外殻と崩落


「なんでぇ……? イエモンさん達、関係ないのに……」

 動き出したタルタロスの中で、ぽつりとアニスが呟く。その声には涙が滲んで聞こえて、ボクはただ皆の会話に耳を傾ける。

「私は……自分の国民も守ることが出来なかった……」

 そう囁くように溢せば、ナタリアは両手で顔を覆う。悲嘆に暮れるというのは、こういうことを指すのだろう。

「……俺が非力だったからだ。くそぉっ!!」

 ルークは憤る。怒りの向く先は自分自身で、責任感が強すぎるのではないか、とも思う。

「落ち込んでいる暇はないわ。私達には地核を静止させるという仕事が残っているのよ」

 そう厳しく促すティアだって、眉が強く寄っていて平気そうには見えない。顔馴染みになった彼らを殺したのは実兄ということになるのだから、当たり前か。

 ルークとティアが、艦橋で作戦準備を進めている大佐を手伝いに消える。ガイも音機関のことだから自分も何か手伝えるかもしれない、とそちらへ行く。甲板に残ったのは、アニスとテセ、ナタリアとボクだ。

「アニス……」

 テセが気遣わしげにアニスを呼ぶ。それに彼女が顔を上げれば、涙が見えた。

「……ごめんなさい」

「謝る必要はありません。今は……泣いていいんです」

「確かに、私達には地核で振動を止めるという大切な役目がありますわ。……けれど、今だけは。ほんの少しの時間でも、彼らの死を悼みましょう」

 彼らの言葉を、表情を。ボクはただ眺めて様子を見る。何故そんなに悲しそうな、痛そうな顔をするのかが分からない。人が死んだだけだ。斬られて、痛そうだなとは思う。死んで、もっと生きたかっただろうなと思う。でも、それだけだ。

(何故殺されたのか?)

 生きてるからだ。丁度そこにいて、丁度殺されるだけの理由があっただけだ。邪魔なら殺す。当たり前だ。武器を持つ人間の目の前に飛び出したなら、殺されることを覚悟するものだ。彼らの死は兵士と同じく、彼らの責任だ。ボクらの背負うものではない。

 ただ、巻き込んだと言えばそれはそうだと思う。ボクらがシェリダンに居なければ、彼らに協力を依頼しなければ、神託の盾に殺されることはなかっただろう。

 それとも、彼らの死すら預言に詠まれているのだろうか。今回の死を回避できたとしても、別の理由で彼らは死んだのか。もしもそうなら余計に滑稽だ。ルーク達が背負おうとしている選択や死への責任は、預言が全て負っているのだから。

 なんて、考えているとアニスと眼が合う。

「……アリアは平気そうだね」

「え」

 しまったと思った時には遅い。彼らの視線はボクに集まっていて、悲しんでいるフリをもう少ししておくべきだっただろうか。寒々しくて流石にそんなことはしたくないのだけど。

「なんで平気そうなの……? イエモンさん達……死んじゃったんだよ?」

「………………」

 答えられない。どうあっても彼女の望む答えを返せないと分かっているから、口を開いても意味がない。アニスを諌めたのはテセだ。

「いけません、アニス。彼女を責めるのは違います」

「イオン様…………ごめんね、アリア」

「ううん。ゆっくり休んで」

 声を掛けて、彼らから離れる。テセが何かを言いたそうな顔をしていたけれど、気付かなかったことにした。

 暫く皆にあまり近付かない方が、お互いのためのように思う。ボクだって人間だけど、感情の全てに共感できるわけじゃない。

(……共感?)

 心が動いたのは、デオ峠でルークの声を聞いた時と、神託の盾本部でシンクの声を聞いた時だ。あの時は確かに同情をしているかもしれないと思ったけれど……共感をしていたのだろうか。

(馬鹿馬鹿しい。ボクが何を喚いてるって言うの。苦しくもないし、痛くもない。あんな風に感情が爆発したりもしてない。当たり散らして、周りを傷付けたりなんてしてない)

