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「…………だったら好きにしろよ。」
あの声が、表情が、忘れられない。
ごめん。
そう言えたらどんなに良かったか。
こぼれ落ちる恋
「……さいあく。」
ひとりごちて目覚めた。いまさらなんで出てくるんだバーカ。
健司と別れてからもう随分経つ。あの一言がずっと突き刺さって取れない。
彼は高校を卒業後都内へ進学してしまった。私は地元にそのまま進学したため、隣県とはいえいわゆる遠距離恋愛となった。それが上手くいかなくて。未来を見据える健司と今を楽しみたい私は噛み合わなくなっていった。
今ならわかる。彼はその時その瞬間を未来に繋いでいたのだと。私はあまりに子どもで、それを理解できなかった。寂しさからくる悲しみは怒りの感情へと変わり、スキンシップの範疇だったいつもの喧嘩は修復できないほど大きな溝を作った。
結末は、この通りだ。
「お世話になっております。本日は予定通り15時に伺います。よろしくお願いいたします。」
私は現在、いち企業の広報課に所属する会社員だ。主な仕事はスポンサーを務める団体との折衝だったり、株主への説明だったり……。
「どんなチームかな。」
新しくバスケットボールチームが発足した。バスケが大好きだという専務の声もありスポンサーとして名乗りを挙げ、今日は挨拶をする日。本拠地となるアリーナの視察も兼ねているのでこちらから赴くことになった。
バスケ、……バスケか。やだな、今朝見た夢といい、古傷をかきむしられるようでしんどい。現段階でのチームメイトのリストを見せてもらったが、そこに彼の名前はなかった。再会、ということも無さそうだ。
なのに、どうしてこうも胸騒ぎがするのか。
「徳重と申します。」
「頂戴いたします。」
名刺を交換し、案内してもらう。最初の挨拶ということで役員もいて無駄に緊張していた。まだ新品の匂いがするぴかぴかのフロア。すごいなぁ、ここに一体どれくらいの人が来てくれるのだろう。
「B3からのスタートですが、B2への昇格を目指した選手獲得を、——」
たしかに、B1でも聞いたことのある選手が何人か加入しているなと感じていた。今後は地元実業団や学生を含めた公開セレクション、ユニフォームのお披露目会などイベントも開催するとか。
「リリース前なのですが、」
相手広報がヘッドコーチを紹介したいと言ってミーティングルームに通してくれた。実業団でアシスタントコーチを務めていたのその人にひとめぼれして即決したとか。見てくれではなくね、手腕というか。まだまだ未熟だからとか断られるのを口説き落としたらしい。熱の入りようを見るにこの担当の方もバスケ経験者とみえる。
「失礼します。」
「どうぞ。」
心臓が、止まってしまうかと思った。
「こんにちは。」
役員が名刺を出すと、彼も慣れた手つきで自身の名刺を差し出した。コーチもそういうの持ってるんだ、知らなかった。
「藤真といいます。」
自信に満ち溢れたその瞳はまっすぐで、時間が戻ってしまったように感じた。指先が震える。辛うじて名刺を取り出し、交換するところまではできた。しかし、名乗るほか言葉が出ない。喉に引っかかってしまう。
「徳重さん、大丈夫ですか。」
優しくしないで。そんなふうに呼ばないで。押し寄せる感情の波をせき止めるので精いっぱいだった。まだ好き、こんなに時間が経っても好き。こんなんじゃ仕事にならない。
「……高校の同級生の、徳重だよな?」
その言葉に、担当者と役員が驚嘆の声をあげた。すごい偶然だね、こんな形で再会するなんてすごいな、などと言っていて間がもっていた。
「そう……久しぶり、藤真くん。」
「あの頃は、藤真ァ!とか言ってどついてきたくせに。今日は他人行儀なのな。」
「仕事中でしょ。」
心が凪いでいく。いつも通りに話せてる。腹が立つほど私のことをわかっていて、フォローしてくれる。本当にいやになるよ。
「折角なので私が彼女を案内してもいいですか。」
「では、専務は私がご案内いたします。」
またあとで、と専務が担当者と部屋を出た。扉が閉まった途端、健司が腕を引く。
「何、やめ」
「大きな声を出すな。」
あの頃よりうんとたくましい体は、あの頃とかわらない温度を宿している。
期待してしまう、願ってしまう、もう一度一緒にいたいと。今度はずっと。
「依紗、やっと見つけた……!」
こぼれ落ちそうになる涙をまぶたの裏側にとどめて、体を引き離す。
「いま……仕事中だから……」
「俺もだよ。」
「わかってんでしょ!ほら、案内してよ!」
「っはは!そうだな。」
「なに笑っ、」
やや強引な口付けに二の句が告げなかった。離れていく熱が名残惜しいと感じてしまう。
「……こんな形で会うとは思わなかった。もう一度、やり直さねえ?物足りないんだよ。」
「物足りない……?」
「お前との言い合い、結構楽しかったから。」
優しく目尻をさげるそのさまに、その言葉が本心から出てきたものだということを感じた。私ね、その笑顔がすごく好き。って今は言えないけれど、死ぬまでには伝えたいな。
だからそれまでは、ずっとそばにいて。
「なんだよその顔、何考えてんだよ。」
「元々の顔にけちつけないでよね。」
指先からこぼれ落ちた本当のきもち
掬い上げてくれたのは、あなた。