君に贈る花言葉。
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その日は秋だというのに蒸し暑くて、ジメジメと不快感が肌にまとわりついて今にも雨が降り出しそうな日だった。
いつもより早くセットしたアラームの音に起こされて、眠気と戦いなんとか重い瞼を開ける。
カーテンが閉めてあるとはいえ、天気が悪いと言っていた昨晩のニュースが的中して日が差し込まない部屋はいつもより薄暗い。
まだスッキリしない頭のままカーテンを開けると空は分厚い雲に覆われていて、朝方に雨が降ったのか地面が濡れてジメジメとした苦手な天気だ。
勝己くんは雨が嫌いだと言っていた。個性のパフォーマンスが落ちるみたい。
せめて雨が嫌いな勝己くんのためにも雨は降らないでほしいなと思う。
制服に袖を通して髪の毛を結ぶ。
最後に私の宝物で、頑張れるお守り。勝己くんがプレゼントしてくれたネックレスを付けて制服に忍ばせる。
身に付けてるだけで力がもらえる気がした。
身支度をしてリビングに降りるとお母さんは朝食の準備をしていて、お父さんはソファでコーヒーを飲みながらテレビで天気予報を見ていた。
「あらなまえ。おはよう。今日は早いね」
「おはよー。朝に委員会あって1本早い電車で行くよ」
お母さんと会話をしながら冷蔵庫を開け、野菜ジュースを取り出してコップに注ぎ入れてお父さんの隣に腰を下ろす。
「今日雨降るのかなぁ。やだなぁ」
「夜からって言ってるからなまえが帰って来るまでは大丈夫じゃないか?」
「一応折りたたみ傘持って行っとこ。お父さんもちゃんと入れといた方がいいよ!」
野菜ジュースを飲みながらお父さんとニュースを見ているとお母さんが2人分の朝食を持って来てくれたのでお礼といただきますを言って食べ始める。
トーストにイチゴジャムを塗って頬張るとイチゴの甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
「最近は大丈夫なのか?」
お父さんの言うこれは爆豪くんと切島くんと出会うキッカケになったあの事件のこと。
私は正直忘れてる時すらあるのに。
「ん?うん、この通り大丈夫!いつも勝己くんに連絡も入れてるから」
「勝己くん?」
「爆豪くんのことよ。お付き合いしてるのよね?」
「わ!ねえ!お母さんっ!!」
お母さんに言われて恥ずかしくて顔が熱くなる。
お父さんには言い出しづらくてなんとなく内緒にしてた。
仲が悪いとかではない。むしろうちは仲がいい方だと思う。
けど私は一人娘だし、父親は娘のそういうの気にするって言うか、ショック受けるってよく聞くから…。
案の定私が勝己くんと付き合ってるのを知ってお父さんはコーヒー片手に固まっている。
「お父さん黙っててごめんね…勝己くんね、私の事すごく大事にしてくれてるんだよ」
「…そうか」
「今度ちゃんと紹介するね」
「…楽しみにしてるよ」
私の言葉にお父さんは泣きそうで、辛そうで、安心したような、なんとも言えない表情をしていた。
この時の私は父親が娘の彼氏の話を聞いたら複雑な気持ちになるよね、くらいにしか思っていなかった。
もっと私が心配をかけない娘だったら。勝己くんみたいに強かったら。
お父さんはこんな表情をしなくてよかったのかな。
朝食を済ませて身支度を整えてそろそろ家を出ようとしていた時、チャイムが鳴った。
こんな朝早くに誰だろうと思いながら玄関を開けるとスーツ姿の男の人が2人立っていて私は警戒心を強めた。
「警察です。お父さんはご在宅ですよね」
「父になにか御用ですか?」
「すみませんが入らせていただきます」
「あっ、ちょっと!」
そう言いながら彼らは警察手帳を見せてきてそのまま玄関の中まで入ってきた。
なんでお父さんに、こんな時間に用があるの。
「なまえ?どうした?」
私の声にお父さんとお母さんが駆けつけて来て、お父さんは警察の人たちを見て体を硬直させた。
「逮捕状が出ています。間違いないですね?」
その言葉の意味を理解するのは時間がかかって、正直、理解しても何を言っているのかわからなかった。
「逮捕状…?誰の?お父さんの?何言ってるんですか!?朝から迷惑です!」
「主人が何をしたって言うんですか!?お帰りください!!」
私とお母さんはお父さんの前に立って笑えない冗談を言う彼らを追い返そうと必死だった。
朝から人の家に押しかけてきてなんなんだ、この人たちは。
「横領の容疑がかかっています。逮捕状も出ているのでご同行お願いします」
「……お母さん、なまえ…ごめんな」
「何謝ってるの…?やってないことに謝らないでよ!!」
「刑事さん、間違いありません…同行します」
頭が真っ白になった。
みんな、みんな何を言ってるの?
