かくれんぼ
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なまえが消した記憶を全て思い出した。
なんで好きなヤツのこと忘れとんだ、俺のなまえを思う気持ちは個性に負けたんか、知らねぇとこで勝手に終わらせやがって、また俺から逃げやがって、悔しくて苦しくて、それでも俺の記憶の最後まで笑顔でいたなまえは強ェ女だと思う。
全てを思い出した日に夢を見た。
夢と言うにはやけにリアルだった。
花畑のど真ん中にいる、俺らしからぬ夢だ。
風が花びらを舞上げながら吹くのを目で追うとその先に白いワンピースに身を包んだ女が立っている。
見間違えるはずがねェ何度も見た後ろ姿。
「見付けた、なまえ」
名前を呼ぶと振り向いて今にも消えちまいそうに切なく微笑む。
そんなツラを見ちまえば愛しさが込み上げて、触れたくて、抱きしめたくなる。
「…見つかっちゃった」
気付けば足は勝手に動いて一歩ずつなまえに近づいて行く。
「なんで、思い出しちゃうかなぁ…」
困ったように微笑むなまえと少しずつ距離が縮まる。
「私なりに考えたのに……わっ」
なまえの腕を引っ張って消えちまわないように強く抱きしめると夢の中だってのになまえの匂いと体温、体の柔らかさも感じる。
「バカかお前は。なに勝手なことばっかしてやがんだ」
抱きしめる腕に力を込めるとなまえは俺の背中に腕を回して来る。
今度は絶対ェ離したくねぇ。
夢ン中だし、コイツがいくら個性使おうが関係ねぇ。
それに次はてめェの個性なんざに負けねぇんだよ俺ァ。
「…泣いてるの?」
「は?誰が。泣くわけねぇだろ。目までイカれたか」
悪態をついて本当はなまえの存在を感じて勝手に涙が出そうになんのを誤魔化した。
泣いてるなんてバレたらてめェは俺をバカにすんだろうが。
「あーあ。私の計画大失敗だよ」
「ったりめーだろ、なめんな」
「…勝己はいつも私を見付けるね。見付けないでいいよって言ったのに」
昔からなまえはいつだって人を優先してた。
だからわかってんだよ。
てめェが泣き顔を見せなくなったのは遺されたヤツが悲しくならないように。
ひとりで静かに逝ったのも笑顔のまま記憶に残るように。
俺の記憶を消したのは俺が立ち止まらねぇように。
「忘れてごめん」
「私がしたことだよ。勝己は悪いことしてないよ」
「……頑張ったな」
「……っ、うん」
なまえは震えた声で返事をしながら俺の背中に回した指に力を込めた。
抱きしめてるから顔は見えねェが泣きそうになっとんだろうことは容易にわかる。
「苦しかったろ」
「…うん」
「寂しかったろ」
「…うん」
そんなの決まってる。苦しいし寂しかったはずだ。俺には計り知れねぇくらいもっと辛いことがあったはずだ。
それでもコイツは自分が決めたことをやりきった。
強いよ、お前は。でもただの強がりってことも知っとる。
「…本当は勝己のところ、来ないはずだったのに。私が最後まで勝己のことずっと思ってたから、勝己の中に残った私の個性が私をここに連れて来ちゃったみたい…。あーあ、ダメだね。最後の最後で詰めが甘いんだぁ…」
自嘲気味に笑うなまえが痛々しかった。
俺も記憶を思い出してなまえのことを思うと心臓が潰されるんじゃねェかってくらい、苦しいなんて言葉じゃ生ぬるかった。
それがなまえはずっとだったはずだ。
「…違ェよ。俺が会いてェと思ったから、お前がここにいんだよ。昔から俺がひとりになりたくねェ時隣にいてくれたろ」
「…やっぱり、勝己は優しいんだぁ」
本心だわ。
なまえを思い出して苦しかったのは、なまえが悪いンじゃねェ。
俺がコイツの抱えてた苦悩とか全部簡単に忘れられちまったからだ。
ひとりで抱え込ませちまったからだ。
一緒に歩いてやれなかったからだ。
でもそれは間違いなくなまえの優しさがそうさせた。
俺には幸せになって欲しい、自分を覚えていたら俺が悩み苦しむからって全部俺を考えてのことだった。
バカなんだよなまえは。自分のことはいつも全部後回しでよ。
「ははっ、すっげェ顔」
「やめてよ、見ないでよ」
顔を見たくて体を離すと涙でグズグズになっとった。
恥ずかしそうに隠そうとするが、せっかく久しぶりにツラァ見れとんだ。
ンなことさせるかよ。
逃さねぇように両頬を手で包み込むとなまえと目が合った。
「俺、昔からずっとなまえのこと好きだわ」
やっと言えた。
何度も何度も言おうとしては上手くかわされてずっと言えなかった。
一生隠しておくつもりだったが、もういいだろ。
なまえは見る見るうちに顔を真っ赤にしやがる。
このツラは誰にも見せたくねぇと思うと同時にもう俺も二度と見れねェって現実を突き付けられて一瞬息が詰まった。
「嬉しい…けど、応えられないよ。だって私もう…」
「ひとつ、答えろ」
その言葉を聞いちまう前に遮って聞かないようにした。
お前がそれを言ったらもう本当に終わっちまう気がした。
「俺のこと、好きだろ」
俺の言葉に「それ自分で言うの?」と泣きながら笑うなまえの頬に涙が伝う。
こいつを心から愛しいと思った。
「…好きだよ、大好きだよ。ずっとずっと前から世界中の誰よりも1番、勝己が大好きだよ」
その言葉を発する唇を頬を包んだままの親指でなぞる。