 同じじゃない。共感なんてしようがない。思い当たらない。的外れなことを考えたなと、軽く息を吐いて足を早めた。










*****










 五日程度が経ち、アクゼリュス崩落跡までやってきた。艦橋に全員が揃い、これから始まることに備える。

「予定より一時間到着が遅れました。これ以上の失敗は許されません」

 大佐の言葉に全員が表情を引き締めた───途端、警報が鳴った。

「な、何だ!?」

「侵入者よ!」

 ルークの動揺に、ティアが答える。

「まさかヴァン謡将か!?」

「余程地核を静止させられては困るんですね」

「ずっと先手取られてたし、丁度いいね。しっぺ返ししてあげよ」

 ヴァン謡将に対してボクらが先手を打てたことなどない。目的は分かっても手段は分からないままだ。それでも邪魔が出来るなら、好都合だ。

「今は侵入者だよぅ。どーすんの?」

「仕方ありません。地核突入後、撃退するしかないでしょう」

 今はもう時間がない。タルタロスはすぐに地核へ潜るのだから。

「始まりますよ! 席について下さい!」

 指示に従い、席につく。緩やかに揺れが大きくなっていき、タルタロスがゆっくりと中空へ放り出され、窓からは魔界の景色が通り過ぎていくのが見える。そのまま液状化した大地に潜り、窓の外が赤い泥に飲み込まれた。各々が手元の機械を触り微調整を行う。

 やがて、様々な色に輝く光の帯の中を降り始める。セフィロトのすぐ側であり、ここが地核なのだと理解する。タルタロスが降下を止めた。

「……着いた、のか?」

「そのようです」

 実感が湧かない。誰一人訪れたことがないのだから、当たり前だ。こんなところまで人間が来られるなんて、技術あってのことだ。

「さっき一瞬見えたあれは……」

「どうかしましたの? 確かに地核に飛び込む直前、何かが光ったみたいでしたけれど」

「ホドでガキの頃に見た覚えがあるんだ。確かあれは……」

 ガイとナタリアの会話を大佐の声が遮る。

「詮索は後です。こちらは準備が終わりました。急いで脱出しましょう」

 後はアルビオールに乗ってタルタロスの甲板へ行き、譜陣を起動させて上昇気流に助けられながら地核から出る。問題は侵入者だが……あまり手間を掛けさせないでくれると助かるなぁと思う。

 甲板へ移動したところで問題が発生した。イエモン達が残した筈の譜陣がないのだ。侵入者の仕業かと疑ったところで、当の本人が名乗り出た。

「ここにあった譜陣は僕が消してやったよ」

 自分でも、その声が聞こえた時にそこまで驚くとは思っていなかった。何故、よりにもよって彼なのか───そう思考することに、困惑する。

 そこにいたのは特徴的な嘴型の仮面を着けた、緑髪の少年……六神将・烈風のシンクだ。

「侵入者はお前だったのか……!」

「逃がさないよ。ここでお前達は泥と一緒に沈むんだからな」

 それは……それは、シンクも同じだ。ボクらはアルビオールという手段は持つけれど、彼は恐らく何もない。そしてボクらの邪魔をする限り、彼もまた生きて地上へ戻ることはない。死ぬ、つもりなのだろうか。

(こんな風に……使い捨てられて?)

 レプリカであろうと被験者であろうと、ボクら人は道具に成り得る。使い捨てようとすれば、そう出来てしまうと分かっている。

 けれどそうされて構わないかは別の問題ではないのか。ヴァン謡将がシンクを道具として扱うことに、ボクは好感を抱けない───利用されて終わるなんて、矜持が許さない。

「死ね!」

 シンクが地を蹴り、ボクらへと挑む。

 最初に動いたのはガイだ。シンクの攻撃を剣で弾く。大佐が譜術の準備に入り、ティアも同時に譜歌を準備する。ガイに弾かれたシンクにルークが剣を振り、躱して着地したところへナタリアが矢を降らせる。それを器用に避けて、シンクは後ろでアニスに護られるテセを見やる。口角を上げた。

「そうやって後ろで護られて。導師守護役だっけ? いいご身分だね」

「僕は……」

「イオン様! あんな奴の言葉に耳を貸しちゃダメです!」

 アニスのリミテッドが落とされ、避けたところへ大佐のセイントバブルが注がれる。咄嗟に跳ぶが範囲が広く、避けきれなかったようだ。体勢を崩したところへガイが追撃し、シンクの腕から血が流れる。

