からなくなってしまった。
まぁいいや、と思考を投げ出して気楽にする。食料泥棒の件が片付けばバチカルまでの道案内に名乗り出るつもりだし、事情はそれから聞ければいい。聞けなくてもまぁ困らない。
その後は譜術士や音律士、譜歌の説明をティアと共にしつつ森へと向かった。
*****
チーグルの森は比較的魔物も穏やかな土地だ。危険な草花もあるが綺麗な場所で、明るい木漏れ日に整った林道は、旅の素人でも心配せず歩けるような森だった。
(空気が澄んでる……音素の純度が高いんだ)
音素は物質を構成する元素であり、エネルギーそのものだ。剣技や譜術に込められる特異な力であり、戦艦タルタロスなどの譜業───音機関を動かすのも音素だ。
純度が高い程貴重で扱いやすく、効果も高い。濃度が高い場所では息苦しさを覚えたり、音素酔いなんて現象を起こすこともある。
「ここがチーグルの森か……よし、さっさと調べて証拠を突き出してやろうぜ」
「闇雲に行動しては危険よ。魔物の気配に気を付けながら、慎重に進みましょう」
「へーへー」
一周回って噛み合った呼吸でやり取りを交わす。緊張感がなくて気が楽だ、なんて思っているとハッとルークが声を鋭くした。
「おい、あれ───イオンって奴じゃねぇか!」
「!」
示された方を向けば魔物の群れが眼に入った。ウルフ───灰色の狼に似た魔物だ。その群れに囲まれるように一人の人間の姿が見える。
白い法衣に千歳緑の髪───昨日ローズ夫人の家で会った導師イオンその人だ。認識してすぐにボクとティアが動く。地を踏み、それぞれに駆け出そうとする。
だがボクらが次の行動に移る前に、導師が行動を起こす方が早かった。
導師を中心に譜陣が描かれ、音素の輝きが立ち上る。譜は音であり、旋律であり、音素に与える規則性だ。その光が一際強くなり、瞬きの間にウルフを一掃する。
あまりに一瞬で呆気なく、跡形もなかった。
「すご……」
その瞬間に大量の音素が消費され、強く瞬いたのが分かる。導師という肩書きは伊達ではない。
なんて感心していれば、目の前で導師の華奢な体が大きく揺らぎ、崩れ落ちる。今度こそボクらは駆け寄って、ティアがその身を慎重に抱き起こした。
「おい、大丈夫か!」
「診せて」
ルークの呼び掛けに応えはなく、顔色は紙のように白い。呼吸も浅く強い疲労が窺えて、ボクは傍らに膝を着くと彼の腕へ手を伸ばした。
白い法衣の袖を捲り細い手首へと触れる。そうして体内音素の流れを読んで───息を呑んだ。
(なに、これ)
思いもしない結果に一瞬思考が追い付かない。体を構成する音素が著しく減少していた。細胞同士を繋ぐ力が弱まり、生き物としてのバランスを崩し掛けている。
それだけでも想像を越えた怪現象だったが、驚くことはそれだけに留まらなかった。
(体を構成する音素が……第七音素しかない)
言葉が出ない。本来、人の体を構成するのは第一から第六までの六つの音素だ。それと、記憶粒子と呼ばれるもので人間は成り立っている。第七音素で構成された肉体なんて見たことがない。
───「これ」は何だろう。
「貴方は……医者ですか?」
うっすらと千歳緑の瞳が開き、苦しそうな声で問われる。それでハッとして、ボクは彼から手を離した。何もなかったように繕って。
「……違うよ。ちょっと診れるだけ。それより、今のはダアト式譜術?」
「はい……」
「上手く言えないけど、あんまり使わない方がいいよ。体への負担が大きすぎる」
彼の体内音素が異常に失われているのがダアト式譜術───導師のみに伝わるとされている特殊な譜術のせいなのか、肉体が第七音素のみで構成されているせいなのかは分からない。それでも倒れたのと無関係ではないと思って忠告する。
導師は申し訳なさそうに謝罪を口にしてゆっくりと体を起こす。立ち上がるのを手伝った。疲れを逃がすようにそっと息を吐いて、導師がボクらを見回す。
「貴方がたは、確か昨日エンゲーブにいらした……」
「ルークだ」
「ルーク……古代イスパニア語で、聖なる焔の光という意味ですね。良い名前です」
古代イスパニア語は現在一般的に使われているフォニック言語の前身だ。教団が詠むお告げ───預言は古代イスパニア語で記されているというし、導師が知っていても不思議はない。
続いてティアが名乗る。
