湘北
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
積乱雲、通称入道雲がもくもくと大きさを増していく。夏だねえ、なんて呑気に構えていた私がばかだった。終業時間が近付くにつれて雨足が強くなる。制限のかけられた会社のパソコンでも天気予報や交通情報は検索できる。雨雲レーダーは真っ赤。通勤に使う電車も次々に遅れていく。やがて一時運転見合わせぎ発表されるのも時間の問題だ。
やばい、やばすぎる。雨雲レーダーの赤は妙に不気味に映った。どんどん膨らんでいく。夏ってこんなだっけ。
「大丈夫?人事部から早退してもいいって通知が出てるよ。」
向かいに座る先輩の木暮さんが声をかけてくれた。気遣わしげなその笑顔に癒されつつ笑顔で返し、人事部からのメッセージを開く。早退しても通常業務として扱ってくれるらしい。それを見たのか、みんな次々と席を立っていく。賢いな、私もそうしよう。
そこで一際大きく雷が鳴った。さすがにまずいな、と急いで片付けていた時だった。
「あ………電車止まりました。」
終業時間が過ぎても電車は一向に動く気配がない。バス通勤の木暮さんは笑いながら向かいでビールをあおる。
「席あって良かったよ。」
「すみません…。」
「どうして。」
「木暮さんは帰れるのに…。」
「俺としては、帰って一人で夕飯食べるより誰かと食べる方が楽しいから助かった…かな。」
なんのてらいもなく、屈託もなく、微笑んだ。誰よりも優しくて、どんなに失敗したって見捨てないで面倒見てくれて、こんなにいい人他にいない。世の女性は見る目がないのかね、全く。
「やっぱ結婚するなら木暮さんだね。」
本日何杯目かわからないビールを一気に流し込むとふわりとアルコールの回る感じがした。息を吐き出して正面をみれば、なんども目を瞬かせる木暮さん。私なんか変なこと言ったかな。ほんの数秒前の発言にすら責任を持てない程度には酔っているが、当然酔っ払いはそのことに気がつかない。
後で知った。私、この後木暮さんに告白したんだってさ。信じらんない、どうせならしらふの時にきちんと言いたかった。
「…はは、嬉しいな。酔った勢いだなんて言わないでくれよ。」
その言葉と、嬉しそうな笑顔は覚えていたよ。
18/18ページ