【Hiromu.T】
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「みに様、もうすぐお出かけですよ」
「はい!」
女中さんに笑顔を作って返事をし、馬車に乗ってから、小さくため息。
伴侶となる人と会うっていうのに憂鬱で仕方ない。
何回お会いしても全く好きになれないんだもの。
「はあ。笑顔笑顔」
それでも家のためだから仕方ないのだ。
代々続く繊維業の家に、一人娘として生まれた私。
多忙な両親や女中さん方との、必要最低限の会話だけで育った。
そして、お婿さんをとって跡を継がなければならない以上、勝手に縁談は進められていた。
私には分からないけれど、難しい大学に入られ、中でも表彰されるほど優秀な方だそう。
そう説明されて現れたのは、お人形を雑に扱うように私に接する人だった。
笑顔が足りない、料理がまずい、埃が落ちている、阿保…
発される言葉は全部刃物のようで、いつも突き刺さってうまく息ができなくなる。
「こんにちは」
今日も無理やり口角を上げて挨拶をすれば、こちらを一瞥してさっさと席についてしまった。
お待たせしてはいけないから、私も慌てて座る。
その拍子に、お荷物から小説が見られてしまった。
案の定、顔を顰めてらっしゃる。
「どうせお前なんかに理解できるわけないのに、飾りか」
鼻で笑われ、泣きそうになるのを必死で堪える。
……大夢さんだったら、優しく微笑んでくださるのにな。
そこからは空っぽの心でやり過ごし、解散を迎えた瞬間は安堵の息が漏れた。
でもその安心は一瞬で終わる。
すぐに、これが一生続くの?と考えてしまうから。
「あの、先ほどのお話で紹介して頂いた詩集を見繕いに行きたいの。いいかしら?」
「はい。お早めに帰ってきてくださいね」
どうしても耐えられなくて、女中さんに声を掛けてから本屋までの道を走る。
肩で息をしながら覗くと、ふんわりと笑った大夢さんと目が合った。
この本屋さんの息子さんで、私の世界に色を付けてくださった人。
「みにさん。そんなに急いでどうしたんですか?」
少し笑いながら、本を閉じてこちらに向き直ってくれる。
ああ、大夢さんが旦那様だったらいいのにな。
「へへ、走って来ました」
「そんなにおめかしされているのに?お似合いですけど少し髪が崩れてしまっていますよ」
「えっ。お恥ずかしい…」
慌てて髪留めを挿しなおす。
先ほどは何も言われなかったのに大夢さんは真っ直ぐに褒めてくださったから、照れてしまった。
「それより!今日もあのお話の続きが聞きたくて!」
気恥ずかしさを振り払うように勢いよく尋ねたら、大夢さんは驚きながらもお話をしてくれる。
好きな本がほとんどだけど、ご学友や生き物についてのお話もあって、大夢さんのお話を聞く時間が一番楽しい。
今日も夢中になって楽しんでいると、早く結末を迎えた。
もう1つお願いしようかな、と身を乗り出すと大夢さんが先に口を開いた。
「今日はみにさんのお話も聞きたいです」
「私は何も……本当に、つまらないものしか」
何度か聞かれたことがあるけど、楽しいお話なんかこれっぽっちもないんだもの。
それに、大夢さんに話したらおかしなことを口走ってしまいそうだから。
「お願いです。みにさんのことが知りたいです」
真っすぐな大夢さんの目。
逸らすことなんてできなくて、気づいたら日々に感じていることを包み隠さず話してしまっていた。
不自由はなかったけれど、誰からも愛されずに育ったこと。
家が決めた婚約者は全く優しくないこと。
今日も読書を馬鹿にされたこと。
「あれ、なんで泣いて…ごめんなさい」
大夢さんの柔らかい相槌に安心したのか、目元が濡れていた。
急いで着物の袖で拭おうとしたのに、大夢さんに抱きしめられていた。
「なんて言ったらいいのかわからないですが…今まで頑張って来られたんですね」
包み込む腕が暖かくて、頭では抜け出さなきゃってわかっているのに、腕を大夢さんの背中に回してしまった。
華奢な方だなと思っていたのに、大夢さんは私よりも確かに逞しくいらっしゃる。
安らぎを感じていたはずの相手に、胸が鳴るのがわかってしまった。
ゆっくりと体を離して再び合った瞳は揺れていて、でも強く見えた。
「実はご婚約の話は知っていました。でも、みにさんから聞くまで信じたくなくて」
あれだけ街で噂されていれば、知らないわけはない。
それでも一言も口に出さないし大夢さんは俗なことは疎そうな印象だったから、少し驚いた。
「勇気出して聞いて諦めようと思ったのに。そんなこと言われたら、諦めきれないです」
そっと手を握られ、大夢さんから目が離せなくなる。
ここには沢山の本があるし、扉をひとつ隔てた向こうには多くの人が歩いているはず。
