外殻と崩落


 シンクが匿ってくれていた部屋は神託の盾本部の一室から繋がっていた。彼に連れられて外……ダアトの街へ出る。久し振りの太陽に少し眼が眩んだ。寝たきりで実感はなくとも、体は正直らしい。

「じゃ、精々上手くやりなよ」

 彼はあっさり立ち去ってしまって、そこに取り残される。向かう先はシェリダンに定めた。

 とりあえずダアトの街を出ようとして、ふとテセはどうしているだろうと思う。彼がバチカルについて行ったとは思えず、となれば教会内にいるのではないか。顔を出しておいた方がいいかもしれない。

(心配も掛けてるだろうし、念のため)

 空振りならそれはそれでいい。様子を見に行くくらいはいいだろう。教会は一般人の立ち入りが禁止されている訳でもない。適当に潜り込むと、そそくさと関係者以外立入禁止のエリアに入り込み、導師の私室への譜陣を起動させる。

 そうして部屋を訪ねると、目的の人物はそこにいた。彼はボクの姿を認めると、白い頭飾りを大きく揺らして立ち上がり慌てて駆け寄った。

「アリア!? どうしてここに……」

「色々あってね。ルーク達の状況も聞いてる。合流に向かう前に、顔くらい見せておこうかと思って」

 顔色は悪くはない。最後に見た時には預言を詠んで顔面蒼白だったが、一週間も経つと回復しているようだ。良かったと思っていれば、考えていなかったことを願われる。

「僕も行きます!」

「えっ」

 冗談でしょと顔を見れば、真剣な眼がボクを見ていた。どうやら冗談ではないようだ。

 こちらはリハビリが要る状態で、テセを護りながら旅が出来るかは少し不安だ。それでも、すぐにでも彼らに合流したい理由があるのだろう。少し考えてから、仕方がなく了承する。

「……オーケイ、分かった」

「ありがとう、アリア!」

 手が掴まれ、ぎゅうと握られる。余程嬉しいらしく、表情が輝いて見えた。

 ダアトでやりたいことは終わっていたようで、出立の準備もすぐに済む。暫くはボクとテセだけの、二人きりの旅だ。軽率な行動は避けなければと思う。

 ダアトを離れ、港まで野営を繰り返す。一人きりでの戦闘は気が楽で、解放感があった。自分のことしか考えないのは簡単だ。心許なさもあるけれど、久し振りに身が軽い気もする。

 道中、テセから驚きの話を聞いた。ルーク達がバチカルへ送られた時、丁度ダアトへ戻ったアッシュに応援を頼んだという話だ。

 彼に外殻大地降下の助けになる禁書を預け、送り出した。その結果彼から鳩が届き、無事にバチカルから離れたことと、ベルケンドからシェリダンへ向かう旨を伝えられたそうだ。

 予想は合っていたようで、この分だとシェリダンで合流出来るかもしれなかった。

「禁書の内容は?」

「僕はざっと眼を通しただけなので……ただ大地の液状化を食い止めるための、音機関の情報が載っていました」

「大地が固定出来れば、降下した外殻大地も安心だね」

 それは確かに試す価値がある。シェリダンに向かうならそこで音機関の作製を依頼するのだろう。セフィロトツリーの暴走にも解決策が見付かりそうで何よりだ。

 定期船に乗り込むと、テセは緊張を声に乗せてその話を切り出した。

「モースから聞きました。貴女が……『アリア』が大詠師の養女で、『導師』の婚約者だと」

「あー……そっか」

 テセはボクがレプリカだと知っている。だからボクがその「アリア」ではないと知っているが、対外的にはそうもいかない。ちょっと気まずくて、海へ視線を逸らしてしまった。

 テセがどんな視線をボクに向けているか分からない。暫く待てば、彼は静かに確認した。

「驚かないんですね」

「知ってたから」

「どうして言ってくれなかったんですか? 僕も無関係ではない筈です」

「そうだけど……ほら、婚約者なのはボクじゃなくて被験者だから。余計な混乱を招きたくなかったんだよ」

「……アリア。こっちを向いて下さい」

「………………」

 願われて、ボクは視線を戻す。テセは真面目な顔をしていて、千歳緑の瞳には複雑な感情が垣間見えた。自分だけ知らなかったことへの感情か、降って湧いた婚約者という存在への感情か、はたまた別の感情か。黙って待てば、彼は眼を伏せて声を落とした。

「……何も知らなかったのは僕だけだったんですね。何も知らずに貴女にダアトへ来て欲しいなどと……貴女を何に巻き込んでしまうかも分からずに。すみません」

「待って待って。そんなことで謝らないで。テセは悪くないでしょ」

「ですが、僕の願いで貴女は困った筈です。……こんな風に困らせるつもりではなかった」

 しゅん、とテセが肩を落とす。確かに願われた時には困ったけど、困った理由はそれとは違う。そちらも説明がややこしいのに、余計ややこしいことになってしまった。頭を回して、言葉を紡いだ。

「婚約者って言っても公にはされてないし、どうにでも出来ると思う。そんなに真剣に考えることでもないよ」

「……アリアは気にならないんですか?」

「気にはなるけど……ボクは被験者じゃないから」

 正しくは「ボクもテセも」だ。お互い被験者でないから気にしたところで他人事だ。大詠師が余計なことをする可能性はあったが、当人達が認めていないのに婚約関係が結ばれるとも思っていない。

