外殻と崩落


 暗く、深い海を沈む感覚があった。

 体が鉛のように重く動かせない。何も見えず、何も聞こえない。思考も鈍くゆっくりとしている。何をしてたんだっけ、と思って。

 ───ようやく緩慢な意識が浮上した。








*****








 目を覚まして最初に見たのはテセの顔だった。大きな千歳緑の瞳が息を呑む。

「アリア! 目を覚ましたんですね」

「……ここは……」

「動かないで。まだ体の具合が戻っていないんです」

 身を起こそうとして、あまりの重さに殆ど起き上がることが出来なかった。テセに肩をそっと支えられ、背に立てた枕を挟んでもらう。少しだけ上体を起こすことが出来て、少し呼吸が楽になる。どうやらここはどこかの宿のようで、内装の高級感からグランコクマか。

「体が熱いし、意識がぼんやりしてる……」

「音素暴走を起こした一時的な後遺症です。体内音素のバランスが戻るにつれ、落ち着く筈です」

 音素暴走、という言葉に段々と状況を思い出してきた。ボクは地核に飛び込んで、第三音素の意識集合体に祈ったんだ。祈りが届いたかは知らないけど、こうしてテセとグランコクマにいるのなら成功したのだろう。

 ほっと息を吐きながら気になることを聞く。

「シンクは……?」

「無事です。暫く姿を見てはいませんが……」

「……そっか」

 無事ならいい。啖呵を切って死なせてしまっていてはあまりに面目が立たない。

 テセは目を伏せた。その顔は単純に残念がっているというより、地核へ身を投げた姿が忘れられないのかもしれない。ボクの眼には少し辛そうに映った。

(グランコクマ……音素暴走を止めるために、大佐が寄らせたのかな。悪いことしちゃった……)

 自身の不調が旅の妨げになったのは間違いない。テセに話を聞けば全員無事に外殻大地へ戻って来られたようで、それは良かった。

 シンクに消された譜陣は大佐の機転とルーク達の力で解決したらしい。その時ティアの体をローレライが乗っ取るという奇妙な事象があり、彼女も診てもらっているところだ。

「なので、アリアのために旅が遅れているということもありません。ゆっくり治して下さい」

「……ありがと」

 優しいフォローにそっと息を吐く。ルーク達はティアに付き添っていておらず、宿にはテセとアニスが残っているようだ。

 今は落ち着いて見えるが、テセにはきっとまた心配を掛けただろう。それを謝れば「信じていましたから」とハッキリと返される。アクゼリュス崩落後に伝えられた言葉より、迷いなく真っ直ぐに。

「怖くなかったと言えば嘘になります。地核へ生身で飛び込めば無事では済まない……普通に考えれば死が待っているだけでしょう」

 でも、とテセが続ける。ボクの祈りは無駄ではなかったと。

「貴女が僕に、上で信じて待っていて欲しいと願ったから───僕は、貴女に信頼で応えたかった」

「……うん。信じてくれたお蔭で、ちゃんと戻って来れた」

「はい。無事に戻って来てくれてありがとう、アリア」

 無事かは少し微妙なところだったけど、後遺症も一時的と言っていたし概ね無事なのだろう。運の良いことだと自分でも思う。

 それがただ運が良いだけではないと知ったのは、間もなく仲間が戻って来てからだった。部屋の扉が開けられ、わらわらと駆け寄ってくる皆の先頭でルークに問われる。

「体の調子はどうだ?」

「まだぼんやりしてる。明日の朝まではお休みもらうかも」

「どうせ今日はもう休んでいくつもりだったし、構わないよ。な、旦那」

「仕方がありませんねぇ。ティアの体のこともありますし、それが妥当でしょう」

 会話を聞いて、そうだと思い出す。ティアの体調について仔細を聞けば、障気に汚染された第七音素を大量に取り込んでいるらしい。

 原因はやはりパッセージリングのようだ。地核が障気に汚染され、それがパッセージリングを通してティアの体に流れ込んでいる。その量は本来第七音譜術士が人生で消費する量の百倍にもなるといい、治療は困難だそうだ。このまま外殻大地降下作戦を続ければ命の保証もされない。

「降下は続けるわ。外殻大地の人々を死なせる訳にはいかないもの」

「……そっか。分かった。余計なことは言わない」

 それがティアの選択なら尊重する。命を削ってまで外殻大地の人々を救いたいという感情はボクにはないけど、汝の意志することを行うべきだ。

 「そういえば」とナタリアが口を開いた。

「まだあの者には会っておりませんの?」

「シンクなら知らないけど……」

「そっちじゃないよぅ。暫く宿を離れるって言ってたけど、そろそろ戻って来るかも」

 アニスに否定されて首を傾げる。仲間はこの場に全員揃ってて、ボクが連れ戻したシンクでもないなら誰がいるというのか。

 その答えは、すぐに部屋へ現れた。

 ドン、と勢いよく扉が蹴り開けられ、巨体の男がのしのしと踏み入る。黒いぼろ切れを厚着したみたいな風体に、やけに手入れの行き届いた帽子が目を引いた。それは表情の半分は隠すように深く被られており、一つ結びにされた黒いぼさぼさ髪と獣のように爛々と輝く紅の瞳が覗く。

