外殻と崩落
次に目を覚ました時、そこは見知らぬ地下牢だった。
「……国賓扱いじゃん」
下らないことを口にしながら、自分の状態を確かめる。特に外傷はないようだし、頭が痛んだりもしないので治癒術はかけてもらえたのだろう。
ただ、首に覚えのない重みがあった。触れれば固い感触があり、首輪の形をしていることが分かる。悪趣味だが拘束具と呼ぶにはどこにも繋がれていない。
ふむ、と疑問を持った時、誰かの足音が地下に響いた。少し待てば、現れたのは想定通りの人物だ。
ヴァン・グランツ。ティアと同じ栗色の髪と青の瞳が、今は少し目障りに思える。
「眼が覚めたか」
どことなく声にせせら笑う気配を感じ、被害的になっているのかもしれないと自分に溜め息を吐く。余計な感情は要らない。
「ここはどこ?」
「ダアトの地下、神託の盾の本部だ」
問えば、案外素直に答えが返ってくる。場所を把握されたくらいではどうにもならないと思っているからか。実際、牢の中では出来ることも限られる。
ちらり、と視線を上げてヴァン謡将を見る。合った眼は、どのような感情も読み取れない。
「なんでこうなってるか、説明してくれないかな」
「説明だと? そんなものがなくとも、お前はよく分かっているだろう」
お前という呼び方に、「いい大人のフリ」はやめたのだなと理解する。それなら話は早い。この期に及んで探り合いは御免だ。意識を失う前のことを思い起こし、核心に触れる。
「アクゼリュスは消えた?」
「───ああ。全く、驚いたぞ。お前一人によって私の計画がご破算にされるところだった」
ヴァン謡将が言っているのは、ルークを止めようとしたことについてだろう。ルークを引き留めてしまえれば、ボクらの勝利だったのだ。
「不意打ちですっかりしてやられたけどね」
「器の狭いことを言うな。手当てはしただろう?」
そういう問題ではないのだけど、言っても仕方がないので黙る。代わりに事の詳細を問えば、ヴァン謡将はあっさりと説明してくれた。
ルークの超振動で障気を中和できると騙して、セフィロトツリーを消させたこと。セフィロトツリーが消えたことでアクゼリュスが崩落したこと。その下には魔界と呼ばれるかつての地上があり、ここはセフィロトツリーに支えられた外殻大地であること。そしてルーク達の行方は知れないことと、アクゼリュス崩落は秘預言に詠まれていたということを、ヴァン謡将は話した。
初めて聞く話が多く何が何やらという感じだが、とりあえず頭を整理する。
「じゃあ、なに? 皆揃って、預言のためにルークを使い捨てたってこと?」
ヴァン謡将は答えなかった。けれど、そういうことだろう。キムラスカとマルクトが知らされていたかは分からないけど、少なくともダアトは死なせるつもりでルーク達をアクゼリュスへ送り込んだのだ。その結果、街が一つ消えると分かっていて。本当に下らない。
「それが分かってて、ルークをレプリカとすり替えたの?」
「やはり気付いていたか」
そうだ、と彼は当たり前のように頷く。「ルーク」はローレライと同じ音素振動数で、単身で超振動を起こせる唯一の存在なのだと。だからレプリカを作り、本物の代わりに死なせるつもりだったのだと語る。
ボクの知ってるルークは、死を望まれて生まれ、育てられてきたのだ。レプリカという、その道具性だけによらず。預言の前では、レプリカも本物も道具になるのだと、よく理解した。
「……導師イオンがレプリカなのは何故?」
「随分鼻が利くらしいな。あれは被験者の望みだ。本来ならば二年前に導師は他界し、空席となる筈だった。それを知った被験者が、レプリカを用意したいと言ったのだよ」
「レプリカを作り出して、何になるの」
「預言にない未来が訪れる」
その言葉は想定の外で、ボクは詳しい説明を求めるようにヴァン謡将を見上げた。彼は一つ頷くと説明してくれる。余程なめられてるらしい。
「レプリカは本来のこの星の命ではない。預言に詠まれない存在なのだ。だが、確かに存在し預言に影響することが出来る」
「つまりこういうこと? 本物の───被験者の導師イオンと貴方は、預言のない未来が欲しくてレプリカを生み出した。今もそのために暗躍中」
「飲み込みがいいな」
「そりゃどーも」
ヴァン謡将の語ったことから推測される目的は、彼の副官であるリグレットから感じ取ったこととほぼ一致する。
