和平の使者
ND2002
星の記憶を綴る者、レムの光の下に誕生す
其は盟約の血脈に生まれし希望の祈りなり
祈りはやがて約束の時に捧げられ
失われた福音に、春を告げる花と代わろう
*****
───ただ旅を続けていた。終わらない旅を続けるために。
「お客さん。悪いんだが相乗りを頼めるか?」
自由気ままな一人旅。その最中、借りた辻馬車の馭者に尋ねられる。訳を聞けば水を汲みに訪れた渓谷で人を拾ったらしい。
時分は夜で、魔物も出る場所で何をしていたのか気になりはするが、相乗りを拒む程でもない。旅をしていれば辻馬車に乗り合わせることはままあることで、ボクは二つ返事で了承した。
乗り込んできたのはボクより少し年齢が上に見える、若い男女の二人組だった。
「あー、疲れた! やっと休めるぜ~」
赤髪の男性がどかりと椅子に座って伸び伸びとする。伸ばしっぱなしの髪は燃えるような炎の色で、見えた瞳は碧眼だ。特徴的な配色に、おやと心の中で思う。
「ごめんなさい。貴女が借りた馬車なのに……」
男性の隣に腰を下ろした女性が申し訳なさそうに青い瞳をこちらへ向けた。栗色のストレートの髪が腰まである。綺麗な人だ。
こちらを気にする様子に愛想のいい顔を作って応える。
「いいよ、気にしないで。旅はついでだし」
「そう言ってもらえると助かるわ」
女性がほっと表情を緩め、辻馬車が動き出す。男性の方はこちらの会話より馬車から見える景色に関心があるようで、窓から外を眺めていた。物珍しそうにしているから、あまり辻馬車に乗った経験がないのかもしれない。
世間話程度に言葉を交わす。
「二人はどうしてこんな所に?」
「え? ええと……首都に向かう途中で渓谷に迷い込んでしまったの。辻馬車が通り掛かってくれて助かったわ」
「首都まではそこそこあるもんね」
適当に相槌を打ちながらおかしな話だと思う。二人がいたタタル渓谷は周辺に村がないし、辻馬車にも乗らず首都を目指して遠くから歩いて来たというのか。夜になれば魔物も活発になり、危険が増す。旅慣れた人間でも辻馬車を利用するものだ。
何か訳がありそうだと思っていれば、窓の外へ向いていた碧眼がボクを向く。問いが掛かった。
「なぁ、お前一人で旅してんのか?」
「そうだよ」
「一人で危なくねーか? 外には魔物がうじゃうじゃいやがるんだろ」
外、という表現に男性にとっての世界との距離感を感じ取る。どうやら彼にとっては魔物がいることすら他人事のようであるらしい。思考を回しながら言葉を選ぶ。
「平気だよ。これでも旅慣れてるんだ。心配してくれてありがと」
「だ、誰がっ!」
びっくりしたように顔色を変え、慌てて否定が返ってくる。それにボクは首を傾げる。確かに心配の言葉を掛けられたように思ったが違っただろうか。
不思議に思っていれば女性の方と眼が合う。彼女は少し驚いたような顔をしていて、何かが意外だったようだ。問えば「何でもない」と誤魔化すように返される。
代わりにボクの行き先を問う言葉が掛けられた。
「貴女はどこまで行く予定なの?」
「首都の手前の村まで。だから短い間だけど、よろしくね」
「ええ」
それ以上は特に互いに話すこともなく、ゆっくりと休むことにする。馬車に揺られながらなので満足な休息とは言えないが、時間はすっかり遅い。明日を思えば休んだ方がいい。
ボクより二人組の方が疲れていたようで、静かにしていれば壁に寄り掛かるようにして眠りへ落ちた。それを横目に少しだけ考える。
(赤髪に碧眼ね……キムラスカ王族の特徴と一緒だけど、どうなんだろう)
女性の方は護衛だろうか。彼らが何者だろうと関わりの無い話だが、全く気にならない訳でもない。何故ならここはマルクト帝国の領土で、向かっている先はマルクトの首都グランコクマなのだから。キムラスカの王族が、一体何の用で敵国の首都へ向かっているのか。
(戦争になるような話じゃなきゃいいけど)
何の力も持たない平民の一人として、小さな懸念を抱きながら眠りについた。
*****
翌日、衝撃と共に目を覚ます。何事かと慌てて窓の外を見れば、青空の下、巨大な白い装甲艦がすぐ側を通った。
