かくれんぼ
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3人で同じ高校に入学した。
幼稚園から3人ずっと一緒だけど、僕とかっちゃんは次第に仲が悪くなっていって一緒にいることはなくなった。
かっちゃんとなまえちゃんは変わらず仲が良くて、二人一緒だとお互いがとても楽しそうで、安心していて、そこにとても僕なんかが入れるような余地はなかったからこれでよかったんじゃないかって思う時すらあった。
けれどなまえちゃんは僕が無個性だと知ってからも変わらず接してくれた。それが嬉しかった。
女の子としての好きとは違うけれど、僕はなまえちゃんが大好きだったから。
「デクくんって呼んでごめんね」
そう言われたのはかっちゃんにバカにして呼ばれるようになってしばらく経った頃だった。
僕はもうなんとも思ってなかったし、彼女はかっちゃんが呼んでるから新しいニックネームなんだと思って僕をデクと呼び始めたと言っていた。
彼女はとても眩しい純粋な顔で笑って僕を呼ぶから、彼女にデクと呼ばれても嫌な気はしなかった。
「でも私ね、デクくんって呼び方好き!可愛くて、なんか優しい感じがする!」
そう初めて意味を変えてくれたのがなまえちゃんだった。
いつも人の事を考えて動けるキミの方が僕の何倍も優しいのに。
高校に入ってから「頑張れって感じのデク」って意味も追加されて、僕は「優しくて頑張るヒーローデク」になった。
なまえちゃんはかっちゃんととても仲が良い。
中学の頃もだけど、高校に入学して電車通学になってからは特に二人は一緒に登下校していた。
ますます僕の入る余地なんてどこにもなくなってしまったと思ったけど、やっぱりなまえちゃんは変わらず、僕にもよく話に来てくれた。
「デクくん一緒に帰ろ~!」
「え、なまえちゃん!?かっちゃんは!?」
「切島くんたちに捕まった!」
切島くんたちか。それはかっちゃんでも逃げられないや。
なまえちゃんは「デクくんと帰るの久しぶりだね」ってにこにこしながら僕の隣を歩く。
「あ!聞いてよ!この前勝己がね」
彼女の話の大半はかっちゃんだ。
かっちゃんの話をする時、なまえちゃんの表情がとても柔らかくなるのを僕は知っている。
恋愛に疎い僕にだってわかっちゃうよ。そのくらいキミ達はわかりやすすぎるんだから。
僕にわかるくらいだから、もちろん学校ではかっちゃんとなまえちゃんが付き合っていると噂が流れてる。
いつも一緒にいるし、二人の表情は穏やかで柔らかい。
それに物理的な距離も…他の人に比べたら近いけど、何より心の距離がとても近かった。
それからも二人が付き合うことはなかったけれど、寮生活になってもお互いの寮を行き来する関係だと噂だけはずっと残ったままだった。
あっという間に雄英での日々は過ぎ、僕たちも高校最後の年を迎えた。
それはいつも通りの日常だった。
朝起きて寮を出て1日のカリキュラムをこなす。
その日も僕はなまえちゃんと他愛ない話をして、いつも通りの笑顔を見たのに。
夜になって、お母さんからかかって来た電話で世界は一変した。
「出久!なまえちゃん、倒れて病院に運ばれたって…意識が戻らないって…!」
電話越しに涙ぐむお母さんの声をどこか現実味のないものだと思って聞いていた。
だってそうでしょ。つい数時間前には元気な笑顔を見せてくれたのに。
なんで、どうして…。
考えても答えの出ない問がぐるぐると巡り、何も手につかなかった。
なまえちゃんの両親から学校に連絡が入って、かっちゃんを迎えに行った相澤先生と一緒に戻って来たのはもう日付を跨いだ頃だった。
今まで見たことがない程に絶望に押し潰されて衰弱してしまった幼馴染を目にした。
「か、かっちゃん…」
「…あ、ああ…悪ィ。部屋行くわ…」
ふらふらと覚束無い足取りで部屋に戻るかっちゃんの背中を見送る。
