短編
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今日は天気が良くて空が綺麗だと思っていた。
瞬きをしたほんの一瞬。
次に目を開けると今まで見てたはずの青空はなくて、ただ真っ白い何も無い空間に立ってた。
「……え?」
なにがどうなっているの?
私はたしかにあの場所で勝己くんが来るのを待っていた。
もう着く、そう連絡が来て早く会いたいってそわそわしていたはずで、夢を見ているなんてことは絶対にないと言いきれる。
私はプロヒーローなんだからこういう時こそ落ち着いて状況を把握しないと。
「ンだよ、ここ」
その声を聞いて胸がドクンとして、それと同時にすごく安心した。
だってその声は、私の大好きな声で、私の大好きな勝己くんのものだから。
「勝己くん!」
彼の名前を呼びながら声の方を向くとそこにいたのは雄英の制服を着た勝己くんで、思わず固まってしまって思考も止まる。
でも驚いた顔をしていたのは目の前にいる勝己くんも同じだった。
「は?…みょうじ…?」
どうしよう、この場所のことだってよくわからないままなのに、さらにわからないことが増えてしまった。
私をみょうじと呼んだ。
勝己くんはお付き合いを初めてからは私のことをなまえって呼ぶ。
つまり、多分、そんなことあるのか信じられないけど、顔の傷も無いということは目の前にいる勝己くんは過去の、雄英高校ヒーロー科1年の勝己くんだ。
「…勝己くんって今何歳?」
「頭でもイカれたンかよ、てめェとタメ……」
そこまで言いながら勝己くんは私を見て高校1年生の私との違和感を覚えたんだと思う。
これでも私は今プロヒーローだし、卒業してから8年経ってるし、筋肉量だって少しは増えたと思うから高校生の時とは違うはずだもん。
「私、今25歳なの」
私の言葉を聞いて勝己くんは少し固まったけどすぐに動き出して状況を整理し始める。
彼は当時から頭が良かったから状況を飲み込むのも早いし、私もプロヒーローとして場数は高校生の彼より踏んでいるからなんとかなるかもしれない。
「25のみょうじと16の俺がこの何もねぇ空間に閉じ込められとるってことかよ。だとしたら十中八九個性だろーな」
「うん、私もそう思う。駅前で勝己くんと待ち合わせしてて人も多かったから個性事故だとしたら納得かな。個性の解除方法もわからないし、しばらくここにいるしかないね」
「……クソが」
彼は聞きなれた言葉を呟きながらその場に勢いよく腰をおろした。
暴れたところでどうしようもないのは彼もわかっているからだと思う。
私もそれにならって少し距離を置いた場所に座った。
勝己くんとお付き合いを始めたのは高校を卒業してからだった。
現実の、プロヒーローをしている今の勝己くんが若返ったとかそういう類ではなさそうだから、16歳の勝己くんにとって私はクラスメイトの将来の姿って感じだと思う。
そんな人がベッタリ隣にくっついて座ったら嫌だもんね。
「…なんで俺と約束しとったんだよ」
「え?あ、休みが一緒になったからお出かけすることになってたの」
「……そーかよ」
自分で聞いてきたのに素っ気ない。状況が状況だし、きっと勝己くんも私と同じで距離感がよく分からないんだと思う。
…とは言っても年齢も性別も何も関係なく容赦ないからなぁ。
でもそんな不器用だけど分け隔てなく接するところも好きになった。
「勝己くんは学校だった?」
「トレーニングルーム向かってた」
「勝己くんとの実戦形式1回も勝てたことないんだよなぁ」
「てめェが俺に勝てるわけねぇだろ」
「ふふ、それ昔からよく言われる」
わかっていても学生の頃も今も勝気なところは変わってないんだなぁと微笑ましく思っていると、私たちがいる空間に突然機械のような音が鳴り響き辺りを警戒する。
緊張感が漂う中、宙に浮かび上がった文字を読んで一気に体温が上昇した。
そこに記されていたのは「キスをしないと出られない」という言葉。
今この状況でも手一杯だというのにこれ以上どうしていいかわからない私は必死に頭を回転させて状況を考えた。
