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胸の奥が蹴り飛ばされるようだ。
書いては消してを繰り返す。一体何回目だろうか。部署の垣根を越えた社内の親睦会で出会ったあの人は見た目こそ良かったが、背は高いし、終始眉間にしわを寄せていたしでなんとなく圧迫感があり近寄りがたい印象だった。
なのに私はどうしても気になって、気になって。こうして彼に宛てたメールの文面を熟考している。連絡先は彼と同じ部署に配属されている仲の良い同期にお願いして聞いた。自分で聞くなんて無理、絶対無理!
先日はありがとうございました。営業部の方とお話できる機会はあまりないので
嘘つけ!同期と仲が良いから出来るだろ!
ぜひまたお話したいなと思い
こ、これは好きが伝わってしまう!
「いや好きじゃないよ、まだ。」
「自販機いいっすか……お?」
「!」
「えー、先日はどうも。徳重さん、だっけ。」
三井さんは、おつかれ、とこちらに笑いかけると小銭を入れてボタンを押し込んだ。がしゃん、と飲み物が落ちてくるとそれを取り出すのにかがむ。
「……あぁ?取れねえ。」
「この自販機癖が強いですよね。」
同様に私もかがんで取り出し口に手を入れる。三井さんは大きな手をひっこめて事の成り行きを見守っていた。ひっかかりを解消してやると缶はスムーズに取り出し口へ落ちてくる。それを取り出して手渡そうと三井さんの方へ顔を向けた。
「どうぞ、」
「さんきゅ。」
思いのほか距離が近くて驚いたが、それ以上の破壊力だったのは嬉しそうに笑うその顔だ。あの日とは全く違う。退屈そうにしていてとっつきにくそうなあの人は誰だったのか。
「ここ連絡しとくか。徳重さんいなかったら俺コーヒー取れなかったんだけど。」
感情が忙しい私を置き去りに、三井さんは立ち上がって自販機の側面に張り付いているユーザーサポートの問合せ先に目をやっていた。慌てて立ち上がる。
「そういうの施設管理の仕事なんで!私やっておきます!」
「徳重さんそういう仕事なの?」
「なんでもやります、総務なんで!」
「そういうもんか……?じゃあ頼むわ。」
「はい!」
そう言うと三井さんは自販機を指さす。
「何飲む?」
「何……え?」
「お礼。缶出してもらったのと、自販機にクレームつけてもらう分。」
「クレームじゃありませんよ、指摘です……。」
どうしよう、何にしよう、買ってもらっても飲めなくない?デスクに飾っちゃうよ、わあきもい!
「三井くん!電話だよー!」
営業アシスタントの人がやってくる。オフィスカジュアルってやつだ、華やかで綺麗で気後れしてしまう。対して自分は今日に限って会社支給の制服でお世辞にも旬な装いとはいいがたい。目の前の女性に比べてあまりに見劣りする。いやね、着てる人間の素材もありますが……って卑屈やめ!
「折り返すって伝えてください。」
「はーい。」
どうしてこんなにあせってしまうんだろう。どうして知らない人と比べてしまうんだろう。……え?私、焦ってるの?
「そんなに迷うかぁ?甘いのがいい?それとも、」
「三井くん!ごめん、急ぎらしくて!」
「げ、まじか。わかりました!……悪い、今度メシでも。」
片手を顔の前に立てて軽く頭を下げると、小走りに営業のフロアへ消えていく。この気持ち、何だろう。久しく味わっていなかった感覚。届きっこないのに気持ちだけははやる。だめだ、こんなの恋だ。好きになってないなんて嘘。もう好きになってる。
今度メシでも、に深い意味なんかないに決まっているけれど、期待しないわけがない。少なからず好意を、というか嫌悪感を抱かれているわけではないということは分かったからまずは良しとして……。
「って、仕事!」
そうだそうだ、やるべきことがあるじゃないか!