彼女は言った───人間の意志と自由を勝ち取るためだ、と。ヴァン謡将は預言のない世界を得るためにフォミクリー技術を利用している。そして六神将は彼の望みを叶えるための駒ということか。
何故ヴァン謡将に従うのかと考えたところで無意味だ。彼らにも理由があるだけだ、預言のない世界を望むだけの。
「訊くけど……ボクを作ったのも、計画のため?」
その問いに期待があったのか、自分でも分からなかった。自分の生まれた理由を、求められる役割を、欲していなかったかなど分からない。ヴァン謡将は……首を横に振った。
「お前を作り出したのは大詠師モースだ。私は協力をしたに過ぎない」
その言葉を受けて、ようやく実感が湧いてしまった。ああ、やっぱりボクはレプリカなんだ。そうだろうと前提を置いて今まであれこれと考えてきたけれど、明言されれば思うところもある。シンクの言葉は本当だった。
聞けば、ボクの被験者は死に至る病だったのだと告げられる。被験者はモースにとって都合のいい道具だった。失うには惜しく、代用品として作られたのがボク───そういう話だった。
この前会った時、大詠師は「死んだものと思っていた」というような発言をしていたし、ボクの被験者は既に生きていないと考えた方が良さそうだ。
「じゃあ、ヴァン謡将はボクに用はないのかな」
牢の鉄格子へ視線をやりながら問う。何か用があるから連れ帰って閉じ込めているのだろうと、彼の顔へ視線を動かす。彼は深く頷くと、「思い違いをしていたのだ」と切り出した。
「二年前、お前の被験者は死に至る病にかかり、モースはレプリカであるお前を作り出した。だがある日、大規模な爆発事故があり施設が半壊したのだ。モースも私も、被験者とお前は爆発により失われたと判断した」
結論から言えばボクは生きていたわけで、恐らくその時に師に拾われたのだろう。本当に師に拾われてよかったと思う。大詠師の道具には、あまりなりたくない。生理的に。
「その時、初めて私はお前の……被験者の預言を知ったのだ」
「ボクの被験者の預言……?」
「大詠師モースは先代導師エベノスからお前の被験者の預言を教えられていた。既に被験者は失われてしまったが、仮にルークと同じく預言に詠まれた唯一無二の存在ならば、レプリカであろうと調べる価値はあるだろう」
ヴァン謡将は立ち去る素振りを見せてから、少しの間足を止めボクを見た。ボクの首にある装置を指して告げる。
「それは音素を拡散させる機能が備わっている。無駄な足掻きはしないことだ」
精々私の計画の役に立ってもらうぞ、と。ヴァン謡将は暗く微笑んだ。
*****
首枷のお陰か、本当に音素を操ることが出来なくて退屈する。どれだけの時間が経っただろう。一度は食事が差し入れられたので朝か昼か夜か、どれかは跨いだのだろうけどあまり意味はない。地下牢に光は差し込まず、気を失っていた身としては眠くもない。暇の極みだった。
そろそろ鉄格子に拳でも振るってみようかと思い始めた矢先、複数人がこちらへ近付いてくる足音を察知した。現れたのは、六神将の一人であるディストとその部下らしき兵だった。
「おや、貴女はジェイドと船にいた……」
「そんな覚え方でも覚えてもらえてて光栄だよ」
彼にとっては研究と大佐以外はあまり重要ではないのかもしれないと思う。人の価値観なんてそれぞれなので特に不満はない。ボクもディストに興味ないし。
「ハッ! つまり私はジェイドの実験動物を調べろと指示を受けたわけですね!?」
「待って実験動物ってどういう……」
「いいでしょう! この華麗なるディスト様に分からぬことなどありません! ジェイドの分まで可愛がってあげますよ」
「望んでない」
ボクの希望が通るわけもなく、拘束されてあっという間に牢から連れ出され、研究施設に引っ張られていった。
神託の盾本部はダアトにある教会の地下にあるという話だったが、研究施設が併設されているとは驚きだ。研究施設といっても、置かれているのは素人の眼から見ても簡素な音機関とモニターがいくつか、という程度だ。ここで具体的に研究をしているというより、情報を抜いて解析する程度の話なのだろう。
以前は導師やボクの被験者からレプリカを作っていた訳だし、もっとちゃんとした施設があったのだろうなと思う。ここに施設を再建しなかったのは、必要がなくなったからか、よそに施設を持っているからか。