 噛んだ煙草を傾けて、男はニヒルに笑う。

「───よォ、馬鹿弟子。調子良さそうじゃねェか」

「───お師様」

 驚いて呼べば、男は───ボクが捜し求めた自由人は鼻を鳴らして応えた。名前も知らないボクの育ての親。それがどうしてか、グランコクマの宿に現れたのだった。










*****










 ボクの運の良さは筋金入りだったらしい。音素暴走を起こしてグランコクマの音素研究所に運び込まれた後、師が突然現れたそうだ。壁を破壊しての派手な登場だったそうだが、急いでいて壁が邪魔だったのだろう。普段は無闇に破壊したりはしないし、多分そうだ。

「んで、オレがお前の暴走を止めてやったってェワケ。理解したかァ?」

「なんでお師様が」

「そりゃオメー、あんな派手に空飛ばれちゃイヤでも気付くってェの」

 どうやらボクはシルフの力を借りて空を飛んだらしい。言われてみればそれしか考えられないのだが、意識がなかったのがちょっと惜しい。

 兎角、師はその「見るからに弟子の無茶」を目撃して来てくれたそうだ。ボクは前に似たようなことをして島を一つ消しているし、師なら気付いてもおかしくない。

 師は悪びれもせず、唐突にとんでもないことを暴露した。

「あ。お前がレプリカってェ話、しといたわ」

「は!? 何してんの!? てかお師様も知ってたの!?」

「おーよ。拾った時から知ってるってェの、そンくれェ」

 あんぐりと口を開けてしまう。どういうことか聞けば、そもそもボクに封印術もどきを施したのが師だという話だ。それがボクがレプリカであることとどう関係があるのかと思えば、話は更に飛躍する。曰く、

「化け物レプリカ……?」

 初めて聞く話に眼が回りそうだ。劣化レプリカではなく欠陥レプリカだったなんて。術式のお陰で理性が保たれているだけの、魔物と変わらない化け物。グランコクマを滅ぼすところだったなんて言われても、実感は湧かない。

(じゃあ大佐に出された宿題は……)

 答えが分かって、その無情さに笑ってしまう。人が人を殺さないのは「それが人だから」……生まれついての化け物に、本来倫理観なんてなかったのだ。

「アリア……」

 心配そうにルークが名前を呼んでくれる。自分がレプリカであると知った時と重ねているのか。ボクはそれに笑って返した。

「大丈夫だよ。ずっと前から知ってたから」

 それから隠していたことを話す。大詠師の養女が被験者であること、被験者が病で他界していること、ボクを作ったのは大詠師であること、大詠師にとって「アリア」は駒であること……口にはしなかったが、婚約者がお互いでないと知っていたこともテセには伝わっただろう。

 裏付けるようにボクはそれを口にする。

「テセがレプリカだってことも気付いてた。体を構成する音素が第七音素しかなかったから」

「アリア……僕は……」

 何かを言いかけて、テセは言葉に迷うように口を噤んだ。それからゆっくりと首を横に振って、穏やかに微笑んだ。

「僕も気付いていました。貴女が愛称をくれたあの時から」

 嬉しそうにされれば少し気恥ずかしい。分かっていて愛称を受け取った───予想はしていたが、本当にそうだったとは。

 息を吐いて、少し思考をゆっくりとさせた。

「でも、そっか。暴走のリスクがある危険なレプリカ……旅に同行しない方がいいのかな」

「何言ってんだ! 今更そんなの関係ない。アリアはアリアだろ」

「そうよ。それを理由に一人になってどうするの? これから先、ずっと一人でいる気?」

「……えっと」

 ルークには強く肯定されて、ティアには仕方がなさそうに笑われた。ガイやアニス、ナタリアもそれに乗る。

「正直なところ現実味にかけていて、話を聞くだけじゃ実感が湧かないってところだな。あんたが危ういところだったってのは、頭じゃ分かってはいるんだが」

「いきなり暴走の危険があるレプリカです~って言われても、アリアが変わっちゃう訳じゃないしぃ? 今まで通りに旅が出来るなら、それでいいかなぁ」

「そうですわ。アリアが何者であろうと、外殻大地に住む民の一人に違いはありません。これまでの功から目を逸らし見放すようなことがあっては、王女の名が廃ります」

 皆呑気なもので、とはいえボクも同じようなものだ。師の話は疑っていないが、現実味がないのも本当。音素暴走を起こしていた間も寝ていたようだし、体調を崩して倒れたくらいの気分だ。今後は一層気を付けよう、くらいにしか思えない。