見上げる程の大型軍用艦船───マルクト軍が所有する戦艦タルタロスだ。有事の際に出てくるような物々しい船が何故こんな場所を走っているのか。
「驚いた! 軍が盗賊の乗った馬車を追ってたみたいだな。ほら、昨日話した漆黒の翼だよ!」
馭者の言葉に納得する。漆黒の翼は義賊とも言われている盗賊集団で、最近はこの辺りで出没の噂が立っていた。それもあってボクは辻馬車の護衛も兼ねていて、少しばかり馬車代を融通して貰っていたりする。
戦艦の砲撃を器用に避けると、漆黒の翼はボクらが越えてきたばかりの橋を爆破して逃げ仰せる。派手な爆発音と共に黒い煙が上がり、さしものタルタロスも障壁を張って緊急停止した。
あの様子ではローテルロー橋は落ちてしまっていそうで、元の大陸には当分戻れそうにない。その様を後方に置き去りに、タルタロスの話を聞いた女性が少し慌てた様子で馭者へ問う。
「ちょっと待って。ここはキムラスカ王国じゃないの?」
「何言ってんだ。ここはマルクト帝国だよ。マルクトの西ルグニカ平野さ」
「じょ、冗談じゃねーぞ! この馬車は首都バチカルへ向かってるんじゃなかったのか!?」
「向かってるのはマルクトの首都、偉大なピオニー九世陛下のおわすグランコクマだ」
赤髪の男性も慌てて問うが、返るのは当然の答えだ。昨晩ボクが抱いた懸念に思わぬところで答えを得る。つまるところ、
「……間違えたわ」
「冷静に言うなっつーの!」
若い男女二人組は、向かう先を完全に勘違いしてグランコクマへ向かっていたようだった。
*****
一先ず、彼らはボクと一緒に首都の手前の村で降りることにしたようだ。どんな理由があるかは知らないが目的地はキムラスカ王国の首都バチカルで、マルクト帝国の首都まで行っていては遠くなってしまう。
タタル渓谷まで自力で来ておいて辻馬車の乗り間違いに気付かないなんておかしな話だが、土地勘がないと言っていたので仕方がないのかもしれない。
降り立った村はエンゲーブと呼ばれる村で、マルクト帝国が誇る最大の農村地域だ。生産量は各地に点在する農村と比べるまでもなく、ここで作られた作物は国境さえ越え世界中へ供給される。正に世界の食料庫だ。
二人へ声を掛ける。
「これからどうするの?」
「バチカルへ戻る方法がないか考えてみるわ」
「なら、カイツールに向かうといいよ。ローテルロー橋は落ちちゃったから」
袖振り合うも多生の縁だ。地図を見せて簡単に今いる場所と、国境を越えるまでを教えてあげる。
マルクトとキムラスカを繋ぐ場所は二ヶ所あり、一つはローテルロー橋を越えた先にあるケセドニアという街だ。ケセドニアは両国の境を跨ぐように広がる貿易拠点で、物と同じように人の行き来も許されている。
もう一方がここエンゲーブから南下した先にあるカイツール砦を越える方法で、今はこちらの手段しか取れないと思う。中々距離もあるし簡単な道行きでもないだろうが、仕方がない。
「ありがとう。詳しいのね」
「旅慣れてるからね。新しい辻馬車を捕まえていくの?」
「それが……馬車代がもうないの。だから歩いて行くわ」
「そっか……」
土地勘がないと言っていたし、少なからず不安だ。ボクがついていく義理もないが、道案内を買って出れば仕事にはなるだろう。どうせ自由な一人旅だ。先を急いでなどいない。
(それに、彼らがキムラスカの王室と関係あるなら金の生る木だ。見過ごすのも勿体無い)
少々の下心も含みつつ、プランを考える。直に陽も暮れるし、今晩はお互いエンゲーブの宿に泊まっていくことになる。話はそこですればいいだろう。
「じゃあボクは用事があるから。縁があればまた宿で」
「ええ。何から何までありがとう」
「じゃーな」
村の様子を物珍しそうに眺めていた男性も別れる時にはこちらへ視線を寄越した。二人と別れ、村の中を歩く。牧歌的な景色は穏やかで、時間がゆっくりと進んでいるようだった。
*****
エンゲーブを訪れるのはこれが二度目だ。
ボクの用事というのは人捜しで、行方知れずになった師を捜して旅をしている。買い物のついで等を利用して村の人達に尋ねて回る。陽が暮れ始めるが、それらしい人物の話は聞けなかった。
