Draw a Heart
5.
偵察を終えたローがポーラータングに戻ると、シャチが「おかえりなさい」と出迎えた。
「島の様子はどうでしたか?」
「どうもこうも、ここには何もねェ。整備が出来次第、船を出す」
「アイアイキャプテン。――そういや、キャプテン宛てに手紙が届いてましたよ」
「手紙?」
片眉を吊り上げて問い返すとシャチはサングラスのブリッジを押し上げる。
「なんか古いような手紙でしたけど。船長室の机に置いてあります」
「解かった」
それだけ言うとローは真っ直ぐに船長室に向かった。躰がすっかり冷えている。温かい飲み物が欲しかったが、それよりもシャチが言っていた手紙が気になった。船長室に身を滑らせ、ドアに鍵をかける。ほっと息を吐いて雪で濡れた帽子を脱ぎ、抱えていた鬼哭を定位置に立てかけると早速机の上を見た。片付けられた机上の上に一通の封筒が置かれていた。
四隅が擦れ、角が丸くなり、日に焼けて黄ばんでいるその封筒の宛名には『Dear TRAFALGAR.LAW』几帳面な青い文字が並んでいた。
見た瞬間、どくりとローの心臓が波打った。
この文字は、知っている。
ひったくるように裏面を見る。署名にはDONQUIXOTE ROSINANTEとあった。
「……コラさん」
懐かしい人の笑顔が脳裏をよぎる。
これはあの時の――病院巡りの旅のさなかで出した手紙だった。十年後に届くというその手紙は、ロシナンテが面白そうだからやろうとローを誘ったものだ。その存在すら忘れていたあの日に出した手紙が、今手元にある。
「……届いたんだな、本当に」
逸る気持ちを抑え、震える手で慎重に封を開けた。中身を取り出す。乾いて変色した便箋をゆっくりと開いた。青いインク。几帳面な文字が整然と並ぶ。
『親愛なるローへ。
十年後のロー、元気にしているか? 病気がすっかり良くなったローはきっとでっかくなっているんだろうな。流石におれよりはでかくなってねェと思うけど。
病院巡りの旅ではお前に辛い思いをたくさんさせちまって、ごめんな。恨まれても仕方ねェって思うけど、でもいつか赦してくれると嬉しい。ローは自分勝手だって思うかもしれねェけど、おれは今回の旅でお前にたくさん救われたんだ。その話は長くなるから、また今度にするけど。
そうだ、この手紙が届いたら、一緒に開けて酒でも飲もうぜ。ローと飲む酒が今から楽しみだ。
ロー、いつもありがとう。心から感謝を。
お前の未来がこれからもどうか明るいものでありますように。
ありったけの愛を込めて。
ドンキホーテ・ロシナンテ』
「……コラさん……」
ローの両の目から涙が落ちて、ぱたぱたと便箋を濡らした。
「アンタばっかり、狡ィよ、コラさん」
愛してると言って死んでいったロシナンテは時空を越えて尚もローに愛を伝えるのに、こちらからの愛は一つも受け取ってはくれないのだ。あの時ローが書いた手紙はロシナンテには届かなかった。受け取る前に彼は、もう。
――大好きって書いたのに。
ローはロシナンテのことが好きだった。大好きで、愛していた。後になって理解したが、自分は彼に恋すらしていたのだ。それは今でも変わらない。相手を失っても恋心は残った。宛先を失った恋は膨れ上がるばかりで。
こんなにも彼が恋しくて、愛おしい。いっそ狂おしいほどに。
「……コラさん。愛してるよ」
そっと手紙を抱き締める。
ふ、と煙草の匂いが鼻先を掠めた気がした。
(了)
偵察を終えたローがポーラータングに戻ると、シャチが「おかえりなさい」と出迎えた。
「島の様子はどうでしたか?」
「どうもこうも、ここには何もねェ。整備が出来次第、船を出す」
「アイアイキャプテン。――そういや、キャプテン宛てに手紙が届いてましたよ」
「手紙?」
片眉を吊り上げて問い返すとシャチはサングラスのブリッジを押し上げる。
「なんか古いような手紙でしたけど。船長室の机に置いてあります」
「解かった」
それだけ言うとローは真っ直ぐに船長室に向かった。躰がすっかり冷えている。温かい飲み物が欲しかったが、それよりもシャチが言っていた手紙が気になった。船長室に身を滑らせ、ドアに鍵をかける。ほっと息を吐いて雪で濡れた帽子を脱ぎ、抱えていた鬼哭を定位置に立てかけると早速机の上を見た。片付けられた机上の上に一通の封筒が置かれていた。
四隅が擦れ、角が丸くなり、日に焼けて黄ばんでいるその封筒の宛名には『Dear TRAFALGAR.LAW』几帳面な青い文字が並んでいた。
見た瞬間、どくりとローの心臓が波打った。
この文字は、知っている。
ひったくるように裏面を見る。署名にはDONQUIXOTE ROSINANTEとあった。
「……コラさん」
懐かしい人の笑顔が脳裏をよぎる。
これはあの時の――病院巡りの旅のさなかで出した手紙だった。十年後に届くというその手紙は、ロシナンテが面白そうだからやろうとローを誘ったものだ。その存在すら忘れていたあの日に出した手紙が、今手元にある。
「……届いたんだな、本当に」
逸る気持ちを抑え、震える手で慎重に封を開けた。中身を取り出す。乾いて変色した便箋をゆっくりと開いた。青いインク。几帳面な文字が整然と並ぶ。
『親愛なるローへ。
十年後のロー、元気にしているか? 病気がすっかり良くなったローはきっとでっかくなっているんだろうな。流石におれよりはでかくなってねェと思うけど。
病院巡りの旅ではお前に辛い思いをたくさんさせちまって、ごめんな。恨まれても仕方ねェって思うけど、でもいつか赦してくれると嬉しい。ローは自分勝手だって思うかもしれねェけど、おれは今回の旅でお前にたくさん救われたんだ。その話は長くなるから、また今度にするけど。
そうだ、この手紙が届いたら、一緒に開けて酒でも飲もうぜ。ローと飲む酒が今から楽しみだ。
ロー、いつもありがとう。心から感謝を。
お前の未来がこれからもどうか明るいものでありますように。
ありったけの愛を込めて。
ドンキホーテ・ロシナンテ』
「……コラさん……」
ローの両の目から涙が落ちて、ぱたぱたと便箋を濡らした。
「アンタばっかり、狡ィよ、コラさん」
愛してると言って死んでいったロシナンテは時空を越えて尚もローに愛を伝えるのに、こちらからの愛は一つも受け取ってはくれないのだ。あの時ローが書いた手紙はロシナンテには届かなかった。受け取る前に彼は、もう。
――大好きって書いたのに。
ローはロシナンテのことが好きだった。大好きで、愛していた。後になって理解したが、自分は彼に恋すらしていたのだ。それは今でも変わらない。相手を失っても恋心は残った。宛先を失った恋は膨れ上がるばかりで。
こんなにも彼が恋しくて、愛おしい。いっそ狂おしいほどに。
「……コラさん。愛してるよ」
そっと手紙を抱き締める。
ふ、と煙草の匂いが鼻先を掠めた気がした。
(了)
5/5ページ