君に贈る花言葉。
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都会の喧騒の中、毎日同じ道を通って、仕事に行く。
仕事が終わればまた同じ道を通って帰る。
なにも変わらない毎日。
行き交う人々に目を向けると通勤時間帯なだけに仕事へと急ぐ人や学校に向かう学生たちが多い。
中睦まじそうに会話をする高校生の男女が視界に入り、見つめてしまっては頭を振って視界から外す。
恋人同士の学生を見ると嫌でも思い出してしまう。
私の恋はただ甘酸っぱい、青春の思い出、とはとても言えない。
すごくすごく幸せで、苦しくて、辛くて、悩んで、自分の心を押し殺した。
大好きだった彼から離れたのは私の決断なのに、今でも未練がましく彼を忘れられずに思い出してしまう。
私は本当に未練がましいと首にぶら下がるネックレスを握りしめる。
忘れられない言い訳をするなら、今日も彼が街頭テレビに映っているから。
爆豪勝己。ヒーロー名、大・爆・殺・神 ダイナマイト。
プロヒーローになる夢を叶えた彼はヒーロースーツを着て毎日のようにニュースで取り上げられている。
毎日嫌でも彼の顔をテレビで見る。ネットを開けば記事になっている。
毎日毎日。きっと私はこれから先も彼のことも、彼への恋心も、忘れられることはないんだと思う。
それはきっと、彼の気持ちを考えずに勝手に彼の元から消えた私への罰なのかもしれない。
「いつまでも撮ってんじゃねぇ!散れ!」
テレビから流れて来た彼の声。
粗暴なところは相変わらずだ。しっかり撮られて流されてしまってる。
言葉遣いが悪いだけで本当は周りを見てすぐに状況を把握出来る。
周りの人のことを考えてるのに損だよと何回彼に言ったことか。
ああ、だめだ。気を抜くとすぐこれだ。
彼のことをすぐに考えてしまう、悪い癖。
彼の情報を遮るようにギュッと目を閉じて職場までの道を早足で進もうと足を出す。
私が目を閉じたのが悪かった。
すれ違った人とドンッと肩がぶつかってしまって、あ、転ぶと思ったけど私が転ぶことはなく、その人が私の腕を掴んで支えてくれていた。
「すみません…ありがとうござ…い……」
なんで。
なんでここに。
ずっと会いたくて、会いたくなくて。
忘れたくて、忘れられなくて、忘れてしまいたかった人。
「なまえ…」
「勝己くん…っ」
人混みなのもあってヒーロースーツではなく私服を着た彼に誰も見向きもしない。
こんな人混みなのに時間が止まって、私たち二人だけの世界みたいだ。
私はすぐに我に返ってその場から逃げようとするけど、男性の、それもプロヒーローの力だ。私なんかがどうにか出来るはずもない。
「離して…っ」
「離すかよ」
「痛いからっ」
「…来い」
「ちょ、ちょっと」
彼はグイッと私の腕を引っ張ると有無を言わさずグングン歩みを進めて行く。
怒ってる時の歩き方だ…とわかってしまう自分がいた。
こんなに人が多い都会で、なんで会ってしまったんだろう。
人気のない路地に連れて行かれた。
ヒーロースーツを着てないとはいえ、彼は有名人だ。
プロデビューしてまだ3年目のルーキーだけど知名度も高いし、粗暴とは言われても実力は確かで人気も出て来ている。
そんな彼が女と一緒に歩いてるとでもなればワイドショーやらネットやらを騒がせることになってしまう。
「私これから仕事なの…」
「人の顔くらいちゃんと見ろや」
「……本当に時間ないの」
正面から彼の顔なんて見れるはずがない。
私は彼に対して罪悪感と後悔と、抱えていいはずがない気持ちでいっぱいだ。
早く目の前から消えてしまいたい、そう思いながらいろんな気持ちを隠すようにネックレスを握りしめた。
「……チッ、職場どこだよ」
「…………」
「言わねぇと遅刻だからな」
「……○○保育園」
一度言ったら曲げない、こういうところ変わってない。
私の職場がわかった彼は私の手を握って歩き出す。
彼の体温に懐かしさを感じて涙で視界が滲むのを必死に堪える。
「本当に時間ないの」
「保育士、なったんだな」
「………うん」
彼の歩幅は広くて、私は早歩きになって少し息が上がる。
普段は私のペースに合わせてゆっくり歩いてくれるのに、昔から怒ってる時はいつもこうだった。
彼について行くのに必死だけど、周りは見慣れた景色。
