僕らの日常。
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私はコミックの主人公になれるような人間じゃない。
個性はあるけれど、誇れるほど強くもない。
容姿だってきっと普通だし、性格もいいとは言えない。
主人公のような壮絶な過去があるわけでもないし、至って普通の家族とそれなりに幸せな人生。
それでも私はみんなを守れるヒーローになりたいと思った。
ヒーローは昔からとても身近な存在。
街に出ればパトロールをしているし、事件が起きれば駆け付けてくれる。
ヒーローをかっこいい、すごいとは思っても憧れることもなりたいとも思っていなかった。
私はきっと普通の高校に通って大学に行って就職して、ヒーローなんて輝いた人たちとは無縁の人生を歩むのだと思っていた。
中学3年生の春。
学校に行って、授業を受けて友達とくだらないことを笑って話す。
それから家に帰るだけのいつもと同じ、何も変わらない日のはずだった。
「なまえは志望校決めた?」
「うーん、まだ悩んでる」
「治癒の個性なんて珍しいんだから活かせばいいのに」
「私の治癒はそんなに強力じゃないからなぁ…」
私の治癒力なんて少しの傷を治せるくらいで、体力だってないからほとんど使い道もなかったように思うし、実際使った回数もそこまで多かったわけでもない。
だから個性を活かすだなんて考えてもみなかった。
「なまえもヒーローやったらいいのに!」
彼女がそう笑いながら私に言ってくれたと同時に何かが飛んで来たように見えた。
瞬きをした一瞬、目の前にいた彼女の体から血が吹き出て崩れ落ちた。
「……え?」
何が起きたのかわからなかった。
私の体は彼女の血で染まっていて、足元には友達が血を流して倒れている。
今まで笑っていたのになんでこんなことになっているの…?
世界はこんなにも一瞬で地獄になってしまうのか。
呼吸が浅くなって苦しい。
体が動かないし、頭が真っ白だ。
その時急に数日前にテレビでやっていたニュースを思い出した。
私と同い年の男の子が友達を助けるために駆け出したというもの。
それを見た私は「すごい子がいるんだなぁ」くらいにしか思わなかった。
現実味がなかったからかもしれない。
でも、今はこの意味のわからない状況が現実で、私は奇跡的に無傷で動くことが出来る。
そうだ。私の個性は治癒。私なら助けられる。助けたい…!
今まで動かなかった体が動いて、不思議と頭も冷静さを取り戻していた。
「しっかりして!絶対助けるからっ!!」
体に触れて個性を使う。こんなに重症な人を治したことはない。
けどやらないと大事な友達が死んでしまう。
治癒をする為には自分の体力を使うから、息も切れるし発汗もひどくなっていく。
だけどその時の私はとても冷静で、感覚も研ぎ澄まされていて周りの状況をしっかりと把握出来ていた。
十中八九ヴィランの攻撃だけど突然の事で周りの人達はパニック状態だし、他にも血を流して倒れてる人が数人いる。早く他の人も助けないと。
友達の治癒を続けながら私のもうひとつの個性、風を使ってゆっくり丁寧に怪我した人たちを自分の近くに運び、重症な人から先に治癒を進めて行く。
「頑張れ、頑張れ…」
無意識に小さい声で言い続けてたのは怪我をした人と、自分自身も鼓舞するためだったんだと思う。
体感では1時間くらいは経ったような長い時間に感じられたけど、多分実際は友達が倒れてから2分くらいしか経ってない。
攻撃してきたヴィランがどこにいるかわからない。
次またいつ攻撃されるかわからない。
お願い、早く来てよヒーロー…!