建物の内部構造も分からないし、音素も扱えない。数でも負けている。抵抗が無意味であることは考えるまでもなく、ボクは大人しく機械に繋がれた。
ディストの部下達は部屋の外へ追い出される。もしくは、研究中のディストに関わりたくないのか自分から出ていくようだった。ボクもついて行きたい。
音機関の操作盤らしきものに向かうディストを眼で追いつつ、退屈から声を掛ける。
「ねー、これ痛くない?」
「煩いですね。黙ってらっしゃい。余計なことをしなければ痛くも痒くもありませんよ」
「オーケイ、痒かったら文句言うね」
折角ならいい感じにデータをとってもらいたいので、余計なことはしないことにした。リラックスしながら待つこと暫く。少しうとうとしたくなってきた頃に、ディストが声を上げた。
「……なんですか、これは!」
「ん……なに?」
動いていいのか分からないため、首だけで彼の方を向く。ディストはモニターに首を突っ込むのではないかという具合に、その青白い画面を睨み付けているようだった。ここからではよく見えないけれど、眉がつり上がっている光景が簡単に浮かぶようだった。
「これは……外部から? いえ、内部からも……封印術……ですがこれでは……!」
ぶつぶつとディストが一人で呟き続ける。何が分かったのか興味津々なのだけど、邪魔をすると大変なことになりそうな予感がしたので黙って見守る。
彼は一頻り画面を食い入るように眺め、延々と何かを呟きながら思考を続ける。ボクからすれば何もない、ディストにとっては目まぐるしい時間が過ぎ、やがて机がド派手に叩かれる。思考がパンクしたのか、肩で息をするように興奮を表しつつ、ディストはゆっくりと机から顔を上げた。
ギラギラと光る、研究者の眼と眼が合う。
「……認めない」
「え?」
「認めませんよ! 絶対に!!」
癇癪を起こしたように叫びながら、椅子ごと飛んで操作盤へ向かう。そのままパネルを叩くように指を走らせ始めた。引き続き話を聞ける状態じゃなさそうだと判断し、適当に過ごそうとした、が。
「……っ!」
締め付けられるような痛みが走った。目視する限り変化はない。だが息が詰まり、体が熱を覚える。蝋燭で炙るような痛みが全身を這い、奥歯を噛んだ。
「違う……これでもダメか! 鍵さえあれば……きぃーーー! 認めませんよーーーっ!!」
彼の手が操作盤から離れ、頭を掻く。それに合わせて負荷が消え、熱も引いていく。全身を包む焼けるような痛みが薄らぎ始めると、自然と呼吸が落ち着いてきた。体中が、焼き印を押されたのかと思うくらいには痛い。
「……ちょっと……ディストさん……」
「理論上は間違っていない筈……! アプローチの仕方に問題があるのか……? いや、封印術ならば鍵が……」
「……ディストさーん」
「なんです! 今私は忙しいんです! 煩く鳴くなら眠らせますよ!!」
寧ろその方が有り難いのではと思いながら、聞く耳を持ってくれている内になんとかされようと、訴えを試みる。
「めちゃめちゃ痛かったんだけど、なに? 何したの?」
「大したことはしていませんよ。フォンスロットを無理矢理こじ開けようとしただけです」
「え!? 何それこわっ」
人の体に力業をかけたということだ。了承くらいとって欲しい。体が四散でもしたらどう責任をとってくれるつもりなのだろう。
「てか、ボクのフォンスロット閉じてるの?」
「厳密には違います。あなたのフォンスロットは多重に術式で覆われ、音素の循環を妨げているんですよ」
「ええと……封印術みたいなこと?」
「よく似たものです。一定量を超える音素を取り込めないようにされていますね。貴女、譜術が使えないのではありませんか?」
問われて、どきりとする。確かにボクは音素を大量に取り込むことが出来ない。てっきりレプリカだから劣化して、フォンスロットが不出来なのだと理解していたのだけど……違うらしい。封印術のようなものということは、人為的なものだと考えていいのだろうか。
「なんでそんなものが?」
「知りませんよ! この程度の設備では調べられるものも調べられません。私の研究室に移動しますよ!」