私の職場に向かってる…。
職場である保育園には同僚の先生たちも、園児も、もちろん子供たちを送りに来た親御さんたちもいる。
彼と一緒にいるのを見られたくなかった。
「送ってくれてありがとう。ぶつかってごめんなさい。それじゃあ…」
「なまえ」
職場に着くなり私はまくし立てて話して園に入ろうとしたけど、彼に名前を呼ばれると反射で止まってしまう。
彼が名前を呼んでくれる声は変わらずに耳心地が良くて罪悪感が増していく。
「仕事終わんの待っとる」
背中に彼の声がしっかりと届いたけど、私はそのまま園の中に入って仕事の準備に取り掛かる。
最悪だ。ずっとずっと会わないように生きて来た。
偶然会って職場まで知られてしまった。
彼のことだ、本当に私の仕事が終わるまで待っていると思う。
もう、逃げられない。
パシンと自分の頬を叩いて気持ちを切替えて仕事をする。
「なまえ先生おはよー」
「あ!おはよー!今日の髪留め可愛いねぇ!」
「うん!ママが買ってくれたの!」
「わぁ!いいなぁ!」
1歩職員室の外に出ると可愛い子供たちが駆け寄って来てくれる。
保育士という職業で、やる事もそれなりに多くて大変だけど、園児たちが私の毎日の癒しだ。
日々の業務をこなしつつ、子供たちとも遊ぶ。
ハードな仕事だけどやり甲斐がある。
「うわああああん!!」
「どうした~?」
男の子の大きな泣き声が聞こえて駆け寄るとどうやらもう1人の男の子とケンカをしたようだった。
事情を聞くとオモチャの貸し借りが上手くいかずに手が出てしまって男の子が泣いてしまったらしい。
「貸してもらえなくて悔しかったよね?でも叩いたらダメ。お友達は痛くて悲しくなっちゃうよ。まずはちゃんとお話しよう?そうしたら仲良く遊べるよ」
「うん…たたいてごめんね」
「ぼくも貸さなくてごめんね」
子供たちは素直で、すぐに仲直りして一緒に遊び始める。
途中で子供たちに言った言葉は自分に全て返って来てると思った。
勝己くんの気持ちを考えないで、聞きもしなかった。話をしなかった。
でも、夢を叶えて人気上昇中の彼を見たら、今でもそうしてよかったと思う。
勝己くんと話をしたら自分を抑えきれなくなりそうで怖い。
私は、弱い。
一日の仕事が終わって着替えを済ませて園を出る。
外はすっかり暗くなってしまった。
周りを見渡しても勝己くんはいなそうだ。
彼もプロヒーローで忙しいから。
そんなことを考えて勝己くんがいなくてホッとする自分と、寂しさを感じている自分がいることに気付く。
だめだよなまえ。
私は勝己くんの傍にいたらいけないんだよ。揺らいだら、だめだ。
ふぅ、と息を吐いて彼がいないうちにここから立ち去ろうと小走りをしたけど腕をガシッと掴まれてしまう。
掴まれた方を見ると赤い髪。勝己くんじゃない。
その人は私の顔を見てニッと笑った。
「よ!みょうじ久しぶり!」
「き、切島くん?」
切島鋭児郎。勝己くんの友達で、昔は私とも仲良くしてくれていた。
いつも髪の毛を立たせてるけど今日は下ろしたままですぐに気付けなかった。
「なんでここにいるの?」
「爆豪に頼まれた!アイツ、ヴィラン退治に呼ばれちまってこの住所にみょうじいるからとっ捕まえとけってさ」
やっぱり勝己くんは仕事になったんだ。
だからって切島くんを呼ぶなんて用意周到というかなんというか。
目の前にいる彼もプロヒーローになってメディアでよく見るから、私にとっては久しぶりという感じでもない。
「一緒にいるの、見られたくない」
「え、ああ!そうだよな!?気が利かなくて悪ぃ!職場だし俺と付き合ってるとか言われたら困るもんな!?」
「そうじゃないけど」
「爆豪の事務所に連れて来るように言われてんだ、行こーぜ」
そうじゃない。私が困るわけじゃない。一緒にいるのを見られて困るのはプロヒーローであるあなたたちなの。
勝己くんは夢を叶えて、まだルーキーなのに最近自分の事務所を構えた。
そこに向かうために切島くんの車の助手席に押し込まれてしまった。
「みょうじ元気にしてたか?」
「うん。いつも切島くんと勝己くんの活躍、ニュースで見てるよ」
「おお!そっか!爆豪そのために頑張ってたもんなぁ」
「え?」
「いやさ、みょうじがいなくなった後アイツ荒れまくってさ。元々トップヒーローになるのが爆豪の目標だったけど、俺の存在なまえに届かしたらァってそっからもっと頑張ってたんだぜ!」