「こ、これってつまり個性解除の条件ってこと、だよね…?」
「……状況から考えてそうだろうな」
「そ、そうだよね…。もう少し何かわかればいいんだけど…」
勝己くんを伺い見ると明らかに嫌そうな顔をしていた。
それはそうだ、16歳の勝己くんが同い年の私を恋愛対象として見てくれているのかもわからないし、何より私は今目の前にいる勝己くんが全く知らない25歳の私なんだから。
それに私だって付き合っているのは今の勝己くんであって、高校生の勝己くんに手を出すというのは気が引ける。
それでもこの状況をなんとかして私たちは帰らないといけない。
「おい」
「はいっ!」
「てめェのこと教えろや」
隣に座る勝己くんは不機嫌そうに私を睨みながらそう言ったけど、勝己くんに教えられる私のことってなんだろう。
同じクラスで基本的な情報なんて知っているはずだし…。
「あ、プロヒーローやってます」
「ンなこたァ聞いてねぇんだよクソ女!」
「えぇ…じゃあ何が知りたいの?」
勝己くんの顔を覗き見るようにして返答を待っていると「…クソうぜぇ」とボソッと呟いたあとに相変わらず不機嫌そうな顔を私に向けた。
「なんで俺のこと名前で呼んでんだよ」
そう言われてハッとした。
もう付き合ってからも長くてすっかり勝己くんと呼ぶのに慣れてしまっていたけど、付き合う前は爆豪くんって呼んでたんだ。
だから今目の前にいる勝己くんはそう呼ばれることに違和感があるに違いない。
「えっと、お付き合いしていて…」
「俺とてめェがか」
「うん」
まだ付き合ってない時の彼に言うのも変な感じがして少し恥ずかしい。
勝己くんも怪訝そうな顔をして何かを考えているようだった。
でもそうだ。今のこの状況をもっと考えなきゃ。
見渡す限りこの空間から出られそうな扉や窓すらもなくて本当にその、キスをして出られる確証もない。
そもそもこの空間はなんなんだろう。考えても答えの出ないわからないことだらけだ。
「いつからだ」
「へ!?」
「いつから付き合ってんだって聞いとんだ」
「高校卒業の時にお付き合いし始めたよ。今日勝己くんと約束してたのはね、一緒に住むための家具を見に行こうとしてたの」
付き合って8年。
私たちはお互いにプロヒーローだから時間が合わない。
それでも時間を見つけては連絡をくれたり、少しだけでも顔を見せてくれたり、勝己くんが私を大切に思ってくれていることは十分すぎるくらい伝わっていたし、すごく幸せだった。
「なまえ、一緒に住むぞ」
いつかはって思っていたけど、本当にその言葉を聞いた時は夢なんじゃないかって思うくらい嬉しくて、舞い上がってしまいそうだった。
「8年付き合って同棲はこれからなンかよ」
「うん、目標があったから」
「ンだそれ」
「ふふ、内緒。でもね、それで私勝己くんのこともっと好きになったんだぁ」
これは16歳の勝己くんには絶対に言えないけど、お互い節約をするためにわざと実家から出なかった。
目標が達成出来て、少しづつ余裕も出て来たから一緒に住むという決断をした。
何も知らない人からしたら8年も付き合って何も進まないの?と思われるかもしれないけど、この8年を無駄な時間だなんて思わない。
むしろ大切で、彼のあの笑顔を見たらよかったって心の底から思えたから。
彼のために頑張る勝己くんはとてもかっこよかった。
「そーかよ。ンじゃ、やることやってんだな」
「その言い方やだっ!」
勝己くんは勝己くんだけど、高校生にそんなこと言われると恥ずかしすぎて顔が熱い。
学生時代の片思いをしている時も、今だって勝己くんは余裕そうで、いつだって私ばっかいっぱいいっぱいで、私の方が大人だからしっかりしようと思っても向こうのペースだなぁ。
…とは言え、ここを出る手がかりはキスをするということだけ。
私の方が今はお姉さんだし、勝己くんとキスだってそりゃ何回もしたことあるし!
いつまでもここにいるわけにもいかないから勝己くんとキスするのに慣れてる私がサラッとして戻るしかない…!
罪悪感がわいてくるけどそろそろ覚悟決めろなまえ!
