かくれんぼ
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「私ね雄英受けることにしたの」
ずっと考えてたんだけどねとなまえにそう言われたンは季節が暑くなり始めた昼休みだった。
志望校を決めていく時期、ヒーローを目指してヒーロー科を志望するヤツは山ほどいても最難関の雄英高校を受けるなんてヤツはこんな中学にはいない。
俺にはこの平凡な中学から雄英高校ヒーロー科に進学する唯一の男になるっつー計画があんのにふざけんじゃねぇ!
デクの野郎も雄英受けるとか抜かしやがって、受験しねェようにけしかけても折れねェし、イライラするンだよクソが!
「なまえてめェ、俺の計画邪魔しやがんのか!?ああ!?」
「勝己はヒーロー科でしょ?私が受けるのは普通科だよ。私の個性でヒーロー科なんて目指せるわけないよ。みんな受かったらまた3人で同じ学校だねぇ」
そう言いながらへらへら笑うなまえも無個性のクセに夢見てやがるデクも、そのデクが受かるって思ってやがることも全部が腹立たしい。
「ヒーロー科も普通科も関係ねぇんだよ。ここから雄英に行くのは俺一人でいい。てめェも邪魔なんだよ他行けや!クソデクも無個性の雑魚野郎なんだからいい加減現実見ろってんだ」
パシンと乾いた音が響いて、少し遅れてなまえに左頬を打たれたんだと気付く。
「何しやがんだクソ女!!」
そう怒鳴り散らしながら視界に入ったなまえは顔を真っ赤にさせて目に涙をためながら俺を睨み付ける。
そのツラを見て一気に冷静になるがもう遅かった。
「いいよ私は。クソ女でも邪魔でもいい。でもデクくんの夢をそうやって言わないで!無個性だけど、ヒーローになるために頑張ってるんだよっ!人をそんな風に言う勝己なんて大嫌い!!」
叫ぶように言い残して、涙を拭いながら走って行くなまえの後ろ姿をただ見てた。
力の弱ェなまえに叩かれた頬は大して痛くもねェはずなのに、なんでかずっと痛かった。
放課後はクラスが違ェなまえを教室まで迎えに行って一緒に帰るのが自然と当たり前になっとって、この日もいつも通り迎えに行ったが「みょうじならもう帰ったぞ」と言われた。
下駄箱を確認してみると上履きがキレイに揃えられてる。
あんだけ怒っとったなまえがそのまま家に帰るとは思えねェ。
頭に血が上って言わなくていい言葉まで言っちまった。
この中学から俺一人が雄英に進学出来れば箔が付く。
無個性のデクが雄英を受けるっつーのを撤回しやがらなくてイラついて、それをなまえに八つ当たった。
なまえは昔からデクが好きで、幼馴染だからなのかそれ以外なのかどういう好きなんかは知らねぇが、とくかくアイツはデクを大事に思ってる。
だからアイツの前でデクの話はしないようにしてた。
そうでもしねぇとさっきみてぇになまえはデクをかばうから、 ただでさえ理解出来ねぇ目障りなヤツなのにそれが上乗せされてブレーキが効かなくなる。
汚ぇって思う。
全部俺が悪ィってわかっとる。
そりゃァ大嫌いって言われるわ。
とっくに痛みもひいたはずなのに叩かれた頬がジンジンと痛む気がした。
中学から家までの帰り道を少し逸れると春に名前は知らねぇが黄色い花が咲く河原の土手がある。
俺は滅多に来ねぇが、ここは夕日がキレイなんだとなまえが前に言っとった。
土手を歩いていると小さく丸まりながら座って夕日を見てる見慣れた後ろ姿があった。
見つけた。
「なまえ」
俺が名前を呼ぶとなまえは肩を跳ねさせたがこっちを見ようとはせんかった。
土手を少し下ってなまえの方まで近付く。
「……なんでわかったの、ここにいるの」
「…お前のことならわかんだろ」
「勝己は私を見付けるのが上手だね」
「てめェが単純なだけだわ」
依然顔はこちらには向けず夕日を見たままで、発する声に怒りはなく落ち込んでるようだった。
なんでこいつが落ち込んどんだか。
「受験のこと」
「ごめんね」
俺が話をするのを遮るようになまえは謝って来たが、何を謝ることがあるのか、何に謝られたのか理解出来なかった。
自分で抱きしめた膝に顔を埋めるようにしたなまえを少し後ろから見下ろす。
「勝己のこと大嫌いって言った。本当は大嫌いじゃないのに。勝己のこと傷付けてごめんね」
なまえの声は少し震えていて泣いてるのがわかる。
