短編
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季節はあっという間に移ろい、色とりどりの紅葉は散っていく。
そして今窓の外に見えるのは一面真っ白な雪景色。
「うわぁ…初雪だぁ…!」
冬が好き。雪も好き。誰も踏んでないところを一番に歩くのがすき。
外に出てはぁって息を吐くと白くなるのも好き。
冷たくなる手はキンキンになって感覚がなくなるからちょっと苦手。
でもそれを寒いのが苦手な幼馴染のほっぺにくっつけるのが好き。
「なまえ~!勝己くんと出かけるんじゃないのー?」
「うん、今行く!」
お母さんに声をかけられてコートを着てマフラーを巻いてカバンを持って、全身鏡で身だしなみを確認する。
いつもより可愛い服を選んで、お化粧もいつもより丁寧にしたし、髪の毛も不器用なりに頑張った。
うん、変じゃない、大丈夫!
「行ってきまーす!」
家を出ると冷たい空気が一気に体を冷やす。
「うぅ…寒い…」と思わず独り言を漏らしてしまうけど、言葉と共に吐かれた息は白くなって楽しい。
勝己とは駅で待ち合わせをしているから早く会いたいと逸る気持ちを抑えて転んでしまわないように気を付け歩く。
高校に入学するまでは毎日会って、毎日一緒に登下校していた。
幼馴染だから、他の人よりもいるのが楽だから、気心を知っているから、だから私たちはずっと一緒にいるんだと思ってた。
高校に入学して初めて違う学校に通うことになって、最初のうちは駅まで一緒に行ってたけど勝己が全寮制になってからは連絡はよく取り合っていても会うことはほとんどなくなった。
そしたら勝己に会いたいって、勝己の顔が見たいって思うことが増えて、これは幼馴染だからじゃなくて勝己のことが好きだからなんだってやっと気付いた。
それからは気持ちを抑えるのに必死だった。勝己のプロヒーローになるって夢の邪魔はしたくなかったから。
「もうプロヒーローになって8年だもんなぁ」
私の片思いも拗らせてるなぁって苦笑してしまう。
夢を叶えて頑張ってる勝己が好き。メディアに出てると嬉しくなる。
女の子が多いとちょっとモヤモヤしちゃう。
だけど勝己の自信満々な笑顔を見ると好きだなぁって再認識させられる。
そんなふうに物思いにふけてるとあっという間に駅に着く。
何人か人がいたけど携帯をいじってる勝己は遠くからでもすぐにわかって、その姿を見て思わず駆け寄った。
「お待たせ!待った?」
「待ってねェ。運動神経悪ィンだから走るとコケんぞ」
久しぶに会ったのに一言目が悪口だ!
とは言っても連絡はちょこちょこ取ってるし、私はテレビなんかで顔も見てるからあまり久しぶりという感じはしないんだけど。
それでもこうして顔を見て話を出来るのは嬉しい。
「勝己はお勤めご苦労さまです!疲れてない?」
「余裕だわ、舐めんな。おら、行くぞ」
そう言って歩き出す勝己について駅のホームに向かう。
勝己も一応実家に住んでるんだけど、駅で待ち合わせにしたのは勝己の仕事が終わってそのまま来てくれたから。
実家に住んでるって言ってもほとんど事務所に寝泊まりしていてたまにしか帰って来ないからなかなか会えない。
久しぶりに勝己の隣を歩くことが嬉しい。
学生の時からさり気なく私に歩くペースを合わせてくれるところも変わってなくて好き。
「何見とんだ」
「勝己が休みの日に出かけてくれるの珍しいなと思って」
「断ったところで無理やり連れてくだろーが」
「えへへ、バレてたか」
断ったところでと言うけれど、昔から私が行きたいと言えば「めんどくせェ」と言いながらも付き合ってくれるし、勝己のヒーロー事務所からの方がいろいろ見て回るお店が近いのにわざわざ私を迎えに地元まで戻って来てくれる。
口も態度も悪いけど、いつだって私を優先して考えてくれて、優しいところがいっぱいある。
それも勝己にとっては幼馴染だからなのかと思うと少し悲しくもなる私は欲張りなのかもしれない。
「今日はワガママなお姫サンに付き合ってやるよ」
「わ!なにそれ!ファンのみんなに言ってるやつ!?」
「あァ!?」
「顔怖いっ!」
もちろん深い意味はないだろうし、実際ファンサみたいなものなんだろうけど、恥ずかしくなって茶化してしまった。
照れないようにする逃げ道がそれしか思い付かなかったんだもん。
勝己はずるい。正直顔も声もいいし、体だって鍛えられてて服や物のセンスだっていい。
ネーミングセンスだけはどうにもならなかったみたいだけど…。
そんな人に真剣に言われたらみんな好きになっちゃうや。
「あ!じゃあ、今日はエスコートお願いします。王子様!」
「キチィな」
「ねえ!勝己と変わらないよっ!今の恥ずかしかったのに!」
「一緒にすんじゃねぇ」
こうしてくだらないやり取りをするのが楽しい。
勝己も笑って楽しそうにしてるのが嬉しい。
肩が勝己に触れるくらいくっついて電車に揺られていると数ヶ月間一緒に途中まで登校した学生時代を思い出す。
あの頃は何も考えてなかったけど、好きを自覚した今は触れたところから熱くなっていくみたいで少しのことがドキドキする。
それを誤魔化すようにたくさん話してふざけて笑った。
目的地に着いていろいろなお店を見て回って、勝己の好きな辛い物を食べて、今度は私の好きな甘い物を勝己に一口あげたら「甘ェ…」ってちょっとだけ顔をしかめててそれが面白くてまた笑っちゃった。