でも、この瞬間は、世界に大夢さんと私しかいないみたいだった。
「僕はみにさんが好きです。そして、みにさんと幸せになりたいです」
「それって」
「自分でも変なことを言っていると思います。でも、みにさんを愛しています」
ただ、心が動いてしまった。
この人となら、と思っていた人からこんなことを言っていただけるなんて。
彩りを与えてくれる人と一緒なら、どんなことが起きても幸せでいられるはず。
「私も、大夢さんを愛しています」
罪悪感で震える声。
それでも大夢さんを見つめたら、しっかり最後まで言えた。
大夢さんは少し目を見開き、嬉しそうに笑ってくれた。
きっと最初にこの笑顔を見てから、私はずっと彼に惹かれていたのだ。
「僕の友人が長野にいます。きっと力になってくれるはずなので連絡をとりますから、週末のお祭りの夜、一緒に列車に乗りましょう」
彼に出会う前の自分は、そんなことできるわけないって思ってた。
でも今は、彼とならどこへでも行けるって信じられる。
この日は約束だけして別れ、家でさりげなく支度を始めた。
片付けと称して部屋を整理し、荷物を纏める。
彼はご友人から承諾の返事を貰い、切符を買ってくれた。
そして、お祭りの日の夜。
私の家の人含め街の人が皆、広場に集まる時間。
こっそりと抜け出すことに成功した私は、駅で事前に荷物と待機していてくれた大夢さんのもとに駆け寄った。
「大夢さん!」
「乗りましょう!」
手を繋いで、長野行きの列車に飛び乗る。
この街にはもう戻らないだろう。
反対にとても静かな列車の中、提灯の明かりを目に焼き付けた。
「みにさん」
「なんですか?」
目線を大夢さんに戻したつもりが、大夢さんは思っていたより近くにいて。
一瞬で唇が重なった。
「着いてきてくれて、ありがとう」
そう微笑まれ、大事なものを扱うように頬を撫でられ。
胸がきゅっとなって、ただ初めてだ…と呟くことしかできなかった。
「初めて?」
こくこくと頷くと、やった、と大夢さんが子供っぽく笑った。
そんな笑い方もするんだ、素敵だなあ。
「こちらこそ、伝えてくれてありがとうございます」
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」
傍から見れば、列車の中でお互いに頭を下げ合う不思議な人たちに見えたかもしれない。
でもこれは、紛れもなく私たちのはじまり。
「はい!」
女中さんに笑顔を作って返事をし、馬車に乗ってから、小さくため息。
伴侶となる人と会うっていうのに憂鬱で仕方ない。
何回お会いしても全く好きになれないんだもの。
「はあ。笑顔笑顔」
それでも家のためだから仕方ないのだ。
代々続く繊維業の家に、一人娘として生まれた私。
多忙な両親や女中さん方との、必要最低限の会話だけで育った。
そして、お婿さんをとって跡を継がなければならない以上、勝手に縁談は進められていた。
私には分からないけれど、難しい大学に入られ、中でも表彰されるほど優秀な方だそう。
そう説明されて現れたのは、お人形を雑に扱うように私に接する人だった。
笑顔が足りない、料理がまずい、埃が落ちている、阿保…
発される言葉は全部刃物のようで、いつも突き刺さってうまく息ができなくなる。
「こんにちは」
今日も無理やり口角を上げて挨拶をすれば、こちらを一瞥してさっさと席についてしまった。
お待たせしてはいけないから、私も慌てて座る。
その拍子に、お荷物から小説が見られてしまった。
案の定、顔を顰めてらっしゃる。
「どうせお前なんかに理解できるわけないのに、飾りか」
鼻で笑われ、泣きそうになるのを必死で堪える。
……大夢さんだったら、優しく微笑んでくださるのにな。
そこからは空っぽの心でやり過ごし、解散を迎えた瞬間は安堵の息が漏れた。
でもその安心は一瞬で終わる。
すぐに、これが一生続くの?と考えてしまうから。
「あの、先ほどのお話で紹介して頂いた詩集を見繕いに行きたいの。いいかしら?」
「はい。お早めに帰ってきてくださいね」
どうしても耐えられなくて、女中さんに声を掛けてから本屋までの道を走る。
肩で息をしながら覗くと、ふんわりと笑った大夢さんと目が合った。
この本屋さんの息子さんで、私の世界に色を付けてくださった人。
「みにさん。そんなに急いでどうしたんですか?」
少し笑いながら、本を閉じてこちらに向き直ってくれる。
ああ、大夢さんが旦那様だったらいいのにな。
「へへ、走って来ました」
「そんなにおめかしされているのに?お似合いですけど少し髪が崩れてしまっていますよ」
「えっ。お恥ずかしい…」
慌てて髪留めを挿しなおす。
