外殻と崩落


 ユリアシティは魔界の海に浮かぶドーム型の街で、外殻大地では見ない意匠を施されたものが幾つもあった。創世暦時代の技術らしい。どことなく街全体が暗いのは、外が障気に覆われているからだろう。太陽光が恋しいボクには合いそうにない。

 元々ユリアシティは世界がユリアの遺した預言通りに進むよう、監視をするために作られた。所謂秘預言に関わる教団関係者だ。故にここで育って詠師となったヴァン謡将も監視者の役割を担っており、秘預言を知っていたという流れになる。

 詠師テオドーロは入口でボクらを出迎え、セントビナーを救う手伝いをしてくれると言う。預言から外れることは恐ろしいという考えはあるものの、一歩前進だ。

 セントビナーの住人を休ませることになり、マクガヴァン元元帥は別れる前にルークへ言葉を掛けた。

「ルーク、あまり気落ちするなよ。ジェイドは滅多なことで人を叱ったりせん。先程のあれもお前さんを気に入ればこそだ」

「元帥! 何を言い出すんですか」

「年寄りには気に入らん人間を叱ってやる程の時間はない。ジェイド坊やも同じじゃよ」

 それだけを告げて、元元帥は詠師テオドーロについて奥へと消えた。大佐はというと、さて。

「元帥も何を言い出すのやら。……私も先に行きますよ」

 何でもない顔をしながら、そう言うのだから少し面白い。歩いていく彼を少しだけ見送りつつ、ガイとアニスが囁く。

「はは、図星らしいぜ。結構可愛いトコあるじゃねぇか、あのおっさんも」

「あはは、ホントだ~🖤」

 ボクらも後に続き、詠師テオドーロと話をすることにした。ルークとティアが少し残って何かを話しているようだったけど……まぁ、野暮な気がしてそっとする。何でも屋は空気が読めてこそだ。たまにわざと読まない時もあるけれど、それは脇に置くことにした。










*****










 「この街を歩いているとアッシュを思い出す」とルークが口にする。聞けば、眠っている間アッシュを通して世界を見聞きしていたそうだ。不思議な事象だと思うが、これも同位体故の繋がりなのだろうか。

 「アッシュを通して知らなかったことを知ることが出来たことが、変わりたい気持ちに繋がったのかもしれない」とルークは語った。「よく頑張ってるよ」とティアやガイを筆頭に言葉を掛けてやる。これからも頑張る、という話で落ち着いて、詠師テオドーロと面会する。

「単刀直入に伺います。セントビナーを救う方法はありませんか」

「難しいですな。ユリアが使ったと言われるローレライの鍵があれば或いは……とも思いますが」

 ローレライの鍵というのは、ローレライの剣と宝珠を指した言葉で、かつてプラネットストームを発生させる時に使ったものだ。ユリアがローレライと契約を交わした証、という話もある。

 プラネットストームは地核から記憶粒子を噴き上げ、音譜帯にある音素を通過させ、惑星燃料として地上へ還元させるための人為的な機構を指す。ユリアの弟子であるサザンクロス博士が考案したとされ、お陰で今日の譜術や譜業が存在している。

 記憶粒子を噴き上げる都合上、プラネットストームの起点と収束点はセフィロトだ。セフィロトツリーと同じくパッセージリングによる制御を受けており、故にローレライの鍵がパッセージリングの制御に使える、という寸法だ。

「ローレライの鍵はユリアがローレライの力を借りて作った譜術武器と言われています。剣は第七音素を結集させ、宝珠は第七音素を拡散する。鍵そのものも第七音素で構成されているという話です」

「ユリアは鍵にローレライそのものを宿し、ローレライの力を自在に操ったとか……」

 ティアの話を聞きながら考える。

 ローレライは第七音素の意識集合体だ。故に始祖ユリアはその力を借りて預言を詠み、かつての譜術戦争を止めた。だがその話は時系列がおかしい気がした。

(第七音素が生じるのはプラネットストームを介して記憶粒子と他の音素が結合するから。なのにプラネットストームを作る時には既にローレライの力を借りている)

 それはこの世界に「第七音素が生じる前から」ローレライがいたということにならないだろうか。

 元々ローレライがいて、それと始祖ユリアは契約を結び、預言を詠んで戦争を止めた。そして戦争により溢れ出た障気から大地を護るためセフィロトツリーを利用し、外殻大地を作った。更にプラネットストームという機構を作り、ローレライの鍵で起動させた。

 始祖ユリアの行動の全てにローレライの力が使われている。預言も、セフィロトツリーも、プラネットストームも、全て。それなら第七音素とは───ローレライの力とは、何だろう。

「その真偽はともかく、セフィロトを自在に操る力は確かにあったそうです」

「でもローレライの鍵はプラネットストームを発生させた後、地核に沈めてしまったと伝わっているわ」

「その通り。この場にない物を───いや、現存するかも分からぬ物を頼る訳にもいかないでしょう。何より一度崩落した以上、セントビナーを外殻大地まで再浮上させるのは無理だと思います」

