陵南
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「おのれ自分……うらめしや……。」
依紗は玄関でパンプスを脱ぐや否や廊下を這うように進み、冷蔵庫、冷凍室、と眺めてひとりごちる。朝からの軽い頭痛とだるさが帰宅時には重くのしかかってきた。確かに今週は詰めた。お陰でいろんなことが煮詰まって上手いこと形になりそうだ。だがその代償は大きい。
(うう……自分の愚かさに殺される……。)
就職して上京したが、残念ながら親しい友人たちは地元に留まり、入社して数年すれば数少ない同期もいよいよ全国に飛び回っている。頼れる人はだれか。携帯の電話帳を開き、唯一就職時に上京したと言っていた学生時代の友人の名を辿る。が、
(そうだ…ごはん行こうって言ったら今夜は彼氏と会うって言ってた、南無三)
ばたり、と一度床に突っ伏す。そして、閃いた名前に再度電話帳を辿る、その名に行き着き発信ボタンを押しかけて、止まる。
(待て、そちらもそういう用事あったらどうする。)(うう…純…純ちゃん助けて…なんで私は上京してしまったんだ…。)
幼馴染みの名前を浮かべたら涙がにじむ。慌てて手の甲で拭った拍子に通話ボタンを押していたのだろう、あちらで声がする。
『もしもし……もしもし?依紗さん?』
「!!あ、も、もしもし」
『びっくりした、お疲れ様です。どうかしましたか?』
優しい低音がじんわりしみた。依紗は震えそうになる声をどうにか落ち着けて話す。
「急にごめんね、今大丈夫?」
『大丈夫ですよ、丁度帰り道で。』
(そっか、良かった)
何が良かったんだ、と疑問に思いつつ、言いづらいが続けた。
「あの……実はちょっとお願いがあって……」
『依紗さん?なんか声、変。元気ないけどどうかした?』
知らず上擦った声に、しまった、と思ったが、彼の優しい声についに限界を迎えた。
「仙道くん…あのね、しんどい。体調わるくて泣きそう。」
『!?早く言ってくださいよ!今から行くから待ってて!』
一旦切りますね、と通話が断たれると、また静寂が降ってくる。しばらくそのまま突っ伏していたが、ややあって立ち上がる。仕事着を脱ぎ、シャワーを浴びて部屋着に着替える。すっぴんで眉毛も何もないが少しさっぱりした。とはいえ相変わらず体は重たいし頭痛が脈打ちながら襲いかかる。
少しすると、インターホンが鳴った。オートロックを開けると間もなく玄関のインターホンが鳴る。
「開けてくださ…開いてんじゃん、あぶねーな。お邪魔します!」
仙道が慌てて部屋に入ってくる。
依紗はひとつ謝ると、その拍子に涙が溢れてくることに気がついた。
仙道は依紗の背に手を回し、その体温に驚いたが、優しく撫でながらベッドに座らせる。買ってきたものをテーブルに置き、自身は床に座った。依然泣きじゃくる依紗の手を握り、その膝に置いた。
「熱があるんじゃないですか?風邪ひいた?」
依紗は首を横に振り、息を整えるように何度か深呼吸をした。
「違うと思う…今週ちょっといそがしくて、いち段落ついたからホッとしたのかな…。」
仕事は、結果的には上手くいったが、そこに至るまでは心を削るようなやりとりもままあった。すり減った心は思いの外依紗の体に影響を与えていた。
「もうしんどくて……だれに頼ったらいいか分からなくて……。」
純も遠いし、と依紗が呟いたのを聞き、仙道は微笑んだ。
「魚住さんはすごいなぁ…。」
「え?」
「依紗さん、電話くれてありがとうございます。」
握っていた手に少し力を込めて、それから離した。レジ袋を漁り、アレコレ取り出す。
「ゼリーとかプリンとか、食べられます?元気出るかなと思って。」
スポーツドリンクと缶コーヒー、フルーツゼリーにオーソドックスなカスタードプリン。そしてアロエヨーグルト。
それを選んでいた仙道の後ろ姿を想像して、依紗は思わず吹き出した。
「えっ?俺なんか見当違いなもの買って来ちゃった?」
「違う違う、はは、なんか和む。」
ドラえもんみたい、と笑いながら「これ食べていい?」とヨーグルトを手に取ると「もちろん。」と言って仙道は取り上げてフタを開ける。
「わ、至れり尽くせり。」
「スプーンどうぞ。」
「ありがと〜。」
「笑った、良かった。」