ディストの宣言と同時に拘束が解かれ、部屋から出される。ディストの研究室に向かう間、逃げようと思えば逃げられたような気もしたが、好奇心が勝った。自分に封印術もどきが施されている、というのは中々に面白い。誰が何の目的で、ボクの譜術を封じたのか。封印術もどきが解ければボクも譜術が使えるようになるのか。ボクとしても知りたいことは多い。
(どうせ首枷のせいで逃げ切れないだろうし)
開き直って今の状況を利用させてもらうことにした。
*****
牢で起きると、身体中がぎしぎしと痛んでいた。昨日何したっけと思い返したところで、ディストの実験に付き合ったのだったと思い出して溜め息を吐く。好き放題されたな、という思いの反面、あれだけ付き合ったのだから暫くはデータをとると言われないで済むのではないかという淡い期待がある。
(で、なんだっけ)
実験の合間に聞き出したことを、一日経ってマシになった頭で整理する。
ボクのフォンスロットが一定量を超えた音素を取り込めないのは、封印術もどきが施されているから。誰かがボクの譜術を封じたと考えていいだろう。
施されたのは二年前くらいという話で、つまりボクが作られて間もなくのようだった。封印術と似ているため、解くには鍵が必要というのがディストの見解だ。ただ封印術によく似ていても細部の違いが大きいらしい。
(封印術は国家予算の十分の一が飛ぶもので、掌に乗る程度の道具になる。術は譜業装置に付与されていて誰でも使えるし、幾重にもかかる鍵は暗号のように変化していく……んだっけな)
大佐の話と、昔師から聞いた話を引きずり出す。対して、ボクに施されているものは個人が造り出した譜術であり、アレンジが随分されているらしい。術の細部まで調べないと解除方法……つまり鍵の特定が出来ないそうだ。
どうやら時間と共に変化する暗号タイプではなく、特定の鍵が要るらしいことまでは分かったようなのだけど、それがどんなものなのかはこれから絞りこむと言っていた。
そして根本的に、何故ディストがこの封印術もどきにこだわっているのかと言えば、
(これを解かないとボクの体を調べられない、ねぇ)
ディストの話では、この封印術もどきは体内にポイントを作り、体外から丁度糸を通して縫い止めるようなイメージでフォンスロットを封じているらしい。なので外部から無理矢理開けようとしても、内部のポイントに引っ掛かり複雑に絡まってしまうという。正しい鍵でないと、下手な干渉は受け付けないのだ。
ボクの内部を調べるなら、まずはこの術を解かないと触れないと、ディストは苛立たしげに地団駄を踏んでいた。命拾いをしたと言うべきか、お預けを食らわされたと言うべきか。
(にしても、いったいなー……)
筋肉痛くらいで済んでくれないかと期待していたのに、わりとしっかり痛くて嫌になる。退屈な上に辛いとか、この世は狂っているのではないか。ボクが何をしたというのだろう。雑にそんなことを考えつつ、怠惰に過ごす。
この首にある装置もディストが作った物らしい。譜業が専門なのだろう。大佐とは「かつての友」だったらしいし、デオ峠での発言からヴァン謡将がフォミクリー技術を得たのは、ディストの発案である可能性がある。
となれば、フォミクリー技術を知る大佐というのはどういう立ち位置になるのだろう。コーラル城で語りたくない過去があると言っていたことと、やはり関係があるのだろうか。
(……生きてればいいけど)
大佐だけに限らない。ルーク達が無事だといいとは思う。
生きているなら……ルークはどうしているだろう。流石に落ち込んでいるというか、色々と考えることが多くなっているかもしれない。本当は大きな失敗なんて体験して欲しくはなかったのだけど、起きてしまったことは仕方がない。せめていい経験として活かせればいいと思う。
(ティアとガイがいれば、大丈夫かな)
多分、彼らはルークを見捨てない。ルークに対して「仕方がない」という考えが存在してしまっている。ボクのように。
アニスやナタリアは、許せないかもしれない。アニスは他人に構ってなどいられない様子だし、ナタリアは正しさでルークを追い詰めそうだ。
大佐はどうだろう。彼は優しいけど、易しくはない。同情なんてしないと思う。とても厳しい言葉を投げ掛けるだろうけど、一番長い眼でルークを見てくれそうだ。
ミュウはまぁ……変わらないだろうし。
(……テセは大丈夫かな)
ただでさえ弱っているのに、魔界に落ちたのだ。障気に満ちた空間で、余計な影響を受けていなければいいと思う。