 そう思ってそれ程気にしていなかったのだが、テセの考えは違うらしい。彼は声の調子を落としたまま告げる。

「僕は……気になります。モースにとって貴女は『アリア』だ。それはきっとレプリカであっても変わらない」

 その考えには同意だ。大詠師は「アリア」を利用する。それは今までの高圧的な言動から想像に固くない。でも何故、テセがそれを気にするのか。ボクの問題はボクの問題なのに。

「貴女がモースに利用されるのは嫌です。貴女には被験者の代わりではなく、貴女のまま生きて欲しい……貴女のまま、側にいて欲しいんです」

「……それは」

 思わず言葉を挟めば、テセは一つ頷く。ボクの言葉にしていない考えを肯定するように。その話は以前、ケテルブルクでされた話に繋がって聞こえる。───不安になるから側にいて欲しいと望まれた。

 テセは千歳緑の瞳を上げ、ハッキリと告げる。そこにボクが望むような迷いはない。

「モースは今回の件で拘留し、大詠師の地位を剥奪します。だからアリアは何も心配しなくていい……それを改めて伝えたかったんです」

「………………」

 その選択が百%自分のためだなんて思わない。どちらにせよ、和平のためにテセは導師としてそうしただろう。その反面で、ボクに与える余波も考えていると今の言葉で伝わる。どうしてそこまで、と気付けば口を突いていた。

 テセはボクの言葉に困ったように、でもどこか嬉しそうに笑う。

「貴女が、僕に名をくれたからです。僕に、僕であることを教えてくれた」

「……そんな大層なことじゃないよ」

「いいえ。僕にとっては……大切なことだったんです」

 眼を伏せ、そっと言葉にされる。そんなに大切にされると面映ゆくて、ただのエゴなのにと気まずくて、なんて言っていいか分からない。彼がボクを側に望んでくれる感情と同じように、安易に否定なんて出来ない。でも、

「……考え直して欲しい」

「アリア……?」

 これ以上は、言葉を呑み込めなかった。一度出てしまえば、それは形を成す。テセにとっては正しくとも、ボクにとっては正しくない。ずっと、騙してるみたいだった。

 視線をテセへと向ける。戸惑いを浮かべる瞳へ、正面から向かい合う。

「ボクをダアトへ連れて行くこと。考え直して欲しい」

「どうして……」

「テセのそれは、ちょっとした勘違いだよ。ボクはテセが思うような人間じゃない……そんなに、期待しないで欲しい」

「………………」

 テセはボクの言葉に、何を言われたのか分からないと言うように言葉を失う。そんな風に否定がボクの口から飛び出すと思っていなかったようで、ほら、期待と違うでしょうと思う。ボクは、君を傷付けない存在じゃない。

 視線を下げて海へ向ける。傷付けてしまったことが、少し哀しくて。

「側に望んでくれるのは……光栄だなとは思う。でも、ボクは相応しくないよ。自由を気取った、無責任な人間だから」

 それはバチカルでアニスにも責められた話。ボクも認めてる。何も積み上げて来なかった───積み上げたいと思わないボクに、テセの側なんて似合わない。彼は導師としての自分をちゃんと積み上げている人だから。

 世界のことも、そこで生きてる人々のことも、テセはちゃんと考えてる。人の命をどうでもいいと思うボクとは違って。

「だから……ちゃんと、考えて。もう一度、ボクでいいのか」

「アリア……」

 彼はボクの名を呼ぶけれど、その続きはなかった。迷いが、躊躇いがあるように。混乱しているのだと思う。困らせている。でもボクは、それが必要なことだと思う。思い直して欲しいから。

 シェリダンまでの時間を、ボクらは自然と静かに過ごした。










*****










 シェリダンへ着くと、まずイエモン達に話を聞きに行った。ルーク達が頼るなら彼らだと思うから。

 工房へと向かえば、何故か彼らは大喧嘩の真っ最中だった。それも三対二で、見知らぬ二人組とだ。どうにか割って入って話を聞けば、二人組はベルケンドの技術者らしい。

 昔からの因縁の仲らしく、イエモン達はシェリダンの「め組」、ヘンケンとキャリーの男女はベルケンドの「い組」として、音機関界隈では有名らしい。当然知らない。

 ベルケンドの「い組」が何故シェリダンにいるのか問えば、唐突にルーク達の名前が上がった。

「魔界の大地が液状化したのは地核が激しく振動するようになったからで、振動を止めれば大地が固形化する……ね」

 テセがアッシュに預けた禁書から得たヒントで、そういう結論に至ったらしい。その振動を止めるための音機関の製作を、予想の通り「い組」にお願いしたようだ。

 そもそも地核が激しく振動するようになったのは、プラネットストームのせいだという。その仕組みを作った当初は考えられてなかった歪みが長い時間の中で生まれ、振動という形で表れるようになったようだ。

 プラネットストームを止めれば地核の振動は止まるらしいが、代わりに譜術などは極端に弱くなり音機関も使えなくなる。パッセージリングも止まり外殻大地を支えられない。故に、プラネットストームによる地核の振動問題は放置されていたらしい。

 禁書にはプラネットストームをそのままに地核の振動を止める草案が書かれていたが、ユリアの預言に反するからと禁書の扱いになったようだ。ルーク達はそれを利用して地核の振動を止めようとしている。

 「い組」が何故シェリダンにいるか問えば、技術協力を依頼した際にスピノザという男に情報が漏れ、そこからヴァン謡将にも情報が流れたらしい。安全のために「い組」はアッシュの手でシェリダンへ送られ、「め組」と協力してその音機関を作ることになった、という話だった。

