【南】グリーンライト
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
よりにもよって、なんでやねん。
店員と客
父親は学会、母親は祖母の病院の送迎、…ってなことで店を任される土曜の午前。処方箋の受付はできないがレジ打ちくらいは問題ないので参考書片手に店番をしていた。今までは部活があったから免除されていたものの、引退すればただの人、受験生だろうが容赦なし。どうかしとる。
「会計いいですか、」
「おーきに…」
客は徳重だった。おたがいに、時間が止まる。ややあって徳重がさっと商品をひっこめた。
「やっぱなし。」
「アホ、遅いわ。」
「お店ここなんて聞いてない。」
「言ってへん。」
サプリメントに痛み止めに、それからドリンク剤。なんつーもん買いに来てん。
「……どういうラインナップや。」
「店員が客にそんなこと聞かへんやろ、黙って会計頼むわ。」
言うことはもっともなので、一言も会話することなくジャンコードを読み込む作業を進めた。金額を伝えると徳重は財布をあさりながらぽつりと呟く。
「……南が頑張っとるから、かっこ悪いとこ見せたないねん。」
「はあ?」
「自分の将来くらい、自分で決めたい。その選択肢を広げるためにいまは頑張る時なんや。」
釣りなくきっちりの現金をトレーに置くと、袋に入れた商品を俺の手からひったくるようにして取り上げ、店から出て行った。
「な、なんや…?」
あいつなりに何か思うところがあったのだろうか。俺は徳重のことをよく知らない。下の名前だって、聞いたこともない。模試の結果を見せてもらった時に見た気がするが覚えてもいない。そのくらいの人間なのだ。
なのに。自分自身を消耗してまで何をそんなに頑張っているのか心配になる程度には、興味のある部類に入っている。うしろ頭をがりがりとかき、現金をレジにしまう。打ち出されたレシートは力なくまるまっていた。それをちぎって、改めて見返す。
「……頭下がるわ。」
定期考査があった。所詮校内の順位なので、これにこだわっても仕方がないとはわかっている。ただ、まわりが部活を引退していよいよ受験に切り替えてきたことを実感させられた。国体を最後に部活を引退し、自分も受験に向かって突き進んでいるが芳しくない。
誰もいなくなった教室で、もう一度順位の書かれた短冊を眺める。
『わかっとらんとこがどこなのか分かったし、ちゃんとやらんと。』
いつぞやの徳重の言葉が蘇る。全くもって仰る通りだ、立ち止まっていても仕方ない。返ってきた答案用紙はどこにやったんだったか。クリアファイルに入れっぱなしなのを確認し、立ち上がった。
図書室より進路指導室が長いこと開いているような情報をどこかで聞いたのでそこで少し見直してみようか、わからんかったら教員とこ聞きに行きゃええし。そんな軽い気持ちで踏み入れる。
「……あ?」
徳重が、いた。ほかにも何人か生徒がいて、進路相談をする者、赤本を物色する者、淡々と勉強を進める者、さまざまだ。まるで赤の他人の集まりのようなその教室は、冷ややかな雰囲気を醸し、かつまた緊張感があった。環境的にはいいのかもしれない。
「… 徳重。」
小さな声で呼びかけたが返事はない。集中しているようだし、邪魔をしては悪いので少し離れたところに座った。
結局閉まるぎりぎりまで徳重はやっていた。もちろん、俺は俺でやることやっていて遊んでいたわけではない。ようやく席をたった徳重を追いかけて声をかける。
「え?あ、南?」
「おう…。お前、ここでやっとったん?」
「いまさら塾通いたいとも言い出せないし、自力でなんとかしようと思ったらここかなって。南はなんで?」
「…まあ、似たようなもん。」
模試以来、こいつが遅くまで進路指導室で勉強しとるという話をこの時知った。そんなにまでせんでも徳重なら大丈夫やと思うけどな。
「こんな遅まで、ひとりで?」
「当たり前やん。つるんで勉強なんか出来すか。」
「…危ないやろ。」
「いまのところ危ない目には遭ってへんけどな。」
ご心配どうも、とへらへら笑うそのつらをはたいてやる。
「送る。」
「は?ええわ、そんなんしてもらわんでも。」
「同じ駅なら別にそう変わらんやろ。うちの店歩いてきてたんやし。」
「まあ、距離的にはそうやけど。」
「…フェアやない。」
「なんやて?」
「お前だけ俺の家知っててフェアやないやろ。」
「あっはは、なにそれ。」
自分でも何言ってるんだか。ただ、心配だった。それだけだ。
大してなにかを知っているような人間でもないし、友達とかそんなでもないこの女子生徒は自分にとってなんなのか、いま一番難しい問題かもしれない。
店員と客、でないことは確かだ。