魔界にも人の暮らす街があるらしく、名をユリアシティという。ヴァンとティアの故郷という話で、無事ならばティアがそこへ誘導しただろう。人が住んでいるならばその空間だけは障気が入り込まないようになっている筈で、あまり心配は要らないと思う。
ボクの方はどうにかしてここを出て、ルーク達を捜さなくてはならない。
恐らくキムラスカとマルクトはアクゼリュス崩落の件で戦争一歩手前だろう。ルークとナタリアが死んだ可能性が高いのだから。両国に何があったのかを説明する必要性がある。
ただアクゼリュスの崩落自体は預言に詠まれていたし、両国がそれを把握していた可能性はある。なら、アクゼリュス崩落はヴァン謡将が仕組んだことですなんて説明したところで意味はないかもしれない。
(……預言がそんなに大事かね……だる……)
面白味のない世界だと転がりながらぼんやり思う。ヴァン謡将が預言のない世界を望む気持ちも分からなくはない。いやまぁ、つまらないから預言を無くそうなんて考えで動いてる訳じゃないだろうけど。
などと考えていると、誰かがこの牢に近付いてくる気配がした。足音がしないので大体の予想はついていたが、現れたのは緑の髪を鶏冠のように立てた少年だったので、予想通りだ。彼は仮面の下からボクを見下ろすと、呆れたように口を開いた。
「アンタには敵地に捕えられてる緊張感ってものがないの?」
「ずっと気を張ってたら疲れちゃうよ」
言い返して起き上がる。シンクの目元は変わらず嘴型の仮面で覆われていて、表情は窺い知れない。彼は牢の外に立つと、じっとボクを眺める。
「なに?」
「別に。アンタが捕まったっていうから、どんな面してるか拝みに来てやっただけだよ」
「会いに行くって言ったでしょ? ちょっと斬新だけど実現したよ」
「都合のいい解釈しないでよね。これは僕がアンタに会いに来てやったんだ」
「うん。ありがと」
礼を言うと、一瞬シンクが動きを止めた。それから不愉快そうな声が耳に届く。
「……なんで礼を言うんだ」
「君と話したいと思ってたから。こっちからは会いに行けないから、助かったなって」
本当は大佐の依頼を終えてから話を聞きに来るつもりだったが、状況は大きく変わった。折角の機会に、今色々と聞いてしまうのもアリだろう。シンクは鼻を鳴らす。
「こっちは話すことなんかない」
「そう言わないでちょっと付き合ってよ。牢に入れられてるだけじゃ退屈だし」
軽く伸びをしながら要求すれば、シンクは何も言わない。さっさと牢を出て行こうともしないし、案外話し始めてしまえば付き合ってくれるかもしれない。そう思って口を開くと、それより先に彼は言葉を発した。
「───つまらないな。レプリカって聞いた時のアンタの顔は滑稽だったんだけど」
「……その節はどーも。お陰で色々考えることが出来たよ」
「気分はどうだった? 自分が誰かの偽物で、代用品でしかないって知って」
それは悪意の込められた言葉で、どんな答えが返るか期待されているのも分かる。直感で、きっとボクの答えはお気に召すだろうなと感じながら答える。
「クソ食らえって感じ。今から被験者の代わりになれって言われても断固拒否する」
「代用品にすらなれないゴミ屑の方がマシだって?」
「……レプリカとしてはそうかもね。代用品になるために作り出されたのに、役目を全うしないんだから」
ルークはアッシュの代わりに、テセとシンクは導師イオンの代わりに、ボクはボクの被験者の代わりに。誰もが誰かの代わりに作り出されていた。否定しない。レプリカは、代用品だ。役目を果たせないならゴミ屑だという評価にも納得は出来る。……あくまでレプリカとしては、だけど。
ふと、シンクのことが気に掛かる。導師イオンの代わりはテセが務めている。なら、ここに彼がいる理由は何なのだろうか。何故別の名を貰い、ヴァン謡将に従って、預言のない未来を目指すのか。導師の代用品でない自身をどう思ってるのか。
ボクはシンクのことを何も知らない。……知りたいと思った。その気持ちのまま、疑問を口にする。
「ね、シンクはなんで六神将にいるの?」
「どうでもいいだろ、そんな話。自分のことが知りたいんじゃなかったのか」
「それはある程度ヴァン謡将に聞けたからいいんだ。今はシンクの話が聞きたい」