「私は神託の盾騎士団、モース大詠師旗下情報部、第一小隊所属。ティア・グランツ響長であります」
正式な名乗りに内心驚く。神託の盾の所属かもとは思ったが、思っていたより意外な人物だった。彼女自身は有名人という訳ではない。問題は姓の方───「グランツ」の部分だ。
ボクが思い至ったことに、導師が言及した。
「! 貴女がヴァンの妹ですか。噂は聞いています。お会いするのは初めてですね」
「はぁ!? お前がヴァン師匠の妹!? じゃあ殺すとか殺さないとかって、あれは何だったんだよ!?」
「殺す……?」
ボク以上に驚いた様子のルークから更にびっくりする話が飛び出す。やけに物騒で、導師も訝しむ視線をティアへ向ける。彼女は慌てた様子で話を逸らすが、ルークは話が逸れることを許さない。
何ならボクも聞きたい。主席総長の命を何故その妹である彼女が狙うのか。だが容易に踏み込んで良い内容ではなく、「故郷に関わることだから」とそれ以上の言及を避けられてしまう。
渋々ボクが名乗る番になる。
「名乗る程じゃないけどね。ボクはアリア。旅の何でも屋だよ」
「アリア……祈りを意味する名ですね。美しい響きです」
「どーも」
「何でも屋って何するんだ?」
「何でも。基本は魔物退治とかお使い、困り事の解決だね」
そんな会話を交わしていると、視界の端に小さな動物の姿を見付けた。二頭身の縮尺に、もふもふの毛並みと頭身と同じだけの大きさがある袋状の耳。
大きくつぶらな瞳がきょろきょろと何かを探すように動き、ぴょこぴょこと耳を揺らして森の奥へと消えて行った。チーグルだ。
ボクらは会話を中断し、慌ててその小さな姿を追って奥へ踏み入ることになった。
*****
「ホラ見ろ! お前らがノロノロしてっから逃げられちまった!」
小さな姿を見失ってルークにどやされる。だが導師は落ち着いたもので、「この先に巣があるから大丈夫だ」と返す。
何故そんなことを知っているのかと問えば、食料泥棒の件が気になって調べたからだと答えが返る。彼がチーグルの森を一人で訪れたのは、事件の真相を知るためらしい。
聖獣チーグルは教団の象徴であり導師として見過ごせない、というのが導師の主張だ。この無謀さでは守護役の苦労も偲ばれる。
「チーグルは魔物の中でも賢くて大人しい。人間の食べ物を盗むなんて、おかしいんです」
「被害が始まった時期に北で火事があったって話もあったしね。なんか関係あるのかも」
「ええ。それも合わせて、チーグルの森の様子を確認したくて……」
ご立派だが、それで単身こんな所まで入り込むなんて危険な話だ。本来なら村まで送り届けた方がいいかもしれない。だがルークの意見は違った。
「仕方ねぇ。お前も付いてこい」
「え……よろしいんですか?」
「何を言ってるの! イオン様を危険な場所にお連れするなんて!」
ティアがとんでもないと声を大きくして反対する。だがルークも考えもなく口にした訳ではなかった。
「だったらこいつをどーすんだ。村に送ってったトコで、また一人でのこのこ森へ来るに決まってる」
「それは……」
「ほれ見ろ。それにこんな青白い顔で今にもぶっ倒れそうな奴、ほっとく訳にもいかねーだろーが」
ティアが息を呑んで、ルークからそんな考えが出てくると思っていなかったのだろう。導師の表情が緩み、ルークへ礼を口にする。
「ありがとうございます。ルーク殿は優しい方なんですね」
「だ、誰が優しいんだ! アホなこと言ってないで、大人しく付いてくればいいんだよ!」
顔を赤くして少し乱暴に言い返す様子に、照れ隠しであると気付くのは難しくなかった。そういえば、前にボクの心配をしてくれた時も似たような反応があったと思う。
少しルークの見方が変わった瞬間で、ボクも彼の考えに乗ることにする。
「チーグルの森はそこまで危険じゃないし、ボクらで護れば大丈夫だよ」
「護って下さるんですか?」
「こうなったらしょうがないよ。ね、ルーク」
「俺は別に……! 足手まといになるなっつってんだ! それと、俺のことは呼び捨てでいいからなっ! 行くぞ!」
「はい、ルーク!」
導師が応え、先に歩き始めてしまったルークについて行く。ボクもティアに眼をやって苦笑を送り、歩みを促す。彼女は一つ息を吐いて、納得したように足を前に出した。