 そして肝心のルーク達とは入れ違いになってしまったようで、彼らはダアトへ向かったらしい。地核の振動を止める前に、まず地核の振動周波数を調べる必要がある。セフィロトツリーに計測装置を入れるにはパッセージリングの下へ行くことになり、そのためにテセを頼る予定だった。完全に裏目に出たようだ。

 とはいえ、空振りすればシェリダンへ戻って来る筈で、それ程時間も掛からないと予想する。再度入れ違いをすることだけ避けたくて、大人しく待つことにした。

「……って言っても、することがない」

 宿で一人ごちる。課題は山積みだ。計測装置をセフィロトツリーに入れ、地核の振動を止める音機関を設置しなければならない。両国の王やユリアシティには大規模な外殻降下の話を事前にしたいところだし、そのためにはアルビオールの飛行機能を取り戻す必要もあるだろう。浮遊機関である飛行譜石はディストが持っているらしく、ディストはバチカルの方だ。更に言えば、障気という大きな課題もある。

(外殻大地を魔界に降ろす以上、障気の問題は避けられない)

 アクゼリュスで健康被害が問題になったように、障気は有害だ。ユリアシティのようにドームで街を覆ってしまえればいいが、その技術は創世暦時代のもので再現は容易でない。現代で実現可能な方法を考えなければならない。

 心当たりはあった。ボクは障気を通さない膜を作れる。それはアクゼリュスで簡易的に使った方法で、もしそれを譜術や譜業で再現出来れば規模を広げられるのではないか。障気が漏れ出しているのはセフィロトという話だし、各パッセージリングに障気を通さない蓋が出来ればいいように思う。

「その辺りは大佐に相談かな……」

 ふぅ、と息を吐くとノックの音が転がった。ボクの部屋を訪ねて来る人なんて限られていて、応えれば扉を開けたのは白い法衣の少年だ。

 ベッドで体を起こすボクを見ると、彼は少し申し訳なさそうな顔をした。

「すみません。休んでいましたか」

「ごろごろしてただけ。どーしたの?」

 問えば「お願いがあって来ました」と告げられる。船で突き放すようなことを言ったのに彼の態度は柔らかいもので、ボクだけがちょっと気まずい。そこにつけ込んだ訳ではないだろうけど、テセは穏やかに笑んだまま願いを口にした。

「一日、貴女の時間を頂けないかと思いまして」

「ほぇ?」

「今、僕達に出来ることはありません。ですから少しだけ緊張の糸を緩めて過ごして欲しいと思ったんです」

 つまり、気分転換しようということか。一理ある。考えられることは考えたし、出来ることも特にない。無為に過ごすなら気晴らしになった方がいいだろう。

 特に今回の依頼は今までと比べ物にならないくらい長引いているし、行動を共にする人数も多い。そもそも内容が壮大だ。ここいらで休憩しておくのも悪くはない。

 問題はどうやって休むかだ。

「急に休むってなっても思い付かないかも……」

「そうですね。とりあえず、シェリダンの街を見て回りませんか? ゆっくりと観光をする時間はありませんでしたから」

「うーん、なるほどね」

 言われてみればその通りで、乗ってみてもいいかもしれない。観光に向いた街ではないが、工房を覗かせて貰うだけでも面白そうではある。ガイ程ではないが、音機関にはまぁまぁ興味もあるし。

 テセの提案に頷くと、彼は嬉しそうに頬を緩める。そんな顔をされると船での一件もあって、また罪悪感が疼いてしまう。

(……折角提案してくれたんだから、ちゃんと気晴らししなきゃ)

 気持ちを払って、テセについて街へ出る。シェリダンは岩肌の地帯で少し空気は乾いている。独特の風を感じながら、まずは通りを歩いた。

 シェリダンには工房が並んで、店という感じのものはない。代わりに趣味で作った音機関が工房の前に出されていて、露店のように値札を付けられている。趣味程度は売る気もなさそうな扱いに職人気質を感じてしまう。

 それら店頭の物を見て、テセと感想を言い合っていく。基本的には見た目に関することだが、どれもカラクリがあるので探るのが面白い。

 一通り見ると工房に寄らせてもらい、中の音機関を見せてもらったり、作業途中の物の話を聞いたりした。案外それを繰り返せば退屈せず、普段関わりのない世界を知ることが出来る。

 そうして日暮れまで時間を潰し宿へ戻る途中、海が一望出来る場所でテセは足を止めた。夕陽は殆ど落ち、夜になろうとする景色の海は暗い。

「アリア。少し失礼します」

「うん?」

 海を眺めていれば断りを入れ、テセがボクに近付く。彼の指先が結っている髪に触れ、そこに新たな重みが微かに足される。彼は離れると、満足そうに笑んだ。

「髪留めです。アリアに贈りたくて」

「えぇ? ……いいの?」

「はい。今日一日僕の我儘に付き合って頂いたお礼に、貰って欲しいんです」

 そう言われれば無下には出来ない。手で触れれば、髪留めの感触が伝わる。音機関の街で買ったそれは、どういうカラクリがあるのだろうか。

「どういう物なの?」

「貝を使った装飾ですね。とても綺麗で、耳を傾けると海の音が聞こえるんです」

 そう言ってテセの視線は目の前に広がる海へ向く。なるほど、今日の思い出という点では当て嵌まっているかもしれない。こうしてゆっくり海を眺める時間なんて、旅の中にはなかったから。