「外殻大地まで持ち上げる必要はないんじゃないかな」

 詠師テオドーロの言葉に口を挟めば、皆の視線がボクへ向く。皆どういうことか尋ねる顔をしていて、ボクは戸惑いつつも説明する。

「今セントビナーが浮いてるのもセフィロトの力でしょ? こっちでちゃんと操作してあげれば、泥の海に飲み込まれないように浮かせ続けることは出来ると思うんだけど……」

「それだ!」

 弾けたようにルークが腰を浮かし、顔を明るくする。てっきりアルビオール内でそこまで話が至ってると思っていたので戸惑ってしまった。頭の中で考えていたのはボクだけらしい。

「パッセージリングを操作する方法だけが問題なんだと思って聞いてた」

「そっちは確かに解決してないな」

「一先ず、セントビナー周辺のセフィロトを制御するパッセージリングはシュレーの丘にあります。……タルタロスが襲われた際に、僕が封印を解いてしまいましたから」

 申し訳なさそうにテセが眉を下げる。

 曰く、パッセージリングには扉を護るダアト式封咒と、内部の機構を護る二つの封咒───アルバート式封咒とユリア式封咒があるらしい。どれも始祖ユリアとその弟子の名を冠しており、彼らに纏わる封咒なのだろう。

 アルバート式封咒はホドとアクゼリュスのパッセージリングが消滅すると機能しなくなる仕組みらしい。よく分からない仕組みにしたものだ。

「しかし、ユリア式封咒は約束の時まで解けない筈だった」

「総長はそれを解いてパッセージリングを操作したってことですよね」

「それって、今も封咒が解けてると思う?」

「……分かりません」

 ボクの問いにテセは首を横に振る。テセはレプリカだし、知らないことや知らされていないことが多くあっても不思議はない。一先ず置いて考えを口にする。

「今も解けてるなら行けばなんとか出来るかも」

「封咒が解けていたとしても、ローレライの鍵のようなパッセージリングを操る力は私達にはなくてよ?」

「多分大丈夫。ローレライの鍵とか色々聞く限り、第七音素で代用できると思う」

 違うかと視線を詠師テオドーロへ向ければ、首肯が返る。全ての操作盤が第七音素を使えば動くように出来ているそうだ。

 ボクがその発想に至ったのは先の疑問からだ。全てにローレライの力という漠然としたものが使われていて、それは今日第七音素だとされている。なら、第七音素で代用できない筈がない。

「ルーク、ティア、ナタリア、ボク……こっちに第七音素の使い手は結構いる」

「やってみる価値はありそうだな」

「後はヴァンがパッセージリングに余計なことをしていなければ……」

「それは行ってみないと分からないわね」

 皆少しずつ気合が入って、出来ることからやろうと動き出す。

 セントビナーの東辺りなら街と一緒に崩落しているだろう。アルビオールで飛んで、シュレーの丘を目指すことになった。










*****










 折角ユリアシティを訪れたが、ティアの家を訪ねる余裕はなさそうだ。以前船で話したことを思い出しつつ、アルビオールでシュレーの丘へ着く。

 セフィロトの扉は譜術によって隠されていて、仕組みを解いて出現させる。既にダアト式封咒を解かれた入口は、ぽっかりと穴が開いたように暗かった。

 内部は幻想的で、人工の道が宙に浮いて複雑に入り組んで続いている。地中にこんなに広い空間があったのかという程果てが遠く、建造物の雰囲気がユリアシティに似ている。同様に創世暦時代の技術が使われているからだろう。宙に浮かぶ道という点を見ると、ザオ遺跡にも似て思えた。

 二千年前は今より文明が進んでいたというし、ボクらには理解出来そうにない。面白いのであちこち触ってみたいが、仕事中だし我慢する。

 やがてパッセージリングの元に辿り着いた。それは巨大な音叉のような形状をしており、見上げても見下げても全貌は見えない。

「ただの音機関じゃないな。どうすりゃいいのかさっぱりだ」

「第七音素を使うってどうするんだ、これ……」

 ルークが近付いてみるが勝手が分からず、見上げたまま戸惑う。その隣でテセもパッセージリングの様子を見る。それから少し驚いた様子で呟いた。

「……おかしい。これはユリア式封咒が解呪されていません」

「どういうことでしょう。グランツ謡将はこれを操作したのでは……」

「え~! ここまで来て無駄足ってことですかぁ?」

「何か方法がある筈ですわ。調べてみましょう」

 周囲を調べて動かせそうなカラクリを全て動かしてみる。一つの都市くらいの広さがあって中々重労働だったが、その甲斐はあった。パッセージリングの前へ戻ると先程はなかった反応があったのだ。

 それはティアが近付くと現れる反応で、パッセージリングの正面に立っていた杖のような譜石の先が開き、譜面のように広がった。

 呼応するようにパッセージリングの上部に大量の円が描き出される。書き込まれた古代イスパニア語を読む限り、各セフィロトの名前のようだ。一番大きく書かれた赤文字を大佐が読む。

「ティアに反応した? これがユリア式封咒ですか? 警告……と出ていますね」

「……分かりません。でも確かに今は解呪されています。これで制御出来ますね」

 ユリア式封咒とティアと聞けば、始祖ユリアの子孫かもしれないという話しか思い浮かばない。例えば始祖ユリアとローレライの契約はその血で受け継がれる、とか。血に反応するのだとすれば、ヴァン謡将が操作出来たことにも納得はいく。