「みなさん!遅くなりました!」
その声が響いて周りの人たちは安堵した声を上げたり、緊張がほぐれて行くのがわかった。
私は治癒に集中しているから姿は見れていないけど、シンリンカムイの声だ。
他のヒーローの声も聞こえるし、そのうちに救急車のサイレンの音も聞こえて来た。
シンリンカムイや他のヒーローがヴィランと交戦を始める中、私は救急隊の人達に状況を説明する。
「私の個性でそちらの人たちの治癒は粗方完了してます。念の為病院で検査などお願いします。あとはこの人だけです」
「わ、わかりました」
救急隊員たちはテキパキと無駄なく搬送の準備をしてくれていた。
私の友達も救急車に乗った、大丈夫。
最後の人の治癒ももうすぐ終わる。もう少し、もう少し。
「……お、わった…」
治癒が完了すると今まで張り詰めていたものがブツリと切れて地面に倒れ込むと、心臓がドクンドクンと大きく脈打つ。体中が熱くて息が荒いし頭が揺れる。
「はっ、はぁっ、はぁっ」
「大丈夫か!?」
あ、れ…シンリンカムイだ…。
彼がここにいるってことはヴィランは捕まったのかな…。
なんとか頷いて大丈夫だと伝えると彼は「とても大丈夫そうには見えないな」と苦笑していた。
「お嬢ちゃん!!」
シンリンカムイが私の体を支えて起こしてくれると街の人たちが私を囲んでいた。
あぁ、よかった。運ばれた人以外は軽傷か無傷で済んだんだ…。
「ありがとう!!!」
「あなたのおかげで娘が助かりました!」
「本当にありがとう!!!」
「きみはこの場にいる誰よりもヒーローだったよ!」
その言葉はどれも私にはすごく衝撃で、疲れなんてなかったかのように体が軽くなった気がした。
私には何も無いと思ってた。
個性はあるけど強くもなくて、私は持って生まれた個性を活かしきれないと思ってた。
でも助けたいと思った。
私の力でみんなを助けられるなら、それがどんなに体力を削って辛いことでもやってやるって。
「ありがとう」「ヒーロー」その言葉が、みんなの役に立てたことが嬉しくて、気付けば涙がボロボロと止まらなかった。
「…よか、ったぁ…」
「…よく頑張ったな」
体が軽くなった気がしたなんて言ったけど、それは本当に気のせいで、私の体は限界をとっくに超えていた。
シンリンカムイが労ってくれた言葉をどこか遠くで聞きながら意識を失った。
私が目を覚ましたのは2日後のことだった。
あの日ヴィランの攻撃を受けて私が治した人たちは検査入院をしただけで異常もなく、どちらかと言うと治した私の方が重症だったとお医者さんに言われた。
ヴィランはガラスを操るという個性を使って無差別に街の人を攻撃したらしい。
何もかもが上手くいかなくて自暴自棄になったと。
すぐにシンリンカムイたちプロヒーローが対処してくれたから、怪我人は出たけれど死者が出なかったのが不幸中の幸いだった。
「なまえっ!よかった!よかったぁ!」
病室の扉が勢いよく開いて、あの時ヴィランに攻撃を受けて倒れてしまった友達が中に入って来て、泣きながら私を強く抱きしめた。
「なまえが私のこと助けてくれたって聞いて、他の人のことも助けて、それでなまえが目を覚まさなくて私どうしていいかわからなくて……!」
「…心配かけてごめんね。無事でよかった」
彼女の体を抱きしめ返した。とても心配をさせてしまった。
それでも彼女が無事で私はあそこで動けてよかったと思う。
「なまえ、ありがとう。私にとってなまえはヒーローだよ。本当にありがとう」
そうだ。あの時も街の人たちに同じことを言われた。
その言葉はなんだか胸があたたかくなる。
今まで私の個性は人の役に立つことは少ないと思っていたけれど、みんなが「ありがとう」と言ってくれて、こんな私にでも出来ることがあると思えた。
汗がいっぱい出て、息も苦しくて、限界のはずなのに頑張ろうって思えて、それがすごく生きてるって感じがした。
「私、ヒーローになりたい…」
自分でもビックリするくらい無意識に、自然にその言葉がこぼれた。
「私、みんなを助けられるヒーローになりたい…!」
「なれる!!なまえなら絶対になれるよ!!」
私の人生はヒーローなんて輝かしい人たちとは無縁なんだと思ってた。
そう思い込んでいただけなのかもしれない。
今回の事件で私にしか出来ないことがあるんじゃないかって、ヒーローになったらそれが出来るんじゃないかって。
本来個性は免許がないと使ってはいけない。
今回は非常事態だったから咎められるどころか褒めてもらえたけれど、やっぱり私は正規の行動をして人を助けたい。
誰かを助けるヒーローになりたい、そう明確な夢を持った。
コミックの主人公にはなれないけれど、これが私のオリジン。