記憶の彷徨、赤い糸の行方

「コラさん!」
「ロー!」
彼等の叫び声が堂内に反響した。
 二人は弾かれたように駆け寄り、抱き合った。それだけで遥か遠い昔の記憶があるのだとお互いに悟った。
「ロー! やっと会えた! ずっとずっとお前を探してた!」
「おれもコラさんをずっと探してた……!」
 長かった。本当に長かった。ずっとこの瞬間を夢見て痛いくらいに切望していたのだ。何度も前世の記憶をなぞり、抱えきれないほどの愛を抱き締めて。
「ロー、顔見せて」
 そう言うと厚い胸板に押し付けるように伏せていたローの顔が仰向く。真っ直ぐにロシナンテを見詰める金色の双眸からは涙が滂沱ぼうだし、熱く頬を濡らしていた。ロシナンテも柘榴色の瞳を潤ませながら両の手で愛し子の顔を包み込む。あの時代ときこの目で見ることが叶わなかったローの姿に胸が熱く慄えた。
「本当に大きくなったなァ。一丁前に顎髭まで蓄えちまって。昔はおれの掌に乗るくれェ小さかったのに」
「流石に、そこまで豆じゃねェよ」
 ローは小さく笑いながら鼻を啜った。そうしてから、そうかァ? と戯けるロシナンテの精悍な頬に手を伸ばす。彫の深い顔立ちはローの記憶の中にあるそれよりも確実に齢を重ねていた。――本当に、今、目の前にコラさんがいる。その圧倒的な事実にまた金色の瞳から涙が零れた。
「会わない間に泣き虫になっちまったか?」
 ロシナンテは穏やかに告げて濡れた目の縁をそっと親指の腹で拭う。
「だって、コラさんが……、」
 伝えたいことは山程あるのに、言葉がつかえて出てこない。それをロシナンテも判っているのか辛抱強く彼の言葉を待った。
 少しの間をおいて、コラさん聞いてくれ――ローは口調を改めるときゅっと大きな手を握った。温かい。彼の体温にまた涙が出そうになる。が、どうにか堪えて言葉を継いだ。
「アンタにずっと伝えたかった。あの時、おれに心も躰もくれてありがとう。おれを愛してくれてありがとう。コラさんのお陰でおれは最期まであの時代を生き抜くことができた。どんなに感謝してもしきれない。だけど、アンタがいなくなって寂しかったのも本当だ。会いたくて恋しくて堪らなかった。夢にまで見た。朝目が醒めてコラさんがいないことに何度も打ちのめされた。なんでコラさんはあの時……、違う、アンタに言いたいのはこんなことじゃない。そうじゃなくて、おれは、」
「ロー、ごめんな」
 不意に逞しい腕に強く抱き締められてローは濡れた瞳を見開いた。
「コラさん……?」
 ロシナンテの手があやすようにローの背中を優しく叩く。
「寂しい思いをさせちまってごめん。約束を破ってごめん。隣町で落ち合おうって、二人で世界中を旅しようって言ったのに。本当に、ごめんな。おれもできることならあの時、ローと一緒に生きたかった」
 世界中を敵に回しても、二人一緒なら大丈夫、生きていけると信じていた。どこまでも逃げおおせて、世界各地を巡りながら慎ましやかに暮らす――そんな未来を思い描いていた。
「おれのこともずっと憶えててくれてありがとう。すげェ嬉しい」
「……おれがアンタのこと、忘れる訳ねェだろ」
 最期に一方的に愛を告げていなくなる男をどうやって忘れろと言うのだろう。それにあの下手クソな笑顔も。
 ロシナンテはローの肩をやんわり押し返すと顔を覗き込んで淡く微笑んだ。薄らと刻まれた眦の皺に涙が光っていた。
「ロー。今もずっと、愛してる」
「おれもずっと、あの時から愛してる。大好きだ、コラさんッ……!」
「おわっ!」
 勢い良く抱き着かれてバランスを崩したロシナンテはロー諸共、仲良く床に倒れ込んだ。そして顔を見合わせて、笑った。


 あの日の約束を果たそう。
 今日、雪の日から始まる。
 手を携え、愛を重ね合って共に歩んで行こう。
 過去から続く二つの足跡は寄り添ってどこまでも続いて行く――。

 (了)

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