 そんなことを一人考えていると、アニスが譜石を覗き込んでいた。

「あ、この文字パッセージリングの説明っぽい」

「……グランツ謡将。やってくれましたね」

 大佐が苦い顔をし、何が書かれているのかと聞けば「セフィロトがツリーを再生しないよう弁を閉じている」と答えられる。妥当な妨害で、用意が良い。具体的には暗号によって操作不能にされているらしい。

 暗号を何とか出来ないのかと聞くと、操作のみならず暗号まで第七音素を使っているらしい。大佐は第七音素を扱えないので手詰まりだ。

「……俺が超振動で、暗号とか弁とかを消したらどうだ? 超振動も第七音素だろ」

 言い出したのはルークだ。表情は真剣そのもので、超振動を軽く考えての発言でもなさそうだ。ティアが心配から反対するが、ルークは尻込みしようとはしなかった。

「訓練はずっとしてる! それに、ここで失敗しても何もしないのと結果は同じだ」

「……そうね。その通りだわ」

「アリア」

「なに大佐?」

「ルークの補助をして下さい」

「うえぇ!?」

「貴女の得意分野でしょう?」

 眼鏡のブリッジを押し上げて問われれば、得意でないとは言えない。実際音素の繊細な動きを読んで補うのに、ボクより適任はそういないだろう。

 渋々引き受け空へ両手を掲げたルークの背に触れる。責任重大だ。

「第三セフィロトを示す図の一番外側が赤く光っているでしょう。その赤い部分だけを削除して下さい」

「やってみる」

 大佐の指示に従い、ルークが超振動を操る。それはアクゼリュスを崩落させた破壊力は示さず、光が慎重に円を削り去っていく。

 ボクの方でも供給される音素量を安定させたり力のブレを補助しているが、そんなものがなくても上手くいったような気がする。それくらいルークの制御はよく出来ていた。

 赤い円が削除されると、静寂していたパッセージリングの周囲に光の粒が浮き上がるようになる。パッセージリングが起動したようだ。

「セフィロトから陸を浮かせるための記憶粒子が発生しました」

「それじゃあセントビナーはマントルに沈まないんですね!」

「……やった! やったぜ!!」

 ティアの喜びに、更に強いルークの喜びが重なる。街を一つ消してしまった力で今度は街を救えたと思うと、感動も一入なのだろう。ルークは皆に感謝を振り撒いて、大きな喜びを表現する。

 その様子にナタリアが小さな戸惑いを示した。

「何だかルークじゃないみたいですわね」

「いいんじゃないの。こーゆー方が少しは可愛げがあるしね」

「貴方はルーク派ですものね」

「別に違うけどね。ナタリアだってアッシュ派って訳でもないんだろ」

「……私にはどちらも選べませんもの」

 ガイと何やら複雑なやり取りを交わし、ナタリアは視線を外す。本物とレプリカが入れ替わっていたその幼馴染、というのも難しそうだ。

 入れ替わりに気付けなかった時点で、どちらもを尊重するという選択を失っているに等しい。アッシュはアッシュ、ルークはルークと言っても「今更」と謗られればそれまでだ。

 と、上部の文字を見上げていたアニスが派手に声を上げる。

「あー! 待って下さい、まだ喜んでちゃ駄目ですよぅ! あの文章を見て下さい」

 指されるまま見れば、このセフィロトの支えている範囲について記されていた。そこにはルグニカ平野のほぼ全域と書かれており───エンゲーブも落ちるということだ。急いで外殻へ戻り、エンゲーブの住人も避難させる必要がありそうだ。

 ふと、ティアの顔色が少し悪いことに気付く。ルークが問えば軽い疲労だと話し、もしかすると解呪が負担になっていたのかもしれない。あまり体調不良を訴えるなら注意しようと思いながら、セフィロトの外へ向かった。










*****










 アルビオールで魔界の空へ上がる。

 外殻大地へ上がるにはアルビオールの飛行力では足りないらしく、セフィロトの力を借りる必要がある。魔界にはホドを支えていたセフィロトが残っており、それを利用することにした。

 噴き上げられる記憶粒子に支えられ、青空へと舞い戻る。そうして外殻大地に戻りエンゲーブの方へ飛ぶと、大量の人間がルグニカ平野を埋めているのが見えた。

 赤と青の甲冑が入り乱れ、戦艦が緑の大地を火の海に変える。譜術が行き交い、刃が血を撒き散らし、騎馬が駆ける───戦争が始まっていた。

「どうして……! どうして戦いが始まっているのです!?」

 ナタリアが悲痛な声を上げるが、ボクはそれ程驚きはしなかった。セントビナー崩落の前からキムラスカ軍は平野を北上していたし、マルクトはともかくキムラスカには戦争を躊躇する理由がない。彼らはアクゼリュス崩落がどのように起きたのかも知らないのだから。

 セフィロトのない大地で戦争を起こせばどうなるかなんて、知る由もない。

「これは……まずい。下手をすると両軍が全滅しますよ」

「……これが、兄さんの狙いだったんだわ……」

 ティアが震える声で呟く。彼女曰くヴァン謡将は外殻大地の人間を憎んでおり、その全滅を願っているらしい。理由は故郷であるホドを見殺しにされたからだという。

 アクゼリュス崩落と同じく、ホドも戦争時に崩落することが詠まれていた。マクガヴァン元元帥の呟いた「ホドの復讐」という言葉に納得がいく。

 ヴァン謡将は監視者であり、アクゼリュス崩落の預言を知っていた。なら、ルグニカ平野の戦争も事前に知っていておかしくない。

 ルグニカ平野のセフィロトを機能不全にし、支えのない大地で戦争を起こさせる───時が来れば全てが崩落し大量に外殻大地の人間を始末出来る訳だ。まとめて人口を減らすには丁度良く、また世界に与える衝撃も大きいだろう。

