【南】グリーンライト
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ねえ、本当に?
大事な人
自覚してからも何も変わらなかった。変えられる気がしなかった。私はいつだって自分のことにいっぱいいっぱいで、誰かのことなんか考えちゃいなかった。
「まって、待って南!」
静かに切れた電話。すぐにかけなおしたが、応答はない。終わった、すべて。終わってしまった、なにもかも。涙があふれる。
南に抱きしめられた。私はその時周りが見えなくなっていて、悔しさだとかもどかしさだとかで心の中がいっぱいになっていた。そこに南の優しさに触れ、知らず決壊した。家まで送ってくれた南はいつも通りで、きっと私のことなんてなんとも思ってないからこんな風に優しいんだ、と思っていた。
「依紗、南くんのことなんとも思ってへんのやろ。試験の日のあれはなんなん?」
卒業式の日、いつだったかラブレターを頼まれたクラスメイトに声を掛けられたかと思ったら詰問するような調子でそんなことを言われた。彼女も同じ大学を受験していたらしい、知らなかった。
「…なんなん、て。私が聞きたいわ。」
言われてみれば分からない。なんとも思ってないとはいえ、思春期真っ只中の男子が同じく思春期真っ只中の女子にハグやで?なんの意味もないんか?
そんなことを考え始めたら南の方を見ることができなくなった。南を見たら、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。邪念しかよぎらなくて集中もあったもんじゃない。落ちた試験の結果を伝えようにも指先が震えた。なにこれ、もう恋じゃん。
そしてあの電話だ。
後から後から流れる涙は止まらない。止め方が分からない。あの時は南がいたから止まったのだ。
いまは、いない。
合格発表の前日、私は南に電話をかけた。出ないことは分かっている。留守番電話サービスのアナウンスが始まり、無機質な音声の後、電子音が鳴る。
「明日合格発表やねん。ちゃんと結果言いたいから、」
祈る思いで時間と場所を指定した。私たちがいつも使う最寄駅。来てくれなくたって、待ってやる。
「…私は諦めへん。」
そこでちょうど1分。ロボットみたいな女の人の声が録音時間の終わりを告げた。携帯を鞄にしまって、布団に入るとすぐに眠ってしまった。果報は寝て待つに限る。というか、どうせ応答はないから期待しても無駄。故に寝る。
大学へ赴き結果を確認したら、指定した時間に間に合うように電車に乗った。前期試験でひどくべそをかいた道もさっさと通過した。私はそんなところで立ち止まらない。感傷に浸ったって意味がないから。本当の本当は立ち止まりたかったけど、それよりも、もっと可能性のある場所へ行くべきだと思ったから。
「…うそ。」
まだ全然早いけど待つくらいがいい、私が言い出したことなのだから。そう思っていたのに、南がそこに立っていた。
「まぼろし…。」
「足あんで。」
「ほんまや。」
「アホ。…どないやったん。」
南は怒るでも笑うでもなく淡々と問いかけて来た。
「合格に決まっとるやん。愚問やな。」
「そうか。おめでとさん。」
「…南が、信じてくれてたからな。」
「…そうか。」
沈黙が流れる。言いたいこと聞きたいことはたくさんあるのに、のどにひっかかって出てこない。何から話そう、どうしよう。
「…第二ボタン、どうしたん。」
「は?どうもこうも制服は近所の奴にやった。ボタンはひとつたりとも失ってへん。」
「あ、そう…。」
「…お前、卒業式の時なんで目も合わさへんかったんや。」
「なんとなく…。」
「合否の連絡もないし。」
「すみません…。」
「数学はよかったんか。」
「おかげさまで…。」
南は長い長いため息をつくと、帰るで、と歩き出した。気にしててくれたんだ、そう思ったら胸のあたりが熱くなるような落ち着かないような感覚になる。やばい、これだ、恋だ。終わってしまったと思われた南との関係はまた繋がった。でも私たちなんなん?
いっそけりをつけようか。ここを打破して前に進むか、否か。
決めなきゃ、自分で。
「進むにきまっとる!」
「うるさいな。」
「しまった、声が漏れた。」
「はあ?」
訝しむようにこちらを見下ろす南はひどく険しい顔をしていた。久しぶりにちゃんと顔見たかもしれない。そういえば歩く速度は相変わらず私に合わせてくれている。そういうとこやぞお前、くそったれ。そんなことを考えていたら南が口を開いた。
「…もっぺん聞くで。」
「え?」
「卒業式の時、なんで目合わさへんかった。そらしたやろ。」
「それ、は…」
「俺は、たぶん、…それが寂しかった。」
「……は?」
まって、あんた誰?ホンマに南?
「合否の連絡、なんでくれんかったん。」
「……南に連絡しようとしたら、震えて、出来なくなった。」
「数学、どないやってん。」
「南が教えてくれたところ、全部できた。完璧や。」
「まあお前なら大丈夫やとはおもっとったけど。…それ口実に会えたらええなと思っとった。」
「そう…なんや。」
「最後の質問。」
赤信号に足が止まる。南はこちらをじっと見ると、すとんと肩から力を抜いた。
「… 徳重にとって、俺はなんやねん。」
その質問はなかったでしょ。ずるいで。
「…そのまま返させてや。南にとって、私はなんやねん。」
南の方が先にずるしたんやから私だってええやろ。私の返しに南は首の後ろをかきながらやや斜め上を見た。そしてもう一度こちらをみると、短く答えた。
「大事な人。」
だいじなひと。ああそうだ、それだ。いつだって南は私の欲しいものを、言葉を、くれる。分からないことは一緒に考えてくれる。同級生よりも、友達よりも、しっくりする言葉。
大事な人。
「南、あのね、」
「好きやで、徳重。」
遮るように南がこちらに手を差し出した。私は迷わずその手を取る。私も好き。そう言ったらちょっと驚いた顔をしたけれど、そうか、と微笑んだ。歩く速さ合わせてくれてありがとう。あの時は言えなかったけど今回は言えた。
何度もふたりで歩いた帰り道。
信号が、青に変わる。
fin.
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2021.3.3〜2021.3.13
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