ボクの言葉は意表を突いたようで、彼は暫く黙る。仮面の向こうで何を考えているかなんて分からない。やがて溜め息を吐くと背を壁に預けた。何を天秤にかけて選んでくれたのか分からないが、ボクの希望を叶えてくれるらしい。
「……捨てられたんだよ。導師の代わりにはならないって。僕は出来損ないだったからね」
飛び出してきた話はいきなり重たい。ヴァンに拾われた、とシンクは続けた。だから従っているのかと問えば、彼は嗤う。
「拾われた恩なんてある訳がないだろ。僕はただ預言を消したいのさ。預言を消してくれるなら誰でもいい」
吐き捨てるようにそう言ったシンクは、本当に預言を憎んでいるように見えた。それ以外はどうでもいいと、彼の声が伝えている。預言を恨んでいる、か。
「生まれてきたくなかった?」
「聞くまでもないね。代用品にもなれない、捨てられるだけの『生』なんて馬鹿馬鹿しい」
「代用品ねぇ……シンクはなりたかったの?」
「………………」
返事はなかった。答えたくないのか、答えられないのか。それでもいい。彼は立ち去ろうとはしないし、ボクは構わず話を続ける。
「ボクはさ。代用品として生まれてきたけど、なんか逃れてボクとして生きてきたよ」
それがどれだけ恵まれたことだったか、ルークやテセ、シンクを見ていると分かる。
誰かの代わりとして騙されて育つのも、誰かの代わりを演じ続けるのも、誰かの代わりにすらなれないのも。どれも苦しいものだ。
それに比べれば、ボクは常にボクでしかなかった。誰かの代わりに与えられたものもなければ、誰かの代わりだという認識もなかった。恵まれて生きてきたと思う。その点は爆発事故と師に感謝だ。
「だからお前には分からないって言われたらそうなんだろうけど……逆にさ、だから分かったこともあるんじゃないかなって思うんだ」
「……何が言いたい?」
「ボクは代用品じゃなくてよかったなって話。誰かの代わりに生まれても、絶対にその誰かにはなれないから」
「なれないのに押し付けられるのって、地獄じゃん」と笑うけど、シンクからの返事はない。仮面のせいで表情も分からないし、少し喋りづらい。
「シンクにレプリカって教えられて、それを一番に思い知ったんだ。レプリカって知ってても知らなくても、ボク自身は何も変わらない。変われない」
だからさ、と彼を見る。それはカイツール軍港で至った結論。テセはテセで、シンクはシンク。どちらも違って、誰かの代わりになんかなれやしない。その想いが、出来ることなら届いて欲しいと思いながら。
「ボクはシンクが『シンク』でよかったよ。導師の代わりなんかじゃなく、君でよかった」
「───アンタに僕の何が分かる」
鋭い声が返ってきて少しだけ驚く。噛み付くような声音だった。彼は壁から背を離して牢に近付き、すぐ近くで続ける。
「僕でよかった? 僕のどこがいいのさ。何も知らないクセに。僕は空っぽなんだよ。何にもない。導師の代わりに与えられるモノもなく、僕自身が得たモノもない。空っぽの僕の───アンタが言う僕って、なに?」
捲し立てられた言葉はボクに牙をたてようとしているようで、息苦しさに喘いでいるようでもあった。それに同情しなかったとは言えない。
彼とボクは同じレプリカで、互いが互いの可能性の一つだ。それでも彼は彼で、ボクはボクだから。ボクが掛けられる言葉は、ボクの中にある言葉だけだ。
ボクは鉄格子ごと、それに触れる彼の手を握りこんだ。向き合うことから逃げることは許さないと、気持ちを込めて真っ直ぐに見詰める。
「ここにいる君だよ。ボクが話してるのは導師の代用品でもないし、代用品にもなれなかった出来損ないでもない。ボクはシンクと話してるつもりだし───そうじゃないなら、怒るよ」
彼が小さく息を飲む。ボクは今どんな顔をしているのだろう。怒るよ、と言葉にしてから、自分が怒りに近いものを抱いていることを知る。何故怒るのか。
(だってそれは……シンク自身による自己の否定だ)
作られた命だから、捨てられた命だから。だから価値がないなんて、そんな考えは認めたくない。それは他人が決めた価値であって、自分で決めた価値ではない。そんなものに、自身を委ねる必要などないのだ。
声が届いて欲しい。どうしてそんな風に思うのか分からないけど、感情のままに捲し立てる。自身の価値を否定する彼に、価値があって欲しい。
