【南】venez m'aider
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ピンポーン、ピンポーン……
何度も鳴る呼び鈴に目を覚ます。
隣に寝ていた筈の彼は、居ない。
(誰だろう…烈くんは、いない?)
置き手紙を見つけ、文字を追う。紙に化けていた彼の字は意外にも丁寧で思わず笑みをこぼす。
ピンポーン…
諦め悪く鳴り続けるインターホンのモニターを確認すると、見慣れない大柄な男の人たちが映っていた。千聡は恐るおそる応答ボタンを押す。
「は」
『南さーーん!あーそーぼ!』
『板倉うるさいわ。おい南、寝とるんか。開けえ。』
『ヤジさんかてうるさいですやん。』
『せやせや。もっと優しく』
『岩田きしょいわ。』
「あの…」
『…ん?』
『あ、間違えました!』
「あ、いえ、南くんのお家で間違いない…です。」
そこまで言って、千聡は自身の身なりに気が付く。一糸纏わぬ、とまでは言わないが余りの無防備な姿に内心慌てふためく。
(しまった!ああ、でも放っておくわけには…!)
『なにやっとんねん、お前ら。』
聞き慣れた声に千聡は縋る思いで声を掛ける。
「あ、の、」
『千聡、…開けるとまずいんやな。そこにバスケットゴールのある公園あるやろ、そこにおるから。』
「うん、ありがと…。」
『なんや南ぃ、お盛んやなぁ。』
『アホ、ちゃうわ。なんでお前らに彼女のすっぴん見せたらなあかんのや、んなもったいないことするか。』
ちら、とカメラの方に目を遣る南とモニター越しに目が合う。千聡は小さく、ありがと、と呟いて切のボタンを押した。
(違わんけど、ね…。)
「だー!南衰えんなー!」
「矢嶋は相変わらずやな。」
南はかつての仲間たちと1on1をして時間を潰していた。折り良く公園は貸し切り状態で、大男たちは心置きなく楽しんでいた。
「お前らなんで急に来たんや。」
「岸本が。」
「あいつか…。」
南は古くからの友人の顔を浮かべ、鼻を鳴らす。当の本人は未だに現れていない。
「南さぁん、1本お願いしますー。」
「板倉は元気やな。おう、やるか。」
2人が向かい合ったのと同じくらいに千聡が顔を出す。
「あの、ごめんなさい…お待たせしました。」
「あ、彼女さん。えと、千聡さん、だっけ。南いまあそこ。良かったら隣どーぞ。」
「ありがとうございます。えと、」
「矢嶋や。タメやろ、敬語いいから。」
「あ、はい、…ありがとう。」
千聡は矢嶋の隣に座る。板倉と南の1on1に、わあ、と感嘆の声を上げたのに矢嶋が笑う。
「初めて見るん?」
「ううん、試合観たことはあるけど、こんな近くではなくて。」
「ええもんやろ。」
「うん、みんな楽しそうだね。」
板倉を抜いてゴールを決めた南は千聡に気付くと、ボールを拾って駆け寄る。
「コートは。」
「あ、急いでて忘れた…。」
「アホか。」
南はベンチに脱ぎ捨ててあった自身のコートを羽織らせる。額に浮かぶ汗に、千聡はハンカチを手渡す。
「冷えちゃうよ。」
「大丈夫や。気持ちだけもらっとく、おおきに。」
「…なんやねん南、人がかわったみたいに。」
「矢嶋うるさいで。」
2人のやりとりを静観していた矢嶋が思わず口を挟む。岩田と板倉もベンチに寄ってくると、言いようのない圧迫感に千聡が思わず両手を上げる。
「すごい圧迫感…。あれ。」
「なんや。」
正面に立つ南が首を傾げる。
「なんか、既視感…。」
「なんやそれ…あ」
南は千聡の卒業アルバムの最後のページに書かれた芽衣のメッセージを思い出す。
「広島駅で、」
「そう、そう。しつこいナンパに遭って…」
南の手を取って千聡が立ち上がる。
「助けてくれたの、烈くん…?」
「そう、みたいやな。」
(全然知らない高校の人に声を掛けられて、しつこくて、そしたら別の知らない高校生が助けてくれた。)
(ブルーの制服の集団、みんな大きくて。)
(こんな、感じ。)
「…あぁ、そういえばあの時ギャル助けたな。」
「ギャルて…。」
「ゴリゴリのギャルやったもんな。」
「やめてよ、もう!」
岩田が思い出したように言うと、千聡は恥ずかしそうに俯き、南の言葉に反論しながら顔を上げる。
