短編
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高校3年の夏休み最終日。
夏休みとは言ってもヒーロー科は他の学科に比べてやることが多いって言われてるし、実際は訓練や自主練なんかで休みって感じもしなかったけどクラスのみんなで切磋琢磨するのが私は好きだった。
明日から2学期が始まるからと早めに自室に戻る人が多くて、私も部屋に戻ったけど時間を持て余してしまったから普段見ることはないアルバムを開いてみた。
「うわぁ…懐かしい…こうして見ると1年生の時のみんな今に比べて線が細いなぁ」
入学してまもなくのクラス集合写真。
当時から男の子たちは体バキバキだと思っていたけど、それでも細く思えるくらい3年間の努力が積み重なってるのがわかる。
顔もどこか幼く見えて私達もあと半年で卒業してプロヒーローになるんだもんなぁ
と思うと感慨深いものがある。
「あ、体育祭の時だ!」
1年生の体育祭。
入学してすぐで、この頃はまだクラスがひとつにまとまってなかったなぁ。
瀬呂くんがこの時の轟くんをガンキマリろきくんって言ってたっけ。
爆豪くんは切島くんに肩を組まれて無理やり写真に写ってる。
懐かしい、と思いながら爆豪くんの写真を手でなぞる。
思えばこの頃からだったのかもしれない。
私が爆豪くんを好きになったのは。
「長い片思いだったなぁ…」
だけどもう、この恋に区切りをつけようと決めていた。
誰よりも強くて、だけど誰よりも努力していて、クラスのことを思ってるのにそうじゃないように振舞って、不器用で、優しくて、そんな爆豪くんがずっとずっと大好きだった。
NO.1ヒーローになることを目標に頑張る彼をかっこいいと思うのと同時に、私のこの気持ちは頑張る彼の邪魔になるって思った。
彼本人も恋愛とかそういうのめんどくさいって言ってるのを何度も聞いたことがあるし、これは私が逃げているだけなのかもしれないけど、彼の夢の妨げになるのなら私のこの気持ちはもう終わりにしようとやっと決心をつけた。
「初恋は上手くいかないって言うもんね」
明日から新学期だし気持ちを切り替えるならちょうどいい。
みんなもう寝てるだろうし、感傷に浸って今日を終えるのもいいかもしれない。
見ていたアルバムを閉じて机に置き、外の空気を吸うために寮から出て、この時間じゃ外にいる人なんていないけど一応人目を避けたところにしゃがみこむ。
「これで、終わりにしよう」
強い姿に憧れてた。頑張る姿を尊敬してた。低い声も、強気に笑うところも、 大好きだった。
すぐにこの気持ちを全部捨てることは出来ないけど、振り向いてもらえないことを悲しく思うことも、彼の言葉に勘違いして舞い上がることも、もうしなくていいんだよ。
「…したら、ダメなんだよ」
こんなに誰かを必死で好きになるなんて初めてだったから、好きな気持ちを終わりにすることがこんなにもつらいとは思わなかった。
ああ、だめだ。視界がにじむ。
感傷に浸るとは言ったけど泣くはずじゃなかったのになぁ。
「は、泣いてんのかよ」
その声に体が跳ねた。
だって人目を避けたところにいたし、誰もこんなところに来るはずないし、その声は私の一番大好きな人のものだし…。
「ば、爆豪くん!?…何してるの?」
顔を上げたら幻聴なんかじゃなくて、爆豪くん本人が私を見て立っていた。
泣いてたことを思い出して慌てて涙を拭いながら平然を装うように尋ねると彼は少し眉間のシワを濃くしたように見える。
「トレーニング」
「あ、そっか。お疲れさま」
タイミング悪いなぁ。なんで終わりにしようと思って決心したところに来るんだろう。
普段だったら爆豪くんが隣にいるってだけで心は踊るのに今は会いたくなかった。
でもそれはただ私の気持ちの問題で爆豪くんが悪いわけじゃない。
今、私は上手く笑えてるかな。
「悩み事かよ」
「へ?」
「最近ずっと浮かねぇ顔しとんだろ」
「え、あ、えぇぇ…」
私の隣にしゃがんだ爆豪くんに言われた。
