僕らの日常。
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時間の流れが遅い。
あの日からまるで時が止まってるみたい。
先生の怪我は大丈夫だろうか、勝己くんと緑谷くんは目を覚ましただろうか、みんなは休めているだろうか。
…勝己くんの声を聞きたい。顔を見たい。会いたい。
極限状態の中で考える余裕が出来るとすぐに心が弱くなる。
こんなんじゃだめだ。
「みょうじさん、全然寝てないでしょ?少しは寝ないと」
「ありがとうございます。でも私は大丈夫です」
作戦決行から2日後。
私にはもっと長い時間に感じていた。
体も心も疲弊して、とっくに限界を超えているはずなのに眠ることが出来なかった。
寝ようとすると悲しみも悔しさも苦しみも全部一気に襲って来て涙が止まらなくなってしまった。
それなら誰かと会話をしながら仕事をしていた方が気を張ったままでいられた。
無理やりにでも心を保っておかないと脆く崩れてしまいそうになる。
「少し気分転換したら?こんな状況で気分転換もないだろうけど、好きな人に電話してみるとか」
一緒に活動しているプロヒーローにそう言われて、当たり前に脳裏に浮かぶのは勝己くんで。
声を聞きたいって何度思っても出来ない。
心配で胸が張り裂けそう。
早く目を覚ましてくれることだけずっと願ってる。
あぁ、だめ。今泣くな。
「……えへへ、そうですね!あとでかけてみようかなぁ」
相手にこれ以上心配かけないようにと明るく振る舞いながら避難所の掃除をする。
少しでも気を抜けば泣いてしまいそうで唇を噛んで、極力相手から表情が見られないようにした。
「あ、やっぱり好きな人いるんだ!青春~!」
「っ、……そうなんです、あはは…。あ!私備品取りに行ってきますね!」
そう言って逃げるように外に飛び出した。
なんでもない一言、だけど「青春」って言葉をミッドナイト先生がよく言っていたから顔が浮かんで涙が滲む。
何もかも悪い夢だったらいいのに。
私は強くなるどころか泣き虫になって弱くなったんじゃないかって思う。
…ヒーローが泣いてたらみんな安心出来ない。
こんなの私がなりたいヒーローでも、先生たちが望むヒーローでもないはずだもん。
これじゃダメだ。
「っし!」
パシンと自分の頬を叩いて弱気な心を追い出す。
気持ちを入れ替えて避難所の中に戻ろうとするとヒーロースーツの中に入れていた携帯が振動し始める。
誰かからのメッセージを受信したのかと思ったけど何回も振動してるから携帯を取り出すとそこにはずっと焦がれた人の名前が出ていた。
ずっとずっと声を聞きたかった。
通話ボタンをタップする指が震える。
もしもし、その一言が詰まって言えなかった。
「…なまえ」
少し掠れた優しい声で私の名前を呼ぶ声が耳元で聞こえて、胸がいっぱいになった。
その声を聞いただけで緊張の糸が解けて、安堵の涙が溢れて止まらない。
気持ちを入れ替えたはずなのに、返事をしたいのに嗚咽で思うように声が出ない。
「か、かつ…きくん…ぅ…」
「ん」
「よかった…ほんとに、よかったぁ…っ」
「心配かけて悪かった」
もっとちゃんと話をしたいのに「ううん」って言うのが精一杯で、私の方がこんなに泣いて勝己くんに心配させちゃう。
泣いて言葉が出ない私のペースに勝己くんが合わせてゆっくりと時間をかけてくれてるのがわかる。
「怪我は…?もう起き上がってるの?」
「あー、まァ。こんなん大したことねーわ」
歯切れが悪い。きっとまだ安静って言われてるのに動き回ってたんだ。
何日も昏睡状態だったから大したことないわけないのに。
なのにいつも通りで、大怪我したのは勝己くんなのに、私のことを気にかけてこれ以上心配かけないようにしてる。
「…ごめんね」
「あ?なにが」
「止めなかった、から…。それに、私が近くに行けたら、回復してあげられたのに…っ、私、帰らないって決めて…!」