落ち込んでたのは俺に嫌いって言ったことを気にしとったからか。
こいつは昔から人が気にしねぇ事でも悩む時がある。
俺が気にしてなかったかっつーと、そりゃちったァ気にしたけどよ…。
ありゃァ俺が悪かったからなまえが気にする必要はねぇだろ。
「…気にしてねェわ!俺もてめェに八つ当たっちまったからな」
「ふふ、勝己も気にしてたんだね」
「あ!?気にしてねぇっつンだよ!」
プライドだとか、そんなンが邪魔をしてごめんの一言が喉奥でつっかえる。
なんでこうだ。
それでも多分なまえは俺が八つ当たったことは微塵も気にしてねぇんだろうな。
「……受験のこともごめん。勝己が怒るのも無理ないと思う。でも私、雄英の普通科がいい」
「…てめェの将来だろ。行きたいとこ行けや。普通科なら関係ねェわ」
「うん。あとデクくんのこと」
まァ、デクの話にもなるよな。
なまえがブチ切れたンだってデクの話が原因だし。
またこいつからデクを庇う言葉を聞かなきゃならんのかと思うと平常心でいられる気もしねェが、ここで耐えなきゃ同じことだ。
「勝己とデクくんは急に仲悪くなっちゃったでしょ?でもそれって本人同士にしかわからないことだし、男同士何かあるのかもしれないし、気が合う合わないもあるし、仲悪いことをとやかく言うつもりはないの。でもデクくんは無個性だけど頑張ってるんだよ。それはわかってあげてほしい」
ヒーローになりてェって気持ちだけでなれる程甘くねェンだよ。
無個性で、ずっと俺の後を引っ付いて来てるだけだったヤツが何を頑張んだよ。
頑張ったところで無個性のカスに何が出来るってんだ。
それなのにアイツはいつも人に手を差し伸べて来やがる。
そういうところもウザくて、目障りで、俺を見下してるみてェで神経逆撫でされて腹が立つ。
「すぐには無理なのわかってるよ。だから少しずつでいい。勝己は何でも器用にこなせるから私たち凡人のことは理解出来ないかもしれないけど、でもいつかデクくんの頑張りがすごいって思う時が来ると思うんだ」
そう言いながら初めて俺の方を向いて笑顔を見せた。
デクの事を喋りながら笑うなまえを見て怒りなンか、なんなんか、黒い感情が湧いて来やがって誰がクソデクなんざ認めるかよと心ン中で悪態をついてやる。
「よし、この話は終わりにしよ!」
そう言って立ち上がると体ごと俺に向き直って叩かれた左頬に触れてくる。
なまえの手はあったけェから、触れられると熱くなる気がする。
「…痛かった?」
「痛くねぇわ」
「叩いてごめんね」
「終わりにすんじゃねぇのかよ」
「そうだけど、ごめんねはごめんねだから」
痛くはなかった。けどその後はずっと痛みが引かねぇ気がしてた。
なまえに触れられたら不思議と今はもうその痛みが消えた。
俺の顔を見ながら切なそうな表情をするなまえを見て確信したことがある。
いや、ずっと前からわかっとった。
それを見て見ぬふりしてただけだ。
なまえがデクを庇うのも、俺がデクに嫉妬すンのも、それがどうしようもなくイラつくのも、 やっぱさァ全部お前が原因なんだわ。
「なまえ、俺」
「んー?お腹すいちゃった?」
「は、違ェわ、最後まで聞けやバカが!」
「もー!またバカって言う!私何回勝己にバカって言われてるんだろう!後でおばさんに言っちゃうからね!」
「言いたきゃ勝手に言えや!」
人の話を聞こうとしねェで、ぎゃーぎゃー騒ぎながら歩き始めるなまえについて歩く。
言いたいことくらい言わせろや。
てめェはいつも俺のペースを乱す。
他人に合わせるのは苛立つだけなのに、なまえの隣は居心地がいいとすら思う。
わかんねぇ、もう長く一緒にいるからそれに慣れちまってるだけなンかもしれねェが。
二人並んで家までの道を歩く。
何を話したかまでは覚えてねぇ。
そんくらいくだらない、どうでもいいことをずっと楽しそうに話すなまえの横顔が何故かずっと焼き付いてた。
「…ありえねぇだろ。こんな大事なこと忘れとったんか、俺は…」
蘇るなまえとの会話、表情、それからこん時の俺の気持ちも全部。
アルバムの中の笑うなまえを指でなぞる。
あの時、河原で言おうとした。
てめェが人の話遮ったせいで言えなかったけどな。
強引にでも言っとけば俺はお前を忘れなかったんかな。
「俺、なまえのこと好きだったんだな…」