君に贈る花言葉。
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数日間はテレビを付ければ私たちのことがニュースで流れていた。
会見の次の日も仕事で街をパトロールする勝己くんにはメディアが張り付いていて、仕事の邪魔だと怒鳴り散らしているところを流されていたけれど、その姿はいつも通りのダイナマイトだと特段何かを言われるわけでもなかった。
会見を見た世間の反応は、もちろん厳しい意見もあった。
だけどきっとダイナマイトの活躍をしっかり見て支持してくれている人が多かったんだと思う。
「あのダイナマイトが頭を下げるなんて、生半可な覚悟であの場に立っているわけじゃないと思う」
「交際女性と俺たち市民を守ってNo.1ヒーローになるって言うのも有言実行するんだろうな。今までもそうやってんの見てきた」
「何があったって結局は当人同士の問題で、関係のない私たちが二人の交際や事情に口を挟むのは違うと思う。思い合っているのがすごく伝わった。そっとしてあげたらダメなの?」
「単純に二人を応援したくなった」
勝己くんは「他人の言うことなんざどうでもいい」と興味なさそうだったけど、私にとってはすごく嬉しい言葉だった。
そして人というのはあっという間に次の出来事に関心を移すので、今回の件も1週間が経つ頃にはニュースの話題にもならなくなり、私も今まで通り仕事をすることが出来た。
会見から1ヶ月が経った頃。
父が刑期満了を待たずに出所することが決まり、今日は出所の日。
早まった理由は裏でヴィランが動いていたことが公になったことによって、娘を人質に取られていたことなどがわかり、情状酌量の余地があると判断されたから。
私は法律なんかには詳しくないけれど、少しでも早く出所出来ることは嬉しい。
とはいえ6年もの間刑務所に入っていた父に社会復帰はとても困難だとも思う。
でもあの時父が人生をかけて私を守ってくれたように私も今度は父を支えたい。
お母さんと刑務所に行き、必要な手続きを済ませていく。
勝己くんは一緒に迎えに行ってもいいと言ってくれたけれど、甘えてしまうと思ったから断った。
私とお母さんは緊張して上手く喋ることも出来ずに、ただずっと黙ったままお父さんが出て来るのを待った。
無言の重く長い時間が続いているとキィ…と金属音が鳴り、そちらを見ると刑務官と一緒に痩せてやつれて、思い出の中よりも歳をとった父が立っていた。
「…おとうさん」
「……母さん、なまえ…」
久しぶりに聞く父の声はかすれていたけれど、あの頃と変わらない優しい声だった。
私もお母さんも泣きながら父に駆け寄って抱きしめると、細くなった腕で抱き締め返してくれる。
「ごめん、ごめんな…バカだった、お前たちを苦しめた…ごめん…っ」
「本当にバカよ、あなたは…!なんで言ってくれなかったの!他のやり方もあったはずなのに…っ!」
苦しかった。辛かった。なんでそんなことしたの?お父さんがあんな事しなかったら、って何度も何度もお父さんを責めた。
でもそれは全部私のためだった。
お父さんを苦しめて、辛い思いをさせて、人生を台無しにしたのは私の方だった。
「お父さんにだけ全部背負わせて、ずっと会いに来る勇気がなくて、遅くなってごめんなさい」
「何も言わずに勝手なことをした父さんが悪い。なまえは何も悪くないよ」
何ひとつ変わらない。優しいお父さん。
知らないうちにこの優しさにずっと守られて生きて来た。
親だからとお母さんは言ったけれど、お父さんもたくさんの覚悟をしたはずだ。
「ずっと、今までずっと、私を守ってくれてありがとう…!私、もう、大丈夫だから…お父さん、ありがとう」
お母さんは、お父さんは私に責任を感じてほしくないはずと言った。
私には笑顔で幸せでいることが恩返しになると。
だからきっと、お父さんには「ごめんね」よりも「ありがとう」をたくさん伝えた方がいいんだと思った。
私がありがとうを伝えるとお父さんは泣きながら「うん、うん…」と何度も頷いていた。
「…ほら、2人とも。いつまでもここで泣いていたら迷惑よ」
涙でぐしゃぐしゃになった顔に笑顔を作って私とお父さんの背中を軽く叩くお母さんは強い人だ。
私も涙を拭ってからお父さんの少ない荷物を持って、お父さんの手を握った。
幼い時ぶりに握る父の手は昔よりも細くて弱々しく感じる。
「お父さん、帰ろ!」
被害が出ているからこんなことを思うのはいけないことなんだと思う。
だけど、それでも人生をかけて私を、家族を守ってくれた父はすごい人だと誇りたい。
また家族3人で笑って暮らそう。
ここからやり直そう。
家に帰って久しぶりに家族3人での時間を過ごした。
食卓を囲みながら保育士になって働いてること、勝己くんのこと、お母さんと喧嘩したことや大笑いしたこと。
今までの時間を埋めるようにずっと笑いあって話をした。
お父さんも最初はぎこちなく笑っていたけれど、次第に昔の笑顔に戻ってきて嬉しかった。
「なまえは強くなったね」
