火アリSS

witness

 はい、今日もお疲れ様でした。……はあ、仕事終わりのビールは美味いですね。っても僕は非番でしたけど。……そうですねぇ、僕らみたいな職種の人間は暇な方がええけど、毎日どっかしらで事件は起きてますからね。本当にやりきれんですよ。殊に殺人事件となると未然に防ぐのはなかなか難しいですし……対策としてはとにかく検挙率を上げるしかないでしょうね。犯罪を犯したら絶対捕まるぞっていう……え? ああ、火村先生ですか? ……そうなんですよ、火村先生は大学の先生でいらして。犯罪社会学を専門に研究されてるそうで、その研究の一環として捜査にも加わってもろてます。と言うても毎回やなくて、一課うちではちょっと持て余すような、一筋縄ではいかんような事件が主ですけど。……あ、これ美味いな。もう一つ追加します? 僕もうちょっと食べたいんで。……ペース随分早いですね。じゃあビールも追加で。
 ……いや、そうでもないですよ。火村先生が捜査に加わることに関しては皆好意的です。民間人を捜査に呼ぶやなんてけしからんて思う人もおるかもですけど、でも火村先生が加わることで事件が早期解決できるなら良いじゃないかて僕は思います。こちらが手をこまねいているうちに新たな犠牲者が出てしまったら目も当てられんでしょう。それこそ警察の威信もなにもありません。プライドより事件解決ですよ。それに火村先生もこちらに充分気を遣ってくださいますしね。有難いことです。……まあでも、時々火村先生を見てて自分が不甲斐なく感じることもないわけではないけれど……そう、火村先生のように推理できたらなあて。火村先生の頭の中、どうなってるんでしょうね? きっと先生の場合は我々とは違った眼というか、視点を持ってるんやろうなあ。観察眼が鋭いのかな、やっぱ。ちょっと先生の頭の中を覗いてみたいですね。どんな思考回路してはるんやろ。
……え? ああ、火村先生と一緒におる人は有栖川さんです。有栖川有栖さん。聞いたことありませんか? 作家さんなんやて。推理小説を書かれてるとかで。僕も実際にお会いするまで知らなかったですけど、書店で実際に有栖川さんのご本を見付けた時はほんまに作家さんやったんやなあって、ちょっと感慨深かったです。せっかくだから一冊買わせて頂きました。忙しくてまだ読めてないんですけど。有栖川有栖ってお名前、ペンネームみたいやけど本名だそうです。凄いですよね。一体どんな思いでご両親は有栖って名前付けはったんやろって思っちゃいます。女の子やったら判らんでもないですけど、有栖川さん、男性ですし。あ、こういうのは良くないですね。性別でラベリングするのは。今の時代はジェンダーレス……それ思うと有栖川さんのご両親は時代を先取りしとったんですね。うーん、凄いな。
 ……そうですね、有栖川さんも都合がつけば火村先生と一緒に捜査に加わります。こういう言い方は不謹慎ですけど、不可解な状況の殺人事件の謎解きはミステリー作家に向いてるでしょう。有栖川さんから聞いた話ですけど、江戸川乱歩や横溝正史なんかは実際に起きた殺人事件について犯人はどういう人物か意見を求められて、その発言は新聞なんかに載ることもあったそうです。凄い時代もあったもんです、ほんまに。……そうですねぇ、有栖川さんの推理はあまり当て嵌ったことはないですね。火村先生と有栖川さんのやり取りを傍で聞いてると大抵、火村先生に一蹴されてますし……でも、僕は有栖川さんの推理は聞いてて面白いというか、興味深いなあて思いますよ。突飛だし、理論的には破綻してますけど、推理の仕方がミステリー作家だなって。あんなに自由な発想で推理をするのも、やろうと思ってもなかなかできることやないし、とにかく想像力、発想力が凄い。凡人の僕にはできん芸当ですよ。火村先生が有栖川さんを連れてくるのも、きっとそういう部分を大いに買ってるからでしょうね。有栖川さんの推理を聞きながら火村先生も推論を重ねていく……僕はそんなお二人を尊敬しています。
 ……ええ、そうです、お二人は大学生時代からのお友達だそうで。良いですよね、そういう長年の友人がいるのは。学校卒業してしまうと関係が切れてしまうことが大半でしょう。僕は職場の人とは良好な関係ですけど、でもそれは友達とは違うし……え? ああ、友達はちゃんといますよ。大丈夫です、ご心配なく。……はい、なかなか会えないですけどね。たまにメッセージのやり取りはしています。今度飲みに行こうやって言いながら実現してないですけど……僕も向こうも仕事が忙しくって予定が合わないんです。仕方ないですけどね、こればっかりは。友人はともかく、警察は暇な方が良いんですよ、世の中のためにも。