*****
開けた場所に出て、一際大きな大樹の前に立つ。周辺にチーグルの姿が幾らかちらつき、ここが巣のようだった。
手分けして周囲を調べれば、エンゲーブの焼き印がされた林檎を見付ける。やはりチーグルが食料泥棒の犯人だったようで、証拠が得られたとルークが喜ぶ。
「チーグルは木の幹を住み処にしています」
言って、導師が堂々と大樹の洞へと足を踏み入れる。その不用心さに慌ててティアが追い、ボクとルークも遅れて入る。導師には恐れというものがないのかもしれない。
中へ入れば青々とした草の匂いよりも、微かに甘い木の香りが強くなる。差し込む日差しが減って視界が暗くなるが、すぐに眼は慣れた。
気付けば数多のチーグルが行く手を塞ぐように犇めき、色とりどりに並んでいた。
「みゅっ、みゅっ」
大人しいだけあって害意は感じない。当然、魔物と言葉が交わせる筈もない。始祖ユリアは彼らと言葉を交わして契約を結び力を借りた、なんて言われているがどうやったのか。
その疑問の答えはすぐに提示された。
「ユリア・ジュエの縁者か?」
チーグル達の輪を割って、奥から一匹のチーグルが姿を現す。少しくすんだ紫の毛並みのチーグルで年老いた個体に見える。その手にドーナツ型の何かを持って話し掛けてくる───人間と同じ言語を使って。
「おい、魔物が喋ったぞ!」
「ユリアとの契約で与えられたリングの力だ」
どうやら手に持つドーナツ型の何かが作用しているらしく、ソーサラーリングという物らしい。
驚く展開だが言葉が通じるなら話は変わってくる。ボクらは何故エンゲーブで食料を盗むのかと、チーグル族の事情を聞くことにした。
「チーグル族を存続させるためだ。我らの仲間が北の地で火事を起こしてしまった。その結果、北の一帯を住み処としていたライガがこの森に移動して来たのだ。我らを餌とするためにな」
ライガというのは巨大な虎のような、大型の肉食獣だ。人間を餌とすることもあるため、村の近くに棲み付いた場合には退治することも少なくない。そんな危険な魔物の怒りを買い、同胞が食われることを避けるためにエンゲーブの食料を盗んで届けるようになった、ということらしい。
正直に言えば同情しても仕方がない。自業自得だと思うし、チーグルが滅びようがボクには関係がない。だが、事はチーグルを村に突き出して解決する範疇を越えていた。
「そうしたら、今度は餌を求めてライガがエンゲーブを襲うでしょうね」
「あんな村、どうなろうと知ったことか」
ティアの言葉にルークが鼻を鳴らすが、生憎とそうはいかない。エンゲーブがライガの被害に遭えば、今の食料泥棒の比でない実害が村に出る。それは巡り巡って自分に及ぶ不利益を問題視してここへ来た身として見過ごせない。
仕方がなく、ボクは口を開く。
「ボクが解決する。ルーク達は先に村に戻っていいよ。チーグルが食料泥棒だっていう証拠は見付かったんだし」
「一人でライガと対峙するつもり? 危険だわ!」
ティアには反対されるが、それが最善の筈だ。元々証拠を探しに来たルーク達とボクの目的は違う。ボクは解決までを視野に入れて来たのだ。
ライガ討伐は思ったより重たい仕事だが、やれない程じゃない。「それじゃあ」と簡単に別れを告げようとして……思わぬ待ったが掛けられた。
「僕も行きます」
「え」
「導師イオン!?」
「教団の導師としてチーグル族の問題は見過ごせませんし、このままエンゲーブが襲われるのを黙って見ている訳にもいきませんから」
だからってまたとんでもないことを言い出す。ボク一人ならまだしも、導師を連れてライガの下を訪れるのは危険すぎる。志が立派なのは良いが、流石に困る。
「ちょっとそれは……君を護りながらは負担が大きい」
「お願いします。僕に考えがあるんです」
何かと尋ねれば、ライガを説得すると彼は言う。リングを持ったチーグルに通訳をお願いし、ライガの気を鎮めるつもりらしい。
幾らなんでも無謀だ。人間側が無用な血が流れることを嫌っても、ライガがそれを厭う理由はない。言葉よりも暴力が答えとして返って来そうだった。
「一度試して見るのは構わないけど、ボクと君だけなら絶対に許可しない。それくらいならボク一人で行く」
「……それなら、僕も一人で交渉へ向かいます」
「無茶言うなぁ」
導師が一人でライガの下へ行くなんて下策中の下策だ。どう考えても襲われておしまいに決まっている。死ぬと分かっていて放り出す程薄情でもない。