「言っておくけどね。導師は君みたいに皮肉ばかり口にしないし、すーぐ誰かを嗤ったりもしない。厳しい顔はしても睨むって感じでもなくて、全然怖くないしただただ真っ直ぐ。勿論体術なんか使えやしない。───同じ顔で同じ声だからって何さ。全然同じじゃない。彼がボクを呼ぶ声と、君がボクを呼んだ声は、絶対に違ったよ」
それはボクが感じたこと。ボクがカイツール軍港で、テセに名前を呼ばれて気付いたこと。シンクにレプリカと教えられて思い知ったこと。
ボクは、君の求める「アリア」にはなれない。そんなこと、コーラル城でボクがレプリカと気付いて嗤った君なら、とっくの昔に理解している筈だ。
ボクの視線の先で、シンクは動かない。皮肉屋の口が開いて否定をすることもなければ、嗤うこともない。ボクに捕まっている手を振り払うこともない。ただ、仮面の下で言葉を失っているかのように沈黙を続けた。
不意に、ようやくというようにゆっくりと、言葉が落とされた。
「……なんでホントにアンタが怒ってるのさ」
「……分かんない」
情けないことにそう返すしかない。ボクが怒る必要なんてどこにも無かったと思う。彼の話は彼の話で、ボクにとっては他人事だ。こんな風に、勝手に怒る理由がない。
でも、
「嫌なんだよ。君が、君を否定するのが」
「偽善? それとも同情でもしてるの?」
「どっちでもない。正しいことに興味はないんだ、ボク」
「──────、」
間髪入れない回答に、彼は仮面の下で閉口する。今、彼の眼にボクはどう映っているだろうか。分からないから見詰め続けるしかない。
やがて、小さな声で要求される。
「……手。離してくれる?」
「あ……うん」
求められるままに手を離すと、シンクは牢から少し下がった。そしてボクに掴まれていた手を握り込むと呟いた。
「アンタ、おかしいよ。他人のことで怒ったり、ムキになったりしてさ。僕が僕をどう思っていようと、アンタには関係ない」
その指摘はその通りで、ボク自身も自分に思ったこと。でもどんなにおかしくても、自分がそうしたいなら嘘は吐けない。浮かんだ言葉を口にする。
「関係ないって思わなきゃダメ?」
問いかけに、彼がボクを見たのが分かった。ボクの言葉が理解できなかったと、僅かに開いたままになっている口元が表している。だから思っていることを、言葉に変える。
「関係してよ、ボクと。少なくとも、ボクにとってはもう無関係じゃないよ。君がどうでもよかったりは、しない」
「……なに、それ」
シンクの声に苛立ちが混じる。ボクが寄越す感情が目障りであるように、仮面の下では眉が寄ってそうだ。シンクにとっては迷惑な話かもしれない。でも、ボクはそうしたい。引き下がることはしたくなかった。
「自分で何言ってるか分かってる? アンタはヴァンの実験動物で、僕はヴァンの都合のいい駒。敵同士なんだよ」
「敵とは限らないじゃん」
「……は?」
ぽかん、と仮面の下で口が開く。ボクが何を言い出したのかが分からないようだ。ボクからしてみれば、なんでシンクが驚いているのかが分からない。関係性なんてこの世にごまんとある。何故限定しようとするのか。
「そりゃ少し前までは六神将は敵って感じだったけど……状況は変わったし」
「ヴァンはアンタが助けようとしたアクゼリュスを消したんだよ。そんな相手と手を取り合えるって?」
「勘違いしてるみたいだけど、ボクが助けようとしたのはアクゼリュスじゃない。ルークだよ」
アクゼリュスはついでだった。そう伝えれば、シンクは「どういう意味?」とボクの真意を問う。どうも何も、そのままだ。ボクがルークを止めたかったのはルークにアクゼリュスを消滅させる責を背負わせたくなかったから。それ以上でもそれ以下でもない。アクゼリュスに暮らす人々の命など、初めから勘定に入れてなかった。
それを伝えれば、シンクは仮面の奥で戸惑いを口にする。
「……一万人の命がどうでもいいって?」
「まぁ、平たく言えば」
「───は。はは……」
彼は口角を上げ、乾いた笑いを漏らす。何が急に面白かったのか分からず首を傾げるが、彼はボクの様子に構う気はないようだ。口元に笑みの形を浮かべたまま、鉄格子越しに彼は言う。少し嬉しそうに。
「導師サマご一行にこんな奴が紛れてたなんてね! 傑作だ」
「そんな面白いこと言った覚えはないんだけど……」