初めて聞いた、私がいなくなったあとの勝己くんの話。
罪悪感で押しつぶされそうになる。
「みょうじ。なんで爆豪の前からいなくなったんだよ」
絶対に聞かれると思ってた。
でも知られたくない。
「隣にいたらいけないと思ったから。私は勝己くんの夢の邪魔になる。切島くんにとっても私は邪魔になる。だから、一緒にいたくない。いれない、だから」
切島くんは運転をしながらも真剣に私の話を聞いてくれている。
息がしにくい。
「俺はみょうじのこと邪魔だと思ったことなんか一度もねぇ!爆豪だって」
「邪魔だって思うよ!!何も知らないから…知ったら邪魔だって思うよ…っ」
つい感情的になって大声を出してしまった。
握った拳をもっと強く握る。
「…大きい声出してごめんね」
「……みょうじに何があったかは俺も爆豪も知ってんだ」
「……さすがプロヒーローだね。でも、だったら、自分たちの立場を考えてよ」
「そんなもん関係ないだろ。爆豪だってそう言うと思うぜ。それにさ、責めるわけじゃねぇけど、突然みょうじがいなくなって俺ですらキツかった。お前と付き合ってた爆豪はもっとだったと思う。そんなに自分を追い込むなよ」
切島くんは優しい。知り合った時からずっと優しい人だ。
その優しさにすがりつきたくなる。
でも、ダメだ。私はやっぱり2人が掴み取った夢を、これからを奪いたくない。
「着いたぞー、爆豪の事務所」
勝己くんの事務所の駐車場に慣れたように車を停め、中に入ると勝己くんのサイドキックたちが出迎えてくれた。
「烈怒頼雄斗!お疲れ様です!ダイナマイトから話聞いてます。どうぞ」
「おお、サンキュー!」
サイドキックに会釈をしてる間に切島くんはズカズカと入口から一番奥にある勝己くんの部屋に入って行くのを見て慌ててついて行く。
なんの躊躇もせず扉を開けて中に入るのを見るともう何度も来たことがあるんだろう。
「遠慮せずみょうじも座れよ!」
「……帰りたい」
「悪いけどそれはさせられねぇ。爆豪とちゃんと話してやってほしい」
「………」
仮に私が逃げようとしても切島くんにすぐ捕まる。
部屋の外には勝己くんのサイドキックの人たちもたくさんいるし。
切島くんにまた促されてソファの端に座る。
どうやったらこのまま乗り切れるだろうか。
どうしたら私のことを忘れてもらえるだろうか。
勝己くんの事務所に着いて30分くらい経った頃。
バンッと勢いよく部屋の扉が開いてビックリしてそっちを振り向くと篭手を外してマスクはおでこに上げたままのヒーロースーツ姿の勝己くんが立ってた。
彼の全身を見て大きな怪我はしていなそうで安堵する。
余程急いで帰って来たように見える。
勝己くんと目が合って慌てて俯いた。
「おー爆豪!お疲れ!待ってたぜ!」
「逃げなかったんかよ、なまえ」
「……逃げられないように切島くん付けてたんでしょ」
重苦しい空気。
それを作ってるのは私だってわかってる。
「なまえ」
勝己くんに名前を呼ばれてビクリと肩が跳ねる。
怒ってはいない。穏やかな声。
そんな声で呼ばないで。
私の好きな、優しい声で呼ばないでよ。
「全部話せ、てめェの過去」
「知ってるんでしょ」
「俺が聞いとんのはなんでてめェが消えたのかだ」
「そんなのっ、私が二人にとって邪魔になるからだよっ!!二人の邪魔にならないで済むなら、気持ち押し込めるくらい出来るもんっ!!」
「……出来てねぇじゃねぇか」
「…出来てたもん」
感情的になって拭っても拭っても涙が溢れてきて、泣きたくないのに止め方がわからならない。
必死に涙を拭ってるとギュッとあたたかくて力強い物に包み込まれた。
懐かしくて、安心できて、大好きで。
勝己くんの腕だ。
あの時と何も変わらない。匂いも、力強いのに優しいのも、全部大好きなあの頃のままだ。でも。
「離して…」
「離さねぇっつったろ」
「やだ、」
「なまえ。いい加減頼れや。全部受け止めてやる。だから全部話せ。てめェを守るのが俺だろーが」
私はタガが外れたように勝己くんに抱きしめられながら泣いた。
泣いて泣いて、これまでせき止められてた物が一気に出て来た気がした。
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