 ちらりと大佐を見れば、何かを思案するよう目を閉じてから……肩を竦めて応えられた。いつもの軽さだ。

「ま。いいんじゃないでしょうか。今回のような無茶さえしないで頂ければ」

「なんか皆軽くない……?」

「ガイの言葉の通り、実感がないのでしょう。とはいえ貴女の暴走は決して軽く考えて良いことではありません。分かりますね?」

 大佐の確認に頷いて答える。ボクも自身の事情を知った以上、今回みたいな無茶はもう出来ない。術式を吹き飛ばして化け物とやらになるのは本意でないから。

 「そのことだが」と緩慢に声を上げたのは、如何にも面倒臭がりに振る舞う師だった。

「お前に、響律符を預けてたな」

「? うん」

 急に話題が変わる。師と旅をしていた頃に渡された手製の響律符があった。便利なので使い続けていたのだが、それがどうかしたのか。

 外して見せるとそのまま回収され、別の細工が取り出される。その中央の空間にボクの着けていた響律符がぴたりと嵌められたと思うと、今度はそれを渡された。

「何したの?」

「コイツはなァ、お前の封印と連動してんだよ」

「え!? じゃあコレが鍵?」

「鍵じゃねーよ。でも、制御に一役買ってやがる。だから、大事にしろよォ」

 話を聞く限り、師が譜眼を施したのはボクの封印のためだったらしい。死ぬ危険もあるのにそんなことまでした理由を、ボクはまだ問えない。何気なく預けられた響律符まで封印に関わっていたなら……本当に、師はどこまで考えてくれているのだろうか。

 今回だって、駆け付けてくれた。久しぶりに会う師の面倒見の良さが染みる。風邪を引いても看病もしてくれない人だけど。

「その響律符は、ビッグに成長したお前にプレゼントだ。短時間だけ封印を緩めて、好き放題暴れさせてやるよ。無茶はソイツで我慢しろ」

「お師様……」

「んじゃそンなトコでェ? オレはもー行くぜェ」

 椅子からがばりと立ち上がる巨体に、思わず引き留めようと動いて思い止まる。ボクの代わりみたいに、ルークとナタリアが言葉を掛けた。

「行くのか?」

「ったりめェだろォ。オレァ旅の何でも屋だぞ。馬鹿弟子を放ってたのも仕事があったからだ」

「ですが、アリアはずっと師を捜しておりましたのよ」

「ンだよ、寂しかったのかァ?」

「……別にそういうんじゃないけど」

 寂しくなかった訳ではないと思う。以前のボクには師しかいなかったから。でも今は違う。ルーク達との旅の中で、師の影を追うことは減っていた。

 師も、まるでそれを見透かしているように笑う。

「聞きてェことは全部聞けたろ。お前には今やるべきこともある。違うかァ?」

「……違わない」

 悔しいくらいにその通りだった。どういう問題を抱えているにしろ、やることは変わらない。同行を許されたばかりで、師の仕事に付きまとう理由もない。ボクにはボクの仕事がある。

「んじゃ、お互い仕事しようや。精々似た無茶をしねェよう気を付けろ。二度目があるとは限らねェぜ」

「分かった」

「おう。んじゃ、世界を救う青臭い旅でもしてろォ、クソガキども」

 そう片手を上げて背中で語り、師は嵐のように去って行った。突然現れて助けるだけ助けて去っていくなんて、師じゃなければかっこいいだろうに。

「行ってしまわれましたわね……」

「でっかい人だった~! 見上げすぎて首が疲れちゃったよぉ」

 皆の反応は、本当に今まで通り変わらない。それに内心ちょっとは安心するところがあって、人間臭くて笑えてしまう。術式が機能する限り人のフリが出来るなら……ボクはそうしていたいと思う。

 その日はボクやティアの負担も考えて、早めに休むことになった。










*****










 変な時間に眠ったからか、深夜に目が覚める。旅の中では珍しい一人部屋で、ゆっくりと体を起こした。

(体は……動く)

 まだ怠さはあるが、変に熱を持っていたり意識が曖昧だったりはしない。体をすんなり動いて、明日の朝には旅に戻れそうだ。

 ほっと安堵した時、ふわりと風が部屋にそよいだ。夜の少し冷えた空気に窓を見れば、カーテンが揺られていた。からり、と音がして窓が更に開く。───人影があった。

「君は……」

 警戒より先に驚きが来たのは、油断だっただろう。でもそれがボクにとって危険に働くことはなかった。人影は窓から部屋へ入り込み、ベッドへと歩いて来る。そのまま足は止まらず、片膝で乗り上げ距離を縮める。