「大人ンなってもてめェのツラは忙しいな」
「え!?そ、そうかな」
思考が表情に出ていたみたいで、勝己くんが私の顔を見ながら楽しそうに口角を上げていた。
あ、この少し意地の悪い笑顔、好きなんだよなぁ、なんて思ったところでまた勝己くんのペースになっているのに気付いて軽く頬を叩いて自分に喝を入れる。
「みょうじ」
落ち着いた声で名前を呼ばれて勝己くんを見ると今まで笑っていたのにすごく真剣な顔をしていて、でもそんな表情も好きで、きれいな赤い目に吸い込まれてしまいそう。
もしかしたら吸い込まれてるのかもしれない。
だって勝己くんの顔、近づいて来てる。
そんなことを考えていると何かが唇に触れて、今度は勝己くんの顔が少し遠ざかるのを見てキスされたと気付く。
それを頭が理解するとさっきとは比べ物にならないくらい顔が熱くて火が出ちゃいそう。
「……き、キス、した…?」
「した」
「な、んで」
「出れねェからだろ」
「あ、うん、そっか」
パニックになってる頭を必死に落ち着かせて宙に浮かび上がっている文字を確認すると「条件達成」に変わっていた。
でも、どうしよう。心臓がうるさいくらい鳴って顔が熱い。勝己くんの顔、見れない。
帰るためだけど、なんでキスしたの…?
あの瞳は真剣で、真っ直ぐで、優しくて、私を大切に思ってくれてる、いつもの勝己くんだった。
だけどキスをしたのにあまりにもいつも通りで気にしてないようにも見えてよくわかんないや。
「おら、帰んぞ」
勝己くんに言われて顔を上げると文字の下に扉が出来ていた。
座っている私の前に無言で手を差し出してくれて、そんなところも今と同じだって嬉しくなってその手を掴んで立ち上がった。
「紳士的ですね、勝己くん」
「ケンカ売っとんのかてめェは」
「ううん、そんなところも好きだよ」
なんだかこの頃の勝己くんとお別れだと思うと少し寂しい。
私が最初に好きになった勝己くん。
不器用なところも優しいところも何ひとつ今と変わってない。
「…誰でもいいわけじゃねぇ」
「え?」
「てめェだからキスしたって言っとんだクソが!他の女になんざ死んでもしねぇわ!」
「…うん、嬉しい」
そっか。この頃から私のこと好きでいてくれてたんだ。
高校を卒業して告白してもらえてすごく嬉しかったのを今でも覚えてる。
まさかこんなところでまた不器用に好きと言ってもらえるなんて思わなかった。
勝己くん、耳ちょっと赤い。
可愛いって思っちゃったこと言ったら怒るよね。
「勝己くんと一緒でよかった、ありがとう」
「…そーかよ」
「うん!」
さっき現れた扉を開けると光が眩しくて反射的に強く目をつぶってしまった。
どんどん遠ざかっていく意識の中で「じゃあな」って勝己くんの穏やかな声が聞こえたような気がした。
「なまえ!」
次に聞こえたのはさっき聞いた穏やかな声とは正反対の私を心配して必死に呼びかける声。
目を開けると勝己くんの焦った顔が徐々に鮮明になって見えてくる。
「…勝己くんだ」
「勝己くんだじゃねぇわバカが」
「ふふ、勝己くんだぁ」
頬に傷がある。間違いなく今の勝己くんだ。
頬に触れるとようやく安堵した表情を見せてくれて、私も微笑んだら「笑ってんじゃねェぞクソなまえ」って怒られた。
それだけ私を心配してくれていたんだと思う。
「体はなんともねェンか」
「うん、精神に作用する個性…なのかな。体もなんともないよ」
外傷はなにもない。しっかりと動くし頭だってはっきりしてる。
あの空間、あの時間、あの出来事は何だったのかって聞かれると説明も難しい。
ただわかるのは夢みたいなふわふわした感覚じゃなくて、何もかもがハッキリしていて鮮明ということ。
「巻き込まれてんじゃねぇわ」
「ごめんね」
勝己くんしか見えていなかったけど、プロヒーローが何人か現場で対応をしていて、小規模ではあるけど周りを巻き込んでの個性事故だったんだとわかる。
私が周りを見ていると勝己くんが手を差し出してくれて、やっぱりあの頃から何も変わってないって思いながら手を掴んで立ち上がった。
「なんともねぇなら先に塚内サンとこ行くぞ」
「今日楽しみだったのになぁ…」
久しぶりのデートだし、これから一緒に住むための家具を買いに行くんだもん。今日を本当に楽しみにしていた。
だけどこうして個性事故に巻き込まれてしまっては塚内さんのところに報告に行かなきゃいけない。