上手く隠してると思ってた、というか決心が鈍らないように爆豪くんとあまり喋らないようにしていたのになんでわかるの。なんで見てるの。
彼は周りをよく見てる人だから、クラスのみんなをよく見てるから、だから私ひとりを見ているわけじゃないってわかってるのに。
「何悩んでんのか知らんけどいい加減うぜぇ」
「ごめん、なさい…」
本当は爆豪くんから隣に来てくれて2人で喋れるなんて心の中で舞い踊っちゃうくらい嬉しいのに今は居心地の悪さすら感じて逃げ出してしまいたいとすら思う。
「へらへら笑ってバカみてぇにしてんのがてめェだろーが」
「……励ましてくれてる?」
「そう思うンならそのクソみてェなツラやめろや」
ああ、もう、そういうところだよ。
言葉遣いは荒くて不器用で、だけど優しい。
この恋は終わりにしようって決めたはずなのに、決心が揺らぐ。
「…話くらい聞いてやる」
なんで今日に限ってこんなに優しいの。こんな優しさは残酷だよ。
だってこんなの、終わりにするどころかもっとずっと好きになっちゃうもん。
好きって気持ちと終わりにするって覚悟した気持ちが葛藤して頭がぐちゃぐちゃになってどうしたらいいかわからない。
「ずっと憧れて尊敬してて、大好きな人がいるの。でも私の気持ちはその人にとって邪魔になっちゃうって思って…諦めようって…」
何言ってるんだ私は。こんなこと本人に言ってどうするの。
恋愛めんどくさいって人にこんな話したらもっとめんどくさがられるのはわかりきってるのに。
「がんばってる姿が好きだから、私が好きって伝えて一瞬でも夢の妨げになるの、いやなの…」
この気持ちも思いも紛れもない本心だけど3年間抱えた思いを捨てきれない。
意志が弱くて中途半端な自分が嫌になる。
「だいぶ拗らせてんな」
「えへへ…私もそう思う。こんな話してごめんね。聞いてくれてありがとう」
なんとか爆豪くんの前では明るく振舞おうとして、必死に溢れだしそうな涙をこらえた。
もう早く部屋に戻ろう。そうじゃないと私は弱すぎてまたズルズルとこの感情を引きずってしまう。
「あ、えーっと、私そろそろ」
「邪魔とも思ってねぇわ」
「え?うん?」
戻ると言おうとしたら爆豪くんの言葉に遮られてしまった。
彼の発言の意味がよくわからなくて疑問形で返事をしたら小さく舌打ちが聞こえて、怒らせちゃったし何も上手くいかなくてとことんダメだとさらに気持ちが沈んでいく。
「てめェは単純で不器用だしクソ鈍いンだよ。くだらねぇことで悩みやがって」
「き、厳しいなぁ」
笑ってみせるけどもう心はズタボロだから今そんなに言わなくてもいいのにって、ずっと我慢してる涙が限界を迎えてこぼれてしまって慌てて自分の膝に顔を埋める。
「みょうじてめェ俺が喋ってんだからこっち見ろや!」
「今だめやだやだやだ!」
「うるせぇ!!」
爆豪くんに頭を無理やり上げられそうになって抵抗したけど、男の子の力はやっぱり強くて顔を上げると涙まみれの私の顔を見るなり爆豪くんがイジワルな顔して笑う。
こんなぐしゃぐしゃな顔見られて恥ずかしいのに。
「ひでェ顔」
「だからやだって言ったのに…!」
顔を腕で隠そうとすると簡単に爆豪くんに制されてしまう。
もう、なんなの…。何がしたいのこの人。
爆豪くんの顔を見るとさっきまでと違って真剣な顔して私を見てるから、恥ずかしさで目を逸らしたいのに赤い瞳に吸い込まれるみたいでそれすら出来ない。
「そのクソ鈍い頭でもわかるように言ってやる」
「…な、なに」
「てめェの気持ちなんざ俺にとっちゃ邪魔でもなんでもねぇ」
「え、どういうこと」
「だからァ!てめェの惚れてる男がそのまま好きでいろって言っとんだボケカス!」
爆豪くんの言う通り私の頭はクソ鈍かったのかもしれない。
要するに爆豪くんを好きな私の気持ちは爆豪くんにとって障害にもならないから諦める必要ないってことだよね?
えっと、それを私の惚れてる男が言ってるって…?
爆豪くんが自分で言うってことはつまり、私が爆豪くんを好きなことが本人にバレているってこと…?