あっちもこっちもって見て回る私に「まだ見んのかよ」なんて言いながらも見守るようにずっと隣にいてくれる勝己は優しくて、他の女の子にもそうしてるのかなって考えて胸がモヤモヤした。
「おいなまえ、お前買いてぇモンあったんじゃねぇのかよ」
お店を何件見ても何も買わない私に勝己はしびれを切らしたのかそう聞いてきた。
見ているだけで買いたい物なんて初めからなかった。
ただ適当にいろんなお店を見ていただけで、いいのがあったら買って帰ろうくらいにしか思ってなかった。
「はァ!?てめェが買いたいモンあるから買い物付き合えって言ったんだろ!」
「それはさぁ…たまには勝己とデートしたいなぁって思ったから誘ったの!」
「…ンだそれ」
本心を冗談っぽく言った。だって本気だって知られたら恥ずかしいもん。
でも少しは気付いてほしくて、だけと自分から言う度胸なんてこれっぽっちもなくて、我ながら情けないけどこれが精一杯。
「明日も朝早いよね?そろそろ帰る?」
「……言いたいことあんならハッキリ言えや」
じっと私を見た後の勝己の言葉で、長年の付き合いは伊達じゃないなと思う。
ここには毎年立派なイルミネーションが飾られるみたいで、見たいと思いながらもなかなか来ることがなかった。
「…イルミネーション一緒に見たいなぁとは思ったけど、勝己が明日大変になっちゃうから帰ろ!」
「ワガママなお姫サンに付き合ってやるっつったろ」
「…ん、ありがとう」
そうして歩き始める勝己の後ろ姿を見つめながら追いかける。
勝己の仕事のことを考えたら帰ろうと言ったのも本心だし、でも一緒に見たいのも紛れもない本心で。
久しぶりに会って私のことを優先してくれて、こうも甘やかしてくるのはずるい。
嬉しくて、恥ずかしくて、勝己に追い付いて外にいて冷えきった手を勝己のほっぺにくっつけた。
「…てめェ、クソなまえ!」
「あはは!ビクってした!」
「ア!?バカにしてんじゃねェぞ!」
「してないけど面白くてつい、ふふ」
ビックリすると肩を跳ね上げさせるところが昔から変わってなくて、男の人に言うのもおかしいかもしれないけど可愛くて好き。
勝己の反応を思い出すと笑いが止まらなくて「いつまで笑っとんだ」って睨まれたから必死に落ち着かせた。
「手ェ、冷やしてんじゃねぇよ」
そう言いながら手を握られて、そのまま勝己のダウンジャケットのポケットの中に押し込められた。
逃げられないように私の手は勝己に強く握りしめられたまま。
今度は私がビックリする番で、突然すぎてポケットと勝己の顔を何度も交互に見た。
「え、あ、勝己…手…」
「…あっためとけや」
勝己が私の手を解放する気はないらしい。多分また冷たい手をくっつけられたくないんだろうなぁ。
だけど私はどんな理由であれ、好きな人に手を握られたままポケットに一緒に入れられて、そのせいで近くなった距離にドキドキする。
心臓の音が勝己に聞こえてしまいそう。
「…勝己は知らないかもだけど、これって恋人同士がやることだよ」
なんとか変に思われないように、なるべくいつも通りふざけてるように、なんでもないように、この気持ちがバレてしまわないように振舞った。
舌打ちの一つでもして私の手を解放してくれたなら、少し切なくなるけどいつも通りになれる気がしたのに。
「ンじゃァなりゃァいいだろ」
さらりと、流してしまいそうになるくらい自然すぎて私の聞き間違いか、受け取った意味が違うのかと思う。
勝己の顔を見ると冗談を言っているようには見えなくて、でも私の解釈であっているのかも不安になる。
「…恋人になろうって、言ってる?」
「そう言ったろ、ちゃんと聞いとけや」
「だ…って、勝己は幼馴染だから私に優しいんだと思ってた…」
「……なまえだからだろ」
ずっとずっと幼馴染で、勝己の優しさはその関係性だからなんだと…。
勝己が私を嫌いではないことはわかってた。でもそれも幼馴染だからなんだとずっと思ってた。
幼馴染という関係がなければ私たちは成り立ってないんじゃないかって、ずっと。
「大分待たせちまったけど、離してやんねぇわ」
「……私の気持ち、気付いてたの?」
「嘘も隠し事も下手すぎンだよ」
いろんな事が一気に起きて恥ずかしさでどうにかなっちゃいそう。
もちろんこんなこと嘘つかないってわかっているけど、ポケットの中で一層強く手が握られて勝己の体温がさっきより強く感じられた気がした。
「……ちゃんと好きって言ってくれなきゃやだ」
「はァ!?」
「だって私の気持ちに気付いてたのにずるいもん!」
冬が好き。雪も好き。息を吐くと白くなるのも好き。
冷たくなる手はキンキンになって感覚がなくなるからちょっと苦手。
でもそれを寒いのが苦手な幼馴染のほっぺにくっつけるのが好き。
その時の反応も好き。
「……好きだ」
「んふふ」
「ンで?どーすんだよ、なまえチャン」
イジワルな顔して笑うのも、私の名前を呼ぶのも、全部全部好き。
冷えた手をポケットの中であたためてくれるのも、頬を少し赤らめて不器用に告白してくれるのも、私しか知らない勝己なんだと思ったら嬉しくなった。
「私が勝己のお姫サンになってあげます」
「キチィな」
「だから!勝己が言い始めたんじゃん!ばか!」
「恥ずかしがンなら言うんじゃねぇよ」
冷たくなって感覚がなくなる手も、こうしてあたためてくれるなら好きになれそう。
今までよりもっとずっと距離が近くになって、寒いのにあたたかい冬だ。
fin.