「……ありがと」

「こちらこそ、ありがとう」

 その礼は、髪留めを受け取ったことへの礼か、一日付き合ったことへの礼か。ボクがお礼を言う側なのにどうしてもお互い様にする様がテセらしい。

 テセがボクへ向ける好意は間違ってると思う。でもその全部を否定したい訳じゃない。ボクを側に望むことだけが間違いであって、こうして時間を過ごすのは嫌じゃなかった。物を贈られるのも、くすぐったいけど嬉しい。

 テセがそっと告げる。

「……よく考えてみようと思います。アリアと僕のために」

 それは突然だったけど、船で交わした言葉の続きだと分かった。そこに辛そうな響きはない。テセの眼は迷わずに遠くを見詰めていて、

「うん……」

 並んで海を眺めながら、ボクはそれに頷き返した。










*****










 翌日にはルーク達がシェリダンに戻り、盛大な入れ違いが笑い話になる。「心配したんだぞ!」と怒られて、無事を喜ばれた。

 積もる話は一旦後に回し、完成した振動周波数の測定器を「い組」から受け取るとタタル渓谷を目指すことになる。

 テセの話では外殻大地に残るセフィロトはそこに在るそうだ。プラネットストームの起点と収束点である二つのセフィロトも残っているが、計測には適さない。

 振動を止めるための音機関はその間に「め組」と「い組」の協力で作ってくれるらしく、頼もしい限りだ。

 アルビオールとノエルもアッシュの手で助け出されていたらしく、飛行譜石がないため空は飛べないが水上走行は出来る。それでタタル渓谷を目指す道中、分かれていた間の話を聞くことにした。

 ルーク達の行動は概ね予想通りで、バチカルでの大立ち回りや、ナタリアが乳母の孫メリルだった話、本人がある程度立ち直ったこと、アッシュが助けてくれたこと、ベルケンドでヴァン謡将と話したことなどを共有してくれる。

 ヴァン謡将は大地と人類をレプリカと入れ替え、預言に従わない世界を作るつもりらしい。その仮定でローレライをも消滅させる計画らしく、話が壮大だ。

 ダアトではガイが欠けていた過去の記憶を取り戻したと聞く。それはホド戦争の、ガイの家族が殺された時の記憶だった。幼いガイを庇ってメイドが、実姉が刃に倒れ、その記憶がトラウマとなって彼の女性恐怖症を呼んでいたらしい。

 ボクの方は「大詠師の軟禁から逃げて来た」とだけ伝えた。ボクの詠んだ預言については、ヴァン謡将が注目した預言として共有し、解釈は難しいままだ。

 情報を共有する内にタタル渓谷へ着く。それはルークにとって旅の始まりで、思い出深い場所だった。

「俺の旅は……ここから始まったんだ」

「あの時は巻き込んでしまった形だったけれど……今は、違うわ」

 ボクから見ても、ルークとティアは以前とは違う。それぞれの在り方もそうだし、関係性も違って見える。そう思うと大佐の印象も少し変わったような気がして……大きくは変わってないなと思い直した。

「ここを出てすぐにアリアに会ったのよね」

「懐かしいな~。世間知らずそうな坊っちゃんと、美人さんが辻馬車に乗ってきたなーって思ったんだった」

「な、何を言ってるの?」

 動揺するティアをからかったりなんかして、渓谷を進む。

 道中、激しい地震にアニスが谷へ落ちそうになるアクシデントもあった。ティアとガイが手を伸ばし、危ういところを助ける。過去を思い出し、ガイも変わろうとしているようだ。

 ナタリアも今は己の生まれと向き合っていて、変わっていく途上に在る。皆、この旅で少しずつ変わっていっている。

 セフィロトの扉を探していれば、何故か古代イスパニア伝説とやらに出てくるユニセロスという魔物にも襲われた。ミュウ曰く、障気が近付いてきたからつい、とのことで、ティアが障気を吸っているという話だが、さて。

「ここは僕が開けます」

 パッセージリングの入口で、テセがダアト式封咒を解く。幻想的な空間を進み、ティアに反応してパッセージリングが起動する。

 今後外殻を降下させることを見越して、ルークが超振動で各セフィロトを繋ぎ、命令を書き込んだ。要約すれば「ラジエイトゲートにあるセフィロトツリーの降下に合わせて、他のツリーも一斉に降下するように」という指示だ。一つ一つに命令を書き込まずとも、パッセージリングが起動さえしていればそれで事が済む。

 地核の振動周波数の測定は問題なく終わり、ボクらはシェリダンへと戻った。










*****










「タルタロスを改造してるところさ」

 計測結果を渡した際に、タマラから伝えられる。地核の振動を止める音機関の外側として、タルタロスが選ばれたらしい。確かに地核に沈めても、今更壊れなさそうだ。

 準備が出来るまでにはまだ掛かるということで、暇になる。

「なぁ、ちょっといいか?」

 不意に、ルークがボクらに呼び掛けた。

「外殻の降下って、世界の仕組みが変わる重要なことだろ? 伯父上とかピオニー皇帝にちゃんと説明して、協力し合うべきなんじゃないかって」

 それを言い出したのがルーク、ということに彼の成長を感じる。目の前のことだけでなく、周囲も見えるようになったのだ。広い視野を持とうとすることは、いいことだろう。対して、ナタリアの表情は固い。

「……ですが、そのためにはバチカルへ行かなくてはなりませんわ」

「行くべきなんだ。街の皆は命懸けで俺達を……ナタリアを助けてくれた。今度は俺達が皆を助ける番だ。ちゃんと伯父上を説得して、有耶無耶になっちまった平和条約を結ぼう」

 「その上で協力して外殻大地を降下させよう」とルークが話す。有耶無耶になってしまった平和条約……ボクの仕事の終着点。それが達成されれば、ボクの請けた依頼は終わり。彼らとの旅も必要なくなる。ボクは以前と同じ生活に戻って、楽になる。

(───本当に?)