「俺ンこと信じてくれてたからだろ。それに自分の怪我は自分の責任だわ。なまえはやることやってンだから謝る必要ねぇだろ」
後悔して、すごく不安で、自分を無力に思って悔しくて、でも勝己くんの声を聞いてすごく安心して、いろんな感情が表に出てきて涙まで止まることなく次から次に出て来る。
「相澤先生と緑谷くんは…?」
「命に別状はねぇって。誰もなまえのこと責めたりしねぇよ。ンなもんわかっとンだろ」
「……うん」
あぁ、だめだなぁ…。
さっきからずっと勝己くんに励ましてもらってる。
体も心も疲弊してるせいで弱気な思考になってるの良くない。
でもみんな、よかった。本当によかった。
「俺もそっち行ってやりてぇけど、まだ病院出れねぇし、出れてもやることあっから行けねぇ」
「うん、わかってる」
「倒れンじゃねぇぞ。俺超すンだろーが」
「うん…!今のところ助けた人数私の方が圧倒的に多いからね」
「俺ァここ出たらクソヴィラン共一掃してやンだよ!」
私の挑発に乗ってきた勝己くんに久しぶりにちゃんと楽しいって思って笑った気がする。
声を聞くだけで、話すだけで、私はこんなにも元気をもらって頑張ろうって前向きになれる。
地獄のような日々でも勝己くんがいてくれるだけで私の周りは地獄じゃないって思える。
「……もう戻らなきゃ」
「おー。無理すんなよ」
「うん、勝己くんもね」
私にもやることがあるからもう電話を切らなくちゃいけないのに名残惜しくなってしまう。
まだ声を聞いていたい。話していたい。
本当は会いたい。手を握りたい。抱きしめたい。
あぁもう欲ばかりが出て来る。
「…なまえ」
「なぁに?」
「帰って来たら抱き潰す」
「ふ、うへへ。私も勝己くんいっぱい抱き潰したい!」
同じ気持ちでいてくれてたんだって嬉しさと、言われた照れが少し出て変な笑い方になっちゃった。
たった数分話しただけで幸せな気持ちになる。
勝己くんは退院したらヴィランたちを捕まえるために奔走するんだろうな。
私も負けないように私にしか出来ない人助けを続けなくちゃ。
お互いに「じゃあな」「またね」って挨拶をして通話を終わらせて避難所へ戻った。
その夜、私は久しぶりにちゃんと仮眠が取れた。
おかげで頭もスッキリして体力も回復したからパフォーマンスも上がったように思う。
私にとって勝己くんの存在はとても大きいんだって改めて実感した。
前に進むために、もう泣くのはおしまいにしよう。
「よし。頑張ろう」
勝己くんから電話があった次の日、エンデヴァー、ホークス、ベストジーニストの3人が会見を行った。
荼毘がエンデヴァーの実子であることが判明し、過去の説明をした。
ホークスは実父が連続強盗殺人犯であったことを謝罪。
ベストジーニストは神野での大怪我で長期休業、その後行方不明と報道されていた真相を語った。
この会見を見て、轟くんのことが心配になった。
彼の過去がこんなにも壮絶なものであると初めて知った。
エンデヴァーを毛嫌いしていたのはわかっていたけど、思春期の男の子だからなのかなって軽い気持ちに思っていた。
そんな過去があったのなら嫌う気持ちは当たり前だとも思う。
それでも職業体験もインターンもエンデヴァーの元で力を付けて、前に進もうとしていたのに。
亡くなったと思っていたお兄さんがヴィランとして目の前に現れていたなんて。
なんで彼ばかりこんなにもツラい思いをしなきゃいけないんだろう。
なんであんなに優しい人がこんなにも壮絶な人生を歩まなきゃいけないんだろう。
神様はイジワルで不公平だ。
私はいつも近くの誰かが苦しんでいる時にそばにいられないことを悔やんだ。
もうこれ以上、みんなが悲しむことがない世界になって欲しいって心から思う。
けれど、轟くんが過去と、家族と向き合わなければならないように、それぞれが何かと向き合って悲しみや苦しみを超えていかなければいけない。
私も、クラスのみんなに背を向ける時が来るなんて思わなかった。
