陵南
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
願いごと、なんだっけ。
商店街に飾られた笹。色とりどりの短冊に書かれた願い事は、微笑ましいものから、なんというか、闇深いものまでさまざまだ。
ある短冊に目が留まる。字がきれいになりますように、と拙いひらがなが並んでいた。大丈夫、君はきっとそのうち上手くなるよ。とても丁寧に書こうとしているのが見て取れ、
「おーい!いないからびっくりした。ごめんごめん、置いてっちゃってたよ。」
「あ、私こそごめんね。」
デート中だというのに、他人の願い事に夢中になるなんて。その上、置いて行かれたことにも気付いてないし気付かれてもいないなんて。私の目線よりうんと高い位置で、あはは、と笑う仙道くんは笹飾りに気が付いて目を細めた。
「もうそんな時期かぁ。暑くなってきたもんな。」
「釣りしてると溶けちゃいそうだよね。」
「ほんと。」
彼の目線の高さに短冊はなさそうだった。その位置に付けられるのは、この笹を設置して笹飾りをつけた人くらいなものだろうな。
「書く?」
「うん。仙道くんも書く?」
「んー……叶えてほしいようなこと特にないからなぁ。あ、大物釣って魚住さんにさばいてもらおう。」
「はあ。」
「でかい魚が釣れますように、かな。」
体を折り曲げて、大きな手にはいくらか小ぶりな油性ペンを持つとキャップを外して一旦こちらを見た。私が首を傾げると、彼は何度か瞬きをした後にっこり笑う。
「やーめた。」
そしてさらさらと書き上げるとさっさと吊るしてしまった。
「かわいい彼女が名前で呼んでくれますように。」
そう言って短冊を示すと、軽く弾いて笹の中に紛れさせた。その仕草ひとつひとつが颯爽としていて思わずみとれてしまう。
「……ん?可愛い彼女?それって私のこと?」
「そりゃそーでしょ。実名書くわけにはいかねーし。」
改めてそう言われると照れてしまう。正直すぐにでも呼べなくもないけれど、呼び方を変えるタイミングを逸してしまったところがあってどうしようかと思っていたところだった。
「あー……そっか。可愛いは置いといて、」
「置いとかないで。」
「名前で呼んで欲しかったんだね。」
「無視しないで。」
照れてしまって彼の言葉は遠くでこだまするだけだった。まずはとりあえず、小さくごめん、とだけ呟いて。
「……彰、………くん。」
驚くくらいかすれてしまって恥ずかしさが全身を駆け巡る。血液が逆流するとかいうけれど、それに近いものがある。冷や汗なのか、暑くて汗が出ているのかわからない。どうしよう、とくに手汗が大変なことに、
「うそ、もう叶っちゃった。」
仙道くんは素っ頓狂な声を上げ、何度も目を瞬かせた。きっかけが欲しかった私としても、まさに願ったり叶ったりだ。とはいえさすがに順応早過ぎたかな、恥ずかしい!
歩き出した彼が私の手を取ろうとしたので思わず引っ込めてしまう。仙道くんは先程のように目をぱちくりさせた。それだけは困る、いま私の手は汗で大洪水だから。
「え、なに?」
「いや、その、一度手を洗ってから……」
「え!?笹アレルギー!?」
「その発想はなかった!いやそういうのじゃないんだけど!」
「けど?」
「それはその……」
こういう時に限ってお手洗いが見つからない。願い事をあっさり叶えたかと思ったらこの仕打ち、天帝もいけずだ!
「手、繋いじゃだめ?」
「だめってわけじゃないの!えっと、その、のっぴきならない事情があってね、」
「の、のっぴき……?」
自分でもなんという言い訳をしてるのかと思う。思うけどこれはどうしても阻止しなければならない。流石にこの手汗はまずい、まずすぎる。
「まずは名前で呼んでもらっただけでも進歩だよな。」
そう言ってからっと笑う。前向きなその言葉に救われつつも、自分ばかりじたばたしいてる気がして釈然としない。全く勝手な話だ。
「あ、あの!」
「んー?」
「て、手汗が。」
「手汗?」
「実は緊張しすぎて手汗びっしょりで。手をつなげない、です。」
本日何度目かの仙道くんの驚いた表情。何度もそんな顔させてごめん、でもそういう表情豊かなところも好き。
「なあんだ、俺も俺も。結構緊張してんだよ。」
そう言ってもう一度、今度は確実に私の手を取る。たしかめるように握りしめると、今度は余裕の笑みを浮かべた。
「よくわかんねーけど、おそろいだな。」
手汗なんて嘘っぱち、そんなの全然かいてない。ただ本当に何も感じていないようにも見えるし、そう信じることにした。今日は彼の優しさに甘える。私だったら彼の手汗大歓迎だしね!あ、そういえば私書き損ねちゃった。
親愛なるアルタイルへ
ありがとう、私の願いごとまで叶えてくれて。
6/6ページ