先ほどは何も言われなかったのに大夢さんは真っ直ぐに褒めてくださったから、照れてしまった。
「それより!今日もあのお話の続きが聞きたくて!」
気恥ずかしさを振り払うように勢いよく尋ねたら、大夢さんは驚きながらもお話をしてくれる。
好きな本がほとんどだけど、ご学友や生き物についてのお話もあって、大夢さんのお話を聞く時間が一番楽しい。
今日も夢中になって楽しんでいると、早く結末を迎えた。
もう1つお願いしようかな、と身を乗り出すと大夢さんが先に口を開いた。
「今日はみにさんのお話も聞きたいです」
「私は何も……本当に、つまらないものしか」
何度か聞かれたことがあるけど、楽しいお話なんかこれっぽっちもないんだもの。
それに、大夢さんに話したらおかしなことを口走ってしまいそうだから。
「お願いです。みにさんのことが知りたいです」
真っすぐな大夢さんの目。
逸らすことなんてできなくて、気づいたら日々に感じていることを包み隠さず話してしまっていた。
不自由はなかったけれど、誰からも愛されずに育ったこと。
家が決めた婚約者は全く優しくないこと。
今日も読書を馬鹿にされたこと。
「あれ、なんで泣いて…ごめんなさい」
大夢さんの柔らかい相槌に安心したのか、目元が濡れていた。
急いで着物の袖で拭おうとしたのに、大夢さんに抱きしめられていた。
「なんて言ったらいいのかわからないですが…今まで頑張って来られたんですね」
包み込む腕が暖かくて、頭では抜け出さなきゃってわかっているのに、腕を大夢さんの背中に回してしまった。
華奢な方だなと思っていたのに、大夢さんは私よりも確かに逞しくいらっしゃる。
安らぎを感じていたはずの相手に、胸が鳴るのがわかってしまった。
ゆっくりと体を離して再び合った瞳は揺れていて、でも強く見えた。
「実はご婚約の話は知っていました。でも、みにさんから聞くまで信じたくなくて」
あれだけ街で噂されていれば、知らないわけはない。
それでも一言も口に出さないし大夢さんは俗なことは疎そうな印象だったから、少し驚いた。
「勇気出して聞いて諦めようと思ったのに。そんなこと言われたら、諦めきれないです」
そっと手を握られ、大夢さんから目が離せなくなる。
ここには沢山の本があるし、扉をひとつ隔てた向こうには多くの人が歩いているはず。
でも、この瞬間は、世界に大夢さんと私しかいないみたいだった。
「僕はみにさんが好きです。そして、みにさんと幸せになりたいです」
「それって」
「自分でも変なことを言っていると思います。でも、みにさんを愛しています」
ただ、心が動いてしまった。
この人となら、と思っていた人からこんなことを言っていただけるなんて。
彩りを与えてくれる人と一緒なら、どんなことが起きても幸せでいられるはず。
「私も、大夢さんを愛しています」
罪悪感で震える声。
それでも大夢さんを見つめたら、しっかり最後まで言えた。
大夢さんは少し目を見開き、嬉しそうに笑ってくれた。
きっと最初にこの笑顔を見てから、私はずっと彼に惹かれていたのだ。
「僕の友人が長野にいます。きっと力になってくれるはずなので連絡をとりますから、週末のお祭りの夜、一緒に列車に乗りましょう」
彼に出会う前の自分は、そんなことできるわけないって思ってた。
でも今は、彼とならどこへでも行けるって信じられる。
この日は約束だけして別れ、家でさりげなく支度を始めた。
片付けと称して部屋を整理し、荷物を纏める。
彼はご友人から承諾の返事を貰い、切符を買ってくれた。
そして、お祭りの日の夜。
私の家の人含め街の人が皆、広場に集まる時間。
こっそりと抜け出すことに成功した私は、駅で事前に荷物と待機していてくれた大夢さんのもとに駆け寄った。
「大夢さん!」
「乗りましょう!」
手を繋いで、長野行きの列車に飛び乗る。
この街にはもう戻らないだろう。
反対にとても静かな列車の中、提灯の明かりを目に焼き付けた。
「みにさん」
「なんですか?」
目線を大夢さんに戻したつもりが、大夢さんは思っていたより近くにいて。
一瞬で唇が重なった。
「着いてきてくれて、ありがとう」
そう微笑まれ、大事なものを扱うように頬を撫でられ。
胸がきゅっとなって、ただ初めてだ…と呟くことしかできなかった。
「初めて?」
こくこくと頷くと、やった、と大夢さんが子供っぽく笑った。
そんな笑い方もするんだ、素敵だなあ。
「こちらこそ、伝えてくれてありがとうございます」
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」
傍から見れば、列車の中でお互いに頭を下げ合う不思議な人たちに見えたかもしれない。
でもこれは、紛れもなく私たちのはじまり。