 胸の奥が、疼く。ナタリアはまだ怖いのだと話し、少しだけ時間が欲しいからと一晩シェリダンに泊まることになった。










*****










「夜遊びですか? 感心しませんねぇ」

「うわっ」

 宿を抜け出して屋根に登っていれば、涼しい声が耳に届いて驚いた。見下ろせば、赤い瞳がこちらを見上げている。

「お話があります」

 にこやかに宣告され、否は許されないのだと察した。無駄な抵抗はせずに屋根から降り、歩き出した大佐の後に続く。

「何を考えていたんです?」

「……依頼が終わるなぁって」

「気が早いですね。和平条約締結のための話し合いはこれからですよ」

「分かってるけど……実現したら、そこで終わりでしょ? なんか、実感湧いちゃって」

 元々はバチカルまで和平の使者を送り届けることが依頼内容だった。でもアクゼリュス救援が付け足されて、色々あって有耶無耶になって。平和条約の締結までと、線を引き直していた。その時が近付いて、何も思わないことはない。

 大佐は歩みを止めないまま問う。

「貴女はどうしたいんですか?」

「どうって……正直分かんない。皆のことは他人事じゃないし、一緒にいるのは楽しい」

 それはグランコクマでも思ったこと。依頼だけが理由で一緒にいるのかという自問に、ボクは答えられなかった。答えられない時点で、多分答えは出てる。でもそれでいいのかが分からない。

「ボクは皆みたいにヴァン謡将を止めなきゃって思えない。世界がレプリカに入れ替わったっていい。でも……皆の手伝いはしたい。そんな気持ちでもいいのかな」

「決めるのは貴女です」

「……分かってる」

 大佐に聞いても仕方がなくて、こんな話に付き合ってくれてるだけ感謝だ。いいか悪いかなんて些細なことで、本当は自分がどうしたいか。ボクの、望みの話。

 大佐は足を止めてボクを振り返った。赤い相貌は静かにボクを映して、そこに温度は感じられない。掛けられたのは、想定された問い。

「宿題の答えは見付かりそうですか?」

「……全然。ストレスで苛々する」

 正直に答えれば「そうですか」と頷いて、そこに落胆の色はない。大佐の意図は相変わらず読めない。彼は眼鏡のブリッジを押さえると、淡々と告げた。

「仕事を延長しましょうか」

「宿題の答えが分からないから?」

「さて。貴女にとっても都合がいい提案だと思いますよ」

「………………」

 大佐はボクに頭を悩ます時間を課せて、ボクは皆についていく理由が曖昧であることに言い訳が出来る。異論は、ない。

「……分かった。今度はいつまで?」

「そうですね。グランツ謡将の計画を阻止し、私達の旅が終わるまで、としましょうか」

「ヴァン謡将次第じゃん……」

 応えながら妥当だとは思う。やっぱり今更「はい、さようなら~」とはなれないから。皆がヴァン謡将に立ち向かうなら、他人事ではありたくない。

 誰かに聞いてもらうというのは案外効果があるらしく、少し気持ちが楽になる。ボクも一応は人間ということか。宿に戻る際に、思い出したように問われる。

「体の方は、その後異常はありませんか? 音素を操る際に、違和感があるかなども含め」

「ないよ。快調って言うのもなんだけど、特に前と変化はない」

「……そうですか。念のため、フーブラス川での無茶や、預言を詠むような真似は控えて下さい。いいですね?」

「なんで大佐が決めるのさ」

「───いいですね?」

「……はぁい」

 有無を言わせない語調にお手上げする。大佐は頭がいいし、基本的に間違えない。完璧でもないけど、彼が言うならと考えてしまうところはある。

 それでも必要なら、彼の忠告も無視する。結果を得るなら、相応の対価を支払わなければならないのは、当たり前のことなのだから。

 そんなことを考えて、ボクを生んだ技術の「親」の背中を眺めて歩いた。










 翌日、ナタリアは王女として、その前にキムラスカの人間の一人として、成すべきを成すと覚悟を示した。ボクらはタルタロスが改造されている間に、バチカルとグランコクマへ向かうことになる。

 障気という問題点についてはボクの案も提示し、検討していくことになる。どれだけの時間が掛かるかは分からないが、何も可能性がないよりはいいだろう。

 今自分がすべきは生まれにこだわることではない、とナタリアは前へ進む。ガイも過去の痛みと向き合い始めて、ルークはもうずっと過去を背負って前を見ている。

 ティアも、実兄と戦う現実から眼を背けない。大佐はフォミクリーを生んだ過去と向き合い続けているし、アニスは導師守護役として己の仕事を全うしている。

 テセも自分が導師イオンであることを肯定的に考え、テセレマの名の通り、その意志に従って変わっていっていた。変わらないのはボクだけだ。自分の望みを知らないのは、ボク一人。

 変わっていく景色の中で、自分が変わりたいのかも分からなかった。










*****










 処刑されそうになって命からがら逃げて来たその場所に、自分の意志で向かうのは勇気が要ると思う。

 「裏からこそこそ」という案に「正面から」と答えたのはテセだった。導師イオンの名の下に、絶対に国王陛下の前にルークとナタリアを連れて行く───彼だから出来ること。彼なりの戦い方だ。