「自販機さんきゅな。助かった。」
驚いた。まさかその日のうちに食事にいくことになるなんて。三井さん曰く、お礼は鮮度が命らしい。魚みたい。たまたま今日は外出もなく自分の業務をこなすだけだったとかで残業もしなくて済んだらしい。
「夕方早速業者の方が来てくださったので問題は解消されています。」
「まあ、また詰まったら徳重さん呼べばいっか。」
「そ、そんな!駆けつけられない日もあるんで……。」
「冗談だよ。」
やはり笑う頻度は多い。あの日はなんだったんだろう。おなか痛かったとか?そんなわけないか。
「あの、1つ伺いたいんですけど。」
「ん?」
「親睦会の日、その、あまり乗り気ではなかったんですか……?」
「あー……」
言いづらそうにうしろ頭をかくと、唇を尖らせる。
「苦手なんだよ、よく知らねーやつ大人数と飲むの。あんま行く気なかった。……合わない上司も居たし。」
「そうだったんですね。来てくださってありがとうございました。」
「ん?幹事じゃねえよな?」
「違うんですけど、きっかけが私だったんで……」
「そうなのか?」
「実は、」
幹事をやってくれた技術部の人とは以前からやり取りする機会があり、色々と話しているうちに私の事務職同期を誘って親睦会しようという流れになったのだ。あちらは同期やら上司やら先輩だのに声を掛けたらしく、年齢役職さまざまな人たちが集まった。その中に三井さんもいたわけだ。
「ちなみになんだけど。」
「はい?」
「その幹事のやつとは連絡取り合ってんの?」
「あー……そうですね。連絡来ます。」
「ふーん。」
何やら意味ありげな、ふーん、にどきりとした。それとも私が勝手に意味を持たせようとしているだけなのだろうか。
飲み会で会った時から感じていた親近感。おそらく顔に出ていたであろうわずかな嫌厭をいとわず話しかけてくれた徳重がなんとなく気にはなっていて。あの時はこんなに会話が続かなかったが、感じがいいなと思った。たとえば箸を持つ手だとか、笑う時は口に手をあてがうところとか。
「……あのさ。」
「はい。」
「次の約束がしたいんだけど。」
「つぎ?」
ジョッキに三分の一ほど残っていたビールを飲みきると、おう、と返事をする。
「次の休み、暇?」
そう投げかけると目を見開いて何度かまばたきをした後、つぎのやすみ……、とおうむ返しをした。なんだよ、そんな驚くことか?
「予定は、ないです。」
「そうか。なら俺に時間くれよ。」
「ええ!?」
「嫌ならいいって。」
「嫌じゃないですむしろ好きです!」
「……いま、なんつった?」
徳重はあわてて口に手を当ててうつむいた。しばしの沈黙の後、深呼吸をして徳重が切り出す。
「……えと、三井さんのこと嫌とかそういうのはないです。本当です。」
「お、おう。」
「好きというのは、その、ええと、すみません、三井さんときちんとお話するのは今回が初めてなのに変ですよね。」
「いや……そんな風には思ってねーけど……。」
誰かを好きになるのなんて何がきっかけかわからない。少なくとも俺はそう思う。
「これから知ってけばいいんじゃねえの。」
「これから?」
「お互いのこと。だから週末、俺と出かけようぜ。悪いようにはしねえから。」
徳重は小さく返事をする。幹事の奴と連絡を取り合ってる、なんて聞いて焦ってしまった。ってことは、俺は少なからず徳重を意識してるってことだろ。同じ時間を過ごしてみてわかったことはたくさんある。きっと、もっとわかる。知りたい。
「まず手始めに、好きな食い物から。」
酒とお通しだけのテーブルはあまりに寂しい。おたがいの好きなものを並べて。まずは、そこから。
焦燥にたきつけられて
胸の奥で暴れてる何かを落ち着かせてやろうぜ。