かくれんぼ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
個性因子にはその人そのものが宿る事があるってどこかで聞いたことがある。
きっと私の個性は記憶を操作出来るものだから、私の記憶や意識も個性因子に強く焼き付いていたんだと思う。
目を閉じると一番に浮かぶのはやっぱりいつでも横暴で、とても優しいあなたのこと。
「酷な事を言うよ。あなたはあと1ヶ月生きられない」
そう告げられた時、全てが止まった。息の仕方すら忘れてしまった。
でも脳裏にあなたの顔が浮かんだ。それでやっと息が出来た。
静かな病室のベッドの上に戻ると現実味のないお医者さんの言葉を何度も繰り返し思い出す。
本当に私の命があと1ヶ月も無いのだとしたら、私は残りの時間をどうやって生きたらいいんだろう。
「面会出来るようになったら行く」
テーブルに置いていた携帯が振動し、メッセージの受信を知らせる。
お医者さんに宣告されてからの半日くらい携帯を見る気にもなれなかったけど、なんとなく携帯に手を伸ばして受信したメッセージを確認すると「爆豪勝己」の文字。
内容は彼らしくとてもシンプルで愛想のないもの。
だけど私のことを心から心配してくれていたのだと伝わる。
「……勝己来てくれるんだ…っ、あ、れ…」
彼の名前を言葉に出すと今まで流れなかった涙がこぼれた。
ああ、そうか。私死ぬ事よりも勝己の隣を歩けなくなるのが怖いんだ。
私をいつも前向きにさせてくれる勝己に弱いところなんて見せられない。
ならせめてみんなの前では泣くことをやめて笑っていよう。
そうしたら私は強いなまえでいられるし、みんなの記憶にも笑顔のなまえで残るもの。
面会が出来るようになると勝己は学校終わりに毎日顔を出してくれた。
訓練もあって大変だから毎日来なくてもいいのに「余裕なんだよ、てめェが気にすることじゃねェわ!」って不器用な優しさをくれる。
私はズルいからその優しさにいつも甘えてしまうんだ。
「帰る。また明日来る」
「えぇ、明日も来るの?」
「あぁ!?俺が来ると都合悪ィンかよ!?」
「その逆!いつも疲れてるのに来てくれるから」
「だから余裕だって言っとんだろ!何度言わせんだてめェは!」
「勝己は優しいね」
「余計なこと考えてねェで黙って寝とけ!バカが!じゃあな!」
都合が悪いはずなんてない。むしろ会えるのが一日の楽しみで、勝己を見ていると私も頑張らなきゃって力をもらえる。
勝己の隣にいたい。けどもう私の命の期限はすぐそこまで迫っている。
あーあ。勝己とデクくんとみんなと、卒業したかったなぁ。
「私、勝己に何をしてあげられるかな…」
どうしたら私がいなくなったあとも彼が笑って過ごせるんだろうか。
もし、もしも私たちが逆だったら…?
私の世界から勝己がいなくなったら私は生きていけない。
でも死ぬことなんて彼が許すはずもない。だからずっと勝己の面影を探して生きていくんだと思う。
過去に縛られて前を向けなくなる…?