僕は相澤先生からなまえちゃんが今まで何事もなく生きているのが不思議な状態で、余命があと1ヶ月しかない事を聞かされた。
かっちゃんでなくても、幼馴染に命の期限が付くなんて誰が想像したんだろう。
一瞬で地獄の底まで落とされた気分だった。
なまえちゃんの意識が戻ったのは3日後で、そこから経過観察をして面会を許されたのは1週間後だった。
かっちゃんと二人で学校を休んでなまえちゃんの病室へと向かったけど、なんて言葉をかけるべきなのか僕にはとても思い付かなくて足取りが重かった。
「あ!デクくん!勝己!来てくれたの!?」
そう元気よく僕たちを出迎えたなまえちゃんに面食らってしまった。
この前までと変わらないなまえちゃんだけど、彼女の表情から病状と命の期限を聞いてしまったんだと悟った。
それでも笑顔を絶やそうとしないなまえちゃんを見て苦しくなった。
僕も行ける日はなまえちゃんの顔を見に行ったけど、かっちゃんは毎日来ているようだった。
「忙しいんだから毎日来なくてもいいのにね」と笑うなまえちゃんは日に日に痩せて行って病状が思わしくないことが嫌でもわかってしまう。
命の期限は僕らの思いなんてものを無視してどんどん迫って行く。
「明日来れる?勝己には内緒で」
そうなまえちゃんからメッセージが入ったのは命の期限が迫った頃だった。
僕は「わかった、行くね」と短く返事をして、翌日なまえちゃんの病室に向かうと、もう体の力もあまり入らなくなって起きているのもツラそうなのに、それを決して見せようとはしない笑顔のままのなまえちゃんに出迎えられた。
「デクくん、呼び出してごめんね。来てくれてありがとう」
「ううん、僕もなまえちゃんの顔見たかったから」
ベッドの背もたれを起こして体を預けたまま、それでも僕の顔を見るととても嬉しそうに微笑んでくれた。
いつも通りリュックを置き、ベッド脇の椅子に座り「どうしたの?」と尋ねるとなまえちゃんは切なく微笑んで力の入りづらい手を握っていた。
「デクくんにお願いがあります」
「うん、なに?僕に出来ることなら」
彼女は目を固く瞑り、小さく呼吸をすると見た事がないほどにツラそうに、それでも無理して微笑んだ。
「……勝己から私の記憶を消したい」
それは予想もしていなかった言葉。
すごく驚いて、なんて言ったらいいのか、なんて言うべきなのか迷って結局「どうして…?」って言葉しか出て来なかった。
「…余命宣告されてからずっと考えてたの。大切な人たちがこれから先、笑顔でいてくれるために私が出来ることってなんだろうって」
そんなことを考えていたのか。
「もう勝己の両親には許可もらったの」そう言って微笑むキミは本当に今すぐに消えてしまいそうなくらい儚かった。
誰よりも今一番ツライのはなまえちゃんのはずなのに。
いつもそうだ。なまえちゃんは自分のことより人のことを優先に考える。
「ごめんね、デクくん。こんな話して」
「…そんなことする必要あるの?かっちゃんは君のこと大切に思ってるよ!それなのにっ」
「だからだよ」
彼女は今までで一番苦しそうに涙を堪えながら、それでも微笑みだけは絶やさなかった。
「…勝己は、私のことが大好きだから」
キミ達はなんて不器用なんだろう。
「自分で言うのも恥ずかしいけど」と少しおどけてみせるけれど、僕はなまえちゃんを見ているのが苦しくなった。
「私が逆の立場だったら、これから先ずっと記憶に縛られちゃうと思うから。それに弱ってるとこ覚えていて欲しくない。だから、消す」
もう彼女の中では決意を固めているんだと思った。
そんな選択をしなきゃいけないだなんて。
なんで誰よりも優しいなまえちゃんにこんなにも過酷な運命を与えたんだろう。
「私の個性を使うんだけど、私の個性も万能じゃないから何かのキッカケで思い出しちゃうこともあるの。それでデクくんにお願いなんだけど、私の思い出から勝己を遠ざけて欲しい」
