外殻と崩落
森の入口で待ちぼうけをくらっていると、唐突に悲鳴が聞こえてきて皆で顔を見合わせる。様子を見に行こうという提案に異論はなく、奥へと進む。首都に勝手に入らない限りはセーフだろう。
少し進めば、倒れているマルクト兵を見付ける。ナタリアが何があったか問えば、「神託の盾の兵が」と言葉を残して息を引き取った。ヴァン謡将だろうか。
「グランコクマで何をしようってんだ?」
「この辺りにセフィロトはない筈ですが……」
ルークとテセの会話を小耳に挟む。考えてみるけれど流石に分からない。精々、以前のフォミクリー研究に関する資料を漁りにきた可能性くらいしか思い浮かばなかった。けれど今更に思えるし、ベルケンドに十分な研究施設を持っているならあまり有り得ない。
などと考えていると、入り込んだ神託の盾を捕まえるという話になる。マルクト兵と戦うのはお門違いということで、隠れて進むことになった。
「かくれんぼか。イオン様、ドジらないで下さいね」
「あ、はい!」
アニスとテセのやり取りが若干可愛い。ドジを踏まれると中々に困るので、可愛いとかそういうことを思ってる場合ではないのだけど。
少し進めば、マルクト兵がちらほらといる。入り込んだ神託の盾は上手いこと抜けて行ったらしい。樹を派手に揺らしてみて注意を引いたり、魔物をミュウの火で遠ざけたりして、平和的に進む。
やがてグランコクマのすぐ手前まで来て、マルクト兵が倒れているのを見付ける。ナタリアが駆け寄り、様子を見ようとしてからハッと気付いた様子で飛び退いた。
直後、ナタリアのいた場所に巨大な鎌が突き刺さる。上からナタリアを襲ったのは、六神将の黒獅子ラルゴだった。
「お姫様にしてはいい反応だな」
「お前は砂漠で会った……ラルゴ!」
全員武器を構え、相対する。
「侵入者はお前だったのか! グランコクマに何の用だ!」
「前ばかり気にしていてはいかんな。坊主」
ラルゴがそう告げた瞬間、ガイが動いた。剣を振り下ろす先は───ルークだ。想定外のことに反応出来なかったが、ティアがルークを体当たりで退かしたので、なんとか事なきを得た。
「ガイ!?」
「ちょっとちょっと、どうしちゃったの!?」
テセを庇うアニスが声を上げる頃には事態を理解していた。カースロットだ。理解すると同時に周囲の気配を探る。
近くに術者であるシンクがいる筈だ。けれど、相変わらず完璧に気配を消されていて見付けることが難しい。名前を呼んだところで分かりやすく返事をくれるとも思えないし、歯噛みする。
ラルゴはナタリアが牽制しているが、ルークがガイに追い詰められていくのが見える。何か、一手あれば……と思った矢先、強い地震があった。一瞬、すぐ近くの樹の上に人の気配を感じた。
「そこ!」
第六音素で光の槍を生成し、気配のあった場所へと飛ばす。それを避けるように、人影が転がり落ちてきた。数日ぶりに見た、シンクの姿だ。
同時に、糸が切れた操り人形のようにガイが気を失った。
「久しぶり。お迎えなら呼んでないよ」
「今日はアンタに用があって来た訳じゃない」
今日は、ということは別日だったらあるということだろうか。ヴァン謡将はボクを利用するつもりだったし、シンクには勧誘も受けていた訳で、冗談でもないように感じる。
ならば何の用かとルークが問い、アニスが誰の命令かを問うけれど、ラルゴの答えは「導師イオンを必要としている」というそれだけだった。
「アクゼリュスと一緒に消滅したと思っていたが……大した生命力だな」
ルーク達を見てシンクが呟く。
「ぬけぬけと……! 街一つを消滅させておいてよくもそんな……!」
「はき違えるな。消滅させたのはそこのレプリカだ」
ナタリアの言葉をシンクが嗤って、ルークが僅かに苦しい顔をする。そんなもの、背負わなければいいのに。
と、「何事だ!」と離れた場所からマルクト兵が駆けてくる。ああ、面倒事の予感。
「ラルゴ、一旦退くよ!」
「やむを得んな……」
シンクとラルゴが場を離れ、ボクらだけが残される。すぐにマルクト兵に事情を問われ、ティアが説明するけど当然怪しまれる。大人しく連行されるしかないようだった。
留守番すら満足に出来ないのかと大佐に呆れられそうだと思いながら、彼らについてグランコクマへと入った。
*****
水上の帝都グランコクマ。マルクト帝国の首都であるこの街は、水の上に浮かぶ。そのため至るところに水流があり、水面の輝きが街を飾っている。
街へ入ったところで、すぐにマルクト兵を背後に並べた軍人の男性に出迎えられた。フリングス少将、と呼ばれる。
「ご苦労だった。彼らはこちらで引き取るが問題ないかな?」
「はっ!」
連携が円滑なのは、軍事組織としてよく教育がされているからか、彼が人望のある人物だからか。どちらにせよ、有難い。引き取る、ということは大佐から話を聞いているのだろう。余計な拘束はされなさそうだ。
「ルーク殿ですね。ファブレ公爵のご子息の」
「どうして俺のことを……!」
「ジェイド大佐から貴方がたをテオルの森の外へ迎えに行って欲しいと頼まれました。その前に森へ入られたようですが……」