「……それじゃダメだ。なかったことにしよう、全部」
勝己の記憶から私を消す。
今まで私の個性なんて誰かのためにならない物だと思っていたけれどこのために私の個性はあったのね…。
個性が発現した日に誤って父の記憶を操作してしまった。
ほんの数時間の記憶操作で大事にはならなかったけれど、自分のせいで記憶をなくした父を見て自分の個性を恐ろしいと思った。
そこから個性は使ってないけど自分の身体機能の一部で、手足を動かすのと同じ感覚。
使おうと思えば使い方も体が無意識下でわかってる。
勝己が私を覚えていなくても、幸せになってくれればいいの。
これは勝己の気持ちを蔑ろにしてきた私の罰なんだから。
「…何言ってるのなまえちゃん!そんなことしなくていいの!」
勝己の両親に勝己の記憶を消したいことを話した。
勝手に消すわけにはいかないから。
「必要なことなんだよ。最後の私のわがまま、聞いてよ」
「最後なんて言わないで…っ」
「ごめん、なさい…。でも勝己にしてあげられること、これしか思い浮かばなかった」
勝己の両親は私を強いくらいの力で抱きしめてくれる。
あたたかくて涙が出そうになるのを必死に堪えた。
「勝己が前を向いて歩けるように記憶、消させて。だって勝己は私のこと、大好きなんだもん」
「…バカね、なまえちゃん」
最後には折れてくれて勝己の記憶を消す許可をもらった。
わがままを聞いてくれてありがとう。ごめんなさい。
デクくんにも私がしたいことを全部話した。
やっぱり最初は納得してくれなかったけど、最後には渋々手伝うことを約束してくれた。
私は最後まで人を振り回して迷惑をかけてしまっている。
死が間近に迫ってきて人に支えられて生きているのだと実感する毎日だ。
数日が経つともう力が入りづらくなってしまった。呼吸もしづらくて、体を起こすのもきつい。
自分の体のことは自分が一番よくわかる。
もうすぐ私の体は動かなくなる。
1ヶ月という期限を越えて息をしているんだから、少しは頑張ったって自分を褒めてあげてもいいんじゃないかなって思う。
でももうこれ以上、弱っていく私を勝己に見せたくない。
記憶を消してもせめて最後の私は笑ってる元気な姿でありたい。
ガラリと開いた病室の扉に目を向けると勝己が入って来た。
窓の外は雨が降っていて、少しだけ勝己も濡れている気がする。
「わぁ…勝己だ…雨降ってて、濡れちゃったでしょ?」
「余裕だわ。それにもうすぐ上がりそうだしな」
「そっかぁ。虹出るかなぁ」
「どうだかな」
今日が最後。
勝己は鋭いから気付かれないようにいつも通りに接する。
彼の姿が目に入ると自然と頬が緩む。
でもこれで会うことはないと思うと切なくて、悲しくて、苦しくなる。
ねぇ、勝己。
いつも、私がどこにいても見付けてくれるのは勝己だったよね。
いつからだろう、勝己が迎えに来てくれるから心強くなったのは。
いつからだろう、勝己のことを好きだと自覚したのは。
いつから、私の世界は勝己を中心に回っていたんだろう。
「…あのね、勝己。嫌がること知ってるんだけど、抱きしめてほしい」
「は!?しねェわ!何言っとんだてめェは!」
「勝己はいつも頑張ってるからね、抱きしめてくれたら私もっと頑張れるよ」
ごめんね。私嘘をついた。
半分は本当。勝己が抱きしめてくれたら頑張れる気がした。
でも半分はあなたの記憶を消すため。
対象者に触れていないと記憶は消せないから、だから嫌がる勝己に無理を言った。
ヤケになって1度だけだと抱きしめてくれた勝己の体温はあたたかくて、私が壊れてしまわないようにとても優しく包み込んでくれているみたい。
「…勝己の匂いだ」
勝己の肩に顔を埋めると大好きな匂いがいっぱいに広がる。
ああ、だめ。涙は今出てきたらだめなの。
「もう少しだけ」
「……これっきりだからな」
「やっぱり、勝己は優しい」
離れてしまわないように勝己の背中に回した手に今入れられる力を込める。
口ではこう言うけど、勝己も私の頭を押さえて離れないように抱きしめてくれる。
お互いの存在を確かめるように、どこかに行ってしまわないように、勝己の腕は力強くも優しいまま。
でも、時間だ。
「……ごめんね」
そう耳元で囁くと勝己の体の力が抜けていく。