仕方がなく、ちらりとルークを見た。
「な、なんだよ、その眼は……」
「いや別に。か弱い旅人と今にもぶっ倒れそうな導師を置いて、帰っちゃうのかなって」
「先に帰っていいって言ったのはお前だろ!」
非難するように声が返ってきて、こちらの意図は伝わったらしい。それから些細な根比べをし、ルークが折れる。彼は煩わしそうに頭を掻くと、ボクらの都合に付き合ってくれるようだった。
ティアも付いて来てくれるようで、話が纏まったのを察すると老いたチーグル───族長が一匹のチーグルを選出する。北の森を焼いた件のチーグルらしく、まだ仔供らしい。
族長からリングを受け取ると、それを浮き輪のように装着して、明るい青緑の毛色をしたチーグルはボクらを見上げる。しゃがんでまだ小さい体長に、小さな手足がちょこちょこと動かされる。
「ボクはミュウですの。よろしくお願いするですの」
「……おい。なんかむかつくぞ、こいつ」
「ごめんなさいですの、ごめんなさいですの!」
「だーっ! てめぇ、むかつくんだよ! 焼いて食うぞオラァ!」
ボクの関心は袋状の耳の中身が脂肪なのか肉なのか、という点だったが、人によって思うことは違うようだ。またちょっと、騒がしい要素が増えてしまったようだった。
*****
チーグル族は炎を吐く種族であり、ミュウも仔供ながらリングの力を借りて炎を吐けるらしい。役に立とうと開示された情報だったが、つまりライガの住み処を焼く時にリングを持ち出していたということだ。思わぬところで余罪が見付かる。
導師によればソーサラーリングは響律符の一種らしい。響律符とは装飾具であり、特定の音素の威力を強めてくれたり、身体能力を強化してくれたりする。譜石から作られており、最近では民間人もお洒落の一環で身に付けている。
譜石は預言を詠む際に生成される石で、譜を刻むと様々な効果が得られるため再利用されている。音素灯と呼ばれる一般的な灯りもそうだ。
その辺りの一般常識を、またも何も知らないルークに共有しつつ森の深部へと向かう。ライガはこの森の深部に棲み付いたらしい。ミュウの案内に従って進む。
やがて、チーグルの巣とはまた違う開けた場所へ出る。
森の最奥、木々の根が張る地盤に出来た自然の空洞だ。その巨大なドーム型の空間に、虎に似た巨大な魔物が寝そべっている。成人男性を優に越える巨体の凶暴な肉食獣───ライガだ。
まだこちらには気付いていない。
「あれが女王ね」
「女王?」
「ライガは強大な雌を中心として集団で生きる魔物なのよ」
ルークの疑問にティアが答えてやり、その間にボクは視線を走らせる。どうやら他にライガの個体は居ないらしく、不幸中の幸いだ。仔供であっても肉食獣は十分な脅威で、戦う数は少ない方が楽だ。
導師に促され、ミュウが通訳として前へ出る。そのまま鳴き声を上げライガ・クイーンへ何かを語り掛ける。
暫く待てばライガ・クイーンの巨体がゆっくりと起こされ、咆哮が返される。それは威嚇に違いなく、大気が震えた。どうやら円満に交渉が進みそうな様子ではない。
ミュウの小さな体が気圧されるように地を離れて軽く転がり、慌てて三人ともが駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「おい、あいつは何て言ってんだ?」
「卵が孵化するところだから、来るな……と言ってるですの。ボクがライガさん達のお家を間違って火事にしちゃったから……女王様、凄く怒ってるですの……」
それは正直ライガ・クイーンの反応が正しいと思う。だが問題はそこではなく、ボクと同じようにティアと導師にも緊張が走る。
卵を守るライガは凶暴性を増している。ただでさえ簡単でない話だったのが余計に難しくなってしまった。
「卵の孵化は困るね。チーグルが滅べば導師が哀しい顔しちゃうし、村が滅べば世界中が食糧難になっちゃうよ」
ライガの仔供は人を好む。故に繁殖期前に街の近くに棲むライガは狩り尽くされるのだ。
このまま何もしないで立ち去れば、ライガは食料を求めて街へ大挙するだろう。最早、チーグルの犠牲では事は解決しない。
導師は尚も説得を試みるが、ライガ・クイーンの答えは先より大気を裂くような咆哮だった。あまりの振動に地盤が揺れ、軽い落石が起こる。