「すみません。マルクトの方が殺されていたものですから、このままでは危険だと思って……」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。ただ騒ぎになってしまいましたので、陛下に謁見するまで皆さんは捕虜扱いとさせて頂きます」
勿論その処遇に文句はない。ただ、ガイを休ませたいとルークは希望を伝える。場所さえ貸してもらえればテセが解呪すると伝え、宿を貸してもらえることになる。皇帝陛下への謁見は申し訳ないが後回しだ。大佐が上手く取り成してくれることを期待する。
ルークも宿に残ると言うけれど、続いたテセの話に言葉を失う。
「カースロットというのは、決して意のままに相手を操れる術ではないんです。記憶を揺り起こし、理性を麻痺させる術……つまり、元々ガイに貴方への強い殺意がなければ攻撃するような真似は出来ない」
彼の言葉に、明らかにルークはショックを受けた顔をした。当たり前だと思う。彼にとっては、唯一無二の気の合う親友なのだから。彼が生まれてから、面倒をよく見ていたのはガイだと聞いている。とても信頼する間柄の筈だ。
「解呪が済むまで、ガイに近寄ってはいけません」
そう忠告して、マルクト兵に連れられてテセとアニスが宿へ向かった。その場に残ったボクらにフリングス少将は城下を見て回ってはどうかと提案する。ルークの心情に配慮してくれたようだった。
提案に乗らせてもらい、フリングス少将達と別れる。ルークは一人にして欲しいと希望し、ボクとナタリアは了承した。ティアとミュウは離れる様子がなかったが……彼らは彼らで上手くやるだろう。
余計なお世話は控えるべく、一人でグランコクマの街並みを見て回ることにした。
*****
前回この街を訪れた時には、師に噴水の中に落とされたことを思い出す。お陰で風邪を引いたのに、ロクに看病もしてもらえなかった記憶がある。
街を観光しながら、久しぶりに師を捜して情報を集めてみた。有力な情報は中々落ちてこない。
「……考えること、山積みだなぁ」
噴水広場で適当に腰掛け、街並みを眺めながらぼやく。
和平のために、大佐達と行動を共にする必要があって。戦争を止めようとしてるルーク達と一緒にいることになって。崩落を放っておけないというから手伝うことになって。崩落の原因がヴァン謡将と六神将にあるなら、彼らを止める必要もある。
大佐からは宿題を出されて、テセにはダアトへ来て欲しいと言われ、被験者だとかレプリカだとか、そんな話も出てきて。ボクはただ、師を捜して世界を回っていただけなのに、いつの間にか大事になってしまっていた。
(ボクはどうしたいんだろ……)
ルーク達との旅は居心地がいい。変わりたくなくて師を捜していたし、仕事が終われば「またご贔屓に」って、そんな関係でよかった。でも今は……ここにいたいと思う気持ちがある。
(関係する……か)
自分がシンクに言ったことで、ボクがテセに願われたこと。最初に踏み入って来たのはテセだ。人生初の友人になって、距離感が分からなくなった。
ルーク達はボクにとって友人なのだろうか。シンクはお仲間なんて言葉を使っていて、彼らは仲間なのだろうかと考える。言葉として当て嵌まる、そんな気もする。
ただ依頼を請けたからここにいる───本当にそれだけだろうか。皆みたいに世界を救いたいとか、そんな大層な思いはない。崩落しようが預言が消えようが、他人事の筈だった。
今は皆の望みを知ってる。ルークがアクゼリュスの責を負って罪滅ぼしをしようとしていることも、ティアが兄の始末をつけようと辛い道を選択していることも、大佐が過去の過ちと向き合っていることも。ガイやアニスは身近な彼らの力になるために、テセは導師として、ナタリアだって一国の王女として戦争を回避させるべく動いてる。
背景のある皆の中で、浮いて見えたボク。今はどうだろう。自身の望みは知らなくとも、皆の想いを何とも思わない訳でもない。少なくとも、他人事だとは思っていない。
(……シンクの依頼は請けられないかも)
牢を抜け出すことが出来た以上、彼の提案について考える必要はもうない。でも敢えて考えるなら、ボクはヴァン謡将側につくことはないように思う。それは皆が生きていたからであり、皆の側が居心地いいから。
自身の手をじっと見詰める。シンクじゃないけど、空っぽだったこの手。何も持たず、誰とも繋いでいなかった。何度もテセが取ってくれて、温かさに馴染んで、気付けば悪くないと思ってる。バカみたいだけど、そう思う。
ボクはダアトへ行きたいのだろうか。全てが終わった時と言われても想像がつかない。テセは間違ってる。でも、間違ってるかとボクの望みは別だ。テセが、ルークが、シンクがと理由を相手に求めて、ボクは自分の望みを知らない───知る必要がある。
そんなことをつらつらと考えていると、意識の外から声が掛けられた。
「こんな所にいたのか」
振り向くと、ルークが近付いてくる。ティアとミュウ、大佐とナタリアの姿もある。ルークの顔は明るいものとは言えなかったけれど、極端に思い詰めた様子でもない。ティア達の存在が効いたのかもしれない。
「落ち着いた?」
「……ああ。ピオニー陛下に謁見しよう」