「冗談じゃねぇっ! どんな理由があるのか知らねぇけど、師匠のやってることは無茶苦茶だ!」

「戦場がここなら、キムラスカの本陣はカイツールですわね。私が本陣へ行って停戦させます!」

 ナタリアが息巻くが、果たして今からで停戦させられるだろうか。

 秘預言には大地の崩落と戦争が詠まれていた。そして大詠師は戦争を起こしたがっていた。今の状況は大詠師の望むところであり、こちらの生存を知る大詠師がナタリアの登場で覆るような盤面を用意しているだろうか。

 我々も国王には大詠師の息が掛かっているからと、接触を後回しにしていたのに。不安は残るが、行動してみないことには分からなかった。

「エンゲーブも気になるわ。あそこは補給の重要拠点と考えられている筈。セントビナーを失った今、あの村はあまりに無防備だわ」

「崩落前に攻め滅ぼされるってこと? こわ……」

「二手に分かれたらどうだろう」

 ルークの提案はエンゲーブの様子を見る班と、カイツールで停戦を呼びかける班に分かれるというものだった。どちらも並行して進める必要がある程切迫した状況であり、採用だ。

 エンゲーブ行きには大佐が立候補する。

「マルクト軍属の人間がいないと話が進まないでしょう」

「私はカイツールへ参りますわ」

 当然停戦を呼び掛けるのは王女たるナタリアの役目だ。

 住人の避難はアルビオールだけでは難しく、戦場で護送することになるかもしれない。対して停戦の呼び掛けは、滅多なことがなければ危険が少ないだろう。そのため少しエンゲーブ側に戦力を偏らせることにした。

「俺はエンゲーブに行くよ。あそこの人達には世話になったし、気になるから」

 ルークが希望し、自然とティアもそちら側になる。カイツール側には大詠師がいる可能性も考えられ、導師たるテセの同行を前提にアニスもカイツール側だ。残るはガイとボクで、ボクは当然カイツール側を希望した。

「理由は色々あるけど一番は大詠師を警戒して、かな。テセもこっち側だし、気になることもあるから」

「了解。じゃあ俺はエンゲーブだな」

「まずカイツール付近でナタリア組を降ろしましょう。その後私達はアルビオールでエンゲーブへ向かいます」

「それでいい。皆、行こう」

 方針が定まり、アルビオールは戦場を南に過ぎてカイツール砦付近へボクらを降ろす。メンバーはナタリア・アニス・テセ・ボクだ。

 それから再び飛び立ち北へと向かう。これから当分は住人の避難に追われるだろうし、アルビオールがボクらの足になってくれることはない。

 厄介なことにならないことを祈りつつ、停戦を呼び掛けるためカイツールへ近付いた。










*****










 カイツールのキムラスカ領側で、隊を指揮するセシル少将と会う。彼女はナタリアの姿を認めると眼を瞠り、それから落ち着いて自分の隊を先へ行かせた。ナタリアへ向き直り、礼を取る。

「ナタリア殿下……! 生きておいででしたか!」

「そうです。私達は生きています。最早戦う理由はありません。今すぐ兵を退かせなさい」

「……お言葉ですが、私の一存では出来かねます。今作戦の総大将はアルマンダイン大将閣下ですので」

 アルマンダイン将軍はカイツールのキムラスカ軍基地司令官だ。ならばこの場にいる筈とナタリアが呼び付けようとするが、セシル少将は首を振って否定する。アルマンダイン将軍は大詠師と会談するため、ケセドニアへ向かったという。早速大詠師が現れたと辟易とする。

「何故戦争中に総大将が戦場を離れるのですか!」

「今作戦は大詠師モースより仇討とお認め頂き大義を得ます。そのための手続きです」

「冗談でしょっ!? そーゆーのってイオン様が決定することじゃん。モースの奴、マジむかつく!」

「それは形式上のことですから。ですが、やはりそうきましたか。僕はダアトを離れるべきではなかったのか……?」

「いやぁ……ナタリアと一度ダアトに行った時に軟禁されたんでしょ? 戻っても同じじゃないかな」

 申し訳ないが、大詠師にとってテセはお飾りの導師に違いない。立場も意志も関係なく、従わないなら閉じ込めるだけ。ダアトにいても何にもならなかったと思う。最悪、六神将に連れ出されてセフィロトの扉を開けさせられていただろう。

 総大将がこの場にいない事実にナタリアが険しい顔をする。

「いずれは戦場も消滅しますのよ! このままでは……」

「消滅? マルクト軍がそのような兵器を持ち出しているということですか?」

「違いますわ! 違いますけど、とにかく危険なのです」

 事情を深く説明することも出来ず、またその余裕もなく説得力に欠けてしまう。セシル少将は困ったように息を吐くと、軍人らしく応じた。

「よく分かりませんが、とにかく私に兵を退かせる権限はありません」

「ではアルマンダイン伯爵に会いに行きます」

「戦時下の海路は危険です。殿下を船にお乗せする訳には参りません」

 そう機械的に同行を断ると、兵を待たせているからと立ち去ってしまう。王女といえど軍事的な権力を有しているわけではなく、指示系統を考えればこうなっても当然だ。カイツール港から迎えを寄越すとも伝えられており、このままここで待っていては足止めされてしまいそうだ。