(ここでも手掛かりナシか……)
キムラスカ中を捜して手掛かりが無かったのでマルクトを調べることにしたのだが、残念ながらだ。代わりに得た話と言えば、食料泥棒が出るという話くらいだ。北の方で火事があってからの話らしいが、因果関係は掴めない。
宿へ向かう途中、村の一画がやけに騒がしいことに気付く。どうやら村長であるローズ夫人の家で何かが起きているらしいと、野次馬根性で顔を覗かせた。
「食料泥棒を捕まえたんだ! こいつ、漆黒の翼かもしれねぇ!」
「違うって言ってるだろーが!」
聞こえてきた声に、おやと思う。聞き覚えのある声に村人達の中心へ眼をやれば、少し前に別れたばかりの二人がいた。どうやら赤髪の彼の方が食料泥棒と勘違いされているらしい。
食料泥棒が村に出始めたのは今より数週間前で、彼らが村に着いたのは今日だ。明らかな人違いなのだが、何をしたら食料泥棒の疑いが掛けられるのだろう。
助け船を出すべきか考えていれば、見知らぬ男性が興奮する村人達を宥めに入った。肩につく程度の落ち着いた茶の髪に、眼鏡の奥の赤い瞳が眼を引く。背の高い男性だが、あまりに整った容姿に女性かと思ってしまう。ボクよりずっと歳上そうだ。
身に纏った青い軍服は、マルクト軍の所属を表していた。
「私はマルクト帝国軍第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐です。貴方は?」
「ルークだ。ルーク・フォン……」
「ルーク!」
慌てた様子で栗色の髪の女性が名を呼び、赤髪の彼の名乗りを妨げる。そのまま腕を引くと何かを耳打ちした。
概ね、その内容は予想できる。ボクの推測が正しければ彼はキムラスカの王族で、敵国の直中で名乗りをあげていいような身ではない。両国は戦争続きの冷えきった関係性で、目の前の軍人は勿論、周囲の村人だってキムラスカには恨みがあっておかしくない。中には家族を戦争で失った人もいるかもしれない。
赤髪の男性───ルークを背後に庇うと、栗色の髪の女性の方が前へ出る。そのまま名と事情を口にした。
「失礼しました、大佐。彼はルーク、私はティア。ケセドニアへ行く途中でしたが辻馬車を乗り間違えて、ここまで来ました」
「おや、では貴女も漆黒の翼だと疑われている彼の仲間ですか?」
「私達は漆黒の翼ではありません。本物の漆黒の翼は、マルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追い詰めていた筈ですが」
「ああ……なるほど。先程の辻馬車に貴女達も乗っていたんですね」
合点が言ったように大佐が頷き、ボクの方も納得がいく。こんな場所で大佐クラスの人間が何をしているのかと思えば、先の戦艦タルタロスを動かしていた人物だったらしい。既にボクらはニアミスしていた訳だ。
兎角、ルーク達が漆黒の翼でないことが大佐から証明される。なら漆黒の翼とは無関係の食料泥棒なのかという話になるが、それを否定したのはまた別の声だった。
「ただの食料泥棒でもなさそうですね」
声が掛かった方を向けば、入り口から中を覗くボクの隣に少年が立っていた。白い法衣に身を包んだ、千歳緑の髪の少年。年の頃はボクと同じくらいで、一見すると少女のような線の細さがある。
癖毛らしい後ろ髪は少し跳ね、横髪はお下げのように纏めて肩に垂らされていた。動よりも静の似合う姿に、髪と同色の瞳が室内を見回し、頭飾りを揺らして家の中へと踏み込んだ。
「イオン様」
「少し気になったので、食料庫を調べさせて頂きました。部屋の隅にこんな物が落ちていましたよ」
イオン様、と呼ばれた少年が何かをローズ夫人へ手渡す。それは魔物の毛のようで、聖獣とされるチーグルの抜け毛のようだった。どうやら食料泥棒の犯人は魔物だったらしい。
誤解が解ける様子を眺めながら、ボクの視線は千歳緑の少年へ向いている。彼を「イオン様」と呼んだのは大佐だった。
(イオンと言えばローレライ教団の最高指導者の名前だけど……まさか)