頷いて、集団に加わる。目的のための、一時的な集まりだった。けれど今は、互いの目的を理解して補いあい、協力体制になりつつあるように思う。ここに、ボクは所属していたいのだろうか。悪くないと思うこの場所を……残したいと思っているのか。
もう暫く考えてみたいと思った。
*****
皇帝陛下は国王陛下に比べればまだ年若い王だ。とはいえ、年齢としては大佐とそこまで変わりない。実際に会えば、太陽のように明るい金の髪と浅黒い肌、ラフな服装が印象を若くしていた。二十歳過ぎくらいと言われれば思わず信じたくなるくらいだ。
「よう、あんた達か。俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」
第一声からインパクトがあった。中々ユニークな人らしい。別の言い方をすれば、結構面倒臭そう。
「こいつ封印術なんて喰らいやがって。使えない奴で困ったろう?」
「いや……そんなことは……」
真面目に応じるルークが偉すぎる。実際、大佐が使えないなんてことはなかった。軍人としての経験値が豊富で、判断力も頼れる存在だ。
「陛下。客人を戸惑わせてどうされますか」
大佐が窘め、皇帝陛下は快活に笑う。
「違いねぇ。アホ話してても始まらんな。本題に入ろうか」
そう言って体勢を変えた───それだけで、空気が変わる。皇帝陛下の纏う空気が支配者のそれになり、笑みの形を崩さないその顔が、青の瞳がボクらを試すように見る。言ってはなんだけれど、その様は国王陛下より余程───獰猛に映った。
「セントビナー周辺は地盤沈下を起こしているそうだ。話の通り、アクゼリュス同様崩落するのかもしれん」
「では街の住人を避難させなければ!」
ナタリアの言葉に、しかし皇帝陛下は冷静に首を横に振る。
「そうしてやりたいのは山々だが、議会では渋る声が多くてな」
キムラスカ軍の圧力があるために、セントビナーの救援に兵を回せないのだ。キムラスカは「王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんと、アクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する」という声明まで出しているらしい。更にそれには続きがあり、「ローレライとユリアの名のもと、直ちに制裁を加えるであろう」と寄越したらしい。
要するに教団に戦争の正当性を認めてもらい、聖戦とする。内容としては事実上の宣戦布告だ。
「父は誤解しているのですわ!」
「果たして誤解であろうか、ナタリア姫」
皇帝陛下の提起に、その場に控えていた軍人の一人が言葉を繋ぐ。
「我らはキムラスカが戦争の口実に、アクゼリュスを消滅させたと考えている」
「我が国はそのような卑劣な真似は致しません!」
「そうだぜ! それにアクゼリュスは……俺のせいで……」
「ルーク。事情は皆知っています。ナタリアも落ち着いて下さい」
事実は関係ないのだと大佐は二人を窘めた。セントビナーの地盤沈下がキムラスカの仕業だと、議会が思い込んでいることが問題らしい。アクゼリュスと同じことが起きるのでは、ということだ。救援に差し向けた兵が街ごと墜とされると考えるのも尤もだろう。
それにしても、この様子ならマルクトはアクゼリュス崩落の預言を知らなかったらしい。知っていて見殺しにしたわけではないようだ。
「ジェイドの話を聞くまで、キムラスカは超振動を発生させる譜業兵器を開発したと考えられていた」
兵器、という言葉が耳に残る。少なくともボクにとっては超振動なんて、ルークのオマケだ。けれど、その規模と威力は「兵器」なのだ。それも未だに国が作り出せていないような。それを単独で起こせるということが、どれ程危険なことであるか。改めてそれを考えさせられる。
「どうしても軍が動かないなら、俺達に行かせて下さい」
「私からもお願いします。それなら不足の事態にも、マルクト軍は巻き込まれない筈ですわ」
ルークの申し出に、ナタリアも追随する。これも和平のために必要なことだと割り切ったので、特に異論はない。皇帝陛下は、意外そうな顔をした。
「驚いたな。どうして敵国の王族に名を連ねるお前さん達が、そんなに必死になる?」
「敵国ではありません! 少なくとも庶民たちは当たり前のように行き来していますわ。それに困っている民を救うのが、王族に生まれた者の義務です」
正直、ナタリアの正しさは苦手だ。勝手に掲げる分にはどうぞご勝手にというところなのだけど、押し付けられれば迷惑する。けれど、嫌いというわけでもなかった。
民を第一に考え、その視点で己に出来ることを考えるというのは、難しいことだろう。当たり前のようにその考えを持つナタリアは、偉そうに振る舞うだけあると思う。
「……そちらは? ルーク殿」
「俺は、この国にとって大罪人です。今回のことだって、俺のせいだ。俺に出来ることなら何でもしたい。みんなを助けたいんです!」
それは沢山の命を奪った者の言葉。沢山の罪を背負った者の言葉だ。必死になるのは、向き合い方の分からないそれに、彼自身が向き合うべきだと感じているからか。