真面目が服を着て歩いてるようなお父さんが横領なんてするはずない。
なんでやってもいないことを認めるんだ。
「なんでよ…なんで!?やってないこと勝手に認めないでよ!!」
「何かの間違いよね?そうなんでしょ!?」
「…間違いじゃないよ。会社の金を使った…」
「なに、言ってるの…?」
「ごめん、ごめんな、2人とも…」
行きましょうとお父さんは勝手に話を切り上げて警察の人たちを促して一緒に出て行こうとする。
「ちゃんと話してくれないとわからない!!お父さんだけ一人で納得しないでよ!!私とお母さんはどうしたらいいの!!」
「…ごめんな」
その言葉が聞こえたと同時にバタンと玄関が閉まり、私とお母さんは置き去りにされた。
状況が理解出来ない。
さっきまで一緒にご飯を食べて、話してた。
いつもと変わらない朝だった。
なのになんで、こんな数分で一気に地獄の底に落とされたみたいだ。
「…お母さん、どうなってるの?」
「お母さんだってわからないよ…なんで、そんな…」
お母さんは泣き崩れてしまったけど、私は理解が追いつかなくて、本当に何もかもに置き去りにされたみたいだった。
夢なら早く覚めて欲しい。
早く起きて、お父さんとお母さんと笑って、いつもみたいにくだらない話をしよう。
「勝己くんに会ってくれるんじゃないの…」
そう呟いた自分の言葉に頭が冴えて冷静さを取り戻したのがわかる。
一気にいろんなことが頭を巡った。
首にかかっているネックレスを握りしめると強くなれる気がする。
私は決心した。
「お母さん、この家出よう」
私が出した答えはこれだった。
お母さんは困惑した表情をしていたけれど、もうそうするしかないんだ。
お父さんは何もやってない。それを信じる。
でももし仮に、何かの間違いが起きてお父さんの容疑が固まってしまった時、最悪の事態を考えたらこの家は出るしかない。
「必要最低限の物だけ準備してすぐに出よう」
私は冷静だったと思う。
お母さんにそう告げてリビングに置いたままだった鞄を持って部屋に戻る。
机に鞄を置いて携帯を開くと勝己くんから「今日早ぇんじゃねぇんか?」と何時になっても家を出ると連絡をしない私を心配したメッセージが入っていた。
それを見て一気に視界がぼやける。
「今日は休んだの。ごめんね、ありがとう。」そう勝己くんに返信する。
そう言えば私が家にいると思うから、勝己くんが心配して家に来るようなことも、少なくとも私とお母さんが出て行くまではないと思う。
溢れた涙を袖で拭って引き出しから便箋を取り出す。
必死に涙を堪えようとした。
けれどとめどなく溢れて来て、感情も何もかもぐちゃぐちゃだ。
お父さんのことも、これからのことも、どうしていいかわからない。
でも、勝己くんを巻き込んだらいけない、これだけは揺らぐことなく決まっていた。
勝己くんはプロヒーローになるんだ。
犯罪者…の、家族が隣にいたら勝己くんの夢の邪魔になる。
私は身を引かなきゃいけない。
何かあったら私がストッパーになると決めていたから。
自分のやりたいことを終えて、リビングに戻った時には私の目は腫れてひどいものだったと思う。
お母さんも憔悴した様子だった。
「準備、終わった?」
「なまえ、本当にこの家を捨てるの?」
「…人の噂話って広まるの速いんだよ。ここにいたらお母さんのこと守れない」
犯罪者の家族と石を投げられるかもしれない。
そうなったら優しい母はもう立ち直れなくなってしまう。
そうなってしまう前に、最悪を想定して動くんだ。
「爆豪くんはどうするの?」
「…勝己くんとは、さよならっ、する…っ」
涙を流さないように必死に耐えるけれど、その言葉を口に出すと現実味を帯びて心臓が刺されたみたいに痛んで、耐えきれなくなった涙が次から次にこぼれ落ちる。
お母さんが私を抱きしめてくれて、涙は止まるどころかもっと溢れ出して来る。
拳を強く握る。
全部置いていこう。そう決めた。
揺らぐ前に、気付かれてしまう前に消えよう。
私はお母さんと住み慣れた家を、思い出を、大切なものを、勝己くんへの気持ちを、全部を置いて家を出た。
Side 爆豪
朝のメッセージが気になった。
寝坊なんてしねぇなまえがいつになっても連絡して来ねぇし、やっと返って来たと思ったら「今日は休んだの。ごめんね。ありがとう。」っつー短ぇメッセージ。
いつものなまえじゃねぇ気がした。
俺を遠ざけるような、突っぱねるような、直感でそう思った。
休み時間に何度か電話もしてみたが一回も繋がらねぇ。
「電話出ろ」そうメッセージを送ったのはいつの間にか既読が付いてるから見てシカト決め込んでやがんな。
そう思うと腹立たしくなって来る。シカトたァいい度胸してやがる。
授業が終わると同時になまえの家に行くために外出許可書を提出して校外に出てからもう一度なまえに電話をかけるとすぐに切れる。
何度かけても繋がることもなく切れる。
あんのクソ女…着拒にでもしやがったか!?
俺が何したっつーんだよ!