 仮面を失ったままの素顔は、月明かりの薄闇の中で触れそうな距離にあった。形のいい唇が開かれる。

「───責任、取ってよね」

「え……」

 いきなり飛び出した不機嫌そうな声に困惑する。戸惑いが伝わると彼は千歳緑の瞳に剣呑な色を乗せ、言葉を重ねる。

「アンタのせいでこっちは行き場がないんだ。拾った責任を取れって言ってるの」

「ボクのせいって……だってヴァン謡将は」

「地核でアンタの手を取っておきながら、のこのこ戻れるとでも?」

 鼻で笑われるが、そんなことを言われてもボクに分かる訳もない。大体預言を消すという目的はどうするのか。そう問えば、彼は心底嫌そうに表情を歪める。分かりきったことを聞くなと言いたげに。

「烈風のシンクは地核でアンタ達に負けて死を選んだ。それが全部だよ」

「でもまだ生きて……」

「ここにあるのは拾われた命だ。拾ったのはアンタ。僕の命じゃない」

 躊躇いのない言葉で遮られる。要するに死を選んだ時点で自身の目的を手離したも同然、ということか。だからってこれまで抱いて来た気持ちがなくなる訳でもなく、預言は憎い筈だ。ヴァン謡将と敵対するボクに責任を取れというのがどういうことか、まさか分からないとも思えない。

 尚困惑していれば、シンクは眼に宿る光を鋭くする。

「牢で言ったことも、地核で手を伸ばしたのも。全部嘘だったの?」

「! 嘘じゃない」

「なら、アンタには責任がある。二言はないよね?」

 責任、と言われて閉口する。自分のやったことに実感は湧かない。地核に飛び込んでシンクを死なせなかった───勝手なことをしたと思う。死のうとした意志を尊重しなかった。

 でも……間違ったとは思っていない。例え死が望みだったとしてもボクは彼の死を望まなかった。それが何故かなんて分からない。神託の盾の地下牢で理不尽な怒りを覚えたように、あの時のボクを支配していたのも怒りだ。

(後先なんか考えてなかった。打算があって拾った訳じゃない。でも)

 目の前の瞳を見詰め返す。ボクを映す千歳緑の瞳。それは剣呑とした色を宿しながらもボクの答えを待っていて、手の届く距離に彼はいる。地核の底などではない、文字通りの目の前に、生きて。

 その結果をボクは悔いていない。今も尚シンクの姿があることをよかったと思っている。それは間違いようのない事実だ。彼は生きてここにいる。ボクが手を伸ばしたから。

 なら、ボクも腹を括ろう。自分の言葉の責任は───行動の結果は覆したくない。彼が望むなら、ボクには彼の手を引く責務がある。頷いて、ハッキリと言葉にした。

「……分かった。君のことはボクが預かる」

「それでいい。手離したら許さないから」

「うん」

 地核でボクは「離さない」と口にしたから。脅すように鋭い視線が向けられて再度頷く。何も考えずに手を伸ばした。死を許さず引き上げた。その責任はボクにある。無関係を装って手を離すことなんて、流石のボクでも選べはしない。

(……預言のことはもういいのかな)

 彼の預言を憎む気持ちは軽くなかった筈だ。計画のために命まで懸けられたのだから。それがボクに命を拾われた程度で霧散する感情だったとは思わない。

 それでも彼の選択はヴァン謡将を裏切ってボクにつくことだった。命を拾われた恩なんて、死を選んだ彼の視点に立てばある筈もない。以前、ヴァン謡将に従っていたのもまた命を救われた恩ではないと言っていた。なら、今度もまた何か目的がある筈だ。預言への憎しみよりも優先される、何かが。

 考えていると彼はするりと離れ、身を起こしてベッドの脇に立った。その視線がベッド脇のテーブルへ向く。そこには地核から持ち帰った彼の仮面が置いてあった。顔が顰められる。

「なんでここにあるのさ」

「テセが……導師が拾ってたって」

「……何、その呼び方」

「愛称。イオンって呼びたくなくて」

「律儀な奴だね」

 呆れたように息を吐いて、彼の指は嘴型の仮面を拾い上げた。これからも仮面を使うつもりらしい。素顔が隠されてしまうのが残念で、思わず異を唱えてしまう。

「隠さなくてもよくない?」

「導師と同じ顔を晒して歩けって? 冗談でしょ」

「ボクは気にしないよ。シンクの顔はシンクのものだし」

「……アンタはそうでも他は違う。大体嫌いなんだよ、この顔」

「そっか……残念だな」

 嫌いだと言われれば強いることも出来ない。仕方がないと飲み込みながらもちょっぴり未練を残した言葉を伝えてしまう。

「時々外してね。ボクはシンクの顔、見たいから」

「同じ顔なら毎日うんざりするくらい見てるだろ」

「テセはテセ、シンクはシンクでしょ」

「ああ、ハイハイ」

 面倒臭そうに手をひらひらさせながら応えられる。ボクの言葉を真面目に聞いてくれてるかは疑わしい反応だったけど、届いていないとも思わない。でなければ地核で手は伸ばし返されなかった筈だから。ボクに責任を取れなんて、言い出さなかった筈だと思う。