 陸路でケセドニアへ向かうと、ナタリアは今後の方針を示した。

「戦場を通り抜けることになるね」

「そんな危険なこと、イオン様にさせられないよ!」

「僕は大丈夫です。アニス」

 アニスの心配は尤もで、非戦闘員で体力もないテセを連れて戦場を抜けるのは中々骨が折れる。だがボク達の目的は停戦させることであり、そのためには無理を押すしかない。

 キムラスカが戦争に掲げる大義があくまでナタリアやルークの命であるなら、生存を知らせて聖戦とならないことを理解させるのが最優先だ。

「行きましょう、アニス」

「イオン様に命じられたら仕方ないですぅ……。もう……」

 唯一渋っていたアニスが頷けば、ケセドニア行きは決定する。

 なるべく兵を避け、戦いにならないように移動することにした。キムラスカ兵にはナタリアの存在が効くが、マルクト兵と遭遇すれば戦闘は避けられない。

 戦闘になれば少々荷が重い。ボクは人を殺していいと言われていない。手加減をしながら容易に抜けられる程、戦場は楽ではない。

 初日はキムラスカの本陣が近いのもあり、殆どの戦闘を避けて進むことが出来た。進みも順調で、事前に予定していた野営地で休む。

「夜は流石に戦場も静かで助かるね」

「そうですね。魔物も人の気配が多く姿を見せませんし」

「明日も同じように進めればいいんですけどぉ……」

「難しいでしょうね。明日は本陣からも離れてしまいますもの」

 離れる程敵兵───マルクト兵が増える。備えてしっかり休みたいが、戦場で熟睡も選べる筈がない。交替で見張りを立てるため、後半の日程になる程負担は増すだろう。

 休もうとすれば何者かの気配が近付く。

「誰かいますの!?」

「───私です」

 警戒すれば、思いもよらない人物が夜闇に紛れて現れる。白髪の若いマルクト軍人……フリングス少将だ。今回の戦で前線を率いる将は彼だったらしい。

「フリングス将軍!? なんでここにいるの?」

「そうですわ。この辺りにはキムラスカ軍が陣を敷いていますのよ!」

「部下が皆さんの姿を発見して私に報告してくれたのです」

 それで将軍自らやって来たらしい。ナタリアの命を狙って、というわけではなく、偵察でもないらしい。

 フリングス少将はボクらに戦場から立ち去って欲しいと願う。

「このままですと、我々は貴女がたを殺さなければなりません。貴女がたはキムラスカ陣営の方ですから」

「わざわざそれを伝えるために、こんなところまで来てくれたの?」

 何とも、心のある人だ。大佐と行動を共にしている面子、ということで皇帝陛下の意向もあるのかもしれなかった。ボクらの目的と考えは事前に伝えている訳だし。

 それでもケセドニアに行かなければ戦争は止められない。退けないと伝えれば、「事情を知る者には皆さんを攻撃しないようにと通達してみます」と彼は残して去って行った。

 また別の日には、野営地にセシル少将が現れた。フリングス少将同様、部下が報せたらしい。そして同じように戦場から立ち去るようお願いされるが、やはり頷ける筈はなく。

 代わりに一個小隊が護衛につくことになった。目立つので微妙なところだが、テセを護りながら戦場を進むのは簡単なことではない。彼らの立場もあることだし、受けることにする。

 それから数日後、マルクト兵と武器を交える機会が巡ってしまった。セントビナーの住人を救助した際にいた兵も交ざっているようで、それでも互いに戦場で会えば戦うしかない。

 マルクト兵の剣をいなし、掌底を喰らわせる。第七音素を利用した「凄まじく気持ちが悪くなるやつ」だ。殺せない以上、これくらいしか出来ることがない。第一音素で拘束してもいいが、意識を奪えない点で後が面倒だ。

「くそ! 妙な技を!」

「集団でかかれ!」

 マルクト兵の間で指示が飛び、ボクに戦力が集中する。と言ってもアニスやナタリア、護衛の一個小隊が暇になったわけでもなく、援護は期待できない。

「アリア!」

「大丈夫! アニスこそ気をつけて!」

 なんて軽口を叩いたものの、流石に厳しい。回避に殆どを割きながら一人ずつ片付けていくが、無傷とはいかない。というか、もう……

「あー! 苛々してきた!! なんで殺しちゃいけないの!? 分っかんないよ、もう!」

 ストレスがとにかく溜まる。この程度の敵に殺されることはないけれど、傷を負わされて文句がないわけでもない。大佐の出した宿題の答えも全然出ないし、そろそろ放り出したくなってきた。

「死ねぇ!」

「!」

 思いきり、剣がボクの肩を裂く。ああ、痛い。何故こんな目に遭わなければならないのか。彼は兵士で、死を覚悟して戦場に出てきた筈だ。何故彼らはボクを殺す権利を持っていて、ボクは持たない?