ホッとしたような表情の仙道に、依紗は今更ながら恥ずかしくなってきた。
「ごめんね。」
「んーん、依紗さんといえばこんな感じ。」
「……。」
そもそもの出会いが最悪だったのだ。婚約者には実は妻子がいるとかで、式場もドレスも決めていたのに全てキャンセルというドラマさながらな展開、その後幼馴染みである魚住の店で呑んだくれていた所、たまたま陵南高校バスケ部OB会が居合わせた。依紗は絡んで潰れた挙句、少し魚住の家で休ませてもらった後に魚住と仙道に実家まで送ってもらった。
「その節はドウモ……」
「いーえ、全然。」
「今回も本当になんと言ったら…。」
「何かあったら連絡してって言ったの俺だし。」
ある時、東京で一緒に飲みに行って、その時は節度ある飲み方をしたものの結局送ってもらったこともあった。
「私は何かとご面倒をおかけして…。」
「俺が困ったら助けに来て。」
「家知らない。」
「今度招待しますよ。」
(そんなこと簡単に言って。彼女に苦労させるタイプだなこいつは。)
それはそれは楽しみですね、と適当に相槌を打ってヨーグルトを食べ終え、空の器とスプーンをテーブルに置く。すると仙道が、空いた依紗の手を握って見上げる。
「依紗さん、俺、依紗さんのこと好きなんだけど。」
その言葉に、依紗は固まってしまう。
(何をどうしたら仙道くんの気持ちの矛先がこちらに向くのだろうか。)
全くいいとこなしの自身を嘲るように笑った。
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ…。」
笑いながら、涙が溢れる。
仙道がそれを指で拭うように手を伸ばす。
「冗談でこんなこと言わないよ。」
その手で依紗の頬を撫で、ベッドに反対の手をつき、体を持ち上げて顔を寄せる。
「依紗さんのこと、好きだよ。」
何も言わない依紗に仙道は口付ける。
依紗も目を閉じてそっと背中に手を回す。
「私、もう騙されなくて済む?」
「うん、俺は嘘つかないよ。」
そう言って少し体を離すと、依紗の方がふふ、と笑う。
「私かっこわるいね、グズグズだしすっぴんだし部屋着だし。」
「いいじゃん眉毛がなくても。そういうの俺だけに見せて。」
「かっこわるいのは否定しないんだ…。」
「違うよ、飾らない依紗さんが好きなんだよ。」
ぎゅ、と抱き締められたら依紗は何も言い返せなくなってしまった。
「……依紗さん熱い。」
「熱あるもん。」
「どのくらい?」
「38.2℃」
「寝て。あとは俺片付けるから。」
そう言って半ば無理やり布団をかけられて寝かしつけられた。
(不思議、人がいるのって、こんなに安心するんだっけ……。)
カーテンの隙間から差す朝日に依紗は目を覚ます。頭痛も気怠さも嘘のように消え、すっかり気分は晴れやかだった。
が、
(男の人がなぜ、隣に!?)
服も着ている、体も異常はない、なんだってこんなところに、と昨夜のことを思い出す。
(そうだ私、寝ちゃったんだ!)
(…てことは、この人)
「仙道くん!?」
髪が下りていて、すぐには誰だかわからなかったが、確かにその面差しは仙道であった。
「ん……朝?」
「あ、はい、朝、です。」
「依紗さんだぁ、おはよ。シャワー借りました。タオルも。ありがとございます…」
あくびをしながらゆっくりと目を開く彼を依紗はじっと見つめる。
(誰だかわからなかった。)
「依紗さん…そんな見つめられると俺、」
そう言って手を伸ばすと、自分の方へ依紗を引き寄せ、ひとつキスをする。
「我慢出来なくなりそう。」
「…待って待って、なんで君がここに?」
「なんでって」
きょとんとした仙道の言葉に、今度は依紗がきょとんとすることになる。
「依紗さんが言ったじゃん、帰らないで、って。」
血の気が引いていく依紗を見て、仙道はおかしそうに笑うと、
「だから、責任取って?」
そう言って、優しくキスをして抱き締めた。
依紗は何か言おうとしたが、今はそれに身を委ねてしまうことにした。
神様ありがとう!
(やっと報われた!やっと春が来た!純に報告しよう!祝杯だ!)
(飲み過ぎないでくださいよ。)
(…ハイ。)
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