「ちっ!」
ルークが剣を抜いて割り込み、落石に巻き込まれかけたミュウを庇う。ここへ来るまでのミュウの扱いは大分悪かったが、危険な時に庇ってやる気持ちはあるらしい。ミュウは嬉しそうだ。
「あ、ありがとうですの!」
「か、勘違いすんなよ。おめーを庇ったんじゃなくてイオンを庇っただけだからな!」
ミュウと導師では庇いに出る位置が全然違ったのだが、余計なことは言わないでおく。
何にせよ今は遊んでいる場合でなく、ライガ・クイーンはその巨体を起き上がらせている。のしのしとゆっくりとこちらへ歩みを進め、眼には獰猛な光があった。
「ボク達を殺して孵化した仔供の餌にでもするつもりみたいだね」
「来るわ……導師イオン、ミュウと一緒におさがり下さい」
「お、おい……ここで戦ったら卵が割れちまうんじゃ……」
「寧ろ好都合だよ。孵化する前に割っちゃえばエンゲーブの安全も買える」
「お前……!」
「アリアの言う通りよ。残酷かもしれないけど、それが最善の状況だわ」
感情のままに否を唱え掛けるルークの言葉を、冷静なティアの声が制す。彼女は前へ進み出ると杖を構え、ボクもまた身構えた。
ここで迷うことが出来るルークは優しいのかもしれない。けれど、迷いは命を脅かす。
(元々ボクの目的はライガ・クイーンの討伐だし、仔供か成体かなんて問題にならない)
仔を守る母だから、生まれる前の卵だから。それで何が変わると言うのか。いつ命を奪ったところで同じであり、本質的には物が壊れるのと変わらない。
人の命が尊いなんて、そんなことがないのと同じように。
「く、くそ……!」
毒吐いて、ルークも抜き身の剣を構え直した。納得は行かずとも自身の役割を忘れてはいないらしい。それに感心すると同時に、ライガ・クイーンも動く。
「──────ッ!」
咆哮があり、巨体が突進してくる。大型でありながら動きは俊敏で、肉食獣の脅威が大迫力で迫ってくる。
それを左右に散開して避け、各々役割へ回った。
「ルークはライガ・クイーンを引き付けて! なるべく正面から攻撃を受けないよーに!」
「簡単に言いやがって!」
「出来るでしょ、ルークなら!」
「っ、くそ!」
文句を言いたげにしながらもルークはお願いを聞いて前へ出てくれる。ただでさえ獰猛な姿に腰を抜かしてもおかしくないのに、凶暴性を増したライガの前に飛び出すなんて根性がある。
(なら、その根性に応えなきゃね)
手を自身の胸に当て、息を吸う。音素を体に取り込み譜を与える。譜は音であり、旋律であり、法則だ。音素に与えるルールで、意志の表れ───ボクが詠うのは、譜歌だ。
補助の力を持ったそれはボクらを包み、身体能力を強化する。同時にある程度のダメージは軽減してくれる。体は軽い。
「譜歌……貴女、音律士だったの!?」
「独学だけどね」
ティアの驚きに答えて、中空に音素を編む。形作るのは六本の光の槍だ。それはボクの周囲で煌めいて、地を踏む。音素と踊るようにして、ライガ・クイーンとの距離を詰めた。
「んなっ!?」
「第六!」
鋭い爪が振るわれてルークが下がった隙に脇から第六音素を叩き込む。光の性質を持つそれは巨体へ降り注いだ。
「まだまだ! 第五!」
次に呼び掛けるのは第五音素だ。炎を属性に持つそれは願った通り、ボクの周囲に火球となって現れる。それを至近距離から、連続で叩き込んでやった。
「──────ッ!」
「わわっ」
光の槍に毛皮を裂かれ、熱に焼かれたライガ・クイーンの咆哮が上がる。
ビリビリと大気が震える。それはミュウを転がしたようにボクの体も浮かし、吹き飛ばした。
器用に宙で受け身を取って着地すると、同様に下がったルークから声が飛んできた。
「なんだよ、今の!」
「ボクの戦い方。ルークの動きをサポートするから、切り込み隊長頼んだよ!」
「はぁ!?」
「ほら来るよ!」
ライガ・クイーンの巨体が突っ込んでくる。それを転がって交わして、体勢を整えたルークが突っ込んでいく。
そうして注意を引いてくれている間に、横合いからボクが、離れたところからはティアの譜術がライガ・クイーンを襲う。
それを慎重にタイミングを読んで繰り返せば、決して状況は劣勢ではない。少しずつライガ・クイーンへのダメージが蓄積され、ルークの刃も届くようになる。
「オラァ!」