「……死ねって、なんで君らにボクが言われなきゃなんないの?」

 納得がいかない。この体は大事な商売道具だ。勿論、仕事のために張るものなのでそれは構わない。でも、今のように手加減を余儀なくされて、負わなくていい傷を負うのは、必要なことなのだろうか。

 ボクに生き方を教えた師は、そんなことを言わなかった。ボクに人を殺してはいけないと教えなかった。あの人が言わないなら───それは「いい」ことなんじゃないの?

「第六音素!!」

 行き場のない憤りのままに光の槍を生成し、マルクト兵へ降り注がせる。

「アリア!?」

 ナタリアの声が聞こえる。それに、マルクト兵を片付けてから振り返って告げた。

「……殺してないよ」

 彼らの両足を貫き、大地に縫い止めただけだ。二度とまともに歩くことすら出来ないだろうが、知ったことではない。ボクは、機嫌が悪い。

「命拾いしたよ、君達。ジェイド・カーティス大佐に感謝しとくんだね」

 痛みにもがく彼らに声を掛け、離れる。我ながら随分温度のない声が出るものだ。ナタリア達の方も片付いたらしく、合流した。

「アリア! 酷い出血ですわ。すぐに治療を……」

「要らないよ。自分でする」

「……アリア……」

 先に進むよう促して、ボク自身足を進める。宣言通り、自分の傷は自分で癒す。

(要らない)

 要らない。余計なものは要らない。差し伸べられる手も、何かを願う言葉も。煩わしいだけだ。ボクを動きづらくする。ボクの体を重くする。

 そう思いながらも、グランコクマで考えたことも脳裏を過る。まるでボクが二人いるみたいに、考えが噛み合わない。煩い。

(……煩いなぁ)

 そこからケセドニアまでの間はフリングス少将が話をつけた兵だけを置いたということで、マルクト兵との戦いはなく進むことになる。面倒はなくなったものの、ストレスの捌け口もなくなってしまい、舌打ちをしたい心地になる。

 何故人を殺してはいけないのか、誰か教えてくれればいいのに。そうすれば大佐の宿題が終わり、人を殺せるようになる。無駄な時間を過ごしていると、心の中で文句を漏らした。










*****










 ケセドニアに着けば、いつもの賑わいはない。民間人の姿はなく、戦時下の国境ということで皆警戒しているのだろう。

 大詠師とアルマンダイン将軍の姿を捜して街の中を歩けば、ルーク達を見付けた。エンゲーブの住人をケセドニアへ避難させたらしい。ボクらも事情を説明し合流する。やがてケセドニアの中でも国境線に相当する場所で、二人の姿を見付けた。

「ナタリア殿下!?」

「私が命を落としたのは誤報であると、マルクト皇帝ピオニー九世陛下から一報があった筈ですわ!」

「しかし実際に殿下への拝謁が叶わず、陛下がマルクトの謀略であると……」

 至極当然の考え方だ。ボクが王様でも「あ、そうなんだ~」とはならない。ナタリアも自分が早くに城へ戻らなかったことを反省し、それから休戦するように命じた。

 ルークもまた、名乗り出てアクゼリュスの件は自分に非があると説明する。誤解から生じた戦争なのだから、と尚も言葉を重ねるが……残念ながら、大詠師の方が上手だった。

「待たれよ、ご一同。偽の姫に臣下の礼を取る必要はありませんぞ」

「無礼者! 如何なローレライ教団の大詠師と言えども、私への侮辱はキムラスカ・ランバルディア王国への侮辱となろうぞ!」

 ナタリアの怒りに、しかし大詠師は動じない。変わらぬ笑みを貼り付けたまま、言葉を続ける。

「私はかねてより、敬虔な信者から悲痛な懺悔を受けていた。曰くその男は、王妃のお側役と自分の間に生まれた女児を、恐れ多くも王女殿下とすり替えたというのだ」

「でたらめを言うな!」

「でたらめではない。ではあの者の髪と眼の色を何とする」

 そう言って指されたのは、勿論ナタリアの輝く琥珀色の髪と萌木色の瞳だ。

「古より、ランバルディア王家に連なる者は赤い髪と緑の瞳であった。しかしあの者の髪は金色。亡き王妃様は夜のような黒髪でごさいましたな」

 そういう話は、確かにある。そのためにナタリアは妾の子であるという噂もあるくらいだ。けれど、王家に金髪の縁者がまるでいないわけでもなく、先祖帰りとする意見もあるのだ。一概には言えない。

「この話は陛下にもお伝えした。しっかとした証拠の品も添えてな。バチカルに行けば、陛下はそなたを国を謀る大罪人としてお裁きになられましょう!」

 大罪人という言葉に、少し笑ってしまう。親善大使と姫殿下が、揃いも揃って大罪人だ。そのどちらもが教団に謀られたことであり、もっと言えば預言によるもの。馬鹿馬鹿しい。

 ナタリアはショックを受けた様子で、言葉が出ないようだった。大詠師に促され、アルマンダイン伯爵が去って行く。

「おい、待てよ! 戦場は崩落するんだぞ!」

「それがどうした。戦争さえ無事に発生すれば預言は果たされる。ユリアシティの連中は崩落ごときで何を怯えているのだ」

 大詠師の言葉に、なるほどと理解する。彼は預言を正しいものと疑っていない。ユリアの残したそれが、人々を幸福へ導くものだと信じている。

 だから、自分の頭で考えていないのだ。例えどんなに大地が崩落しても、それは預言の合間に起きた些事。大筋さえ外れなければ素晴らしい結末が待っていると考えている。導くべき民の多くが、戦争や崩落で死のうと。