「案外やるね。でも、こんなんじゃ僕は殺せないよ!」

 ティアがスペルエンハンスを掛け終わり、ボクも皆の補助に譜歌を詠った。同時にセイントバブルで出来たFOFから、ナタリアがカラミティペインを発動させる。

「ナイス、ナタリア!」

「サンキュー、アリア!」

 ルークとガイがシンクに向かっていく。

「ブラッディハウリング!」

 アニスの声と同時にシンクの周囲で闇が蠢き、彼の動きを阻害する。それでも器用にガイの二段攻撃を避け、ルークの重い一太刀さえも逆に踏み込むことで避けてしまう。

「しまっ……」

「臥龍空破!」

 ルークが派手に貰って弾き飛ばされ、更に踏み込むシンクの攻撃をガイが慌てて受け止める。

「エクレールラルム!」

 ティアがシンクを中心に光の十字を発生させる。避けることは出来ない。が、ガイの剣を脇に流し、拳を地面に叩きつけた。

「アブソリュート!」

 無詠唱で彼を中心に水と氷が巻き起こる。その音素がティアの起こした音素を乱し、その隙に彼は離脱する。離脱した先に大佐がグランドダッシャーを起こし、避けたところへいつの間に近付いたのか、地のFOFからアニスが昂龍礫破を見舞う。

 その間にナタリアがヒールをルークに掛けるが、一撃で余程持っていかれたらしい。すぐには動き出せない。ガイもまた無詠唱アブソリュートでダメージを負い、動きが鈍い。

 第一音素を込めた譜歌を詠い、シンクの視界を暗くする。完全に見えなくすることは出来ないが、見えづらくすることは出来る。

「くっ……」

 呻いて、しかし彼は引かない。地を蹴り、迫るはボク。譜歌直後ですぐには反応が出来ない。

「アリア!」

 テセの声を聞くと同時に殴り飛ばされる。派手に甲板を転がった。ギリギリ腕で庇ったがかなり痛い。折れてこそいないものの、そう何度とはもらいたくない攻撃だ。

「っ……」

「イグニートプリズン!」

 転がるボクへの追撃があるが、直前で大佐の炎が巻き上げ行く手を阻む。命拾いをしたようだ。

 ガイが押さえ込み、ルークも向かっていく。その間にナタリアからヒールを受け、傷を癒した。ボクの補助もあってこちらの動きも悪くないのに、翻弄されるばかりだ。シンク一人が今までの戦いと比べて格段に手強い。

「きゃあ!」

 悲鳴にハッとすれば、シンクによってティアが蹴り飛ばされる。詠唱途中だった音素が霧散し、アニスが慌ててシンクとティアのライン上に飛び込む。踏み込み掛けたシンクの体が迷い、少しの間止まった。その短い時間にルークの剣がシンクの体に傷をつけた。

「チッ!」

 舌打ちをして距離を取り直されるが、それにしても動きに弱った様子はない。状況を確認すれば、ルークの怪我は浅くはない。ガイも本調子とは呼べず、まともに喰らったティアとボクは少し動けない。ナタリアはその回復に忙しいし、アニスはティアを庇って壁役を引き受けてくれている。大佐は譜術を唱えているが、護りがいない。

(転がってても、音素は使える……!)

 第一音素で直接、見える範囲一帯にFOFを発生させる。大佐のサンダーブレードがグラビティへ変化し、シンクの動きを著しく止めた。その瞬間を見逃さずに、アニスが十六夜天舞を炸裂させた。確実に当てるために、機会を窺っていたのだろう。

「!」

 シンクは重い体を叱咤して、その攻撃をどうにかいなしてみせる。それでも全ての攻撃は防げない。軸の揺れた体にガイが接敵し、鳳凰天翔駆を繰り出す。斬撃と同時に発生した炎に炙られながらも、彼は後ろへ跳ぶと一切のラグもなく前へ跳ぶ。待ち構えていたルークの剣が宙を斬り、対してシンクの拳がガイを捉える。

「空破特攻弾!」

「があっ!」

「ガイ!」

「仲間の心配してる場合? ───アブソリュート!」

「きゃああ!?」

 またも無詠唱で放たれた術にアニスが巻き込まれる。他の音素が邪魔をしないからか、先程よりも威力が高く見える。拳を受けて体勢を崩していたガイはどうにか地面を転がって逃れるが、代わりに傷を悪化させたようだった。

 そこでどうにか動ける程度までは回復し、ボクは立ち上がる。

(考えろ……!)