やめておけばいいのに、と思う。背負っても背負わなくても、失われた命は戻らないし二度と恨み言も口にはしない。息苦しいだけなのに、何故背負おうとするのだろうか。ただ生きているモノが、死んだだけなのに。
「セントビナーの救出は私の部隊とルーク達で行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが」
「小生意気を言いおって。まぁよかろう。その方向で議会に働きかけておきましょうかな」
大佐の言葉に控えていた他の軍人が応える。ゼーゼマンと呼ばれていたその老将は、どうやら大佐にとっては師に該当するらしい。あの大佐が「若造」扱いを受けているのが、なんとも不思議だ。
「……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む」
玉座を立ち、すぐ側まで歩いてくると皇帝陛下はそう言葉にした。眼差しも声音も真剣なもので、王として民を慈しむ心は持ち合わせているらしい。
「全力を尽くします」
「私もですわ」
「御意のままに」
ルーク、ナタリア、ティアが応える。ボクも返事をすべきか迷ったが、すぐにやめる。敬語なんて使える気がしない。一瞬、皇帝陛下と眼が合ったような気がするので目礼だけはしておいた。通じたかは知らない。
皇帝陛下はこれから議会を招集するということで、後のことは任された。ボクらは如何にしてセントビナーの住人を救出するか、を考えることにした。
*****
宿へ戻ればテセが解呪に成功していた。力を使って顔色の悪い彼にアニスが付き添っている。ガイも意識が戻ったようで、一緒にボクらを迎えてくれた。
「ガイ! ごめん……」
「……ルーク?」
「俺……きっとお前に嫌な思いさせてたんだろ。だから……」
開口一番に謝罪を口にするルークに、ガイは怪訝そうにしてから快活に笑った。そして「お前のせいじゃないよ」と少し苦い笑みで付け加える。
「俺がお前のことを殺したい程憎んでたのは、お前のせいじゃない」
テセからカースロットの詳細を聞いたのだろう。ガイはそのまま身の上話をした。
自身がマルクトの生まれであること、ホドで育ち、五歳の誕生日の時にホド戦争が始まったこと……ホドを攻めたのはファブレ公爵だ。ガイの家族も、使用人も、親戚も、皆ファブレ公爵に殺された。
「あいつは、俺の大事なものを笑いながら踏み滲ったんだ」
感情を押し込めた声には、憎しみがある。怒りがあって、だからかと納得がいった。ルークに人を殺す重みを話す時、ボクが人を殺した時、その態度に感情が滲み出ていた。彼がボクと距離を置いていたのは、人を平気で殺す存在を許せないから。
「だから復讐を誓った」とぽつりと溢す。同じ思いを味わわせるために公爵家に入り込み、ルークに近付いた。復讐の手段として殺すつもりだった。
でも、考えは変わったのだとガイは続けた。多少のわだかまりはあっても、望んでルークの傍にいたいのだと。彼らの信頼は、表面だけのものではない。
「お前が俺について来られるのが嫌だってんなら、すっぱり離れるさ。そうでないなら、もう少し一緒に旅させてもらえないか? まだ確認したいことがあるんだ」
「……わかった。ガイを信じる」
ルークはそう頷いてから、「いや……」と少し躊躇って言葉を直した。
「ガイ、信じてくれ……かな」
「ははは。いいじゃねぇか、どっちだって」
ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。それがガイの本名で、ホドの伯爵家が彼の生家……望めば、皇帝陛下は爵位を返してくれるかもしれない。資産も恐らく国で預かってくれているだろう。ガイはその内、その居場所を変えるのだろうか。
「さて、いい感じに落ち着いたようですし、そろそろセントビナーへ向かいましょうか」
いつものように大佐がまとめ、次の行動へと移ろうとする。けれど珍しく、アニスが異を唱えた。
「イオン様はカースロットを解いてお疲れだし、危険だから私とここに残ります」
なるほど、道理かもしれない。そう思う反面、六神将に狙われているのにグランコクマに置いていって大丈夫かという懸念もある。
実際、六神将はテオルの森には入り込んで見せた。グランコクマだろうと、安全とは言いがたい。ボクらといてくれた方がまだ戦力と警戒としては上等だ。そう思っていると、テセ自身が首を横に振った。
「僕なら大丈夫です。それに僕が皆さんと一緒に行けばお役に立てるかもしれません。……アニス、それに皆さん。僕も連れて行って下さい。お願いします」
それは確かなテセの意志。導師イオンとして出来ることを、そして彼自身として行いたいことを選択した。「汝の意志することを行え」───彼はもう「どうすべきか」ではなく「どうしたいか」で行動している。
(テセレマなんて偉そうな愛称つけたんだから、ボクも自分の望みを知らないとね)
難しいなぁと、心の中で嘆息した。
*****
セントビナーに着けば、以前とは違う意味で緊張と不安が街を包んでいた。この辺りの地盤沈下を聞いているのだろう。ボクらはマルクト軍基地へと急ぐ。