「アンタにとってはそうだろうね。ああ、そう……それでアンタ、呑気な顔してたのか」
合点がいったというようにシンクが一つ頷く。呑気と言われてちょっと不満だが、深刻な顔をしていなかったことは認める。アクゼリュスが消滅したと聞いても、気を失っていた間の出来事だから実感がないというのも勿論ある。でもそれ以前に、ボクにとってアクゼリュスの消滅は「なんでもない」ことだ。ボク自身となんら関わりのないこと。何かを思えと言われる方が無理がある。
それはともかく話を元の方向へと修正する。ボクが今したいのは、ボクとシンクの関わりの話だ。
「とにかくさ。ボクは確かにヴァンの仲間じゃない。計画とやらのために使われるのも嫌。でも敵対してるかって言われれば、少なくとも君とはしてないつもりだよ」
「ヴァンがアンタを始末しろって言ったら、僕は迷わず指示に従う。それでも敵じゃないって?」
「いざそうなったら敵になる。そうなるまでは、どんな関係値を築いてても自由じゃない?」
「………………」
ボクの論にシンクは閉口する。口を真横に結んで答えがない。仮面の向こうで彼はどんな表情をしているか。ボクの言葉が届いていて彼なりに考えてくれてるのか、考える価値もないと切り捨てられるのか。実際の秒数よりも長く感じる時間の中で、じっと彼の答えを待つ。
やがて、彼は小さく口を開いた。
「アンタと関係して、僕に利があるの?」
「どうだろ。ボクは得がいっぱいだけど」
「例えば?」
「退屈な牢生活で話し相手が出来る」
問われて至極真面目に答えれば、シンクは肩を竦めて憐れむように息を吐く。
「僕から計画の仔細を聞き出すつもりなら無駄だよ。実験動物に余計な知恵は与えない」
「考えすぎだよ。そんなことまで期待してない。なんでもいいんだ。もっと些細な、普通の話でいい」
「……アンタ、やっぱり状況が分かってないんじゃないの? ヴァンは利用価値のないモノは簡単に切り捨てる。命の保証すらされてないんだよ」
「分かってるよ。明日をも知れぬ身だってこと。だからってその日を怯えて待つのは性に合わないんだ。ボクが運良く脱獄できるまで、話し相手になってくれれば嬉しい」
「………………」
素直に伝えれば、シンクはじっとその場から動かない。仮面の奥から静かに視線を向けてくる。彼が今何を考えているか、やはり表情を隠されていては想像することも難しい。彼の素顔を見たのは一度きりだし、その沈黙がどのような意味で生まれたものなのかは推測出来なかった。
暫く待てば、彼はゆらりと牢に近付く。少しだけボクとの間にあった距離が縮まって、音素灯の光が遮られて影が出来た。その影の中から、ボクは彼を見上げる。黄色い嘴型の仮面。その向こうに千歳緑の瞳があることを思い描いて。彼はぽつりと呟きを落とす。
「……何にも知らないからそんなことが言えるんだよ」
「……シンク?」
「名前。いちいち呼ばれると気に障るって言ったよね」
思ってもない切り口で返答に困る。それはザオ遺跡で背中越しに伝えられた言葉。シンクの手が伸びて、鉄格子の隙間からするりと入り込む。その指先はボクの頬に触れかけて───そっと下ろされる。
はぁ、と小さく息を吐く。彼は牢から離れるとあっさりと背を向けた。そのまま何も言わず歩き出す。
「シンク」
咄嗟に呼び止めれば彼の足は止まる。嘴型の仮面はこちらを振り返りはしない。でも呼び止めた声は届いていて、彼はその足を止めてくれた。無意味じゃない筈だ。
きっと掛けられる言葉は一つだけ。どんな言葉を掛けよう。どんな言葉が足りなくて、どんな言葉なら届くのか。考えても分からない。だからボクは、ただ浮かんだ言葉を正直に形にした。
「また来てよ。当分ここにいるからさ」
その、次を期待するだけの何の中身もない言葉に、彼は。
「……出られないの間違いだろ」
全くその通りの指摘をして、今度こそ冷たい地下牢を出て行った。返った声は案外冷たくはなくて、ボクの言葉は少しでも届いているだろうか。分からない。
関係して、なんてどんな意図で飛び出した言葉かボク自身にも分からない。ただそうしたいと思ったのだ。小さな子供のように感情を発露させる彼に、手負いの獣のように噛み付く様に、ボクの感情は揺らいでしまって。
その時彼へ抱いた感情が何なのか、結局ボクには分からなかった。