なまえちゃんの個性は記憶操作。
個性が発現してすぐに誤ってお父さんの記憶を操作してしまったことがあって、そこから怖くて個性は使っていないと言っていた。
そんな彼女が個性を使うと言っているんだから僕なんかじゃ計り知れないくらいの覚悟を持っているんだと思う。
そこまでして彼女が決めたことなら、僕が最後に彼女のために出来るのは協力することくらいしかないんじゃないか。
「うん…わかった」
「今までの私の記憶を全部消すから、個性使ったら勝己はしばらくの間起きないと思う。だから家まで連れて帰ってあげてほしい」
「…うん」
「こんなこと頼んでごめんね」
「……僕に出来ることなんて少ないから」
「そんなことないよ。デクくんが頑張ってる姿をいつも近くで見てた。だから私も頑張ろうって思えてたよ。個性使うのだってね、怖いけど、最後だから頑張ろうって思えたの」
最後なんてキミが言わないでよ。
キミが泣かないのに僕が先に泣くわけにはいかないじゃないか。
「それからね、デクくん。私はデクくんにも幸せに笑っていてほしい」
「……約束するよ、なまえちゃん」
「うん、約束ね、デクくん。ありがとう」
彼女はとても頑張って命の期限を過ぎてもまだその儚い命を繋ぎ止めていた。
そしてかっちゃんの記憶を消す日。
かっちゃんはとても敏感だからしばらくしてからなまえちゃんの病室の前で待っていた。
とても邪魔なんて出来ない。
これが二人の最後の時間なんだから。
病室から聞こえてくる、いつもとなんら変わりない会話。
だけどなまえちゃんは惜しむように、大切にかっちゃんと話しているのがわかるから、僕は悲しくなって、僕が泣くのはおかしいのに涙が出て来るのを止められなかった。
「勝己、ありがとう」
そうなまえちゃんの声が聞こえた後にドサッと何かがベッドに倒れ込む音がした。
彼女が個性を使ったからかっちゃんの意識が飛びそうになって、今の弱りきった体で支えきれなかったんだ。
かっちゃんへの言葉にこれからの願いとか希望とか、本当はもっとずっと一緒にいたかったっていう思いとか、いろいろなものが込められていて、なまえちゃんの気持ちを考えると苦しくてたまらない。
「勝己、ばいばい」
その声はとても穏やかで、悲しくて。
嗚咽が聞こえてしまわないように必死に堪えた。
「デクくん」
中から僕を呼ぶ声が聞こえて慌てて涙を拭って病室に入ると、やっぱり泣きもせずに穏やかに微笑むなまえちゃんとその膝に倒れ込むかっちゃんがいた。
「お待たせしてごめんね。勝己のことお願いします」
「うん」
「デクくん、ありがとう」
「うん」
なまえちゃんは意識のないかっちゃんの髪の毛をふわりと撫でて唇を強く噛んだ。
そんなの、悲しくないわけない。つらくないわけない。苦しくないわけない。
それでもやっぱり彼女は涙をこらえて笑うんだ。
「私、可愛く笑えてたかなぁ」
「うん…すごく可愛かったよ」
「ふふ…よかったぁ」
それから3日後に彼女は彼女の命を全うし、誰にも看取られることもなく眠るようにとても穏やかに旅に出た。
なまえちゃんは最期まで誰一人にも弱い所を見せず、みんなの記憶に笑顔のまま残った。
目が覚めたかっちゃんにはなまえちゃんの記憶は少しも残っていなくて、僕はそれがとても悲しかった。
でもなまえちゃん。
僕は、僕たちが何もしなくてもいつかかっちゃんはキミのことを思い出す時が来ると思うんだ。
だってキミがどこにいたってキミを見付けるのはいつもかっちゃんだから。
なまえちゃんはかっちゃんが幸せになれるように記憶を消したけど、きっと記憶を取り戻さないと本当の意味で幸せになれないんだと思う。
でもその時にきっとなまえちゃんの思いも報われるんだと思うんだ。
「まだだよ、なまえちゃん」
今日の空は澄んでいて、キミが笑った時みたいに晴れ晴れしている。