入室すれば、マクガヴァン将軍とその父であるマクガヴァン元元帥が言い合いをしている最中だった。カイツールを突破された今、軍がこの街を離れるわけにはいかないというマクガヴァン将軍の主張に、民間人だけでも逃がさなければアクゼリュスの二の舞だと元元帥は反論する。
「皇帝陛下のご命令がなければ我々は動けません!」
「ピオニー陛下の命令なら出たぜ!」
まず大佐の生存に驚く彼らに、手短に皇帝陛下の意志と今後の動きを説明する。
エンゲーブ方面への民間人の輸送は途中から大佐の軍が引き受け、駐留軍は東ルグニカ平野でノルドハイム将軍旗下に加わることになる。セントビナーは放棄する、ということだ。
軍の指揮を任せ、ボクらは住人に説明と誘導を行うため基地を出る。避難活動は、アクゼリュスでの救助活動より余程スムーズに運んだ。
その要因の一つはルークだ。周囲と相談し、自分に今何が出来るかをちゃんと考えて動いている。師の背中を捜していただけの子供から大きく成長している。「彼の『変わりたい』という意志は本物だったのでしょう」と大佐が溢した。
そうして忙しく動き回っていると、唐突に街が攻撃された。砲撃と言うほど規模はデカくないが、射撃というには地面を抉る程の威力がある。率直に表現するなら光線、という感じだ。
すぐに大佐が譜術の準備にかかり、ティアも譜歌を用意する。避難誘導を邪魔するのは───巨大な譜業兵器だ。
「ハーッハッハッハッ! 漸く見付けましたよ、ジェイド!」
姿を見なくても分かる。ディストだ。彼は相変わらず椅子に座ったまま空に浮いていた。あれを優雅だとでも思っているのだろうか。
「この忙しい時に……昔から貴方は空気が読めませんでしたよねぇ」
「何とでも言いなさい! それより導師イオンを渡して頂きます」
目的は変わらずのようだ。ボクについては情報を取れるだけ取ったし、今はこれ以上弄れないということで放置してくれるつもりなのかもしれない。気になっていたことがあるし、丁度いいので尋ねてみる。
「ディスト、鍵わかった?」
「思い出させないで下さい! あれだけ調べても詳細が分からず術式の再現すら出来ないなんて! ああ、腹立たしい!!」
どうやらまだのようだ。どれだけ面倒臭い術をボクは掛けられているのだろう。とりあえず避難誘導を続けたいのだけど、ディストの譜業兵器が出入口を陣取っていて邪魔だ。
「そこをどきなさい」
「へぇ? こんな虫けら共を助けようと言うんですか? ネビリム先生のことは諦めたクセに」
「……お前はまだそんな馬鹿なことを!」
「さっさと音を上げた貴方にそんなことを言う資格はないっ! さぁ導師を渡しなさい!」
「かつての友」と言うだけあって、大佐の過去は勿論知っているようだった。というか、この様子ならケテルブルクで幼少期を共に過ごしたのだろう。そしてフォミクリー研究に揃って携わっていたのなら……彼らの目的は一致していた、ということか。
基礎になる譜術を生んだのは大佐だという話だし、彼の理論を譜術から譜業に移したのはディストなのだろう。「友」という言葉が皮肉に思える。
それよりも、今は避難誘導だ。譜業兵器を何とかしなければならない。少し考え、提案する。
「アニスはテセを! ティアは出来るだけ譜歌で住人を護って。味方識別がないから巻き込んだら怖い」
「了解!」
「分かったわ!」
「ルークとガイは譜業をお願い! 大佐はご自由に! ナタリアはボクを援護して」
「援護とはどういうことですの?」
「こういうこと!」
彼女の疑問に、地を蹴って示す。第二音素と第三音素による強化と補助は勿論してある。今回は第七音素までは要らないだろうと判断し、第三音素で勢いをつけてそのまま拳を振るった。所謂グーパンを───ディスト自身に。
「飛べなくても、跳べるからね!」
「ひぃ!?」
驚いて身を守るディストに、しかしボクの拳は届かなかった。障壁のようなものが発動し、阻まれて地面に着地する。小賢しい真似をするものだ。
「まずは地面に落とすつもりだったけど、作戦を変えた方が良さそう」
「な、ななな何をするんですか! いきなり殴るだなんて、野蛮な……! この美し~い薔薇のディスト様の顔に傷でもついたらどうするつもりです!!」
「顔の骨が歪むくらいには殴るつもりだったけど」
「貴女には常識というものがないんですか!?」
常識は知らないが、第七音素を使わないだけ温情だと思う。シンクと違ってもやしっぽいし、これでも配慮したのだ。殺すわけにもいかないし。
「ナタリア、少し時間稼いでくれる?」
「考えがおありのようですわね。分かりましたわ」
頷いてナタリアが弓を構える。兵器に任せて自分は戦わないタイプだとは思うが、だからといってまるで何も出来ないとは限らない。封印術のように何かの道具に譜術を付与し、扱えるようにしているかもしれない。
牽制を彼女に任せ、後ろに下がって音素に呼び掛ける。久々に彼らの力を借りたけれど、特に問題はないようだった。
(第四音素、第五音素)
譜術ならまだしも、この二つを音素そのものの状態で併用するのは中々骨が折れる。それでも下手に被害を拡大したくないし、逃げられるのも嫌なので合わせることにする。
集中し、第四音素による範囲指定と隔離、それからエンドレス指示を加える。狙うは勿論ディストで、十分量を彼へと差し向け手を翳す。今回は特大だ。