「大詠師モース……なんて恐ろしいことを……」

「ふん。まこと恐ろしいのはお前の兄であろう」

 ティアの呟きに、大詠師は嗤った。

「それより導師イオン。この期に及んでまだ停戦を訴えるおつもりですか」

 大詠師の問いに、意外なことにテセは首を横に振った。

「いえ、私は一度ダアトへ戻ろうと思います」

「イオン様!? マジですか!? 帰国したら、総長がツリーを消す為にセフィロトの封印を開けって言ってきますよぅ!」

「ヴァンに勝手な真似はさせぬ。流石にこれ以上、外殻の崩落を狙われては少々面倒だ」

「力ずくで来られたら……」

「そうなったら、アニスが助けに来てくれますよね」

 その言葉はまるで、アニスが側にいないかのようで。何を言っているのか、という顔でアニスが彼を見ると、彼はハッキリと宣言した。

「唱師アニス・タトリン。只今を以て、貴女を導師守護役から解任します」

「ちょっ、ちょっと待って下さい! そんなの困りますぅ!」

 喚くアニスにそっと声を潜め、「ルークから片時も離れず御守りし、伝え聞いたことは後日必ず僕に報告して下さい」と伝える。テセは、一体ダアトに戻ってどうするつもりなのだろうか。

 彼を見れば、一瞬眼が合う。彼はなすべきをなすのだと、その瞳が訴えるようだった。

「頼みましたよ。皆さんも、アニスと……アリアを、お願いします」

 そう残して、彼は国境を越えた。考えがあるならと見送ると、大詠師が余計なことを言う。

「お前も、いつまで外を遊び回っているつもりだ。いい加減戻ってきなさい」

 その視線は明らかにボクに向けられていて、本当に余計だ。皆が困惑するようにボクを見ていた。

「戻るってお前……」

「戻りませんよ、大詠師モース。ボクの戻る場所はダアトじゃない」

「随分な口を利くようになったものだ。ダアトに戻ったなら教育し直してやる必要があるようだな」

 ふん、と鼻を鳴らして大詠師は歩き出す。テセが躊躇う視線をボクに向けて、それから思い直したように大詠師について行く。後に残されたのは、面倒な空気と刺さるような視線だ。

「……モースとどういう関係なんだ?」

「……後でちゃんと説明するから」

 少なからず警戒する声音で辟易する。変に誤解を生みたくはない。重い空気を何とかしてくれたのは、いつものことながら大佐だった。

「詳しい話は後にしましょう。今は一刻も早く国王陛下に謁見しなければ」

「そう、ですわね……最早キムラスカ軍を止められるのは父……いえ、国王陛下だけですわ」

 国王陛下、と言い直すナタリアの様子が少し痛々しい。少し訳は違うけれど、ナタリアも「偽物」だったわけだ。大詠師のでたらめという可能性もあるにはあるが、火のない所に煙は立たない。証拠の品というのも気に掛かる。国王陛下を相手に証拠を偽装する程、大詠師もバカではないだろう。

「……そんなに早く受け入れなくてもいいんじゃない?」

 思わずそんな言葉が口を突く。ナタリアの肩が小さく震え、それにボクは言葉を重ねる。他人に言われたからって他人行儀に考える必要なんてない。例え本当に血の繋がりがなかったとしても。

「国王陛下に会って、どっちだと思うか聞くまで信じてもいいんじゃないかな。ナタリアが信じたい方を」

「アリア……そう、ですわね。……ありがとう」

 ナタリアの微笑みに力はないけど、気休めにでもなっていればいい。テセをテセだと言ったように、ナタリアもナタリアだ。王女であることが全てではない。そう思ってくれればいい。

 一先ず国境を越える裏ルートを探して街を歩いた。やがて酒場で漆黒の翼に会い、国境を越える裏ルートを利用したければ合言葉を買うようにと言われる。まぁ「憲兵に突き出されたくなければ黙って通すように」と言えば、彼らは不本意そうに通してくれた訳だが。

「代わりに、このことは誰にも言うんじゃないよ。国境を封鎖されて困った挙げ句にここを通る連中もいるんだからさ」

 悪どい商売はしているが、一応は義賊だ。それらしい発言ではあった。

 キムラスカ側からケセドニアを出る直前、ザオ砂漠で何かがあったらしく出入口が封鎖されてしまう。仕方なくアスター氏に話を通し、道を開けてもらうことにする。アスター氏の屋敷へ移動し、エンゲーブの住人の受け入れを依頼すると同時に話を聞くと、思わぬ回答があった。