……えー、それ訊きます? そら恋人は欲しいですけど、こんな商売ですからね。忙しくてなかなか……知り合いに聞いた話ですけど、刑事の男性と結婚したある女性が、あんまりにも仕事が忙しくて旦那さんが家に帰ってこないから、耐えられずに三ヶ月で離婚したそうで……下手したら僕も同じ轍を踏みそうです。私と仕事、どっちが大事やのなんて訊かれたら僕には答えられません。まあそういうことを訊いてくる時点でちょっとアレかなあとは思いますけどね。
 ……ええ、そうですね、火村先生、格好良いですよね。顔立ちも整ってるし、雰囲気も落ち着いてて正に大人の男性って言う感じがあって。変な意味じゃなくて同性の目から見ても魅力的だし、憧れます。有栖川さんは温厚そうな雰囲気ですよね。実年齢より若く見えるし、僕みたいな若造にも優しく接してくれるので、ええ人やなあって思います。それと、歳上の男性に言うのもおかしいですけど、なんか可愛い人やなって。さっきも言いましたけど、僕はお二人を尊敬していますし、好きですよ。機会があれば一度三人で飲みに行ってみたいなあ、なんて。……でも、無理やろうなあ。プライベートでお会いするのは……僕、邪魔者ですもん。あ、 ビール、おかわりしようかな。ついでに焼き鳥の盛り合わせ注文しても良いですか? はいはい、豆腐サラダですね。……大分店も混んできましたね。
 ……えっと、なんだっけ。ああ、そう、僕この間の事件の捜査で火村先生と有栖川さんの推理を横で聞いてて、その時に思わず「有栖さん」って有栖川さんのこと呼んでしまったんですよね。そしたら一瞬、火村先生、物凄い眼で僕のこと見はって。ほんまに一瞬やったんですけど、怒りというか嫉妬というか……殺気みたいなものを漲らせた眼やった、あれは。火村先生のあんなに激しい感情を見たのは初めてで、びっくりしました。有栖川さんは不思議そうにしてましたけど。で、まあ事件は火村先生の活躍もあって無事に解決したんですけど。……僕、うっかり見ちゃったんですよね。有栖川さんと火村先生がキスしてるのを。有栖川さんの車の中で、火村先生が助手席に座って、有栖川さんが運転席におって、それで、キスしてはった。お二人は僕に気が付いてなかったと思います。……多分。
 僕はキスしてはるお二人を見て驚いたけど、でもああやっぱりそうやったんやなって妙に納得したんですよね。勿論、捜査に参加している時にお二人がそれらしい関係を匂わすような態度を取ったことは今まで一度もなかったし、極普通でしたけど。だけど今振り返ってみたら、火村先生の雰囲気は違ったなって。火村先生、有栖川さんと一緒におる時はほんの少しだけ雰囲気が柔らかくなるんですよ。先生本人も恐らく自覚してないでしょうけどね。張り詰めた雰囲気が若干緩む。あれはきっと火村先生が有栖川さんのことが好きで恋してはるからやなあって。恋って凄いですね。火村先生を夢中にさせる有栖川さんも凄いですけど。うん、お似合いのカップルやと思いますよ、僕は。尊敬してる人達が幸せそうにしてるなんて、最高やないですか。だからお二人がプライベートで会うてるとこに僕がのこのこ出張っていくのは野暮っていうもんで……ほんまに、一度くらいは飲みに行きたいですけどね。それで色々お話を聞いてみたいです。
……ああ、それは……そうですね、下世話ですけど、気になりますよね。僕もお二人が恋人同士なのを知って、ちょっと考えました。どっちが下なのかなって。やっぱり有栖川さんが火村先生に抱かれる側なのかな。雰囲気や見た目を思うと……でも案外、火村先生が抱かれる側で有栖川さんに可愛がられたりして。どうなんでしょう。それともまだそこまでいっていないのか……ねえ、どう思います? え? 後ろ? なんです? ――あ!

「それほど気になるようでしたら、今から森下さんの疑問にお答えしましょうか?」
 いつからそこにいたのか、森下の背後ににこりともしない臨床犯罪学者が立っていた。

(了) 
 
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