 一撃が重すぎる。けれど出来る強化と弱化はされている。攻撃を貰わない、というのは無理だ。これだけの手数の違いがある上で尚、攻撃される隙があるというのが証拠だ。

 傷が深い順番に並べれば、アニス、ティア、ボク、ガイ、ルークで、大佐とナタリアは無事だ。けれどナタリアは負傷者に追われていて、ティアも動けないまま譜歌で援護している。が、狙いが定まらず誘導としても弱い。

 前衛が代わり番こにダメージを引き受け、生まれた隙に大佐がタイミングよく上級譜術を見舞うことで、どうにかダメージを稼いでいる形だ。このままでは前衛が先に崩れる。もしも大佐が動けなくされた場合には、攻め手にも欠けてしまうだろう。

 彼が未だに狙われていないのは、完璧な位置取りで狙われづらいところから譜術を唱えているためだ。ナタリアも同様だ。

(考えろ!)

 状況は悪いが、シンクだって手負いだ。傷はこうして考える間にも着々と増えているし、グラビティの影響も抜けきってはいない。

 今必要なのは───確実に当てられる、高威力の攻撃だ。チーグルの森で考えたことと同じで苦笑する。あの時は昔試してダメだったものを、もう一度試そうとした。でも、今は違う選択肢がある。ボクは、一人で戦う必要はない。

「テセ!」

「は、はい!」

 呼ばれて、慌ててボクの方へ駆けてくる。幸い端まで転がされたのでシンクに狙われることはない。彼がこちらに気付く前に王手を掛ける。

「力を貸して」

「分かりました!」

 否はない。彼の体に負担が一切ないとは言わない。けれど、殆どない筈だ。負担はボクが背負う。

「今からテセのフォンスロットに音素を送り込む。それを使ってここ一面にダアト式譜術の譜陣を描いて」

「この場所全てに、ですか? そんなことをすれば……」

「大丈夫。描いた譜陣をなぞって、ボクが同じ譜陣を重ねる。発動はあくまでボクがやる。テセに負担がないとは言わない。それでも、助けて」

 ダアト式譜術を知らないが、音素を直接動かせるボクなら譜陣さえ敷ければ、力業で発動できる筈だ。何より、ボクはユリアの預言が詠めた。導師の素質があるなら───出来る筈だ。

「……分かりました」

 テセが地に掌をつき、そこから光が伸びて複雑な譜陣を見える範囲全てに描いていく。ボクは彼の体に触れ、片っ端から音素を注ぎ込んでいく。体が熱い。注ぎ込む音素の量が多過ぎて、ボクの体のフォンスロットも使われているのだろう。それでも集中を切らすわけにはいかない。

「描けましたっ……!」

「オーケイ。すぐに済ませる」

 両膝をつくテセの隣で、ボクは譜陣へ触れる。両手で音素を送り譜陣をなぞる。音素をテセの体に送る際に気付いたが、このダアト式譜術は一つの巨大な譜陣の中に、それぞれ似て非なる譜陣を六つ描くものだ。子細は不明だが、第一から第七まで全ての音素が注がれていたからにはフルで使う必要がある。

 それぞれの譜陣に使われている音素を読み取り、同じように対応する音素で陣を敷いていく。一番外側になる巨大な譜陣は第七音素だ。

(全音素複合とか……きっつ……)

 体全体で血液が脈打ち、心臓が握られたように痛む。呼吸が浅くなり、視界も滲む。酷い汗をかいていそうだと思いながらも、集中を解かずに譜陣を描ききった。そのまま、フーブラス川でしたように無理矢理に譜を与え、一気に解放する。