「ディスト!」
声を掛ければ彼はこちらを見て、ボクはそれに微笑んで願う。
「焼け死なないでよね!」
直後、第四音素で隔離した空間の内側に第五音素をぶちまける。あっという間に業火は火柱になり、強烈な赤と橙が空気を焼いた。
みんながそれを見て「うわ……」となっているのが視界の隅に見えるけれど、さておく。今は障壁を焼ききることの方が優先だ。
(……案外、音素を供給し続けるのってキツいんだな)
勿論、譜術と違ってフォンスロットを使っていないため、そういう意味での疲労ではない。音素そのものを扱う集中による疲労だ。何にせよ、楽して力を扱える訳ではない。
火柱の内部ではディストが悲鳴を上げている。
「ぎゃー! 熱い! 燃える! 助けてジェイド!!」
さて、彼は何歳だっただろう。考えることをやめる。大佐はというと、聞かなかったことにして兵器にイラプションを発動している。仲良く燃えろということだろうか。
「あっ! あっ! 障壁が!! 待ちなさい! ま、待って……!」
リアクションが分かりやすくて大変よろしい。お陰で焼き殺さずに済みそうだ。
障壁を壊した感触があったところで音素を散らす。現れたディストはがくりと椅子の上で揺れると、そのまま椅子ごと地面へと墜落した。……ちょっと焦がしたかもしれない。臭いがする。
同時に、彼の譜業兵器の方も片が付いたようだった。意識はどうか、と近付こうとすると、それより早くディストは起き上がり、懲りずに椅子ごと浮遊した。あの椅子、丈夫だし空を飛べるし割と欲しい。デザインは好まないけど。
「私の可愛いカイザーディスト号になんてことを! 覚えてなさい! 今度こそお前達をギタギタにしてやりますからねっ!!」
叫ぶと、飛んで行ってしまった。あの譜業兵器、カイザーディスト号っていうんだ……などと思っていると、強い揺れがセントビナーを襲う。崩落が加速したらしい。
「カイザーディスト号が地面にド派手に倒れたりなんかするから!」
「んなこと言ってる場合じゃねーだろ! まだマクガヴァンさん達が!」
「それなら私が飛び降りて譜歌を詠えば……!」
どんどんと沈みこむ街に、ルークとティアが今にも飛び込もうとする。それを大佐が止めた。
「まだ相当数の住人が取り残されています。貴女の譜歌で全員を護るのは流石に難しい。確実な方法を考えましょう」
と言っても、この状況で出来ることを思い付くのは難しい。
アニスが「空を飛べればいいのにね」と言ったところで、ガイがシェリダンで飛行実験をやっている話を教えてくれる。教団が発掘した大昔の浮力機関らしい。ユリアが健在だった頃はそれを乗り物につけて空を飛んでいた、という話だ。なんかやけに詳しいけれど、ガイは音機関が好きなのだろうか。
「確かに、キムラスカと技術協力するという話に、了承印を押しました。飛行実験は始まっている筈です」
「それだ! その飛行実験に使ってる奴を借りてこよう! 急げばマクガヴァンさん達を助けられるかもしれない!」
ガイとテセの言葉にルークが飛び付く。対して、大佐が難しい顔をする。
「しかし間に合いますか? アクゼリュスとは状況が違うようですが、それでも……」
「なら、ボクが崩落を遅らせようか?」
提案すれば、当然驚かれた。
「出来るのか!?」
「まぁね。どんなものでも音素を内包してる。大地の接合にも同じことだよ。大地そのものが音素によって支えられてると言ってもいい。止めるのは流石に無理だけど、ボクならその繋がりを補助することが出来る」
じゃあ、とルークが口にした瞬間、間に入ったのは大佐だった。視線が厳しい。
「待ちなさい。セントビナーを含む辺り一帯が崩落しかけているのですよ。幾ら音素の扱いに長けた貴女でも、これらを支えるのは無茶だ」
「僕も同感です。貴女の体に掛かる負荷は計り知れない」
テセまで異を唱える。顔を見れば絶対に許可出来ないと書いてあるようだった。心配を掛けるのは分かっているが、他人にそこまで想われることに居心地の悪さを覚えてしまう。
「俺も反対だな。あんたに何かあったら寝覚めが悪い」
「まぁ、無理って分かってるのにやれって言うのはちょっとね~」
「もう少し現実的な方法を模索致しましょう」
ガイ達にも反対され、あっという間に流される。それ以外に方法などないと思うのだけど、と思っているとティアが声を上げた。
「兄の話ではホドの崩落にはかなりの日数がかかったそうです。魔界と外殻大地の間にはディバイディングラインという力場があって、そこを越えた直後、急速に落下速度が上がるとか……」
その話が本当なら、セントビナーの崩落にはまだ数日の猶予があるということか。確かに、ボクが無茶をする必要はないかもしれない。やれるだけやってみよう、という話になる。
シェリダンはラーデシア大陸のバチカル側にある。キムラスカ軍に捕まらないよう、タルタロスで向かうことになった。
*****
「民を虫けらなどと……!」と怒れるナタリアを宥めつつ、六神将による妨害も警戒して移動する。シェリダンの職人は頑固というけれど、貴重な音機関を貸してくれるだろうか。最終兵器「導師イオン」の力を借りる必要がありそうだ。