ローレライ教団は国教……どころか、この星全体で信仰されている宗教だ。規模だけでも大したものだが、両国への影響力は計り知れない。その最高指導者───導師がこんな所にいるなんて、とんでもないことではないだろうか。
ローズ夫人に促され、勘違いした村人達がルークへ謝罪する。水に流してくれるかと夫人が問えば、ルークも溜飲を下げたようだった。顔には幾分か苛立ちが残って見えるが、それ以上当たり散らすつもりもないらしい。
「さて、あたしは大佐と話がある。チーグルの事は何らかの防衛手段を考えてみるから、今日のところは皆帰っとくれ」
夫人の言葉に村人がぞろぞろと出て行き、ルーク達も続いて出て来る。家の中には大佐と千歳緑の少年が残ったようだ。
陰から現れ、二人を労う。
「お疲れ様」
「見てたのかよ。趣味わりーな」
「助け船が必要なかっただけだよ。あのまま捕まるようなら証言してた」
「けっ、どーだかな」
懐疑的な視線を向けられるが、仕方がない。実際には野次馬をしただけとなってしまったし。と、ティアの呟きが耳に入る。
「導師イオンが何故ここに……」
「あ。やっぱりあの人、導師イオンなんだ」
「導師イオン?」
「ローレライ教団の最高指導者」
首を傾げたルークに一般常識を教えてやる。すると彼は更に首を傾げて、「導師イオンは行方不明だと聞いている」と口にした。
「あいつを捜すからってヴァン師匠帰国しちまうって……!」
「ヴァン師匠って、主席総長の?」
「ああ。俺の剣の師匠なんだ」
誇らしげにルークが答えて、なるほど彼の腰には剣が一振収められている。主席総長というのは教団の保有する騎士団───神託の盾騎士団のトップだ。そんな大物が剣の師だなんて、贅沢な話だろう。
それも彼が「ルーク」なら納得だ。キムラスカ王室に名を連ねる「ルーク」という名の青年は、少々有名だ。確か現キムラスカ王国において王位継承権第一位の、ファブレ公爵子息だった筈。王女と婚約しているなんて話もあって、こちらもこちらで結構な大物だ。
首都バチカルで軟禁同然の温室育ちをしていると聞いていたが、なんでこんな所にいるのか。導師イオンと同じくらい事情が気に掛かる。
「それにしても初耳だわ。どういうことなのかしら……誘拐されている風でもないし」
「俺、あいつに聞いてくる」
「やめなさい。大切なお話をしているみたいだから、明日以降にしましょう」
二人の会話を聞きながら、状況を考える。導師イオンがマルクトの大佐とこんな場所にいる理由……中立のローレライ教団がマルクトにつくということだろうか。
冷えきった両国の間で、教団は中立の立場だ。両国は一時的に休戦している状態で、局地戦を除けば大きな戦争は暫く起きていない。その今日の平和を作ったのは先代導師であるエベノスで、今代導師イオンは民に平和の象徴とされている。
(教団がマルクトにつくなら……いや、それなら行方不明にはならないか。教団内で行方不明扱いなら、捜索を出してるのは大詠師だろうし)
大詠師は教団の第二位だ。導師が不在なら指揮を執っているのは大詠師だろう。となれば導師が無断で教団を離れ、大詠師が捜索を掛けていると考えるのが自然だ。大胆な家出だろうか。
保守派の大詠師派と改革派の導師派、なんて噂も教団内にはあるらしいが、真偽の程は分からない。その辺りの派閥争いが関係する状況なのだろうか。
「お話ならきっと明日にでも聞く機会があるわ。今は宿屋で休みましょう」
「じゃあボクも便乗しようかな」
「お前の分は払わねーぞ」
「貴方の分を払ってるのは私でしょう」
ティアの言葉からお財布は彼女が握っているようだ。温室育ちのお坊っちゃんなら違和感はない。
「ご心配なく。自分の分くらいは払えるよ」
*****
宿に着くとボクより幼い少女が人捜しをしていた。黒髪茶眼で、高い位置で結ばれたツインテールが元気に揺れる。
「連れを見掛けませんでしたかぁ!? 私よりちょっと背の高い、ぼや~っとした男の子なんですけど」
「いや、俺はちょっとここを離れてたから……」
「も~! イオン様ったらどこ行っちゃったのかなぁ」