「──────!」

「これは……!?」

 一同が驚き、「力の波」が一凪ぎする。それは目に見えない風のようで、一瞬の間に戦場へ広がる。味方識別のないシンクの身を襲い、その体から全ての力を奪う。

「っ……ぅ…」

 崩れ落ちるようにバランスを失い、膝をつく。暫く動けない筈だ。それを見届けたところで、こちらも地面に伏した。

「アリア!」

「……大、丈夫」

 テセにどうにか答えるが、割とヤバい。付け焼き刃でダアト式譜術を使うのではなかった。それでもフーブラス川の時とは違って意識を失わないのは、ボクが強くなったからか、それともテセのお陰で正しく力が循環する譜陣が描けたからか。

 立ち上がってふらついたところを、トクナガに支えられる。

「アニス……」

「無理しちゃダメだよ」

「……うん」

 そのままトクナガに抱えられて、ルーク達の元へ運ばれる。開口一番怒られてしまった。

「お前、また滅茶苦茶なことしやがって!」

「でも、正直助かったよ」

 ルークに同意した後に苦笑して、ガイは自身の脇を押さえる。肋骨が折れているのかもしれない。

「シンクは……」

 ナタリアに支えられたティアが問い、皆の視線がそちらへ向く。彼は膝をついたまま肩で息を繰り返していた。仮面の下で、苦悶に歪む表情が見えるようだ。

「……まだ動きますか。しかし、その体ではこれ以上の抵抗は無駄な足掻きですよ」

「……ダアト式譜術、とはね……してやられた、よ……」

 自身の油断を嘲笑うかのような声の後、彼の仮面が落ち素顔が露になる。そこにあるのは当然、テセと同じ顔だ。同じだけれど、違う顔。

「お……お前……」

「嘘……イオン様が二人……!?」

 ルークとアニスが動揺に声を上げれば、冷静に動いたのはテセだった。自身と同じレプリカを前に、彼は千歳緑の瞳を揺らした。

「やっぱり……貴方も、導師のレプリカなのですね」

「おい! 貴方も……って、どういうことだ!」

「……はい。僕は導師イオンの七番目───最後のレプリカですから」

 ガイの問いに、すらすらと、もしくは淡々と答える。まるでこの世界の仕組みを語る時のように、彼は顔色一つ変えなかった。

「レプリカ!? お前が!?」

「嘘……だって、イオン様……」

「すみません、アニス。僕は誕生して、まだ二年程しか経っていません」

「二年って、私がイオン様付きの導師守護役になった頃……まさかアリエッタを解任したのは、貴方に……過去の記憶がないから?」

「ええ。あの時、被験者イオンは病で死に直面していた。でも跡継ぎがいなかったので、モースとヴァンがフォミクリーを使用したんです」

 彼の語る言葉に、恐らく嘘はない。少なくとも彼が知る真実はそれだ。テセに直接確認したことは一度もなかった。それでもやはりと思う。

 やっぱり、テセは自分がレプリカであることを知っていたのだ。全て知った上で、代わりとして導師イオンになった。成り代わった。与えられた役割を演じ続けてきた。

「……お前は、一番被験者に近い能力を持っていた。僕達屑と違ってね」

 シンクは絞り出すようにそう言った。

「そんな……屑だなんて……」

「屑さ。能力が劣化していたから、生きながらザレッホ火山の火口へ投げ捨てられたんだ。ゴミなんだよ……代用品にすらならないレプリカなんて……」

 嗤いながら吐き捨てる彼にとって、己の価値は問うまでもなく「無い」のだろう。捨てられるだけの「生」なんて馬鹿馬鹿しい───彼の言葉が蘇る。

「そんな! レプリカだろうと、俺達は確かに生きてるのに」

「必要とされてるレプリカのご託は、聞きたくないね」

 誰かに定義されることも、自身で定義することも出来ない、あやふやな「生」。彼の探す、生まれてきて、死ぬことが出来ない、その理由。

「そんな風に言わないで。一緒にここを脱出しましょう! 僕らは同じじゃないですか」

 そう訴えて差し伸べられるテセの手を、シンクは叩き払う。彼は取れないし、取らない。導師イオンであるからこそ、彼の手を決して。

「違うね。僕が生きているのは、ヴァンが僕を利用するためだ。結局……使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるってことさ……」

 そう嗤って、彼はタルタロスから身を投げた。投げた先は当然地核だ。障気も音素も溢れ、このタルタロスがなければ圧力で死に至るような場所。

 ボクはそれをぼんやりした頭で眺め……テセの横顔を見て、ようやく頭が冴えた。彼の瞳からは確かに涙が流れていて、それは自分によく似た彼の死を、哀しむようで───死? 本当に?

