【南】グリーンライト
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いい加減気付いたらどうなんや。
鈍感な君
センター試験、俺も徳重も自己ベストを大きく更新した。徳重に至っては平均8割5分、9割近いんじゃないか。俺もこれならすべり止めはセンター利用でいけるかもしれん。そんなことを話しながら、前期試験の対策を始める徳重の切り替え早さにこれまた驚かされた。
「嬉しくないんか。」
「ここがゴールやない。」
こいつのすごい所はこういう所。目標さえ決められれば動くことのできる人間だった。自分で決めたことで責任感が生まれたらしい。
そういえば、徳重の下の名前を覚えた。でも、呼ぶこともない。覚える必要もないのにどうして覚えたのかは、わからない。
「……はあ?熱?」
『……思うようにいかんかった。』
徳重が、前期試験の後に消沈した様子で電話してきた。前期も後期も同じ大学に出願してはいるらしいが、倍率や試験の難易度もあるので前期試験で合格をするつもりではあったらしく、その準備もきっちりしていた。
よく、知っている。
『あかん…もう、ごほっ、』
「どこおんねん。外か、寒いやろ、中入れや。」
『どこやねん、私、どこにおんねん。どこに向かっとん…』
「はあ!?おい、しっかりせえ!まだ会場か?駅?どこか言え!!」
俺は既に私立も国立も試験が終わっており、後期は受けるつもりなかったので結果待ち。もうやることはなく卒業式を待つばかりの暇人間。財布とコートをひっかけて飛び出した。どうしてこんなに慌てているのか。
そんなこと、分かってる。
赤信号がもどかしい。車の通りが多いから無視することもできない。あちら側を凝視すると、よく知った人影が見えた。そこまで歩いてきたらしい。そこでいい、もう止まれ、待ってろ、すぐに行くから。
反対側が赤になると車が途切れたので青になるのも待たずに駆け出した。この世の終わりのような顔をして徳重が歩いて来た。俺の顔を見ると、ふきだす。
「なんつう顔してんの?」
「……おい。」
「ごめん、意味深な電話してもうて。そら心配なるわな!でも聞いてもらったらすっきりしたから!さっさと体調戻して後期も、」
「おい!!!」
俺の声に徳重は口をつぐむ。無理がまるわかりなんや、泣きそうな顔しとるくせに笑いよって。そういうのいちばん腹立つ。なんで隠すんや、見せたらええやん、そんなこと気にする仲ちゃうやん。どういう仲なのかと言われれば、それにはまだ答えが出ていないけれど。俺にとってこいつの存在がなんなのか、その答えは出た。さっき、わかった。
「……。」
「な、なによ。大声出した割にだんまりすなや。」
「……俺は諦めへんぞ。」
「…え?」
「お前の試験が終わるまで、諦めへん。信じる。」
「み、なみ…。」
「結果出る前から諦めんな。でも、手応えイマイチなら次どないするん。お前はわかっとる奴やん。」
「………うん。」
「俺に出来ることあるなら、言ったらええわ。なんなら今日の数学見たろか。」
「………うん。」
俯いて、震えてしまうのを堪えるようにしぼり出した声。アスファルトにぱたぱたとこぼれる涙。自然と右手が伸びて抱き寄せた。あやすように背中をとんとんとたたいてやると落ち着きを取り戻していく。やがて徳重は鼻をすすりながら、ごめん、と呟く。
「みっともな……鼻水ついてたらごめんな。」
「クリーニング代請求するだけやわ。」
「苦学生になんてこと言うねん。」
ハンカチで涙と鼻水を拭うとひとつ咳払いをした。
「数学より、自信のあった化学がイマイチでへこんでてん。よって南の出る幕はない。」
「言うてくれるわ。」
「でも……そうやな、後期試験は卒業式の後やし、南さえ良ければたまに勉強付き合うてや。」
「ええで。」
そう言ったくせに、卒業式当日は目も合わへんし、後期の試験日が近くなっても連絡のひとつも寄越さんかった。前期試験の結果さえ、聞いていない。
徳重のことだからなにかある、分かっているのにいらだちが募った。自分から連絡すれば良いのだろうが、それは躊躇われた。
俺は、お前にとってなんやねん。
すっかり答えの出た自分の胸の内とは裏腹に、まったくつかみどころのない徳重 依紗という女。どうしたらその手を握ることができるんや。
徳重の志望大学の後期試験が終わったその日の夜、ついに電話をかけた。呼び出し音が耳元で鳴る。1回、2回…
『もしもし?』
鼓膜を揺らしたその声はよく知っているのとは違って聞こえた。でも間違いない。
「… 徳重。」
『どしたん、電話なんて。』
「………おま」
『待った、大きな声出さんといてよ。耳元でそれはちょっと。』
呑気なその要求にまたひとつ腹がたった。
「………なんで。」
『なにが?』
「なんで連絡のひとつも寄越さへんねん。」
『あ、えっと…』
「…俺だけか。俺だけがこんなにやきもきしとんのか。お前はなんとも思ってへんのか!」
『まって、待ってみな』
そこで通話を絶った。いろんな感情がないまぜになって、言葉にならなくなった。ねぎらいも優しさも全て忘れて、怒りだけをぶつけてしまった。その後悔が、携帯の電源を消した。どうしてこっちがここまでするのか、気が付かないなんて鈍感すぎる。ちがう、それは八つ当たりだ、徳重は悪くない。
悪いのは、はっきり言わない俺。そうすればこんなすっきりしない思いしなくて済むんや。
遮るものが多すぎる。
完全に赤信号だ。