「私はローレライ教団導師イオン。インゴベルト六世陛下に謁見を申し入れる。連れの者は等しく私の友人であり、ダアトがその身柄を保証する方々。無礼な振る舞いをすれば、ダアトはキムラスカに対し今後一切の預言を詠まないだろう」

 これは中々、堂に入った振る舞いだった。「導師イオン」がこれだけ強く出れば、下手な行いは許されない。すんなり中へと入り、国王陛下の私室へ向かう。大臣が騒ぎ立てるが、構わず説得に掛かった。

「伯父上! ここに兵は必要ない筈です。ナタリアは貴方の娘だ!」

「……私の娘は、とうに亡くなった……」

 絞り出すようにそう囁く国王陛下に、しかしルークは引き下がらなかった。強い口調で断言してみせる。

「違う! ここにいるナタリアが、貴方の娘だ! 十七年の記憶がそう言ってる筈です!」

「記憶……」

「突然誰かに本当の娘じゃないって言われても、それまでの記憶は変わらない。親子の思い出は二人だけのものだ」

 それはルークが言葉にするからこそ重みを増す言葉だ。自分自身が偽物と知り、それでも何も変わらないことを知ったからこそ意味がある。彼の畳み掛けに、国王陛下は声を荒げた。

「そんなことは分かっている……分かっているのだ!」

「だったら!」

「いいのです、ルーク」

 肩に力が入るルークを諌めたのはナタリアだった。代わりに、ナタリアは王女としてではなく、一人の人間として国王陛下に訴えかける。

「お父様……いえ、陛下。私を罪人と仰るなら、それもいいでしょう。ですが、どうかこれ以上、マルクトと争うのはおやめ下さい」

 ナタリアの訴えに「導師イオン」が続いた。

「貴方がたがどのような思惑でアクゼリュスへ使者を送ったのか、私は聞きません。知りたくもない。ですが私は、ピオニー九世陛下から和平の使者を任されました。私に対する信を、貴方がたのために損なうつもりはありません」

 凛と、彼は言い放つ。それは今までのどの「導師イオン」の姿よりもそれらしい。彼は、彼自身が思い考えることを受け入れたのだろう。

「恐れながら陛下。年若い者に畳み掛けられてはご自身の矜持が許さないでしょう。後日改めて、陛下の意志を伺いたく思います」

 大佐の言葉に驚くのはこちら側で、兵を伏せられたらどうするのかとガイが問えば大佐はこう答える。

「その時は、この街の市民が陛下の敵になるだけですよ。先立っての処刑騒ぎのようにね」

 しかもここには導師イオンがいる、と彼は続ける。

「いくら大詠師モースが控えていても、導師の命が失われればダアトがどう動くかは、お分かりでしょう」

「……私を脅すか、死霊使いジェイド」

「この死霊使いが、周囲に一切の工作なくこのような場所へ飛び込んでくるとお思いですか」

 敵地にいるとは思えない一歩も引かない姿勢で、書状を大臣へと預ける。国王陛下は、それに眼を通してから明日には結論を聞かせると言った。

 勿論、大佐が周囲に工作などしている訳もなく。ただ彼が感じた通り、国王陛下の答えはもう出ているように思えた。ルークとナタリアの言葉は届いているように思えたし、でなければ書状が受け取られた筈もない。

 大佐の言う通り、後はランバルディア王家の器量を信じて待つ他なかった。










*****










 翌日何が起きたかと言えば、大詠師の面目が潰れ、国王陛下は和平を受け入れた。外殻降下についても、会談の席につくらしい。

 ナタリアを偽りの姫と詰る大詠師に、テセと大佐が返した言葉が耳に残る。「血統だけにこだわる愚か者」……そして「生まれながらの王女はいない」という話。そう在ろうと努力した者だけが、王女と呼ばれるに足る品格を得られるのだと、大佐は言葉にした。

 ボクはその考えに同意する。ナタリアを見ていれば、彼女を愛するバチカル市民の話を聞けば、そう思って自然だ。彼女は王女足ろうとして、不足がなかった。

 ピオニー皇帝陛下への話は、予想通りすんなりと行く。和平を呼び掛けて戦争で応えられても姿勢が変わらないのは、流石は国というところか。皇帝陛下にとっては一時的な結果よりも、未来に訪れるより大きな結果が見えているのだろう。

 会談の場所はユリアシティということで、やはりアルビオールに飛んでもらう必要が出る。ディストから飛行譜石を取り戻すため、何度目かのダアトへ向かうことになった。

「変なの。お師様といた時は一度も来たことなかったのに、なんか今は一番来てる気がする」

「ヴァン謡将と大詠師モースに誘拐されてるからなぁ……あんたも嫌な意味で人気者だな」

 ガイに苦笑をされつつ教会の前まで来れば、どこからともなく紙が飛んで来た。広げれば手紙で、差出人はディストだ。ルークが読み上げる。

「憎きジェイド一味へ」

「まあ。いつの間にかジェイド一味にされていますわ」

「飛行譜石は私が───この華麗なる薔薇のディスト様が預かっている。返して欲しくば、我らの誓いの場所へ来い。そこで真の決着をつけるのだ! 怖いだろう、そうだろう。だが怖じ気づこうともここに来なければ飛行譜石は手に入らない。あれはダアトにはないのだ。絶対ダアトにはないから早く来い! 六神将・薔薇のディスト」