「帰ろ。皆さんも、ね。」
南は、お前らは来んな、と言ったが、大男たちはぞろぞろとついて来た。その様子に千聡は小さく笑った。
「たこ焼きの返しに関して俺の右に出るもんはおらん。」
「うるさいわ岸本。お前はずっと返しとれ。」
遅れてやって来た岸本をしばらく玄関の外で野晒しにした後、板倉が持参したたこ焼き器で宴が始まる。あの体格がこの人数だとかなり狭い。
「千聡さんはなんで南なん?」
「なんで…」
「困らすな。」
「千聡さん、何飲まはります?」
「えと、ビール持ってきます。」
「座っとれ。」
立ち上がろうとする千聡の肩を押さえ、南が立ち上がる。空き缶などを集めるとシンクへ運び、冷蔵庫を開ける。
「…なんで、なんて愚問やな。」
「え?」
岩田の質問に、矢嶋が微笑む。千聡は首を傾げると岸本がくつくつと笑った。
「俺も言われるまで付き合っとるなんて分からんかったけど、意識して見とるとおもろいで。」
「ほんまやな。こんなに可愛がっとんのはじめてちゃう?」
「試合観たことある、ってのも千聡さんが初めてやろ。」
岸本の言葉に、岩田と矢嶋が頷き合う。板倉は、そうなんです?と千聡同様、首を傾げる。
「練習なんか絶対見に来させんかったな。」
「他校なら試合も絶対見せんかった。」
「練習に忙し過ぎて、彼女の愚痴がうざくなって別れるんが多かったか?」
「なんやねん、俺の悪口か。」
キッチンで空き缶を洗い、新しいビールを何本か持ってきた南は、千聡の前にビールを置く。
「南の恋愛遍歴の話や。」
「すぐ別れる割にはやることちゃんとやっとるもんな。」
「おい。」
岸本の言葉に、南が静かに、しかし鋭く制する。岸本もはっとして口を噤む。
「あはは、続けて?」
いちいち気にしてられないから、と千聡は笑ったが、南はいくらか気分を害したらしく、岸本をはたく。矢嶋がすぐに話題を変え、岩田と板倉がそれを盛り上げていた。
テーブルの陰で南は千聡の手をそっと握った。千聡はそれに応えるように握り返した。
「そろそろ帰るか。」
粗方片付けられたテーブルで酒を飲みながらテレビを眺めていたが、矢嶋が時計を確認して切り出す。岩田も立ち上がり、横になっている板倉と岸本を起こす。
「悪いな、邪魔して。」
「ほんまやで。」
「そんなことないよ、楽しかったよ岩田くん。」
「年越しは2人で仲良くせえ。」
「言われんでもそうするわ。」
「もう。矢嶋くん、気を遣ってくれてありがとう。」
寝ぼける岸本と板倉を矢嶋が一発ずつビンタをすると、まだ覚醒しきらない足取りの2人を玄関の方へ押し遣る。
「良いお年を。」
「来年もよろしくな、南、千聡ちゃん。」
岩田と矢嶋が微笑む。
「うん、今日は楽しかったよ、ありがと。良いお年を。」
「来年も飲もうや。」
矢嶋が、にっ、と笑う。
「ええから早よ行け。…来年もよろしくな。」
玄関で南と千聡が並んで見送る。岩田がドアが閉めながら片手を上げた。
「…悪かったな。」
「ううん、楽しかったよ。私の知らない、他人の烈くんと知り合っていくみたいで。」
「そうやなくて。」
「え?」
玄関のドアの鍵をかけると、南は千聡を壁に押し付ける。
「…昔の彼女の話とか。嫌やったろ。」
「そりゃ良い気はしないけど、それはそれだよ。」
「俺だったら想像しただけで腹立つわ。」
「もう消えないんだから。お互いに、さ。」
「…分かっとる。けど、」
南は千聡の唇をこじ開けるように口付ける。深く侵入し、やや荒っぽくうごめいた。
「…っは」
「理屈やない。…せやから、すまん。」
「謝らないで、お願い。」
「私、烈くんが好き。それではだめなの?」
その言葉に南は目を見開き、そのまま細める。
「…だめなもんか。俺も千聡が好きや。… 千聡だけや。」
千聡の背中に手を回し、力を込める。千聡もそっと南の背中に手を添え、抱き締め返す。
「来年もよろしくね。」
「その先もずっとや。」
今度は触れるだけの優しいキスを交わした。
遠くで除夜の鐘が鳴り始めたのが微かに聞こえ始め、2人は微笑み合うとリビングに戻り、カウントダウンの番組を眺めながらビールで乾杯した。
(残念ながら、俺の煩悩は消えへんけどな。)