「とりあえず今日はそこのソファでも使って」

「そうさせてもらうよ」

 侵入口に開いた窓を閉め、シンクは言葉の通りソファの方へ向かう。その様子を見送り、ボクは再びベッドに横になって一人考えた。───明日、この状況をどうやって皆に説明したらいいのだろう。

 何を言っても問題が小さくはならなさそうで、考えるだけ無駄だと諦めの息を吐いた。










*****










 翌日ボクの部屋を訪れた皆は、しれっと居座るシンクを見て口々に騒ぎ立てた。

「え~!? なんでシンクがいるのぉ!?」

「ゴメン。なんか拾っちゃった」

「拾っちゃったってあんたな……」

 ガイに呆れられるが他に表現の仕様がない。ティアがすぐに警戒を露わにする。

「危険だわ。彼は兄の腹心よ。信用できない」

「別にアンタ達に信用してもらうつもりもないよ。馴れ合う気もない。僕はそこの考えなしについて行くだけさ」

「アリアに……?」

 考えなし、として示されて複雑な心境だ。確かに何の考えもなくシンクを拾ってしまったけれども。兎角、その言葉は皆の関心を買ったらしい。彼の事情に耳を傾ける姿勢になる。

「地核で命を救われた恩返しってこと?」

「寒気がすること言わないでくれる。死んでやろうとしたのに邪魔されて、恩なんて感じる訳ないだろ」

「ではどうして貴方はアリアについて行くと決めましたの?」

「僕を拾ったのがアリアだからだ。他に理由はない」

「?????」

 シンクに説明する気がないから仕方がないのだが、皆の頭にハテナが浮かぶのが目に見えるようだ。代わりに視線がボクへ向き、説明責任が求められる。と言ってもボクに出来る説明も大して変わらない。本当のところで、彼が何を望んでボクについて来ようとしているのかを知らないから。

「ええと……六神将の一人を説得する期間だと考えてもらえれば……? ちょっと話しただけで人の考えが変わることもないし、一緒にいる内に分かることもあるでしょ」

「アリアの言いたいことも分からなくはないんだが……」

 ガイが頭を悩ませて、やはり色好い返事は期待できそうにない。問題はボクにシンクが説得できそうにないことで、皆の反応がどうあれ勝手について来そうだ。ボクも責任とやらを取らなければならないので難しい。

 流れを変えてくれたのは、ルークとテセだ。

「……俺はいいと思う」

「ルーク」

「俺達、六神将について何も知らないだろ? 知らないまま説得しようったって、地核の時と同じことになる。なら、互いのことを知る機会があった方がいいよ。少なくとも俺はシンクのことを知りたい」

 ルークのそれは同じレプリカ故に出てくる言葉で、シンクは彼の方を向きもせずスルーだ。内心どう思っているかは概ね知れているが、ボクの作った口実を台無しにはしないでくれるようだ。口実とは言うが、ボクとしては間違ってもいないと思う。

「僕もルークの意見に賛成です。勿論、彼がヴァンの部下であることは事実です。ですが……僕の手を振り払った彼がアリアの手を掴んだなら、僕はそれを信じたい」

 テセの考えは少し想定とは違っていて、「ボクを信じるからシンクを信じる」という風に聞こえる。もしくはそこにシンクの意志を見たのか。それならボクと見解が同じで、だから同行を許すという結論も同じだ。

 ボクの意見にルークやテセが加わることで、皆の中で迷いが膨らむ。ナタリアはまた独特の視点から同行に前向きだ。

「いいではありませんの! 地核へ飛び込む程想い合っているのです。……ロマンチックですこと」

「それはちょっと違うかも……」

「愛は理屈ではございませんのよ」

 聞く耳はなさそうだ。ティアは当然シンクを警戒する側で、アニスもそちら側のようだ。説得期間と言ってもヴァン謡将を裏切る訳で、裏切り者は信用出来ないと言う。大佐に意見を求めれば、彼は中立の立場を示した。

「私はどちらでも構いません。あの状況から彼が間者になったとは思い難いですし、グランツ謡将の戦力をこちらにつけられるなら悪くない。それに、何かあっても責任はアリアが取ってくれるでしょう」

「それはまぁね」

「なら、文句はありませんよ」

 最終的に、大佐がそう言うなら賛成組の意見を汲もう、という形に落ち着く。どうにか丸く収まって一安心だ。

 一先ず降下作業を続けようという話になり、ルークの表情が僅かに翳る。ティアの体調を気にしているのだろう。

「確か行っていないのはパダミヤ大陸とラーデシア大陸、シルバーナ大陸ですわよね」

「アブソーブゲートとラジエイトゲートを除けばな」

 この二つはプラネットストームの起点と収束点だ。地図における北端と南端で、最大セフィロト故に後回しになる。周辺に生息する魔物も強いそうで、先に他を周っておいた方がいいだろう。