 読み上げた後、ルークは呆れ返った顔でボクらを見た。

「……なんかいかにもダアトにあるって手紙だな。アホだろ、こいつ」

「大佐、どうします?」

 ティアの問いに大佐はけろっと答える。

「ほっときましょう。ルークの言う通りです。きっと飛行譜石はダアトにありますよ」

「ですがディストは、僕達に……」

「約束の場所というのは多分ケテルブルクです。放っておけば待ちくたびれて凍り付きますよ」

「哀れな奴……」

 大佐がそう言うならと、ディストは雪国に放置することにする。念のため詠師トリトハイムにディストが戻ってきていたかを確認すれば、少し前に戻っていたらしい。詳しい話を付き人の唱師ライナーから聞くことになる。……というか、彼が飛行譜石を預かっていて、ティアの第一譜歌で眠らせて強奪した。

「良心が痛みます……」

「まーまー🖤 背に腹は代えられないし」

 テセとアニスの会話を聞きつつ、神託の盾本部を離れる。

 ついでに、テセがアスター氏も会談に同席させたいと提案する。国でないためこのままでは蚊帳の外になるが、世界に関わることだからと。最初に外殻降下に同意してくれた人だからと、ルークも賛成した。

 ノエルに飛行譜石を預け、アルビオールに取り付けてもらう。飛ぶことが出来るようになったアルビオールで、まずはケセドニアに向かった。ボクらがアスター氏と話している間に、ノエルに両国の王をユリアシティへ運んでもらうのだ。

 アスター氏は先に魔界暮らしを始めた身として話も出来るだろうし是非、と合意が取れる。少し待てばノエルがアルビオールと共に訪ねて来て、ユリアシティへ移動することになる。今度こそ和平が成るのだ。

「遂に平和条約か」

「ええ。長かったですわ」

 ガイの呟きに、感慨深げにナタリアが頷く。

「犠牲も出してしまいましたが、ともかくこぎ着けることが出来ましたね」

「頑張ったですの~」

「後は上手く大地を降下させて、障気を除去出来れば、だね~」

 ようやくそれで事が一段落するのだという流れに、ティアが少し不安げな顔を見せてから同意する。

「兄さんが何も動きを示さなかったのが気になるけど、ともかく良かったわ」

「さて、どうなるかな」

「どうしたの? ガイ」

「なんか気になることでもあるのか?」

「ははっ、何でもないって。早く行こうぜ」

 そう言う時は大概何でもなくない時だ。心の中で突っ込みつつ、彼の促しに従ってアルビオールは発進した。










*****










 長々と国同士の会話があり、やがてユリアシティ市長とダアトの最高指導者の元に、書面に両国の王が署名をする。今この時を以て平和条約が締結されたのだ。

 特に、感慨とかはない。ただ「あー……ここからまた残業だ」と考えていた。残業代が出るので損でもないのだけど。

「ちょっと待った」

 唐突に、ガイが異を唱える。「大事なことなんだ」と前置きをすると剣を抜き、国王陛下へと向ける。ホド戦争直後にも似た取り決めをして破ったという話で、今度は守れるのかと問いを掛けた。

「あれは、預言による繁栄をもたらすため……」

「そんなことのためにホドを消滅させたのか! あそこにはキムラスカ人もいたんだぞ。俺の母親みたいにな」

 ユージェニー・セシル。和平の証としてガルディオス伯爵家に嫁いだ女性の名だ。彼の目的を復讐と理解したファブレ公爵が、自分を刺せと声を上げる。マルクト攻略の手引きをしなかったから殺したのだ、と。

「母上はまだいい。何もかもご存知で嫁がれたのだから。だがホドを消滅させてまで、他の者を巻き込む必要があったのか!?」

「剣を向けるならこっちの方かもしれんぞ。ガイラルディア・ガラン」

 割り込んだ声は、皇帝陛下のものだ。集まる視線に、彼ははっきりと答える。

「ホドは自滅した───いや、我々が消したのだ」

 衝撃的な告白に、最初に反応したのはガイではなくティアだった。

「どういうこと!」

「ホドではフォミクリーの研究が行われていた。そうだな、ジェイド」

「戦争が始まるということで、ホドで行われていた譜術実験は全て引き上げました。しかしフォミクリーに関しては時間がなかった」

 故に、前皇帝であるピオニー皇帝陛下の父親は、キムラスカ軍ごとホドを消滅させたのだ。生き残りさえいなければ、完璧だっただろうに。

「当時のフォミクリー被験者を装置に繋ぎ、被験者と装置の間で人為的に超振動を起こしたと聞いています」

 大佐の口振りからして、大佐はその作戦には関わっていなかったのだろう。しかし、後からにしろ聞いてはいたのだ。フォミクリー研究は、多くの犠牲の元に存在していた。

「それで……ホドは消滅したのか」

「父はこれをキムラスカの仕業として国内の反戦論を揉み消した」

「被験者は当時十一歳の子供だったと記録に残っています。ガイ、あなたも顔を合わせているかもしれません」

「……俺が?」

「ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子だそうですよ。確か……フェンデ家でしたか」

 顔色を変えたのはティアだ。やはりガイよりも先に話に飛び付く。

「フェンデ! まさか……ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ!?」

「ティア、知ってるのか?」

「……知ってるも何も、フェンデのとこの息子ならお前だって知ってるだろ」

 ガイの顔が更に険しくなる。その口から語られたのは、因果か。

「ヴァンだ。ヴァン・グランツ。奴の本名だよ」










*****










 「とうに復讐する気は失せていたけれど、ケジメが必要だった」とガイは剣を収めてから言った。

 思わぬところでヴァン謡将の名前が出たものだ。彼が生物レプリカを知っていた理由も判明し、以前マクガヴァン元元帥がホドの復讐なのかと漏らした意味も色を増す。あの時は単純にホド崩落とセントビナー崩落を預言で重ねた言葉だったが、文字通りホドの復讐だったのだ。