「コチコチハンマー!」
ルークの剣閃とティアの技が重なり、巨体が怯む。それは確かな手応えで、ボクも第五音素で追撃をかける。
「───燃えて!」
音素を集め、火柱の形に顕現させる。その中央で痛みにライガ・クイーンが嘶き、ボクは距離を取った。ルークが問う。
「やったか!?」
「まだよ、油断しないで!」
ティアの言葉通り、ライガの女王はそんなに簡単に倒れてはくれない。咆哮と共に火柱を吹き飛ばすと、その姿を露にする。
戦い始める前と比べれば、毛皮は裂かれ、体のあちこちから出血がある。胴の一部は焼かれ惨い変色で痛々しい。動きも幾らか鈍くなっているし、攻撃は効いている筈だ。
だが堂々とそこへ佇む姿には王者の振る舞いがあり、巨体が揺らぐこともない。のそり、と足が前へ進められる。
「まだ倒れねぇのか……!」
「焦らないで、確実に行こう。こっちの攻撃は効いてるよ」
「分かってる!」
ルークから元気のいい反応があるが、こちらの疲労も見過ごせない。傷は癒しの力で塞げても、失われた体力までは戻せない。
同様に、譜術や譜歌だって無限ではない。音素の力を借りるには集中が必要で、繊細な譜は心身に負担を掛ける。これ以上長引かせたくないのが本心だった。
「いい加減、倒れろぉ!」
ルークが駆け、剣を構える。ライガ・クイーンの尾が振るわれ、それを身を屈めて避けた。そのまま刃を振るおうとして───違和感。
ぴり、と空気が震えた気がした。
「───ダメ! 下がって!」
「!?」
直感に従って警告すれば、慌ててルークも剣を引き戻した。下がろうとする彼の前にティアが障壁を張る。
ボクもその場で身を翻した。音素の膨張を背に感じる。迷えない。一秒が惜しい中で選択する。
静電気のような何気ない大気の揺らぎ───それが実体を得るのを感じながら、驚きに見開かれた千歳緑の瞳の前へ。
「アリア───」
「───音素!」
滑り込み、瞬時に障壁を張る。それが間に合ったか、否か。
直後、空間を埋める程の放電が、視界の全てを焼いた。
*****
意識が途絶えたのは、恐らくほんの数秒だった。ボクの名を呼ぶ声に無理矢理呼び戻されて、頭が痛い。
「───アリア!」
「……っ」
「動かないで下さい! 出血が……」
大丈夫、と答えたいけど体の感覚が少し遠くて形にならない。どうやら一時的に麻痺しているようだ。
倒れた頭上には千歳緑の瞳がボクを見下ろしている。導師は眉を下げて、困惑の形に表情を変えていた。
(起きなきゃ)
指先に力を込めて、強引に体を動かす。途端あちこちから思い出したように小さな痛みが上がってきて、眼で確認すれば火傷のような裂傷が見えた。ライガ・クイーンの雷撃に焼かれたらしい。
「アリア……」
「……大丈夫」
今度こそ声は形になって、痛みを堪えて上体を起こす。裂傷や火傷はあるが、致命的な怪我は負っていない。それを確認して、すぐに第七音素に呼び掛け、癒しの力を働かせる。
「導師、怪我は?」
「僕より貴女が……」
「特にないなら、オーケイ」
体を動かすには随分痛みに耐える必要はあったが、五体満足なら不満はない。
視線を配ればルークも地に這い、ティアはどうにか体を起こしているところだった。二人とも動きがぎこちなく、それが痺れによるものか純粋なダメージによるものかは分からない。
(応急手当は出来るけど、感覚が戻るのはちょっと遅いかも……参ったな)
今すぐ立ち上がったところで体がふらついて話になりそうにない。かといってのんびりしていればライガ・クイーンの追撃に遭うのは火を見るより明らかだ。
件のライガ・クイーンはというと、頭に上った血が下がったようで悠然とそこに佇んでいた。絶対的強者のように、ボクらという獲物を見下ろしている。
───どうしようか。考える。
(決定打が欲しい)
この状況を覆せる強い一撃。命を奪えなくても構わない。ルークが回復して、立ち上がれるだけの時間が稼げるならそれでもいい。
一つ、心当たりはあった。大したことも出来ないボクに出来る、数少ない大技だ。ただそれにはリスクが伴って、うっかり制御に失敗すれば相討ちで済まない可能性もある。それ程のリスクを冒す価値があるだろうか。
逡巡する間に───凛と、声が差し込まれた。
「何とかして差し上げましょう」
「え、」