うるんだ瞳と紅潮した頬はやけに色気があって見えて、吸い込まれるみてぇになまえの唇にキスした。
今目の前にいるなまえが夢だ、幻だ、記憶だなんてどうでもいい。
やっと、触れられた。
「応えられないって、言ったのに」
「嫌なら拒否ればよかったろ」
「…それはずるいよ」
切なそうに微笑みながら俺の髪を指で触ってやがる。
愛しそうに、別れを惜しむように。
なまえの表情を見てもう時間がねぇんだろうなと思う。
「記憶、消してごめんね」
「お前が俺のこと考えてのことだろ」
「うん…でもまた見つかっちゃった」
「何度でも見つけてやるわ」
「勝己には敵わないなぁ」
俺の髪を触ってた指をそのまま頬に滑らせてくる。
その手を上から握りしめた。
「ねぇ勝己。NO.1ヒーローになる夢、叶えるんだよ。私以外の誰かをちゃんと好きになるんだよ。ちゃんと幸せになるんだよ。約束だからね」
「…要求が多い」
「ちゃんと、見てるからね」
なまえ以外の誰かを好きになれるわけねぇだろ。無理なこと言ってんじゃねぇ。
俺が承諾しねぇことをわかってんだ。それでもコイツはさせる気なんだろ。
でも無理なモンは無理だ。
お前以外の女なんて、考えらんねぇだろ。
「もう、時間だ。行かなきゃ」
なまえの体が少しずつ消えていく。
これで本当に最後だ。
本当は行くなって縋り付きてぇ。もう、離したくねぇ。
それでもなまえの体は消えていく。
「勝己、ありがとう」
「なまえも、ありがとな」
ああ、やっぱなまえはいつだって最後は泣かないで笑ってんだよな。
ほんとお前は強い女だわ。俺が惚れた女だ。
「なるべく遅く来るんだよ」
「…わかってる」
「…ズルしてごめんね」
そう言うとなまえは背伸びをして俺の唇に自分のを重ねて来た。
離れねぇようになまえの両頬を手で包み込む。
この時間が続けばいい、そう思うのになまえの体は俺の手をすり抜けて行った。
「ばいばい、勝己」
「じゃあな、なまえ」
俺の意識は宙にでも浮いたみてェな感覚になってぼやけた。
目を開けた時には見慣れた自分の部屋の天井が見えて、目元は涙で濡れてやがったが、記憶を取り戻した時の絶望感とか後悔とか、そんなモンは無くなってて不思議と心は満たされてた。
それは間違いなくなまえと話したからだった。
記憶を全部取り戻した俺は久しぶりになまえの実家のチャイムを鳴らした。
中から出てきた久しぶりに見るなまえのかーちゃんは俺を見て驚いた顔をしていた。
そりゃそうだ。娘がたしかに記憶を消したはずなのに家に来とんだからな。
家に上がらせてもらって仏間に通してもらうと明るく笑うなまえの写真が飾られてた。
「…いつでも楽しそうだな、てめェは」
線香をあげて手を合わせたあと、かーちゃんには俺が記憶を思い出した経緯を説明した。
夢ン中で俺の中に残ったなまえの個性因子に宿ったなまえと話をしたことも。
全部話を聞いたかーちゃんはなまえとそっくりなツラで涙をこらえて笑いながら「勝己くん、なまえを見つけてくれてありがとう」と言った。
「お前とかーちゃんほんっと似てんな」
なまえのかーちゃんに場所を聞いて車を走らせて目的地に着く頃に雨に降られた。
日差しは出とるからすぐ止む雨だ。
車に入れておいた傘をさして当たりを見回しながら歩く。
花に囲まれた霊園。その中になまえを見つけた。
途中で買った花を備え付けの花瓶にさすと夢ン中の花畑を思い出した。
「なまえ、俺ァ約束してねェからな」
てめェが勝手に約束だっつっただけで俺は一言も了承しとらんからな。
No.1ヒーローにはなる。そりゃァ俺のガキん時からの夢だかんな。
お前の言う幸せになれってのもよくわかんねェが、No.1になった時にそう感じるのかもしんねェな。
ただ、なまえ以外の女を好きになるなんてことはこの先何があってもねェって断言出来る。
それに、
「最後の最後でてめェはクソズリィんだよ」
好きっつって、キスして、そんで違う女好きになれは無理ってもんだろ。
ずっと好きだった女にやっと触れられたっつーのに、忘れられるわけねェんだよ。
違う女好きになれなんっつって、そうさせねぇようにしてんのは他でもねェなまえ、てめェだわ。
「死ぬまでてめェだけを好きでいてやるよ、バカなまえ」
記憶消しやがった仕返しだ。
文句は俺がそっちに行った時に聞いてやる。
そん時はてめェ隠れんじゃねェぞ。
「お前がどこにいても俺が見つけてやる」
気付けばさっきまで降ってた雨が止んでた。
予想通りすぐに止む雨だったな。
傘をたたんで空を見上げると雲ひとつなく、雨が降った直後なのもあって澄んでいて、それはなまえの笑った顔みてェだななんて柄にもねェことを思った。
「…幸運のしるし」
少し空を見上げる方向を変えるとあいつの好きな虹がかかっていて思わず笑がこぼれる。
虹を見てはしゃぐ泥まみれの後ろ姿が俺には眩しくて、きっとあの頃からお前が好きだったんだ。
これはお前には死んでも言ってやらねェけど、ずっとへらへらと笑いながら俺の隣にいてくれたなまえは俺のヒーローで、誇りだった。
ありがとう。
「またな」
fin.
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