 ヴァン謡将はホドの生まれで、ホド消滅時の崩落で魔界へ落ちたのだろう。同様に彼の母親も落ち、魔界でティアを生んで他界した。預言を理由にホドを見捨て、自身を兵器に変えた世界に───ヴァン謡将は憎しみを覚えている。

 会談を終え、ボクらは地核の振動を止めるためにシェリダンへ向かった。イエモン達に会えば、タルタロスの準備は出来ていると告げられる。あとはシェリダン港からオールドラント大海を渡り、アクゼリュス崩落跡へ行くだけだ。そこから地核へと入る。

「ただ注意点が幾つかあるぞい。作戦中、障気や星の圧力を防ぐため、タルタロスは譜術障壁を発動する。これは大変な負荷が掛かるのでな。約百三十時間で消滅してしまう」

 ここからアクゼリュスまで航行し、地核へと辿り着くまでの時間を逆算してギリギリまで時間を延ばしてくれたらしい。時間的な猶予はあまりない。

「それと高出力での譜術障壁発動には補助機関が必要なんだよ。あんたらが地核突入作戦を開始すると決めたら、あたしらがここから狼煙を上げる。すると港で控えているアストンが譜術障壁を発動してくれる」

「つまり俺達がこの街を出発する時間から、限られた時間も消費されていくってことだな」

 アクゼリュスまではタルタロスで約五日だ。地核突入から脱出までを約十時間で行えということになり、中々に厳しい。脱出はアルビオールで行うため、圧力を中和する音機関を取り付けるとイエモン達は言った。終わればタルタロスの格納庫に入れてくれるらしい。

 準備をしながらそれを待ち、終わったところで作戦の開始を伝えた。

「地核到達後、タルタロスの振動装置を起動させたら、アルビオールで甲板上に移動しとくれ。上昇気流を起こす譜陣が書かれているから」

「それを補助出力として脱出するんじゃ。アルビオールの圧力中和装置も三時間程しか保たん。急いで脱出しないとぺしゃんこになるぞい」

 忠告をよく聞き、ボクらは工房を出た。命懸けらしいけれど、ようはなるようになるし、それ以外にない。ゆっくり構えることにする。

 なんて思った矢先、出たところでリグレットに遭遇した。神託の盾を連れていて、囲まれる。

「やはりここに逃げ込んでいたか」

「リグレット教官!?」

「お前達を行かせる訳にはいかない。地核を静止状態にされては困る」

「なら、是が非でも静止させないとね!」

 リグレット達の前で第六音素を炸裂させ、視界を奪った。味方識別はバッチリだ。

「くっ……!」

「走って!」

 街を出ようと皆で駆ければ、神託の盾が包囲していて万事休すになる。それを蹴散らしたのはイエモン達と街の人達だった。

「ルーク様、ナタリア殿下! 北の出口が手薄です、早く……!」

 そう言いながら、斬り捨てられる者もいる。既に作戦開始は伝えられていて、制限時間は刻一刻と減っている。躊躇う余裕はない。

 早く行けとイエモン達に急かされる。このまま離れれば、抵抗した人々は間違いなく殺されるだろう。救うことは出来ない。

 皆が悔しさを噛み殺して進む中、幸運にもキムラスカ軍が何事かと駆け付けた。彼らに街の中を頼み、ボクらは港へ向かう。

 港では譜業の催眠煙幕が撒かれており、大佐が譜術で吹き飛ばす。そのままアストン達と合流し、煙幕を撒いたのは彼らだと分かった。神託の盾がタルタロスを奪おうとしたために、眠らせたらしい。

 などと話していると、随分久し振りに聞く声があった。

「呑気に立ち話をしていていいのか?」

「第二!」

 反射的に障壁を張るが、強度が足りずに揃って弾き飛ばされる。一応は衝撃を緩和出来たのか、アストン達を含め怪我などはない。

 顔を上げれば、ヴァン謡将の懐かしい顔があった。隣には見知らぬ男性がいて、それが密告をしたというスピノザなのだと分かる。時間がないのに、と歯噛みすれば立ち上がったヘンケンとキャリー、そしてアストンが立ち塞がった。

「こんな風になったのは、スピノザが俺達『い組』を裏切ったからだ」

「こんな年寄りでも障害物にはなるわ。貴方達はタルタロスへ行きなさい」

 彼らの言葉に最後まで動けないのはルークだ。考えなくとも彼らの死は分かる。それでもここを、ボクらは離れなくてはならない。

「……ルーク! 時間がありません!」

「兄さんに追い付かれると作戦が失敗するわ! イエモンさん達の死を無駄にしたいの!?」

「分かってる……! ごめん、ヘンケンさん、キャリーさん、アストンさん……!」

 振り切るようにして、ボクらは港を出た。向かう先はアクゼリュス崩落跡であり、地核だ。イエモン達が残した最後の時間で、タルタロスは航行する。



 残り時間は、百三十時間もない。
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