心当たりが全くねぇ。
昨日の夜もいつも通り電話して、楽しそうに笑って、違和感もなかった。
自分の知らねぇとこでなんかあって、理由も言わずに連絡手段も絶たれる。
「泣かし殺したるわクソ女が」
なまえの家に着くが人の気配がしねぇ。どこ行ってやがんだ。
そう思いながら門を開けて敷地内に入ると玄関の前に手紙と、その上に赤い花が一輪置いてあるのに気付いた。
花…なまえだ。
封筒に「勝己くんへ」と丸っこい文字で書いてあるのを確認して中の手紙を取り出して読み進めていく。
「……は?」
『勝己くんへ
直接言えず、こんな形になってしまってごめんなさい。
出会ってからずっと勝己くんは優しくて、ずっと一緒にいてくれて、私を笑顔にしてくれるヒーローでした。
勝己くんにはプロヒーローになる夢を実現させて欲しい。
夢の邪魔になるから、私はもう、勝己くんの隣にはいれません。
絶対にトップヒーローになってね。
プロヒーローになった勝己くんの活躍をどこか遠くから応援しています。
私は、勝己くんが誰よりも、何よりも、1番大好きでした。
こんな私を好きになってくれてありがとう。
大事にしてくれてありがとう。
勝己くんと過ごした時間はとても幸せでした。
何も返せなくてごめんね。
最後の最後まで迷惑かけてごめんね。
勝手に全部決めてごめんね。
私のことは忘れて、もっともっと幸せになってください。
大好きでした。
ありがとう。ごめんね。さようなら。』
力いっぱい手紙を握りしめる。
なんなんだ、これは。意味がわからねぇ。
俺が納得出来る理由がひとつも書いてやしねぇ。
邪魔になる?隣にいれねぇ?ふざけんじゃねぇぞクソが!
俺がどんだけてめェの存在に支えられてると思っとんだ。
勝手に決めてんじゃねぇわクソ女!!
手紙、いろんなとこが滲んでんだよバカが。
泣いてんじゃねぇか。
人を突き放すんならもっと上手くやれや。
手当り次第なまえを探したがどこにもいやしねぇ。
何も知らされなかった悔しさ、来るのを後回しにした後悔、俺がいないとこで勝手に決めて泣いてやがる苛立ち、なまえがいなくなった喪失感。
いろんなドス黒い感情が渦巻いて来やがる。
「おい、爆豪どうしたんだよ!?」
「どうもしねぇわ!ほっとけや!」
寮に戻った俺を見るなり切島が絡んできやがった。
肩に置かれた手を思い切り振りほどく。
クソうぜぇ。
「どうもしねぇ顔してねぇよ。みょうじか?」
「今アイツの名前出すんじゃねぇよ」
「ケンカでもしたのか?」
「ケンカすらしてねぇんだよ」
「…何があったんだよ」
舌打ちをして切島を俺の部屋に入れてなまえの残したグシャグシャに握りつぶした手紙を見せる。
それを読むと切島の顔からは血の気が引いてた。
「なんだよ、これ…どういう…」
「知らねぇよ。それがアイツんちに置かれてた」
何もわからねぇ。わからねぇからイライラする。
なまえが意味もなくこんなことするはずがねぇ。
何かがあったのは確実だ。
「電話も着拒してやがって繋がらねぇ。今どこにいるかもわからねぇ」
「…みょうじ、これ書きながらすげぇ泣いてたんだな」
「ンなもんわかってんだよ!こんなンしたくてしたわけじゃねぇことも、アイツが何かから俺を庇うためにいなくなったことも、わかっとんだ」
握りしめた拳に更に力が入る。
俺に何の相談もしねぇで決めたなまえにもだが、1番はこの状況に何も出来ねぇ自分の不甲斐なさと歯がゆさに心の底から腹が立つ。
少しもスッキリしねぇまま切島は自分の部屋に戻って行った。
クソ髪のクセに俺に気ィ遣ってやがったが、アイツも理由がわからないままなまえが突然行方をくらませたのはショックがデカかったらしい。
一人になると虚無感に襲われた。
テーブルに無造作に置いた花が目に留まり、それを手に取って眺める。
知らねぇ花なんて置いて行きやがって。花詳しくねぇの知っとんだろーが。
「どこにいんだよ、バカ女…」
しばらくの間、俺は自覚もなかったが塞ぎ込んでると思えば荒れ狂ってたらしい。
そんくらい俺はなまえが大切で、心底惚れてて、なまえが隣にいんのが当たり前になってた。
生活の一部で、体の一部みてぇな感覚だった。
それが突然消えた。息苦しくてしょうがなかった。
ポニーテールになまえが残した花を見せたら「スイートピー」で花言葉は「別離」「優しい思い出」と言っとった。
勝手に人を思い出にしてんじゃねぇわ…ボケ。
今どこで何してやがんだ。
顔が見てぇ。
抱きしめて離したくねぇ。
強く握った自分の拳を見て決めた。
「俺ァ、オールマイトをも超えるNO.1ヒーローになってやらァ。そんで、俺の存在をてめェに見せつけてやる」
結局俺がやることは変わらねぇ。
てめェが望むンならやってやる。
そんでいつかてめェを探し出して泣かし殺したる。
俺はてめェみてぇにいつまでも下向かねぇからな、バカなまえ。