(ああ、もう)

 ここへ来た時、彼は何を思ったのだろう。導師イオンが二人と言われた時、彼の胸に去来したものは何か。自身を屑といい、ゴミと語り、利用されるしか能がないのだと詰った彼は……その「生」に一片の価値すらないと、思っているのだろうか。

(人間なんて、大嫌いだ)

 ───ボクの矜持が、許さない。

「……第三音素!」

 一気に纏って、一足跳びにタルタロスから身を投げ出す。落ちる前に、一言だけ告げた。

「上で、信じて待ってて!」

 ボクの視線の先にいるのはテセ。導師イオンと同じ顔をしているらしい、シンクと同じ顔の彼は。涙を流したまま、世界が百八十度変わったかのように驚いた顔をしていて。

 それを最後に、ボクは地核へと落ちていった。










*****










 地核は障気と、音素の乱流だ。それらの質量に阻まれるような抵抗を受けながら、第六音素で切り裂くように強引に落ちる。

 第三音素で加速した体は、ただ落ちていったシンクよりもずっと速い。それでも追い付くには足りず、第一音素と第二音素を使って下方に見えたシンクの体を引く。

 速度が落ち、完全に地核の空気に焼かれる前に追い付いた。

「シンク!」

 名を呼んで手を伸ばせば、彼は驚きながらボクを見上げた。その顔が最後に見たテセの顔とだぶって苦笑する。彼らは同じじゃない。ただ兄弟のようなものなのだ。

「……なんで、来たのさ。死にたいの?」

「いいから手を伸ばして!」

「僕は劣化品で……要らなくて……」

「シンク!」

「代用品にすらならない、ゴミなのに」

「いいから……!」

「僕は───」

 ぷつりと、何かが切れた。それはアクゼリュス以来の感覚だ。彼の話などどうでもいい。こちらの話を聞かないのなら知ったことではない。ボクは、ボクの意志に従う。

「うっさい! 手を伸ばせ! 離さないから!!」

「──────」

 シンクは、息を飲んで。この世界の全てが嘘を吐いていたと、知った時のような顔をして。知らなかったことに、殴られたような顔をして。

 ゆっくりと、恐る恐る、ボクに手を伸ばした。その手を掴む。ボクに握られた手は握り返すことはなかったけれど、振り払われることもなかった。それに満足して、ボクはシンクに乞う。

「ボクを信じて」

 テセに願ったのと同じ言葉だった。何が起きるか彼は分からない。ボクに何が出来るのか、ボクの体がどうなっているか。彼は知らない。彼は───ボクが連れ帰る。

「っ……!」

 音素を大量に体内に取り込む。先の戦いで全身が怠いし、使われたフォンスロットは痛みを訴えている。本当ならとっくに気を失っていたい程だ。それでもボクは譲らない。

 全身の痛みに焼くような熱が広がり、命の危機とまで本能が感じ取る。音素が体を蝕むような、そんな苦しみと疼きが内蔵と意識を襲った。

(吐きそうだ)

 ディストの実験など比ではない。頭がガンガンと叩かれ、心臓が今度こそ破裂すると思う。呼吸をしているのかも分からない。全身が炉のように熱を持ち、五感など死んでしまった。

 それでも、掴んだ手だけは離していない。そう感じるのか、思いたいだけなのか。「ボク」という形が壊れそうだ。封印術もどきが、熱で歪むフォンスロットに溶かされる。

 ボクがイメージするのは風だ。自由で、速く、形のない暴風。脳裏を過ったかつての失敗を振り払う。ただひたすらに呼び掛けた。体内に取り込む莫大な音素に願う。小さな島を一つ消し去った時と同じように……祈りを、第三音素に。

「───シルフ!!!」



 そこからの記憶はない。
 ただボクは、途方もない「風」に運ばれて。
 緑の瞳に、名を呼ばれたような気がした。
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