 兎角ボクらは他のパッセージリングの場所を知らない。このままでは降下作業が出来る訳もなく、ボクは隣で素知らぬフリをしているシンクを振り返る。

「パッセージリングの場所、知ってたりしない?」

「知ってるに決まってるだろ。僕が誰についてたか忘れたの?」

 相変わらず一言多い。シンクによればメジオラ高原の奥部とロニール雪山、ザレッホ火山にあるらしい。ザレッホ火山はダアトに近く、ロニール雪山は危険な土地だとテセが難しい顔をする。

「ロニール雪山は六神将が任務で訪れた時、凶暴化した魔物に襲われて大変な怪我を負ったと聞いています」

「言っておくけど二年より前の話だよ。僕を頼られても知らないものは知らない」

「危険だから後にした方がいいってことか……」

「同感ですね。地元の住民でもあの山には滅多に近付きません」

 大佐の意見もあり、まずはメジオラ高原へ向かうことにする。アルビオールへ向かいながら、大佐がヴァン謡将の動きについて言及する。

「地核突入以来、またヴァンが鳴りを潜めましたね」

「兄は今、どこで何をしているんでしょうか……」

「……お前なら知ってるんじゃないか? シンク」

 ルークがシンクに話を振り、彼は仮面の下で鼻を鳴らす。

「そんなことまで教えてやる義理はないねぇ。どうせ考えたって無駄なんだ。自分達がやるべきことに集中したら?」

「可愛げのない捕虜ですねぇ」

「捕虜になった覚えはない」

「状況としては変わらないと思いますが」

 可愛げのなさでは大佐も負けず劣らずだが、バチバチの構図は置いて話を進める。

「それって降下作業以外に時間を割いてる余裕はないぞってこと?」

「そういうこと。ヴァンの計画に必要なのはフォミクリーとアッシュだ。時間に追われてるアンタ達に出来ることは何もないよ」

 問えばシンクは答えてくれる。それは実際にそうで、今ヴァン謡将と相対しても戦う訳にもいかない。欠員が出れば、場合により外殻降下作業を続けられなくなる。その可能性から、前にベルケンドで会った時にルーク達は退いた筈だった。

「フォミクリーか。シェリダンの襲撃でファブレ公爵とも手が切れただろうし、ベルケンドは使えなくなった筈だよな」

「次の拠点を探している……いえ、もう見付けていて拠点を移していると考えた方が良さそうですわね」

「アッシュに関してはこっちで分かることもないし、確かに考えるだけ無駄なのかも?」

 一応ルークから連絡を取れないのかと確認してみるが、残念そうに首を横に振るだけだった。シンクの言葉の通り、降下作業を進める以外に今出来ることはなさそうだ。

 頭では分かっていてもティアは落ち着かない様子で、兄妹故に仕方がないと思う。ナタリアはナタリアでアッシュの心配をしているようだし、思うところは人それぞれだ。

 アルビオールに乗り込めば、メジオラ高原のセフィロトはニルニ川の上流だとシンクが教えてくれる。普通に飛んで向かっても辿り着かないようで、近くまで行ったら着水する必要がありそうだ。

 やがてニルニ川を上り、以前来た場所とは違う角度からメジオラ高原へ入る。相変わらず乾燥した岩地で、風が強い。セフィロトの扉を探しながらシンクに問う。

「シンクは魔物との戦闘には参加するの?」

「して欲しいの? こんな雑魚にも負けるような奴なら期待外れだよ」

「はいはい、いーです」

 願えば参加してくれそうだったが、確かにシンクの手を借りるまでもない。同行こそしているがイレギュラーな存在だし、頼らない方が正解だろう。仲間意識のない人間が戦闘で連携を取れるのかも怪しい。

 なんやかんや、そんなやり取りをしつつ奥へ進めばセフィロトの扉を見付けた。遠目に見ても開けられた形跡はない。

「やっぱりヴァン師匠は来てないみたいだな。イオン、頼むよ」

「はい」

 開けようと扉へテセが近付く。それを見守っていると、何かに気付いたようにシンクが動いた。

 発砲音と同時に譜術が立ち昇り、ボクらの後方へ炎の壁が作られる。シンクが助けてくれたらしいと気付くのと、消えた壁の向こうにリグレットの姿を認めるのは殆ど同時だった。

 ティアが声を上げる。

「教官!」

「───任務に失敗したばかりか、閣下を裏切るとはな。シンク」

「アンタにどうこう言われる覚えはないよ。六神将は個人主義だ、分かるだろ」

「今更、お前に預言を消す以外に望みがあると?」

「さぁね」

 シンクに答える気は初めからなく、リグレットは問うことを諦めたようだ。代わりに二丁拳銃を構えたまま青い瞳をティアへやる。その眼にあるのは幾度と示されたように、情なのだろう。リグレットは自身の教え子であるティアを度々気に掛けて現れる。