シェリダン港にタルタロスをつけ、乾いた大地を進む。途中テセの様子を窺ったけれど、大丈夫だと言って聞かなかった。タルタロスで休んだとはいえ、快調には見えない。それでも今は先を急ぎたいのだろう。その意志を尊重する。
職人の街シェリダンに着けば、譜業や音機関がそこかしこで音を立てて動いている。技術としては世界で一番進んだ街で、機械に彩られた街は少し面白い。ここへ来るのも久々だと思いつつ、職人を探して歩いた。
道中、ガイが見たこともない程はしゃいでいたが、余程譜業や音機関が好きらしい。パラダイスと言わんばかりだ。
やがて、それらしきご年配三人に遭遇する。話を聞けば、ボクらが求めている浮遊機関アルビオールがメジオラ高原に墜落したらしい。発掘された浮遊機関は二つあるらしく、第二浮遊機関はまだ起動すらしていないと彼ら───イエモンとアストンとタマラは語る。
すぐにでも救助隊を編成して、乗り込んでいるらしいイエモンの孫のギンジと浮遊機関の回収をする、と話しているのを聞いてボクらは飛び付いた。お得意の「動くのはこっちがやるから協力して欲しい」だ。
「俺が行く」と言ったルークに、ナタリアが「それでこそ王家の蒼き血が流れる者ですわ!」と称賛を贈るが、ルークは関係ないと応えた。ただ自分に出来ることがしたいのだと。ナタリアはその言葉に心底驚いた様子だった。「王女として民を救わなければ」という視点に立つ彼女には、新鮮な考え方だったのだろう。
「……私達の中には、軍事訓練を受けた者もいます。任せて頂けませんか」
ティアの押しに、イエモン達は首を縦に振った。ただし持ち帰った浮遊機関を二号機に取り付けるに当たって、駆動系に足りない部品を用意する必要があるらしい。救助隊が編成出来ないのも兵が戦争に備えたせいだが、足りない部品を用意できないのも大半の部品を陸艦製造に回したせいらしい。タルタロスの部品で補えないか、と大佐が提案すれば、イエモン達は了承した。
メジオラ高原では酷い風が吹いているらしく、アルビオールを固定して崖下に降ろすための発射装置を持たせてくれる。タルタロスへの案内はテセが請け負ってくれることになった。強行軍になるだろうし、都合はいい。導師守護役として、アニスも残る。メジオラ高原は魔物の巣窟だが、一人欠けたくらいなら心配はないだろう。
テセとアニスを街に残して、ボクらは出立した。
*****
メジオラ高原に近付けば、アルビオール初号機らしきものが遠方に見えた。今にも墜ちそうだ。
「発射装置は機体の両側から打ち込まなきゃならない。二手に分かれよう!」
ガイの話に、チーム分けを行う。装置の扱いが分かる人間ということで、ガイと大佐は別チームだ。ルークのチームにはティアと大佐が、ガイのチームにはナタリアとボクがつくことになる。まぁ、音律士としてボクとティアの役割は被るところもあるし、治癒師としてもティアとナタリアが分かれるのはいい判断だ。
こちらは前衛を務められる人間が二人に対し、ルーク側は一人という不安はあるものの、そこは大佐の軍人としての実力が光ってくれるだろう。大丈夫大丈夫。多分。
「すまん、打ち漏らした!」
「まっかせてー♪」
前衛のガイをするりと抜けた魔物の一匹を、第五音素で焼く。別の魔物はナタリアが片付けていて、順調に奥へ進めている。
「こうして三人で戦ってみれば、お互いの動きが今までよりもよく分かりますわね」
「だね。今後の連携に役立ちそう」
「ならいいこと尽くめだな。急ごうぜ」
どうやら運も良かったらしく大型の魔物にも出会さなかった。
やがて、発射装置を届かせることの出来る位置まで辿り着く。反対側にはルーク達の無事な姿が確認出来た。示し合わせて発射装置を使用し、アルビオール初号機を安全に崖下へと降ろす。
少し待てば、乗り込んでいた操縦士であるギンジが出てきた。薄い茶がかった短髪で、角度によっては銀にも見える。茶の瞳がボクらに向き合い、頭が下げられる。
「助けて下さってありがとうございます」
怪我はないらしく、浮遊機関も無事だ。申し訳ないけれど時間もないので、話を後にしてシェリダンに戻ることにする。ギンジと話してみて意外だったのは彼の一人称が「おいら」だったことなのだが、割とどうでもいいので割愛した。
*****
シェリダンに戻り、ギンジが先に浮遊機関を届けに走る。ボクらも急ごう、というところで、キムラスカ兵に呼び止められた。
「お前達か! マルクト船籍の陸艦で海を渡ってきた非常識な奴らは!」
全くもってその通りなので特に反論の仕様はない。タルタロスはシェリダン港につけたのだし、見付かるのは時間の問題ではあった。マルクト軍属の大佐の姿が認められ、事態が複雑化する。
とりあえずイエモン達の工房へ逃げ込み、ガイが扉を押さえてくれている内に事情を説明する。浮遊機関の方はアルビオール二号機に取り付けてくれているらしく、代わりにタルタロスは航行不能になったそうだ。
「でもアルビオールがちゃんと飛ぶなら、タルタロスは必要ないですよねぇ」
「ちゃんと飛ぶなら、とはなんじゃ! わしらの夢と希望を乗せたアルビオールは、決して墜落なぞせんのだ」
「「墜落してたじゃん」」