悪意や殺意は感じられなかったから個性が暴走したとかそういう理由だと思う。
もし暴走での事故だとしたら個性の持ち主を保護して、同じことを繰り返さないために対策を練る必要がある。
そのための報告はプロとして義務だ。
「さっさと終わらせて行きゃいいだろ」
他の被害者はプロヒーローたちがいるからそちらに任せて大丈夫と判断して、顔見知りのプロに塚内さんのところに先に報告に行くと説明してその場を離れ警察署に向かう。
「先に目ェ覚ましたヤツらが条件達成して個性解除出来たっつってたが、全員条件が違った。なまえのはなんだったんだよ」
「え」
それを聞かれてドキッとした。
高校生の勝己くんとキスして出て来ましたなんて言って信じてもらえるのかとか、勝己くんだったとはいえ目の前にいる勝己くんとは違ったわけだし、いけないことをして来てしまった気もする。
彼氏がいるのに他の男の人とキスしてしまったようなそんな感覚。いや、勝己くんだから他の男の人ではないんだけど。
「ンだよ、言えねェことでもあんのかよ」
「え、えぇ…と…なんというかちょっと複雑でして」
「だからそれ説明しろって言っとんだろ」
どの道塚内さんのところに行ったら勝己くんも同席するだろうし遅かれ早かれバレてしまうことなんだけど…。
なんか思い出したら恥ずかしくなってきた。
「………高校生の勝己くんと、キ、キスするのが条件でした…」
恥ずかしくなって手で顔を覆いながら言うと隣から「ア"?」とすごくドスの効いた声が聞こえて来て、勝己くんの顔を確認すると立ち止まってヴィランのようなすごい顔をしていた。
「……俺以外の男とキスして来たってことか」
「違う、勝己くんなんだよ!高校生の!よくわかんないけどちゃんと勝己くんだったもん!私が勝己くん以外の人とキスするわけないでしょっ!!」
外で大声を出してそんなことを言ってしまったことに気付いて自分の口を手で塞いだ。
間違いなく高校生の勝己くんだったし、個性解除のためでも他の男の人とキスなんてできるはずもない。
でもそれを証明しろと言われても証明する術は無い。
どれも本当のことなのにどうしたら信じてもらえるんだろう…。
「……まァ、なまえに嘘がつけるワケもねェしな」
「信じてくれるの?」
「そう言っとんだろーが。てめェの嘘はすぐわかるナメんな」
信じてもらえたことに安堵して、歩きながら勝己くんにあの空間での出来事を全部説明すると最後まで真剣に話を聞いてくれた。
なかなかに不機嫌そうな顔をしたままだったけれど…。
「…仮にそれが過去の俺だとしてもだ。俺に記憶がねェんじゃ俺じゃねぇ」
「うーん…それはそう、かもしれないけど…」
「嘘ついてねぇこともわーっとるわ」
もう一度顔を見ると不機嫌そうな顔で前を向いたまま、それでもずっと歩幅は私に合わせてくれている。
手を伸ばして触れたいけどきっとそれも払われてしまうんだろうなと思うとただ隣を歩くことしか出来ない。
「クソうぜぇけどそれが俺で、なまえが無事だったンならいい。その代わり抱き殺してやるから覚悟しとけや」
その顔でこのセリフは本当に殺されてしまうんじゃないかって思う。
けど「歩くの遅せぇんだよ」って珍しく私の手を握って歩いてくれるからそれが嫉妬なんだとわかって、こういう不器用なところも全然変わってないって彼のことをとても愛おしく感じる。
「私は今の勝己くんが1番好き!いっぱい好き!」
「ンだそりゃ」
「初めて好きって思った頃よりも今が大好きってこと!」
「言ってろ」
あ、ほらね。
向こうを向いたまま余裕そうな態度のあなたの耳は少し赤くなってる。
やっぱり昔から変わらない。
いつでも手を差し伸べてくれるところも、不器用な愛情表現も、照れて少し赤らむ耳も、私にしか見せないあなたの大好きなところ。
優しいところもかっこいいところも変わらないけど更新されていく。
そんなのどんどん好きになっちゃうに決まってる。
あの空間での出来事があったから今の勝己くんをもっと好きだって実感して、少しだけ個性事故に巻き込まれてよかったって思った。
こんなこと言ったら怒られちゃうから内緒にしておくけどね。
fin.
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