「ティア。これ以上無駄なことはやめろ。ヴァン総長も心配しておられる」

「無駄なことをしているのは貴女達です!」

「お前の体のことは知っている。自分の身を犠牲にしてまで守る価値のある世界か?」

 ティアの体が障気に冒されていることを知っている───考えてみれば不思議はない。

 ヴァン謡将もユリア式封咒を解いてパッセージリングを操作している筈で、ティアの身に起きていることと現象は同じだ。彼女の兄の身もまた、障気に冒されているのだろう。その上でヴァン謡将もリグレットも、自分達の計画を止めるつもりはない訳だ。

「ホド消滅の真実、お前も知っただろう」

「預言に踊らされ、預言を私欲に利用する為政者達……確かに兄の言った通りでした」

「なら、こちらに来なさい。お前ともう一人のホドの生き残りは、総長も助けて下さる」

 何の未練もなさそうに見えて、ヴァン謡将は自身の妹と幼馴染に執着があるようだ。ティアに関してはアクゼリュスでも助けようとしていたそうだし、ガイも幾度と仲間に引き入れたがっている。どちらからも断られているのが現状で、そのガイが拒否を言葉にした。

「有難い話だが、ごっそりレプリカに入れ替わった世界なんて御免だな。今あるこの大地と今生きてる人類で、何がいけないんだ?」

「それでは結局、ユリアの預言という呪縛から逃れることは出来ない。お前達もいずれ分かる。ユリアの預言がどこまでも正確だということを」

 それはシンクからも聞いた話だ。ユリアの預言は星の記憶で、絶対の未来史───預言に従わなくとも、人々は預言に支配されている。

 故に、ローレライの消滅を望まなければならない。ヴァン謡将がレプリカ計画を掲げるのは、それが預言に詠まれていない存在だからだ。預言と預言を刻まれた世界、片方だけをどうにかしても足りないとヴァン謡将は考えている。

「お前達が何をしようと、歴史は第七譜石の預言通りに進むだろう」

「第七譜石! 兄さんは第七譜石を見付けたの?」

「違う、ティア! あれだ。あれが第七譜石だったんだ!」

 何かに気付いたようにガイが声を大きくする。その動揺の隙にリグレットは身を翻し撤退していく。戦うつもりはなかったようで、追う理由もなく見逃した。

 第七譜石は世間的に見付かっていない筈で、ガイに聞けば元々ホドにあったと語り出した。

「ガキの頃、ヴァンに連れられて一度だけ見たことがある。フェンデ家に伝わる秘密の場所にあったんだ」

 フェンデは始祖ユリアの弟子、七賢者の一人だ。始祖ユリアと結ばれて子孫を作ったという話で、要するに同じ姓を持つティアやヴァン謡将の祖先に当たる。

 子供が代々その譜歌と能力を守り続けてきたとティアも兄から聞いているようで、ユリアの譜歌を詠える以上彼らが子孫であることを今更疑う必要はないように思う。そこに「始祖ユリアが持ち去った筈の第七譜石を守っていた」という過去までつくのなら、尚更だ。

「第七譜石はホドと一緒に地核に消えたんだ。タルタロスで地核へ進んだ時に見えた光がそうさ。間違いない」

「第七譜石がホドにあったなら、消滅と同時に落下して液状化大地に飲み込まれていてもおかしくはないけど……」

 ボクらには分からない話だが、ガイがそれ程確信を持って話すのなら信じて良さそうだ。確かに突入作戦で何かに気付いていた様子があったし、それが第七譜石だったのだろう。

 つまりヴァン謡将は第七譜石の示す未来を知った上で行動しているのか。視線をシンクへやればあっさりと肯定が返る。

「で? ヴァンが未来を知ってるからってアンタ達がやることが変わるの? それとも、アンタ達も預言の示す未来に頼りたいのか」

「……嫌な言い方するな。俺達は預言の全部を否定してる訳じゃない」

「そうやって預言を利用してるつもりになって、預言に利用されてるんだよ。違うって言うなら言葉じゃなくて行動で示せ」

 シンクの言葉は間違っていなくて、ルークも無言で頷き返す。どちらにせよ、パッセージリングが限界を訴えているなら外殻大地は落ちる。その前に降下させるのがボクらの選択で、今出来る唯一のことだ。

 作業に戻るため、テセがセフィロトの扉を開く。譜陣が描かれ複雑に形を変えると、やがて弾け暗い入口が覗いた。テセがその場に膝をつき、アニスが傍らへ寄り添う。

「……すみません。能力は被験者と変わらないのですが、体力が劣化していて……どうしてもこうなってしまうんです……」

「ただ病気という訳ではありませんでしたのね」

 ダアト式譜術が幾ら音素を大量に消費すると言っても、消耗が激しすぎる。それが術の方でなく術者の方に問題があったなら納得だ。

 体内音素の戻りが遅いのも、消耗が激しすぎるのも体がレプリカ故なのだろう。一気に音素を失えば、作り物の体は結合が緩まり乖離しやすい。

 そう思えばボクもダアトで預言を詠んだ時、封印術もどきのお蔭で第七音素以外も揃って失った筈だ。音素に愛される体質でなかったら完全に乖離していたかもしれない。うっかり死ななくて良かった。