聞き覚えのある声が、膠着した空気を動かす。風が通り、炎が舞う。蜂蜜色の髪に、所属を示す青い軍服。白い肌に浮かぶ瞳が、雪に溢した血のように赤い。
その足元から数多の音素の煌めきが立ち上る。それは六色の音素を引き連れた、最高の譜術士の登場だった。
「死霊使いの名の下に具現せよ───ミスティック・ケージ!」
直後、譜力の檻が空間を包み、ライガ・クイーンの体を粉々に爆散させた。あまりに呆気なく、あまりに圧倒的に、炸裂する音素は巨体を喰らって。
亡骸すら残さずに、戦いは幕を閉じた。
*****
「はぁ~……!」
大きな溜め息を吐いて、ルークは地面に腰を下ろした。無理に起こしていたのだろうし、色々と限界だったのだろう。
ティアもそっと息を吐くとルークへ近寄り癒しの力を働かせる。ボクもそこへ混ざろうとして、すぐ側から腕を引かれて止められた。
「ったたた、導師!?」
「動かないで、まずは治療を!」
「分かったから、分かったから!」
隣で腕を引いたのは導師だった。か弱そうな見た目に似合わず力が強い。
既に幾らか傷は塞いであるし大袈裟な反応だったが、一先ず従って腰を下ろす。改めて譜歌を詠って傷を癒せば、傍らに座る導師は視線を下げたままぽつりと溢した。
「……どうして、あんな無茶をしたんですか?」
「どうしてって……」
「貴女は僕の守護役ではありません。僕を庇う義務はない筈です」
どこか暗い、ともすれば落ち込んで見える表情で問われれば困惑する。責められているようにも感じるが、明確にそうだとも言えない。何が導師の琴線に触れたのか。
「庇われたくなかった?」
「……貴女が、僕の代わりに傷を負う必要なんてありません」
「微妙に答えになってないなぁ……」
ぼやいてから答えていないのはボクも同じかと思う。何故導師を庇ったのか。答えは改めて問われる程難しくもない。
「それが最善だと思ったから。あの状況で君を守れる位置にいたのはボクだけだったし」
「いいえ。最善を選ぶなら足手纒いの僕は放っておくべきでした。戦いの軸となっていた貴女が負傷するよりは良い」
「それは……」
残念ながら否定は出来ない。そういう考え方もあると思う。実際、お陰で状況が悪くなった側面はある。大佐が来なかったらかなりまずかっただろう。
でもボクのあの時の判断は違って、それが間違っていたとも思わない。何故なら、
「───僕が、導師だからですか?」
「へ?」
思いもしない問いが差し挟まれて、うっかり反応が遅れる。表情を確認すれば顔は上げられていて、ボクを見る眼に冗談を言っている様子はない。
彼はその問いに、どんな答えを期待しているのだろうか。分からないから、浮かんだ通りに答えを口にした。
「違うよ。君が導師じゃなくても庇ってた」
「……どうして」
「護るって決めたから」
端的な答えに導師が言葉を呑む。そんな単純な理由だとは思っていなかったらしい。
導師の同行を許したのはボクだ。チーグルの森へもそうだし、ライガの巣への同行もそう。戦えないと分かっていて連れて来たのに、ボクに責任がないとは思わなかった。
「難しく考えないで。ボクの怪我はボクの責任だし、君のせいじゃない」
「そんな風には考えられません」
浮かない顔で返されれば、ボクも苦笑で応えるしかない。傷は粗方塞がり、立ち上がると手を差し伸べた。導師は戸惑いながらもその手を取って、腰を上げる。
同じ高さになった視線に、「じゃあ」とボクは冗談のように口を開いた。
「今だけ、臨時の守護役ってことで」
「臨時の……?」
「そ。本職の人は今ここに居ないし、守護役だったら君を庇うのも自然でしょ。そういうことにしておいて」
我ながら無理のある言い訳だ。どういうつもりであれ事実は変わらないし、彼が責任を感じるのも変わらない。
でもボクに言えるのはそんな誤魔化しで、提案を受けた導師は虚を突かれたように瞬きを繰り返した。それから少しだけ表情を緩めて、そっと笑む。
「……優しい人なんですね」
「まさか。自分勝手なだけだよ」
「いいえ。……ありがとう」
ゆるゆると導師は首を横に振る。ボクの否定を穏やかに片付けて、彼の表情はさっきよりも柔らかい。変に思い詰めないならそれでいい。怪我の責任の所在を、導師に押し付けたいと思ってはいないのだから。
とりあえずは合意が得られたものとして、ボクは導師と共にルーク達の方へ合流した。