思わずルークと仲良く突っ込んでしまった。後のことは任せろとイエモン達が言い、その言葉に甘えることにする。セントビナーを離れて数日が経過しているし、これから再び向かわなければならないのだ。今は少しでも急ぎたい、というのが皆の気持ちだろう。
アルビオール二号機へと乗り込めば、女性に出迎えられる。ノエルと名乗った彼女はギンジの妹らしく、彼よりは色の濃い茶の髪が眼に留まる。
「行きましょう」と彼女が告げ、ボクらは席についた。僅かな振動でエンジンがかかったのが伝わり、浮遊機関が動いて機体が持ち上がる。乗っているボクらも浮遊感を味わいながら、やがて窓の外の光景が地表から青い空へと移る。
「……飛んでる」
凄い、と思う。浮遊機関そのものも凄いが、それをこうして動かせる状態へと移したイエモン達も凄いものだ。不安定さはまるでないし、メジオラ高原に墜ちたのも突風に巻き込まれた不測の事態だったと考えられる。
思わず浮遊機関を調べたいと思ったが、調べたところで素人のボクには分からないだろうなと切なくなる。ボクも空を飛びたい。せめて今度、ディストに椅子について聞いてみようか。
そんなことを考えている内にセントビナーに着く。海や陸を行くよりも、余程速かった。アルビオール自体の性能がいいのだろうし、何より空は障害物もないので遠回りする必要がないのだろう。急いでいる今には有難い。
住人をアルビオールに乗せたところで、耐えきれなくなったようにセントビナーを含む辺り一帯が派手に沈み始めた。ティアの語ったディバイディングラインを越えたらしく、加速し魔界に入り込んでいく。あっという間に落ち……泥のような赤い海に着水し、浮かんだ。
初めて見た魔界は、障気に満ちて紫がかっており、赤い海がひたすらに続いている。雷のような閃光も頻繁に走っており、およそ人の住む環境ではない、という認識そのままの場所だと感じる。
セントビナーも、暫くすればマントルに沈んでしまうらしい。ホドの時は一月後に大陸全体が沈んだという話で、その時マクガヴァン元元帥が気になることを言った。
「ホド……そうか……これはホドの復讐なんじゃな」
どういうことか、と問う前に話が次へと移ってしまう。セントビナーが魔界の海に沈むのを何とかしたい、とルークが騒ぐ。
「そうだ、セフィロトは!? ここが落ちたのは、ヴァン師匠がパッセージリングってのを操作してセフィロトをどうにかしたからだろ。それなら復活させればいいんじゃねーか?」
「でも私達、パッセージリングの使い方を知らないわ」
「じゃあ師匠を問い詰めて……!」
「おいおいルーク。そりゃ無理だろうよ。お前の気持ちも分かるが……」
「分かんねーよ! ガイにも、皆にも!」
ガイが宥めようとしたところで、ルークが爆発した。アクゼリュスの後ということもあって焦っていたのだろう。セントビナーを助けられなくても、ルークのせいではないのに。
「分かんねぇって! アクゼリュスを滅ぼしたのは俺なんだからさ! でもだからなんとかしてーんだよ! こんなことじゃ罪滅ぼしにもならないってことぐらい分かってっけど、せめてここの街ぐらい……!」
罪滅ぼし。その言葉を胸の内で繰り返してみる。響かない。罪とは何か。それを償うとはどういうことか。何故、罪滅ぼしをしなければならないのだろう。
ルークの罪は、ルークが勝手に背負っているものだ。ルークを赦すのはルーク自身しかいないだろうし、きっと彼は赦さない。なら……償いに何の意味があるのだろう。罪滅ぼしは、誰のため?
「ルーク! いい加減にしなさい。焦るだけでは何も出来ませんよ」
大佐の叱責が飛んで、意識が外へと戻る。
「とりあえずユリアシティへ行きましょう。彼らはセフィロトについて我々より詳しい。セントビナーは崩落しないという預言が狂った今なら……」
「そうだわ。今ならお祖父様も力を貸してくれるかもしれない」
確かに、皆の話を聞く限りセントビナーの崩落は詠まれていないからと、ティアの祖父……ユリアシティの市長であるテオドーロは非協力的だったらしい。今なら考えを変えてくれそうだ。
「それとルーク。先程のあれはまるでだだっ子ですよ。ここにいる皆だって、セントビナーを救いたいんです」
え、と言いたい気持ちを堪える。ボクは別にどこが落ちようがどうでもいいのだけど……まぁ、空気が乱れるのでわざわざ言わない。
「……ごめん。そうだよな……」
「まぁ、気にすんな。こっちは気にしてねぇから」
ルークの謝罪にガイが応える。今は住人を助けられたことでよしとしよう、と話をする。
「負い目を感じ続けることが、贖罪ではないと思いますわ」とナタリアがルークに言葉を掛けた。よく分からない。贖罪なんて難しいものに向き合って、ルークも大変そうだと、他人事のように思考した。
そもそも障気の発生は創世暦時代の譜術戦争が原因だと言われているらしいが、果たしてそれだけなのか調べるべきかもしれない、などという話をしつつユリアシティへと向かう。ユリアの子孫であるティアとヴァン謡将が育ったという、監視者の街……魔界に浮かぶ唯一の街ということだし、興味がある。
密かに楽しみにしつつ、アルビオールから赤い海を眺めた。