「妙な気分です。……私が始めた研究がこんな形で広がってしまうとは」

「アンタの過去はどこまでも追って来るよ、死霊使い」

「……ええ。分かっています」

 経緯は知らないが、大佐は己の過去を悔いている。ここにはルーク・テセ・シンク・ボクという形でレプリカが存在して、ヴァン謡将はその技術で世界を置き換えようともしている。

 後悔する過去と向き合い続ける旅というのは、中々しんどいものがありそうだ。

「でも俺……アッシュは怒ってると思うけど、マジ感謝してる。ジェイドがフォミクリーを考えてくれなきゃ、俺は生まれてねーから」

 そう零すのはルークだ。シンクが始まりを憎んだのとは逆に、ルークには感謝がある。ボクもどちらかといえば感謝で、テセがどう思っているかは知らない。レプリカであっても、考え方は様々だ。

「……ホントは生まれてちゃ駄目なんだろうけどよ」

「ルーク! そういうことは言わないでって言ったでしょ」

「全くだ。卑屈反対」

「反対ですの!」

「……わ、悪かったよ」

 一斉に猛抗議が入ってルークが慌てて謝罪する。ルークが言いたいのは自分のせいで預言から世界が外れたということだろう。だがボクの解釈では一概にそうとは言えないし、預言に未来を詠まれていない分の可能性も考えられる。

 そもそも、預言に強制力があるのならボクは預言反対派だ。ルークやテセ、シンクの存在を否定する気もない。勿論ボクという存在も。

「……なに?」

「別に」

 ちらり、とシンクを見れば仮面の奥から問いが返る。表情は見えないし、何を考えているかは分からない。でもボクの視線に気付くのなら多分大丈夫だ。ちゃんと以前に伝えた言葉は今も効力を示せている。

 テセが立ち上がり、皆でセフィロト内部へと入り込む。そこは今までよりも音機関らしい特色が強く、ガイが虜になってしまった。

「はぁ~ん。こんなところにこんな音機関があるとはな!」

「嬉しそうだな、お前……」

「キムラスカで暮らすようになってから、すっかり譜業に目覚めちまったからな」

「マルクトは譜術が発達してて、キムラスカは譜業が発達してるんだよね」

「ええ」

 確認すれば大佐が頷き、その隙にガイはあちこちを見て回る。創世暦時代の音機関は出来がいいと、一人で楽しそうだ。

「殿方って、こういう物が好きですわよね」

「うちのパパも模型大好き。ばっかみたい」

「いいんだよ。女には分からないロマンなんだから。さ、奥に行ってみようぜ!」

 それを言い出すとシェリダンやベルケンドにいる女性技師はどうなるのか。少なくともこの場にいる他の男性陣はガイ程の関心は示していないし、性差とも限らない。傾向はあるとは思うが。

「あいつ、剣なんて習わないで譜業使いになれば良かったのに」

 駆け出す背を眺めながらルークがぼやき、ボクらも後に続く。仕掛けを解きながら皆の話に耳を傾けていた。それは第七譜石とヴァン謡将の目的についての話で、大佐はルークが鍵になると思っているらしい。

「仮に第七譜石にルークの存在が詠まれていたのなら、逆にヴァンはルークを作らなかったのではないかと私は考えています」

「それってつまり、ルークの存在はユリアに詠まれていなかったってこと?」

「ええ。私はそう思いますね。まぁ、あくまでも仮定の話、ですから」

 ボクがアクゼリュス崩落の預言に対して打ち立てた仮定は三つ。

 一つ目は「預言にとって被験者とレプリカはどちらでもいい」、二つ目は「まだ預言が履行されていない」、三つ目は「レプリカの存在が預言から外れたもの」だ。実際のところ、この三つは共存可能だ。

 レプリカであるルークは預言に存在せず、だからこそ一部分だけ被験者の役割を担うことになっているのかもしれない。ならその一部分以外は、ルークの自由が許されているということでもある。

 預言に強制力があるなら、その強制力の外側にいるレプリカには可能性がある。良くも悪くも、未来を変えられる可能性が。

(……それなら、テセやシンクはどうなんだろう)

 二人の被験者は二年前にとっくに退場している。この二年間を含め、その存在や行動は預言に詠まれていない筈だ。それは十分に、未来を変える可能性に溢れているのではないか。

 それは「アリア」という存在にも言え、預言にどう詠まれていたのか気になる。同じように、やはりボクにも未来を変える可能性があるのだろうか。

(星の記憶を綴る者、か)

 未だ読み解けていない被験者の預言に、ヒントがあるような気もする。ボクや被験者に、一体預言はどんな役割を強制するつもりなのか。挑戦状を叩きつけられたような心地で、ボクは答えを待った。
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