*****
話を聞けば、大佐は姿を消した導師を追ってここまでやって来たらしい。勝手をした導師をねちねちと叱り、ルークがそれに「許してやれよ」と横槍を入れる。ルークの導師に対する態度は何かと好意的だ。
ライガ・クイーンは討伐したし、卵も割れてしまって脅威はない。安全になったことをチーグルの長老に伝えに行くことになる。
大佐も付き合うようで、道中改めて自己紹介を求められる。
「何でも屋、ですか。今は何か依頼を?」
「食料泥棒の件の解決を請け負ってたくらい。終わったところだよ」
「そうですか」
「大佐は、あの有名なジェイド・カーティス大佐?」
「どのジェイド・カーティスでしょう?」
「悪い噂がいっぱいの、天才譜術士」
「おやまぁ。どうやら私のことではないようですね」
「今ので大体分かった」
食えない人だ。マルクト軍のジェイド・カーティスといえば有名だ。数々の異名を持つ人物で、皇帝の懐刀、死霊使い、譜術の天才……その辺りで概ね認識は間違っていない。
前に師からちょっと聞いた程度なのであまり詳しくは知らないが、初陣は十六年前のホド戦争だと聞く。局地戦ローテルロー橋の戦いで、キムラスカの将軍の両目を焼いたなんて逸話もある。
もっと最近の活躍ならND2015……三年前のケセドニア北部での紛争も、大佐の活躍があった筈だ。戦場で死体を漁る、なんて噂で死霊使いという通称がついていること以外は、大分評価の高い人物だったと記憶している。
先程ライガの巣で見せられた譜術もそうだし、味方なら頼もしいが敵にはしたくない人だ。
そんな感想を抱きつつチーグル族への報告を済ませた。その際、ミュウはケジメということで一族を追放されルークについて行くことにしたようだ。ルークは屋敷の人間へのお土産にするつもりらしい。
「さあ、報告も済んだようですし森を出ましょう」
「……けっ、偉そうに」
ルークは途中から現れて場を仕切る大佐が面白くないらしい。彼が来るまではルークが中心だったと言えなくもないし、分からなくはない。
ティアには導師を庇ったことについて謝罪を受けてしまった。
「ごめんなさい。神託の盾の騎士として失格だわ」
「そこまで考えなくても」
「いいえ。導師イオンをお護りするのも、民間人を護るのも私の役目よ。私は軍人なのだから」
それはそれで真面目な考え方で、律儀且つ軍人気質なティアらしくは思える。
だからといって頷く気にはならなかった。導師といい彼女といい、ボクの怪我の責任はボクにある。勝手に背負おうとしないで欲しい。
(導師は、自分が導師だから庇ったのかって聞いた。……ティアなら当たり前に頷いたんだろうな)
だから何という訳でもないが、少しだけ意識に引っ掛かる。なんだか、導師という価値だけが彼にあるような気がしてしまって。
もやもやと形容しがたい凝りを胸に残しながら、森の出口へと差し掛かる。そこでボクらを待ち受ける人物がいた。昨日宿で出会った導師守護役───黒髪ツインテールの少女と、彼女の引き連れるマルクト兵が数人だ。
「お帰りなさ~い♡」
愛嬌を振り撒きながら出迎えて、反面物々しく兵はボクらを囲んだ。どうやらこちらに用があるらしい。指示を出した張本人と思われる大佐が、作って貼り付けたような笑みで守護役を労った。
「ご苦労様でした、アニス。タルタロスは?」
「ちゃんと森の前に来てますよぅ。大佐が大急ぎでって言うから、特急で頑張っちゃいました♡」
アニスと呼ばれた少女は「褒めて褒めて~」といった様子だが、こちらとしては拘束されるような覚えはない。どういうことかと様子を伺っていれば、「正体不明の第七音素を放出していた」なんて寝耳に水な嫌疑を掛けられる。
「ジェイド! 彼らに乱暴なことは……」
「ご安心下さい。何も殺そうという訳ではありませんから。……彼らが暴れなければ」
咎めるように導師が声を上げてくれるが、大佐は有無を言わさぬつもりらしい。どの程度話を聞いてくれるか分からないが、今は大人しく捕まって落ち着いて話をした方がいいようだった。
それはルークやティアの判断も同じのようで、大人しく無抵抗を選んだボク達三人に、大佐は赤い瞳を細めて笑った。
「いい子ですね。───連行せよ」
ライガ・クイーンの討伐報告は、当分出来そうにないと胸の内で嘆息した。