「地震のせいか、ザオ砂漠とイスパニア半島に亀裂が入って、この辺りが地盤沈下しているのです」

 どこかで聞いたことのある話だ。

「ヴァン謡将、早いね」

「ケセドニアが崩落する……!」

 アクゼリュスやセントビナーと同じことが起きているのだろう。ザオ遺跡のセフィロトの扉は以前開かれているし、道理だ。アスター氏に詳しい事情を説明する。

「何ということだ……ここは両国の国民が住んでいる街。この戦時下では逃げる場所がない」

「じゃあ逃げなくていいんじゃない?」

 提案すれば、ルークが血相を変えてボクを見た。

「何言ってんだ! 崩落するってのに逃げなかったら、みんな死んじまうだろ!」

「落ちる前に普通に降ろせばいいじゃん。パッセージリング操作して」

 場が沈黙した。あまりにその沈黙が長く感じられて、何か間違ったことを提案したかと焦らなくもない。それに答えをくれたのは大佐だった。

「なるほど。確かに、今さら大地を戻すことは出来なくともセフィロトが噴き上げる力はまだ生きている筈です。それを利用しましょう」

「アリア、ナイスアイディア~!」

 アニスにも褒められて安堵する。そのままアスター氏に簡単に話をし、魔界へケセドニアを降ろす話に承諾を貰う。ボクらはパッセージリングを操作するためにザオ遺跡へと向かうことになった。

 今度こそケセドニアを出る、というタイミングでルークが頭痛を訴えた。久しぶりにアッシュがコンタクトを取ってきたらしい。彼は砂漠のオアシスへ来いと言ったそうだ。

 それにナタリアが食い付いた。ナタリアにとってはプロポーズをくれた本当の「ルーク」ということになる。昔のままとはいかずとも、特別な存在ではあるだろう。

「兄さんが裏で糸を引いているんじゃないかしら」

「それはどうでしょう。一概にヴァンの味方とは考えにくい」

「オアシスへ寄ろう。アッシュの話を聞いてからでも、セフィロトの制御は間に合う筈だ」

 ルークの言葉に、砂漠のオアシスに寄り道することにする。アッシュはアクゼリュス崩落をティア達に報せたらしいし、ヴァン謡将の味方だとは考えづらい。かといってボクらの味方かは、また別の話だった。










*****










 オアシスの水辺で、アッシュと会う。やはりルークと同じ顔だ。表情も喋り方も、全然違うけど。

「何か変わったことは起きてないか? 意識が混じり合って、かき乱されるというか……」

 いきなりよく分からないことをルークが問われる。ルークはそれに困惑で答えた。

「はぁ? 意味分かんねぇ……お前が俺との回線を繋いでこなければ変なことは起きねぇし……」

「……そうか」

 ふむ、と考える。被験者とレプリカで、何か差があるのかもしれない。けれど情報を抜いたことで被験者に異変が起きるなら、もっと前に起きているだろう。原因は別にある。

 レプリカであるルークは、被験者から記憶を引き継げない程度の技術で作られている。となれば、単純な劣化だけでなく何か情報が欠け落ちていても不思議はない。ディスト曰く音素振動数は同じらしいが、それとは別に問題があるのかもしれなかった。

 そこで、ふと思い至る。

(前に、ガイは昔からルークに頭痛があるって話してなかった?)

 ルークの同調フォンスロットを開いたのはコーラル城に寄った時だ。それまでアッシュがコンタクトをとれた筈がない。つまり、違う存在がルークにアクセスしていたということにならないだろうか。それが今度はアッシュにコンタクトを試みているのなら……などと考えてしまう。

「……エンゲーブが崩落を始めた。戦場の崩落も近いだろう」

「そんな! このままでは戦場にいる全員が死んでしまいますわ!」

「馬鹿野郎。ここにいたらお前も崩落に巻き込まれて死ぬぞ!」

 ナタリアにそう怒鳴ったアッシュを見て、おや、と思う。昔のままではなくとも───アッシュもナタリアも、変わらないものを互いに持ち合わせているようだ。

 対してガイは、アッシュへ向ける視線が厳しい。彼にとっては本物こそが殺したかった「ルーク」なのだし、好きになれないのかもしれなかった。または、親友であるルークを好き勝手に貶すので腹が立つのかもしれない。

 これからすることを、ついでにアッシュに説明する。お陰で中々いい助言をもらうことが出来た。

「今の話が本当なら、同じ方法で戦場も降下させられるんじゃないのか?」

「でも、シュレーの丘に行くのが間に合うかどうか……」

「間に合う。そもそもセフィロトは星の内部で繋がっているからな。当然、パッセージリング同士も繋がっている。リングは普段休眠しているが、起動さえさせれば遠くのリングから別のリングを操作できる」

「ザオ遺跡のパッセージリングを起動させれば、既に起動しているシュレーの丘のリングを動かせる?」

「……ヴァンはそう言っていた」

 やけに詳しいと思えば、ヴァン謡将から仕入れた話だったらしい。わざわざ嘘を教える意味もないだろうし、恐らく事実だ。信じていいだろう。

「俺はヴァンの動向を探る。奴が次にどこを落とすつもりなのか知っておく必要があるだろう……ま、お前達がこの大陸を上手く降ろせなければ、俺もここでくたばるんだがな」

「約束しますわ。ちゃんと降ろすって! 誓いますわ」

「指切りでもするのか? 馬鹿馬鹿しいな」

「アッシュ……!」

「世界に絶対なんてないんだ。だから俺はあの時……」

 何かを言いかけて、アッシュは閉口した。それから改めて口を開くと「グズグズするな」と余計なお世話を言葉にして、立ち去っていった。
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