私が個性を発動させたから、勝己の中で私という存在が消えていっている。
ごめんね、勝己。
本当はね、何回も私に告白してくれようとしてたの知ってたの。
知ってて逃げた。
もし付き合って別れてしまって、今までみたいに幼馴染としても勝己の隣にいられなくなるのが怖かった。
だからあなたの気持ちも自分の気持ちにも気付いていたのに知らないフリをして来た。
「勝己、ありがとう」
こんな私を好きでいてくれて。
ずっと隣を歩いてくれて。
毎日勝己と歩く通学路がとても大好きだったよ。
隣にあなたがいてくれるだけで私の世界はとても眩しかった。
隣にあなたがいたから私もあなたみたいに頑張ろうって前を向けたんだよ。
勝己にありがとうは何回言っても足りないね。
「夢叶えてね」
小さい頃からNO.1ヒーローになるのが夢だったよね。
いつからか勝己の夢が私の夢になってた。
大丈夫、勝己ならなれるよ。
でも口が悪いし、態度も悪いから少しだけ心配。
本当は周りをよく見てる優しい人なのに、理解してもらうまでに時間がかかって、敵も作りやすいから損しちゃうよ。
口の悪さと態度の悪さは直してね。
「あ、虹だぁ…。雨上がりの虹は幸せのしるしなんだよ」
意識が朦朧として力の抜けた勝己を支えきれなくてベッドにずり落ちる。
怪我をしないように頑張って支えながら、勝己の肩越しに窓の外にキレイな虹がかかっているのが見えた。
まさか本当に今日見れるなんて。
「…幸せに、なってね」
そう、誰よりも幸せになって。
私がいたことも、私を好きだったことも忘れて、幸せになるの。
違う誰かを好きになって、いつか違う誰かと結婚して、ずっとずっと笑って暮らすの。
そうじゃなきゃ、幸せにならないと許さないから。
これが最後に私ができること。
あなたが幸せになるのに私は邪魔な存在になるから。
だから、記憶を消すこと許してね。
「勝己、ばいばい」
勝己と一緒にいれた私の人生はとても素晴らしいものだったよ。
本当はこれからもずっと隣にいたかった。
勝己が夢を叶えるところを近くで見ていたかった。
少し遠くになっちゃうけど、どこかで見てるからね。
勝己の赤い瞳が私を見て、閉じた。
記憶が消えた。
最後にあなたが見た、もう誰かもわからない私はちゃんと笑えていたかな。
私はずるいからずっと言えなかったこと、最後に言わせてね。
「勝己、ずっとずっと大好きだったよ。誰よりも、世界で一番勝己が大好き」
ずっと言えなかった。ずっと言いたかった。
眠る勝己の頬に触れると愛おしさがとめどなくあふれて来る。
「本当は、勝己の隣に私じゃない女の人がいるのは嫌。違う女の人を見て優しく微笑んで、抱きしめて、いつか結婚してって想像すると嫌だよ。勝己の隣は私でしょ…って本当はこんなに心が狭いんだよ、私。ちゃんと勝己の幸せを願わなきゃいけないのにね…ごめんね」
恋人になることを自分から拒んでおいて、なんてわがままな女なんだろう。
もっと素直になっていればよかったって思うことも何回もあった。
けど今はこんなにも早く勝己のそばにいれなくなるなら付き合わなくてよかったんじゃないかって思う。
きっと、この命が終わるまでにはちゃんと心から幸せを願えるようにするから。
今だけは隠してた気持ちを伝えることを許して欲しい。
「いつも、私を見つけてくれてありがとう。でも次は見つけないで、ずっと忘れたままで、もう、いいよ」
体を丸めて勝己のおでこにキスをした。
大好きで大好きでたまらない愛しい人。
私、ちゃんと頑張って生きたよ。
私の人生はね、きっと勝己に出会って恋をするためにあったの。
勝己のせいで彼氏が出来ないって言ってたけど、勝己以外の彼氏なんていらなかったし、本当は勝己と付き合ってるって噂されてるの嬉しかったんだよ。
素直じゃなくて、臆病で、勇気が出なかったせいで成就させることは出来なかったけど、でも勝己を好きになってよかったって心から思うよ。
私、最期まで笑えてたよ。
よく頑張ったって少しは自分を褒めてあげてもいいかな。
私の記憶はここまで。
ふふ、本当に私の記憶って勝己ばっかりだ。
少し疲れちゃったから、ちょっとだけ眠ろう。
次は私がヨボヨボのおじいちゃんになったあなたを見付けてみせるよ。
それまで、かくれんぼだね。
少しだけ、おやすみなさい。