湘北
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はまったら最後、抜け出せない。
「おつかれ〜…」
「おう、おつかれさん。」
よくある大衆居酒屋でジョッキを鳴らす。同僚の三井は勢いよくビールを流し込んだ。おいおい、まだ飲めるのか、大丈夫か。
「散々飲んだでしょうに。」
「徳重が思ってるほど飲んじゃいねーよ。」
野球観戦の接待だった。専務と部長、それからその取引先担当の三井に、なぜかアシスタントの私。
「お前、この間部署の飲み会で部長と野球で盛り上がってたろ、だから呼ばれたんだよ。」
「…見透かさないでよ。」
「いいじゃん、専務もお前のこと気に入ってるみたいだし。」
「たまたまね…。」
たしかに、親子ほど歳の違う役員と野球の話で盛り上がっていた。相手の会社の重役も野球が好きみたいで、なんやかんやで役に立てたらしい。それはそれは。賞与上げてくれちくしょう。
「徳重も巨人ファンなの?」
「違う…私は楽天。」
「は?なんで?」
「嶋さんが好きなの。」
「嶋ぁ?ヤクルトじゃねーか。」
「移籍したからね!!もう!!」
「うお…急に怒んなよ。」
「でも父が生粋の巨人ファンで。」
「だからあんなに詳しかったのか。」
三井は感心したようにこちらを見る。あんまこっち見んなばか。
「…WBCで一目惚れしたの。」
「ふうん。」
「なにそれ。」
「別に。」
三井は少し不機嫌そうにもう一度ジョッキを煽る。少しだけビールの残ったジョッキをテーブルに置くと、ふう、と息をつき、口を開く。
「俺は巨人ファン。」
「知ってる。聞いた。」
「だから今日は最高に気分が良い。」
「それは良かったね。」
「最高の誕生日だ。」
「……ええ?」
腕時計を確認する。もう、終わるじゃん!
「おめでとう!ごめん、知らなくて!」
「へへ、さんきゅ。教えてねーし。」
「ケーキ頼もうよ!」
「こんなとこにそんな洒落たもんねーよ。」
いらねえし、といいながら枝豆をつまむ。
「ま、いいじゃん。」
「言っておいてくれたら何か用意したのに。」
「祝ってくれって?ばっかじゃねえの。」
「はあ!?馬鹿ってなによ。」
「じゃあさ、頼み聞いてくれる?」
「チッ。いいよ、言ってごらんなさいよ。」
「舌打ちすんなよな…。」
テーブルに置いた私の手を握って三井は微笑む。
「来年はちゃんと祝ってくれよ。」
その余裕の笑みがなんだか小癪で少し腹が立ったので、
「…なんならこのまま朝まで付き合ってあげてもいいけど。」
その手に指を絡ませる。
「…お前さ、もう少し自分大事にしろよ。」
「そんなことをのたまう三井サンならさぞ大事にしてくれるんでしょうね。」
「こりゃ一本取られた。」
くつくつと笑って、こちらをみる。そして、ふ、と笑いを収める。
「徳重と野球見て酒が飲めるなんて最高の誕生日なのに、これ以上望んじまっていいわけ。」
その目に負けないように、真っ直ぐ見返す。
「次は仕事じゃなくて、プライベートで行きたいな。交流戦でバチバチにやり合いたい。」
そう言ってやれば、三井は高らかに笑った。
「ぜってえやだ!なんで徳重とやり合わなきゃなんねーんだ。ごめんだね、ペナントレースだけにしよーぜ。」
「…それもそうね。」
「東北ホーム戦、旅行がてら観に行かねえ?」
「…いきたい。」
「じゃあ決まり。」
絡めた指をほどくと、三井は伝票を持って立ち上がる。
「日付変わっちまったし行こうぜ。」
「三井の誕生日、おしまい。」
「でも朝まで付き合ってくれるんだろ。」
「楽しみだなぁ。」
慌てて三井から伝票をひったくってやろうとしたがかわされる。
「あんた誕生日なんだから奢られなさいよ、せめてさあ!」
「日付かわっちまったから関係ねーだろ。」
「じゃあ折半!」
「彼女に金を出させるのは俺の主義に反しまーす。」
「かの…っ」
私が怯んだ隙にクレジット支払いを済ませてしまった三井をうらめしく睨んでやる。それを笑顔でかわされ、さっさと店の外に連れ出されてしまった。
タクシーを拾おうと大通りに向かう途中、三井がこちらを見下ろして、妖艶に口角を上げる。
「いままでで最高の誕生日かも。」
emergency
この男、魅力的につき。
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2020.5.22
三井誕