お父さんに突然そう言われて何のことかわからなかったけれど、ヴィランやお父さんのことがあって、世間に晒されて、たしかに私は前よりも強くなったかもしれない。
私が強くなれたのはお母さんを守らなきゃって気持ちと、それから何より勝己くんの存在があったから。
彼がいなかったら私は今どうなっていたかわからない。
「うん、ヒーローがそばにいてくれるから強くいられるんだよ」
「…そうか、ヒーローか」
なんだか複雑そうな顔をして微笑んだお父さんに「これが現実よ」とお母さんが言うと今度は悲しそうな顔をしていた。
私が言うヒーローが勝己くんだとわかっているから、娘を持つ父としては複雑だったんだと思う。
そんなお父さんを見て私は少し笑ってしまった。
「今度お父さんにも紹介するね」
「あ、あー、うん…そうだね」
「前に約束したでしょ!」
「会ったらいいじゃない。爆豪くん、口は悪いけどいい子なんだから」
歯切れ悪く返事をしたお父さんにとってはお母さんの一言はトドメだったみたいで頭を抱えてしまっていた。
面白がって笑うお母さんと大袈裟だなぁって思いながら一緒に笑っていると近くに置いていた携帯が短く振動したので画面を確認する。
「終わった。家か」といつも通り簡素なメッセージが勝己くんから届いて表示される。
いつもは仕事が終わると打つのがめんどくさいからと電話をかけて来るのにメッセージで送って来たのは、今日がお父さんの出所日で、家族でゆっくり過ごしていることを知っている彼の気遣いだ。
「電話してくるね」と伝えて自分の部屋に戻ってから勝己くんに電話をかけると耳元で規則的なコール音が3回鳴った後に電話が繋がった。
「あ、勝己くん?お仕事お疲れさま!無事に帰って来たよ」
「よかったな」
「うん…よかった」
勝己くんの声を聞くと一気に安心して、会いたい気持ちが大きくなる。
でも今日はお父さんが帰って来た日だから、家族の時間を大事にしようと決めていた。
「…今日くらい家族でいろや。久しぶりなんだからよ」
「そのつもり。勝己くんにも会いたいんだけど、今日は声だけでガマンするよ」
私が思ってること簡単にわかっちゃうんだなぁ。
表情を見ているわけでもないのに、私ってそんなにわかりやすいのかな。
嘘をつく気なんてないけど、簡単に見破られてしまうから勝己くんにはいつだって嘘はつけないや。
「明日仕事のあと何しとんだ」
「んー?明日は予定入れてないよ」
「終わったら来とけ」
「どうしたの?珍しいね」
いつもは職場まで迎えに来てくれたり、私が自発的に勝己くんの家に行ったりが多くて勝己くんから来とけと言われたことは数える程しかない。
だからどうしたのか聞くのは普通だと思ったんだけど。
「自分の女に会って抱きしめんのにどうしたもクソもねェんだよ」
電話越しだけれど耳元でこんなことを言われてしまっては一気に顔に熱が集まって来る。
それと同時に勝己くんに会って気持ちと体温や匂いを感じたいと思う気持ちがますます大きくなって、期待してる自分にも恥ずかしくなる。
「照れとんのかよ」
「…そんなことないよ」
「期待しとんだろ」
「……楽しんでるでしょ」
勝己くん、絶対今悪い顔してる。こういう時はいつもそう。
私が恥ずかしがるのを楽しんでるんだから。
今は顔も見えないけど、ちょっと意地の悪い顔もかっこよかったりするから困る。
いっつも翻弄されっぱなしで悔しいなぁ。
「明日会ったらいっぱい甘えさせてもらうからね」
「楽しみにしててやるよ」
きっと心配してくれていたんだと思う。
だから言葉はいつもと変わらないけど声が優しい。
勝己くんは私の変化にすぐ気付いてくれるけど、私だってずっと勝己くんを見ているからわかる。
粗暴と思われるけど本当はとても優しい人。
勝己くんとの電話を切ってリビングに戻るとお母さんはお風呂に入っていてお父さんが1人でテレビを見ていた。
私に気が付くとテレビを消してこちらに向き直る。
わざわざ消さなくてもいいのに。
「爆豪くんかい?」
「うん、お父さんのこと気にかけてくれてたから」
「お母さんに聞いたよ。ずっと爆豪くんが動いてくれていて、今回ヴィランが捕まったのも爆豪くんのおかげだって」
「私たち家族は勝己くんに足向けて寝れないね!」
そう笑って言うとお父さんも微笑んだ。
優しい笑顔だって思う。
「…お礼をしないとね」
「勝己くんに?」
「…今度、紹介してくれるかい?」
6年前のあの日からお父さんは複雑そうな顔をしていた。
もちろん娘の彼氏を紹介してもらう、なんて親としては複雑なんだと思う。
けどあの日は罪を犯して自分が捕まることをわかっていたから。
さっきこの話をした時も複雑そうで、それは前科が付いてしまった罪悪感もあったんだと思う。
でもお父さんからそう言ってくれた。
お父さんも前に進もうとしているんだと嬉しくなって、込み上げて来そうになる涙をぐっと堪えた。
「うん、もちろん!」
きっとこれからも困難なことはあると思う。
でも私たちなら大丈夫。
私たち家族はこれから前を向いていこう。
ここからはきっと明るい未来だよね。