宿屋の主との話を聞く限り、彼女が捜しているのは導師イオンのようだった。服装を注意深く見れば、彼女も教団の人間であることが分かる。桃色のワンピースのようで、意匠を見ると導師守護役の制服だろう。あんな子供がという印象もあるが、子供だろうが譜術が扱えれば十分だし、三十人もいれば不思議もないかもしれない。
ルークとティアが声を掛けて彼女に導師の居場所を伝える。
「ありがとうございます♪」
嘘臭い愛想の良さで礼を言うと、少女は宿を飛び出して行った。引き留めようとしたルークの制止にも構いやしない。猪のように勢いのある少女だった。
「おいっ! ……ちぇ、結局訳を聞けなかった」
「そうね。でも彼女は導師守護役みたいだから、ローレライ教団も公認の旅なんだと思うわ」
「それはどうかなぁ」
「どういうこと?」
「ティア聞いたことない? 大詠師と導師で派閥が分かれてるって話」
「! 滅多なことを言わないで。あれは単なる噂話よ」
「そうだね。でも根も葉もある」
じろり、とティアに睨まれて肩を竦める。どうやらこの話は好まないらしい。噂話全般が嫌いなのか、大詠師の名誉を考えているのか。てっきりルークの護衛かと思っていたが、もしかすると教団関係者なのかもしれない。
因みに導師守護役は導師の親衛隊だ。神託の盾の特殊部隊で、公務には必ず同行する。ルークにその説明をしつつ宿の部屋を押さえる。食料泥棒の濡れ衣を着せられた件のお詫びとして宿代が浮くらしいので、ボクもお邪魔させてもらうことにした。
「ちゃっかりしてんな」
「えへへ。まぁこれも縁ってことで」
宿の一室を借り受け明日以降の動きを相談するのに耳を傾ける。ルークとティアはボクの提案通り南下してカイツールの検問所を目指すらしい。
ボクはその道案内役を買って出てもいいし、このままエンゲーブで食料泥棒について調べてもいい。聖獣チーグルは大人しい草食獣の筈で、人里に下りてきて食料を盗むような魔物でもない。何か事情はある筈だ。それを調べて解決すれば一つ仕事になるだろう。
なんて思ったところでルークが苛立たしそうに声を上げた。
「腹の虫が治まらねぇ! このままじゃ帰るに帰れねぇぞ!」
「呆れた。まだ怒ってるの?」
「当たり前だろ。泥棒呼ばわりされたんだ!」
余程腹に据えかねたらしい。そもそもチーグルとは何なのかという話になり、ティアが説明する。主に東ルグニカ平野の森に生息する草食獣で、教団の始祖とされるユリアに並んで象徴とされている魔物だ。
ここからだとすぐ北に生息地とされるチーグルの森がある。その話をすれば、ルークは明日にでも森へ行ってチーグルが食料泥棒だという証拠を探すと宣言した。これは好都合と話に乗っかる。
「それならボクもノるよ。ここエンゲーブで食料泥棒はちょっと見過ごせないしね」
世界の食料庫での泥棒被害は巡り巡って自分にも害のありそうな話だ。これなら夫人に調査の提案をし、依頼という形で報酬も期待できる。事が片付いてから二人の案内役も名乗り出れば一挙両得だ。
「でも森にはきっと魔物もいるわ。貴女、戦えるの?」
「任せてよ。一人旅は伊達じゃないから」
「お前がぁ? 細っこくてちっせーのにぃ?」
「喧嘩売ってる?」
「ガキのお守りは御免だっつってんだ!」
「はいはーい。足引っ張らないように気を付けまーす」
ボクとルークのやり取りにティアが頭が痛そうに眉を寄せて、やがて色々なものを振り払うように頭を振ると真っ直ぐにボクを見据えて口を開いた。
「戦えるなら問題ないわ。それで、改めて貴女の名前を聞いてもいいかしら。既に知っていると思うけど、彼はルーク。私はティアよ」
「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったね」
促され、彼らに向き直る。袖振り合うも多生の縁くらいのつもりだったが、思うより縁が深くなりそうだ。とびきりの営業スマイルで自己紹介をする。
「───ボクはアリア。旅の何でも屋さ」
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