「な!なんで私が爆豪くんのこと好きなの知ってるのッッ!!!!」
「単純不器用なクソニブ女が隠し事出来るわけねェだろ!隠すつもりあんならもっと上手くやれや!」
「私ほぼ告白してたってこと!?」
「俺に憧れて尊敬してて頑張ってる姿が大好き、なァ」
顔から火が出るってきっと本当だ。私の顔きっと燃えてる。そのくらい恥ずかしさで顔が熱い。
上手く自分の気持ちを隠せていると思ってたし、この気持ちを伝えるつもりもなかったのに。諦めようと決心したのに。
でも、ひとつわからないことがある。
「…そのまま好きでいていいって、どういうこと?」
私の気持ちは障害にはならない。
彼にとってはそのくらい大したことがなくて、だから好きでいるのも、終わりにするのも、どっちでも同じことなのかもしれない。
そんな可愛くもないひねくれた考えばかりが浮かぶ。
爆豪くんはその表情にまた少し怒りを乗せた。
「鈍いにも程があんだろ!」
「クソニブ女の私にもわかるように言うって言った…ぅわっ!」
爆豪くんに片腕を掴まれて引き寄せられてバランスを崩してしまう。
空いた片手を地面についてなんとか倒れずに済んだけど、顔を上げると至近距離に爆豪くんの整った顔があって呼吸が止まりそうになった。
慌てて距離を取ろうとしたけど、彼の表情がそれを許さなくて動けなかった。
「俺もお前が好きだからお前もそのまま俺を好きでいろってことだろ」
どうしよう。脳が情報を処理しきれない。
都合のいい夢でも見てるのかもしれないと思うけど、爆豪くんに掴まれた腕からは彼の体温も、握る力強さも伝わって来て現実だと認識する。
「好きって、言った…?私を…?」
「二度は言わねぇ」
それは肯定だとすぐにわかって、引っ込んでいたはずの涙がまたぽろぽろと落ちて来た。
私決心してたんだよ。何度も揺らぎそうになる気持ち、必死に繋いでたのに。
「恋愛、めんどくさいって言ってたのに…」
「上鳴、瀬呂辺りめんどくせぇだろ。他の女相手にすんのもめんどくせぇ」
ああ、そういうめんどくさいだったのかぁ…なんて少し安心してしまう。
爆豪くんが私の涙を拭ってくれてそれがすごくドキドキした。
「ンで?諦めンかよ、俺のこと」
「…好きでいて、いいの?」
「そう言ってんだろ」
「…うん、ずっと好きでいるっ!」
私の返事を聞いた爆豪くんは見たことないような嬉しそうな顔で笑うから、心臓が飛び出そうなくらいドキドキして、こんな笑顔見ちゃったらもう諦められるはずもないやって思っちゃった。
「最近俺のこと避けてたンも、悩んでたンも気付いとったが、蓋開けてみたらしょーもねぇ」
「ごめんなさい。これでも私すごく悩んで、一大決心だったんだよ」
「悩み解消出来たじゃねぇか、よかったな」
私の一大決心なんてものは一瞬で砕け散ってしまった。
うだうだ考える前に行動したらよかったんだ。
「明日から授業始まんだからさっさと寝んぞ、なまえ」
初めて大好きな人に呼ばれた名前は呼ばれ慣れた自分の名前なのに胸がきゅうっと苦しいくらいに締め付けられて、苦しいのに嬉しくてニヤけてしまう。
「もう1回呼んで!」
「クソニブ女」
「それ名前じゃないもん」
寮に向かって歩き出す爆豪くんの後を急いで追いかけて、彼の名前を呼んで呼び止めると私に振り返ってくれた。
「私と付き合ってくださいっ!」
改めてそう言うのはすごく緊張して怖くて勇気が必要だったけど、ちゃんと口に出したかった。
「特別にな」
爆豪くんがそうニッと笑うから、言葉の意味も相まって嬉しくてドキドキして幸せで好きがもっと大きくなる。
さっきまでどん底まで沈んでいた気持ちが嘘みたいに空も飛べちゃいそうなくらい舞い上がってる。
今までも、これから先もきっと私が一喜一憂するのは彼のことなんだろうなぁ。
新学期だから恋を終わらせるのにちょうどいいと思っていたけど、こんなに幸せな恋の始まりになるなんて思ってもみなかった。
この気持ちを諦めずに済んでよかった。
この気持ちを大切にしていこうって、今度はそう決めた。
fin.